5.31.2014

短編小説「夏の少女と、コピー紙と」

相変わらずくだらない小説書いてます。よかったら読んでみてください。

1

「きみはなぜこんな小説を書いたの?」

 と彼女に言われたきりぼくは黙りこんでしまった。
 無理にそれらしく縦書きに印刷したコピー紙を握った彼女の目には、否定も肯定もうかがえなかった。彼女はぼくの書いた作品をはじめて見せた「他人」であった。
 彼女のうしろの窓枠で、バカみたいに青い空が切りとられていた。

2

 ぼくは幼い頃から創作にうちこんでいた。
 とは言っても、もともとは漫画を描くことの方が好きだった。ゲームの登場人物が主人公の、悪い奴らをやっつける、ありがちな漫画。小学生の頃は学校にいる間はずっと漫画を書いていた。しかし中学生にもなると「絵を描く」という行為はリスキーなことだった。
 なぜなら絵というものはちょっとのぞき見しただけでも容易に判別できてしまうものであり、中学生という年齢にもなると女の子の絵やグロテスクな絵、抽象的な、心の葛藤を吐きだしたようなドロドロした絵を描きたくもなるものである。そうしたものを見ると、内心では同級生たちも葛藤しているに違いないのに、なぜか彼らは小学生のような単純な心をとりもどすのである、つまりぼくを「キチガイ」「異常者」と陰口するのだった。
 そもそもあの緊密な集団生活のなかで、サッカーとおしゃべりに熱中することが教条とされる日常のなかで、ひとりペンをもってして紙に打ちこむということは重大な背徳行為とも言えることだった。

 同様の理由で、家でも漫画や絵を描くことはできなかった。ぼくの部屋は定期的に「掃除」された。掃除という名の検閲だった。子どもが誤った道へ進まないか、社会規範からはみださない「良い子」であるかのチェック。母は過保護だったし、父は傲慢だった。

「ここは俺の家だ。部屋に入ろうと勝手だろう」
 ごもっともだ。あなたの土地、あなたの家、あなたの部屋。しかしぼくもひとりの人間である。人間にはだれにも触れられない孤独が必要だ。
「部屋が汚すぎるから、掃除しておいたよ」
 うん、部屋は汚いよ。きれいにしてくれてありがとう。でもどうしてぼくがタンスのトレーナーの下に隠していた数枚のデッサンが、机の上に整えられているの?

 仕事熱心で出張の多い父はぼくに関心をもつことは少なかったが、母のぼくに対する愛情は偏執とも言えるものだった。
 ぼくの家は暗かった。家風を尊重するそれなりの歴史のある家で、厳格な祖父と、口うるさい祖母、そして無理解な父がいた。そこに嫁いできた母はいま思えば寂しく苦しい生活をしていたに違いない。両親がいがみあい、顔を紅潮させている父と泣いている母という図をなんどか見た。
 また、家族全員でとる食事のときも会話はなかった。「ぼくの家では、食事中はなにも話さないよ」と言うと、友人たちにおどろかれた記憶がある。

 母はおそらく絶望的な生活のすべての救いをぼくに求めていた。ぼくは「良い子」であることが求められた。成績は良かった。教師の評価もよかった。勧善懲悪の牧歌的な漫画を描く「自慢の子」を、母もほほえましく見ていた。
 しかしぼくは思春期になると、孤独を求めるようになった。ひとりで、ひとりだけの創作がしたいようになった。
 部屋の「掃除」をされて、我慢がならなくなると、ぼくは口汚い言葉で母をののしった。母は動揺した。ぼくの抵抗に動揺していた。そうして、押し黙るか、ヒステリックに怒鳴るのだった。
 たぶん、権利を主張するぼくに、父の姿を重ねていたのだろう。ぼくがかわいかった従順な「子ども」から父のような「男性」になることが、彼女には許せなかったに違いない。ぼくが成長するにつれて、母が泣く姿を見ることは多くなった。

3

 中学生になった頃には、ノートの端に描くらくがき以外には絵を描かなくなった。かわりに、文章を書くことにした。文章は学校にいるあいだにプロットやフレーズを考えて、家でパソコンに打ちこんだ。テキストファイルはパソコンのへんぴなところにあるフォルダに保存した。
 家電屋に言いくるめられて必要ないソフトが満載の割高なパソコンを買わされた両親には、おそらくこのファイルにたどり着くことはできないはずだった。

 作品はだれにも見せなかった。いや、ただひとり、もうひとりのぼくだけが作品を見ていた。
 ぼくには世界に通じる「良いぼく」と、葛藤と激情を持つ「悪いぼく」がいた。それは母の望む、明るく純粋で、言いつけをよく守る「良いぼく」と、家族や学校から独立した身勝手で暴力的な「悪いぼく」だった。こうした分裂は小学生の終わりくらいに始まっていて、芽のように小さかった「悪いぼく」はだんだんと大きくなっていった。

 二重人格というほどではないし、成長の過程でだれにでもある類のものだと思うが、自分だけの空間が得られなかったぼくにはこの分裂は顕著だった。「悪いぼく」は「良いぼく」にとっても痛快で刺激的なおもしろい奴だった。ふたりの仲はよかったし、そこだけはだれにも触れられない世界だった。

 文章を書くのは悪い方だった。作品を読んでくれる良い方は、驚いたり、はしゃいだりすることもあったが、きまぐれでファイルを削除してしまうこともあった。
 作品はなんてことのない内容だった。恋愛小説や暴力的な小説が多かった。官能小説も書いたことがある。が、どれも長続きはしなかった。ほとんど完結した小説はなかった。しかしぼくは内面の鬱屈した感情を吐き出すことにより、ようやく精神の均衡をたもっていた。

4

 中学三年の夏に、ある女の子と仲良くなった。彼女は「変わった子」だった。
 クラスではどの女の子もいずれかのグループに所属しなければならなかったが、彼女は最下位のカーストにいた。つまり、ブサイクだとか、貧乏だとか、朗読のときに声がふるえて泣き出してしまうような極度の引っ込み思案、上位のカーストでいじめられて転落してきた子の所属するグループにいた。

 女子の軽蔑と男子の侮辱から身を守るために集まった群れの中でも、その子はしかたなく身を置いているという感じで浮いていた。引っ込み思案が泣き出すとクラスに笑いがおこるし、女子達の遊戯的な「いじめ」にさらされる子と比べると、彼女が例えばなにかを発表するときは、みな水を打ったように静まるのだった。

 彼女はクラスにいないもののようだった。存在しないもののように扱われていた。しかしクラスの「一員」であることはそれだけで無関心であることを許さず、彼女の親はヤクザだとか、彼女は援助交際をしているとか、いろんな噂が飛びかった。彼女は平然としていた。

 狭い空間に何十人も詰め込んだことによる村社会的な相互監視の中で、禁忌とされる男女の友情をどのように成立させたかぼくは覚えていない。しかしぼくが彼女にひどく惹きつけられたことはたしかだった。

 ぼくと彼女はメールで交流していた。
 メールでの彼女はほほえましくなるくらい普通の女の子だった。メールの文面も、「ねむい」だの「疲れた」だの、少女らしいものだった。ぼくは思春期の男子である以上、当然、幼稚な恋愛感情のようなものを覚えたが彼女の方はどうか知らなかった。
 しかしこのメールによる文通は、秘密めいた快感を生むのであり、彼女もその楽しみに夢中になっていることはたしかだった。

 彼女は音楽に傾倒していた。中学生が聞くようなアイドルグループではなくて、「バッハ」「メンデルスゾーン」のようなぼくの知らないクラシックを好んで聴いていた。
 「音楽を聴いてると、映像が流れてくるの。それは夜の街を走っている姿だったり、地獄だったりするけど、他の子ってそうじゃないみたいね」というときの彼女は、確かに変わっていると感じさせた。
 彼女はピアノのレッスンを受けていて、絶対音感を持っていた。ぼくは親のCDを棚から取り出して、こっそり彼女に貸したりした。

 いつか彼女が「わたしにとって、文学も絵画も音楽も、同じものなの」と言ったことがある。ぼくは彼女の言葉に共感を覚えたので、そして彼女ならぼくの葛藤だとか屈折を受けとめてくれるような気がしたので、すべてをさらけだすような気恥ずかしさを感じながら、勢いに身をまかせて打ちあけた。
 「ぼくも昔絵を描いていた。今は短編小説を書いているよ」
 そう伝えると彼女はかなり興奮したようで、はしゃいだような顔文字を送ってきた。

 彼女との関係はメールでの文通ばかりで、たまに授業の終わった帰りに数分話すくらいだった。ふたりきりで会ったことはなかった。
 授業中に目が合うことは何度かあった。というか、ぼくの恋愛感情が彼女に視線を向かせるのだが、しかし彼女はそうした感情を見抜き、それを叩きおとすように憮然と目をそらすのだった。

 そんな近いようで遠い関係だったが、今度の休日にふたりきりで会ってぼくの作品を見せることになった。
 ぼくは生まれて初めての女の子とのデートに無邪気に喜んだ。しかし、しばらくして考えてみれば、ぼくの作品を彼女に見せることは恐ろしいことだった。
 「ぼく」と「ぼく」だけの世界に他者が介入するということ。それは最後の安息地、死守すべき内面世界を破滅させることかもしれなかった。しかしともかく、ぼくの内面世界に入れるとすれば、彼女だけであることは確かだった。

5

 夏の空は清涼な色を見せているのに、けたたましく鳴くセミと湿気が気だるく不快な身体に追いうちをかける。テキストファイルをワードに移して、縦書きにして印刷したぼくは、その数枚のコピー紙をリュックにおさめ、自転車に乗って駆けだした。外に出て数秒で汗がふきだす。
 彼女はぼくの家から数キロメートルの割と近いところに住んでいたが、当然彼女の家に行くことなど許されない。外で会うにしたって、クラスの奴らの目に触れると考えると恐ろしかった。ぼくらは電車で一時間の海沿いの小さな街で会うことに決めていた。

 電車の中は冷房が効きすぎるくらいで、一気に頭が平静をとりもどした。リュックからコピー紙を取りだす。これから彼女にこの作品を見せるのだと思ったとき、心臓がドクンと脈うった。この白と黒だけの無骨な紙切れに、ぼくの精神が籠められている。

 駅から出てすぐのところに彼女はいた。私服姿の彼女はジーパンにTシャツで色気のない格好だったが、髪をゆわない顔立ちは別人のように大人びていて、ぼくは思わず顔を赤らめた。
 かけ落ちした男女のように周囲の目を怖れたぼくたちは、挨拶したきりそそくさと近くの小さな喫茶店に入った。

 天井のファンが涼しげな、濃いブラウンで統一された店内で、中年の女性店主がほほえましくふたりを迎えてくれた。
 彼女はアイスコーヒーを頼んだ。ぼくはその値段に目を見張らせながらも、しぶしぶ五百円のコーラを注文した。しばらく、高校受験やクラスでの出来事などの話をした。なれないデートに気を張っていたぼくがくつろぎはじめた頃、彼女がその目をぎらりと好奇心で光らせた。

「例のもの、見せてくれる?」

 とうとうきた。
 コピー紙をわたすぼくの手は、緊張で少しふるえた。彼女はそれを受け取るとすぐに読むことに没頭しはじめたようだった。紙面に顔を落としたまま彼女は石のように沈黙した。静けさに落ち着かない。ぼくは心の置き場が見つからず、逃げ出したい気持ちになった。
 彼女のめくる紙が最後の頁まで行った。その短い小説は、上流階級の娘に恋した奴隷が無様に死に、娘がその死を嘆くところで終わる。彼女が読み終わったことをぼくは察した。それでも彼女は顔をあげず、紙面に顔をうずめている。コーラの溶けた氷が、からんと軽い音をたてた。
 彼女は顔をあげると、透明な、ぼくの心をのぞきこむような目でこう言った。

「きみはなぜ、こんな小説を書いたの?」

 ぼくははっとした。「おもしろかった」「つまらなかった」という感想が返ってくるものだと思っていたのだ。
 そんなことを言われても、すぐに答えられるものではない。それでも、ぼくは考えることにした。なぜぼくは書くのだろう?こんな小説を「なぜ」書いたのだろう?
 唐突に、渦のように、ぼくの家のこと、学校のこと、母を怒鳴る父のこと、泣きむせぶ母のこと、二人の「ぼく」のこと、すべてが頭に浮かんできて、ぐちゃぐちゃと心をかき乱した。言葉にならなかった。話すべきことはたくさんあった。彼女に打ち明けたいことがたくさんあった。孤独の壁をつきやぶって、彼女に届けたい言葉があったし、激情と葛藤の嵐と渦の底から、彼女に助けを求めたい気持ちもあった。

 ぼくは苦しくなった。重い沈黙の時間が過ぎた。せめて一語でも、何か言葉を発しようと試みたが、それすらできなかった。
 ぼくは彼女の目を見つめたまま、涙をぼろぼろと流した。
 彼女の目には否定も肯定もなかった。窓枠で切り取られたバカみたいに青い夏の空が、涙で歪んだ。

6

 秋になって高校受験が近づいてくると、メールの頻度はめっきり少なくなった。彼女と外で会うのはそれきりだったし、小説の話はしなくなった。ぼく自身、小説を書くことをあの日以来やめていた。

 最後のメールは、彼女が東京の高校に受かったことの報告だった。
 卒業して以来、彼女とは会っていない。ふたりの乖離した「ぼく」は、いつの間にか統合されていき、ひとつのまっとうな人格を生みだしていた。

 夏の青い空を見る度に彼女を思い出す。彼女は今何をしているだろう?

7

 成人式の日、同窓会があった。彼女は当然のようにそこには現れなかったし、同級生のほとんどが彼女の存在すら忘れていた。
 でも、かつての同級生たちが酔いつぶれたり、終電で帰ったりする中、泥酔しただれかがぽつりと「あの子は恋人と心中したんだ」とつぶやいたことをぼくは覚えている。




あとがき


短編小説を書いてみました。

この作品は、今朝なにか書いてみようと思い、ばーっと書いてしまったものです。
朝六時に起きて、コーヒーを飲んだら何か書きたくなって、三時間くらいで書き上げました。

とくにこういうストーリーにしようという気はなくて、ぼくの生い立ちというか、そんなものを乗っけていったんですが、やっぱり小説って登場人物がいないと味気ないんで、ひとりの少女を作り出しました。

だもんで、その少女の描写はかなーりあやしいですね。モデルは今仲良い女の子なんですが。中学生活独特の閉塞感やいやらしさというものはよく書けたと思います。

小説家になろう:http://ncode.syosetu.com/n1583cd/

5.30.2014

孤独の味をかむかむ

世界がぼくを拒絶するのだから、ぼくも世界を拒絶してやろう。ひとまず、アルコールで思考を塗りつぶす。無思考であること、これはひとつの拒絶である。

精神に富めるものは、財産に執着しないとセネカは言った。賢者が富めるのを見て、「お前は節制を説いてきたのではないのか」と責めることは間違っている。賢者は富めても貧しくても賢者である。ただ貧しいよりは富む方が良いことは明らかであるので、彼は富む、それだけの話しである。

ぼくも一個の裕福者になろうとしている。つまり、世間的な同年代のひとより、ひいては世界の多くのひとよりは、富めるものに。
ぼくは金を超越したいとつねづね言ってきた。金を超越するとはどういうことか?多くの人が金に気を患い、金のために命と生活を削っている。ウシジマくんやアカギが流行るのもそのとおりで、曰く「金は命より重い」。

なにかを超越するとは、はるかな高みに到達することである。高みからみれば、事物はうごめく蛆虫に過ぎない。つまり超越するとは、無関心になることである。その足元の遠く下に事物を置くことである。

ぼくはおそらく、金を超越することができるだろう。というのも、金で買えるもので欲しいものがないから。ぼくの趣味に必要なものは……。楽器が五十万円。バイクが五十万円。あれ、これはけっこう高いな。しかしぼくは楽器にはこだわるが、バイクは動けば何でも良いのだ。そうして、あとは書籍と、画材。これは月に一万円もあれば足りる。
旅にしたって、贅沢なホテルよりも貧乏旅行が好きだ。マレーシアの一泊300円のGHなんて、よかったなあ。しかしその話はどうでもいい。

さて、ぼくは金を超越することはできる。そして、もうひとつ超越しなければいけないものがある。金とはつまり、事物からの超越。こんどは、人を超越しなければならない。すなわち、愛の超越――。

これがぼくを悩ませるのだ。

ニーチェがいったように、「孤独にこそ全ての智慧がある。」のだし、ヘッセがいったように「ほんとうの創作はひとを孤独にし、私たちが人生の快楽からもぎとらずにいられないものを犠牲にすることを要求する」のである。

ひとは孤独にならねばならない。ぼくは、他者の愛を受け流すという業を身につけなければならない。

金を超越し、愛を超越する。事物からも、人からも超越した先には何があるのだろう?

神?いや神と愛は親和性が高いから、これはもしかすると神をも超越するのではないか。ギリシャ哲学的な領域への。

5.29.2014

Now you say you love me

最近はまた、女性と親しくしている。恋人との仲はどうかわからないが、もうひとりの愛人というべきか、彼女とは非常に仲が良い。

彼女とはえんえんラインで連絡をとっているのだが(恋人よりもずっと頻繁に!)、今日は直接会うことになった。

芸術家的なセンスを持ち合わせた彼女は、今日日の女子大生らしくない思い切った短髪と、ボーイッシュな服装、きりっとした眉毛とアイラインで性格のきつさを暗示していた。(今日日の大学生らしい格好とは?パステルカラー、ベージュで統一したつまらない服装に、ふんわりパーマでお嬢様風の化粧)

ぼくはじっと、彼女を見つめた。彼女に近づきたかった。彼女はぼくと目を合わせなかった。その無防備さ、緊張感、あるいは屈服がぼくを大胆にした。彼女を見つめて、そっと近づいた。ぼくは知っている。彼女のぼくへの愛も、ぼくの彼女への愛もいつかは消えることを。しかし、
口づけの後の無言のひと時の中で二つの魂が一つになるのを体験したことのない者はいないと思う。この束の間の時を絶えず求めなければならない。愛の沈黙だけが人間の力の及ぶただ一つの沈黙であり、それだけが人間の側の沈黙なのだから。(貧者の宝 / メーテルリンク)

 ◆

もともと彼女はぼくから求愛したひとであった。

学校内でよく、彼女を見かけた。当時から彼女の髪の色はころころ変わった。黒から金、金から緑、緑から赤。しかし見かける彼女は下卑た様子もなく、ノートに目を落とすその顔は硬く沈黙を守り、厳しげであった。
その厳格さ、そして髪の色の変化に見られるうつろいやすさ、あるいは儚さにぼくは惹かれた。というか、単に彼女の均整のとれた身体と、世界を拒絶するような鋭い目に惹かれた。目。ぼくは目に弱い。

ぼくは友人に、彼女がかわいいと言った。すると、友人は、その横にいる女がかわいいと言った。健康そうで、まともで、明瞭な美しさ。ぼくには理解できなかったので(しかし今はそういう女と付き合っているのだが)、彼女の方がより美しいことを強調した。すると、ぼくの友人は、彼女は自分の友人の友人だから、アドレスを聞いてやる、ということになった。

それで彼女とメールをはじめたのだが(当時はラインも一般的ではなかった)、たいして盛り上がることもなく、次第に連絡はとだえた。ぼくはけっこうへこんだ記憶がある。その前にぼくはひとりの女に振られていたから。(しかし、あのときは本当に女にモテなかった!ぼくはあまりに女性を求めすぎていたのだと思う)

ところが、一年近くたった今になって彼女から連絡がきた。その唐突さは、彼女らしいものだった。




不貞がどうのこうのという話しに、ぼくは耳を貸さない。これは間違いなく浮気になるが、そんなことはどうでもいい。ぼくの気が浮いてはいないことは確かだ。恋愛にぼくは溺れることはない。ただ、あまりに過去に恋愛の体験がなかったから、急いているのだ。


かのソクラテスとか、あるいは他の誰でも、およそ人間問題に対決してソクラテスと同様な権威と能力を持っている人は言うであろう、「私が何よりも強く心に誓っているのは、ほかでもない、諸君の意見に応じてわが生活の方向を変えることはない、ということである。いつもの言葉を、どこからでも浴びせかけるがよい。私は、諸君が悪口を言っているとは思わないであろう。せいぜい幼い子供が、いかにも哀れっぽく泣き叫んでいるぐらいにしか思わないであろう」と。こう言う人には、すでに英知が与えられているのである。(幸福な人生について / セネカ)

5.27.2014

幸福から逃げたい

「ああ、ぼくはねえ、きみ、心の底で、年をとることにひどく好奇心を持っているんですよ。青春なんてごまかしです。まったく新聞や読本でもてはやされるごまかしです。人生の最も美しい時だなんて!そんなばかなことが!老人こそ常にぼくにはるかに幸福な印象を与えます。青春は一生の最も困難な時代です。たとえば自殺は、年をとってからはほとんどまったく起こらない」(春の嵐 / ヘッセ)

ぼくも年を取った。心中の葛藤は過ぎ去り、どうやらまどろっこしい平穏がぼくの身体をしばりつけるのだ。

そろそろ二十六歳か。年齢のことを考えるのは、まったく憂鬱になる。ぼくがもう少し早く、今の知恵を手に入れていたら!
ぼくの短い半生のほぼすべては、グロテスクに彩られていたと言ってよい。といって、暗色の彩り……。母の偏愛にとらわれ、神経症にとらわれ、友人や女たちの裏切りにおびえる日々だった。およそ明るいことなど、なかった。

四半世紀が終わってはじめて、ぼくはぼくという人間にも存在意義があること、そして大衆から離れたところにも道はあるということを知ったのだ。それまでが長かった。ぼくはこの年ではじめて「産まれた」のだ。
しかしこれについてはぼくは、比較的早かったと述べるべきだろうか。
「あまりにも遅すぎた!」という永遠の嘆き。――すべての出来上がった者の憂鬱だ!(善悪の彼岸/ニーチェ)
と、いうようなことにはなっていないだろう。

目覚めてしまった今では、ぼくの周りを見るとそれはもう唾棄すべき人種ばかりだ。目の前のちょこまかしたことにとらわれる。短い人生の時間を浪費する。あやまった価値観に盲従する。そうして彼らは、目が覚めることのないまま、死んでいくのだろう。しかしそれは良いことで、自然で、必然なのだ。目覚めた者は常に少数なのだから。

ところでぼくもこの年になり、青春の光を失いつつある。というのも、最近どうも幸福なのだ。なにか自分の能力に絶望して、多少は苦悶し葛藤するものの、「そんなものだ」と老成したもうひとりの自分が客観的に見ている。

これではダメだな、と思う。ぼくがこの青春を失ったのであれば、ぼくもただ一過性に天才性を得た凡人ということだろう。そうは思いたくない。自分を常に振り子にして、おもちゃにして生きていきたいと思う。

5.25.2014

JAZZ特選曲(六年の集積)

ぼくがジャズを聴くようになって6年あまりが経つ。けっしてたくさんの曲を聴くわけではないが、それなりに聴きこんできたので「本当に良い曲」というのをちょっぴり持っている。これを紹介したい。

というのも、ぼくの女友達のひとりが、ジャズの曲を紹介してほしいとせがむのだ。彼女はクラシック畑の子だが、唯一上原ひろみは聴くというお方。
もちろんぼくは分別をわきまえているので、自分のお気に入りの曲をぶち込んでジャズ嫌いにさせることはしたくない。まっとうなジャズソングを送ろうと思う。

しかし上原ひろみというセンスも悪くないし、彼女も芸術家としての気質をたぶんに備えた才女であるので、けっこうコアなもんをぶつけてみてもいいんじゃないかと思っている。


Ah Yeah - Robert Glasper Experiments


はじめはイージーリスニングなボーカル曲から。

この曲は女ウケという点ではぼくは最強ではないかと思っている。甘くきれいで洗練されている。ドラムスのChris Daveはボーカルが入ると抑えるが、本来ハイパーテクニシャンでありかなりトリッキー。

Bill Evans - Beautiful Love


ド定番。

Gretchen Parlato - Butterfly

ここでハービーを挟むぞ。
しかしやさしい声色のグレッチェンさんなのでしっとり良い感じに癒やされるなあ・・・・。

John Coltrane - Central West Park
コルトレーンの中でもいちばんのお気に入り。古めかしい曲ってどうなんだろうなあ。ぼくも聴き始めの頃はあまり好きじゃなかったが・・・。


Miles Daves - Blue in Green



マイルスの中でのMost Favorite。

Robert Glasper - Let it ride




今度はグラスパーの最新アルバムから。聴きやすい感じだけど、ノラジョーンズだしいいんじゃないかね。

Bjork - Cry me a river



恨み節の効いたこの曲をチョイス。叙情的な曲を歌わせるとBjorkは半端ない。この曲はCDがないのでYoutube to MP3。


Trifi - I Didn't Know What Time It Was


Tri-fi。あまり有名ではないかもしれない。フツーだけど、そこがいい、なバンド。とげがないと言うべきか、ここまで調和的にジャズをやってくれるバンドはなかなかいないんじゃないかな。
というわけで「時さえ忘れて」。いい曲です。



Chris Dave - Africa... I freak her



ぼくの趣味。


Avishai Cohen - Etude

脂ののったイスラエルジャズより。この曲は激しい展開がいいんじゃないかなーと。

Avishai Cohen - Remembering


アヴィシャイの中でも異色の幻想的な曲。この曲はかなり人気がある。別の子とアヴィシャイのライブに行ったときに、彼女もこれを気に入っていた。


Michel Camiro - Nardis



ラテンは初心者には好き嫌いがかなり明確に分かれると思う。大体のジャズ好きはラテンにはまっていくものだと思うが・・・。
ともかく上原ひろみよりも圧倒的にパワフルで技巧的にもまったく文句なしのミシェルカミロさんならラテン代表でもいいでしょう。

Stefon Harris - Afterthought




もう勢いで押してしまえ。
けっこうルパンっぽい感じで気に入ってもらえるんじゃないかな?
ヴィヴラフォンというのも耳障りのいい楽器だし、テンポやリズムの転換が飽きさせない。
Marc Caryというピアニストはドライでダークなソロがすてきなひと。コンテンよりも現代的。

Daniel Zamir דניאל זמיר - Missing here שיר געגוע לכאן


またイスラエル。ぼくの海外ひとり旅を支えた曲でもある。ボーカルソングだしいいんじゃないの、と。


Malka Moma - Shai Maestro Trio


ボーカルはやはり最強の楽器であるので、これで占めよう。
ブルガリアンボイスの民謡+イスラエルのジャズトリオ。このボーカル、すごく好き。



おわりに

以上の曲は、ぼくの所持している全アルバムと、Youtubeのお気に入り動画から抽出した。どれもまぎれもないすばらしい曲ばかりだと自負しているがどうか。
ここ一年ばかりイスラエルジャズに傾倒してしまっていて、その手の曲が多くなってしまったが、ジャズを他人に紹介しようという場合はいろんなジャンルの断片を提示してあげるのがよいと思う。
ジャズってあまりに広いんで、時代性と地域性や方向性でてんで違ってくる。だからいろいろな選択肢をあげて、どれそれが気に入ったというのなら、そのときさらにその先の道をしめしてあげることが大事だと思う。

さて、これらをおさめてプレゼントするわけだが、彼女がどの曲を好むだろうか?
それはまた後日報告したい。

5.23.2014

手になじむ道具を捨てたような

変遷、メタモルフォセスが起こっていることをぼくは自分に認めている。

かつてぼくは孤独の人間だった。そして、知性に生きる人間だった。ひとを軽蔑し、拒絶し、ただ奥深くの神を、理想を、真実だけを求めていた。ひたすらニューロティックだったぼくは、道ばたに転がるどんな小さな真理でも見逃さぬよう緊張し、必死の形相で探しまわった。それを邪魔するものであれば、美しい女だろうと、ぼくの首をはね飛ばせるだけの権力者だろうとこう言うしかなかった。「退け」。というのも、ぼくにはかれらの脚しか見えなかったのだから。

そしてまた、得た真理を逃すことのないよう、ごてごての真理の山を築き上げていた。そのうちそれは自身の重力によって自壊し、濃縮した黒く輝く美しい球を生み出したのだけど、それを眺めることにぼくは飽かなかった。

それはいい。それはそれで楽しいことだった。そして、正しいことだった。

ところがぼくは今、創造の人間になった。あるいは、なりつつある。ぼくは真理の探究をやめた。心の底では、真理の探究を続けたかった、あるいはこの創造の道も真理への道であると言えぬこともなし、しかし本質的にぼくは変わった、と言うべきだろう。ぼくは変わった。

それは、手になじむ道具を捨てたような感覚だった。そして初めて水に飛びこんだときのように、おびえ、居心地悪く、不可解な気分に溺れていた。真理で満たされた明るい部屋の外に、ぼくは突き落とされたのだ。それはひとつの冒険だった。いつだったか、ぼくはいった。
まっしろな白紙に、一本すうっと線を引くことの、心地よい冒険。
冒険は心地よいものであるし、しかし決してそんなものではないと言うこともできよう。ともかくぼくは、本と真理のなじみある世界から抜け出すことにしたのだ。

過去のぼくは真理を煮えたぎらせていた。煮えたぎらせて、その圧力は限界を迎えていた。とたんにぼくは放出しだした。これは芸術と、少数の女へ向かって放射された。けっして下賤で夢遊病的な大衆へ向かってではなかった。放射されたぼくの内圧たちは、キャンパスにぬりたくられ、楽器たちをひびかせ、そうして女を貫いた。無論、下賤な女も貫いたが――それは良い。

恋。これをぼくは知らない。しかし女を知ることはできよう。
ぼくは神を、真理を、自然を理解しようとしていた。これからのぼくは人間を知ることを目指さなければならない。なぜなら、――ぼくはこれを諦めと興奮をもって言う――神も真理も自然も、人間の偶像であるから。



神も真理も自然も、人間の偶像である。
人間が人間であるということ、それはどこまでも社会的な存在であるということだ。社会を、集団を軽蔑しながら、ぼくたちは社会から逃れられない。人間から逃れられない。ぼくたちが腕から、脚から、目から、陰茎から逃れられないのと同じで、人間を性向するこの本能は、しっかり根付いている。

ぼくらのこの本能は宗教、哲学、詞、恋愛、政治に形を変えた。ユングの言った無意識も、アートマンも、つまりはこのことである。
「社会的傾向」と言ってしまえば味気ないが、しかしぼくらの精神はこれに支配されている。であるなら、真理とは社会を、つまり他者を知ることに他ならない。「地獄とは他人である」とだれかが言ったが、地獄がこの生の真理であるのだから、他人の真理性は、これは確かなものだといえよう。



ぼくは観念の世界からようやくこの世界に帰ってきた。
現在のぼくを報告したいと思う。現在は、恋人ができたことは先に述べたが、その他に三人の女性から求愛を受けている。ぼくはこの四人の女性をそれぞれ均等に愛している。ぼくは賢明なことにニーチェのこの言葉を覚えていたのだ。
決して一人の人格に執着してはならない。それが最愛の人格であろうともだ――あらゆる人格はそれぞれひとつの牢獄であり、またひとつの片隅である。
しかしこの変化、これ自体、少し前のぼくには信じられない。ぼくはこの五年来、彼女はおろか親しい女友達もいなかったのだから。
C・ブコウスキーは、あれほど「ちんぽ乾く暇がない」自伝的小説を書いていながら、青春のまっただなかの二十代にはまったくモテなかったのだという。あれと同じように、ぼくはこの二十代後半になったはじめて女性の心をつかむ術を知った。

もともと、母に溺愛されていたぼくは女性のあしらい方を培っていたのかもしれない。もっともそのことの意味は、愛されると同時に永遠に愛されないことの証左であるのだけど。
そしてこの時期になって急にモテ始めたのは、哲学や文学で知性を磨くうちに、ぼくの中の詞人性の芽がぐんぐんと育ってきたからだと思う。母親という種に、哲学という栄養。これはまるでヘッセの「知と愛」の世界だ。



ともかく、ぼくは変貌しようとしている。そしてその変化は苦痛と困惑を生むものである。それはあたかも成長痛の痛みと思春期の煩悶のようだ。ぼくは現在その中にいて、その変化を自覚している。ぼくの行く先はわからないが、およそ大衆的なるものとは離れたところにあるだろう。

ぼくは獅子だ!

5.21.2014

詞を書こうというのなら

詞を書こうというのなら、美しい日常を送らなければならない。


絵や音楽を前にして感動を隠せぬ者。

自然の微かな変化に百を感じとることのできる者。

異性への愛と自らの肉欲に狂おしく悩む者。

社会のもつ悪臭に反発を持つ者。

人のつくりだす輪に加わろうと努力したが、決してそれが適わなかった者。

自由と孤独への自然で荒々しい希求につきうごかされる者。

人間の生の絶望を直視し、ひとつ自己の存在で戦う決意をした者。


なんとなく詞の美しさに惹かれ、手頃な創作として詞を書こうというのなら、そこには美は生まれないだろう。この世には絶対に詞を書いてはいけない人間というのがいる。そしてそういった人間はあまりに多い!かれらが戯れに書く詞は何の意味も持っていないくせに、その汚臭だけは雄弁である。

いのちを人にささげる者を詩人という。唄う必要はないのである / 坂口安吾

5.20.2014

創造の喜び。

最近は唐突に小説を書き始めた。

昨日、5月18日から短編小説を三本書いた。

短編と言えるほどの長さではなくて、5000字、5000字、2000字程度。そもそも、このブログがだいたいひとつの記事が2000字なので、すらすらと書ける。内容も特に凝ったものではないし。

小説というものを書いてみて思うのは、このブログのように内面世界を直接吐露するものではなくて、より読者を意識しなければならないということだ。読者がどこまで付いてこれるかを意識する。読者のこころにどう影響を与えるかを意識する。もちろん、ヘーゲルのように大多数の読者を切り捨ててもよいのだけど。

ここで重要なのは、自分が思いきり創作の情熱を燃え上がらせるとともに、それを冷静にコントロールする多重人格的な第二の自己を用意しなければいけないということだ。

「精神分裂病」という言葉は現代では「かたわ」や「おし」のように「好ましくない言葉」とされているが、しかし作家というものは精神分裂気味でなければ成し遂げられないものだと思う。両義性。その作品の深さは、ふたつあるいはそれ以上に分裂した精神の摩擦、葛藤がなければ成立しないだろう。

ネット小説の難点。あまりに読者が近い。公開と同時に多数の読者の目に触れられる。そうして、即座に感想やレビューをされることになる。この即時的なやりとりになじめない。ポール・オースターが言ったように、書くという行為は孤独の行為でなければならない。書いているときに読者のレスポンスを意識し、書いたあとも読者を意識するようでは、本当に良い作品は書けないだろう。

読者の目を引くため、俗な表現と内容を書くことになり、薄く、そして短い作品を頻繁にあげるようになる。これがよくない。しかし、ひとりよがりな作品を書くよりは、多少は俗への傾向を持った方がいいと最近は思う。クレッチマーの天才論に書いてあったように、「天才に見られる凡俗的方面こそ、天才の作品に、その勤勉と、忍耐と、なごやかな緊張と、新鮮な迫真性などとあいまって、類天才人らの騒々しくもはかない駄作をはるかに超越する作品高価を与えたものである」と。

まあ、書くということは楽しいです。昨日創作に目覚めて以来、構想を考えたり、熱心にキーボードを叩きこむようになった。この新しい楽しみを知っていらい、酒や自慰みたいな頽廃的な楽しみをやめた。あと、彼女に依存することもなくなったしね。

このブログも旧タイトルは「本を執筆することになったので」だったのであり、数年前からぼくは創作の道を志していたことになる。もっとも、ぼくはその語彙力だとか、表現力に自信がなく、一流の書籍を執筆する、ということは望めないだろう。しかし何かを生み出すという性向、そのセンスというか、深層心理、魂の求める方向に創作という道がぴったり合うことを、ぼくはなんとなく感じている。

5.19.2014

短編小説「フェティッシュ」

「女性の身体はどこまでも球でなければならないんだ」

 高木は興奮して言った。ぼさぼさに伸びた髪にはところどころ白髪が浮いている。
 こいつは興奮すると顔を近づけてくるので、ぼくは首を引っ込めなければならなかった。しかし口臭とつばの被弾は覚悟しなければならなかった。高木の口臭はきつく、必ずアルコールかコーヒーのどちらかの臭いがした。今日は後者だが、昼でも酒臭いことがあるのだから恐ろしい。

「俺たちは女のどこに惹かれると思う?年をとるほど女の身体の好みが下にさがっていくっていうよな。若い奴は例外なくおっぱいが好きだ。少し年を行くと、腰や尻を好むだろう。で、おっさんになると脚に目がいくようになる」

 ぼくは高木が何を言いたいのかわからなかった。周囲を見まわす。昼休みの教室にはいくらかの女子のグループがきゃいきゃいと騒いでいた。ともかく、でかい声でおっぱいがどうとか騒ぐのはやめてほしかった。

「でも、おっさんがおっぱいを嫌いになるなんてことはないよな。それも当然だ。大人になって好きになるものはあっても、子どもの頃好きだったものが嫌いになることなんてないもんだ。俺はウニが嫌いだったが、今では大好物だ。昔は、ウニなんて気持ち悪くて口に入れたとたん吐きだしたよ。見た目も奇妙なら、味も奇妙だった。でも、今はいくらでも食べられるよ。ああ、ウニ丼食いたいなあ」

 高木はようやく顔を引っ込めて、うんうんとひとりごちた。
 ぼくが小学生の頃の好物で、母の買い物に付き合う度にねだったあの「ねるねるねるね」は、今では一切の興味を引かないことをこの不潔な男に伝えたかったが、しかしそれはいつものように「そういうことじゃないんだよなあ。だから――」と延々うるさく言われるだろうから、ぐっと言葉を飲み込んだ。そういうことだろうに。
 高木は腕を組んで変にまじめな顔をして続けた。

「俺は今、おっぱい、腰、しり、脚と言ったな。これらはみな、球の形をしているんだ。男は女の球を求めるんだよ。おっぱいはまごうことなき球体だろう?そうして、腰というのも球体なんだ。女の骨盤というのは、男とちがってまあるくなっている。今度解剖図を見てみろよ。しり、これもおっぱいと同じ意味で球体。脚。脚は、これは球体というには厳しい。しかし――」

 高木は虚空をみつめて考えた。言葉につまって、声が低くくぐもってきた。
 きたな、と思った。ぼくはこういう高木の姿をみるのが好きだった。世界を拒絶して、観念の世界に飛びこむ人間。

「女の脚は円の集合体だ。女の脚は、筋張った男の脚とは違う。女だってその機能上、何十キロの上体を運ぶ頑丈な脚をつくらねばならない。だから男のような無骨な脚でもいいんだ。しかし、そこに脂肪の装飾がついている。脂肪という過剰によって円を作りだしている。円の集合とは、つまり球だ。しかし脚は球ではない。どちらかといえば、円柱」

 高木の開いた瞳孔は、もはやぼくを通りすぎたどこかを見ていた。

「壮年になるとその好色が球をも超越するとはどういうことだろう?おそらく男にとっての理想、イデアは球体にあることは違いない。しかし加齢とともに円柱である脚を愛するとはどういうことか。脚はその内実、男に媚びたいと思っている。おっぱいや尻のような球に近づこうとして努力をしているんだ。それでも肉体の必要上、生活の必要上、そうなることはできない。ボールみたいにふくれた脚を考えてみると、これは狂気だ。しかし、球になろうとして円柱になる、その不器用な媚態。男は女の脚に、美に到達できない不完全さを知る」

 ぼくは一足先に、高木の着地点を見た。

「脚を好むということは、不完全なその拙い媚態を愛するということにあるんだ。完璧な女王様より、おどおどした、王子様への憧れだけが救いの、失敗だらけの女中を好むようにね。シンデレラのような。それがつまり、酸いも甘いも知り尽くしたおじさんたちの好みなんだなあ。完成したものは、あとは死ぬだけだからね」

 高木は一瞬、ぼくの存在を思い出したようだった。高木はにやにやしながらぼくに語った。

「俺の親父は、女のくるぶしが好きなんだそうだ。あいつは俺が六歳のときに、俺を風呂に入れたんだが、そのときぼんやりと言っていたよ。まさか俺が高校生になるこの年まで覚えているとは思わないだろうな」

 チャイムが鳴ると同時に、グラウンドでスポーツをしていた生徒たちが帰ってきた。ぎりぎりまで彼らはボールを追いかけていたようだ。

「脚フェチの男は、一個の哲学者であると俺は思うよ」

 高木は伸びをすると自分の席に戻った。座ると同時に、隣の女子が苦い顔をした。高木は椅子や机と同化したように沈黙していた。




あとがき

今回書いた「フェティッシュ」は、2000字程度の短いものになります。平日だとこれくらい書くのが限界ですね。
昨日の余韻で、エロティシズムに着目したものを書きたかった。あとは努めて描写を簡潔にわかりやすくすること。んで舞台を大学以外に移してみたかった。

まあ正直できが悪いです。公開するか迷ったんですけど、みなさんどういうレスポンスをしてくれるのか探る意味で、ぽんと投下してみました。

親ばかというかなんというか、どうしようもない作品ですけど、最後だけは好きです。饒舌な高田が沈黙するところ。

もうちょっとましな作品を書かなければな、と思っています。

5.18.2014

短編小説「就職に失敗した友人に捧ぐ」

短編小説を書いてみた。

タイトルは「就職に失敗した友人に捧ぐ」。日曜の朝起きて、なんとなく書いてみるか、と書いてみたもの。良かったら読んでみてください。



1

「就活ってのは、どれだけ事前に準備したかで決まるんだ」

気怠い夏の暑さは過ぎ去り、白んだ日光が紅葉にさえぎられ、部室棟の前のアスファルトとベンチに心地よい模様を作り出している。Tシャツ姿で季節外れなぼくに対し、まっさらな紺色のカーディガンを羽織った田野はそのまっすぐな視線に自信と野望を秘めていた。

「大学受験と一緒さ。二年から勉強してる奴と三年夏休みから始めた奴では、勝負にならない。就活は人生を決めるんだよ。今後四十年の生活がかかっているんだ。それなのに」

彼は部室棟から離れたところで移動中の学生の群をにらんだ。

「受験と同じように、就活に全力でとりくむ奴は少数なんだ。冬になると、なんとなく周りの流れに飲まれて、目の前のでかすぎるハードルに気がつく。そのハードルはどんどん近づいてくる。そして憂鬱になり、焦り、精神を壊す。就活生の自殺が何倍にもなったというニュースを見ただろう。ゆとりはメディアでさんざんバカにされているけど、本当だね。危機感がないんだよ。」

田野は興奮しているようだった。彼は興奮すると目を細めるのだった。

「でも、俺はこれをチャンスだと思っているんだ。周りが無能だと、少しがんばっただけで目立てる。出る杭は引っこ抜かれるのさ。」

田野はおもむろにウェブテストの参考書を突き出した。薄汚れた参考書は折り目と付箋だらけで、おまけにページの端はしおれており風呂で読んでいることが明らかだった。

「汚いけど、もう使わないからやるよ。今のうちに解いておけよ。遅くとも年内には」

ぼくは秋の風に肌寒さを感じたので、参考書をリュックにつっこみ、田野と別れて帰った。

2

ぼくは田野を畏敬の目で見ていた。

田野とは部活で知り合った。部活とは軽音楽部で、彼はギターを担当していたが、三ヶ月もたつとすぐに辞めた。田野の成績は悪かったし、おまけに少し学内で浮いていた。しかしぼくは田野の中に光るものを見ていた。
彼の成績が悪いのは、彼が無能であることを示すのではなかった。彼はすべての試験を前日からの勉強でこなしていた。
「一日は二十四時間ある。二十時間を勉強にあてれば、通らない試験はない」と彼は言った。
ぼくが何日も勉強して、ボロボロと単位を落としたのに対し、田野はほとんどすべての試験をC(可)の成績で通っていた(それより悪いDは不可)。
「学校の成績なんて企業はたいして見ない。費用対効果が悪いんだ」

田野はいつもひとりで歩いていた。友達はあまりいないようだった。昼休みの学食で、彼がひとりで昼食を摂っているのをよく見かけた。イヤホンをしながら彼は満足げにサラダを口に運んでいた。
いつか聞いたことだが、彼は食事中にTOEIC対策の英会話を聞いているらしかった。
ぼくが一緒に食事をしようと言うと、彼はいちおう了解するものの、ひどく嫌そうにするのであった。

「昼ご飯はひとりで食べるべきなんだ。ものの本にはね、昼ご飯を一緒に食べる人数で年収がわかると書いてある。つまり、薄給の肉体労働者はすき家や松屋で、大勢で食べるだろう。高年収のホワイトカラーは、上司や同僚と二、三人でだ。もっと上の社長や経営者は、予約した店でひとりで楽しむのさ。」

いつからかぼくは彼を昼食に誘うのをやめた。

3

気づけば十一月になっていた。田野にもらった参考書は、漫画本の下敷きになっていた。

SPIという試験がある。多くの企業が応募者の選考材料に使うテストで、主に漢字や文章題のような言語問題、単純計算や表の読みとりの算数問題がある。この模試が十二月に、大学のキャリアセンター主催で行われた。自由参加だったが、友人の多くが受けるというのでぼくも受けることにした。

学籍番号が近く、したがって試験の席も近いところに田野を見かけた。セーター姿の田野は茶髪だった髪を黒く短くしており、腕を組んでいくらか余裕そうな顔つきだった。試験が始まる。ぼくはほとんど初めて見る問題の数々に困惑した。時間内に半分も解くことができずに、試験時間の終了を迎えた。田野はいちばんに途中退出していた。

後日、田野は模試の結果表を手に、上気した顔で言った。

「見てみろよ。俺が学内でトップの成績だ。全国では、えっと、三十三番目だな。母数が十万人だから、俺は少なくとも一千人にひとりの天才ということになる」

田野の成績はほとんど満点に近かった。ぼくは三割程度しか解けなかったが、それでも全国平均に近い成績だった。田野は眉をしかめて言った。

「お前、俺があげた参考書をやらなかっただろう。こんなもの、対策さえしていれば簡単に解けるんだから、やっておいた方がいいぞ」

田野は高慢な男だった。そしてその高慢さを押し隠すところがあった。それがかれを余計に高慢に見せるのだった。ともあれ田野の言うことはもっともなので、ぼくもしぶしぶウェブテストの対策を始めることにした。

4

十二月に入り、多くの企業が募集を始めた。ぼくも知っている企業や、興味ある企業にプレエントリーした。いよいよ就職活動が始まるのだった。

就職活動の一般的な流れは、まず就職サイトでプレエントリーをする。これは単なる登録だ。次にエントリーシートと呼ばれる自己PRの記入や、SPIのような国語数学、性格診断などのウェブテストを受ける。それに合格すると今度は面接となる。まずグループ面接や、グループディスカッションなどの大人数の面接で数が絞られる。グループディスカッションとは応募者同士で討議させ、その発言内容や立ち回りで採用者が評価するというものである。これらを切り抜けると人事との面接がある。最後には役員との面接し、内定となる。
このように、選考過程はふつう四から五段階ある。これに勝ち抜いていかなければならない。応募者数千人に対し、合格するのは数人から数十人なのだから就活は厳しい。

田野はいろいろなことを教えてくれた。グループディスカッションの立ち回りから、企業がどの種類のウェブテストを採用しているか、どこそこは残業の多いよくない企業だ、ということまで。
興味本位で、田野にどんな企業を受けているか聞いてみた。銀行やマスコミ、商社、メーカーなど、名だたる大企業の数々を彼は挙げた。プレエントリーした数を聞いてみると、百数十社と、ぼくの三倍近い数字だった。

「就職活動っていうのはな、シンプルに言ってしまえば企業と志望者のマッチングだ。人事の奴らを甘く見てはいけないよ。かれらも人を見るプロだから、会社で問題を起こしそうだったり、うまくやっていけない奴はわかるんだ。だから、たくさん受けることが大事なんだ。たくさん受けてみて、企業と自分がwin-winの関係になるようなところを探せばいい。もし落ちたとしても、それは破綻する社会生活を事前に防げたんだから、これは人事に感謝するといいよ。」

5

冬の寒さが一層深まると同じに、就職活動も本格化していった。講義室はいくらか空いてきた。みな説明会やエントリーシートの提出、選考で忙しいのであった。エントリーシートやウェブテストの結果が出る時期でもあり、学食では清潔な黒髪の生徒たちが、どこの企業が難しかった、どこのウェブテストに受かったという話題でもりあがっていた。ぼくはというと、エントリーシートやウェブテストの段階でかなりの企業を落としてしまった。企業から送られる機械的な「お祈りメール」は、たしかに堪えるものだった。「社会の厳しさ」というものを初めて痛感した。

いちど、まっくろなスーツ姿の田野がぽつんと講義を受けていたので声をかけてみた。就職活動中の友人同士というのは、妙な連帯感が生まれるものだ。戦場に赴く兵士たちの緊密な友情。

「やあ、お前か。最近はどうだ?ぼくは今のところ順調だよ。エントリーシートは去年書いたものを、焼き増しして使っているんだ。これ以上ないというところまで考え抜いたつもりだったけど、いろいろな企業を受けている間に細かい訂正が重なって、どんどん洗練されていくね。」

田野は就活を楽しんでいるようだった。準備に余念のなかった彼は、遊びほうけたキリギリスに対するはたらきアリのようだった。もっともあの寓話と違うのは、彼ひとりがアリであり、キリギリスは彼以外の全員というところだ。

「ウェブテストはひとりで受けることにしているんだ。模試の結果もよかったしね。みんな友達と一緒に受けているようだけど、一人で受けた方が気が散らなくて早いし、正確に解けるよ。」
友人とわいわい騒ぎながら解いて、それでも落ちているぼくは多少の罪悪感と嫉妬を感じた。
「そろそろグループディスカッションや面接が始まるね。四月までには内定が取りたいなあ」

6

三月になり、ちらほら内定者が出始めた。内定どころかエントリーシートやグループディスカッションでつぎつぎと敗退を喫しているぼくは、だんだんと就職活動というものにうんざりしはじめた。説明会は陳腐で退屈であり、なにより「優等生」をえんじている他の就活生たちの欺瞞が鼻持ちならなかった。
スケジュール帳はまっくろに埋まり、講義に出る余裕がなく、しかし大学側もそれを容認しているようなところがあるので、学校へはほとんど行っていなかった。田野と会うことはなかった。ぼくの友人たちもぼくと同じように「負け組」であり、SNSで傷を舐めあって過ごしていた。

ところが、何十社と受けているうちに、要領をつかんできた。どんなことでも人間慣れるものである。徐々に最終選考まで辿りつけるようになってきた。四月の初め、とうとうある商社から内定を得ることができた。中規模の会社だが、歴史の長い会社であり、社員たちも穏やかで優しそうな人ばかりだった。面接中の言葉とは裏腹に、バリバリはたらきたいという気のないぼくは、落ち着いてはたらけそうなその会社に就職することに決めた。一段落ついた、というわけだ。激動の就職活動は終わってみればあっけなく、いまとなっては茶番のように感じられた。

空は青々として春らしいあたたかみに満ちていた。大学の広いキャンパスでは桜が咲き誇り、あわいピンクの花びらをふりまいていた。ひさしぶりに大学へ行ったぼくは、大量の欠席届をもって各教室を回った。講義に出る気もしないので、アパートに帰り部屋掃除を始めた。スーツをタンスに押し込み、就活本の処理をどうしようかと悩んでいると、薄汚れたウェブテストの対策本が出てきた。田野にもらった本だった。

田野。田野は今どうしているだろうか?

7

ぼくの生活は気怠い講義室の日常にもどった。講義室にはちらほら黒髪スーツの学生は見受けられるものの、ぼくの友人たちのたいていは内定を得ることができていた。就活という、社会の洗礼、イニシエーションを通過した学生たちは一変して大人びていた。キャンパスのいたるところで、だれがどこに受かった、だれはまだだ、という話に花が咲いていた。

桜の木は黒々とした無骨な幹に戻り、あたたかさが快かった季節から徐々に蒸し暑いぐらいになってきたとき、部室棟の近くの喫煙所で田野の姿を認めた。田野は髪の色を茶髪にもどしており、割合に元気そうだった。ぼくが無事就職先の決まったことを伝えると、田野はおめでとう、がんばったな、と労ってくれた。しかし、田野の顔に一瞬おびえが走ったのをぼくは見逃さなかった。
どことなく聞きづらかったが、彼の近況を聞くことにした。
深く煙を吐き出したあと、田野は虚空を見つめて語り出した。

「俺は、就活というものを降りることにしたんだ。」

「就職活動を経験して気づいたよ、俺は企業に向いてない人間だって。企業というのは、どこまでも集団的組織なんだ。内定をもらったお前に言うのは悪いけど、そういう企業に受け入れられる人間は、きれいな歯車みたいなものなんだ。俺だって、その歯車になろうとして自分を型にはめ込んだ。でも、説明会を受けている最中、グルディスの最中、心の奥底から声が響いてくるんだ。『お前の行く道はそっちじゃない』ってね。この声が俺をとことん邪魔しやがった。面接中、俺ははきはきと用意した答えを話した。面接官に絶対ウケるだろう話をね。すると、またあの声だ。饒舌に話していたのが急に止まる。面接官がぎょっと俺の顔を見る。俺は頭がぐるぐる回って、ぶっ倒れそうになるんだ。そこからは散々さ。面接官が化け物みたいに見えるし、明るい清潔な面接室が俺を拒絶するんだ。それでも○○社の最終面接まではいったんだぜ。超一流企業だろ。でもそこで、完全にこと切れてしまった。椅子に座ったまま、失神しちまったんだ。それ以来、すっぱりと就活を辞めた。・・・・・・これからは、どうするかな?何か一人でできる仕事に専念するよ。絵を描いたり畑を耕したりね。俺が畑を耕してるところを想像してみろよ。笑えるだろ。」

田野はこれだけ言い切ると、じゃあな、とぼくに別れを告げた。
それから卒業まで、田野を見ることはほとんどなかった。たまにすれ違っても、おびえたような、やつれきった顔を見ると、声がかけられなかった。

田野のその先は、だれも知らない。






あとがき。

就活にいろいろ思うところがあっての作品。作品、というとこっぱずかしい気持ちになりますな。

就活という巨大な渦に大学生はみな飲み込まれあっぷあっぷするのですが、それを覚えている人は少ないものです。あの短編にもなつかしい、就活を思い出したという感想をいただきましたが、就活とは学生が初めて個人として社会と対峙する、忘れてしまうにはあまりに激烈な瞬間でもあると思います。

現代ではイニシエーションがない、といわれています。例えば未開民族だと、高台から飛び降りて初めて大人扱いになるんですね。もちろん、高台から落ちりゃケガするし、そもそも高台から落ちることに意味なんてまったくないわけです。「危険」かつ「無意味」なんですな。
だから現代ではイニシエーションはなくなった。合理的な社会ではあたりまえのことです。結果、みんななんとなく子どもから大人になっていたのです。

ところが、現代では就活というものがある。これは不景気の産物なのですが、学生が今までの半生を振り返り、その短い過去をぜんぶ、企業に向かってぶつける。そこに、イニシエーションめいたものを感じます。

学生たちが就活にやっきになり、大人たちも、就活を辛いモノだと知りながら応援する様は、まさに洗礼、青春の結晶という気がします。

ただし原初的なイニシエーションとは大きく違うところがあります。この就活は人生を決定するという点では高台から飛びこむに値するとても危険な代物ですが、それには無意味性は欠けています。飛び降りるだけなら努力と根性、勇気でなんとかなりますが、就職はあくまで企業による選考の一過程ですから、結局は「金」の問題なんですな。そこに齟齬が生じる。

つまり、純然たる気持ちで向かう若者達に対し、企業はあまりに理不尽であり、利己的である、と。

だもんで、あの作品のような、田野のような犠牲者が現れる。田野という男は、歯車になれきれない人間なんですな。田野は頭のいい男なのですが、それだけに就活というものの理不尽さを総身に受け止めてしまったのです。

集団、社会といったものに対する個人あるいは孤独人という内容は、ぼくがもっとも熱中するテーマであります。

この作品、ぼくが実際に体験した内容をそのまま書いているので、5000字というそこそこの長さでありながら、午前中の数時間で書けちゃいました。意外と書けるもんだな、という気分です。後半は少しだれてきたのですが。

今後ももっと書いていけたらなあと思っています。



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5.16.2014

神経症が酔ったままに文章を書くとこうなる。

わたしが見いだしたもっとも厭わしい人間的生物に、わたしは寄生虫と名付けた。この生物は愛する気はなくて、しかも愛にたよって生きることを願っていた。(ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」)

どうもぼくはいったん恋人ができてしまうと、依存してしまう癖があるようだ。

いままでぼくはあまり恋人ができたことはない。というか、恋人自体はすぐできるのだが、交際が長引かない。一ヶ月くらいで、破綻してしまうことが少なくない。

ひとつに、ぼくの精神が少し「ずれ」ていることが原因かもしれない。いわば世間一般のにこやかな交際好きのひとびととは、ちょっと思考が違っている。これは中二病的な「自分はひとと違う」ということとは違って、実際にレアな神経症の現病者であるから、その精神はやはりずれているのである。

最近の精神医学のニュアンスでは、ぼくの頭は、いちぶの回路に異常をきたしているのであって、精神性自体は問題ない、という風にとらえられるかもしれない。例えば、「鬱は心の風邪」なんていう言葉が吹聴された時期があったけど、そのように、精神病をちょっとした心の不安定、あるいは脳の器質的問題のように考えるというのが最近の流行だ。おかげで、昔のように精神病院に通院しているところをご近所さんに見られたから、町中で「キチガイだ」と陰口されるようなことはなくなった。

しかし精神病は精神病である。渡辺哲夫の強調したとおり、「精神医学は身体医学ではない」のである。精神の異常性の顕現が精神病である。そして、われわれの精神というのはパソコンのハードディスクのように、ここからここまではあの画像、そこはエロ動画、なんていう風に分断されてはいない。ぼくらがアマゾンにたたずむちょっとしたキリンを一秒でも想像すれば、その精神はもはや一秒前の精神ではないのだ。つまり、ぼくらはどこまでも超生物学的な存在であるということ。われわれの精神は、どうもたんぱく質やらニューロンのはたらきで説明できない次元にある・・・。と、いう気がする。

であるから、ぼくはどこまでも精神病的人間である。ぼくが神経症であることは、ぼくの精神が正常なのに、いちぶが壊れていることを指すのではない。ぼくの心はneuroticであり、ぼくの人格はそのうえに乗っかっている。・・・・・・遠回りした。つまり、ぼくの人格はどうしようもなく異常である。



なにをやってもだめ、という人間はいるものだ。仕事を任せれば失敗するし、ボールを蹴らせればあらぬ方向に飛ばす。料理をさせれば焦げさせる。およそぼくはそういう類の人間だ。

これでも、ぼくは器用に世の中を立ち回れる、「スーパー正常マン」の振りをしようとしていた。仕事をバリバリこなし、金を稼ぎ、女の愛情と友人の信頼の集合体であるところの、清潔でまともな適応人。しかし、どうだろう。ぼくはそんな人間にはなれなかった。近づこうとすればするほど、その反発は強かった。ぼくはどうしてまともな人間ではないのだろう?あの笑顔の暖かい輪の中に入れないのだろう?と地団駄ふんだ。これも、さっき言った神経症的精神であることも関係するだろう。つまり、ぼくにとって、金を稼ぐこと、女にモテること、仕事をこなすこと――これらがだいの苦手であると同時に、本心から言うが、まったくぼくの人生において重要でない。
いや、その表象においては、しつっこくこういう言葉が浮かんでくるのである。曰く「仕事しなきゃダメだよ」「仲良くしなきゃダメだよ」と。しかし、本心が、つまりぼくの深層心理、孤独に沈潜して初めてきづくことのできる本当の心は、ささやかな光のように持続的に「お前のみちはそちらではないよ」と教えてくれるのだ。おせっかいなことだ。

太宰の有名な引用句に「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つ われにあり」とあるが、ぼくの心境はこのとおりなのである。ぼくは、幸か不幸か(おそらく不幸)、「選ばれた人間」である。選ばれた人間は、その最初には、必死に社会に適合しようとがんばるのである。「人並みの幸福」を求めて、戦うのである。しかしささやかな軌道修正を絶えまなく行う、微弱な永久的磁力を持った奥深くの精神によって、あるいは神のご意向によって、孤独へと、創造の道へとひきこまれていくのだ。これは蟻地獄を想像してもらえばわかりやすい。あるいは安部公房の「砂の女」?

おおよそ、社会不適合者は「ダメ人間」と烙印を押されるのだが、ぼくはこの愛すべきひとびとに自我に目覚めて欲しい、と思う。彼らが「選ばれなかった人びと」つまり幸福であって、創造の世界を一生知らずにすごすようなひとびとを、憧れよりもむしろ憐憫の目で見ることができればなあと思うのである。もっとも、そういった優越感こそ、かれを創造のセンス、つまり絶対的な絶望からも突き放してしまうのであるが。

老サラリーマンよ、現在のぼくの僚友よ、ついに何ものもきみを解放してはくれなかったが、それはきみの罪ではなかったのだ、きみは、かの白蟻たちがするように光明へのあらゆる出口をセメントでむやみにふさぐことによって、きみの平和を建設してきた。きみは、自分のブルジョア流の安全感のうちに、自分の習慣のうちに、自分の田舎暮しの息づまりそうな儀礼のうちに、体を小さくまるめてもぐりこんでしまったのだ、きみは、風に対して、潮に対して、星に対して、このつつましやかな堡塁を築いてしまったのだ。きみは人世の大問題などに関心をもとうとはしない、きみは、人間としての煩悩を忘れるだけにさえ、大難儀をしてきたのだ。きみは漂流する遊星の住民などではありはしない。きみは答えのないような疑問を自分に向けたりはけっしてしない。要するにきみは、ツールーズの小市民なのだ。何ものも、きみの肩を鷲摑みにしてくれるものはなかったのだ、手遅れとなる以前に、いまでも、きみが作られている粘土はかわいて、固くなってしまっていて、今後、何ものも、最初きみのうちに宿っていたかもしれない、眠れる音楽家を、詩人を、あるいはまた天文学者を、目ざめさせることは、はや絶対にできなくなってしまった。(サン・テグジュペリ/人間の土地)



今日は創造の喜びをおおいに知った日だった。というのも、実験は失敗するし、彼女にはなんだか「こんな人じゃなかった。付き合ったの間違ったかな」というようなニュアンスのことを言われるしで、ぼくの人生ははかばかしくなく、どうやら生きていることの整合性がとれず、利益よりは損害と負債書の集合であるし、世界はぼくを冷たく見、ぼくがぼく自身であろうとすることを世界が突き放しているような感覚にとらわれ、世界は灰色、花は枯れ、長年の煩いが、一生治らぬ慢性病であると知ったときのような、けだるい絶望に置かれるのであって、つまりは死んでもいいかなあ、と真剣に考えてしまうようなセンチメンタルな気分だった。

くどい説明になるけど、本当に鬱々としていて、声をあげようにもしびれて小声、動きは緩慢で頭ははたらかず、視界はぼやける、病態的に考えても抑鬱症状と診断されてもおかしくない状態だった。友人から見ても、また始まりやがった、このクソ野郎は自分ばかり苦しい思いをしていると誤認し、だれでもできるようなことをしくじりやがるのだ、キチガイとは迷惑なものだ、と苦い顔をしていたに違いない。

・・・・・・のだが、強い酒を買って家に帰ったぼくは、なんとはなしに絵を描いたとたんに、世界の明るさを取り戻したのである。ぼくは絵を描くことを趣味にしていて(とはいっても鉛筆画なのだが)画用紙こそダイソーでも、鉛筆はモノの良い奴をつかっている、まあペーペーなのだが。描く題材は、八割が女の裸であるという助平で、しかし男の興味なんてそんなもんだろうと居直っているへたくそである。それでも、絵を描いていると、心がぽうっと温かくなるような、物事があるべきところに落ち着いたような感覚を得るのである。まっしろな白紙に、一本すうっと線を引くことの、心地よい冒険。紙のざらつきと黒鉛の匂い。

気づけば、彼女や研究のことなど、遠くの雑事に思えてきた。

ニーチェも言ったように、「幸福はわたしにつきまとって離れない。これはわたしが女に目もくれないからだ。その意味は、幸福もまた女だということだ。」

つまり、女を越えて俯瞰する人間こそ、女にモテるということだろう。ぼくも彼女の心を引きとめるためにも、創造の世界、本来の世界に身を置く必要がある、と――。



ともあれ、いまのぼくは幸福といわざるを得ない。女たちの羨望と軽蔑を抱きながら、ぼくは歩むしかないのだろう。そのことの意味は、永遠に孤独であるということ。孤独?よいじゃないか。

孤独といえば、今日はなんとはなしにヘッセの論文を読んだ。そこにはこう書いてあった。
人は家庭社会種々の団体等の中で、何ら自己の信念も持たず、互いに妥協迎合し、依存 し合うだけの生活をしておれば孤独になることはない。これに反 し、そういう日常的状態から脱し、一人、自己の志操に従って進もうとする時、孤独になる。この場合実際に山中とかその他寂寥の地に住むということは問題にならない。あくまでこれは人間の精神に関する事柄である。
① "EinsamkeitistderWeg,aufden dasSchicksaldenMenchenzu
sichselberf也hrenwill."(214)
@ "Vom Kindzum ManneistnureineinzigerSchritt,ein einziger
Schnitt.Einsamwerden,Duselbstwerden,LoskommenYonMutterund
Vater,soheiI3tderSchrittvom Kindzum Manne,[…]" (215)
これらの文はいずれも、まさに孤独による本来的自己の自覚と独立 した人間に到達する道を示すものに他ならない。なぜなら、多くの人は決して「ひとりでいることはなく、自分自身と語らず」(216)、常に他人と表面的に言葉を交わしてうち興 じているからである。 独り静かに自己と向き合うことがなければ孤独の中で悩むこともありえない。
およそぼくの好きな文面というものは、こういったものである。大衆への軽蔑、離反。しかし、そろそろこの段階からあがらなければな、という気もしている。大衆にしばられている以上、大衆を超越したとは言えないだろう。



今日の表題にあるとおり、ぼくは酔っ払っている。こうした文章がだれのこころを穿つのか?それをぼくは知らない。ぼくはこのブログを、糞便の堆積物だと思っている。ぼくの心のはき出すまま、それを記している。だから、無価値であるし、有価値なのである。一個の精神、それ自体は常に美しい。偉大な芸術、偉大な業績とは、それをどれだけ公示したかなのだ。ぼくの魂も、あなたの魂も美しい。それをしてぼくはようやく――回り道はしたけれども――人間への愛、底知れぬあたたかみをもつ人間愛を、得ることができたのだと思う。

5.15.2014

言葉を紡ぐ。

ぼくはしばらく愛というものを知らなかったのだが、今は恋人ができたこともあり、愛のなんたるかを少しは語ることのできる権利が得られたのではないかと思っている。

至って表象的な、しかし厳密に確かな真理は、愛とは死に近しいものであるということである。

今までのぼくは、死ぬ、ということを真剣に考えてはこなかった。自殺したいという人間を鼻で笑っていた。いわば、自ら命を落とそうとする人間は、弱者であるか、物事を知らない哀れな人間なのだと、そう思っていた。

しかし、愛を知った瞬間には、一変し、死はどこか身近な存在になった。今では自殺する人間の気持ちをわかるし、自殺することは決して無知だとか、弱さからくるものではなくて、ある種の必然、挑戦、勇気であるという気さえしている。

愛と死の関係は、バタイユも語ったところである。
生殖は生の不連続性につながっている。だが他方で生殖は存在の連続性を惹き起こしもするのである。つまり生殖は密接に死と結びついている。(エロティシズム/バタイユ)
死と生殖の世界。ヘッセの言ったように?
「だが、ナルチス、君は母を持たないとしたら、いつかいったいどうして死ぬつもりだろう?母がなくては、愛することができない。母がなくては、死ぬことはできない」(知と愛/ヘッセ)
母。キリスト教的な一神教、つまり父性的な宗教においては、もうひとつの世界であるところの母。禁止と侵犯の先にある、母。

母と父。双極。両義性。芸術の根幹が両義性にあるとしたぼくの発言は、やはり正しいと思う。なにしろぼくらは父親と母親という双極から生まれた生き物であり、太陽神と地母神の対比なくしても、もとよりふたつの神の間でゆれうごく不安定なものであることに違いない。われわれが欲するもの、それは母であり父であるもの、女であり男であるもの。――艦コレの流行をみてかんじるのは、両性具有への希求。つまり女性的な女性(=性的魅力のある女性)と、男性的象徴である武具あるいは兵器との融合。

ま、ともかくそんなことはどうでもいい。世界は再び、ぼくを突き放したのだ。安逸の世界から、死と愛のもうひとつの世界へ。ぼくがまったく泳ぐことのできない世界へ。不器用な踊りを見せつけ、嘲笑される世界。愛を知るということは、まことに、従来の世界から逸脱することである。ぼくは、まったく苦しい。愛の甘美さ、それは同時に死の甘美さであったとはね。

ああ、ぼくはまるで目の開ききっていない子どものようだ。ぼくは、本当にいま惨めな気分である。およそ、ぼくの頭の中で描いていた事実は嘘っぱちに違いない。ぼくの目は少しばかり、くもっていたようだ。この世が幸福であるなどと。・・・恋人を得たことにより、ぼくはひどく社交的な人間になった。よく笑い、冗談を言う人間になった。しかし、神は抜け目のないものである。ぼくに現実を突きつけ、わざわざ運命を弄りまわしながら、お前の道はそちらではない、お前の性向はそうではないと、とぼくに教えてくれるのだから。

ぼくはニーチェの言葉を思い出す。
人間たちの間で暮らせば、かえって人間がわからなくなる。(ツァラトゥストラはかく語りき )
同時に、こんな言葉も!

もはや愛することができないときは、しずかに通り過ぎることだ。(同著)

・・・・・・。疲れた。

ヘルマンヘッセ「知と愛」 ぼくの愛する言葉の群れ。

ヘッセ「知と愛」より――
「ねえ」と彼は言った。「ぼくが気味にまさっている点はただ一つしかない。つまり、君が夢うつつでいるにすぎず、ときとしては完全に眠っているのに、ぼくはさめているというだけだ。ぼくがさめている人と呼ぶのは、知性と意識とをもって自分自身と自分の奥底の非理性的な力や衝動や弱みを知り、それを計算に入れることを知っている人のことだ。それを学ぶことこそ、ぼくと出会ったことが君にとって持ちうる意味なのだ。」
内面世界の衝動を知るということ。かいつまんでいえば、自分の適性を知って、それにあった仕事をすることだね。就活みたい。
「・・・多くのことを学びうる人間がいるが、君はそういう人間の中には入らない。君はけっして学ぶ者にはならないだろう。またなんのためにその必要があろう?君はそれを必要としないのだ。君は別な天分を持っている。君はぼくより多くの天分を持ち、ぼくより豊かだが、同時にぼくより弱い。君はぼくより美しい困難な道を取るだろう。」
美しく困難な道。芸術の道は常に美しく、苦しいものだ。

「ぼくがまるでめくらで、何も気がつかない、とは思わないでください。いいえ、ぼくはそうしなければならないと感じるから、きょうじつにすばらしいことを味わったから、喜んで行くのです。だが、自分が幸福と満足の中にばかりはいっていくのだとは、思っていません。この道は困難だろうと思っています。でも、美しくもあるだろうと期待しています。ある女のものになること、身をまかせることは、非常に美しいことです!ぼくの言うことが、愚かしく聞こえても、ぼくを笑わないでください。でも、ある女を愛し、それに身をまかせ、それを完全に抱き取り、同時に彼女に抱き取られていると感じるのは、あなたがすこしあざけって『ほれこんでいる』と称することとおなじではありません。それはあざけるべきものではありません。それはぼくにとって人生への道、人生の意味への道です」
ゴルトムントが初めて自分の道が「愛」の道であることを悟る。
彼は別人になって聖堂を出た。まったく一変した世界を通って彼の歩みは彼をつれだした。木彫の甘い神聖な像の前に立ったあの瞬間から、ゴルトムントは、今までついぞ持たなかった者を、他人の場合あれほどしばしば嘲笑するか、うらやむかしたものを、すなわち目標を持つようになった!彼は目標を持った。たぶんそれに到達するだろう。そして彼の支離滅裂な生活全体が高い意味と価値とを獲得するだろう。この新しい気持ちが喜びと恐れとをもって彼をみたし、彼の歩みを速めた。彼の歩いている美しい朗らかな国道は、昨日と同じものではなかった。
放蕩な生活の末、芸術に目覚めたところ。まったく人生の転換期とは、なにもかも景色を変えてしまうもの。そして喜びと恐れの興奮に襲われ身をふるわせるものだ。
おそらくすべての芸術の根本は、そしてまたおそらくはすべての精神の根本は、死滅に対する恐怖だ、と彼は考えた。われわれは死を怖れる。無常にたいして身ぶるいする。花がしぼみ、葉が落ちるのを、繰り返し悲しく眺める。そして、自分たちもはかないもので、まもなく衰えはてることの確かさを、自分の心の中で感じる。われわれが芸術家として像を作ったり、あるいは思想家として法則を求め思想を公式化するとき、大きな死の舞踏の中からせめて何かを救い、われわれ自身よりながい寿命を持つ何かを樹立するために、そういう営みをするのである。
死の恐怖が芸術の根幹であるという。そのとおりだと思う。死をじっくりと見つめないと美はわからないし、死、すなわち絶望的な運命に抗う気持ちがなければ、良い作品なんて生まれないだろう。
ああ、たとえどんなにきれいであっても、きれいな天使の像や、その他のくだらないものを作るために、芸術家になるのは、かいのないことであった。・・・芸術も芸術家であることも、もしそれが太陽のように燃えないならば、あらしのような力を持たないならば、快感やささやかな幸福をもたらすにすぎないならば、彼にとって無価値であった。
芸術家としての生き方。芸術家は、生き方も美しくなきゃあね。
愛と性の快楽が彼にとって、生命を真にあたためてくれ、価値をもってみたしてくれる唯一のものであるように思われた。彼は名誉心というものを知らなかった。彼にとっては、司教もこじきもおなじようなものだった。所得も財産も彼を引きとめることはできなかった。彼はそういうものを軽蔑した。そういうもののため、いささかの犠牲もはらわなかっただろう。ときおりたんまりもうけることがあっても、その金をむぞうさに投じてしまった。女の愛と性の遊戯とが彼にとっては上位にあった。彼がしばしば悲しい飽き飽きした気持ちに陥るのは、つきつめれば、性的快楽の無常迅速さの経験から発していた。愛の歓楽の急速なたまゆらな陶酔的燃え上がりと、こがれる思いのその短い燃焼と、あわただしい消滅――それが彼にとっては、いっさいの体験の確信を含んでいるように思われ、人生のいっさいの歓喜と苦悩の象徴になった。その悲哀と無常の旋律にも、彼は会いにたいすると同様に心を打ち込んでひたりきった。この憂愁もまた愛であり、無上の快感であった。愛の歓喜が、その最も高く最も幸福な緊張の瞬間においても、つぎの呼吸とともに消え失せ死なねばならぬことが確かであるように、どんなに深い孤独と憂愁にひたっていても、突如として、願望に巻きこまれ、人生の明るい面へ新たに心を打ち込むようになることは確かであった。死と快楽とは一つであった。生命の母を愛まあたは喜びと呼ぶことができたが、それを墓と腐敗と呼ぶこともできた。母はイヴであり、幸福の泉であると同時に、死の泉であった。母は永久に産むと同時に、永久に殺した。母においては愛と無慈悲とは一つであった。
愛の道、死と幸福を往復する激動の道である。だからこそ美が見えてくる。

彼は、細君や女中が市場へ行くのを見、特に魚市場の井戸のそばに立ち止まって、魚屋や無骨な女房たちをながめた。彼ら派魚を並べて吹聴し、冷たい銀色の魚をおけから引っぱり出して客にすすめていた。魚は苦しそうに口を開き、金色の目を不安そうにこわばらせて、静かに死んでいくか、絶望的にあばれて死にさからった。これまでもいくども感じたことであるが、その魚にたいする哀れみと、人間に対する悲しい不満が彼の心を打った。なぜ彼らはこんなに鈍感で粗野で、考えられないほどばかで目が見えないのだろう?なぜ魚屋もその女房も、値切るお客もみんな気がつかないのだろう?なぜ魚の口が、死にそうにおびえている目が、はげしくのたうっている尾が、あの恐ろしい無益な絶望の闘いが、神秘的ななんとも言えず美しいこの動物のこの耐えがたい変化が、最後のかすかな身震いが瀕死の皮膚に伝わるさまが、彼らの目には映らないのだろうか。彼らは、これらの人間は、何も見ず、何も知らず気づかず、何もののことばも耳に入らないのだ!哀れなかわいらしい動物が目の前で死のうが、親方が聖者の顔に人間生活のあらゆる希望や高貴さや悩みや締めつけるような暗い不安をぞっとするほどまざまざと現そうが、彼らにはおなじことであって、――彼らは何ものも見ず、何ものに見心を打たれない!彼らはみな楽しんでいるか仕事をしており、もたいぶり、せわしがり、わめき、笑い、たがいにおくびを出しあい、騒ぎ、しゃれを言い、二ペニヒの小銭のためにののしりあう。それでみんないい気持ちになり、支障なく、自分にも世界にも大いに満足している。彼らは豚だった。いや、豚よりもはるかに悪くすさんでいた!いや、ゴルトムント自身ずいぶんたびたび彼らの仲間にはいり、愉快なきもちになり、娘達のあとを追い、笑いながら平然と、焼き魚をさらから取って食った。だが、いつも突然魔法にかかったように、喜びとおちつきを失ってしまうのだった。あの自己満足や、もったいぶりや、魂の安逸などのような、ぬくぬくと脂肪ぶとりの独りよがりは、いつも彼から脱落してしまうのだった。彼は孤独の中へ瞑想の中へ、さすらいへ、悩みや死やいっさいの営みの疑わしさの観察へ、深淵の凝視へひっぱりこまれた。そうして無意味なものや恐ろしいものの凝視に絶望的に没頭していると、不意にある喜びや、はげしい恋心や、美しい歌を歌うかスケッチをしたいという欲望が楽しくわいてくるのだった。花のにおいをかぎ、ネコと戯れているうちに、人生との無邪気な和合が回復されるのだった。
大衆的なるものへの軽蔑。
「・・・ひとつのはるかな神聖な像が存在しています。それを私はいつか作らなければならないでしょうが、今はまだ作ることができません。それを作りうるためには、私はまだもともっと経験と体験を積まねばならないでしょう。三年か四年のうちに作ることができるかもしれないし、十年後、あるいはもっとあとになるかもしれないし、ついにできないかもしれません。しかし、親方、私はそれまで手仕事をやり、像に漆を塗ったり、説教壇を削ったりする気はありません。仕事場で職人の生活を営み、金をかせぎ、一般の職人のようになるなんてことは、いやです。私は生活し、さすらい、夏と冬を感じ、世界を見、その美しさと恐ろしさを味わいたいのです。飢えと渇えに悩み、あなたのもとで生活し習得したいっさいのことを忘れ、脱却したいのです。私もいつかはあなたの歳暮とおなじように、美しく、深く心を動かすものを作りたいのですが、――あなたのようになり、あなたの暮らしているように暮らすことは、私は欲しません。」
親方との決別。しかしこの後、ゴルトムントは親方と同じ道を辿りつつあることに、絶望するのだが。

今や決定はもう彼の前に迫っていた。すべては明白になった。芸術は美しいものではあったが、女神ではなく、目標ではなかった。彼にとっては、そうではなかった。彼が従わなければならないのは、芸術ではなくて、母の呼び声であった。指をなおいっそう器用にすることが、何の役にたちえたろう?それがどういうことになるかは、ニクラウス親方の例によって知ることができた。名誉と名声、金と安定した生活とには達するが、同時に、あの神秘を開く唯一のよすがである内的な感覚を枯渇させ萎縮させるに至る。きれいな高価なおもちゃを、たとえば各種のぜいたくな祭壇や説教壇や、聖セバスチャンや、一個四ターレルのきれいな巻髪の天使の頭を作れるようにはなる。ああ、コイの目の中の金色、チョウチョの羽のふちの甘い薄い銀色のうぶ毛などは、あんな芸術品にみたされている広間全体より、限りなく美しく、生き生きとしており、りっぱだった。 
ゴルトムントは芸術すら超越しようというのだ。行き着く先は「母親」。
新しいさすらいのはじめのうちは、取りもどした自由をよろめくようにむさぼりながら、ゴルトムントはまず、旅をするものの、ふるさとも時間も忘れた生活の生き方をふたたび学ばねばならなかった。だれにも従わず、天候と季節にだけ左右され、目標を持たず、屋根をいただかず、何も所有せず、偶然にたいして手放しになって、流浪者たちは、子どもらしい勇敢な、みずぼらしくて強い生活を送る。彼らは、楽園から追われたアダムのむすこである。無邪気な動物の兄弟である。彼らは天の手から、時々刻々、彼らに与えられるものを受け取る。太陽を、雨を、霧を、雪を、暑気と寒気を、安楽と難儀を。――彼らにとっては、時間も歴史も努力も、家を持つものが盲進する発展とか進歩とかいう妙な偶像もなかった。浮浪人は、敏感であるにせよ、粗野であるにせよ、腕達者であるにせよ、無骨であるにせよ、勇敢であるにせよ、臆病であるにせよ、常に彼の心は子どもであり、常に彼は最初の日のように、いっさいの世界歴史の始まり以前のように暮らし、彼の生活はわずかの単純な本能と必要によって導かれる。彼は利口であるにせよ、愚かであるにせよ、いっさいの生活がどんなにもろく無常であるかを、またすべての生き物がそのわずかばかりの暖かい血で氷のように冷たい世界をどんなに貧しく小心翼々と忍んでいるかを深く悟っているにせよ、あるいは、貧しい胃の命令にただ子どものようにがつがつと従っているにせよ、――彼は常に、所有する人間や定住する人間の反対者であり、相いれぬ敵である。所有し定住する人間は、いっさいの存在のはかなさや、いっさいの生命の不断の吸いたいや、われわれをめぐって宇宙をみたしている仮借ない氷のように冷たい死などを想起させられることを欲しないから、彼を憎み、軽蔑し、怖れる。
浮浪者の生活の子どもらしさ、母の血と、おきてと精神からの離反、執着のなさ、ひそかにたえず死に親しんでいる態度、そういうものがゴルトムントの魂をずっと前から深くとらえ、その特色をなすようになった。それでもやはり精神と意志が彼の中に住んでおり、彼が芸術家であるということが、彼の生活を豊かにし、同時に困難にした。およそ生活は分裂と矛盾によって豊かに花を開くのである。陶酔ということを知らぬ理性と冷静とはいったいなんであろう?死を背後にしていない感覚の喜びはなんであろう?両性の永遠に相いれぬ敵意というものがなかったら、愛はいったいなんであろう?
彼は常に、所有する人間や定住する人間の反対者であり、相いれぬ敵である・・・・・・。実家の近辺に就職するのをやめようかなあ。ぼくも放蕩と浮浪の生活がしたいよ。

よく魚に同情して、売っている女や買い手にむかっ腹をたてたことが胸に浮かんだ。あるとき、やはり朝だったが、ここをこんなふうにうろつきまわり、魚をすばらしいと思い、かわいそうに思い、ひどく悲しくなったことを思いだした。それからながい時がたち、たくさんの水が川を流れた。あのときひどく悲しくなったことは、よくおぼえているが、なんでそんなに悲しくなったのかはもうおぼえていなかった。つまり、悲しみも消え去った。苦痛も絶望も消え去った。喜びと同様に、それらも過ぎ去り、色あせ、深みと値打ちを失った。ついには、いつかあんなに胸を痛ましたのが何であったかを、もはや思い出せなくなるときが来たのだった。ああ、苦痛もしぼみ枯れるのだ。彼のきょうの苦痛もいつかは枯れ、たわいのないものになってしまうだろうか。親方が故人となった、自分にたいする恨みをいだいて死んだ、あいている仕事場がどこにもないため、創作の幸福を味わい、積み重なっている形象を心からおろすことができないという絶望も、同様になるのだろうか。そうだ、疑いもなく、この苦痛も、このにがい難儀も古び疲れるだろう。枯れもそれを忘れるだろう。何事も長続きはしないのだ。苦しみでさえも。
この感覚はよくわかる。加齢と経験とが、何もかも色あせさせてしまう。しかしヘッセは若い青春の感動を維持しているのか、記憶しているのかわからないが、ともかく文学に表現しているのだからすごい。

人生によって愚弄されることといったら、まったくひどいものだった!笑いたくもなり、泣きたくもなった!生活を楽しみ、五官を戯れさせ、古い母イヴの乳房をたんまり吸うという行き方もあっった。――そうすれば、なるほど高度の享楽は得られたが、移ろいやすさを防ぐ道はなかった。その場合は森の中のキノコのようなもので、きょうは美しい色で張り切っているが、あすは腐ってしまうのだった。また、守勢に出て、仕事場に閉じこもり、はかないイットの血のために記念碑を建てるという行き方もあった。――そうすれば、生活を断念しなければならなかった。その場合、人は単なる道具にすぎず、なるほど、不畜なものに仕えてはいるが、ひからびてしまい、生活の自由と充実と楽しみとを失ってしまうのだった。ニクラウス親方の生き方はまさしくそうだった。
ああ、この生命の全体は、その両者が獲得され、生活が味気ない二者択一によって分裂していない場合にだけ、意味があるのだった。生活を犠牲にしない創作!創造の高貴さを放棄しない生活!それはいったい不可能だったろうか。
それが可能であるような人間はおそらく存在しただろう。歴とした夫であり、家庭の父であって、忠実であるために官能の享楽を失わなかったような人がいただろうか。定住している人間で、自由と危険との欠如のため心をひからびさせてしまうことのないような人がいただろうか。おそらくいただろう。だが、そういう人を彼はまだひとりも見たことはなかった。およそ生存は二元と対立に基づいているように思われた。人は、女であるか男、放浪者であるか平凡な市民、分別くさいか感情的、そのいずれかであった。――吸う息と吐く息、男であることと女であること、自由と秩序、衝動と精神、その両者を同時に体験することはけっしてできなかった。常に、一方をあがなうためには他方を失わねばならなかった。しかも、そのいずれもが同様に重要で熱望に値した。
芸術に生きるためには、生活を犠牲にしなければならない。よき父親であり、よき会社員であり、よき地域の住民であるひとは、芸術家とはおよそ真逆といわざるを得ない。「狂気と天才」みたいなものか。

君はあのとき俗世界に飛び出すかわりに、思索家になったとしたら、不幸を引き起こしたかもしれない。つまり君は神秘家になっただろう。神秘家は、手短に、いくらか大ざっぱに言えば、心象から離れることのできないような思索家であって、言い換えれば、全然思索家ではない。神秘家は、おもてに現れぬ芸術家、すなわち、詩句を用いぬ詩人、絵筆を持たぬ画家、音を発せぬ音楽家だ。彼らの中には、このうえない天分を恵まれた高貴な精神があるが、彼らはみな例外なく、不幸な人間だ。君もそのひとりになったかもしれない。そうならずに、ありがたいことに、君は芸術家になり、形象の世界をものにした。
これはぼくの心に深く突き刺さった言葉だった。ぼくもおおよそ、芸術家としての道が向いているだろう。neuroticな人間だから、思索家の道を進もうと考えていたが、最近は芸術家にシンパシーを感じる。

彼の生きている世界と故郷は、彼の世界は、役目は、学識は、みごとに組織づけられた思想の構成は、友によってしばしば強く揺すぶられ、疑わしくされた。疑いもなく、修道院から見れば、理性と道徳とから見れば、彼自身の生活は、よりよく、より正しく、より安定し、より秩序があり、模範的であった。それは、秩序ときびしい奉仕との生活、不断の犠牲、明澄さと正しさへの常に新たなる努力であった。芸術家や流浪者や女たらしの生活より、はるかに清くまさっていた。しかし、上から、神から見れば――はたして模範的な生活の秩序と規律、俗世と感覚の幸福との断念、汚れと血からの離脱、哲学と敬神への沈潜は、ゴルトムントの生活よりまさっていただろうか。人間ははたして、祈りの鐘によって時間や行事を知らされる、規正された生活を送るように作られていたのだろうか。人間ははたして、アリストテレスとトーマス・アクィナスを研究し、ギリシャ語に通じ、官能を制圧し、俗世から逃げるように、作られているのだろうか。人間は、神によって作られたとき、官能と衝動、血の気の多いなぞ、罪や享楽や絶望へ走る力をそなえていたのではないか。院長の思いは友のもとにあるとき、こういう疑問をめぐるのだった。
そうだ、ゴルトムントの生活を送ることは、おそらく、より子どもらしく、より人間的であるばかりではなかったろう。俗世を離れ手を洗って清らかな生活を送り、調和にみちた美しい思想の花園を設計し、安全な花壇の間を汚れなくそぞろ歩くかわりに、無慈悲な激流と混迷に身をまかせ、罪を犯し、そのにがい結果をしょいこむのは、結局、より勇ましく、より偉いことであったろう。ぼろぼろになったくつで森や国道をさすらい、日照りと雨に、飢えと難儀に苦しみ、官能の喜びをもてあそび、苦しんでそのつぐないをするのは、おそらく、より困難で、より勇気がいり、より高貴なことであったろう。
いずれにしても、高い定めをもって生まれた人間は生活の血の気の多い陶酔的な混乱の中に深く浸り、ちりや血にまみれることはあっても、卑小になることはなく、自分の中の神々しいものを殺すことはなく、深い暗がりに迷うことはあっても、彼の魂の神聖な奥で神々しい光と創造力とが消えることはない、ということをゴルトムントはナルチスに示した。ナルチスは友の混乱した生活の中を深くのぞきこんだが、友にたいする彼の愛も尊敬も小さくなりはしなかった。いや、それどころか、ゴルトムントの汚れた手から、あのすばらしく静かに生きている、内面の形と秩序によって光輝く像ができあがっていくのを見て以来、魂から光を放つ深い顔が、清らかな植物や花が、懇願する手が、あるいは恵みを受けた手が、大胆で穏やかな、気位の高い、あるいは神聖な姿態ができあがっていくのを見て以来、ナルチスは、この不安定な芸術家の心と誘惑者の心の中には、あふれるばかりに光と神の恵みが宿っているのを知った。
知に生きるナルチスが、ゴルトムントを認め、その中に神性を認める。確信に満ちたナルチスが、唯一自分の生に疑問を持つ瞬間である。

「だが、ナルチス、君は母を持たないとしたら、いつかいったいどうして死ぬつもりだろう?母がなくては、愛することができない。母がなくては、死ぬことはできない」
ゴルトムントの最期の言葉。


ヘッセとの出会いは「デミアン」に始まった。それは最近のことでありながら、今日まで深い感動をぼくに与えるのである。ぼくにとってニーチェ以来のメガヒットかもしれない。ノーベル文学賞をとっただけのことはあると思う。

比較的若い時期に、この本に出会えたことを幸運に思う。

5.12.2014

躁鬱病の女と話してきた。

ネットで知り合った女の子と、野暮用があったので会ってきた。

用事をすませたぼくらはしばし話しあった。彼女は二十歳そこそこの少女でありながら、昼ははたらき、夜は専門学校に通い、それから週に三回ほど深夜バイトをするという、過酷な生活をしている女だった。

当然彼女の生活はボロボロに違いなく、朝になっても起き上がることができず、精神の抑鬱にまいっているのだという。とくにひどい日などは、覚醒剤を打ちたいという強い衝動にかられ、ネットでその入手方法を延々探すこともあったようだ。もちろん彼女は覚醒剤なんて打ったことはない。その日は彼女自身、自分の異常性に驚いたようである。

彼女とぼくは2ちゃんねるを通じて一、二年前に知り合い、それなりに関係した。彼女は多淫だった。求められると断れない、と彼女はいった。今日もぼくはなんとはなしに、誘ってみたが、さすがに明日が月曜だからか、ぼくに魅力を感じないのか、事には至らなかった。ぼくも少し年を取った彼女を見て、たしかに肉感的な女ではあるが、欲情は沸かずむしろ妙なさびしさを感じてしまい、どちらかといえば堕落への希求、放蕩への求道から彼女を求めてみたのだ。だから、断られたにせよ、どちらでも良かった。
不思議なことに、あれほど恋人の貞操を疑るぼくなのに、自分の貞操に関しては無頓着だった。カミュ「異邦人」のムルソーのように、無頓着だった。

ともかく彼女の精神を見て、ぼくの心は惹きつけられた。ぼくの恋人にはない、その精神のぐらつき、はかなさ、吹けば消えるような、あるいは激しく燃え上がるようにはためく精神に惹かれた。彼女はえんえん自分のことを話した。昔好きだった男のこと、仕事の同僚に求愛されているが自分にはその気のないこと、海外に一人旅し、それを無事成し遂げたこと。ぼくからはほとんど話すことはなかった。彼女はその多弁が義務であるかのように、しゃべり続けた。

不思議な欲求から、普通の友人には決して明かせないような、ぼくの将来の夢のこと、求道的な道に進むことを半ば決心しつつあることを思い切って彼女に告白してみた。すると彼女はそれすらも、自分の話に徐々にもっていき、そしてまたしゃべり続けた。ぼくはその侮辱に憤りを感じることはなく、かえって安心した。坂口安吾の短編で、不感症の女とセックスする男の話があったが、あれと同じようにぼくは孤独を感じ、そして満足した。彼女とぼくの間には多弁という壁があり、それがぼくら二人を守っているのだ。互いに虚空を見つめ合うような会話。

ぼくは彼女に、他のクスリは好きなだけやっていいが、覚醒剤だけはやめるように諭し、精神が重苦しくなったときには連絡するように、と言って別れた。キスも熱のこもった視線も、媚びた沈黙も送らずに、気の知れた友人のように別れた。



彼女は「普通の幸せが欲しいなあ」と別れ際、ぽつりと言った。

ぼく自身も精神を病んだ身であるから、彼女の気持ちはわかるのである。しかし、精神病者は「亜人種」なのである。ひとと違うよう作られ、そうしてひとと違うはたらきをするよう生きることが決定されている人間なのだ。そうした人間が、「当たり前の幸福」を望むところに不幸がある。それはキェルケゴール的な意味での「絶望」である。
精神病者は「幸福」にはなれない。しかし、そもそも幸福など虚妄なのだ。そこに気づくと、幸福にはなれないが、生きることがずっと楽になる。ぼくら精神病者の役割は、大衆から離れ、孤独の道を歩むこと。当たり前の幸福を捨てて、苦と美の日々に生きること。それがぼくらの「社会的使命」なのである。生まれたときにはすでに決定されているのだ。
「つまりね、ぼくたちには自由意志なんかないんだよ」(ヘッセ/デミアン)


彼女とは以前より少し仲良くなった。ルーチンの生活の息抜きとして、新鮮な刺激として、彼女とは交遊を続けていきたい。ぼくは彼女をエセ心理専門家としてつぶさに観察していく所存である。あるいは彼女を堕落への道筋としたいとも思っている。最低のクズ野郎と罵られてもぼくは、はいそうです、と言うしかない。

ぼくは岡本太郎博物館に何度いけば気がすむのか。

今日は懲りずに岡本太郎美術館へ行ってきた。もう六、七回目くらいになる。ちょうど昼頃、岡本太郎の紹介ビデオの放送会のようなものがあったので、参加した。ぼく以外には2,3人しかいない、小さな放送会だった。

岡本太郎。彼は根っからの芸術家エリートであり、詩人である岡本かの子、漫画家の岡本一平の間に生まれ、それだけでサラブレッドとしての素質があるのに、渡仏し、そこでマルセルモースの教育を受け、バタイユやブルトンと交流したというのだから、天才にならないわけがない。まさに日本を代表する芸術家である。

彼のビデオを見て思ったこと。彼は根っからの天才であり、大衆を軽蔑し憤りながら、それでも大衆に向かって開ききっていた。彼の作品は大衆の生活に根づいたものだった。天才はなべて孤高である。だから、大衆を軽蔑し、大衆に理解できない難解な真理をつきつけたり、大衆を突き放した作品ばかり作り、そのまま死を迎える天才も多いのだが、クレッチマーはそういう隠遁生活を送る人間を「類天才」であるとし、真の天才とは孤独に沈身しながらも、大衆へ向かい創造の矢をつきつけるものであるとした。
天才に見られる凡俗的方面こそ、天才の作品に、その勤勉と、忍耐と、なごやかな緊張と、新鮮な迫真性などとあいまって、類天才人らの騒々しくもはかない駄作をはるかに超越する作品高価を与えたものである。
天才に見られる凡俗的方向。天才は大衆を乗りこえ、孤独すら超越し、再び大衆へ行き着くのだ。ぼくは自分が恥ずかしくなった。このブログも騒々しくもはかない駄作なのかね。


エルンストやセザンヌ、ピカソなどの印象派やキュビズム、シュルレアリスムのフランスの作品を企画展で見ることができた。

なかでもエルンストの「暗黒の神々」は良かった。


このかすれたような白塗りと、サビや汚れのような灰が、絵画全体の神話性を高めているし、そのなかの無機的な三角と、血を思わせる赤と黒が、両義的な深みを持っている。目を思わせる白球は絵の中心点であって、その両眼は黒い精神を放射しながら、山の頂のようなはるか高みからわれわれを見下ろすのである。
両義的。ダブルミーニング。芸術の根幹ってダブルミーニングなんじゃないかなと思ったり。双極が一を表すということ。
なにしろ、この色調はずるい。赤い絵画を嫌いな人間はいないのだ。

もちろん、セザンヌもよかった。彼の作品は、ぱっと燃え上がる花火のようだ。ひとはセザンヌを一瞬見て、またたく間に恋をする。そして、強烈な色彩とうねりが、ひとの心をぐいと引きつけながら、同時に直視を拒むようなするどい熱さがあるから、ひとはそれから目を背け、心を鎮めようとする。そうして今度はまじまじ見ることが可能になるのだけど、いざ見てみると、たいしたことのないつまらない絵に見える。
これではまるで魔法だ。ぼくはセザンヌを見て少し泣いた。そしてまた、ああ、してやられたと思ったのである。

5.11.2014

神経症者は知に生きよ。

ぼくは知に生きようとしている。それは求道的な生き方、大衆から離れる生き方、異常者・狂人の生き方。

ぼくが「知に生きる」ことを決めたのは二十二歳くらいで、震災から一年後のことだった。それまでのぼくは、大衆に迎合しようとがんばっていた。摩擦ない原子のように、大衆の歯車として、代替可能な精密な歯車として、自己を形作ろうとしていた。

震災で学んだことは、大衆がぼくの思った以上にアホであり、マスコミや国や企業はまったくあてにならない、ということだった。個として生きねば――放射能、地震の恐怖がいまだ残る震災直後に、ぼくは悟った。

個として生きる生活は、それは当初、湯をあびた直後のように肌寒いものだった。知恵の実を食べたアダムのように孤独だった。しかし、それだけ知に追いすがった。ひたすら本を読んだ。哲学書、語学書、学術書、文学、ノンフィクションなど。当時はブログ記事やビジネス書も読んでいたな。図書館で目についた本を手当たり次第読んだりした。無駄に朝から晩まで図書館に缶詰だったりした。気づけば体は温かくなると同時に思考はつめたく冷静であり、もはや孤独を厭わないひとりの知者が完成しようとしていた。

それから徐々に哲学に傾倒し始め、最初は心理学者だったが、とくにショーペンハウエルやニーチェにはまり、キェルケゴールやヴェイユやシュタイナー、セネカやプラトンなどを読みふけった。

当ブログの旧タイトルは「本を執筆することになったので」であり、そのとおりぼくは本を出版することを目的にこのブログを立ち上げた。それは金と名誉の価値がぼくのなかでまだ生きているからでもあったし、出版を通じて世界を変えることの意義があると思っていたからだ。

しかし、徐々に気づいたことは、大衆は常に無理解を示すものであり、集団である以上その愚鈍さは永久に変わらないということ。あるいは社会の抑圧に負ける人間が世の大半であり、彼らに対して知を還元することが、必ずしも正しい道とは思えなくなった。

いや、最終的には還元するのだろうが、しばらくは放蕩と孤独の道を進もう、と思うようになった。

ひとつ考えた。ぼくは、卒業したら海外に行こう。きままに旅しよう。のたれ死んでも楽しいし、どこかで生きながらえても楽しい。こんな社会に生かされるよりは、よっぽど!(2/17 ごめんなさい、ぼくは就活を舐めてました。

知の中に生きるということ、この道は果たして正しいのだろうか。
ひとつの答えが出た疑問がある。知の追求は決して楽ではないが、それでも進むのか?――然り。楽ではない。幸福からは縁遠い。しかし大衆的微温的な生活が我慢できない潔癖者にとっては、その道を行かざるを得ない。
もうひとつの疑問。なるほど知を追求するのも良いが、しかし世間はお前を決して認めないだろう。なぜならお前と同じように孤独の道を進むものはこの多様化した社会であまたいるが、お前はその中でも特別優れているわけではないし、学歴はたいしたことないし、文学部でもないだろう。お前のしていることは世間的には無意味であるし、結局それは自己満足に終わるのではないか。――うーん。正解なんだろうな。ぼくはたいした業績をあげられるような人間でもないと思う。

自発的活動的な人間、すなわち芸術家の地位は傷つきやすいものである。というのは、その個性や自発性が尊敬されるのは、実際に成功した芸術家だけであるから。もし作品が売れなければ、彼は隣人から奇人か神経症患者と見られる。(自由からの逃亡/E・フロム)
ところでぼくはまさしく神経症なのだが、それはあまりに知の世界から遠く離れ、大衆に没しようとしたことに由来すると思う。つまりぼく自身天性の光るものをもって生まれてきたにもかかわらず、ぼくの無自覚、あるいは社会の同調圧力により、二十二歳になるまで知と孤独への欲求を抑圧し、それが神経症という形になって生じたと考えることもできる。
人は、ある意味では自分自身に対して不誠実であり、創造主が人間にたどらせようと意図した道からあまりに遠くさまよってきたため、人生半ばになって神経症にかかる。(孤独/アンソニー・ストー)
知の道を知った現在は、神経症も弱まり、初めて得ることができた自己肯定による精神の安定を楽しんでいる。


話しを戻そう。ぼくの知の追求の変遷、社会へ積極的に関与していこうという姿勢から、神秘主義的な、すなわち超個人的な真理への探究、それに最近変わっていったように思う。フロイトは「人間の最古の心理は集団の心理である」と驚き興奮して語った。そのとおり、ニーチェによれば「まことに個人とは近代の産物」なのであり、ひとが個人として思想を築き上げるということは(いや、思想を築き上げるのは常に個人だろうが)、ひとの道を外れたようなことになる。だからそれは孤独であり、冷たい道なのだけど、一部の精神異常者、ぼくのように神経症であったり、抑鬱的あるいは精神分裂的なひとびとは、その精神の潔癖あるいは激しい感動から、大衆から離れ、自ら求めるべきことを、本能的に探し出すのである。その求めるべきこととは、古代ギリシャから変わらず、「知」なのである。

ぼくはいよいよ、本格的に、この裏切ることのないすばらしい道、知の道、イデアの道を進もうとしている。そのためには、やっぱり卒後の世界旅行は、外せないかなーと思う次第である。

彼女の浮気に恐怖したという話。

今日の夜、バイクで買い物に行く途中。

歩道にカップルがいると思った。しかし近づくと、彼女とよく似た女と、男が連れそって歩いているのが見えた。ぼくは、頭の中で合点した。彼女が浮気しているのだと考えた。今朝笑顔で別れた彼女が、男と浮気している?付き合って十日、昨日は一緒に料理を作って食べた彼女が?やわらかい白い肌と恥じらいに染まった顔を、違う男に見せているのか?

疑いはどんどん深まり、心のすみずみにしみわたっていった。憔悴しきって、途中のコンビニで、煙草とライターを買った。吸う煙も吐く煙もまったく無感覚で、ただ歩き回っていた。男女が歩いている方向から、彼女のマンションへ向かっていることに気づいたぼくは、彼女のマンションのメールボックスをのぞきみして、なかにはダイレクト・メールが入っていたが、それでも安心できないぞと思い、彼女にLINEで「これより汝我と会うべし」という内容のメッセージを送った。



ぼくは彼女の返信を待つ間、いろいろなことを考えた。ぼくの惚れる女はろくでもない奴ばかりだ。

前の惚れた女は、プロボクサーの恋人を持つ理系女子で、さりとて美人でもなく、むしろ醜女の部類なのだが、両親が料理店を経営しており、その手伝いを子どものころからしていたことから、客あしらいが上手な、きわめて愛きょうのある女であり、それでもボクサーの彼氏を「安定がないから」とぼくを値踏みし、体を許すような女であった。その愛きょうにぼくは強く惚れ込んだ。しかしその人づきあいの良さというのは表面的なものであり、その奥底には深い漆黒があるのに、ぼくはそのことに気づかなかったから、彼女は結局ぼくを捨てた。

その前は、世田谷に住む女であり、彼女とはネットで知り合い、その人生に対する悲哀や達観などに共感し、一度二度、バイクの後ろに乗せてやり、一速アクセル全開で喜ばせて(リッターバイクだからそれなりに出る)、しかしその本態は、だれとでも寝る女であって、少しでも気になる男ができたときにはとたんにぼくにたいして冷たくなるような女だった。しかしそこに惚れこんだ。貞操という、女にとって唯一無二の重要なもの、これをぽーんと投げ出してしまう、そこに惚れ込んだ。ぼくはいちど彼女に告白めいたことを言ったことがある、「彼氏ができないの」「じゃあ俺はどう?」「よく知らないから」という程度の、たわいないものだったが。

しかし貞操を投げ出すにしても、自覚的に、貞操の意味を深く知っていながら投げ出すのと、投げ出すことによりどうなるのかわからないが、とりあえず投げ出してみよう、というのではわけが違うと思う。彼女は後者の人間だった。バタイユは「好色漢=聖女」というようなことを言ったが、女の貞操というものは、これはもう、守ることがまず大事だということを学んだ次第である。あるいは遊女の精神的な貞操を見出してもいいが――しかし、ね。恥じらいの笑み、ここに至極の価値があるのだから。

次にはぼくの心をたぶらかす悪女というわけだ。

しかし、彼女の笑み。ぼくは彼女の部屋の薄明かりのなか、彼女の下着を剥ぎ、顔と、乳房とを交互に眺めて、つぎに俯瞰して、そのバランスに感動する。彼女は美しかった。美しい人間は、ただ眺めているだけで良いものだ――彼女の顔はますます赤らんだ。



ラインで返事がくる。快く応じる彼女。このことで、初めて多少の精神の回復を得ることができた。しかし、油断ならない。「浮気をしてもいいが、バレないようにやれ」とは至言だと思う。ぼくは彼女が往来で見たのと同じ姿であれば、そっこく別れを告げるつもりだった。それだけの覚悟はできていた。

(しかし、ぼく自身のことを考えてみれば、どうだ?明日には、上にのべた世田谷の女と会うのではないか。ラインでは、ぼくの返信を心待ちにしている別の女がいる。彼女ができて以来、めっきり連絡の頻度が減ってしまったが、おそらくその女は、ぼくの返信を、本当に乙女の純情な気もちになって、心待ちにしているに違いない。おそらくこれはうぬぼれではない。うぬぼれであればぼくの心もまだ安まる。
ぼくはある女を泣かせ、恋人を裏切りながら、それでも恋人の浮気を本心から嫌い、厭い、正義の立場から糾弾したいきもちになるのである。これはなぜか?ひとえに、ぼくが負けず嫌いであるから――)




彼女は待ち合わせ場所にあらわれる。バイト帰りの、汗ばんだ顔を見せながら、蠱惑の表情を見せている。その服装は、道で見た女性とはまるで違っていた!ぼくはまるで勘違いをしていたのだ。その瞬間、彼女は純朴な、純潔な女に戻った!彼女に事情を話す。彼女は、おそらく嫉妬の告白を受けた女がだれしもするように、あなたの愛を理解した、と言わんばかりにほほえむが、しかしぼくの過剰な嫉妬癖に当惑の表情を見せながら、バイト帰りで疲れているのだろう、そそくさと帰って行った。ぼくは安らぎを感じながら、同時に後悔の苦い味をかみしめるのである。


・・・・・・ひとりぼくは残されて、これを書いている。こんな男女関係、うまくいくのだろうか?ぼくは初めて、女性に惚れ込んでしまったような気がする。真っ当な恋愛をしている気がする。しかし、真っ当な恋愛、これはおそろしいものだ。ぼくを、人間としてのぼくの大事な部分を、彼女に差しだなければならない。ぼくはありきたりの人間ではない。ありきたりの魂を持ち合わせていない。秘匿、隠遁、孤独にあって輝いていたぼくの魂を、ぼくにとって自慢の、透明に美しい魂を彼女に捧げなければならない。それはきっと、血に塗れた行為だった――多くの芸術家は、これをなさなかった。あたかもカントが、哲学以外の専門家と社交したように。しかし、ぼくは彼女にぼくという存在を注ぎ込もうというのである。


とまあこんな風に、堅苦しいから彼女に嫌われちゃうのかね?

5.07.2014

酒酒酒、酒の日々。

思えばぼくの半生は酒だらけだった。

両親がともに無類の酒好きだった家庭に育ったぼくにとって、酒はなにやらたのしーものであり、同時に大人の象徴だった。

中学校時代、それはぼくにとって冬の時代なのだが、嫌なことがあるとグイとウィスキー(父親所蔵)をあおった。同時に煙草も覚えたし、当時は酒の自販機があったのでいよいよ習慣的に酒・煙草を呑むようになった。しかし両親は「ほどほどにしろよ」と強く止めることはなかった。

高校時代はすでにアル中の気が見えて、土日のバイトが終わると必ず帰りに発泡酒を500ml、チューハイを500ml買って帰るようになっていた。自室を与えられていたが、部屋はヤニで黄ばみ、部屋の隅には酒の空き缶が転がるという、高校生の部屋としてはあまりにカオスであった。叔母が帰省してきて、ぼくの部屋の有様に唖然としていたのが印象的である(現在叔母の遅く生まれた子は、しっかりと英才教育を受けている)。

浪人時代は完全にアル中になっていた。同時にネット中毒にもなっていたので、昼間から酒を飲み、ネットで見えないテキと戦っていた。浪人時代は、自由と孤独の味をしった年でもあったな。なにしろ宅浪なのだから。



思うに、ぼくにとって酒は悲しみの象徴だった。人生の虚しさ、悲しさ、かっぽり空いた心のスキマをじわーっと埋めて温めてくれるもの、それが酒だった。

酒を飲んでも、楽しくなるわけではない。ひとりで酒を飲むひとはわかると思う。ひたすら惨めである。ただゆいいつの救いは、感覚が鈍麻して、嫌なことに目がいかなくなるのだ。

ぼくの酒の追憶。嘔吐の末に肉体の重力のままに沈身する布団。あるいは、むせび泣く涙の増強。

失恋だとか、失望のときには常に酒があった。幼いぼくは、人生の投げつけてくる悲しさ、空しさに全人的に立ち向かうという、無謀なこころみをしていた。そのたびにぼくは敗北し、自己の生を呪った。

いまであれば、ぼくはあの頃の自分にアドバイスできるだろう。「おまえが苦しんでいるのは、当たり前だ。人生は苦しいことばかりなのだ。お前はちょっとばかし賢いから、そしてたまたま不運だったから、ひとより早くそれを知っているだけなのだ。」

少しでも神経が鋭敏なひとには、共通して理解できる真理がある。それは「一切皆苦」、すべては苦しみであるということ。恋愛だって、就職だって、全部苦しみなのだ。「マイホーム、家庭円満、仕事順調の人」の幸福は、すべて欺瞞である。この際言い切る。すべて、欺瞞、だ。

一切皆苦、これを知っているひとは、やさしい。今度、あなたの周りのやさしいひとの瞳を見つめてみるといい。きっと深い悲しみの光を湛えているから。



今、ぼくはひとり酔っている。最近のアルコール9%とかのチューハイは、アル中製造器だな!流行まえの発売当時、ぼくはこの陳腐な罠にはかかるまいと、心に決めていたのだが。



酔った自分に、思いのままを吐かせよう。きっと貴重な意見が出るはずだ!はずだ!

最近のぼく。最近のぼくは、まったく自分を持てあましている。ぼくは自分の無知蒙昧を不憫に思い、ひたすら栄養を与え続けた。本、外国語、海外旅行、いろんなものを与えた。けっか、ぼくという存在は肥大を続け、つぎの瞬間には何をするかわからない化け物をつくりだしてしまった。


これは言葉遊びではない。本当のことである。思えば、いままでのぼくはほほえましいものだった、望ましい本を与えれば、望ましい反応を返した。サルトルの「嘔吐」を与えれば、「実存とはなんだろう?」とまばたきした。――いまでは、ヘルマン・ヘッセを与えると、不気味な、意味のわからない反応を返すようになった。うごめいて、曖昧な笑みをたたえている。書物を読んで、自己というものを見つめ返すようになった。

これではまるで、自慰を覚えた幼い子どものように気味が悪い!!!!!かわいげがない。ぼくにはかわいげがないのだ。
「正しいひとは、苦しい筈がない。つくづく僕は感心する事があるんだ。どうして、君たちは、そんなにまじめで、まっとうなんだろうね。世の中を立派に生きとおすように生れついた人と、そうでない人と、はじめからはっきりくべつがついているんじゃないかしら」(太宰治のなにか)
寝る。

5.06.2014

運命と相対するということ

わたしはいつでも、何か美しく神聖だと感じられるものに、とりまかれていないとだめなのだ――オルガン音楽とか神秘とか、象徴とか神話とか言うものにね。わたしはそれが必要だし、それをすてようとは思わない。――これがわたしの弱点なんだよ。だってわたしはね、ときどきわかることがあるんだ、ジンクレエル、たまにはわかっているんだもの――こんな望みをおこしてはいけない、それはぜいたくだ、弱さだ、ということがね。
(中略)この世の中で、ほんとうにむずかしいのは、このことだけなんだよ。(中略)そうまでまるはだかで、ひとりぼっちでいることは、わたしにはできないのだ。

「進んで十字架にかけられた殉教者は、何人もいたさ。しかしその人たちだって、英雄じゃなかった。解放されてはいなかった。やっぱり、何か自分たちにとってなつかしい、なじみのふかいものを、望んだ。手本をもっていた。理想をもっていたのだ。もう運命だけしか望まない人は、手本も理想ももたない。なにひとつしたしいものも、なぐさめになるようなものも、もってはいないのだよ。そうしてほんとうを言えば、人はこの道を行かなければならないわけさ。」(ヘルマン・ヘッセ「デミアン」)

この言葉は、主人公(ジンクレエル)の師匠あるいは教祖的存在であるオルガン奏者の言葉である。もはや師匠を超越したジンクレエルからの、「お前の教説は古い」という攻撃に対しての弁解である。

理想主義者の欺瞞。理想を最後まで捨てきれないところに理想主義者の弱さがある。



ぼくはなにもかも捨てて運命と立ち向かえるだろうか?親を捨て、友を捨て、ニーチェを、ショーペンハウエルを、本を捨て、美しい女を捨て、美しい音楽を捨て、調和のとれた部屋と生活を捨て、朝日を、青空を、大地を捨てて――生身の人間として、ただ一個の人間として「運命」と立ち向かえるか?

ここに至った人間――ぼくもその岐路に立っているのだが――ここに至った人間の末路は、ふたつ。キリストのような、真の偉大な者になるか。あるいは、露悪的な俗物になりさがるか(しかし美しい俗物に!)。

できるなら、偉大な人間になりたい。そうは思っても、ぼくはとことん堕落への道をすすむのだと、思わざるをえない。

怠惰はあらゆる情熱の覇者である(ラ・ロシュフコー)

文学への傾倒

感覚が論理を超越する段階である。

またブックオフが20%引きなんていうのをやらかしているので、十二冊本を購入した。





  • ヘッセ デミアン
  • 坂口安吾 白痴
  • 高村光太郎 詩集
  • 太宰治 ヴィヨンの妻 / 晩年
  • 三島由紀夫 若きサムライのために / 青の時代 / 仮面の告白
  • 蟹工船
  • 筒井康隆 黒のコント・冬のコント
  • 田辺聖子 ジョゼと虎と魚たち
  • 岩波文庫編集部 愛のことば

岩波文庫を愛するぼくであるが田舎のブックオフで買ったのでめぼしいのがヘッセ・高村光太郎くらいしかなかった。大学のない地方都市なんてこんなもんで、そのほとんどが日本作家の新潮文庫なものだ。

三島由紀夫が三冊もあるが特に好きではない。好きではない割に本棚でもたぶん三島がいちばん幅を占めていると思う。ようは手が届きやすいというか。ちなみに時点はショーペンハウエル。

太宰治と坂口安吾は戦後の頽廃的堕落的露悪的な小説の双璧であるが、どちらかといえば安吾が好きかな。というか太宰はあまりにメジャーになりすぎて、どうも凡人どもの「太宰はダメ人間だな、ハハ」というレビューが頭に糞便のごとくこびりついているので「好き」と言えない感じになっている。なんだっけか芸術家気取りの無能な芸人が「太宰はダメだ」みたいに批判してたけど、ああいう手合いがいるからぼくはなんとなしに太宰が好きだとははっきり言えない。まあ太宰は中二病の代表的な作家とは言えなくはないが、しかし中二病ではない文学とはなんなのか。中二病とはつまり青春ではないのか。青春のない文学とは空虚ではないのか。空虚と言ってはこれもブンガクテキであるから、中身がからっぽではないのか。まあそれだけ夢詰め込めるのか。

安吾は「堕落論」は読んだことはあるのだが、堕落した人間だらけの現代においてはどうも新鮮味がなく、過去の人物だと思っていたが、「白痴」を読んでこいつは大天才だと思った。また太宰のヴィヨンの妻は、ひたすら地に落ちた生活を求める「ダメ男」に、ぼくは共感せざるを得ない。

中二病といえばヘッセのデミアン、これはもうむせかえるまでの中二病である。しかしぼく自身中二病であるので、これには大いに共感しひざを打った。ツァラトゥストラ的の神話的な要素を文学的に方向転換したような作品である。筆者の真理探究の系譜、神学⇒心理学⇒神秘学という変遷を主人公の成長に重ねて描いているようである。この作品は多分に秘密教義的な本であるので、熱狂して読む読者と嫌々ながら読む読者にはっきりわかれると思う。ぼくは前者。

「ジョゼと虎と魚たち」、この気取ったタイトルは前から知っていたが、キット二十代の三流女流作家のモノに違いないぞ、と思ったら尊敬する田辺聖子女史の作品であった。田辺聖子氏はそのエッセイ集「ラーメン煮えたもご存じない」でぼくの中学生時代からのトイレ休憩を慰めてくれた恩人である(ようはトイレに置いていた)。

蟹工船は思ったよりも薄っぺらい作品だった。好きではないが、教養として読んだ。大衆向けの作品はつねに汚臭がするとかなんとか。


さて最近のぼくの読書は哲学から文学へ移行しつつある。しかしこれは堕落ではないことを言っておく。ひとつに文学の方が(100円で)手に入りやすいことと、また理論的な世界から、感覚的世界へと興味の対象が移ったことによる。文学はより直截に生活を描いているからより助けになる。

とは言っても田辺聖子のような大衆作品や、筒井康隆のような娯楽小説はちょっと退屈する。やはりまだがっつり真理を探求したいという気持ちがある。その点ではヘッセや安吾は良いと感じた。安吾や太宰の堕落への希求も、結局は真理探究の道であると感じる。

私は文学自体がモラルを喪失させるという危険をいつも感じてきた。そして、文学にモラルや生きる目的を見出そうとしている人たちが知らず知らず陥ってゆく罠を何度も見てきた。それだけに文学の青年に与える魅惑の危険性についてよく知っているのである。
私が文弱の徒に最も警戒を与えたいと思うのは、ほんとうの文学の与える危険である。ほんとうの文学は、人間というモノがいかにおそろしい宿命に満ちたものであるかを、何ら歯に衣着せずにズバズバと見せてくれる。しかしそれを遊園地のお化け屋敷の見せもののように、人をおどかすおそろしいトリックで教えるのではなしに、世にも美しい文章や、心をとろかすような魅惑に満ちた描写を通して、この人生には何もなく人間性の底には救いがたい悪がひそんでいることを教えてくれるのである。そして文学はよいものであればあるほど人間は救われないということを丹念にしつこく教えてくれるのである。そして、もしその中に人生の目標を求めようとすれば、もう一つ先には宗教がアルに違いないのに、その宗教の領域まで橋渡しをしてくれないで、一番おそろしい崖っぷちへ連れて行ってくれて、そこで置き去りにしてくれるのが「よい文学」である。
その錯覚からはさまざまなものが生まれる。自分は無力で、文弱の徒で、何の力もなく、この人生を変えることもできず、変革することもできないけれども、自分の立っている位置はあらゆる人間を馬鹿にすることのできる位置である。
(中略)
何ひとつ能力がないにもかかわらず、自分は人間の世界に対して、ある「笑う権利」を持っているのだという不思議な自信のとりこになってしまう。そしてあらゆるものにシニカルな目を向け、あらゆる努力を笑い、何事か一所懸命にやっている人間のこっけいな欠点をすぐ探しだし、真心や情熱を嘲笑し、人間を乗りこえるある美しいモノ、人間精神の結晶であるようなある激しい純粋な行為に対する軽蔑の権利を我れ知らず身につけてしまうのである。(三島由紀夫「若きサムライのために」)
とまあ、文学と頽廃とは切っては切れずというところなのだろうか。ロジェ・カイヨワが読みたくなってきた。

5.02.2014

ぼくは幸福であってはならないということ。

ぼくはいま幸福である。なぜか?美しい恋人ができたからだ。

音楽は色づき、足取り軽く、世界は明るく、笑いに満ちている。生の充溢。かつてない幸福に身は打ち震える。しかし・・・。ぼくのひとつの使命。終着点。孤独と創造の道、はどうなる?

ぼくはいつかこう書いた。
人に何かを伝えようというのなら、人の二倍苦しまなければならない。
大衆に何か伝えようというのなら、人の百倍苦しめ。
この幸福を、どう扱おう!突き放す?それもいい。しかし、ぼくはこういおう。この恋も、破滅への序曲であると・・・。ぼくは恋の芳香にまどろみながらも、ひとつの真理を忘れてはいない。それは「どんな恋であろうと、いつか終わる」ということ。

「幸福は人間の一大迷妄である。蜃気楼である。」というぼくの信仰の揺らぎ。ああ、恋よ!ひとつの恋が、いままで読書から得てきた事実、幸福など迷妄であるという真実を、軽く吹き飛ばしてしまうとは。

5.01.2014

愛の沈黙だけが人間の力の及ぶただ一つの沈黙であること

活きた者は皆無限の対立を含んでいる(西田幾多郎「善の研究」)

最近の葛藤。人間は非連続性を超越できないということ。生から死への一過性の存在に過ぎぬということ。



ぼくは彼女ができたことにより、また世の中へ降り立とうという気になった。社交の喜び、プラトン的な意味での影の世界、表象、頂に対する広野、没落するところの世界、壁のある昼の世界。

それは、かつて逃げ出してきた世界だった。

ぼくは母のすすめで、小学生のころ、野球クラブに入っていたことがある。ぼくが野球を好きだったためでもあるし、スポーツは教育によいだろうという母の単純な理由もあっただろう。

正確にいえば、ぼくは野球が好きでもなんでもなかった。ただ、この年頃のこどもであれば野球が好きである、という情報をどこかで手に入れて、それを自分にあてはめただけである。ぼくは素直な子どもであったことはないし、自分自身であったことも数える限りだ。例えば、知能に障害のある少女の足を執拗にふみつけて泣かせた強烈な記憶。

話を戻そう。ぼくは野球クラブに入っていたが、父にこう訴えて辞めたい意志を伝えた。「太陽がぼくにはまぶしすぎる」。事実だった。夏の日の強烈な日光は、地面を白く塗りつぶした。帽子のつばで日光は遮られたが、グラウンドのどこを見ても白く燃えていた。たまらず目をつむると、頭痛の中に青黒い墨が視界に開けて、そこだけが静かに流れていた。

「まぶしいなら仕方ない。辞めればいい」

と父は言った。不可解な生き物を見る目だった。けっきょくぼくは小学校を卒業するまでクラブを続けたのだけど。
思えばあの頃から、ぼくは神経症的だったのだと思う。常人には耐えられる刺激が耐えられない。だから、白い炎につつまれた世界から、音のない青黒い世界に逃げ込んだ。ある意味で、天からの逃避。アニミズムへの回帰。
大学に入ってひとり暮らしをしたが、そこでも他者とのいさかいは絶えなかった。今これを打ち込んでる部屋も、壁は穴だらけである。



――彼女は言う。「イライラしてあけたの?」ぼくは答えられなかった。代わりに、数秒饒舌になった。

他者を部屋にあげるということ。ぼくはそのとき、自分を開示するとともにひどく制限する。ぼくのへたくそな画集を見せたり、本棚のおすすめの書籍を紹介する。その一方で、照明は脆弱な豆電球二つで、天井のライトはつけない。ぼくはどこまでも臆病だ。

変な緊張をもよおすので、タバコをぷかぷか吹かす。ダイソーで買ってきたマグカップはコーヒーの色素がこびりついていないから、彼女に不精と思われることもないだろう。埃とゴミを執拗に取り払い、あるべきものがタンスに収納された部屋は、ぼくを異物のように排斥しようとしていた。

彼女はぼくの椅子に座る。椅子の上のクッションは、おそらくぼくの汗と排泄物の臭いがするだろう。そこに彼女が座る。「私たちは糞と尿のあいだで生まれるのだ」と嘆いたのはアウグスティヌスだったか。

彼女は自己啓発書が好きだ。ぼくもかつて好きだったが、今は軽蔑している。ナポレオン・ヒル、デール・カーネギー。彼女とぼくは絶対的に相容れないだろう。女性とはそういうものだ。意志は男性のもの、知性は女性のもの・・・。長者の優越性。青いペンで刻まれた傍線を彼女はおもしろがり、ぼくは懐かしがった。

座った彼女の後ろにたち、髪を、ぼくは指で解く。彼女のほほをなでる。彼女の耳を、静かに弄んだ。沈黙が嫌で流したBGMでは、ビル・エヴァンスの「Beautiful Love」が流れていた。「曲は知っているけど、タイトルがわからない」とほほえむ彼女。ぼくは座った彼女の前にまわる。目を合わせられないが、静かに顔を近づける。

キス。一度。二度。三度。四度・・・

永遠。信じられない瞬間。歴史に対して垂直に立つ刹那。電撃。
沈黙。見つめ合う。薄暗い白熱球のすすけた空気の中で、彼女の顔は神聖というよりは子どものようにいじらしく、蠱惑的だった。また、キス。キス。歯がぶつかる。それでも今度はもう少し上手に、キス・・・。
口づけの後の無言のひと時の中で二つの魂が一つになるのを体験したことのない者はいないと思う。この束の間の時を絶えず求めなければならない。愛の沈黙だけが人間の力の及ぶただ一つの沈黙であり、それだけが人間の側の沈黙なのだから。
 
「貧者の宝」 モーリス メーテルリンク 著 山崎剛 訳 1995 平河出版社



やめよう、やめよう。ぼくはこんな人間ではなかった。しかし、恋とは。恋の輝きとは。 ぼくは知らなかった。童貞というわけではない。恋はいくつかした、しかしこれは。このひとつの感動をどう処理すべきか。

ぼくは何ものなのだ。おそらくスキゾイドではなかったということだろう。ぼくは一個の凡人だ、恋の味を知る凡人なのだ。孤独であることに耐えられない俗人。「孤独に悩むということもやはり、その人が偉大でないことの証拠である」とニーチェはいった。それでも、あのキスは!


と、逃げるように筆を置く。ぼくは何が書きたかったんだ、今日の日記で・・・。しかし、彼女とのことはどうしても書きたかった。いつか書いておきたかった。というのも、ぼくは熱病のさなかにあっても、その熱のいつか冷めることを知っているから。