6.30.2014

自由への道。

就職先をいよいよ決めなくてはならない。

なんだかんだ言って、就職は人生を決めることである。

ぼくは就職してもそれを数年で辞めて、文筆業で食っていきたいとは思っている。しかしいずれにせよその数年は、人生のいくらかの時間を占めるのであり、そこが「文筆業」にも影響することは間違いない。

であれば、文筆業における想い、確信と同等に、就職先も決めねばならない。現在いくらかの企業に内定を頂いており、そのうちのどれを選ぶか、という段階である(ぼくなんか雇って大丈夫なのか?)。

現在研究室にて研究活動をしていて思うのは、自由な時間は絶対に必要である、ということである。ぼくは現在朝の九時には学校へ行き、夜の九時に帰るという生活をしている。まあ、平均してそうであるので、夜七時に帰ることもあれば、午前様になることもあるのだが。
こうしたライフサイクルでは、確かに研究に打ちこむ楽しさもわかるし、何かこう、満足感のようなものも沸いてくる。
しかし、この楽しさに浸ると、創作欲というものは沸いてこない。なぜだろう?創作とはまず、葛藤から、苦しみから生まれるものなのだろうか。あるいは智慧とはまず、自由と余暇から生まれるものなのだろうか。

とにかく、研究室に配属される前の時代には、自由な時間というものはあり、まっとうな長期休暇も与えられていた。そのときに、ぼくはめざましく進展したのである。とはつまり、毎日本を読み、知識をどんどん吸収し、自分の本来の道が、企業勤めではなく文筆あるいは芸術であることを知ったのである。そこで勉強した哲学、心理学、民俗学、物理学、神学、文学、美術は、今後一生の糧となることだと思う。

で、ぼくはどうしても、勤労してお金を稼ぎたいとか、偉くなって出世したいとは思えない。そういう風には考えられない。この世のどんな金も権力も、あの読書の日々に比べたら、屁みたいなもんである。ぼくには高級車も、肩書きもいらない。

必要なものは、ぼくを自由にしてくれる時間だ。ぼくは自由な時間で本を読む。本を読んで、偉いひとの思想や、玉のように美しい作品を、涙をもって楽しむ。そうして、楽器を楽しみ、慰められ、対話する。美しい自然を相手に、愛らしい蝶のようなひとびとを絵画におさめる。

こうしたことが、ぼくの至上原理である。ぼくを突き動かすものである。であるから、自由な時間を与えてくれる企業を選ぼうと思う。


――それだけの話である。


ぼくはこのように生きる。ぼくは、別れをつげなければならない。東京の人びとに。どうしようもなく、ぼくは孤独である。でも、ぼくは知っているんだ。孤独の本当の価値をね。ぼくはひとりの人格に深入りしてしまった、それは強力な引力を持つ類の。しかし、ぼくは孤独の道を進む、君はぼくの心の中にいる。そうして悲しいときには、ろうそくの光のように、ぼくを照らしてくれるだろう。ただ君の思い出だけが。

カナコという女。

「私の高校のときの元カレがね、こういうの。お前は人の人生を変える。変えるけど、その責任はとらないだろうなって。私、その元カレに『お前はどこの大学受けるんだ』って言われたから、京大医学部って答えたの。そしたら彼は、京大の医学部受かったわ。私は、最初から受ける気なんてなくて、こんな大学にきたけど」

「私の周りには変わってる人ばかり集まってくるよ、鉄含めて。だって、そういう人以外と付き合っても、得るものがないじゃない?だから、私は普段、すごく無口に思われるの。鉄みたいな人といるときは別だけど。鉄は初めて会った日から、子どもっぽいって言ってたね。」

「京大の彼が言ったこともわかるわ。私に影響されて、ひとりで和歌山まであざらしを見にいった子もいる。私が変なことをすると喜ぶ子だから、どんどん周りの人の変さがエスカレートするの」

「頭のいい人とばかり付き合ってきたけど、頭のいい人は、リソースがそればかり偏ってきちゃうのよね。だから、頭のいい人は、飽きたというよりは、『満足』したの。鉄は、何でも知ってるよね。私はそういう方が好き」




カナコは変な奴だが、話していてとてもおもしろい。ぼくは彼女に、芸術家としての天分と、女性の謎を見ている。

彼女と出会ったことは、確かにぼくの天命をかえることであった。長らく孤独の人間だったぼくに差し込んだ光である。自閉的に、ただ読書と向き合うばかりだったが、彼女という存在が導いてくれた道は、ぼくにかなりの影響を与えていることは事実だろう。

ぼくは女性への警戒を忘れてはいない。愛情に対して差し出すのは握手ではなく獅子の前足でなければならない。ひとつの人格の片隅にとらわれてはいけない。

6.28.2014

絲山秋子

デビューできるまでは小説家になれる自信はどれくらいありましたか。
「天才宣言」はハッタリでしたね。自信がなくて、こんなことしてたらやばい、と思っていました。

一人よがりでない小説を書くためには何が必要か。
作品や登場人物を突き放すこと。

(ほぼ)常用する薬と、煙草・酒の銘柄および、その量をお教えください。
薬、テグレトール、リーマス、コントミン、ルボックス、 アナフラニール、ロヒプノール、量は状態によって変化。
タバコ、セブンスター60本。

お好きな色は?例えば服を選ぶときなど。
好きな色は青ですが、服はほとんど店員さんの言うなりです。

ヒトは何故ものがたりを書くのだと思いますか。
書く人自身がなんらかの物語を必要としているから。

入院中に執筆を始めたそうですが、孤独な作業を支えたものは何ですか?
誰に読んでもらったのですか?
文章を書くことは、登場人物と話すことなので決して孤独ではないですよ。
ごく親しい友人が読んでくれました。

文を書くことと発表することのつながりをどうお考えになりますか?
自分の書いた文章をいつまでも大切にしたい人は発表しないほうが いいのかもしれません。

作家になりたいならこれだけはしておけ、というのはありますか?
就労体験。

おまけ。

一つ言いたいことがある。以前も同じようなことを書いたのだが、売れる作家と売れない作家の分岐点はどこかと言うと、売れる作品は単にテレビやラジオなどで派手に宣伝されたり、映像化されたりするだけで、別に売れない作品が悪いわけじゃないのである。むしろ作家は売れない時期にいい仕事をしている。それは強調しておきたい。 (竹仲法順)

モノが書きたいのです。

モノが書きたい。絶望的にモノが書きたいのです。

ぼくは世界に否を叩きつけたいのです。
といって、汚泥のような、糞便のようなものを生み出したいのでは、決してない。

崇高で・美しい・完璧な・作品を、どんと、突きつけてみたい。

あまりに完璧であるから、批評家たちは見向きもせず、読者たちも総スカンで、ただ少数の賢明で美しいひとびとが、胸中にその創造物を大事に大事に抱え、ほそぼそと語り継がれる。そんな作品がぼくは生み出したい。



ぼくがまずいものを生み出したいのではない、ということ。

まずいもの、それは独りよがりで、自己満足的なもの……。ルサンチマン的で、公正な視野を欠いたもの……。頭でっかちで、かえって何の意味も持たないもの……。あるいは消費的で、下品なもの。

これらぼくの魂に何も影響を与えない作品を創りたいのでは、ない。

ぼくが創りたいのは、ぼくの魂をゆさぶるような作品である。


ぼくが作りたいものは美しく完璧なものである、ということ。
破壊的でありながら、美しさに対する微妙なニュアンスを保持しているもの。
あらゆるものに対して理性的なセンスを持ち、同時に感覚的なセンスを持つもの。
美しさに達するのに必要な微妙な均衡を理解し、そしてその均衡を生み出すことに成功しているもの。
当世的でありながら、永遠性を孕んだもの。

ぼくはそのような作品を創りたい。

6.26.2014

芸術家肌?の一年生

一年生に変な奴を見つけたので話かけた。
彼はフリージャズを好んで聞くらしい。


「叔父が音楽家で、作曲とかしてますね」

「あのゲームの曲とか叔父の監督作品ですよ」

「音楽は灰野敬二とか好きですね」


俺はマックスエルンストが好きなんだけどどうかな?

「超現実ですね。あのあたりの人は好きです。」

現代芸術って、なんか雑多に見えてしまう。当世流のものが百年後も残るのかな

「例えばデュシャンは便器に名前を書いただけですけど、新しいことをした人の名前は残ると思いますよ。現代のものは確かに雑多です。でも超現実の作品だって、当時は有象無象の扱いだったんですからね」



とかまあ酔った勢いで芸術談義をしたのだけど、マックスエルンストを知ってる十八歳とは恐ろしい。しかも「シュルレアリスム」じゃなくて「超現実」と言うところに、まあ同じだけど、なんかただ者ではない感じを匂わせる。
ぼくのような即席の芸術家と、彼のような根っからの芸術家ではどうも格が違うようだ。


ぼくは現代的で日本的なものを避けている。それは時代と、言語の壁を乗りこえたものは良いモノに違いないという、少し権威主義的な考えで制限しているのだ。

しかし、現代的な、日本的なものに対しても目を開かなければならない、と彼を見て感じた。優れた嗅覚さえあれば、本当に心にフィットする芸術を拾えるものである。
古い名作ばかり見ても、活物にはならないからな。


6.25.2014

ぼくが芸術家の道を歩もうとする理由。

大学をそろそろ出なければいけないので、今後の人生をどうするかを考えている。

まず、大学生活の反省。
大学生活はまことに良いものだった、と思う。大学生という身分は何をすることも可能にしてくれた。海外へ行ったり、楽器を練習したり、ひたすら本を読みふける自由をぼくに与えてくれた。そして、少数ながら、ぼくの本当の共感者を、生まれて初めて見つけることができた。

ぼくは大学生活から離れゆくのだが。それは湯からあがったような肌寒さだろう。初めて、自分の身分を生み出さねばならなくなる。学生時代は、学生の本分をいくら逸脱したところで学生であった。これからは?

二十代も半ばになると、人生は固定されてくる。ひとはこれくらいの年になって、だんだんと乾燥してきて、カチコチの粘土になってしまう。だから、何かを決断するのであれば、今行うしかない。


ぼくは、芸術家の道を辿ろうとするのか?創造者として生きようというのか?


ぼくが芸術家の道を歩もうとする理由。

ひとつは、自己の神経過敏。ぼくが精神病質であるという点。
精神病質であることは、ただ欠陥を示すのみでなく、ある種の突出をあらわす。世の天才、あるいは芸術家が、世間の言うところの「キチガイ」だったり「コミュ障」だったりするのは、まことに自然なことである。
この世には社会に適合できる人間と、できない人間がいる。これは自然なことだ。共同体に適合者がいなければ崩壊する。逸脱者がいなければ、今度は組織が適合できず自壊する。

もうひとつ。大衆への強い軽蔑。この二十年間、ぼくは大衆へ迎合しようと努力してきた。「みんなに受け入れられるためにはどうすればよいか?」がテーマだった。しかし、この生あたたかい輪の中には、たぶん「真理」だとか「美」のような、人間が追い求めるべきものはないだろう。人の海、輪、堆積は、それは確かに安逸だが、その中に美はないだろう。


ぼくは逸脱者であるから、逸脱者としての使命を全うする。これは種の義務だ。遺伝子の命じる義務である。
ぼくはユングの言ったような、無意識の海は万人共通であるという点に同意する。フロイトが驚嘆したように、「集団心理は個人心理に先立つ」、つまり「個人というのは近代の産物である」ということ。われわれの個人心理というものは、ひとつの余剰であり、それ自体が逸脱である。

われわれは種の構成体であって、芸術家が、詩人がいくら逸脱したところでそれは神の意志を越えることにはならない。異常であること、逸脱していることは医学的には不健康だが、生物学的には正常なことである。新生児の数パーセントに遺伝子異常が見られる。これはエラーではなく、必然である。いわば個人が環境に適合するためではなく、組織、あるいは人間という種が環境に適合するために、こうした逸脱者が「生産」されるのである。

多くの精神疾患が遺伝性であることが指摘されている。さらにはクレッチマーが指摘したように、天才の多くは精神異常である。

われわれのような「逸脱者」は、普通の道を歩むことを諦めなければならない。ぼくはひとりの逸脱者である。精神疾患に加え、五百年前の先祖は、ある高名な思想家だった。これもひとつの血の巡りと言うことができるだろう。

近年のぼくは、「遺伝子の意志」を強く感じる。ぼくは確かに、集団の中に埋没しようとした、目立たず、盲目的で、無感動な一群の構成員であろうとした。しかし、遺伝子がそれを許さないのである。遺伝子の意志、あるいは無意識、内面世界、アートマンと言ってもいいかもしれないが、おせっかいにも、お前の幸福の道はそちらではないと軌道修正してくれるのである。

ぼくは学んだ。ぼくは普通の道を歩むべきではない。これがいわば、芸術家としての、創造者としての道である。

もちろん、ぼくはテグジュペリやカイヨワが強烈に批判したようなことを、忘れてはいない、人間としての義務をやすやすと放棄すること、職業的義務の崇高さを忘れること、人間の醜さばかりあげつらい、美しさには盲目であることを、ぼくは疫病のように避けなければならないだろう。

人間は苦痛に満ちた人生を送らざるを得ない。この苦痛から解脱する道は、芸術活動に専心して個体の意志を克服するか、個体はすべて同一の形而上学的本質をもつ意志であると自覚し、他人の苦痛への同情を根拠として倫理的に解脱するか、のどちらかである。(ショーペンハウエル) 

6.24.2014

女難の相

「私は何でも思ったことを言ってしまう癖があって、そのせいで孤独になる」

「気づいたら孤独になっているの。でも、孤独にも慣れてしまうわ」

「なぜか男にはモテる。そのせいで、いろんなトラブルに巻きこまれるの。今までで、二十人くらいに告白されたかな。男に困ったことはない」

「中学生時代はいろいろ抱え込んでいて、一週間くらい全く言葉が出なくなった。失声症という奴。」

「私は芸術の中でも音楽が好き。音楽は手に取れないし、録音すれば別だけど、基本的に毎回違う演奏でしょ。芸術ははかないものであるべき」
(これはぼくの考えとは違う。ぼくは芸術の永劫性に不死の憧れを見る。時間的限界と社会的制約から免れた聖域)

「私はダメな男にひっかかるの。昔からそう。飲み会で私がいかにダメな男と付き合っていたかという話になったんだけど、横にいた女の子が泣き出しちゃったの。私だったら耐えられないって」





今日はある少女の家にあがり、焼き魚をつまみに酒を飲んだ。そうして、そのまま泊まりこんだ。

肉体関係はない。ただ、絡み合ったまま眠った。

ぼくの中で、彼女は初めて見た同族である。姉であり、母だった。抱く必要も感じなかった。

性交に対する憧れや衝動も消えてしまったように思う。

これが彼女以外の女とだったらどうだったろう?

いや、キスくらいはしてやるべきだったかな、とは少し思っている。



マレーシアに一人旅に行っていたとき、自称音大教授のおっさんに出くわした。古い「地球の歩き方」を持っていた彼に、新しい駅の場所を伝えると、記念に写真を撮らせてくれと言われた。
しゃちこばった笑顔でじっとしていると、

「君はかっこいい。かっこいいけど、女難の相が出ているね」

と言われた。余計なお世話だ。

6.19.2014

抑鬱の白波

抑鬱の波は、ぽーっと浸るようにやってきて、じわじわと、じわじわと逃げ場を奪っていくのである。

「もっと周りのことを考えなきゃダメだよ」

と指導教官に言われて、ははあ、そうだな、ぼくは周りのことを考えずに生きてきたな、と自己反省をした。

ぼくは何か言われると、すいませんと謝ることもなし、いきりたって反駁することもなし、ただ黙って熟考してしまう。「お前は間違っている」という命題を前にして、その判断をじっくり解きたいのである。

こういう態度は、決して、叱責する側にとって気持ちの良いものではない。何か言い訳を考えているように取られる。自分を正当化しているように思われる。「俺が間違ってるなら言ってくれ」と逆に心配されたりする。ぼくは、「いや、何でもないです」と言って、それでもやっぱり思考の海に沈んでしまう。

ぼくの知り合いなどは、怒られるとすぐに「私はこういう理由でこれをした、でもそれは間違ってましたね、すいません、ハハハ」などとひょうひょうと返すことができる。ぼくは彼の自然な振る舞いを見て、天性の才能を見たような気分になる。ぼくにはどうしても彼のようにはできない。そうして、彼の方がたぶん、自分勝手に生きているだろうに、彼の方が教官には好かれるのだ。

こう言われたぼくは、少し黙って、不機嫌になって、もやもやする真綿にしめられるような気分になって、その海の中も気持ちがよいので、ぼんやり、浸されるままになった。

ひとり、部室にひきこもって楽器をぽろんぽろんと楽しんだ。こういうときの音は、弱く、柔らかく、惰性的でいて、ところどころ締まっているので、おもしろい。



ぼくという人間は、ひとに嫌われることをひどく怖れる。ひどく怖れる割に、他人なんてどうでもいい、という振るまいをする。

たぶん、できるなら人と関わり合いになりたくないのだろう。しかし人とは関わらざるを得ない。そうだから、せめて、人に好かれたいと思う。

いきなりドギツイ単語を出すが、「境界性障害」という言葉は言い得て妙だと思う。ひととひとの間には、適切な気持ちの良い距離感がある。近づきすぎてもうっとうしいし、離れすぎても不便である。適切な距離感を生み出す工夫が、人生を生きやすくするのだと思う。この微調整がうまくいかないのが、境界性障害である。ボーダーと言われたりする。

ぼくは一時期このボーダーではないかと自分を疑った。どうも他人に依存してしまうのである。従属あるいは支配の形でしか他者と関われないのだ。対等なフレンドリーシップを築くことができない。そんなことだから、非常に忍耐強いか、変わり者の人間を除いて友人はほとんどできなかった。

ところが、ぼくも近年この「他人と適正な距離を保つ」技術を身につけてきた。ぼくも二十五歳にしてようやくひとと付き合う術を学んだのだ。依存の反対だから、独立した精神を得ることができたということになるが、この独立を覚えると、まことに生きやすい。つまり、愛想笑い、冗談、媚びへつらい。これらだけでなく、「ひとりにしておいてくれ」というアピール、集団からの逃避の術も重要である。

ボーダーではないことはわかったものの、ぼくは依然として神経症である。ひとと交わるのは好きではない。神経症はしかし、愛情の欠乏の病気であると思う。それと遺伝的な素因が相まって、現れるものだと思う。他者と円満に生活できるなら、それがいちばん良いのだ、という気もする。大衆から離れたところに、あるいは離れて大衆を見たところに美はあるのだろうけど、美と苦はセットだ。ついでに、愛と死もセットだ。どうも、人生の享楽は、片手間に楽しめるものではないようだ。



太宰治の「女生徒」並にとりとめもなく書き綴ったが、眠いので終わりにする。

6.18.2014

努力厨の芸術家

執拗な、まじめな努力こそ、人間のこの上ない偉大さを示すものである。この努力によって人間は人間となるのである。(「文学の思い上がり」/ロジェ・カイヨワ)
芸術においても当然努力は必要である。

楕円を書けない絵描きに価値はない。ロングトーンもまともにできないラッパ吹きに価値はない。われわれは優れた作品を作り出すには「努力」しなければならない。

では、この努力とは何ものだろうか。

よく世間一般に言われるように、努力とは「嫌なことでも、時間をかけて取り組むこと」だろうか。「自分の性根を変えるために、長時間をかけて矯正すること」だろうか。これは違う。

たしかに、努力の大部分は地味な作業に費やされる。およそだれにも認められず、辛く苦しい反復である。しかし、われわれは人間として生まれた以上、努力の素因を持っていて、この厳しい反復の作業に赴かざるをえない。

われわれの脳みそはおもしろいもので、それぞれ多様な個性を持っていて、その目指す方向はまったく違うのである。

ある人間は、工場の管理に向いているのにセールスマンになった。
ある人間は、芸術家に向いているのに、弁護士になった。

こういった場合、努力は発生しえない。彼は弁護士として成功する可能性もあるが、終始芸術家への憧れを持つことだろう。
なにも努力できない人間が、「環境が悪い」というのはそのとおりなのである。彼が環境を抜け出す努力をしている限りは……。

最近のビジネス書が滑稽なのは、権力や金を稼ぐという一点が盲目的に追求されていることである。ふつうの人は、金にそこまで興味がないのだから、ビジネス書なんて読んでも何も変わらない。

努力とは、われわれをその道に導くものである。意識的というよりは、内在的なものである。心の奥底に耳を傾けて、お前の道はこうだ、と聞いたときに、初めて本当の努力が生まれる。



もしもあなたが何をするにしても、基礎的な、目立たない、反復的な作業にうんざりするようであれば、あなたはその道に向いていないのだから、手を休めて、本当に自分のしたいことを今一度考えるべきだ。

6.17.2014

会えてよかった、と言われた惨めな男

「鉄さんと会えてよかった」

と彼女は言うのである。ぼくはこのようなことは初めて言われて、不思議な興奮に襲われた。ぼくが必要とされ、他者に影響を与えるということ。

あまりのうれしさに、彼女にすべてを捧げてよいという気持ちにさえなった。命さえ惜しくないという気に……。それはまったく不思議なものだった。

震災のとき、原発が信じられない量の放射性物質を大気に海に垂れ流したとき、ぼくはあらゆる放射能が入っている魚介類だとか、野菜を避けた。外国産の魚を食べて、神経質に命を守ろうとした。その行為は今でも「適切かつ妥当」だったと思うが、その是非はともかくとして、ぼくは非常に命を大事にしていた。そのぼくが、大事にしてきた命を投げ出すということ、これは不思議なことだ。

自己の死さえどうでもよいと思うこと。自己への究極的な無関心。これがまことに生命の横溢であり、目指すべき方向である。自らをおもちゃにして、命を投げだすということ。

どうも、愛の向かう方向は垂直であり、かえって死に近づくもののようだ。エロスとタナトスに対するフロイトの見識は誤りで、彼らは実は仲が良いのかもしれない。

愛することと破滅すること、これは永遠の昔から相伴うものだ。愛しようとする意志、それはよろこんで死のうとすることだ。あなたがた臆病者に、わたしはこれを言う!(「ツァラトゥストラ」 / ニーチェ)


もちろん、失恋したばかりなのだから、女性に対する不信も持ちあわせている。ぼくは冷静さと理性を失っていない。彼女の愛の高ぶりが一時的なものであること、あるいは女性的な欺瞞であること、また愛自体が盲目であることをぼくは勘案しわすれてはいない。

しかし、女との正しい付き合い方を学んだような気がする。ぼくは今まで、あまりに健全な女性ばかり求めていた。しかし健全な女性と、不健全なぼくではうまくいくはずがないのである。円満な恋愛、ドラマ的な恋愛はもう辞めよう。そう思ったのである。

6.16.2014

凡俗なるもの

 最近は自分が惨めな存在に思えてならない。

ぼくは無能でくだらない人間である。ひとつの満足を得てしまった、凡俗な人間である。自己に対し、おかしな満足感を得てしまった。つまり、今現在ぼくは幸福であり、今後も幸福な生活を送ることができるだろうという予見、これが絶望的にぼくを台無しにするものである。

かつてのぼくは、風や嵐に無防備だった。あちこちに振り回され、飛ばされ、打ち付けられた。それは激しい痛みの伴うことだった。ぼくは傷だらけの身体と、痣だらけの心をもってして、何度神に救いを請うたかわからない。しかし、今考えればそれも良いことだった!

今は、年の功か。さすがに四捨五入すると三十歳なのだから、心も環境も安定してきてしまって、杭を一本打ち付けられてしまったような気分だ。たしかに、どんなに強い風が吹いても飛ばされることはなくなった。しかしこれは絶望的に不自由だ!


苦しみに鈍感ということは、死に等しい。無智のなせることだ。ぼくはダメになった。

ぼくの目を覚ますためには、孤独の中へ、痛苦の中へ沈潜するしかないだろう。


わたしの涙をたずさえて、あなたの孤独のなかに行きなさい。わが兄弟よ。わたしが愛するのは、自分自身を越えて創造しようとし、そのために破滅する者だ。――
 ツァラトゥストラはこう言った。

6.15.2014

モノが書けんのです。

モノが書けなくなった。

この土日を、キャンプをして過ごしてきた。初めてのキャンプだったが、テントの設営も焚き火もまずまずうまく行き、満足して、帰ってきた。

そして今、パソコンとキーボードの前に座って、クーラーの冷たい風で頭を冷やしながら何かを書こうと思ったが……。とくに言葉が出てこない。

これはどうしたことだろう?ぼくは焦ってコーヒーを飲んだ。何か書こうというときは、決まってカフェインを取るからだ。今流行のエナジードリンクでも、あるいはお気に入りの「ふわラテ」でも良いのだが……。

頭が白んで、文字の処理を拒んでいる。

ぼくは気づいてしまったのかもしれない。文字を紡ぐことは、そんなに大したことではない。この生において、重要ではないと……。



考えてみると、ぼくの青春の一時期は死のうとしているのかもしれない。かつてのそれは世界に向かって、否をつきつける激しいものだった。ぼくは世界を否定して、世界を乗り越えようと思った。それはドン・キホーテよりもバカげた試みだった。世界とぼくという個人を戦わせる試み。

だからこそ、ぼくは文芸の道に関心を持った。文学は、世界に挑戦するにちょうどいいツールだった。何しろ芸術というものは世界共通で、不変で、永遠性を孕んでいるから。それが絵の具や録音ではなく、文字なのだから余計にそうである。

そんな意気込みをもっていたぼくだったが、しかし、今のぼくはどうだろう。

柔和な、葛藤もなく、生活のまどろみの中に沈んでいる。ぼくはキーボードに見切りをつけた。書くこともないので掃除して、洗濯した。それでまったく平気なのだから困る。生活の中の小さなことに満足してしまう。なぜだ。キャンプがぼくを変えたのか?

キャンプでの出来事と言えば、ぼくは焚き火をしながら、のんびりおにぎりをかじりながら、四時間もただ座っているということをしていた。火を見ることは飽きなかった。火の動きは興味深く、拝火教が生じる理由がなんとなくわかった。それにしたって、四時間は長すぎる。ぼくは火に見入っていたが、同時に火に魅入られていたのだ。

あの焚き火は、ぼくの霊感をも燃えつかせてしまったのだろうか。もしかしたら、それは新しい創作の道を示すものかもしれない。

あなたはあなた自身の炎で、自身を焼き殺そうと思わなければならない。自身がまず灰となるのでなければ、どうしてあなたは新しいものとなることを望めよう!(「ツァラトゥストラはこう言った」/ニーチェ)



ぼくは昔から火を見るのが好きだった。なぜかはわからない。花火が好きといった類ではなく、生の、素の火である。火が何かを侵食し、輝き高く燃え上がる一方、燃やされる方はみな黒く焦げ、小さな灰になるというのは、神秘的であり、啓示的なことだったと思う。

生来無性に好きでたまらなかったものは、火と、海だった。ぼくはこのキャンプで心に火を得たのかもしれない。

ってまた、大げさだなあ。

6.14.2014

女という生き物について。

彼女という生き物がぼくにはとても不思議だった。


「鉄って子どもの頃から音楽やってたでしょ?私が友達になろうという人って、決まってそうなの」

「え、大学から始めたの?でも、本はいつから?」

「小学生から?やっぱりね。そんな気がしてた」


彼女は目をしばたく癖があった。


「本が好きな人ってたくさんいるけど、それだけじゃだめなの」

「経験として、教養としていろんな本に手を出そうって人はだめ」

「昔は物語に没入できたけど、最近は構成とか、作者の意図とかが浮かんできちゃうのよね」


バイクの後ろに乗る彼女は、ぼくの心を探るようにぎゅっとしがみついて、その細いあごをぼくの肩に押しつけるのだった。


「私はいつも自分のことばかり考えて生きてきた。だから、ストレスもストレス耐性もないの」

「鉄、末っ子なんだ。私はお姉ちゃんだから、相性いいね。年上なのにね」


彼女の部屋は、本と下着と酒の空き瓶がかき混ぜられていた。よくこんな部屋に男を上がらせたものだ!今まで見た中で、最高に汚い部屋である。男友達の家を突然来訪したときは、こんな感じだった。

ぼくの前の彼女は、ひどく几帳面に部屋を片付ける人だったから、その落差は驚きだった。

彼女は黒いふちのベッドに並んでぼくを座らせた。

話していてときどき、ぼくの太ももをつつく。ベッドにもたれかかって、無防備な姿勢を取る。
じっとぼくの目を見つめている。
ぼくをからかっているのだろうか?ぼくを試しているのだろうか?

「女というものは、自分に恋している男の絶望的な苦しみに、残酷な喜びを持たずにはいられないものであるかのような、かすかな不信を、私は依然として女性に対して抱いていた(ヘッセ /「郷愁」)」。

この通りのぼくは、彼女の媚態を軽蔑と無感動をもって受けながした。



それにしても、こういう女は、なんて不器用に生きてることだろう!

彼女たちは楽しく軽快に話すことはできる。それは女の生まれつきの能力だからである。しかし、その中に数パーセントの、薄められた魂の葛藤と深い絶望が伝わってくるのである。ぼくの鋭敏な嗅覚はその黒い絶望をかぎ分ける。桶いっぱいの水に一滴の色素を加えただけでも、それは元の色をしめさない。

あわれな彼女たちは、自分が絶望の中にあることも、認めたくないだろう。彼女たちは有能であり、社交的であり、朗らかで模範的な人間と思われている。しかし、こころの中では、人生のやるせなさに気づかずにはいられないほど繊細なのである。

しかし女という性別の強さか弱さか、彼女たちがそれに直面することはない。彼女たちの人生でぶつかる壁というのは、常に具体的な形をもって現れる。それは教授の叱責であったり、就活の失敗であったり、恋愛の破綻の形をとる。しかし、人生そのものに絶望することに、彼女たちはないだろう。

私は彼女がときには、歌いやめるとすぐぶつぶつ呟くことや単調なその苦悩から解放されて、思い切り苦しみ、絶望のなかに沈湎することを望まないのか考えてみる。しかしとにかくそれは不可能だろう。彼女はがんじがらめになっているのだ。(サルトル「嘔吐」)
それはやはり女の強さであると思う。女は男よりも、たぶんに動物的で、本能的である。

6.12.2014

その慰めがぼくを苦しめるというのに

彼女と別れて以来、ある女友達から毎日連絡がくる。

ぼくは彼女の連絡を無視する。それでも、毎日連絡がくる。

「迷惑ですよね?でも、心配なんです。ごめんなさい。」



どうしてこうもぼくの気持ちを理解してくれないのだろう?

ぼくは毎日連絡をくれる彼女を好いている。愛していると言ってもいい。だから、彼氏がいるのにぼくに優しくするのは辞めて欲しいのだ。そんな姿を見せないで欲しい。愛する男がいるのであれば、ぼくのような人間に優しくすることは罪だ。


ぼくだって自分のものにならぬのなら、遠くから見て諦めている方が好きなのだ、それなのに近づいてきて、ぼくの心をさらに傷つけるまねをする。

今はとにかく、女というものから遠ざかりたい。ぼくの心を逆なでする生き物。

私は悲しい気分で彼女を見送った。あの光景がいつまでも眼にちらついていた。私は実際マリオンやロッテやムオトなどのような人たちとは、まったくちがった人間だったんだろうか。あれが本当に恋だったんだろうか。私は、これら情熱の人たちが、みんな嵐にかりたてられたようによろめき、あてもなく吹かれているのを見た。男は、きょうは欲望に、あすは倦怠に苦しめられ、ふきげんに愛し残忍に絶交しながら、どんな愛情にも確信がなく、どんな恋にも喜びを見出さないのだ。また女達は、侮辱されぶたれながら引きずられて、最後に突き放されても、なお男に執着し、しっととさげすまれた愛とで品位を落としても、犬のように忠実なのだ。私はその日ずいぶん久しぶりにはじめて泣いた。私はこれらの人たちや、友人のムオトや、その生活や恋のために、腹立たしい涙を流して泣いた。また、それらの人びとにまじって他の天界の者ででもあるかのような生活を送っている自分、人生を知らず、恋にあこがれながら、しかもなお恋を怖れなければならない自分、そうした私自身のために静かなしめやかな涙を流して泣いた。(春の嵐 / ヘッセ)


どうも、恋愛とはうまくいかないのが当たり前のようだ。心が通じ合わないのが普通のようだ。相互に傷つけ合うのがその本態のようだ。

6.11.2014

まともに短編書いてみようと思った。

短編小説を書こうと思う。


テーマは、普遍的であるほどいい。

今考えているのは、孤独に引きこもる陰性の人間Aと、世界に飛び出して覇権を得んとする陽性の人間Bの対立である。

それは、ふたりのぼくでもある。孤独で隠遁生活を送ろうという現在の自己と、世界に己という人間を示そうという過去の自己の対立。
そして、元カノへの恨み節でもある。ぼくが孤独を愛したのに対し、彼女は社会に居場所を見つけようとしているから。

Aは、必然的に年上ということになるかな。Bは大学生くらいの若い年齢が良い。
このテーマはひどく使い回されたものである、例えば「白い巨塔」の里見と財前は、これと似た対立を持つ。
たぶんあの作品よりはずっと稚拙になるだろう。


こうしたテーマを決めて、細かい設定を練り込んでいく。

ストーリーは、以下の「プロットライングラフ」を参考に書き込んでいこうと思う。これはたぶん、映画の脚本理論かな。

ウェンデル・ウェルマンによるプロット・ライン・グラフ (一部追記)。
赤とオレンジは主人公が敵対者と衝突するシーン

こういうものを参考にするのはどうかとも思うんだけど、実験的に取り入れてみたい。

一般に、映画は最初のおよそ10分間において、主人公とその目的 (問題) が設定され、主人公の周囲に関する必須情報も紹介される (セットアップ)。その直後のインサイティング・インシデント (引き金となる出来事) によって、ファースト・ターニング・ポイントが起こり、主人公は別世界の第二幕に進む。第二幕の中間のミッドポイントで、ストーリーは前半と後半に分かれる。ミッドポイントでは、衝撃となる出来事が起こり、ストーリーは正反対に転換する。そこから第二幕の後半を通して主人公の状況が悪化していく。そして、主人公が最悪の状態に陥ったとき、セカンド・ターニング・ポイントで決断を迫られる。そこで主人公が正しい決断をすることにより、続く第三幕での最後の試練に勝利する。
それぞれの幕の時間配分は、1:2:1である。(wikipedia 「三幕構成」


まあ詰め込みすぎてもしょうがないんで、ひとまずこれらを参考にひとつ書いてみようかと思う。



しかし、たぶん、とんでもない、駄作が、できるでしょう!

6.10.2014

ぼくの精神の奴隷根性。

考えてみると、昨日の発言は興味深い。

昔のぼくは、親の顔色ばかりうかがっていた、中学校に上がる頃には、友人の顔色ばかりうかがっていた。そして大学に入ると、女のご機嫌うかがいだ。もううんざりだ!
以上の言葉は意外と、的確にぼくの心を捉えているなと。

つまり、いままでぼくは女のおべんちゃらばかりしていたのだ。

確かに、過去を振り返ってみると女というものがいつも傍らにいたと思う。

ぼくが数年前から孤独の読書を始めて以来、ぼくと接触しようと思うどんな女にも、ぼくは激しい喜びと親しみをもって接した。
なぜなら女という生き物は、ぼくにとって「正常の世界に住むひと」であり、「探求すべき謎」であり、同時に「心地よく便利なもの」だったからだ。

ぼくは女を渇望していた。女の賞賛を受けること、それと女の肉体と精神を愛していたのだと思う。女の賞賛を受けることは、ぼくを得意にした。ぼくはまともな男であり、性的魅力をもった好男子であり、「彼女がいる」ことがひとつのステイタスになるように、その資格がぼくに自信と安心をもたらした。女の肉体と精神は、興味深く、掘り下げていくほど熱中した。

しかし、結局それは女に対する隷属でしかなかった。この奴隷根性に、ぼくは腹が立つ。未知の恐ろしいもの、自己を安住せしめるものに隷属するということ、この臆病な心理がぼくには憎い。

それはかつては親だったし、かつては同級生だった。そして今は女どもというわけだ。まるで成長していない……。女の次は、「社会」あるいは「会社」になるだろうか?

ああ、孤独になりたい。何かにすがらなければ生きていけないとは、悲しいことだ、弱いことだ。「人は助け合って生きていく」?相互扶助の精神をもて?ああ、嫌だ。嫌だ。

ぼくは、個人主義なのだ。

ぼくは、与えることは拒まない。与える限りにおいて、ぼくの精神は平衡を保てる。しかし、受け取るとなると!
ぼくの精神を、その真円を乱さぬようにしてほしい。いつかはその真円も大きくなるだろう、多少の享受の波も目立たぬくらいに大きく育つだろう、そのときまで、世界にぼくは「待て」をしたいのだ。ぼくは孤独の世界に浸るから、邪魔をしてくれるなよ、と。

6.09.2014

小さな傷ついた人間

人間、小さな傷ついた人間、彼こそは創造のもっとも奥深くにわけ入り、原初のままの太陽のほの暗い中心から、最も遠く離れ行ったもの。(D.H.ロレンス)

大人になるとはどういうことか?


それは孤独を知るということである、少なくともぼくにとってはそうだった。


昔のぼくは、親の顔色ばかりうかがっていた、中学校に上がる頃には、友人の顔色ばかりうかがっていた。そして大学に入ると、女のご機嫌うかがいだ。もううんざりだ!

疲れ切ったぼくは、ぼくであることに然りを捧げようとした。ぼくは自分というおもちゃがすすみたい方向にすすませてあげることにした。

ぼくには、みんなミニ四駆のように、四隅にローラーがついているように思える。みな、壁にぶちあたっても、うまく緩衝して、まわりみちして、巧みに生きているなと感心する。

「鉄って、生きるのがヘタクソだよね」と言われたことがある、高校時代、ある教師に目をつけられ、ぼくが制裁をくらったあとに友人が放った言葉だ。

ぼくというおもちゃは、壁にぶつかるとガスガスと傷つけられていく、不器用に音と熱をもって、曲がる姿も醜い。
ぼくはなんど、ミニ四駆人間のまねをしようと試みたことだろう!それは無数の試みだった。
ある人たちにとつては生きることがいかにも容易であり、ある人にとつてはいかにも困難である。
人種的差別よりももつと甚だしいこの不公平。(三島由紀夫)
「正しいひとは、苦しい筈がない。つくづく僕は感心する事があるんだ。どうして、君たちは、そんなにまじめで、まっとうなんだろうね。世の中を立派に生きとおすように生れついた人と、そうでない人と、はじめからはっきりくべつがついているんじゃないかしら」(ヴィヨンの妻 / 太宰治)

しかし、こういうぼくに、ぼくは、お前はそれでいいんだと言ってあげることにした。お前は、不器用でローラーもないが、壁のない道を迷わず突っ走ることができるのだ、美しい直線を、だれも通ったことのない道をと。

ぼくはぼくのすすみたい方向を静かに聞き取ろうと努力する、だからぼくは心に静寂と孤独の栄養を与えてあげるのだ、まっしろな紙とペン、楽器、キーボードと公表の場を用意してあげるのだ。

大人になるとはどういうことか?

心の欲求に従うことである!他人の奴隷ではなく、自分自身の奴隷となることだ。自分自身にふりまわされ、翻弄され、当惑しながらも、にっこりと受け入れてあげる、慈愛の心を持つこと、自分の子どもじみた性向や、きちがいじみた発想を、しぶしぶながら認めてあげるような心を持たねばならない。

他人や、常識なんて、くそくらえ、この世は圧倒的に「子ども」が多いようだ、自分自身のしたいことをしている人間なんて少数だ。彼らは目を閉じたまま死んでいくのだ。しかしそれでいいと思う、それは社会が求めていることで、彼らもそれで満足しているのだ。

目覚めてしまったひと!目覚めてしまった人は、金縛りを警戒してほしい!目をあけたまま、身体が動かぬということは最大の恐怖だ。
「多くのことを知りながら権力を持たないことは、人間のあらゆる苦しみのなかでもっとも忌むべきものである」ヘロドトス
だから、あなたはその身体を自由にしてあげて欲しい。心の最奥の小さな欲求の光をみのがさないでほしい。ぼくらは幸福にはなれないかもしれないが、しかし、美しいもの、美にして崇高なるものには到達はできるかもしれないのだ。そこにしか希望はないのだ。

6.08.2014

スキゾイド的恋愛の結末

 今日、彼女と別れてきました。



 ぼくはどうも女とはうまくいかない。ニューロティックな人間に、女は所有できないということだろう。

 原因として、彼女は「先輩としてしか見られなくなった」というわけだけども、結局、ぼくは男性的魅力を欠いた人間である。これは自覚している。

 およそこういう人間は、所有できない。金も、女も、まあせいぜいしょぼい車くらいは所有できるだろうけど、生来の潔癖が、ものを、ひとを受けつけないのだ。能力に欠けているのか、心の性向かはわからないが……。

 さらに自閉的な性格が、心を硬く閉ざしてしまう。他者の心の介入を神経質にはねつけてしまう。ぼくも相手に自分の心臓を渡すということができない。混じり合った心は、どうもうさんくさいものだと思ってしまう。

 女にモテるということと、幸福な恋愛をすることは違う。

 ぼくは女にモテるが、しかし幸福な恋愛はできた試しがない。どうもぼくという人間はそのようにできているのである、一時的な感動を女に与えることはできるが、そのあとは失望だけだ。ポール・オースターの父親のように。

 であるから、この情けなく終わった一ヶ月の浮き沈みも、ぼくは淡々と、平板化した感情で終えることができた。慣れたもんである。

 別れようと言ったときの彼女は、小さくうつむいて、呟くように言ったのだけども、ぼくは至って平静に、君の好きにすればいい、と言った。

 ただ惜しいとすれば、彼女の身体くらいのもので、若い身体、それは下卑た表現だが、すばらしいものだった。彼女の青春をほんの一時期でも所有できたことを嬉しく思う。

 しかし、彼女の精神に関しては、まるでぼくには魅力的に映らなかった。ぼくが哲学書や文学を好むのに対し、彼女はビジネス書を読んでいた。ぼくが孤独を好むのに対し、彼女は仲間と楽しくバイトや部活にあけくれることを好んでいた。まるで違っていた。

 たとえばぼくらが二人ソファでくつろいでいるときも、ぼくと彼女はあべこべのところを見ていた。「お互いが虚空を見つめ合うような関係」。気の合う仲とは言いがたい。

 今日「話しがあるの」とぼくに呼びかけた彼女に対しても、ぼくは冷淡だった。
ぼくはとうに、関係が終わっていることに気づいていたし、相手がそれをぼく以上に実感していることをぼくも知っていたから、自然消滅という形でもよかったのだ。

 ところが安部公房の「砂の女」でセックスをする前のように、「どんな女でも白々しい儀式めいたものを好む」のであり、ぼくもその女の仕方ない儀式に付き合う気持ちで出て行った。正直、たいして関心はなかった。

 彼女は「あまり会えないから別れよう」と言った、そしてくどくどと、その説明をした。ぼくはその欺瞞にイライラした。その安易な理由の群れは、ぼくにとってどうでもいいことだった。ぼくはぼくの中に答えを持っていた。ぼくは女を所有できない人間であることをすでに知っていた。見くびるな。

 ぼくは、スキゾイドらしく、決して感情を表さず、彼女がわざわざ来てくれたことを労り、もちろん彼女はNOと言うに違いないが、バイクで送る意志を表明した。彼女は電車で帰った。そうしてぼくは、振り返らずに帰宅したというわけだ。



 ぼくが所有できるとしたら、どんな女だろう?ぼくには次のあてもないことはない。しかし、彼女のような美しい、健康で、まともな女とは今後付き合うことはないだろう。

 ひとりは、ぼくに盲目的で献身的な愛をささげてくれる、お金持ちの女性。もうひとりは、芸術家肌の、なかば精神を病んだ女。ぼくには、彼女たちとしか見つめ合うことはできないだろう。

 今日はCoccoという女性歌手が主演の映画を見ていた、もちろんこれはひとりでだが……。

 妄想型の精神異常の女が、子どもを偏執的に愛し、破滅していくという話。
 その彼女に猛烈に求愛したひとりの男は、著名な小説家であり、躁鬱病的な気質を見せていた。男は彼女の自傷癖を抑えるために、暴力の矛先を自己に向かわせた。男の目は腫れ、顔は傷だらけ、頭は血だらけで、髪がべとべとだった。彼女が心を開いたときに、男は失踪した。たぶん自殺したのだろう。

 これがぼくに可能な愛の形だ。ぼくのような人間には、これが理想型なのだろう。

なぜ書くのか、なぜ創造するのか

書くということについて考える。

書くということには技術がいる。何をするにしても技術はいるが、しかし我々は平常言葉を用いて生活しているために、その技巧の存在に気づかないでいる。

おおむね、人に読ませるような文章が書けるようになるまでは、気の遠くなるような時間と経験が要るのである。

どんなスポーツ、芸術、学問、いずれにしても、習熟に必要とされる時間は必要である。地道な鍛錬が必要である。

普通の人が、賞賛するレベルまで行き着くことは、比較的簡単であって、「うまく見せるための」技術を身につければ、それはさらに容易になる。これで、百人のうち九十五人くらいは、君をうまいものだ、たいした奴だ、と認めるだろう。君の伸びた鼻は天井に届くかもしれない。しかし、残りの五人は、君を否定するだろう。君は九十五人の賞賛に甘んじて、残りの五人を無視してはならないよ。

ぼくたちが何かを創造する、その創造の目的はなんだろうか。「だれかに見てもらうため」だろうか?たしかに、これは一理ある。絵は見てもらうためにある、音楽は聴いてもらうためにある、小説は読まれるために存在している……。

しかし、きみがもしも、自己のためだけに創造するのであれば、君はその五人の言うことをよく聞くだろう。「万人に受け入れられる作品なんてないんだ」と投げやりになることはないだろう。
君は、めきめきと技術を身につける、それは孤独の旅だ、なぜなら九十五人のひとびとは、もはや君のことが理解できなくなっている。残りの五人は、君をしぶしぶ承認し、ついには興奮し、絶賛するだろう。しかし、終いには、この五人でさえ、君のことが理解できなくなる。

君は絶望の海のなかをひとり泳ぐのだ、そのときは、自然がきみの慰めになるかもしれない。あるいは神が。

君はだれも君のことを見向きしなくなったとしても、書き続けるだろう。君は確信と必然をもって創造する、そうして、やっと君は永遠に手が届くのだ。



我々は習熟しなければならない、良い作品を書くためには、習熟しなければならない。そして、世の絶賛の、その先をいかなければならない。

「まずい」小説を書かないために。

一週間ごとに、ぼくの頭はそのときどきの流行に従って物を考えるようにできている。それは就職活動のような義務的なもの、ニーチェやヘッセのような人物、ある一冊の本であったり、かえって単純に、たったひとつの言葉だったりする。

とにかくひとつのことに没頭し、研究し、一週間程度、悩みつづけるのである。これは一種のニューロティックな性格にはよくあることだと思う。この没頭し熟慮する感覚は、水の中に沈むような感じで楽しい。

例えば三島由紀夫の言葉、

「獅子(しし)が疾走していくときに、獅子の足下に荒野はたちまち過ぎ去って、獅子はあるいは追っていた獲物をも通り過ぎて、荒野のかなたへ走り出してしまうかもしれない。なぜならば彼が獅子だからだ。」

はその美しい言葉でぼくを煩悶とさせた。
ぼくは実際に無為に走りだしてみたり、その徒労のなかで賢明にもぼくは、「獅子が走るのであれば、人間はどうなのか、走ることとはちょっと違うんじゃないかなあ」ということを考えたりした。

で、最近の流行フレーズは、「不味い」ということである。たったの三文字だ。


ぼくが将来のことを考えるとき、「あ、これは不味いな」と思うし、女の子にメッセージを送ったあとで、「これは不味いな」と思う。また、ダメな作品を読んだときに、「不味いぞ」と思い、同時に自分の作品やブログを読んでみて、「これは大変不味いな」とひとりごちるのである。


まずい。

まずいとはどういうことか?ひとつに、無智の象徴である。無智、無学、無教養、無理解、無能、おそらくあらゆる頭に無をつけた言葉の象徴だろう。

ぼくはカイヨワの「文学の思い上がり」を読んで、非常に感心した一言がある。

人間の深さを全く地下のものだと考えるのは、何という誤解だろう。それは上下の二方向にすすみ、頂上と深淵を引きはなしつつ同時に結合するものなのである。
文学とは、人間の醜さを描くものではないのだ、深く掘り下げるとは、人間の皮膚を切り裂いて、臓物をひっぱりだすことではないのだ。つまりサディスティックに人間の内臓を切り刻み、動物のモツの横に並べて、どうだ、人間というものは動物と同じ肉の塊でしかないと叫ぶ。それを見て、ああ、これこそ文学だと思うバカのなんて多いことだ!(自戒含む)

太宰や安吾のようなデカダン作家でさえ、そこには昇るものがある。人間失格の葉ちゃんでさえ、あるひとりの女からすれば「超良い子」だったのであり、堕落し混乱の中に死んでいった男に神性を持たせるのである。

無為に人間を切り裂いてその悪臭のなかで恍惚とする人間は狂気であり、また「まずい」のである。

人間は本質的に善良なる生き物である、美しい生き物である。ぼくは例えば飛行家のテグジュペリにそれを教わったと思う。

ハクスレーが「永遠の哲学」のなかで、ある話しをしていた。戦時中の爆撃機に、精神科医が研究のため同行していた。精神科医は、その搭乗員達の人格がそれぞれどんなものであるかを把握していた。ある日、爆撃機が激しい戦闘にさらされる。危機に瀕した搭乗員はみな的確な指示をし、忠実に任務を遂行し、冷静でいて陽気であった。そこには平常見られた個性はなかった。

ぼくはこのようなときに、美しいと思う。生きようという願望と、危険のさなかに、人間の真性が現れている気がしてならない。これは「うまい」のである。
個性がないとは、恐ろしいことだ!と凡人たちは言うだろうけども、人間のほとんどには個性なんてないのである。

「……人びとが共通に持っているものは、各個人が各個に持っており他人と自己を区別する標準とするところの者より、はるかに多くかつ重大なのです。」(春の嵐 / ヘッセ)

人間の美しさには危機がなければならない。どうも、ぼくらの身近に危険などないから、人間の美しさは縁遠くなっている。
最近では、大地震があったけども、あの雪のふきすさぶなか、草履で祈りをささげるお坊さんの写真はたしかに美しかった。

ぼくは人間を掘り下げたものを書きたいと思う。人間の醜い臓物よりは、美しい心を描きたいと思う。「まずい作品」とは縁遠くありたいものだ。

6.07.2014

わたしの文学論

ぼくはまったく、まずい作品ばかり書いているなあと自戒している。

バイオリンで即興曲をひいて、瞬間的な落想や多彩な気分の陶酔を味わい、熱中する日もあった。しかしまもなく、それは創作ではなくて、警戒すべき遊戯、耽溺であることを知った。夜を追い、陶酔的な時を味わいつくすことと、敵と戦うように芸術的な形式の秘密を相手にかしゃくなくはっきりと取り組むこととは、別なことであるのに気づいた。その当時すでに私は、ほんとうの創作はひとを孤独にし、私たちが人生の快楽からもぎとらずにいられないものを犠牲にすることを要求するということを、いくらか気づいた。(春の嵐 / ヘッセ)
絵画とは視覚の芸術である、音楽とは聴覚の芸術である。

では、文学は抽象の芸術であると言えるのかもしれない。芸術である以上は、「形式の秘密を相手にかしゃくなくはっきりと取り組む」ことが重要である。けっして頭の思いつくままに、即興の遊戯に身をいおいて書いてはならないのである。

ジャズ音楽はどうだ、あれはインプロビゼーションが肝になるではないか、即興曲は芸術ではないのか、という人がいるだろう。
しかしジャズ音楽の即興は、厳密な不文律と、厳格で練習の上に成り立っている。彼らの特訓は、ほとんどすべてが単調で基礎的な練習である、その上に、わずかな自由を踊らせることが美しいのであり、即興やアイデアがいくらすばらしくても、職業的な技術がなければ無価値である。

芸術においては、決して、初心者の生みだしたヘタクソな作品が後生に名を残すことはありえないし(例えまぐれでその時点で高評価を受けたとしてもだ)、平穏な生活を送っている凡庸な人が成果を出すことも同様にないだろう。
 
われわれはカラオケでうまく歌えるからといってクラシックのオペラコンサートに通用するとは思わないし、 漫画の模写が得意だからと、セザンヌやゴッホを超す作品が創れると考えることはないだろう。しかし文学においては、なまじ平常言葉を使って生きているために、我々の感情を吐露すればよい作品ができると考えがちである。しかしこれは間違いだ。

これはふたつの理由による、ひとつは普通ひとは物を書けるほどの葛藤をもっていない。作家がその葛藤を晒すことによってすぐれた作品を書くことは非常に多い、というのも優れた作家とは情緒不安定であるか神経過敏であり、ともすればあっけなく自殺か病死するものであるが、普通の人間は彼のような葛藤をもちえず、とびはねるダニのように醜悪な恋愛沙汰、うつろいやすいちっぽけな憂鬱をもてあそぶことくらいしか可能ではないからである。

クレッチマーが「天才の心理学」で語ったように、「極度に感じやすい神経と、周囲に適応しにくい気まぐれな気分を持ち、激烈な感情の発露を示す、ある程度精神病質の例外的人間」こそ芸術家の資格を持つ。

よい作品を書くためには、鋭敏な神経と、怜悧な頭脳と、真摯な実直さが重要である。しかしこれは容易に手に入るものではない。ほとんど先天的なものであるから、他の芸術でもそうだが、こうした才覚のない人はそうそうに諦めて社会の中で生きていく決意をした方が幸福になれる。

さて、へたくそが文学を書いてはいけないもうひとつの理由を示そう。それは平常の言葉と、文学における言葉は別物だということである。物を書くこと、これはだれにでもできる。しかし絵を描くことと、音を発することがだれにでも可能であるように、そこに技巧がなければ良いものは書けない。

学問や芸術やスポーツのようにこのうえなく自由とみえる活動でさえ、労働に固有の精確さ、厳密さ、細心さを模倣し、ときには凌駕しさえするのでなければ、なんの価値もない。(自由と社会的抑圧 / ヴェイユ)
ぼくは優れた知性を持ちながら、その知性の海に溺れるひとを悲しく思う。彼らがヴェイユの言いつけを守り、その才能に職業的な性格をふくませたとしたら、きっとすばらしいものを作るだろう、大成するだろうという人が少なくない。
職業とはなんだろうか?そこに必要なものは、勤勉さと真摯な取り組みもそうなのだが、もうひとつ、他者との交わりである。

職業の強制する必要が、世界を改変し、世界を豊富にする。(人間の土地 / テグジュペリ)
われわれが良い作品を書こうというのなら、作品をとおして世界と接点を持たなければならない。大衆にアプローチしなければならない。

先に示したように、芸術とは極度に孤独を要求するものである。
人びとや出来事の喧噪のなかにあって、孤独は私の欲求であった。今やそれは私の友である。人が「歴史」に出会ったとき、ほかのどんな友が心を満たしてくれるのだろうか。シャルル・ド・ゴール
芸術とは知性の結晶であるが、その知性はニーチェの言ったように、「孤独にこそすべての智慧がある」のであるし、冷たく暗い孤独を源泉とすることは間違いない。しかし、そこに溺れてはならないのである、優れた作品を生み出すためには、孤独の人間であることをどこまでも自覚しながら、大衆の中の一員であることを認めなければならない。

この矛盾した、難しい仕事をこなさなければならない。

しかし芸術とは本来、矛盾しており、両義的なものである。熱く、冷たい。明るく、暗い。快く、苦しい。そういったものだ。ぼくは言葉遊びをしたいわけではない、芸術の性質、本質はそこにあると言いたいだけだ。であるから、内面に矛盾を煮えたぎらせ、葛藤の嵐をもつものでなければ、良い作品は書けないだろう。

リア充様には、文学は不可能ということだ。たとえ見た目にはリア充でも、「春の嵐」のムオトのように、内心の孤独を守れる男でなければ、稚拙な駄文しか書きえない。



ところで、ぼく自身はどうなのだろう?ということになる。これは、非常にまずい。ぼくはまずい人間に成ってしまった、という危機感がある。ぼくは天才ほどの「異常性」をもっていないし、かといって凡人ほど目が開いているわけではない。眠っていること、起きていること、これはいい。しかしぼくは、目は覚めていながら、身体を動かすことができない、金縛りの人間に終わるのではないのか、という恐怖感がある。

6.05.2014

柔らかくなければ、芸術ではない。

ひとつの箴言。「柔らかくなければ、芸術ではない。○○でなければ、文学ではない。」


この○○を、風呂の中で考えたのだが髪を拭いているときに忘れてしまった。

たぶん、謙虚で、技巧を丹念につまなければいけないというようなことだった。思い出したら埋める。



人間、毎日、ささやかな、「これで良かった」という感情を持つことが重要である。なにも医者が持つような職業的な「やりがい」は必要ではなくて、自己が自己の中で、一日という小さな生と死に対し、ささやかな「然り」を捧げることが重要なのだと考える。

この然りは、しかし、柔和と妥協によるものではない。自己に対し批判をつきつめて、そうして得られるものでなければならない。バカみたいにくだらない恋愛をして満足したり、どうしようもないビジネス書を読んで偉くなった気分になって、一日を終えてはならない。もう少し、突き詰めなくては。

内心の自由は、神ですら強制はできないのである、とはつまり、運命もこれを妨げることのできない、究極の自由である。この自由を消失したとき、人間は人間ではなくなる。本当の奴隷とは鎖の自慢を始めてやっと完成した奴隷、乾いた粘土になるのである。

「わだつみのこえ」のなかで、ある学徒兵の手記がある、ぼくはこれにいたく共感した。

「この軍隊生活の中から俺の心は逃げている。いいか!
偽ることなく現実を直視せよ!」

かれは、突如つめこまれた軍隊式の苛烈かつ過酷な生活のなかでさえ、内心の自由を損ねぬよう、ちいさな自由の灯りを消さぬよう、必死に叫んでいるのである。ぼくはここに運命に抗う一個の戦士の姿をみた。

過酷な生活に対しても、退屈な生活にたいしても、目を背けてはならない。世界に埋没することなく、自己というものをしっかりともっていなければならない。

「何ものに向かっても何ものに対してもいついかなるときでもにっこりと微笑む人間にならねばならない。童話(メルヒェン)の中の天使のような子供らのように、にっこりと笑ってひとつの物語の幕を閉じたい。」

これを書いた学徒兵の彼も、一日一日大変な葛藤をしながら、そうしてその葛藤の日々に然りを捧げな、自由のまま死んでいったことだろう。

サッカー場にコーラを注ぎ込む、という。

 サッカー場の上に、遠くぼくは空を飛び、ボールに夢中になっている同級生達を俯瞰するのである。

 飛行機に乗ったことがあればわかるように、上空から見下ろすひとびとは点の集合にすぎず、蟻にすぎなかった。たくさんの意味を持ち、ぼくを縛りつけた同級生が、今眼下の点であることにぼくはいくらかの快感を覚えていた。

 グラウンドの隅の高いポールの上に、ぼくはたった。彼らがぼくに気づくことはない。歓声が聞こえてくるが、ひとつひとつを注意深く聞けば、それがどの同級生のものかわかる。しかし、ぼくは目の前の自販機に気をとられていたので、歓声は一時的にただのノイズになった。

 自販機は普通の大きさだったから、遠く下に赤い直方体が見えるのだが、うずたかく積み上げられた在庫がずらっとここまでのびているのだった。

 子どものようないたずら心と言ってもいいし、そうせねばならないという義務の心、あるいはそうしなければ怒られるというような強迫観念から、コーラを一本とり、その積み上げられた在庫の上にじゃばじゃばとかけた。

 茶色い泡をたてるコーラの液体は、いろとりどりの缶やペットボトルの間を浸潤しながら伝っていった。パチンコ玉があたふたと釘の間を抜けていくのと似ていて、眺めていて楽しかった。その黒い液が地面までたどりつく前にぼくは二本目をあけた。しかし、その必要もなかったと思う。雪山の雪崩が、手に収まる小さな雪玉から始まるように、一本のコーラの流れはあふれんばかりのコーラの濁流を作った。

 ちょうど、下の同級生たちがゴールの近くで盛り上がっていた、ゴールがきまったようだった。球技に興じる彼らは美しかった。ぼくは彼らの遊戯を邪魔してしまったことが悲しく、彼らの叱責もひどく怖れていた。――ここにいては、ぼくがコーラを流したことがばれてしまう。

 いよいよ醜悪な茶色い泡がぶくぶくとほこりっぽいグラウンドをぬらしながら、彼らに迫っていくのが見えた。やっと彼らが気づいて騒ぎだした頃には、黒い液体は濁流のようになっていた。

 混乱に乗じて、ぼくは在庫の柱を下っていった。降り始めてすぐのところで、ひとりの作業着姿の男がいて、ぼくをいぶかしげに見た。ぼくはそしらぬ顔、「あなたこそなんだ、怪しい人だ」という顔で柱を降りた。

 グラウンドに足をつけたときには、もうグラウンド全体が濡れていたし、自販機で暴れる濁流は滝のようだった。サッカーをしていた同級生たちも、たぶんそれを見学しにきた親たちも、事態が飲みこめないようだったが、ただならぬ気配を察して出口に向かって駆けだした。

 ぼくも「逃げねばならない」と感じた。しかしここでぼくを突き動かすのは不安や恐怖ではなかった。お祭り騒ぎのにぎやかさだった。ぼくは浮き立つ気持ちで、いちばんに駆けだした。

 ぼくは走った、先頭になって走った。濁流は高いところから街を呑み込んだ。高台にあるグラウンドなのだ。下り坂をかけていく。大勢の人が、ぼくの後ろで走っていた。すぐ後ろには、さきほどの作業員がいた。その後ろには、サッカー遊びをしていた体育着の同級生が、疲れを知らぬ輝いた顔で走っていた。いくらかの人は黒い波に足をとられ、飲み込まれていった。

 走る、走る、下り坂は走りづらいが文句は言ってられない。海が見えた、青というよりは緑に近い田舎の海はちっぽけだったが、それでも海だけしか持ち得ない雄大さを持っていた。後続は少数になっていた、ここまではコーラの流れも届かないからである。届いたとしても、すべて海に流れていくはずだった。かれらは安堵し、ぼんやりとして無関心だった。ただひとり、ぼくだけが興奮して走り続けた。海だ!と思わず叫んだ。

 ぼくは海にその駆けだしたまま飛びこむと、小島に向かって泳ぎだした。半径数メートルの小島では、ささやかな家と、ささやかな砂浜があった。砂浜には洗ったままの食器が積みあげられていた。生活の臭いがした。ぼくは小島にたどり着くと、両足を海につけたまま眠りについた。

fin





という夢だったのサ……。


夢の内容は、とっぴょうしもないが、それでいて理路整然としている。ぼくのこの話しの中では空か海へと下っている。これは父性的なるものから母性的なるものへの転落である。
揺れ動く二つの大人の姿の間で、人間はシーソーの上の球のように行ったりきたりするのだけど、最近のぼくは母親の側に落ちていったということだろう。哲学から文学へ、真実から美へと。

空と海のその間には作業員が、その下には子どもたちがいる。
この高さの違いも重要であり、大人で義務を負った男は高い位置にいて、遊びに興じる子ども達はより低いところにいるのである。少年であるぼくが彼らに同一化しないのは、幼い頃、球技が苦手だったことによると思う。本当は昼休み、明るく楽しい彼らと遊びたかったが、それが適わなかった悔しさだろう。

コーラの黒い液体は罪の象徴であって、それは肥大化して街を飲み込んだ。ぼくの罪悪感が実際に街を飲み込むことはありえない、しかし心の中で罪の意識が膨れあがるということはあるものである、そしてそれは「破壊」「死」に通じるものである。

罪の象徴は、最後には海に流れ落ちる。海はすべてを飲み込んで平気である。罪だろうとなんだろうと飲み込んでくれる。海を見るとみな、落ち着くのだ。

街を破壊した罪悪感からも解放されたぼくは、象徴的な「食器」と「生活」のなかで、安堵の眠りにつくのである。

6.04.2014

お気に入り作家

「小説家になろう」の、新着作品というのは、わりとひどいものだ。中学生の書いた詞のような作品や、当世流の「ラノベ」の焼き増しの焼き増しのようなぼやけた作品がばーっと、更新されていくのである。それはどぶ川の濁流のようだ。

稚拙な作品でもいい、それはある意味、小学生の絵画のようで、力強く、自由で、気持ちいいものだろう。しかし、実際にはそれは自由に書かれたものではない。少なくともあのサイトではそうだ。だれかに見て欲しくて、感想が欲しくて、共感が欲しくて書かれている。そんなものは嫌らしくて読んでられない。自慰を覚えた少年のように気味が悪い。

ところが、けっこうおもしろい作家、というかぼくなんかよりも技巧的、いや才能にも優れた人がいるもので、こうした人を見ると感服せざるをえない。
言っておくが、ぼくは一介の感動屋などではなく、他人の作品に対してはひどく冷淡なのである。イライラするので、今言ったような駄文に対しては最低の評価を下している。だが、さすがに優れた作品はすなおに感服した、と言わざるをえない。ここで褒めねばただの皮肉屋だという自戒のきもちもある。

ぼくはひとりの「なろう」の作家を見つけて、かなり興奮した。かれもまた、ぼくと同年代でありながら、そして非常にうまくものを書く。洗練されていてプロ級の腕だ。彼自身の提供する情報によれば彼は「ニート」なのだが、それはそれですばらしいことだと思う、所有することなく、傍観するものにしか創造はできないとはヘッセの教えるとおりである。

ぼくにはひとつの世界ができた、というのも、他者がいて始めて世界ができるのだから。ぼくは今までひとりだった。ぼくの愛するショーペンハウエルもニーチェも、安吾も太宰もヘッセも、とうに死んでいる。ぼくは彼らの遺物と共存する孤独者だった。真の孤独から、他者が入ってきた、いや存在していたことによってそこには空間ができた。庭と言ってもいい。このことが、数年の孤独からぼくを救いだすものである。

なにも、ぼくは彼を褒めてとりいろうというわけではない、しかしひとりの人間が、著名な作家群の仲間入りするこの荘厳な過程に関与するというのは喜ばしいことだ。

まあ堅苦しい文章で書いたが、お気に入りの(現役の)作家を見つけて喜んでいる、というだけのことですね。

自己を知ることが世界を知ることになる

自己を知ることが世界を知ることになる、これが梵我一如の教えである。

自らを知る。ぼくは自分のことを考えて生きてきた。

つまり、読書とか、勉学とか、多様な経験に身を没することを通じて、強固な論理を培った。その論理は自然や社会から授かったものであるが、それをして、自己というものを客観的につかみとることができた。

私はマイペースです、私はおひとよしです、と言うことは簡単である、しかし人はどれも典型的な自己ではない、百人おひとよしがいても、百通りのおひとよしがある。この微妙な差異は言葉ではっきり言い表せることは少なく、ましてや自己のこととなると余計にわかりづらい。

客観的な論理で自己を把握する。しかしそこで把握できなかったものこそ真に重要である。なぜ微妙な差異が重要なのか。人生を決める矢印は、例え1°ずれたとしても、その終わりにはまったく違った終着点を示すからだ。
個人的な考えでは、60°ずれることよりも、1°ずれた方がその違いは大きいと感じる、なにしろその本来の目的地が、ぼんやりと遠野に見えるからだ。

――であるから、自己のことをじっくり見つめて、自分とは何なのか、どういう性向があるのか、を知ることは善き人生にとってもっとも重要になる。



最近では芸術というものを考えている、世の中には芸術に向いた人と向いていない人とがいる。これははっきりと先天的なものだと思う。

ぼくが音楽をはじめたのは二十歳になる前だったと思うが、当時はさんざんヘタクソ扱いだったけれども、「好きこそものの上手なれ」というとおり、本当に好きなことであれば、ちゃんと上達する。思えば始めた当初だれかが「お前はセンスがある」と言ってくれたが、彼はそういうぼくの性向を認めていたに違いない。

好きなこととは自分にとって「自然」なことである、楽器を握って、絵筆を握って、ボールを持って静かな興奮がわき出さなければそれは向いていない。かっこいいから、友達がやっているから、で始めたとしても、けっきょく自分の感性にフィットしたことでなければ決して上達しない。何年も音楽をやって、それきり辞めてしまう人が多いことにぼくはびっくりし、悲しんだが、それは彼らの正しい選択だったと思う。

自己のことを知らずして人生を過ごすことはひとつの絶望である。自己の内なる声に耳を貸さなければ人生は破滅する。

自己が他者であろうとすること、それは絶望であるというようなことをキェルケゴールは言っていた。思えばあのせむしの男は、まさに哲学(神学)という最適の職業を見つけた、だから偉人なのである。彼が例えば舞踏家になりたいとか、女を食い散らかす放蕩暮らしがしたいとか言い出したら、彼は結局のところ身を滅ぼしていただろう。

同じように、ネット界隈を見ていると絶望が渦巻いていると思う。
彼女がいないから不幸だとか、リア充になれないから不幸だとか、まったく学校の教育、皮肉な表現だが「マスコミの大衆への教育」は罪深いと思う、そういう画一的な、「明るく朗らかなまともな青年」を良しとする風潮があるのは悲しいことだ。

ぼくはリア充なんかになる必要はないと思う、結局かれらはリア充に「なれない」のである。心の内なる声は、リア充という浅薄な者に「なることを欲していない」のである。ではなぜ彼らはリア充になりたがるのかと言えば、それは他者の声である。他者に振り回され、自己をなくしているのが一般に大衆というものである。

ああ、かくも多くの人びとがすべての思想のうちでもっとも祝福されているこの思想に目を蔽われてかくもむなしく日々を過ごしつつあるというこの悲惨、人間は特に大衆はほかのあらゆる事柄に携わらせられて人生の芝居のために機械のように自分の力を消耗させられながらただこの祝福のことだけは決して思い起こさせられないというこの悲惨、おのおのの個体が最高のもの唯一のもの――人生はこのために生きがいがあるのであり、このなかで生きるのは永遠も長すぎはしないのである――を獲得しえんがために個体として独存せしめられることの代わりに、逆に群衆の堆積と化せしめられているというこの悲劇、――こういう悲劇が現存するという事実のためには私は永遠に泣いても泣ききれない思いがするのである!(死に至る病 / キェルケゴール)
「群衆の堆積」……



以下どうでもいい話し。

最近はある少女と仲が良いのだが、彼女もたぶんにニューロティックで、話すこと話すこと共感できるのである。もうひとりの自己という感じで気分がいい。

ながらくぼくは孤独だったが、自己の分身のような人間をようやく見つけることができて、ようやく心のありどころを見つけたという気分だ。

神経症的な女性というのは珍しい。だいたい、抑鬱的な女性はよく見るものだ、男の言いなりだったり、批判や言葉に鈍感な、精神鈍麻な、象のような女性はいる、しかし、神経が鋭敏で、世界を知ろうとして、参っているような女性をぼくは初めて知ることができた。

彼女は男であるぼくよりも生きづらかったことだろう、彼女はぼくを熱烈に求めるけども、その気持ちはわかる、彼女も孤独だったのだろう。

ぼくの最近の趣味は、小説を書くということである。そのモチベーションは、確かに恋からも生まれる。
作家に作品を書かせないような女は、つまらない女にきまっている。とるにも足らぬ女であったのだろう。とるに足る女なら、太宰は、その女を書くために、尚、生きる筈であり、小説が書けなくなったとは云わなかった筈である。どうしても書く気にならない人間のタイプがあるものだ。そのくせ、そんな女にまで、惚れたり、惚れた気持になったりするから、バカバカしい。(太宰治情死考 / 坂口安吾)



いくつかぼくは作品を書いて、ここにもアップしているけども、まったく稚拙というか、なっていないなあという気がする。それは優れた本を読むたびに思う。ぼくのは展開がめちゃくちゃで、芸術性のかけらもない。願わくば、ヘッセの本のように、その展開にひどく興味を惹かれながら、必然を感じざるを得ない作品を書きたいものだ。つまり意外性と必然性の同居。

――しかし、意外性と必然性は相反するものか?そんなことはない、真理とはいつも意外で、必然だからである。つまり真理を内包した作品が、良い作品である。それは見た目の崇高さと関係はない、バタイユの眼球譚なんて、エログロのひどい話しだけど、そこにはどこか神話めいた美しさがあるのである。


ぼくも自分の真理と呼べるものと仲よくなりたいものだ。

6.03.2014

ヘッセに惚れこむ男の日記

ヘッセのアウグストゥスを読んで、ああ、やはりヘッセは偉大だなと。

文章の美しさ、真理を匂わせる思慮深さ、ストーリーの必然さ。高橋さんの訳文は、ぜんぜん、かっこつけたところがない。まったく平易で、平易すぎて嫌になるくらいなんだけど、その淡泊な語り口にしびれる。

ヘッセを読むのは四冊目になる。「デミアン」、「知と愛」、「春の嵐」に続いて、「アウグストゥス」を収載した短編集「メルヒェン」が四冊目。なぜか「車輪の下」や「青春は麗し」などの代表作は読んでない。惚れこんだ人の作品は、外縁から埋めていきたいという気持ちがある。

ヘッセのよいところはニーチェの影響を多分に受けているところだ。そうして仏教や、神秘学にも通じている。こうした柔軟な人は、まことに良い文章を書く。とくにニーチェに惚れこんだ人は、ものの道理をわかっている、という気がする。バタイユもそうだし、カミュも、クンデラも、岡本太郎もそうだ。神秘学といえば、ハクスレーも気持ちが良い。


物を持つことは幸福ではない。愛を受けることが幸福ではない。過去すらなく、今ですらなく、ただありのままの対象を慈しむこと。ここにひとつの啓示があるのかなと。

あと、ヘッセの作品は必ず死をもって作品が集結するのだが、それもまた必然だと思う。良き生涯とは、良き死に他ならない。「二人は幸福に暮らしました」的ないわゆるハッピーエンドは、欺瞞である。「死ぬ」からバッドエンドなのではない。プレニウスの言ったように、「自然が人間に与えてくれたあらゆる賜物の中で、時宜をえた死にまさるものなし」。
幸福は長続きしないものなのだ。人間は満足したとたん、別の不満を訴えるものである。

「私には人間の生活というものは深い悲しい夜のように思われる。それは、ときおりいなびかりでもきらめくのでなかったら、耐えられないものであろう。いなびかりの瞬間的な明るさは非常にすばらしく慰めを与えてくれるので、その幾秒かは、幾年ものやみをぬぐい去り償うことができるのである。(春の嵐)」

ヘッセの死への執着は、愛への執着と動揺のところがあると思う。愛があるところに死が舞い降りる。愛とはそのような性質のもののようだ。

「だが、ナルチス、君は母を持たないとしたら、いつかいったいどうして死ぬつもりだろう?母がなくては、愛することができない。母がなくては、死ぬことはできない(知と愛)」

これは青春の幸福であり、老年の幸福とはまた別だ。しかし老年の幸福とは若き過ちを贖罪し、すべてを捨て去った先にあることが「アウグストゥス」で示されている。

ヘッセはこれからも読み解いていこう。この人の作品は、文章力も巧みながら、哲学的啓示があるので飽かさない。

6.01.2014

書くという行為、これを磨くということについて

書くという行為、言葉をつむぐという行為、これを磨くにはどうすればよいのか。

言葉というものは我々にとってもっとも原初的な存在である、というのもわれわれの自我の根底には言葉があるから。
発生学的に、われわれの意識は言葉に先立たず、言葉という土台の上に自我というものがあるのであるし、言葉がなければ自我が存在しえない。

文学にせよ哲学にせよ、言葉を用いた芸術は至高のものと考えてさしつかえない、我々が追求しなければならないテーマのひとつであると思う。

でもって、この執筆という行為を、より巧みにこなすにはどうすればよいのか。

他の芸術、音楽や絵画などであれば、より単純である。音楽であればロングトーンや、コードの習熟、メトロノームを用いた基礎練習がある。絵画であれば、デッサンやクロッキーを繰り返すということで技術が身につけられる。作文の技術をあげるにはどうすればよいか?

言葉というものはさきほど述べたようにあまりに身近であり、返ってわれわれは言葉から離れて物事を見るということができない。思考の最奥にあるものを磨こうとするには手が届かない。

より良い文章を書くためには、もちろん量を重ねることが重要である、これはアウトプットの増量。もうひとつ、より文章を読みとく、ということも大事になるだろう。優れた文章を読み解くといったことは、インプットの増量になる。

しかしニーチェが「読書する暇つぶし屋を私は憎む」と言ったように、ただ読むだけでは文章はうまくならない。くだらない本をいくら読んだところで何の価値にもならないだろう。ここはやはり、すぐれた本を何度も何度も読み解き、その意図を、技術を、精神をつかみとることが重要だろう。

ぼくは実際に優れた文章を書きたいと思うので、そのためには凡庸な読書、凡庸な作文をしてはならないと思っている。ただ書くにしても、デッサンにおける一本の線が「描かれた線」を超越し、独立しそこに存在するような、発せられた一音が超越し、ひとつの存在を作り出すような、そんな文章を書きたいと願う。

で、このブログはあきらかに量だけ書いてそのままなのだけど、それもまあ、手指の練習程度になるかなあと思っている。ちゃんとした文章というのは、小説という形で修めていきたいと思う。まあ、小説も未熟なんですが、まだはじめたばかりのビギナーであり、これはいかんともしがたい。

ぼくは音楽をかなりやってきて思うのだけど、どんなヘタクソも練習しているうちに形になるものであるということ、また、自分が正しいと思う練習方法は、遠回りになるものの、必ずあとに生きてくるということを知った。

もちろん本当の基礎は重要である、基礎に立ち返るということがどこかで必要になる。であるから、自分の持ち味を活かしつつ、かといって視野狭窄に陥らぬよう、前に進んでいくことが重要であると感じる。