12.16.2014

「幻の桜」、宗教、天皇

すごいサイトを見つけてしまったかもしれない。

幻の桜ファンはまぼさく、と略すこともある。

言ってしまえばこれは「巫女」のサイトだ。筆者は三十代の女性、元モデル、たくさんの猫を飼いながら生活しているひとで、猫と世相を語り合ったり、石や木と、霊魂と語らうのが主な内容である。そう、このひとは自然と語り合い、そのメッセージを受信することができる。できるのだ。なぜならば彼女は巫女だから……。

例えばマザーテレサは権威主義的で聖人とはほど遠い(マザーテレサの洗脳法)……政府は市民を政治的に無力化しているとか(選挙にいかないキャンペーン)……かなり的を射た正論を書いているように見える。(マザーテレサがカトリック教会や独裁者とずぶずぶだったのは最近明らかにされている)

フィクション、釣り、カルト宗教、統合失調症、ちょっと痛いオカルト女性、彼女を説明する言葉はいくらでもある。というか、「まともな」精神科医であれば百発百中で統合失調症と診断するだろう。適切な薬物治療によって、「まともな」社会生活に復帰させるだろう。

しかし、ここまでずばずばと常識や世相を切れるひとは、ぼくの知る限りほとんどいない。文章はぼくらを惹きつけてやまないものがある。

彼女のブログが他のオカルトサイトと違うのは、自己を神格化しない姿勢である。高級グルメを食べたり、金儲けが大好きだったりといったこともさらけだす。自分を権威化しない。そこが逆に彼女への信頼を生む。

読んでみて、判断して頂きたい。とにかく不思議だ。不思議だが、うなづかなければならない文章が多い。正直、ちょっと価値観が変わった。ちなみに更新停止直近のエントリーはあまりおすすめしない。過去の方が内容はいい。

彼女のブログについてはまた読み込んでから考察したい。著作権フリーなのでぼくが出版してしまおうか?という気もしている。でもぼくはキリスト教と仏教をちょっとかじっただけの人間だ。実家は神道ということになっているのに、まったくの手つかずだった(その割にはお坊さんを見ることが多かったが)。しばらく神道の本を読んで研究したいと思う。


人々が狂人と呼ぶ不幸なものよ、はたして、この一般に欠陥とみなされているものが、いっそう強力な感受性、いっそう完全な頭脳の兆候でないとだれが言えよう。自然は、きみの能力を高揚させたあげくに、未知なるものを見抜く能力を与えてくれたのではないだろうか。(「夜の一時の幻」シャルル・ノディエ)


無宗教

日本は世界にもまれな無宗教国である。なぜなのだろうか。多くの外国人が、このことに疑問を持つらしい。宗教なしで生きていけるひとはそうあるものではない(まあチョムスキーやドーキンス、サルトルといった例はある)。海外旅行にいくと、「日本人は何を信奉しているの?」と言われて、ちょっと狼狽したおぼえがある。

オウム真理教のような、アホみたいなカルト宗教にはまってしまう人がいる。しかも、意外と高学歴で優秀なひとが多い。かれらが特別アホなのだとは思わない。もともと無宗教者ばかりなことが異常なのだ。かつて、彼らにとって偏差値が信奉の対象だった。高い偏差値をとり、良い学校へ行く。それが彼らの教条であった。

しかし東大へ入学して家庭や予備校から解放されると、おそろしい空虚感に襲われる。彼にはすがるべき偏差値はなくなってしまった。かつてのように、勉強ができるからといって尊敬してくれる友人もいない。だってみんな偏差値高いから。そんな彼が、新興宗教の「大きな物語」に飲み込まれてしまうことは想像に難くない。

(というか、高学歴ほどこの傾向が強い。一定のレベルの受験生が集まるふつうの大学と違って、東大や京大は天井知らずなのだ。誇張ではなく、ろくに勉強もせずに「近かったから」「それしか知らなかったから」東大に入るような人もいる。「努力して」入った人間は、必然、知性的に敗北し、学内の下層におかれる)

日本人は世界中すべてのひとと同じように、宗教的な支えを求めている。そして、そうした欲求があれば、それを満たしてくれるビジネスがあるということなのだろう。そこに洗脳が加わるとカルトになるが。

ちなみに「俺は宗教なんて嵌まることはない」と思っているひとほど、いったん宗教組織に取り込まれてしまうと狂信者になりがちである。彼は0か1の思考の傾向がある。0の思考ができるということは、1の思考もできる。だから、カルト的な思考を「そういうこともあるかもしれないなあ」程度に考えているひとの方がじつは宗教から抜け出すことも容易なのだ。


天皇はなにものか

天皇家というものがある。あれがなぜ存在するかというと、法律的な意味でいう「シンボリックな日本人」なんていうもんじゃない。また日本をかつて支配した王族という見方もあるが、不十分だ。

あれは実際のところ、宗教的行事を担う最高神官である。法律でも本音と建て前があるのが日本。

天皇のお仕事は以下のとおり。
  • 国会の指名に基づく内閣総理大臣の任命。
  • 内閣の指名に基づく最高裁判所長官の任命。
  • 憲法改正、法律、政令及び条約の公布。
  • 国会の召集。
  • 衆議院の解散。
  • 国会議員の総選挙の施行の公示。
  • 国務大臣や、その他の官吏の任免の認証。
  • 外国への全権委任状、派遣する特命全権大使・特命全権公使の信任状の認証。
  • 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権の認証。
  • 栄典の授与。
  • 批准書、条約など外交文書の認証。
  • 外国の大使、公使の接受。
  • 儀式を行うこと。
これ、おもしろい。最後にしれっと「儀式を行うこと」とある。およそ他の公務員的なお仕事とは異色なものだ。しかし、おまけのように見えるこれこそが天皇のお仕事なのであり、「まつりごと」なのである。(もっとも、政治的活動も重要である。皇室外交は、外交官千人分の威力があるという)

たとえば大嘗祭という儀式がある。これは新天皇が天照大神と一夜寝食を共にすることによって神格を得る儀式だ。新嘗祭は毎年11月に、天皇が行う収穫祭で、その年の新穀を天皇が神に捧げ、天皇自らも食す祭儀である。いまもやってますよ、当然。公費で。なぜこんなことをするのか。別に神道の普及のためではない。日本のためである。たぶん。

政界と神道は、かなり密接につながっているようである。たとえばぼくの友人はある地方の神社の神主の息子なのだが、その神主は政治家と仲がよく、とくに麻○太郎と懇意なのだとか。 また宮内庁との繋がりも深いらしい。まあ大企業役員でも政界とつながりはあるものだし、だから何だと言われそうだが。

また山手線がなぜ円状につながったかというとあれは風水的な結界をつくるためというまことしやかな噂が語られている。結界、とは人民やとくに天皇家を守るためのものである。何からか、というと一般的には「マサ○ド公」の怨念らしい(恐れ多いので伏せた)

霊山である高尾山(多分富士山も含むだろう)から
エネルギーを中央線によって皇居まで運ぶ。皇居は陽の陰にあたる。

まあこれは公的に認められた事実ではないし、風水と神道はまた別ものだが。皇居が最高の龍穴(パワースポット)であることは、たぶん否定する風水師はいないだろう。

ところで、霊山である富士山は非常に自殺が多い。中央線も同様である。なぜなのだろうか?
重いうつ病の友人が話していたのですが、中央線のオレンジがかった赤は引き込まれるような気がしてとても恐いと言っていました。赤い電車が近づいてくるのを見ると発作的に体が引き込まれてしまうそうです。実際、何回かホームから飛び込みそうになり、周りの人に押さえられ命を救ってもらったことがあるそうです。引き込まれている時は自分ではどうしようもなく、押さえ込まれてやっと正気に戻り、後で死なずによかったと思うそうです。(教えて、goo!
気の流れに吸いこまれたのかな? ああ、たまらない。オカルトっておもしろい。



実は日本は宗教的なものと切っては切り離せない関係にあるのでは、とぼくは思う。日本人はほんとうに無宗教国家となったが、これがどういう意図によるものなのかはわからない。が、何らかの理由を求めることができるだろう。歴史に偶然はない。

勉強は大切だ。西洋伝来の学問だけでは不十分だ。オカルト、神秘主義と見なされることの多くに真実があるのではないか。わけへだてなく学んでいきたい。

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