12.29.2015

表層と深層

そういうわけで、東洋と西洋の思想の葛藤にずいぶん悩んだわけだけども、悩んでいる間にも、バイクのメンテナンスをしていたので、そういう作業を行っていたら、ずいぶん精神的に楽になった。

また、井筒センセーの「意識と本質」を読んでいると、おもしろい事実を確認できた。

たとえば、孔子―荘子や、プラトン―ニーチェのような対立構造がある(私はこれを、天と大地という対立で表したけども)。さて、そのような対立はどこからやってくるか?

その書籍によれば、「表層意識」と「潜在意識」の対立にあるのだという。たとえば、孔子―プラトンは表層意識的であり、荘子―ニーチェは潜在意識的なのである。

この記述によって、私は少し安心したのである。私は西洋を否定しなくていいし、東洋を肯定する必要もないと知ったからである。というのも、表層意識も、深層の意識も、ともに人間には備わっているものだからである。

そういうわけだから、私はまたパスカル流の哲学に確信を持つにいたったわけだ。それは、端的にいえば「矛盾こそ真なり」ということである。すなわち、真実とは静的でなく、動的であるということ。

私は、表層意識の世界にばかりいるわけではない。また、潜在意識の世界だけにいるわけでも、尚更ない。これと同じように、西洋を否定する必要はないというわけだ。

私はこれからも、西洋の偉大な思想と、東洋の偉大な思想を行き来するだろうし、そしてそのどちらにも行きつかないだろうが、私はその動的な営み自体を愛することはできるだろうと思う……というわけである。

12.27.2015

le Neant

「仏教を知ることなしに、私は虚無(le Neant)に到達した」「そして、この底知れぬ深淵が私を絶望にひきずりこむ」(マラルメの書簡)

何もしようという気がない。

何か一点に向かって努力していたときがあった。そのような情熱はいまは失われた。それは、どのようなことを意味するのか。私は怠惰に負けたのか。それとも、私は情熱を超越したのだろうか。

とがった、神経質な情熱、自分の趣味に合わないものを、はっきりノンと言い切る情熱、のようなものはなくなった。まあ同時に神経症も改善してきたのだが。

なにせ、なにが正しく、なにが間違っているか、など、人間には分かりえないことが分かったからだ。いま、目の前にマグカップがあるが、これが本当に存在するかどうかも私にはわからない。私はそれ持ち上げて、コーヒーの香りを楽しむことができる。けれど、マグカップが存在するかは、依然として未知である。

認識と呼ばれるものは、いずれも、直接になり間接になり生物学的に有益な心的体験である。反対に、そうでないことが確認される判断を、われわれは「誤謬」と呼び、意図的に誤謬に導こうといういっそう悪質なばあいには虚偽と呼ぶ。(マッハ『認識の分析』)

目の前のマグカップのようなことも私には確信が持てないのに、遠く未来のこととか、思想や趣味のことについて、情熱を持つことが可能だろうか。

線を引くことができなくなった。事象の核を見つけることができなくなった。大地の重力を失った。

まあ流れるように生きるしかないということだろう。老子はそんなことを言っていたのかもしれない。

やるべきことはある。今日はバイクのメンテ。部屋掃除。

12.24.2015

ZACKCAZ

スーパーへ行ったらガラガラだった。そういえば、今日はクリスマスイブか。

テレビを見なくなって、何年か経つ。ニュースもたいがいがくだらないように思える。プレミアム商品券とかいうものも、気づいたら終わっていた。私はそれが、いつ届くのかと待っていたが、結局来なかった。実家へ行ったのか、前の住所へ行ったのか知らないが、ともかくプレミアム商品券が私のもとに来ないように、私は世の中のいろんな出来事を通り過ぎて生きている。

そういうわけなので、クリスマスというよくわからない行事にも気づかなかった。そういえば、寂しそうな男性が多いものだ。

ニュースがくだらないし、Googleニュースも結局は日本のマスメディアの垂れ流しだから、しょうもないことばかりだ。それで、英語の勉強がてらTimesを購読しようとしたのだが、これがなかなか届かない。登録を間違えたかもしれない。シンガポールから発送というから、時間がかかってるかもしれない。

こういう買い物を、意に介さずにできるようになった。タイムズは、月3000円くらいの出費。そんなものは、大したことがないように思える。新しく買ったバイクが、私の生まれるより前に作られたせいで、部品代が高騰している。なんでもない金属部品に、8000円も払った。私はそれを、必要だから、買った。こんなことはなんでもない。

私はそれなりに裕福に生きている。第三のビールではなく、発泡酒を飲むことができる。それと、本はためらわず買っている。

安定した生活に対する渇望と、無軌道で刺激に満ちた人生に対する渇望の、ふたつが、まあだれにでもあるのだろうが、私にもある。それで、いまは安定という点では満足できる。私は世間的には恵まれている。この前、年収偏差値というサイトで自分の年収を調べたら、三桁の数字が出たので驚いた。そういうわけなので、私は世間的には成功者と言っていいと思う。

でも、田舎のしがないサラリーマンには変わりないし、本当の成功者は、いまは呻吟しているものだ。大企業のエリートだって、高級官僚だって、私と同じ年齢には、その辺のサラリーマンとさほど変わらない収入なのだろう。彼らのご褒美はあとにある。それに、地位や権力に対する報酬もあるのだろう。

私の生活は、だれにも誇れるものではない。ただまあ、金だけはある。金を貯めこんでるというわけだ。衣類はほとんど大学時代のもので済ませている。田舎で着飾ってもバカバカしい。それで、数万円のバイクを買って、30万円の軽自動車に乗っている。半額の惣菜を買って、実家から送られた米を炊いて食っている。

私は、贅沢に生きるということを知らない。せいぜい、本を買うくらい。あと、楽器にはそれなりに金をかけている。

友人もなく、恋人もいないが、まあ、こんなものなのかもしれない。

さいきん、オーストラリアをバイクで旅した人のブログを読んでいる。記事数は多いし、写真もたくさん載っているが、コメントはひとつもついていない。そのブログは、旅から帰国し、バイクを売却したところで、更新が止まっている。私はそのブログにひどく惹かれた。

あわよくば、旅行記を出版して一山当てようという淡い期待が私にもあったのだけど、それは無理であることがわかった。私の先のブログのように、独り言で終わるだろうと思う。

だいたい、旅行記が流行るような時代でもないだろうと思う。ひとびとは、安心を求めているものだ。「あなたはダメで無能だけど、それでいいんだよ」と言われたがっている。日本人の大部分は海外旅行などあえてしようとしないし、労働環境のせいでできないから、せいぜい無視されるか、こっぴどく酷評されるだけで終わるだろう。

来年度から、私が異動するという噂があった。それで、私はもっと暇な部署に移ることになった。歓迎すべきことだと思う。適材適所だ。私はもう十分働いた。たぶん、世間一般の1.5倍くらい働いている。残業などほとんどなくてもである。

この一年、学ぶことはあった。私は、「コミュニケーション能力」とかいう鼻白む能力を、滑稽だが、いまさら身につけた。私はいつも時機が悪く、早すぎるか、遅すぎる。

あとは単純に、日本的な労働観を見直すことができた。まあまあ悪くないなと。日本の全体主義的な労働環境は、たしかに気持ちよく、耽溺できる。これを知らない西洋人は不幸だとすら考える。もっとも、その反面としての、支配構造に辟易することも多々。

仕事中、バイクのメンテのことばかり考えている。なにか改善すべきことがあるとは、ありがたいことだ。構想すべき仕事があることは、ありがたいことだ。

今日はもう寝る。

12.23.2015

東洋への憧れ2

たぶん、一年前の私が今の私を見れば、こう思うだろう。私は、こうなることを望んでいない。何かのまちがいだ、と。

理想を追いかけていたが、理想を追い越してしまった。

酒飲みの幸福と、不幸と。しかし、酒飲みはただ酒飲みになるよう生まれているのであって、それが不幸とか幸福とか言えるものではない。

幸福とか、不幸という線引きは、だれによってもたらされるか。私はただ生きているだけなのに。

私の買ったバイクは、かなりひどいボロであった。初めは苛立ち、買ったことを後悔したが、数日で慣れた。いまは淡々とメンテの準備を進めている。

私が仮に不慮の事故で片腕を失うとする。私は、自分の不幸を呪うだろう。その期間は数日では足りず、数か月、数年に及ぶかもしれない。しかし、不幸に対する執着から離れれば、あとは生きていくだけである。

実際に、私の精神はジャンク品みたいなものだった。ただ、ジャンクなバイクを治そうという私がいるように、ジャンク品も無価値ではない。

ギリシャの哲学者も、幸福とはなにか、と考えた。なにが不幸でなにが幸福か。しかし、こうした「分類分け」の精神が、精神の病を生んだ。

生とは、一つである。同じようなことを、西洋人も考えた。「存在とは何か」と。西洋人はここで、存在という、未分化な領域に対する認識を初めてしたことになる。

存在の根源を辿ると、絶対的な「一」が浮かんでくる。それは定義不可能な領域、肯定も否定も不可能な領域。すべてが混在したカオス。無であり、有であるという矛盾。

これらを突き詰めていくと、結局は、東洋思想に帰らざるを得なくなる。

なぜというに、サルトルの実存主義がブームになったのが20世紀。この数千年前に、東洋思想はその領域を超越していたからである(有→無→有)。

こう考えると、西洋はたしかに科学技術では目覚ましい発展を遂げたけども、哲学においてはあまりにプラトニズムに縛られすぎたのだと思う(そしてそれを打破したのがニーチェ)。

仏教的価値観では、(私の理解では)プラトニズムは世俗的価値観として喝破されている。それは世界の真相を示しているわけではなく、迷妄、功利的なものだと。

そういうわけで、東洋思想をもっと突き詰めていきたいと思う。

正直、東洋思想はノーマークだった。西洋思想で何とかなると考えていた。なぜなら西洋思想は進歩的であり、権威的で華やかだったからである。東洋思想は、今、まるで進展していないように見える。この東洋の沈黙は、もしかしたら、行き着いた、語りつくしたからかもしれない。

そういうわけで東洋的な知の源泉で、得られるものがあればいいと思っている。もしかしたら、また別の失望があるだけかもしれないが

12.22.2015

右翼と左翼

昨日は小説にケチをつけてみた。小説とは近代的精神の産物でしかないと。私は、近代的なものを最近否定しはじめている。それは、個人主義とか、民主主義のようなものである。

大江健三郎がそうであるように、小説とは、左翼の分野である。一般的に、作家や教授のような知的インテリは左翼になりやすい。もっとも、右翼で小説家もいる。その例が三島由紀夫とか、石原慎太郎である。しかし、石原の絵に描いたような右翼的価値観と比べれば、三島由紀夫のそれは右翼という枠を超越しているように思う。そして石原はけっきょくは小説家というよりも政治家であり、そのように考えると、右翼と小説家は根本的に相容れないものと私は思っている。

というのも、小説家は極めて個人主義的であり、その個人主義的価値観は、根底で民主主義の肯定やリベラリズムと相通じる。小説は絵画などと同じくほぼ個人としての仕事であるから、民族主義・集団主義的な価値観とは自然に反発するわけだ。左翼的思想は、このように「自由な個人」を軸として出発する。

一方で、右翼思想は血縁的地縁的関係を重視する。親兄弟や、地域の住民がいて、私がいる、というわけだ。右翼がナショナリズムに陥りやすいのは、親兄弟から地域の住民と広げていくと、国家というひとつのシンボリックなメタファーに行き着くからである。(それにしても、「nation=国家」とはじつに日本的な訳語だ。「国の家」とは)

現今のような小説が生まれたのは、個人主義が誕生してからだった。個人主義も小説も、近代以降の産物である。

これもフーコーからの受け売りだと思うが、小説は、近代以前にもあったが、それは個人で楽しむものではなかった。朗読して、みなで楽しむものだった。たとえば、神話を語る老婆の声に、村の住民が楽しむように。

それが、個人でひそかに味わうものになった。たとえば、われわれは「人間失格」や「こころ」を朗読して読もうとは思わないわけである。そんなことをすれば台無しになる。だから、われわれは孤独のなかで、著者との対話を、ひっそりと楽しむわけである。

左翼的人間は、切り離された主体として生きる。それは必然、孤独を伴い、苦しい世界を生きることになる。左翼的人間は、こういう。私は苦痛によって研ぎ澄まされている。私は、認識者だ。私は聡い。

右翼的人間は、集団の血縁的関係のなかで生きる。当然、痴愚となる。私はバカだ、でも幸せだ。みな私を理解し、私もみなを理解している。私はバカだが、私は幸福である。

左翼か右翼か?とは、不幸か、バカか――という選択だけれども、結局左翼という存在が、近代以降のものであるということを考えると、それは一時的な痙攣に過ぎないとも言える。それは例えば、学生運動に明け暮れた学生諸氏が、いまでは大企業の重鎮として組織に組み込まれているのと同様である。

だから私は、右翼的価値観を多少肯定するようになった。少し前であれば、私はたしかに、個人主義や法治主義を肯定していた左翼的人間だった。だが次第に、私は自分の心中を深く探ると、他者が見えてくるように思えてきたのである。つまり、私は「個人」であることは不可能で、私のすべての思想や思惟には、他者が絡んでくることに気づいたのである。

ちなみに、この左翼・右翼という関係は、音楽にも似てくると思う。私はジャズが好きだが、ジャズも西洋的な音楽である。もちろん音楽のルーツとしてアフリカン・アメリカンの血筋もあるし、ほぼアフリカンな・あるいは東洋的なジャズもあると思うが、一般的な世間に流布しているジャズ音楽は、西洋的である。たぶん、宗教的な事情もあるのだと思うが。

で、私はだいたい外国人のジャズしか聴かない。日本人がやっても、それはなんだか無理を感じるからだ。上原ひろみとか、そういう、「海外で認められている一流プレイヤー」はいる。でも、やはり根底で、そぐわないように感じてしまう。「東洋人が無理して西洋音楽などやらねばよいのに」と。実のところ、私もジャズを演奏するから、このあたりの葛藤はずいぶん感じた。

私が知る、日系人で西洋音楽に卓越した人物と言えば内田光子がいる。彼女はクラシック畑のピアニストだが。やはりこういう人は、「私はイギリス人であり、日本人ではない」と言っている。私は、彼女はしっかりと芸術というものをわかっているのだと思う。彼女が日本人でありつつ、あのような演奏ができるものではないと思う。これはあくまで感覚だが。

上に述べたように、日本人が個人主義的な主張をすると、私は違和感を持つ。ありていに言えば、なんだか子どもの発言のように思えるのである。私が半年前には、同じ主張をしていたにも関わらず。

例えば、「私はサービス残業をしたくない」と新入社員が言う。それに対して、「お前は何もわかっていない」とベテラン社員が言う。私は後者の価値観を、身につけたというわけである。

世の中には、大きく分けると、東洋的な思想と西洋的な思想がある。私はなんだか、西洋的思想に限界を感じてしまうのである(科学にももうあまり魅力を感じない)。それで、東洋的思想に魅力を感じると、やはり、集団主義的、民族主義的な――非論理の世界に価値を見出してしまうのである。

このように、短期のうちに思想をころころ変える私は、たぶん影響されやすい性格なのだろうと思う。井筒センセーの本が、だいぶ良いのだ。

今日もだいぶ酔っぱらった。明日が休みなので、たくさん書いた。

12.21.2015

小説とは

両手に収まる程度の小さな幸福と小さな不幸をかかえて生きている。このような生活は安らかであるけど、女性的であるという気がする。

最近は丸山健二の自伝的な小説を読んでいる。彼の自伝は、私があと数歳わかければ、かなり惹かれていたと思う。情熱的、直截で、それくらいの魅力はある。けど、少し足りない気がした。何と比較してかというと、岡本太郎である。彼の文章は、岡本太郎とよく似ている。岡本太郎は、画家として有名だけども、エッセイや評論文もけっこう書いていた。芸術家はたいてい文章が得意なもので、三島由紀夫が朝日新聞社賞に太郎ちゃんを推したくらいである。

それで、丸山に太郎のなにが足りないか考えた。これは明白である。呪術的領域への信奉である。

絵画のような領域では、呪術の信仰のようなものが生きている。そして、小説という領域では、呪術は死んでいる。これは、私の狭い見識のせいかもしれないが、そのように思っている。

小説というジャンルができたのは比較的最近のことである。おそらくそれは、魔女狩りと関連する。魔女狩りが行われたのが17世紀だが、この時期に初めて代表的な小説「ドン・キホーテ」や「ロビンソン・クルーソー」が生まれたのである。

小説というのは、呪術的な要素をことごとくなくさなければ、成り立たないものだと思う。魔女が去ったあとに、勝ち誇った人間によるもの。

このあたりの説明は、かなりきわどく、難しい。実際、半狂人こそ作家業に適しているものはないのだから。私はフーコーの本を読んで上のような思想を持ったけど、もう少し自分で考えてみたい。今日はあまりに疲れて、文章が続かない。

12.20.2015

Zackyman

今日はバイクを引き取りにいってきた。電車で行ったのだが、片道6時間、小さな旅行になった。

かなりの距離を歩いた。二時間くらいは歩いたと思う。靴が合わなかったのか、途中、かかとが切れて出血し、また、拇指球のあたりがひりひりと痛んだ。

この感じは、海外旅行に行ったときと同じだ。とにかく、バックパッカーは、歩きっぱなしである。何年か前、東南アジアへの旅行は、サンダルで行ったけど、ちゃんと靴でないとすぐ足が切れてしまう。

旅行中に、足を痛めると、最悪だ。動こうという気がなくなる。

だから、足を鍛えておくのと、旅行用の靴を買っておくことが、大事だ――と思いながら、かかとの鋭い痛みを感じつつ、てくてく歩いていた。

私にバイクを譲ってくれたひとは、細身の、神経質そうな、感じのいい男性だった。嫁さんは美人だったし、車庫にはミニクーパーが止まっていた。

私は就職してからだいぶ経つから、初対面の人物に物怖じすることがなくなった。間持たせの言葉が、自然と出てくる。ただ、その男性は少し人嫌いの気がうかがえた。私がいざ発とうというとき、男性が感慨深げにバイクを見つめていた。なんとなく、気持ちはわかる。

引き取ったバイクは、機関部の程度は良さそうだった。ただ、操縦に関する部品がひどく痛んでいることがわかった。彼は乗ってて気になることはないといっていた。たぶん本当だとは思う。乗って1分で気づいたのだが、男性は気にならなかったのかもしれない。あの寂しげな目からして、初めてのバイクだったのかもしれない。

ともあれ、寒い中、何時間もかけて帰ってきた、山を越えたので、凍えそうだった。操縦部の劣化のせいで、コーナリングは怖かったが、エンジンの性能は楽しめた。

帰省までには、部品を取り寄せて、大がかりなメンテナンスが必要だ。たぶん、順調に進んで丸一日かかると思う。私はメンテが嫌いだ。順調に進むメンテなら好きだけど、たいていどこかで引っかかり、何時間も無駄にし、手を傷つけたり、血管が浮き出るほどいきんで、イライラして投げ出したい気持ちになるからだ。

しかし、バイク屋にバカ高い金を払うのも、嫌いだ。たぶん、部品代と工賃で3万円以下というところだろう。自分でやれば、部品代は3000円くらい、ただ専用工具とジャッキが必要だから、+1万円といったところ。

そんなわけで、微妙な気分で帰った。まあ、こんなものだろう。今日はただの日記。

12.19.2015

失敗と成功

私は成功しないということがわかった。



私は最近あたらしくバイクを買おうと思って、明日引き取りに行くのだけど、そのバイクは、写真で見る限りではボロボロで、私の生まれた年とたいして変わらない年に作られたバイクである。

それでも、今あるバイクよりは排気量も余裕があるから買った。というのも、以前200ccのバイクで実家に帰ったときに、あまりに辛かったからである。

私の実家も田舎であり、今住んでいるところも田舎だから、うまくすれば都市部の混雑を避けて帰省することができる。もとより世界一高い日本の高速道路に乗る気はないので、下道で帰ることになる。それでも、巡行速度は70~90km/hといったところで、60km/h以上の速度域で悲鳴をあげる今のバイクでは、私も辛いし、バイクも辛いだろうと思う。

なので、買った。このバイクは、私がさいきん購入したデンマーク製の中古デスクの3倍程度の値段であり、また、私が一週間で稼ぐ手取りの給料よりも安い。私はこのバイクの値段が安いのか高いのかわからない。私の一週間分の賃金には、大学の高い学費を払った分も加味しなければならないからである。ともあれ、世間的には、とても安いバイクということになるだろう。

それで、私は、バイクの写真を眺めていて、いろいろなことを考えた。私は、バイクを乗り始めて7年目になるから、ビギナーからベテランの間くらいになると思う。そして、バイク好きと言って間違いない部類の人間だと思う。そういう私が、そんなガラクタのようなバイクを買うことが、滑稽で、信じられないような気がしたのである。

なぜというに、私よりバイクの運転が下手で、メンテ技術も知らず、したがってバイクのメカニズム(literally)も知らない人間の方が、ぴかぴかの、百万円を超えるようなバイクを、ぽんと買ってしまうからである。

話をもとに戻せば、こういった新車を買えるような人間が、世間的な成功者ということで間違いないのだろうと思う。

私が成功できない理由は、私がボロなバイクを買うことと同じである。

そのことに、風呂に入っているときにきづいて、笑ってしまった。

私はボロなバイクを買う。それは、金がないからではない。金はある。そして、バイクが好きではないからではない。7年間、バイクに乗らないということがなかったから。だから、私が求める理想的なバイクとは、まさしくそのボロなバイクなのである。

「私が得られる成功=私が求める成功」とは、おんぼろで、傷だらけで、だれの目にも価値のないものである。それは、初めからくたびれているから、もうくたびれることがない。それは、私にとっても大した価値のないものだから、失っても痛くない。そういうものが、私の真に追い求める成功だということが、わかったのである(これはデンマーク製のデスクも同じ)。

だから、ナントカ賞とか、黄金とか、尊敬とか、そういうものが好きな人は大いにがんばって欲しい。私はそういうものに、関心がないのだ。「失うことが怖いものが欲しくない」という感情が、人にはあるのだ。

そういうわけなので、私がなにか思想家として成功したり、小説家としてヒットするというようなことは、今後起きないことを保証しておこう。なぜなら私はそれを求めていないから。そういう栄誉は、欲しい人に与えるべきだ。また、私のこのブログが大人気になるということもないだろう。そうなったら、私はこのブログを消して、またどこか違うところで始めるだろう。

そういう、成功への執着から離れたので、少し快適な土曜日になった。

東洋への憧れ

まどろんだような状態が続いている。痴呆老人のようでもある。環境に私は抵抗しなくなった。また、慣性を捻じまげるようなこともしなくなった。いったん、理性に限界があることを知ると、このようなアパシーに陥ってしまうものらしい。

なぜならば、書かれたもの、記述されたものに、そこまで価値があるわけではないからである。いわば、本当に大切なこと、真理に近しいことは記述不可能であり、その点、キリストもソクラテスもなにか執筆にいそしんだということがないことからもわかる。

ひとはある程度、智慧を身につけてしまえば、あとはもう本を読むことや書くことにも興味を引かないのかもしれない。私は、強迫的になにかを書いてきたけども、それらは何の意味もなかった。ただ私は心の空漠さを埋めるために、なんらかの記述で詰めこむ必要があったというわけである。

そういうわけで、もし心が充足してしまうのであれば、ひとは一個のリンゴを前にして、それに満足してしまうのだろう。べつに、哲学者の本とか、難解な学術書が必要なわけではない。リンゴ一個に、すべてが記述されているのである。

と、こういう禅じみたことを考えている。いったい、この科学全盛の時代において、東洋思想の奥深さは、底知れない。

読むことに倦んではいるけども、やはり直截に響いてくる文章というのはあるわけで、大部分の小説に心を惹かれないけど、詩的な表現に満ちた小説とかは、ぜひ読みたいと思っている。また、しばらく東洋思想について学びたいと思っている。



それにしても、私の日常は、うんざりする類のものだ。早く休みが、欲しい。本を読むことの意味は、じっと座って、精神を落ち着かせるためでもある。

私はおよそ今の仕事に向いているとは言えないが、それでも9か月も働けば、慣れてくる。労働に私は適応する。人間、どんな環境でも慣れてしまうものだ。

仕事それ自体に、高尚も何もない。が、たぶん工場のような労働は、ヴェイユの労働日記にあったように、非人間的で、過酷なものだと思う。また、残業が5時間とか平気であるような仕事は、私であれば潰れてしまうだろう。

一般的な仕事であれば、私はそつなくこなすことができると思う。私は、相変わらず、ミスが多く、また仕事への熱意もないが、そういう私に対して、周囲も「慣れてきた」ようで、別段悪意もなく、私をそういう人間として扱ってくれるので、やりやすい。

ただ、私はやはり、こういう仕事をして、一生を終えるという風にはあまり考えたくない。が、この九か月で、こういうふうな生活の繰り返しで終える人生の人の気持ちを少し理解した。それは思っていたよりも、悪いものではないと思う。悪くはないが、よくもない。そして快適であると思う。

おもしろみのない仕事でも、繰り返していけば、経験が蓄積すれば、そこに何かが見えてくる。それは、理性的にわかるものではない。それは、世界との親和とも言える。環境への肉薄であり、自己の溶出であり、理性の超越であり、主体の喪失である。だいたい、芸術でもスポーツでも、この領域に到達しなければならない。

だから、もともと理性の限界というのはあるわけで、そこで非理性としての狂気に、私は何年も興味・関心を持っていた。私が半狂人という理由もあったが。さいきんは、初めから人間には理性も狂気もあるのであり、理性だけを信奉するようになった西洋的思想が、人間に不幸をもたらしている、というふうに考えている。

理性的な世界とは、「AはAである」という定義づけが可能な世界である。東洋ではこれは否定される。「Aは無である」あるいは、「Aはすべてである」という解が可能になる。これは、西洋合理主義の否定であり、科学全般の否定でもある。

こういうおもしろい世界が、東洋思想である。


12.16.2015

不幸の発明

生活が、たいへんで、こうして静かに物を書くということができないでいる。

昨日はひさしぶり読書ができたので、それは良い体験だった。昔好きだった音楽を、Youtubeで聴いたら、当時の昂揚感や鋭い感覚のようなものを、取り戻すことができたように思う。

考えてみれば、学生時代は、一日4時間くらいは平気で読書していたし、土日などは、5,6冊の本を背負って大学へ向かい、情報室や空き講義室で一日読書という生活もしていた。

あの頃は、時間が潤沢にあったのだ。

いまでは、私の生活の工夫もいけないのかもしれないが、私の私生活は、少しずつボロボロになっていっているようで、その証拠に、せっかくの一戸建てが、荒れ果てて、部屋のなかもまったく汚い、ゴミ袋が溜まっているという状態だ。

なにせ、時間がない。忙しいのだ、私は。

生活の愚痴はこれくらいにとどめたい。



さいきん自分のなかで、「不幸とはなにか」という問題を考えているのだけど、おそらく不幸と、理性とは、セットであると考えている。従って理性的に世界を俯瞰してみれば、世界には不幸しかない。

われわれの生活を考えてみても、どんなバカな人間でも、不幸な状況に陥れば、とたんに理性的になる。がんになったとか、嫁が浮気したとか、権利が侵害されているとか。そういうときに、人間はのんびりと無思考に生きることを辞め、極度に理性的に物事を処理しはじめる。

もともと、人間の生活が充足しており、そこに危機的状況がなければ、ひとは理性的になどなりえない。理性とはひとつの道具でしかない。したがって、なんら支障なく生きている人間は、彼はたしかに痴愚なのだが、そうであることは当然なのである。

理性の限界とは、こういうところにある。理性に立脚している以上、人間は幸福にはなれないのである。幸福とは、理性を手放すことにあるからだ(理性では幸福を捉えられない。理性は、不幸をいくらでも数え上げることができる。しかし、幸福については、ただ「不幸の不在」と言うしかない)。

しかし、理性を手放すことは、ほとんどの西洋人には難しいことである。それは、サルトルの「嘔吐」に見られるように、それは吐き気を伴うもの、ひどいめまいを感じるものであり、生々しい無加工の生に対峙しなければならず、大なり小なり困難を伴うのである。

これが、西洋を支配したロゴスの呪いであると言えるのかもしれない。もっともこれは日本でも例外ではない。私も理性に見切りをつけたときに、上のような悪寒Nauseeを感じたからである。

で、上のような悪寒に最近あったのだけど、東洋思想はそこからさらに次の段階を用意しているらしい。いま、井筒センセーの東洋思想の本を読んでいるので、また勉強したいと思っている。


12.14.2015

解なし

とくに知的な喜びもなく生きている。すなわち東洋的怠惰のなかに私はある。

この世は不可知であるから、結局なにかを知った、なにかを学んだということに大した意味があるわけではない。

一般的な意味での「知識」とはプラグマティックなものでしかない。それはたしかに実用的であるから、人間にとって必要なものではあるけども、なにか超越的な役割を与えられるものではないのだろう。

「世界は認識可能である」という人間の倒錯的な思い上がりが、人間の不幸を生みだした。なにしろ、人間の理解と記述によれば、この世はどう考えても不幸そのものだからである。

ところが、「世界は認識不可能である」という態度をとると、生きていくことは、不幸ではなくなる。「私は不幸だ」という言表は、「世界は認識可能である」という前提から生まれている。なぜなら、世界が認識不可能であれば、「自分が幸福か不幸か」という幸福度の計算も不可能だからである。

そういうわけで、幸福・不幸という命題は、世人の大きな関心のもとであると同じに、哲学の主要なテーマでもあるのだけど、それは万人にとって「解なし」とすれば良いのではないかと思う。

「私は不幸だ」と嘆く人間も、「私は幸福だ」と喜んでいる人間も、嘘くさいものだ。この世でもっとも不幸な人間とはだれだろうか?また幸福な人間は?そんな人間が果たしてあるだろうか。その両方とも、痴愚ではないのか。

ギーターでは、「成功と失敗を同一のものとして、行為に専心せよ」というテーゼがいろいろな表現で展開されるけども、行為に専心している人間は決して、自分は幸福か、不幸かなどと悩まないものだろう。

人間はただ行為のなかにあるべきであり、自分の行為をどうこう考えてはならないということだろう。

12.13.2015

第九の効用

第九のコンサートが12月に行われるという風習は、日本だけのものである。もともとは交響楽団の金稼ぎと聞いたことがある。第九は合唱団が必要だから、その家族や知人が見に来るので、チケットが売れる。それで安定した収入を得られるという算段だ。

このように経済的理由により恒例となった第九だが、しかし一時間超という時間をただ音楽を聴いて過ごすというのは、年末の行事としては意外と合理的な面もあるのではないかと思う。

忙しい生活のなかで、ただ音楽だけを聴いて過ごすという時間は、なかなか取れないものである。時間があれば、あれをしたい、つぎにはこれをしたい、といろんな念慮が働いて、我々の生活は、つぎつぎ瞬間的に現れる目標に向かってつねにあくせくと動いてなければならない。

そうした一連の生活のなかで、コンサートという受動的に音楽を聴くという状況は、なにか寸断された、特異なものである。われわれの仕事は、ただじっとしているだけ。することというよりも、しないこと。音を立てないこと。身じろぎしないこと。

べつにベートーベンに興味がなくとも、良いのだと思う。こういう「何もしない一時間」で、一年を振り返る、という時間は、まことに貴重である。一時間という時間もちょうどよく、我慢できないほど長いというわけでもない。また十分に思考を逡巡させるには足りる時間である。

そういうわけで、日本で第九が流行る、ということは合目的的な理由もあるのだと思う。

12.11.2015

4年目の雑記

私が初めてブログを書いてから、4年の月日が経っているようだ。その間、考えることは変わってきた。私の世の中を見る目も、変わっていった。

Vilislava Boyadjieva

何が正しいのか、何が真理なのかといった問題については、以前の方がよく理解していたと思う。今の私は、相対主義に落ち込んでいるから、世界になにかすがるべき真理などないし、人間は寄る辺のない、漠然とした不安のなかで生きるしかないのだ、という事実を知った。

これは真実らしいという意味で真理であるけど、真理を否定する真理ということで、矛盾的真理である。そうして、矛盾真理とは、やはりふつうの真理とは次元を異にする。

一年を振り返ってみれば、私のなかで割と大きな思考の変遷はあったけども、現実世界の私としては、やはり評価されることもなく、大学内では浮いていたし、職場でも浮いており、根本的にアウトサイダーであることに変わりない。

ただ、去年に比べれば社会に対する不安や恐怖感といったものはだいぶ薄れた。それは、私の脂肪がついてきたことと、私の貯金が増えてきたことによるだろう。生活レベルがだいぶ上がったので、私は世間並の幸福を得ている気がする。

十分な金を得て、そのうえで金銭的幸福を否定するというのが、私が金を得ようと思った当初の目標だったけれども、そう簡単に金の欲望には打ち勝てるものではない。しかし、中庸という意味であれば、現在くらいの収入があれば、これ以上は望むこともないと考えている。

金銭的な欲望から離れるということは、「金が増えればそれにこしたことはないけれど、金がなくても、特段困らない」と言ったところが正解のようで、それはセネカがストア派のくせに金を貯めこんでいるのをひとびとに批判されたときに反論したのと同じようなことである。

金銭的な幸福を頑なに退けようというのも、金銭的な幸福に溺れてしまうのも、どちらも金に支配されているのである。人が生きていくには、金は必要ではあるが、必要というだけのことだ。ようは、ある程度の収入があっても、「私は金には興味ない」と言うことはできるのである。

最近の精神の安定は、月曜から金曜まで、しっかりと働いているからでもあるだろう。私は、大学ではほとんど授業に出ていなかった。授業はつまらなく、苦痛でしかたがなかった。それに友人もほとんどいなかった。それで、音楽ばかりやっていたものだから、私は自分が何をしているのかわからなく、私がなぜそこに存在しているのかもわからなかった。

それが、仕事というものをしてみると、これはやはり、強固なイデオロギー的な世界であって、浮き草のようだった私が、濃密な人間関係のなかで、しっかり根を張るということができた。もっとも、私はさっき述べたように、職場で浮いているから、そこに埋没してしまうわけではないが。私の半身は世間的な仕事に従事しており、私の半身はどこか遠くの夢を見ているといった具合だ。

仕事を辞められるかがわからない。私はあと一年くらい、働くかもしれない。まとまった金はすでにできているし、いますぐ辞めてもいいのだろうが。貯めた金は、旅に使いたいし、また山奥の小屋を買い取って、静かに余生を過ごすために使いたいと思っている。

12.09.2015

決定事項

かく、われにより、そなたには、秘中の秘なる知識語られたり。隈なく、それを反芻熟慮して、欲するがままになせ。(ギーター/鎧淳訳)
なにか明確な目標、絶対的な方向性があればよいのだが。ある賞を取りたいとか、ある地位にたどり着きたいとか、いくら稼ぎたい、とか。

今のところ、私は旅に出るということが、夢目標である。文章家になるということも、ひとつの目標ではあったが、いまではそれほど思わない。

私には文章に適性があると思っていた。しかし、それで食べていこうとはあまり思わなくなった。端的に言えば、世間に認められることに、価値を見いださなくなった。それに、そんなことは才能的にも不可能であると感じる。私が意欲を持たないことと、私に才能がないこととは、同じことを意味する。適性とはそういう類のものだと思う。

有名人になったり、勲章をもらったりすることに、価値を見いださなくなった。それらの「序列」は、私にとっては、何かひとつ下の次元の話に見える。指でつまんで持ち上げられる程度の、私には無害な、私には無関係なもの。

幸福も不幸も同一であり、失敗と成功も同一ならば、私の生のある瞬間が失敗ということはないし、今現在の田舎の半狂人としての私、世間一般の失敗者としての私は、同時に成功していることになる。

私も、生きることに慣れてきた。生きることに慣れてきたから、私はずいぶんうまくやっていくことができている。もはやどこまでが、私の精神で、どこまでが、私の肉体なのか、そういう垣根も、わからなくなってきた。私の血清カリウム値や、甲状腺ホルモンの値が、適性に保持されるのと同じように、私の精神も、私の知らないところで、勝手にうまくやっているらしい。

何もかも和合している。という気がする。梵我一如な感じ。


最近は、詩人気取りも、学者気取りも、辞めた。なんだか物を書くことが、私にとっての慰撫であるというよりも、もっと嫌なもの、倦怠、うんざりすること、書いたあとに、吐き気を催すもの、であるという気がする。

何か、まっとうなことをしたいと思うときがある、何かに全力で打ち込みたい、私を置き去りにして、ただ行為のなかに沈潜したい、と思うときがある。母親にとっての子どものように、何か作品を作ってみたいと思うときがある。

が、よくわからないが、私はそういう風にはできていないらしく、世間的な成功は望めず、あいまいな素体としての人間のまま、生きていくことが規定されているらしい。

12.08.2015

分裂

こうしてくだらないことばかり書いて死んでいくのがまあ妥当な人生だという気がする。

私の神経症を考えてみるとどうもこれは成功を妨げるものであるらしい。

普通、神経症は完璧主義と言われるが、私は完璧主義であるがゆえに物事を完成させらない。ふつうの人が80で良しとするところを、私は100を求めるがゆえに、かえって60で終了させるのである。

もしかすれば、私は90の仕事ができるのかもしれないのに、私は100を求めると終わりない苦しみが待っていることを知っているから、その適応として、反作用的にずぼらな成果をあげるという始末である。

こうして書かれている駄文も、もし100の注力をして、完全に練り上げたら、妙な哲学論考や、詩文になるかもしれないのだが、私はそういう努力をして「世間一般の評価を受ける」ことに対して、本能的な嫌悪と恐怖があるらしい。

ジジェクによれば、女性のヒステリー患者というのは、ある女性的な演出表現をするのだが、彼女の自己に対するまなざしは、男性的視点、多くの場合父親のものと同化しているのだと。このずれ。
強迫神経症者の場合、このずれは極大になる。「構成された」想像的・現象的次元では、彼はもちろん自分の強迫的行為のマゾヒスティックな論理に囚われており、彼は自分を辱め、自分の成功を妨げ、わざと自分が失敗するように仕向ける。だが、重要な問いはここでもこうだ――悪意ある超自我の眼差しはどこにあるのか。彼はそのために自分を辱め、それがあるがゆえにわざと失敗することが喜びをもたらすのだ。このずれをうまく表現するには、「対他」/「対自」というヘーゲル的な対の助けを借りるのがいいだろう。ヒステリー性神経症者は、自分は他者のために(対他的に)ある役割を演じているのだと感じている。想像的同一化は彼の「対他存在」である。そして、精神分析が達成しなければならない決定的な変化は、彼は他者のためにある役割を演じているが、その他者とは彼自身なのだということ、つまり彼の「対他存在」は「即自存在」なのだということを、彼に理解させることである。なぜなら、彼はあるまなざしのために自分の役割を演じているのだが、彼自身はすでにそのまなざしに象徴的に同一化しているのだから。(「イデオロギーの崇高な対象」)

わかったようなわからない文章を書くおっさんだと思う。

ヒステリー患者は、父親の視点に同化している。父親の視点で自己のふるまいを評価し、それを承認する。

神経症患者は、自分の視点に同化している(本人は、ある他者のためと感じていても)。自分の視点で自己のふるまいを評価し、それを承認する。

なんだかすごい世界だな、神経症者は。自己が自己のためにふるまい、自己が自己の基準で承認する。そのサイクルというわけだ。

ヒステリー発作は説明しやすい。例えば父親との関係がうまく行かず、それにトラウマがあるとすれば、自分が父親の視線に(無意識的にせよ)同化し、「ふるまう自己」と「まなざしとしての自己」が乖離し、このずれが病的なヒステリーを起こす、ということは感覚的に理解できる。

このとき、「ふるまう自己」は対象化され、「まなざしとしての自己」は父親と同一化しているのだから、なるほど病的な状態ではある。

しかし神経症者はだいぶひねくれている。「自己は他者のためにふるまう」のだが、その他者とは実は「自分自身」なのであり、象徴的な「他者」の顔をした自己が、自分にまなざしを向ける。

この関係はぞっとするようだ。父親と娘の関係がうまくいかないならよくある話としてわかるけど、神経症者は自己と自己が断絶しているのである。ある個人のなかで、自己と自己が分裂している。なるほどそんな人間を見れば、だれもがぞっとするに違いない(実際私はよく「ぞっと」されたが)。ある個人のなかで、ぐるぐると叱責と演技が連続しているのである。

神経症の病理の原因とは、自己が他者の顔をしはじめることにあるのだろう。「対他存在のためにふるまう自己」は、対他存在がまさか自己であるなどとは思っていない。

そうだから、神経症的な症状は消えないのである。それは他者に向けられていると思っていても、結局は他者にはまったく効果のない、不可解な行為にしか思われないからである。それゆえ、神経症者は救いがない。他者のためにふるまっているのにも関わらず、それは他者には決して届かず、そして他者の顔をした「まなざしとしての自己」は、「ふるまう自己」を決して許すことがないからである。

しかしまあ、私の過去の感覚的世界を俯瞰してみると、そんなものだったかもしれない、と思う。自己が自己を許せず、私はつねに演じてきたし、つねに他者のために行動してきたようにも思う。しかし、私に罰を与える他者もまた、自己だったのである。

というわけで、私はまたくだらない考えを述べた。私は永遠にくだらない失敗作を生み出すしかないという気がするし、それはそれでよいのだ、と考えたりする。

12.07.2015

ファミリア

仕事して、酒を飲んで、寝る。起きたら、ネットでニュースでも見て、仕事へ行く。仕事中は、もくもくと、仕事をする。

月火水木金土日と、何も引っかかりもなく一生を過ごすことができれば、それは幸せなのだけど。幸せに違いない。仕事ばかりして、疑問も持たず、生きていくことは、幸せだろう。

そういう人間は私はバカなのだと思っていた。バカゆえに悩みがないのだろうと。そのときの私にとって、生とは苦痛そのものだった。そして幸福は迷妄だったわけだ。

愛別離苦だのなんだの、四苦八苦が人生には用意されているのだと。目を開けば不幸が満ちているから、幸福とは瞬きの瞬間、あるいは意図的に目を閉じているに過ぎないのだと。

しかし考えてみれば、不幸と、幸福の境はなんだろうか。ひとは幸福を追い求める。不幸を嫌う。でも、その差はどこからくるのか。

こういう区分を、いったんないものと仮定してみると、生のままの生が、新しい認識が訪れる。いわば有でも無でもない領域、グロテスクでみだらな領域が見えてくる。

幸福も不幸もない。すべてはひとしく○○である――

すべては運命である。すべては神である。あるいは、すべては無である。いずれにあっても、人間が幸福か不幸かという問題に悩まされることはなくなるわけだ。

パスカルの言ったように、人間は矛盾存在である、と。偉大であり悲惨。幸福であり不幸だと。人間に人間や生は定義不可能といったところか。

我々のあらゆる認識は生に内包されているのだから、生を語ることは不可能だ。ロゴス主義の失敗は、こうした逆立ちにある。



私は西洋イデオロギーの下っ端になることを辞めて、東洋イデオロギーの下っ端として働いている。

かつて西洋イデオロギーのなかで働いていたときは、私は極端な個人主義に走り、論理主義に走り、たとえば車線を踏み越えるやつには容赦なくクラクションを鳴らしたし、毎日強いられるサービス残業には虫唾が走る思いであった。

東洋イデオロギーに移転した今では、すべては「家族的」になった。私はひとびとを許すことになったし、談話の際に笑うようになった。

私は、日本という社会は、ファミリーという言葉で理解できると思う。昔、冴えない社会学者がこの日本社会を「甘え」というタームで説明しようとしたことがあったが、私としては、ファミリーの方が適切だと感じる。

というのも、「甘え」という言葉では、日本人の時折見せる冷淡さ、狡猾さ、攻撃性などが説明できないと思うからだ。

ファミリー的なのは、トップから末端までに行きわたる日本の支配構造であり、皇室、政治、企業、学校など国内の社会的・集団的領域すべてにわたって、この血縁的空気感が生きていると感じる。

もともと日本がファミリー的であると感じたのは、ある外国人が「日本の政治はヤクザ的だ」と言ったことにある。

たしかに、ヤクザも血縁を重視する。実際に血がつながっているわけではないが、「杯を交わす」などの儀式は、まるで結婚式のようでもある。また日本の政治も、超法規的手段を(割とためらいなく)簡単に取るなど、ヤクザ的であるし……実際政治家とヤクザが蜜月であることは公然の秘密である。

現実には日本人は分断されていて、個人主義的だ、という意見も聞かれるかもしれないが、どんな人間でも、会社であったり、あるいは町内会であったり……そうした場で血縁的な(ときには排他的な)関係を持つことが事実上強いられている。

そこから排除された人間は、強制的に是正されるか、あるいは存在しないものとして扱われる。例えばムーミンのアニメでは、ムーミン一家のパーティで、輪に入らずにひとりで食事をとる「おしゃまさん」や「スナフキン」が描かれるが、サザエさんのような日本のアニメでは、そういう描写はない。個人主義は存在せず、すべてが家族的な繋がりのなかでどう役割を演じるかが描かれる。

個人主義とは、世界に個人が立脚するが、家族主義では、家族に主体が立脚するのである。

家族的な関係は、引きこもりにも可能である。今はネットという場が、そういうファミリー形成に役立っている。例えば、オタク趣味は、オタクというカテゴリーで家族的な慣れあいが見られる。それは、単なる有志の集団、コミュニティであるというよりは、血縁的関係であるように見える。

それは対外的な行動において顕著であるように思う。たとえば自己に不利益な法案とか、攻撃的な言論に対しては、狂信的とも思える攻撃的な行動をとる。その法案が正しいかとか、その言論が正しいかに関係なく、きわめてプリミティブに攻撃行動をとるのである。

この点も、ヤクザ=ファミリーとして理解できる。オタクはヤクザ的だと私は思う。

長々と書いたが、ぜんぜんまとまらないのでもう辞めたい。なんだかすべて中学生でも理解している当たり前のことを書いている気がする。「家族経営」なんて何度も語りつくされていることだし。

ともあれ、上の知識があることで私は生きやすくなった。私にとって日本人の行動はいろいろと不可解なのだけど、「ああ、この人は私のことを『他人』とは思っていないのだな。何か同族的、血縁的な関係だと考えているのだな」と推測することによって、ある程度理解可能になった。

それは、単に友好的な関係を求められたときだけでなく、例えば恫喝されたり、理不尽な要求をされたときにも、この人は、私を切り離された個人ではなく、血縁的存在だと思っているのだ、と、そう理解することができるようになった。

たとえば原発事故の責任をだれもとらなくても、それはよいのである。「まあ、いいじゃないか。」で済む。大企業の粉飾決算も、「いいじゃないか」。そして、国民も「まあいっか」と思っている。

このあたりの空気感は、たぶん西洋人にはまるで理解できないものだと思う。私も最近まで消化できずに苦しんだ。

しかし、日本は依然西洋国でなく、西洋国基準の「先進国」でもなく(つまり民主主義でもなく、法治国家でもなく)、そういう要素を外面的には取り入れながら、内面的なイデオロギーを保持している、複雑な国家なのだ、ということでいったんは理解した。

たぶん、こういう家族的な国家構造の方が、ばらばらの個人が集まった国より強いはずだ。日本の政治は一時の例外を除けば、ずっとアメリカのポチをやっているから、アメリカによってずいぶん弱体化されているけども、そうした障壁がなければアメリカよりも強い国になっていただろう、などと妄想する。

12.06.2015

ロゴス教

夜に記事を書くと、どうもダメな代物になる。

昨日のそれは生禅的なひらめきである。でも、やはり個人的には、大きな事件だった。合理主義から脱し切ったような。

ある宗教の洗脳から目覚めたような気分だ。それは、実際、恐ろしいことでもある。洗脳のなかにあることは、安心と快適をもたらすものだ。また答えのない世界に戻ってゆくということ。

ホーフマンスタールは27歳で精神的な危機を迎え、そこで作風をがらりと変えた。

「なにかを別のものと関連付けて考えたり話したりする能力がまったくなくなってしまった」「ある判断を表明するためにはいずれにせよ口に出さざるを得ない抽象的な言葉が、口の中で腐れ茸のように崩れてしまう」(「チャンドス卿の手紙」)

そうして、ホーフマンスタールは55歳で死んだ。ということは、ちょうど人生の半分のところで、彼は大きく転換したことになる。

実のところ私も上のような感情を持っている。何かを語るということの意味を、考えて、それが有意味なのかどうか、ということを考えて、躊躇してしまう。

ある哲学的命題を語るということ。何かを証明するということ。本質を前提にするということ。その前提となっているロゴスが、私にはなにか信じられないものになってしまった。

ある対象とある対象を区別するもの、例えばリンゴとみかんを区別するような働きが、私から失われた。もっとも、私にとってみかんはみかんであり、リンゴはリンゴだけれども。

しかし、みかんもリンゴも、「より大きい包括的な何か」に統合されてしまったのであり、私が「それはリンゴではなく、みかんだ」と言うときの真実性とは、その本質的には、「誤」であることになる。

もっとも、大方の人間にとって、みかんはリンゴではないのだから、私の発言は「真」であることになる。偏屈な人間や狂人でなければ、およそ万人が、それを認めてくれると思う。

しかしほとんどの人間に通じると言っても、私のなかでは、誤であるという確信がある。これは、論理ではなく、感覚的なレベルのことなのだが。

こういう「何かと何かを分かつ区分」のようなものが、白々しく見えてきているのが私の現状なのである。例えば幸福と不幸のような区分、善と悪のような区分、これらが「世俗的な迷妄」のように思えてきている。

このことが、私を深い孤独につき落とすと同時に、永続的ともいえる温かさを与える。一面では私は世間的な公理からつまはじきものになったアウトサイダーである。科学も、ある種の宗教も、およそそういった「確からしい認識」、大地的な基盤を失っている。

しかしリンゴとみかんが同一であるならば、世界と私という区分も、取り払われるかもしれない。この意味で、私は完全に世界と融和することができるのだから、私はもはや、孤独者であるなどありえないのである。


というわけで、ずいぶんアホくさいスピリチュアルを展開してしまった。

現実の私は、貯金が200万円を超えたので、なにかバイクを買おうと思っている。200㏄のバイクで、二日で1000kmを走ったことがあるが、もうそんな思いはしたくない。大型バイクの中古を検討中……。

貯金が増えていくにつれ、私の腹の脂肪も増えていった。まだ「痩せ型」の部類だが、常識的なレベルの脂肪がついてきたと言えるだろう。

貯金も脂肪も似たようなもので、あればあるほど、身動きは取りづらくなり、快適に、満足してしまうものだ。じっさい、去年に比べて冬場がだいぶ楽になった。

金はもういいから、何か熱中できるような仕事をしたいものだ。とりあえずの生活のためにしている仕事というのは、悲惨である。かといって、読書も、最近は飽きてきた。私は読書だけの生活で、何年も過ごせると思っていたが、読書体験を重ねるうちに、もっと重要なことがあるのではないかと思い始めた。

無心になってできること、といえば、こうやって何かを書いていくことと、楽器をやることと、昔であれば、絵を描くことが好きだったのだが、現状ではどれも中途半端だ。そもそもこういったことで、金を稼いだり賞を狙うということは、あまりしたくないという気がする。

私の生活におけるもっとも根本的な営みに、他人の介入を許したくないという、神経症的な感情がある。そうだから、コメントを書いてくれている人には悪いのだが、コメントはほとんど読んでいない。別にコメントの内容が嫌なのではなく、コメントそのものが私は嫌なのだ。

もっとも気が変わるときがあって、例えば本当に心細くなったときには、読んで慰められるということもあるけど。

私は生来臆病なので、他人の評価というものにひどく鋭敏なのである。だから、他人が見ているとそれだけで何もかも台無しになる、ということが私の人生の常だった。とくにそれは音楽で顕著だった。

無心になれることといえば、あとひとつ、バイクがあった。私はスポーツがことごとく苦手だったのだが、バイクのスポーツ走行は得意である。大部分の人よりもうまく走れるという自信がある。

ちなみにバイクのメンテナンスは本当に苦手で、いい加減であり、性急であるために、うまく行った試しがほとんどない。メンテナンス中はつねにいらだっているように思う。

性格としては神経質なのに、こういったところではいい加減なので、人からは奇異に思われるのだが、神経症の人間ならわかるだろうが――神経質も長く続くと、ある事柄についてはいい加減にする癖がついてくる。すべての事柄に神経質であっては、疲れて死んでしまうだろう。これも適応の一種だと思う。

私の本当に好きなことだけをしていきたいと思っている。

金儲けも、割と好きな方である。私は同年代と比べれば高収入な方だが、それというのも金に対する執着がひとよりも強いからである。好きというか、もともとが貧乏だったので、金を失う恐怖の方が強いかもしれない。貧乏ゆえの悲しい執着と言えるだろう。

私の大学の友人たちは、みな金持ちであったから、その金に対する執着のなさに、私は憧れたことがある。例えば彼らは、自動販売機で好きなだけジュースを買うことができたし、半額ではない弁当を買うことができたし、彼らにとって食堂とは豚汁とライスを注文するところではなく、ありとあらゆる食べ物が彼らを待ち受けている場だったのだ。

だから彼らに比べれば、私の現在の収入が高いということも、必然であると思う。彼らは好きな仕事に就くことができたのだ。金のためではなく、したいことを。

ただまあ最近は仕事に慣れてきて、ある程度楽しんで行うことができているので、それはそれでよいのかもしれない。

私はこうならなければならない、とか、こうすべきだ、という強迫的な感情は、あまり、なくなってしまった。それは上に述べたような「区分の消失」のせいでもある。たとえば高卒の同僚と談話するときも、東大名誉教授の哲学書を読むことも、大した差はないと最近は感じている。

生は生であり、生がないがしろにされることはないのであり、例えば芸術家にとって何も生み出せないスランプはつきものだが、そういう時期こそ彼の創作に必要な期間であったりする。そういうことと似ている。

だから私は東洋人的な楽観主義で、今後の人生をやりくりしていけばいいと思っている。父権的なセム系の信仰をもつ人々は、神に気に入られなければ地獄が待っているというような、強迫的感情を持っている。また、私も同様の感情を持っていた。

いまは、いろんなことがどうでもよいことのように思えてきている。休日の海沿いをバイクで走って、野良猫を撫でていると、それが世界であり、それが生のすべてであるというふうに感じる。


12.05.2015

La Nausée

最近の思想的な変化は私にとって事件であった。

私は物心がつきはじめた五歳児のように、世界に対する了解の作業を手探りで模索しなければならなかった。

大乗仏教的には理性的な物事は世俗的な世界に属するものであり、そうしたものは実態を伴わない迷妄なのだという。

やはり仏教はすごいと思う。キェルケゴール、ニーチェ、ハイデガー、サルトルのような実存主義者が到達した世界を、すでに記述している。やはり人間は進歩などしていなかったのだと思う。理性的世界で我々は理性的に進化しているものの、理性が迷妄ならば、進歩とはなんでもないことになる。

今日は暇だったが、とくに読書もせず一日を過ごした。読むべき本が溜まっている。ヘッセに、ホーフマンスタールに、井筒俊彦。

最近の私は理性的に生きることなく怠惰に生きている。怠惰に生きているといっても、世俗的な意味ではまじめそのものであり、私はよく働き、文句も言わずに、社会貢献している。

いわば生来のものだったクソまじめさを、取り払った。理性に対する信仰とか、理想に対する恋慕を、なくしてしまった。私は手放しのまま、あいまいで、みだらな生の世界にぶちあたって、やはりサルトル同様、「吐き気」に襲われている。

私がこれまで見てきたものは何だったのか。私にとっての世界は何だったか。そういうことを考える。というのも、これまで理性的に世界を見てきたのであり、そしてこれからは理性にすがることはできないのである。理性的に生きていたときもアウトサイダーだったが、今はもっとアウトサイダーだ。表面的ではなく、内的な意味での。なんだか、どんどん行ってはいけない世界に進んでる気がする。深い海に下るような怖さを感じる。

井筒によれば、大乗仏教では一切を無とし、なにか本質的なものを存在しないとしているが、ヴェーダ教では、一切を有とし、すべてを本質的なものとしているという。いずれにしても、東洋思想においては、何か超越的な存在(イデア、純粋形相、神、理性、精神)があって、それ以外の非超越的な存在がある――というような「区別」がない。

こうなると、善悪二元論も、天国も地獄(天と地)も、なにも区別がなくなってしまう。私はニーチェ流に東洋を大地・肉体の領域だと考えていたのだが、東洋思想は、大地的であるのではなかった。そもそも東洋的には、天と地がないのである。「汝それなり」の世界だ。

だから、大地という概念は、西洋的(理性的)世界から見た東洋でしかない。東洋には天国もなく、また地獄もないのである。なぜならそれはひとつであるからである。

考えてみれば西洋人の精神のルーツである古代ギリシャの哲人のテーマは、「徳」であったように思う。何が徳で、何が徳でないか。ここからスタートしているのだから、東洋的哲学とはまるで違う。「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神とあった。」。

つまり仏教的価値観では、西洋的な論理詰めの哲学者はまだ「世俗的」なのだと思う。また、科学者たちも世俗的である。そしてキリスト教も、世俗の宗教ということになる。

12.02.2015

空白と不安

認識も行き着いてしまえば、寄る辺のない不安だけが残る。

ある肯定的なものに憧れを抱き、飛び立とうとする瞬間、あるいはある誤謬を正そうと立ち上がった瞬間に、その「目的」は消えてしまい、踏ん張るための「地面」もまた、消えてしまった。

いままでは、目的が様変わりしたり、消えてしまったりということはあった。しかし、地面が消えてしまうことはなかった。いままでは、ある目的にたどり着いたあとも、帰る場所があった。それが、私はまったくの中空に放り出されてしまった。私はどうしていいかわからないでいる。

天でもなく、地でもなく、肯定でも否定でもない、宙ぶらりんの余白に、私は今立っている。

この漠然とした、不快感、居心地の悪さ――は、別段嘆くほどの絶望ではないのだが、ただ、たぶん永遠に続くだろうという予感はしている。不安感が永遠に続くだろうという確信があり、その確信は依然不安である。

そういうわけなので、もうあらゆる哲学とか神学は皮相的にしか感じられなくなる、かもしれない。たぶん科学とか、医学とか、政治とか、そういう雑多な物事も、私にとってはどこか遠くの事件や、外国の風習に近いものにしか感じられないだろうと思う。

私が求めるとすれば、私と同じような寄る辺のなさ、不安のなかにいる人々の思想に触れることである。それは真理探求でもなんでもなく、ただの慰撫、対症療法でしかないのだが――そうしなければ私は不安に押しつぶされてしまうだろう。

真理とか、正義のような概念がまだ個人のなかに生きていれば、ひとは拷問だろうと、孤独だろうと、いくらでも耐えられるだろう。しかしこれらの価値観がなくなってしまえば、真の不安のなかでは、ただ他者のみが救いになるのだと思う。

真の不安は、存在の悲劇ではなく、むしろ悲劇のないことにある。

12.01.2015

哲学療法

気が付けば、もうブログを初めてから、4年になろうとしているけども、私はといえば、何か直線的に進歩したというよりも、どちらかといえば何か漠然とした躓きのようなものに捕らえられている気がする。

元はと言えば、世界を変えるだの、そういうことが目標になっていた、そのときは、この世には正しいことがあり、それに向かって人びとを導かねばならない、そういう風に考えていた。世の中は間違っているから、正しい世界にしなければならないと思っていた。ところが、四年の年月の間に、いろいろなことを学び、いろいろなことを経験し、また記述していくうちに、結局は、「正しいもの」や「真理」などといったものは存在しない、ということが、次第に明らかになってきた。

また、一見間違っている人々も、間違っていて、彼らは正しいのだ、ということを知った。つまり
 彼らは間違っていることを行っていて
 時には自分が間違っていることを認識しているが
 それで尚かつ、彼らは正しいのだ
ということを、私は知った。

私は、学ぶことで、視界をクリアにしようと思ったのだが、この世の天才や賢人や偉人や文学者や名誉教授なんかの本を読んでいくうちに、生はどんどんとカオスに満ちていくようになった。ひとりの天才が「世界はかくなるものである」と、何か判然としたことを言われると、そうなのかもしれない、と思うが、10人の天才がてんでばらばらに「世界はこうだ」と言い始めたら、私のように天才でもない人間は、当惑するしかない。

すべてが、間違っていて、正しいのだ。それを知って、私は何にも反発できない、何にもすがることのない中空に放りこまれたような不安を覚える。

こうして世の中のことは、まるでわからずじまいで、おそらくこの現状はいくら勉強を重ねても改善不能だということはなんとなく理解している。ようは、理想などなく、真理などないのである。だから、われわれは進歩などなく、ただあるのは「今ココ」でしかない、ということになる。

四年を振り返ってみると、終始一貫して、私はニーチェを愛していたことになる。どれだけ私がニーチェに救われたかわからない。「真理は誤謬である」ということも、ニーチェに教わったのであった。

また、今日まで通じて、私の重要な特性は、精神疾患であることだった。私はなんども自分を神経症と語っていたが、最近は、西洋合理主義の相対化によって、少し改善してきたように思う。

まさか、哲学が病を癒やすとは!神経症とは、理想的自己を求める(それによって現在的な自己を否定する)というプロセスだから、理想という概念(プラトニズム)から解放されれば、自然と病は癒えるのである。

そういうわけなので、神経症の諸氏は、ニーチェを読むことをおすすめする。神経症とは、いわばプラトニズムの被害者なのである。

だから、「じょうろ、鍬、犬」なのである。我々はそういうところに真理を求めなければならない。すなわちゴッホのような芸術であり、そうして狂気的な世界である。「真理はない」という前提に立てば、必然的にその思考は、狂気じみてくる。私は哲学の次の段階に進んでみたいと思っている。ホーフマンスタールも55歳まで生きたし、狂死することはないだろうと思う。

11.30.2015

じょうろ、鍬、犬

何かを語ることにそこまで意義を感じなくなってしまった。私も快癒に向かっているのかもしれない。

考えてみれば、書くこととは、世界と和合している人間には不可能なのであり、もし凡庸な群衆のなかで、疑問なく生きていくことができれば、書く必要などないのである。自分が世界からつまはじきものでなければ、世界を描くことはできない。

西洋と東洋、天と地、希望と絶望、集団と個人、一神教と多神教といったテーマに、最近はとても興味があるので、いろいろ勉強したいと思っている。

多神教はおそらく幸福の宗教であると思う。多神教は、幸福は可能だという前提を持っている。仏教も、キリスト教も、この世は不幸なものだとした。現世利益など迷妄だと。

ひとは、この世に絶望しかなければ超越的な神を求めるようになる。その象徴は、太陽だったり、天空であったりする。手の届くところに救いがなければ、そういったところに求めるしかないのである。反対に、食べ物がどこにでもあり、子孫を増やせる環境におかれた人は、なにか身近なものに信仰を求める。たとえばそれは女性であったり、恵みを与える山であったり、大樹であったりする。

一個のじょうろ、畑に置きっぱなしの馬鍬、日なたに寝そべる犬、みずぼらしい墓地、不具者、小さな農家……いかなる言葉もそれを言い表すには貧しすぎる(「チャンドス卿の手紙」ホーフマンスタール)

大地と天空の差異とは、こういうことである。神が手に届くか否かは、幸福に手が届くか否かということでもある。

そういうわけなので、西洋的な宗教はつねにこの世の辛さを説くのだが、原初的な東洋思想では、この世は幸福だから楽しもうということになる。

世界全体が科学技術によって徐々に豊かになってきている現実は、日本的な思想の優位性をもたらすはずである。というのも、我々はとりあえず食うに困らないからである。もし万人の人々が日本の大衆のように考えたら、世の中は平和に豊かになるだろうと思う。

それでは困るのが西洋思想であり、西洋思想の発展の前提はこの世の飢餓であり、不幸である。現世的な幸福と、西洋思想は矛盾する。だから、この世界の支配者であるセム系一神教の信者たちは、いろいろな言い訳を見つけては戦争を繰り返し、この世に不幸や絶望、悪を振りまくというわけである。

このような考え方は、浅薄なナショナリズムに思われるかもしれないが、私は割と当たっていると考えている。私は武器の出土しない縄文時代に、人間の可能性を見出している。



最近は、自分が知的労働者でないことに、葛藤を抱いている。実際の仕事は、一般的に知的労働と考えられている仕事だが、まるで創造的ではない仕事だ。

創造的――クリエイティブという言葉は、少し前に流行った。今は少し陳腐に感じる。時代が進めば、もっと恥ずかしい言葉になるだろうと思う。

先日、会社の忘年会があったのだが、そこで同席した別のグループの若い男は、ビジネス書で読んだようなことを説教していた。いわく、あなたの夢ってなんですか、私の夢はこうです、自分の夢を毎日声に出して言わなきゃいけない、私は成功すると念じるんです――とかなんとか。世の中にはこういう人間――ビジネス書に感化される人間がほんとうに実在するのか、と感心した。

もっとも私も少し前はジョブズが好きだったし、有能なビジネスマンになれると思っていたし、くだらないビジネス書やちきりん女史の本を読んでいた。とくにナポレオンヒルの本は大好きだった。それにしても、流行が遅すぎる。私は寒い思いをした。さすが田舎だ。

ともあれ、日常は退屈でやりきれない思いがする。こうした日常は、真に自分のためのものとは言えないと思う。この労働の一切は金のためだ。

知的労働のひとつは、大学教授である。大学教授(文系)のみなさんは、けっこう暇なのか、毎日ブログを更新するので楽しみにしている。書評に音楽評、映画評、オペラ評、旅行記、ずいぶん楽しげである。もっともこういうブログは国立大学のおじさん教授のものであり、若手はほとんどブログを更新していないようだ。

もうひとつは、文筆家であり、これは思想家と言ってもいいだろう。こういう人々は、あまり私の知らない人々ではあるけれども、豊かではない生活ながらも、自由にやっているらしい。

私にはもう大学教授なんて無理だから、在野の思想家として、適当にいろんなことを追いかけたいと思っている。

とにかく、静謐な環境で読書をするか、あちこちを旅するか、そのどちらかがしたい。来年中には実現させたいものである。

11.28.2015

天か地か

昨日はくだらないことを書いた。

プラトンとニーチェの対比を考える。プラトンは天を志向した。ニーチェは大地を志向した。天、我々には手が届かないもの、神聖なもの、超越的なもの。大地、我々の身近にあるもの、卑俗なもの、現実的なもの。

ニーチェによるプラトニズムへの批判は、「天ばかり見てつまづく人間」への批判と言えるだろう。超越的なものばかり追い求めて、生を無駄にすることは、逆立ちした人生観というのである。

ところで、日本はなぜキリスト教が根付かなかったのか。

山本七平によれば、日本人が無宗教であるというのはウソで、特異な宗教観を形成しているのだという。山本曰く、国家が家族的な繋がりを持っている。社員にとっては社長が神だし、子どもにとっては親が神である。こういう繋がりが積み重なって、最高権威――昔であれば将軍に、今であれば天皇へとつながってゆく。

キリスト教の個人主義的な価値観は、こうした繋がりを切断してしまう。というのも、神の前には万人が平等だからである。神の前には、父母だろうと父親だろうと、ただの哀れな羊でしかないのである。それはさながら天空から見下ろせば為政者もただの粒でしかないのと同様である。

だからかつての日本人は、キリスト教を強圧的に排除した。キリシタンとはすなわち、国家=家族イデオロギーに対する離反であり、思想的には国家反逆者なのである。

この国家=家族イデオロギーは今でも続いていると私は思う。よく考えれば、私も大学時代は、西洋合理主義的な考え方をしていたから苦労した。例えばミルの自由論にあるような、「法律に違反しなければ何をやってもいい」という考えは、日本では通用しない。

日本ではまず法律が権威を持っていない。法律が西洋並に重視されていれば、企業間の談合やブラック企業、各種のハラスメントは一掃されているはずである。日本人を支配しているのは、何よりも縦の繋がりである。縦、とは、一般的な下級国民と、天皇の間に描かれた線のことである。

だから我々日本人は、法律による束縛よりも、親とか、上司の発言に容易に左右されうるのである。

ただ、私は日本的価値観は非論理的・非合理的、また非人道的だからと言って、容易に否定すべきものでもないと考えている。キリスト教的価値観が浸透すれば、たしかにこの国は解体してしまうように思えるからだ。

我々が平等であることは、必ずしも良いことなのか。我々は本当に、縦の繋がりを廃してよいのか。ということを、考える。いわば、天か地か、というところだが。

天か地か――この命題は、人間にとって極めて重要なテーマであると思う。もう少し調べてみたい。

11.27.2015

矛盾への偏愛

生きてあることのくだらなさよ――。

貯金が200万円を越えた。

私の生命は固着し視野が狭くなっていく気がする。それに対する抵抗力は、もうない。私はしてやられた、という気がする。日本的イデオロギーにやられたのである。私は西洋合理主義に恋い焦がれた。しかし、それも必要な一過程であった。私は、日本的価値観を認めざるを得ない。手の内で転がっていたというわけだ。

母性的な温かみが、日本的なイデオロギーであるという気がする。何万遍も指摘されたことだろうが、西洋は父性的な宗教であり、東洋は母性的である。

東洋の女性は、信じられないほど寛容である。これは私が実社会で生活していて、その「寛容の底知れなさ」に驚くほどである。

日本人女性の旅行者は海外ではだれとでも寝る、性的にだらしない――ということが世界中で広まっている。これはおそらく経験的に事実なのだが、バカな日本人は「かつては大和撫子だった日本女子が今では」と嘆いている。私はそもそも女性的な寛容さと、性の寛容さは、近しいものであると思う。

東洋男性は女性の寛容さのために弱くなる。

東洋男性が西洋の女性に人気がないのは、そのせいだろう。私が女だったとしても、日本人男性よりは白人男性の方がいい。

西洋ではヒステリックな「フェミニズム」が叫ばれる一方で、東洋的な社会ではあまり受け入れられないのは、そういった事情によるのだろう。西洋ではフェミニストの台頭は、黒人解放と同性愛者解放の間くらいに意義のあることだが、東洋ではすでに女性が優位であるから、そんなことを指摘する必要もなく、なんちゃってフェミニストの空虚な主張が繰り返されるのみである。

話がだいぶ脱線したが、ヘーゲル流に言えば、アニミズムとは野蛮人の宗教であり、父権的な一神教の宗教こそ進歩的ということになるだろう。しかし人間の生育には、母親も父親も必要であり、父親に母親の代わりはできないのであり、母親は父親にはなれないのである。

そういうわけなので、東洋思想に憧れるヒッピーも、西洋思想に憧れる東洋のインテリも、どちらも子供じみた憧憬を見ているだけである。残念なことに、絶対的な真理などはない。彼らが立派に成長したときには、東洋思想も西洋思想も老いさらばえ、足腰は弱り、背中は曲がっている、ということになる。

人間はいつか親を克服しなければならない。思想もまたそうである。

パスカルの言ったように、我々は矛盾的存在であるならば、我々にとっての真理もまた、矛盾的であることが許されるだろう。矛盾――クレタ人。ウロボロス、メビウスの輪。

「真理は存在しない。これが真理である」

11.26.2015

矛盾存在

まったく生きている実感もなく、退廃的に生きている。

私が生きている世界は明確な答えもなく、それがゆえに苦しんでいる。ある真理がどこかに隠れていると思っていたけども、結局、そんなものは一時的なもの、であって、永遠不変なものなど、ないのである。

クワインによれば我々の精神は保守主義を持っている。それはひとびとはある「わかりやすい答え」を、特に厳密な根拠や理由もなく、信じるということである。この考え方によって、人々がいかに科学を信奉するかを、クワインは説明した。

例えば我々の第一層はテレビの言うことを信じる。第二層は、テレビではなく、ネットの情報を信じる。このどちらも、保守主義のはたらきということができるだろう。なぜなら、どちらも大抵は、嘘でたらめだからだ。それはなら古典哲学は?というと、これも曖昧で捉えがたいし、ときには嘘が混じっている。

人間は不安定な状態を避けようとする。パスカル風に言えば、自分が動的な存在であることを否定しようとする。凡庸な人間は、たいてい、静的にとどまろうとし、ある事件が彼を揺り動かしたとしても、またすぐに社交や慰戯によって、静的に戻る。

しかし人間とは、ある無限と、ある無限の間を行き来する存在、つねに動的であるというのがパスカルの謂いである。その意味では、ある人間の一個の理想的究極点があるとした、聖人思想や、プラトニズムをパスカルは否定し、ニーチェなどにつながる実存主義・自然主義を打ち出したと言えるだろう。

科学を相対化したのもパスカルの優れた業績だと思う。パスカルは言う、科学は科学として、科学の範疇では理論的に処理できるが、人間に当てはまるものではない。人間存在には、別の真理が必要だ、と。

パスカルは自然科学の業績もまったく非凡で偉大だが、そのパスカルが科学を「相対化」するというのは、並大抵のことではない。ここにパスカルの思想家としての、人間としての実直さを私は感じる。

パスカルの思想を簡単に言えば、人間存在は論理的に処理できるものではないということである。というのも、人間は「偉大であると同時に悲惨」という矛盾に満ちた存在であり、矛盾を誤として処理する科学的・論理的思想では、原理的に人間を説明することは不可能ということである。で、パスカルはそういう矛盾を包括する存在としての「神」に行き着くというわけだ。

私が苦しんでいるさなかにも、少しの救いを見出すことができるのは、こういったパスカルの思想のおかげであったりする。私が苦しんでいることは、正しいのだし、苦しんでいるがゆえに、偉大に近づくことができる。

だから宗教や哲学というのは、案外バカにできない。もっとも、こういう思想への傾倒も、決して真理へのそれではなく、クワインの言う「保守主義」なのかもしれないが……。

11.24.2015

旅がしたい

自己肯定とは言っても、昨日は沈鬱な気分だったことに変わりなく、また、風邪気味だったので、しびれたように頭は動かず、体も節々が痛み、最悪の気分ではあった。

家に一日中いても腐ってしまうので、車を走らせて、海の見える駐車場に止めて、読書をした。女性旅行家、イザベラ・バードに関する本を読んでいると、無償に旅に出たくなった。

また、三木清の「パスカルにおける~」も並行して読んだ。パスカルのメンタリティは、私と似ていると思う。あるいは三木清と似ているのかもしれない。とにかく、生は真剣に、素直に捉えようとすると、死の絶望という難問にぶちあたる。

パスカルによれば、「時間」とは、死を予見するがために生まれる概念なのだという。ほんとうだろうか?とすれば、たとえば神には時間もないし、また動物たちにも時間はない。死にゆく存在であり、かつそれを自覚しているわれわれ人間にしか、時間は存在しないということになる。

三時に猫に餌を与え続ければ、次第に三時に猫はエサをねだりにやってくる。これは単なる機械的な衝動であり、猫自体は時間を認識するものではない――のかもしれない。

とすれば、宗教的不安、死の不安がなくなれば、われわれには時間がなく、永遠が与えられることになるだろう。

もっとも、世の大部分の人間は、そういった不安を上手に包み隠して生きている。ある「揺り動かし」によって、我々は死の恐怖に目覚めるわけだ。つまり、死ぬときはひとりで死にゆくという悲惨である。それを踏まえた上で、不安を隠すのではなく、不安を解決してしまえば、人間は永遠に到達するということができるのかも。もっとも、そんなことができる人間がこの世にあるだろうか。


まあそんなことはどうでもよいのだが、ともあれ何か目標がなければ、私は自分の生がどうにもやりきれないもののように思えてくる。そうなので、やはり来年2016年に、世界旅行をしようと思う。中国から欧州へバイクで抜ける、というのを考えている。欧州でバイクを売って、アメリカに飛んで、またバイクを買って、南米を一周してみたい。

一年か二年くらい、だらだら旅を続けようと思う。金が何百万円いるのだろうか?金もない、時間もない、余裕のない惨めな旅にはしたくないものだ。いまのところ、旅への憧憬が、私の惨めな生活の唯一の希望である。

11.22.2015

無能の自己肯定

実存主義と言いつつも……。私の大地的生活はめちゃくちゃなことになっている。仕事でミスばかりして同僚の信頼がない。私はこの仕事は合わないという気がする。もともと、好きで入った仕事でもないし――。仕事、それ自体に自分が向いていないような気がする。こういう人間はどうすればよいのかわからない。

私の会社にいるある人は、仕事が大好きのようで、バリバリと働いたあとには、家に帰ると寝るだけなのだという。仕事をして、それで、すべてが充足してしまうような人間は、きっと幸福に違いない。また、上司や同僚の評価も高く、責任感があり、実際有能で優秀である。

私はといえば、仕事が終われば、なにか従属から解放された気分になって、ようやっと、自分の正しい在り方に戻れるのだという感じがするから、そこからいろいろな作業をして自分を慰めなければ、まったく日々を生きていける気がしない。

例えば読書だったり、楽器だったりする、こういうだらだら書きにしてもそうだが、こういうものが私の存在を繋ぎとめているのである。

自分はまったくの無能な人間であるのだが、その一方では無能な人間なりの自己肯定というものもあるから、嫌らしい。主体としての人間は、自己を完全否定してしまえば生きていけない、だからおそらく感情や理性といったものにも生存の狡知が働いているはずであり、私は合理的にモノを考えているわけではなく、漠然とした自己肯定というのは、べつに根拠があるのものではないのだ。

自分の思考工程を考えてみれば、たとえば、天才に精神疾患患者が多かった、というある一般的事実に対して、私はそれを拡大解釈し、精神疾患を持っている自分は、天才に違いない――というふうに自己肯定した。

つぎには、(似たようなことだが)自分は仕事において無能だが、それは自分が本質的にアウトサイダーだからなのだ、と考えた。つまりニーチェやゴッホのような、存命中は世に認められなかった天才のようなものに、自分を当てはめた。

また、仕事において失敗続きである私は、あの東洋の宗教の金言、「失敗と成功を同一のものとして見よ」という言葉で、自分を慰めたのである。

こういう自己肯定的な情報を私は探し求めた。だいたい、こういうことは書物にしか書かれていないので、私が青春の危険な時期に、一心不乱に読書したのも必然的というわけである。

生きづらく不安定であるということが、私の定めであるらしい。

11.21.2015

真理はあるのか


私は学者たちの家を去ったのだ。しかもドアを強く背後に閉じて。……わたしは自由を愛する、そして生き生きした大地を覆う空気を愛する。わたしは学者たちの地位と威厳の上に眠るよりは、むしろ牛の皮の敷物の上に眠りたい。……かれらをつかめば、かれらはしかたなしに粉袋のように埃を立てる。しかし、その埃が、もとは夏の畑の産みだした黄金色の歓喜……であることに、だれが思い及ぶだろう(ニーチェ)

プラトニズムとは何かと言えば、崇高なもの、完全なもの、深遠なもの、絶対的なもの、永遠なものに対する従属である。なぜなら、イデアに対してはわれわれすべては「洞窟の影」に過ぎず、不完全なものでしかないからである。

見えないもの、存在の確認できないものに従属するという構図は、セム系一神教によくみられる。われわれは古代ギリシャの哲学とキリスト教を何か別物のように考えがちだけども、実は思想的には地続きである。

われわれがなにか学ぼうというとき、それはだいたいプラトニズムの臭いがするものである。科学がこれだけ権威を持つようになったのも、それが真理に近いという理由であり、その前提には、真理は存在する、という思想がある。

われわれは無意識にある事実を「階層分け」して、ある極点に真理を置き、それに近い順に事物を羅列している。

だから、われわれはある事実を確認したとしても、それは目の錯覚だ、一時的な錯乱だ、脳内の神経伝達物質がどうだ、と言われると、その経験的事実の方を覆して、科学的教説の方を信用してしまうものである。

例えば「雷は神の怒りなのか、雷は放電現象なのか」、という命題を前にすると、我々はふつう自然現象としての後者を肯定し、神話的な前者を否定する。あるいは「放電現象で、かつ、神の怒りである」と両方肯定する人もあるかもしれないが、ともあれ後者はある事実として確認されるのである。

しかしクワインによればそういう真理の階層分けの作業は、われわれが「その方が楽だから」認めているに過ぎない。例えば落雷がまったく未知の現象であったらどうか。記述不可能なものであるとすれば、われわれはそのたびに科学の無力さを思い知ることになる。それは宙ぶらりんであり、不安定であり、恐怖である。だから、科学は落雷を記述しなければならないというわけだ。それはまったくひとびとのニーズに適っているのである。

さて、ここで問題は、雷の「神話的な説明」もまた、記述する要求から成立したものだということである。ここで、科学的な説明と神話的説明の違いはなにか?いったい何が科学と神話を分かつのか?

クワインの指摘したことは、「科学は科学によって基礎づけられる」ということである。このことの意味は、科学が「根」をもっている、つまりなにか科学が根拠を持っている、ある絶対的基盤のうえに立っている、という事実はないことである。これをクワインは証明してしまったのだ。

だから我々にとっておそらくは、科学的説明も、神話的記述も同一に無根拠であると言えるだろう。分析哲学者のうちのだれかが言ったように、「科学はその本質では呪術と変わらない」ということになる。

そういうわけなので、私はプラトニズムをいよいよ否定する段階にきているのではないかと思う。もうこの世には真理なんて存在しないし、見えない真理に服従する必要はないのである。われわれはイデア的な真理の追及に生を浪費する必要はなく、生そのものを生きることが必要なのである。

結局実存主義に行き着いてしまった。

11.20.2015

今更行動主義など

考えてみれば、私は詩人でもないし、哲学者でもないのだから、無責任に、適当に物を書くことができるということは、これは幸いなことということもできるだろう。

クワインのホーリズムを少し勉強しようと思って、丹治信春氏の著書を手にとった。分析哲学の外形のようなものはつかめたが、なにせアルコール漬けのだらしない脳みそのせいで、断片的にしか理解できていない。

クワイン思想の行き着くところは、ある事実を証明することは不可能であるという不可知論的あるいは懐疑主義的な立場だと思う。私は例によって厳密な哲学的なタームの定義づけを知らないから、上の不可知論的、懐疑主義的という使い方は間違っているのかもしれないが、ニュアンスとしては近いはずだ。

ようはクワインもまた、この世には絶対不変の真理があるとか、神のような超越的存在があるとか、そういう考えは辞めようぜと言っているわけである。クワインの思想的立場は自然主義人間観であり、けっきょく人間も動物の一種で、人間的な見方でしか世界を把握できるものではないという価値観である(まあ皮相的にしか読めてないので、こういう漠然とした理解しかできないのだが)。

クワインは行動主義的な心理学にかなり傾倒したようで、行動主義の一個の神話と言ってもいい「パブロフの犬」を、だいぶ極端に拡大適応している。つまり、われわれは何度も同じ刺激を受けると、次もその刺激を受けると考える。われわれは、そういう経験から理論を作り出す。たとえば、リンゴは落ちるから、引力があるのだという風に。

「パブロフの犬」は、「ベルが鳴ればエサがもらえる」という「法則」を生みだした。われわれの科学法則とは、これと同じようなものではないか――とクワインは考えた、のかもしれない?(誤読かもしれない)

当時は行動主義全盛の時代だったから(とくにアメリカでは)、クワインが影響を受けたのもしょうがないのかもしれないが、行動主義というか心理学自体がなんだかいまいちな学問になってしまった今では、クワインの心理学に対する信仰も少しアレなように思える。

ともあれクワインも無神論的、アンチ・プラトニズムな考えを有していることを知り、なんとなくそれは喜ばしいものだと思った。それは凡庸なニーチェ・ファンの感想でもある。
かれらはかれらのみじめさから脱出しようと願った。しかし星はかれらには遠すぎた。それでかれらは嘆息した。「ああ、今とは別の存在と幸福とにはいれる天上的な道があればよいのに」と。――それでかれらは、かれらの抜け道と血の飲み物とを発明したのだ。(ニーチェ「ツァラトゥストラ」より)

11.19.2015

物をなくしやすい人

今日は散々な一日であった、ひとつに、歯が欠けた、つぎに、車のカギがなくした、低血糖で倒れそうになった、それと、職場でなんだかまた浮き始めた。

車のカギは、帰宅後、洗濯槽のなかで見つかった。私は信じられないほど物をなくす。財布をよくゴミと一緒に捨ててしまう。忘れ物は多いし、物を探すのが大の苦手だ。

おそらく、ADHDか何かなのだと思う。低血糖で倒れそうになるのも、自分の空腹感に対して無関心であるから、つまり注意欠陥的であるからだろうと私は考えている。私はべつに糖尿の薬を飲んでいるわけではないが、しょっちゅう血糖値が下がって意識が混濁するのである。

しかし、ADHDだから何だというのだろう。そもそもADHDってなんだ。よくいるおっちょこちょいを、科学の力で治療してやろうというわけか。ADHD、それは一個の定義づけに過ぎない。

モノに関心がなければ、モノをなくすことが多いのは、必然である。人よりモノに関心がないということは、べつに悪いことではないし、むしろ倫理的には良いことだと言えるだろう。同様にして、金をなくすことも、仕事に集中できないことも、人の信用を無くすことも、必ずしも悪いことではない。

仕事に熱意を持たないということは、正しい認識をしているということだ。なにせ、仕事とは、たいていどうでもいい労作の連続だからである。人に執着しないということも、また良いことである。他者というのも、基本的には我々にとって恐怖の対象でしかないからである。だから、みんな仲良く、という言葉はイデア界でしか成立しない。

ADHD、仕事で使えない、社会になじめない、周りから浮く人間というのは、私は一定の価値があると踏んでいる。端的にいえばアウトサイダーだからだ。つまり独創的な仕事をするのは、このタイプなのである。

そういう人間は、社会にとって脅威の対象となる。

これはどういうことかというと、アウトサイダーは、社会と自己を対置している。ということは、社会を相対化してみることができるということである。そういう思想を持つ人間が増えると、社会がドグマとして機能しなくなるのである。

たとえば革命とか、テロリズムとか、デモ運動などというものは、社会にとってなんでもない。それは社会という場のルールに従っているものだからだ。つまり、その行為は社会のために、人間が奉仕するという構図があるからである。それらの行為が成功するとしても、結果はドグマの書き換えであって、喪失ではないのである。

社会が恐れるのは、それ自体の消失であるから、アウトサイダーは社会の本当の敵であると言えるだろう。彼らは、実に周到に駆逐されていくのである。ニーチェは梅毒、ルソーは露出狂という風に、真の天才的思想家のこういう汚点ばかりが強調される(そうして二流の思想家が神格化される)のは、社会の自己保存的機能によるものだと言えるだろう。

11.18.2015

外傷的なイデオロギー

以下はひどい誤読、あてずっぽうである

昨日述べたジジェクの指摘が私に与えた効果というのは、イデオロギーというからには、何かイデア的なもの、理想的な、完全なもの――という先入観を取り払って、それよりもずっと歪であり、受け入れがたいものとしたことにある。

例えばマルクス的な定義では、「彼らはそれを知らない。しかし彼らはそれをやっている」という風になるのだけど、ジジェクによればイデオロギーとはもっとシニカルなもの――すなわち、「彼らは自分たちのしていることをよく知っている。それでも、彼らはそれをやっている」というようなものなのだという。

シニカル、皮肉なもの、笑いを含んだもの。イデオロギーといえば、なにかまじめな、冷血な印象を受ける。たとえばアルチュセールのように、「イデオロギーとは国家装置である」と言ってしまえば、何か無機質な機械のようなものを思い浮かべるが、そうではなく、イデオロギーとはもっと皮肉なものなのである。

私はこの考えを知って、ひとびとがどうして不十分なイデオロギー、たとえば政治的な主義や、法律や、あるいは明文化されない文化風習になじんでゆくのかが、わかったような気がした。

それは例えば相互依存的な愛情関係――ダメな夫と献身的な妻という図に近いもののような気がする。妻は献身的である、それは夫がダメだからである。夫はダメであるのは、妻が献身的だからである。そうして、妻は自分が夫を堕落させていることを知っており、また夫によって自分が不幸になっていることを知っている。が、しかし夫からは離れられないのである。

この関係は、イデオロギーと主体の関係と似ているのかもしれない。我々は、イデオロギーが欠陥を持っている、それを知っている、そしてそれがために献身的にイデオロギーに奉仕する。そうして、イデオロギーは不完全さを維持する。

イデオロギーとは不完全であり、受け入れがたいものでなければならず、それがために、人々の献身を受ける。案外こうしたことによって、人々の不条理な衝動を説明できるのかもしれないと思ったり思わなかったり。……もう少し勉強しなければわからないな。

11.17.2015

イデ崇

ジジェクの「イデオロギーの崇高な対象」を読んで感心したのはイデオロギーとは整合的であってはならず不条理でなければならないということである。

つまりイデオロギーとは我々を欺くもの、知らぬ間に無意識に潜入し我々をコントロールするもの――ではなくして、我々を傷つけるもの、受容しがたいもの、すなわち外傷的でなければならないのだという。

ジジェクはその一例として「法」をあげている。ジジェクは法律というものは、正当性、整合性、合理性を要求されるものではないとしている。ひとが法律に従うのは、それが法律だからであり、それが合目的的であるわけでもなく、ましてや真理に近しいとかいう理由によるのではないのである。

ジジェクは、パスカルの一文を引いている。

「してみると、人が、法だからという理由で法や習慣に従うのはよいことだ。……だが、民衆はこのような考え方を受け入れようとしない。彼らは、法や習慣の中には真理があると信じており、それで法や習慣は正しいと信じ、それが古いことを、(真理抜きの、ただその権威だけの証拠としてではなく)それらの真理の証拠とみなしている。」

我々は法が正しいからではなく、法の実効的側面(刑罰)を恐れるがためではなく、法が法であるために従うのである。別段、真理であるかどうかは肝心ではない。

繰り返すが、ジジェクによれば、イデオロギーは「外傷的」でなければならない。われわれがあるイデオロギーに従うときに、それは、何か受け入れがたいもので「なければならない」ということである。

ある意味で、それはイニシエーション的なものなのかもしれない。たとえば、ある部族では、成人の儀式の際には、高台から飛び降りなければならない。だれだって、高台から飛び降りたくはない。また、飛び降りることに意味はない。だれが得するわけもない。しかし、それを受け入れ、能動的に飛び降りるということ――このプロセスを踏んで、ようやく成人とみなされるのだ。

ソクラテス的合理主義であればどうだろう。「そのようなことは、勇敢さを示しはしない。かえって、周りからバカにされはしないかという臆病さから、彼は飛び降りているのだ。そうだから、このような儀式は即時やめにするべきである」となるだろう。

もっともこれは正しい。至って論理的だ。しかし、正しいがゆえにイデオロギーとしては成り立たないのである。

私は、ニホンコクミンの言う「大人になれよ」という言葉を思い出す。社会は不合理なものだ、「理屈じゃないんだ」と。不合理なものを、正そうとせず、それを受け入れる。その過程は、屈辱的だろうか?私はそうではないと思う。かえって、栄誉と、恍惚とに満たされるのではないか。

私は、イデオロギーに埋没する恍惚がなんとなくわかるという気がする。集団のなかで、摩擦なく生き、そして死んでいくという工程が、実際人間の真の幸福であるという気すらしてくる。

人間は――とヘーゲルは語りき――「死の病に冒された動物」、すなわち貪欲な寄生虫(理性、ロゴス、言語)に侵略された動物である。この視点に立てば、「死の欲動」というこの根源的否定性の次元が、阻害された社会的条件の表現であるはずがない。それが人間の条件(La condition humaine)そのものを定義づけているのだ。解決はありえないし、それから逃げることもできない。すべきことはそれを「克服」「廃絶」することではなく、それと折り合いをつけ、それをその恐ろしい次元の中に認める術をおぼえ、そしてこの根本的認識の上に立って、それとの間に和解協定(modus vivendi)を結ぶことである。


われわれは理性―idealismと不条理―realismの間でゆれうごく生き物であり、そうしてその間にある揺れ動き、あるいはパスカル風にいえば、「どちらでもある」という矛盾した状態、こそが、私たちの人間の条件であるのかもしれない。

個人的な考えとしては、我々には理性以前の状態があったはずであり(ルソーのいう「自然状態」)、人間の条件とは、必ずしも理性と不条理の葛藤にあるのではないという風に思っている。私はなんとなく、日本人の非合理的な社会構造に、かえって非合理であるがゆえに、少しの期待を抱けるのではないかと思う。

結局、理性をどこまで信用すべきかということになるのだろうと思う。

11.16.2015

便利で快適な真理

私の気にいるような文章を書いていたブロガーや文章家は、どうも筆が進まないらしく、いまいち煮え切らない文章を書いては、「えいや」とそれでごまかしているという有様のようだ。

なかには、更新をすっかり辞めてしまったブログもあり、私としてはとても残念なのだが、人びとの間で、なにか文章に対する期待というか、希望のようなものが消えていっているのかもしれない。

私自身も何か書いてどうという気分でもない。書かねばいけないという熱情のようなものも消えうせた。最近は、私のなかから、いろいろな願望や情熱が消えていったように思う。「これでいい」という満足のような気分が、私から不安を取り除いてくれる。

不安定な一時期は消え去った――私は世界から一歩引いて、この現実を、よくもなく、悪くもなくといった具合に、静観する姿勢を覚えたというわけだ。私は世界の光に惑わされることもなければ、闇の中で幻覚に怯えることもなくなったというわけ。

老いたのか?

私は、自分の年齢がわからない。もう死んでもいいという年のような気がする。例えばスーパーに行くと、田舎だから、私よりも年下の夫婦が、ベビーカーを押していたりする。そういうときに、私は、少しの憔悴を覚える(私は、スーパーで、帽子をまぶかに被って、イヤホンで音楽を聴きながら、半額の惣菜を探している)。

しかしその憔悴は、何か私にそぐわないもののような気がして、たとえば還暦男性の勃起のようなもので、原理としてはわかるものの、なにか受け入れがたいもの、恥ずかしいもの、滑稽なものとして感じるのである。

私は、この田舎でもう何年も働いているという気分になる。労働はもはや、無意識的に行うものになった。日々のサイクルは、私の精神に何も影響を及ぼさない。実際、ルーティンな仕事なのだが――。

都会の友人たちは、何をしているのだろう。まだあのせせこましいぎゅうぎゅう詰めの喧騒の中で、なんやかんや、生を費やしているのだろうか、なにかの衝動によって、なにか小奇麗な理想のために。

生がすべて悲惨であるということは、まったくの救いである。
人間の状態は疑いもなく悲惨である。しかしながら彼の偉大さは悲惨がすなわち偉大でありうるほど明瞭である。けだし彼の悲惨を悲惨として感じるということはただ自覚を有する人間にとってのみ許されたことである。……「人間の偉大さは彼が事故を惨めなものとして自覚するところに偉大である。」(「パスカルにおける人間の研究」三木清)
どんな状況であろうと、人間が悲惨であるという現実は、どんなところにあろうと、スマホがあればとりあえずの暇つぶしはできるように、便利で、快適なことである。なぜなら、われわれはこのことによって、幸福の条件を満たしたそのときに、不幸である自分を受容することができるのだし、まったくのどん底にあるときに、金持ちや幸福な人間に対してうらやむことがなくなるからである。

我は悲惨、彼も悲惨――しかし、それゆえに偉大なのだ。とは、実に便利で快適な真理である。 

11.15.2015

偉大と悲惨

私の最近の精神的な安寧は、パスカルの言ったように、我々はみな不幸であるということからきている。

幸せとはどこかにあるもの、到達すべきもの、私たちの前から隠されてしまったもの、だれかが独占しているものである――という認識はなくなって、数多くの思想家や宗教家が言っているように、もっとシンプルな定理、人間はみな不幸であり、幸福とは迷妄である、という、ショーペンハウエルに通じる考えを、いよいよ確信を得るようになったからである。

だから、大富豪が良い想いをしているとか……権力者は幸福であるとか……、人間はそういった羨望や嫉妬にかられる必要はないのである。嫉妬や羨望という感情が劣悪なのは、私が不幸である代わりに、だれかが幸福であるに違いないという迷妄による。

人間はすべて不幸だ――しかし、これは厭世主義というわけではないし、悲観というわけでもない。私はだれしもが不幸であるという現実をそれなりに受け止めていたが、パスカルによって、その現実を肯定的に受け入れることができたというわけだ。

パスカルによれば、人間は悲惨であり、同時に偉大なのだから、我々は、別段不幸にあっても、悲観に暮れる必要はない。我々に必要なのは、悲惨のなかにあって希望を持ち、幸福のなかにあって警戒を緩めないことだろう。
苦痛もある段階に達すると、世界がぽろりと落ちてしまう。だが、そのあとでは、安らぎがやってくる。それからまた、激痛がおこるとしても、次にはまた、安らぎがやってくる。もしこのことを知っていれば、この段階がかえって次にくる安らぎへの期待となる。その結果、世界との接触もたち切られずにすむ。(「重力と恩寵」ヴェイユ)
そういう意味では、パスカルの矛盾する定理はギーターの奥義に通じる。すなわち、「成功と不成功を平等のものと見て、諸々の行為をせよ」。もっともパスカルはこの異教に通じているわけではなく、キリスト的なシンボル、たとえばキリストの死と復活、人間の原罪に真理を見出している。


日常のこと――デンマーク製の机が届いた、まあまあ気に入っている。60年代の物が欲しかったけど、80年代の、安価な机になった。まあこれでいいという気がする。どっしりとした、きちんとしたチーク材であって、まともに国内製品を買おうとすれば、何倍もの値段になってしまうだろう。

11.13.2015

Le moi est haissable

最近になってやっと、パスカルは偉大な思想家だったのだ、ということを知った。

彼は優れた幾何学の知識を持ちながら、それに耽溺しなかった。パスカルは、幾何学を幾何学として信じながら、それを人間には適応不可能とした。この点がパスカルとデカルトの違いである。

パスカルによれば、人間存在は矛盾しており、それは「矛盾なき真実」によって暴かれるものではない。人間はなぜ矛盾しているか。人間は悲惨であり、偉大であることができるからである。人間の生は悲惨である。しかし、人間がただ悲惨な存在でしかないことを自覚した人間は、同時に偉大でもある。

そういうわけで、人間存在はある確定した記述可能な存在ではなく、つねに悲惨と偉大の間を揺れ動きながら、そうして悲惨であり、偉大でもあるという矛盾した様態を示すものである。
「矛盾は真理のひとつの悪い兆である。多くの確実な事柄は矛盾する、多くの虚偽なる事柄は矛盾なくして成立する。矛盾は虚偽の兆でもなければ、矛盾しないことは真理の兆でもないのである。」
こうした人間の有様を正しく認識するためには、幾何学や論理学では不可能であることを、パスカルは気づいたのである。人間や生を正しく認識するためには、「それによって魂が事物と自己自らとを全く新しき仕方をもって観るところの、一つの全く異常なる知識と見方」が必要だと説いている。
「すべての者は彼らが各々一つの心理に従うことによって一層危うく誤謬に陥っている。彼らの間違いは一つの虚偽に従うということでなく、むしろ同時に他の真理に従わないということである。」
「すべての彼らの原理は真である、ピロニアンのそれも、ストイックのそれも、無神論者のそれも。しかし彼らの結論は偽である、なぜなら反対の原理もまた真だからである。」
最近流行の相対主義に影響されて哲学に対して失望していたのだけど、パスカルに救われた気がする。上の記述から考えればパスカルは相対主義者と言えるのだろうが、"肯定的な"相対主義者と私は感じる。そのような態度が可能なのだと、私はちょっと感動したのである。

11.12.2015

人間と生活

以前に比べれば、信じられないほど落ち着いた性格になった私は、相変わらず仕事においては無能だけれども、ある程度は豊かな、十分な、ストレスのない生活を送れるようになっている。

私は歯抜けになったのかもしれないが、しかし、毎日、少しずつ生活を充実させていく、基盤を固めていくような生活をするようになった。私は生活の片隅に巣くった悲惨を野放しにするのではなしに、その悲惨が小さいうちから修繕する術を知った。私はこの単純極まりない「方法」を知らなかった。信じられないことだが、26歳のいままでずっとだ。腹が減れば、何かを食べればよいことを知っていたけども、生活を守ること、精神の均衡を保つことといったことに関しては、私はまるで無頓着だったのである。そうだから、私の生活は悲惨に満ちていた。

生活の悲惨が先か、精神的な異常が先なのかはわからないが、私は生活と精神の両方を病んでいった。大学にいたときはもっとも危うい時期だったと思う。私はつねに耳をふさいで叫びたいような衝動にかられていた。生活は引き裂かれてズタボロであり、修繕不能であり、もはや目にしたくないもの、私を苦しめるものでしかなかったのである。

生活を確実のものにしてゆくこと、豊かなものにしてゆくこと。不確定なものを、確実なものにしてゆくこと。これらの人間にとって当たり前の営みを、当たり前のように果たしていくことによって、私の精神も次第に回復していったのである。

――たとえば、家具を充実させること。バイクをメンテすること。公共料金を払うこと。職場で同僚と話すこと。野良猫に餌をやること。

これまでの私には、およそ読書と音楽しか救いがなかった。それでいいと思っていたわけだ。しかし、空ばかり見上げていても転んでしまうものだから、私もようやく、人間らしさを取り戻したことになる。金を、使わねばならない。貯めた金を。自分と、自分の生活のために。



という文章を書いていた。

が、私にとってどのように生きることが幸福なのだろうか?

最近、仕事の関係で、明らかにヤクザだろうという人に会った。私は、恐れて、声を震わせてしまった。緊張で、視界がチカチカした。そのあとに、私はとても恥ずかしくなった。このような人間は、男として失格だろうと。

生活における幸福は、割合簡単に得ることができることを知った。それは、月収の5%ほどを、毎週消費することである。私は、デジカメを買った、バイクの部品を買った、ブーツを買った、デスクを買った。どれも大した値段ではないが、私の生活をゆたかにするものである。

幸福とは、単純なものである。生活が昨日よりよくなる、という感覚だ。そして、不幸とは、明日にはより一層悪くなるに違いない、という予見である。だから大抵の例において、投資はひとを幸福にし、ギャンブルはひとを不幸にする。もちろん投資がギャンブルになることもあれば、逆のこともある。それは結局、期待値の問題だ。

私は、もう、一日の食費が1000円を越えようと、気にならなくなった。無意識的に仕事をこなし、日常を過ごすだけで、金が手に入るからである。

それでも、当然、これでいいのかという気持ちはある。

しかしどうすればよいのか?私は、世間的な成功者になるという道筋に、あまり魅力を感じなくなってしまった。私が思うに、だいたいの成功者とか、権力者はサイコパスである。政治家や、経営者など見ていてもそうである。つまり、神経症的な私――敏感で、つねに怯えた小動物のような精神性を持っている私は、そのような道は到底実現不可能というわけである。

晴耕雨読な生活に憧れることがある。晴耕雨読とは、「ほんとうの勝ち組」の生活ではないだろうか。ルソーの「社会契約論」の記述を思い出す。
人びとは、都市地区が、直ちに、権力と名誉とを独占し、やがて田園地区を下落させたと思うかも知れない。が事実はまったくその反対であった。初期のローマ人が田園生活の趣味を持っていたことはよく知られている。この趣味は、賢明な建国者から、初期のローマ人に伝えられたものだが、それは自由と、耕作並びに軍役とを結びつけ、技術、手工業、陰謀、財産、奴隷制を、いわば都市へ追放したのである。

11.11.2015

かわいいニーチェ

天使ANGE――これは使者、幸福な使者、待たれた使者、歓迎される使者である。天使は老いた者ではない、天使は学者ではない。ただ、彼は新しい時を告げる。天使は裁かない、天使は赦しもしない。彼はよろこんで与える。彼がもたらすのはあかしではない、それは一つの音信(おとずれ)である。「こんなことではいけない」と、彼はあなたの髪を直すのと同じように単純に言う、「あなたは呪われてもいないし、悲しんでもいない。あなたは無用な者でもないし、勇気を欠いてもいない。私があなたにそれを言うのは、それを知っているからだ。ところが、あなたにはそれがわかっていない」。天使は議論しない。(「定義集」アラン)
アラン(エミール・シャルティエ)の「定義集」を読んでいたら上の文章にあたり、美しいと思った。また「毎日書く、例え天才であろうと、なかろうと」とあって、なんだか励まされた気分になった。アランの精神性は私に似ていると思う。
哲学PHILOSOPHIE ほとんどすべての善が、またほとんどすべての欲望がむなしいと考えることによって、失望や屈辱に対して自らに警戒をうながす魂の按排である。哲学者が目指しているのは、自然的で自分に嘘をつかないものだけを感じとることである。哲学者の欠点は、非難する傾向が強いこと、そして懐疑をとくに好むことだ。(同書)

欲望――「私とは、精神とは、頭脳である。したがって、もし私の頭脳が適切な環境に隔離されれば、四肢や内臓は、ただの肉の塊に過ぎないだろう」と主張する人間は、おそらく腕を切り落とされても気づかないだろう。

私はこういう人間の腕を切り落として、「あなたは同じ人間か、同じ精神か」と問うだろう。「然り」と答えるならば、次は脚を切り落とし、問いを繰り返す。大腸から、小腸、肝臓、胃を切り落とし、肺を切り落としたところで彼は答えなくなる。そうだから、私の結論が正しいことになる。沈黙は絶対的肯定である。

とつまらないことを書いた。

最近ニーチェのソクラテス批判が的外れであることを知り、それが少し残念だった。

彼は処女作「悲劇の誕生」において、ディオニュソスとソクラテスを対置させたのであり、(かなり真正面から)ソクラテス的主知主義、論理主義を批判したわけだけども、秋山英夫氏によれば、アリストテレスでは知識の定義には「事物の本質を認識する純粋思惟(sophia)」と「実戦的知識、すなわち欲望を調和・統御する道徳的知見(phronesis)」とが区別されたのだが、ニーチェは「故意にこのソクラテス的『知』の意味を黙殺して、ソクラテスを理論的人間の現像にデフォルム」したというわけだ。

この解説は的を射ているようだ。私は一面では安心した、危うくソクラテス流儀の主知主義を断罪してしまうところだった。そうすればデルポイの神託などをタイトルに掲げている以上は、看板を変えねばならないと少し悩んだからである。なぜならソクラテスを世界でもっとも賢い者だと預言したのがデルポイ神殿だからである。

もっともこのデルポイの伝説も怪しいものであり、「ソクラテスは世界で一番賢い」という預言を聞いたのはソクラテスの弟子のカイレポンなのだが、このカイレポンは、「カイレポンは世界で二番目に賢い」という神託も同時に得ているからである。

さて、ニーチェは上のように「あらゆるものを、本能的に翻訳・変形(「この人を見よ」)」するのだが、ニーチェ自身も適当に翻訳されることがある。「いたこニーチェ」という本では、彼はソクラテスと対立しているのではなく、「プラトン―カント」と対立していることが戯画的に描かれている。

カントはともかくニーチェがプラトニズムの批判をしていることは確かであり、そうしてソクラテスもプラトンによって記述されたのであり、ニーチェの本当の論敵はプラトンだったと言えるかもしれない。

私は、ただなんとなくニーチェは「ソクラテス的主知主義」という言葉の持つ魅力に屈したのだと思う。確かに読者をアジテートする幻惑的な言葉である。ソクラテス批判ってなんかかっこいいし。かっこいいから使っちゃえというわけである。そういうわけで、私はニーチェの「詩人」としての才能の片鱗を処女作から感じ取ったのである(歴史家としてはアレだが)。

ニーチェはこの「悲劇の誕生」を発表して以来、学会から猛攻撃を受け、ニーチェの講義には哲学科以外の学生ふたりしか来ないという憂き目にあったという。かわいい奴だと思う。

11.07.2015

ほんとうの勝ち組

こういうことを書き続けて、ひとびとが喜ぶならそれでいいけど、それだけでは何にもならないという気がする。

私は結局何物にもなれない――凡夫として終わる、という思いが、ここしばらくあるのだが、その感情は何物にもなれなくていいという肯定が、前提としてある。

私が何かの高みを目指して――つまり、ひとをかき分けて、ある到達点に達することを目指していたときは、こういう認識はなかった。私は、人民大衆から隔絶された一個の奇形であり、そのため、私は天才として成功するか、狂人として死ぬしかないのだ、と思っていた。

ところが、いまこうして田舎で、質素な生活を送っていると、私は凡夫であり、何者でもなく、だれもが通り過ぎてゆく風景として、生きることも可能なのではないか、と考え始めており、そうしてその生活が、「ひとびとをかき分けて到達した点」よりも、よいか、悪いのか、という疑問を、今抱いている。

バイクで山道を走っていると、山奥に、ひっそりとした村落を見つけることがある。洗濯物が干してあり、廃村ではない。建物は古いが、たいてい、少しの威圧感をもってこちらを見降ろしている。私はこういうところに行くと、恥ずかしい気持ちになる。それは、六本木のタワーマンションの前を歩いているときの気分と同様だ。自分が小さく、なんでもない人間のように思えるのだ。

六本木のタワーマンションに住んでいる富裕層と、バイクに乗った変わり者しかやってこない山村の住民は、いったいどちらが幸福なのだろうか?もしかすれば、本当の「勝ち組」はこうした山村にいるのではないか――?という疑念が、浮かんでしまう。

というのも、私はタワーマンションに憧れることはあるけども、隔絶された田舎の世界にはもっと憧れるからである。

おそらく、天皇とか、総理大臣がひとつの権力の極点であるというのは、素人向けの幻想である。本当の勝ち組は、ひっそりと暮らしているのではないかと思う。静かな環境で、農作業でもしながら、生を愉しみ、そして苦悩し――下界を見下ろしているのである。

もっとも、上記は、単純な自己正当化、つまり田舎で細々と暮らす自分の正当化なのかもしれないが。

11.06.2015

日常の仕事

今日も一日、仕事をこなした、明日も仕事なのだが、まあそつなくこなしていく予定である、日常は、私を拒絶しないようだ。どうもこの気候がいいらしい、私たちは、適度に乾燥した清涼な空気に触れると、健康になる。都会であれば、こうもいかなかったかもしれない。夏がどうしようもなく不快なことは、おそらく北国を除けば田舎も都会も変わらない。春も、どうも、雨が多くてやりきれない。

ここ最近の気候は良いという気がする。私は、仕事に対して距離感をとりつつも、ちょうどいい距離感を模索し、仕事に対して、押しつぶされることもなく、熱中もしない、よいバランスをとっている。私は仕事とは、積極的に行うものでなしに、かといってある強制力によって従わされるものでなしに、本能的に自然に行うものだと思っている。

それは、赤ん坊が積み木を前にしたときの衝動と同様である。積み木を彼は、組み立てる。それは母親に褒められるからでも教育によって条件づけられたわけでもない。とりたてて理由もないのだが――彼はそれを組み立てる。

私の仕事は、ろくでもないものであり、単純作業や事務的な作業が多く、とてもやりがいなどとは無縁なのだが、それだけに仕事というものの現実を、すばやく知ることができた。

学生時分の私にとって、毎日同じような仕事をしている人間というのは、おそらく愚鈍なのであり、私はそのような生活にはおよそ堪えられないと思っていた。私にはもっと、刺激的でクリエイティブな仕事が適しているだろうと思った。

そういうわけで、私は1年か2年かこの仕事を続けて金を少し貯めたら、退職して、世界を放浪して、その経験を活かして作家デビューでもしようかと思っていた。私はそれまでの経験から、あらゆる環境になじめなかった。だから、会社という組織のなかではもっとなじめないだろう、と予測していた。

ところで、現実にはどうだったろうか。私はいま考えるに、この仕事は、特別な事情がなければ、一生でも続けられる、と実感している。

仕事とは、本能的に行うべきものであり、その意味では食事と通じる。われわれの食事にまず必要なものは、米やパンのような炭水化物であり、肉ばかり食べていても病気になるし、刺激物についても同様である。そういうわけだから、くだらないルーチンや、必要性のわからない事務作業のような仕事こそ、健康には不可欠なものかもしれないと思う。

逆に言えば、刺激物だらけのような仕事や、甘ったるい仕事のようなものは、胃腸障害を起こしたり、糖尿を起こしたりするので、健康にはよくないということになる。

私が今の仕事に就いて良かったと思うことがあるとすれば、上のような事情である。私は田舎のゆるやかに流れる時間のなかで、目標も、悩みもなく仕事をしている。もちろん仕事をし始めたときには恐ろしい苦悩に襲われたけれども、とりあえず、ジャパニーズ・スタンダードの劣悪な労働環境に比べれば、私はまあまあ恵まれているといった具合である。

しょせん、この気分の良さは気候によるものであり、また憂鬱にかられれば、仕事を辞めるだの、何だの、書き始めるだろう。

最近、「悲劇の誕生」を読んだ。ニーチェの処女作である。私はニーチェにかぶれていたのだけど、だいぶこれによって熱が冷めたという気がする。いや、少し冷め始めていたのか――もちろん「熱感」という意味では、すごい書物なのだけど。

11.05.2015

Mosaic

哲学が真理であったためしがなく、おそらくこれからもないだろうということを知ったときに人はどうすればよいのか。

我々にとって世界はモザイクであり、認識不可能である。そのモザイクのマス目を、赤く塗るか、青く塗るかという問題に終始しているのが哲学であり、真なる認識(モザイクを暴くこと)に至ることは、おそらく永遠にないのである。

これまでの我々は、「進歩している」と考えていた。人間とは動物から神に至るまでの過程であると考える人もいた。たしかに科学は進歩したのであるけども、はたしてそれが科学的認識を抜きにして進歩したといえるのか?という点が、疑問なのである。

我々は科学を信奉する。例えば我々は進化論を信じている。アダムとイブから人類が生まれたのだ、などとは、ふつうは思わない。また日本の神話のように、兄妹神の近親相姦によって国や人間が生まれたとは、これも考えられないことである。そういうわけなので我々は、我々の先祖は猿であり、もっと辿ればげっ歯類だ、と考えるわけである。

しかしながら、もしも我々の生活にメディアや教育を通じてダーウィニズムが現れることがなければ、我々は、天井裏を走るネズミが自分の先祖だとは考えないだろう。ところがメディア・学校で進化論を教われば、われわれはそういうものだと信じるものである。とくに子どもだとそうである。

ある幼児を教育やメディアから隔絶してしまえば、独自の世界解釈を得るだろう。それは未開民族の宗教思想にも通じる。果たしてそれが間違っているのか?それが不幸なのか?これはだれにもわからないことである。

もしかすれば、慣習―歴史的ドグマの(安逸で勝手のいい)認識を得た我々よりも、ずっと正しい認識をする――そういう可能性があるとは、考えられないだろうか。科学とは、我々にとっては、我々以前にあったものである。それは我々にとっては、獲得するものというよりも、適応するものである。それは一個のドグマであると同時に、世界を形づくる環境であるから。

そういうわけで、我々は科学によるドグマと、科学による構造物に囲まれて生きているということなのである。おそらくそれ以外の世界が人類には用意されていたはずだが、そんなことは、生まれたときから適応の仕事に追われていた我々には、知る由もないのである。

11.04.2015

Apollo

生活が、今より少しずつよくなる――という希望が、人間が生きるということのすべてだという気がする。

結局、真理探究などに、意味はなかった。間違っていることはたくさんある。それらを切り捨てることは容易だ。しかし、厄介なことには、正しいらしいこともたくさんある。これらを切り捨てることは簡単ではない。

ひとつの神話、歴史に対して、埋没できれば、それは幸福なことだと思う。実のところ、ニーチェはこの神話・歴史を肯定している。人が生きるためには、ソクラテス流の理性主義ではなく、神話―歴史が必要なのだと。

アポロンとディオニュソスとは、音楽における和音と不協和音のようなもので、結局のところ、どちらも芸術になりうる。だからニーチェはディオニュソス的価値観を主張しながらも、アポロン主義を否定しなかった。

われわれは、信じたいことしか信じることができない。これが認識の限界である。我々の生活は悲惨に満ちている。我々のすべてが、夢や理想からかけ離れた生活を送っている。だから、我々はこう思うかもしれない。「我々は現実を認識している」と。我々はリアリストだ。神話も、歴史もない――しかしその現実はほんとうに現実だろうか。

精神分析が哲学の主要なテーマになったことがある。それは我々の精神のカリカチュアとしての精神疾患患者が、われわれの精神を説明すると思われたからである。

健常な人間であっても、いくらか神経症的な部分は持ち合わせているし、大鬱的な症候を示すことは珍しくない。だから、症例―サンプルを組み合わせれば、一個の人間的人格が、普遍的精神が生みだすことができると考えられたのだ。

ただし、健常な精神を記述することは不可能だ。なぜなら、多くの人間の属する健常の精神は、それを記述する主体がすでにそれであるから。われわれはカリカチュア的精神を記述することによって、その距離から人間の精神を探ろうとしたのだ。例えば、甲状腺の機能亢進や機能減退によって、(健常な人間からは知ることのできなかった)甲状腺の生理学的な機能を知ることができる。

そういうわけで、病人の検体が哲学の仕事になった。精神的な逸脱者、狂人の研究。しかし、その仕事はうまくいっただろうか。

私は思うのだけど、狂人とは、哲学の外にあるのではないか?我々の哲学の行き詰まり、混乱は、哲学の思い上がりにあるのかもしれない。言語ゲームと彼は言ったが、それも結局は言語ゲームじゃないか。

私は、言葉や理性によって真理に達することができるという考えを、辞めたいと思っている。我々にとって正しい道とは、言葉によって到達できないという気がするからだ。

音楽をやるときであっても、バイクに乗るときでもそうだが、結局、理性的なふるまいによってうまく行くことはないからである。うまく行っているときは、必ず非理性的であり、自然であり、記述不可能である。だから、私は理性を嫌い、本能を信仰する。

善き生とは、もはや考えることのない生であるという気がする。すべてから解放されており、したがって彼はもう考える必要はない。肉体や精神が傷つけられても、死に直面しても、自然で本能的である以上、彼はそれを気にもとめない。

ギーターの言うところの、「成功と失敗を同一のものとして、諸々の行為をせよ」とは、そういうことなのだろうし、仏教的な「解脱」もこれに当てはまるだろう。

そういうわけなので、言語的世界、科学とか、道徳を超えたところに善き生があると思う昨今である。以上の事柄は、ワインを半分あけてから書いたので、めちゃくちゃだろうが、気にせず公開することにする。

11.03.2015

歴史と認識

生きづらいということが物書きには必須なのだと思う。書くということで、世界と距離を置くことができるし(対象化)、また同時に接点も生まれるからである。

世界に対する愛着と、嫌悪の感情を、同時に満たすことができるから、人は書くことに打ち込むわけだ。だから、書くという行為の前提は、錯綜した感情が原動力になっている。

ex: 純文学のテーマは、だいたいこの矛盾―錯綜した感情。

良い評価を得る作品は、すべて上の感情を表現しているに過ぎない。上の感情は、つまり、筆者の心情であり、良い作品とは、技巧云々よりも、筆者の「率直さ」「正直さ」が評価されているに過ぎない。

人間はそれぞれ、非社会的・非公的・非論理的な感情を持ち合わせている。おそらく、ある程度までは人間は社会性をもって生まれる、つまり社会性はアプリオリなのだけども、現実の社会とはいくらかアポステリオリな要素を持っている。アポステリオリな要素――つまり、歴史、慣習。ある個体が生まれる前から存続し、ある個体がそれに順応しなければいけない要素。

ここに矛盾が生まれる。人間個体が引き裂かれるというわけだ。この順応に失敗(あるいは拒絶)したときに、人間は精神病=狂人になる。狂人の存在とは、歴史の否定である。だから、革新的な存在ではある。狂人の言葉は、必ずしも破綻しているのではなく、歴史・慣習から離れているだけである。

人間の社会性はアポステリオリであるという思い込みが西洋思想の中心にあったわけだけれども、私はいい加減この考えを捨てるべきであると思う。これは民主主義的なイデオロギーだ。つまり、「人びとが集まって社会ができる」というドグマ――個人の意思から社会を築き上げる(アメリカ的な)ドグマ。つまり、民主主義は(歴史・慣習的に)正しい―というテーゼが、人間と社会の在り方を規定している。

ただ、私が何度も繰り返すことには、人間個体は社会から生まれたのであり、まず社会という前提があるのである。それは、どんな未開の部族にも社会的集団がある(というか猿やゴリラにも)という事実から明らかである(ところでそういう社会集団には「個人」はない)。だから、ニーチェの言ったように「個人とは、まことに近代の産物である」。

民主主義的イデオロギーは逆立ちしているのであり、私はこのような虚偽に絡めとられないよう警戒することが必要だと思う。もちろん封建主義になればよいとか思っているわけではない(思うときもあるが)。よい社会には民主主義的イデオロギーは必要かもしれないと思う。ただ、個人が正しく生きようというとき、そういった思い込みからは解放されていなければならない。

歴史・慣習――科学とは、歴史・慣習の世界である、ということ。

我々は、科学を進歩したと思い込んでいる。ニュートンからアインシュタインへ、デモクリトスからドルトン・アボガドロへ。われわれはこう考えることができる。我々は真理に向かって進んでいる。モザイクのように漠然としか見えなかった世界が、今は鮮明に見えるのだ。我々は前進した!

しかし、実際は我々にとって世界はモザイクのままであり、ニュートンからアインシュタインへの変化は、モザイクの模様替えに過ぎない――という哲学的考察が、20世紀の論理学の分野で主張されていたらしい。つまりそれはクワインの言ったようなこと。

「物理的対象の神話が他の多くの神話よりも認識論的に優れているのは、経験の流れの中に扱いやすい構造を作り出すための道具として、他の神話よりも効率がよいことがわかっている、という点においてである。」

ここでいう神話とは、私の言う歴史・慣習と変わらない(と思う)。⇒ある個体が生まれる前から存続し、ある個体がそれに順応しなければいけない要素。

科学や我々にとっての認識がアポステリオリであり、非自然であるという事実は、嫌なものである。

我々のテーブルにはコップがある。しかし、本当にコップがあるのだろうか?哲学とはこういうめんどくさい思考の連続である。もっと突き進めば、哲学することに意味はあるのか?というところに行き着きそうだけども。




民主主義を批判してみたけども、ほんとうに正しいかはわからない。おそらく、社会から個人が生まれ、個人が集まり新社会を生み出すというモデルが正しく機能すれば、理想的な社会を作れると思う。

ただ、現実には個人とは少数であるから、うまくいかないのではないかと思う。というのも、世の中は基本的におバカが多数を占めることは、これはどうしようもない事実だからだ(認知症の老人にまで選挙権はあるし)。

オルテガの言うような、貴族的精神を持ったひとが、大衆を率いる方がいいと私は思う。というと、現代の「上級国民」「一般国民」という戯画的なモデルを支持するように思われるかもしれないが、オルテガの言う貴族とはもっとヒロイックなもので、不断の努力と自己犠牲を厭わない人間のことである。

11.01.2015

about money

やはり絶対の時間が足りない。明日仕事があるのであれば今日は酒を飲まなければならない。そうしないと、やりきれないからだ。酒を飲む時間は、早い方がいい。早く寝なければ、仕事に支障が出るからだ。

金が貯まってきたので、少し余裕が出てきて、カメラとか、冬用の布団を買ったりしている。これまで3000円の寝袋で我慢してきたが、夜中に寒くて何度も起きるので、嫌になった。カメラはコンデジだが、どうせ向こう何年も使うだろうから、今買っておこうと思った。

あとは、ブーツを新調した。バイクに乗るのに、スニーカーでは足首が冷たいし、ホームセンターのセールで買った1200円のブーツは、汚れやオイルがついていて、一秒でも履けば靴下からずっとその臭いが漂うほど、ひどいものだ。だから、楽天で、中古のブーツを、6000円くらいのものを買った。それは、チェコの国営メーカーのもので、物はしっかりしているのだから、ちゃんとメンテすれば、1年くらいは履けるはずだ。

私は消費が苦手だ。

ふつうの人が、自然に、本能的に、消費という行動を楽しんでいる姿が、私には理解できない。私はなぜこんなにも不自然であるのだろう。ひとびとは自然だ。私だけが、何かその行為に没頭できない。

だいいち、金は、恐ろしい代償を支払って、何とか手にするものだ。金を得るとは、人に使われることだ。もっとも、現代は、金が金を産むようにできているけど、ふつうの人にはまずそんな元本はないのだから、最初は生活のために、次は子どものために、次には老後のためといった具合に、金はあっという間になくなってしまうから、ふつうの人はふつうのまま、働いて、死ぬ、というだけのことだ。

私は、金を貯金して、当惑している。飢えた人にパンを与えて、当惑することがあるだろうか。私は金がなかった。長く貧乏な生活をしていた。だから、金を遣うことがわからない。

昔、若い私は、年収2000万円を志したことがある。つまり、年収2000万円とは、人口比で0.2%であり、私も0.2%以内に入るくらい有能だから、それは不可能ではないと睨んだのである。0.2%に入る根拠とは、就活をしていたときに受けた何とかとかいう適性試験の模試で、それで私は上位0.2%くらいだったのである。しかし現実には、0.2%の私は、就活に失敗し、地方で細々と暮らしている。

金がないという理由で、金をくれるという小企業に入ったが、私は正しかったかわからない。私は貧困に歪められたという気がする。私の学友たちは、みな私よりも金持ち家庭の出身であった。私の実家はといえば、田舎の中流といったところだ。田舎だから、中流というだけで偉いように感じるが、都市部の金持ち連中とは比較にならない。そうして、そういう金持ち家庭の皆様は、都市部で楽しく賑やかな暮らしをしており、私は田舎の環境のなかで、ひとり、酒を飲んでいる。

金を得れば幸福になれるだろうと思っていた。実際、いくらか幸福である。金が貯まるごとに、なんだか余裕はできる気がする。10万円くらいのものを買っても、ほとんど懐は痛まない。すごい感覚である――学生時代は、10万円は一か月の生活費以上だから。

こうして、日常のことを書いていくことが、何か意味を持つのかわからない。私は、数年前からだいぶ変わったように思う。文章で記録に残すと、そういうことが明瞭に浮き出る。私の精神は変化するが、変わってよかったか、悪かったか?書くことも、続ければ「成長」になるのだろうか。

それよりも、私の精神は蝋漬けになったようにも感じる。これが、田舎のつまらない仕事に適応してしまったせいなのか、あるいは酒と加齢が悪いのか、どちらだろう?私は遠く昔――手を伸ばしてやっと手が届くくらいの微妙な感覚だが――の、明晰さ、怒り、感情の激越を取り戻すことができるだろうか。

10.31.2015

雑記

やけくそなことばかりを書いているが――

私の生活は充実し、私はよく笑うようになった。精力に満ちた声も出すようになっている。私は健常の世界に帰ってきているのである。私は自分の二重性だとか、神経症的な精神の破綻からもここのところ無縁である。

いわば「折り合いがついた」ということで、私は特段、自分のことを語る必要もなく過ごしている。

私から一定量の苦痛が取り除かれたのであり、そのためいくらか朗らかに生活している。もちろん、私には友人のひとりもなく、ましては恋人なんていない。約束された将来もない――「夢も希望もない」状態ではあるけれども。それでも私は健常なのであり、これからも健常であるだろうという気分が、私を喜ばせる。

私は、いったい、暗いところだけ見つめていた人間だったろうか。私は、世界の明るさに背を向け、あの暗くじめじめとした一極点を、睨み続け、そして耽溺しながら周り続けていただけではないのか。

つまるところ、私の神経は過敏だったけども、少し年をとって、いろんな感覚が鈍り、そして連日の飲酒によって、脳みその機能が衰えてきたので、私はいくらか過剰な神経の昂りから解放されたということができるだろう。

明晰さとか、賢明さには代償がある。だれよりも苦しまなければならないという代償だ。人間が楽になりたいと思うことは自然ではないだろうか?

私が発する言葉が、何の意味も持たないと確信していた数年前が懐かしいけども、今は少しアクセス数が増えてきたので、こういう駄文でも需要があるのだと感じる。最近はまったく有意味なことを書けていないけど、読む人が減れば、それはそれでいいという風に思う。

最近の課題⇒Linguistic turn

この哲学的転回がおもしろくって、興味をそそる。ヴィトゲンシュタイン、フンボルト、クワイン。明日は日曜だし、読書をしよう。

10.29.2015

Il faut se déraciner

相変わらず何もなさず何にもなれずという生活だ。

私は職業人だが職業人ではない。私がもう半年以上続けている日常の仕事を、ふつうの人が感じるようにこなしたことはない。赤ん坊が、積み木を与えられたら、それを組み立てる。車のおもちゃを与えられたら、それを走らせる。人形遊びでもなんでもよいが――とにかく、私にとって今行っている仕事は、何か(唐突に)与えられたものであり、その行為自体はチックのようなもの、痙攣のようなものである。したがって意味など何もない。私はその仕事に感情をあまり与えないようにしている。

そういうわけだから、私には責任などない。仕事とは、本能の行うものだ。

私が白米の代わりにパンを食べたところで、何かが変わるわけではない。私がしているのは「仕事」であり、私が特定の職業人であることを示すのではない。私は仕事をする。しかし、私は仕事によって規定されない。

規定されれば、それは幸せでもある。パン屋のおじさんであったり、土方だったり、あるいは分子設計学の有能な研究者だったり、年収5000万円超の開業医でもいいのだが――とにかく、そういう人種として、自分の在り方に疑問を持たず、その職業的要求に専心できる、そういう人間であることができるのであれば、私も幸せだったろうと思う。

1.私には特定の何かがない。⇒対象としての問題
2.私が特定の何かであることがない。⇒主体としての問題

私には大抵の出来事や問題が、陳腐で、くだらなく思える。私が高みにあるわけではない。私にとっては、例えば青と紫の違いがわからないようなもので、たいていのことが、つまらなく思える。日常の空虚さを、埋めるための物事はたくさんある。私もそれにあやかろうと思うことがあるが、無理だった。

私の人生は、平穏と言えるのかもしれない。私は自分が何者かであると到底思えないし、私にとって大切な、ただ一つのものといったものも終になさそうだからである。私には、執着がない。こうして働いている今も、将来異国で旅をしている間も、たぶん心情的にはそう変わらないだろうという気がする。私には、身ひとつしかなく、財産も、アイデンティティも、拠り所も、何もない。

10.27.2015

離れられない。

牧歌的だった日曜日の風景が遠く懐かしく感じられるくらいに火曜日の今日は憂鬱である。仕事に、疲れ切ってしまった、とにかく、私は、ひととの協働ということには不向きだ。私には、孤独が必要なのである。私は、たまにふもとに降りてきて、数日ぶりに言葉を発するとか、そういう生活に憧れる。人を見るのに疲れてしまった。人の相手をするのが嫌だ。人に会うたび、私は何かを吸われていくような気がする。ひとと言葉を交わすたびに、視線を交わすたびに、私は疲労を蓄積させて、何かを失っていく。しまいには、へばってしまう。人々も、仕事場も、遠くなる。身体も精神も、ずっしりと重くなり、普通のひとびとと接するためには、必死で這い上がって、元気な振りをしなければならない。私は孤独を渇望する。私にはそれが必要だ。しかし、私は離れられない。離れられない――なぜか。仕事場から、消えてしまう人間なんて、到底許されないからだ。そのようなことをすれば、私は社会的に抹殺される。されなくても、刑罰を受ける。離れられないということ、私は自由に行動しているように見えて、上から容赦なく押しつぶされているということ。もっとも、私だけでなく、だれもかれも、その強力な力によって押しつぶされている。働いている人間だけでなく、ニートも押しつぶされている。しかし、どうすればよいのか。私も、あなた方も、みな押しつぶされているのです(自覚はないかもしれませんが)、と訴えたところで、私はいよいよ狂人扱いされるだけである。医学の権威化。標準的であること、多数派であること、逸脱なく、摩擦なく溶け込むこと、正規分布のs信頼区間内にいること。医学は我々を支配した。そういうわけなので、本当のことを言う人間は、みんな病人になってしまった。……と言ったのがフーコーだ。私にはオリジナルの思想などない。最近、ニーチェもアホらしく思えてきた。哲学学者はもっとアホらしい。原文で哲学書を読んだ、それが何だというんだろうか。ヘーゲルを読んだ、カントを読んだ――おめでとう。私はいまだにシニフィアンとシニフィエの違いもわからない。私はなんとなくニーチェが好きだしフーコーは頭がいいと思っている。それで好意と信頼をもって読書をしている。私の考えていることは高尚ではない。くだらないことだ。私は今日の仕事中、猫のことを考えていた。私には、猫は「生きたい」という本能を体現しているように思えた。私はその力強さに心打たれた。読書以外で何かに感動することは、それが久しぶりだった。猫の媚びた動き、おびえた動き、体温、毛並み、すべてが生きることを意志していた。それで、人間はなぜ死にたいと思うのだろうと、実際に死にたいような感情に襲われていた私は考えていた。私とあの猫の違いはなにか。人間も動物であるから、死にたいと思う必要はないのであるが、実際には死を意志するし、そして死んでいる。そういうわけで、「死にたい」という感情はどこからくるのか、ということをぼんやり考えていた。私にとって哲学とはそのレベルのものである。私は、なんら抽象的思考を得意としないし、記憶力はほとんど老人に近しい。論語や老子を読んでいたら「人の嫌がることを進んでやれ」とあって嫌になった。ひとの嫌がることは私はしたくない。私には東洋思想は合わない。西洋思想も合わないのだが。結局、私はしょせん子どもでしかない。成熟した大人にはなれない。一人前にはなれない。この社会には、居場所がないという気がする。なにもかも、失望させられる。

苦痛もある段階に達すると、世界がぽろりと落ちてしまう。だが、そのあとでは、安らぎがやってくる。それからまた、激痛がおこるとしても、次にはまた、安らぎがやってくる。もしこのことを知っていれば、この段階がかえって次にくる安らぎへの期待となる。その結果、世界との接触もたち切られずにすむ。(「重力と恩寵」ヴェイユ)

10.25.2015

猫缶

とくに記すこともない一日だった。

ホームセンターを何往復もして、バイクのメンテをした。

そのあと、猫缶を買って、猫に餌やりをしていた。


今月も、給料が振り込まれた。分不相応な大金だ。

「喜捨」というわけで、猫に餌を与える。人懐こい猫だが、左目が病気のようだった。だいぶ懐いたようで、なでていると何度か甘噛みされた。

海岸のすぐそばの公園で、人はいなく、夕陽が差し込んでくる。空には鷹だかトンビが飛んでいて、すすきがはためいている。風は冷たくなく、強すぎず。

そういうところで、私はイヤホンでサティを聴きながら、猫をなでて、リラックスしていた。ほんとうにリラックスしすぎて、"I didn't know what time it was"といった状態だったが、釣り人たちがのしのしと崖を上がってきたので、撤収することにした。

相変わらず何もしていない。つまり、だれとも会っていない。私の存在は、匿名性のなかに消えている。

したがって記すことのない休日だが、何もしていないように思えて、すべてをしたような気分になるから不思議だ。

10.24.2015

コミュ障は考える

たとえばコミュニケーションスキルやライフハックといった時代の寵児的な浮ついた言葉の数々は、ニーチェに言わせると、ソクラテス流儀の楽観主義ということができるだろう。

私もこれらの事象に何か新しいものを感じ(なぜなら私の人間関係も生活もボロボロだったから)、少し読んでみて、すぐさま失望した。その理由は、結局何も役に立たなかったということでもあるし、鼻持ちならない楽観主義にムカついたということもある。

コミュニケーションスキル 人と人の間でコミュニケーションをとる方法・手法・テクニックを理論付けし、検証を行い技術または知識としてまとめたもの。
ライフハック 効率良く仕事をこなし、高い生産性を上げ、人生のクオリティを高めるための工夫。 

結局のところ、両者の命題とは「他者との交わり方」と「よく生きる」という問題である。

私は、これらの問題が表面的な理論によって解決するようには思えない。まずもってコミュニケーションスキルなんてものが身につくには経験が必要だし、理論についても、そう簡単に結論が出るものではない(少なくともビジネス書書いてる連中には無理)。

「コミュニケーションスキル」と聞くと、人間関係は、まるでプラモデルの組み立てのように構築されるようである。「ここで笑顔に」「ここで冗談を」「ここで同情の言葉を」という指示通りに動いていけば、良好な関係を築けると思っている。

しかし、我々にとって他者とはブラックボックスである。謎でしかない。したがって他者との関係も、なぜだかわからないが維持され、なぜだかわからないが破綻する、我々の認識を越えた不気味なものでしかない。生活についても同様である。よき生活とは何か?はソクラテスに始まりいまだ解決していない。

こうした不気味なものに対しては、すぐさま(見せかけの)解決策が用意される。こうすればあなたは他者との関係がよくなりますよ――。少し前は宗教がこの役割を果たしたが、これはマシだった(隣人を愛せ)。いまではずっと軽薄な、エセ科学(エセ心理学)が人びとの舵をとっている(一冊1800円くらいで)。

そういうわけで、

人間関係は克服されたのだ!

という黄色い歓声が聞こえてくる、些末なダニのような人々が、ぴょんぴょん飛び跳ねているのが遠くに見える。

こういう人々は、すぐさま現実に打ちのめされる。なんだ、指示通りにやってもうまくいかないじゃないか!そうして、彼らはもっと研究に没頭する。よきコミュニケーションの技能を身につけようとする。

結局彼らには永遠に「よき認識」がないのだ。



実のところ、私はコミュ力を無理矢理高めようとしている滑稽な人間を見たことがある。滑稽というより哀れだったかもしれない。私も人に気にいられようと努力したことがあったが、10代のうちに辞めてよかったと思う。

やたら笑顔になったり、世話をやいたりして、虎視眈々と「関係構築」を狙ってくる人間はうっとおしいし、うさん臭い。とくに私は、饒舌な人間と笑顔がぴたりとはまったような人間は、警戒を緩めないことにしている。

私もいい大人だから、相応の「対人スキル」を持っている。自己流の処世術である。それは「人に好かれたいと思わない」ことである。これをバカな人間は、「人に嫌われるようなことをするのか」と思うかもしれないが、そうではない。

結局、相手に執着するとよいことにならない。他人と距離をとること、自分を受け渡さず、他者を取り込もうとしない――良い関係はそういうところにあるだろう。

もしも、他人と距離が取れずにギクシャクするのであれば、そのような環境をまず見直すべきである。たいていの人間関係のトラブルは、距離が近すぎるのが問題なのである。

10.23.2015

イデオロギーと生存欲求

私が前回述べたようなことは、一般的なイデオロギーの意味とは違うのかもしれない。私は「生存欲求による認識の歪曲される過程」というような形で、イデオロギーという言葉を使ったが、wikipediaの定義を見ると少しずれがある。

つまり、「イデオロギーは偏った考え方であり、何らかの先入観を含む」という定義には合致しているのだが、「闘争的な観念である」「イデオロギーは極めて政治的である」という点については考慮に入れてなかった。

私の考えるイデオロギーとは、政治とか社会という概念ではなく、もっと生理学的・心理学的な視点であった。

風呂に入りながらニーチェを読んでいたら、ちょうどそれらしい発言があった。

「はげしい欲望を持つ世界意志は、事物の上にまぼろしをひろげてその被造物を生につなぎとめ、そしてうむをいわせず生き続けさせるための手段をいつでも見つけてくる。これこそ永遠にかわらぬ現象である(「悲劇の誕生」より)」

さっすが心理学者ニーチェ様だ。しかしこれって「意志と表象としての...」と何が違うんだろう。そして、イデオロギーとの違いとは?

イデオロギーとは、結局われわれが生存への意志が生む誤謬であり、それは脳機能によるものかはわからないが、アルチュセールよりも前にニーチェやショーペンハウエルがすでに指摘していたのかもしれない。アルチュセールは教育とか政治のような社会的(国家的)装置にそのイデオロギーを見つけだしただけか?

もっともニーチェも教育においてソクラテス的な楽観主義が跋扈している!と指摘しているわけで、アルチュセールのした仕事って何だろうと思うときもある。

根源としては誤謬の生まれる原因が生存欲求であることは変わらない気がする。

ex 1.  ストックホルム症候群(誘拐されてしばらくすると、犯人に好意や賛同を持ってしまう)
ex 2. 強姦される女性は、生存の危機に晒されると、その暴行に快感を得てしまう(これがPTSDの原因となる例はある)

上記の例は、人間の認識がいかに生存欲求に歪められるかということを、とてもよく示している。

そうだから、我々の立場はつねに誘拐の被害者と変わるところはないのかもしれない。

我々が「好む」ものとは、ニーチェの言ったように「生き続けるための手段」でしかない。それはジャズよりもクラシックが好きだとか、会社で働くことが好きだとか、あの人は嫌いだというような好悪の感情にも働いているし、「私はかく思う」という言説、根源的にはあるものに対する「認識そのもの」にも働いているのだろう。

結局のところ、我々は動物なのであり、つねに生存に向かう仕事に追われているのだから、「真理を見つけだす自由」などもっていないのだ。もし真理に近づきたいと思うなら、仏僧のように厳しい修行を重ねるか、ヒッピーのように薬で脳を痺れさせるしかないだろう。

ちなみにニーチェの上の発言は、

「あるひとは、ソクラテス的快感のとりこになり、認識によれば生存の永遠の傷もなおせるという妄想によって縛り付けられている。」

と続いて、ソクラテス(あるいはもっと前――ピュタゴラスやヘラクレイトス)から続く「論理的思考」を批判している。それは結局迷妄、楽観主義でしかないと。

私が最近、西洋合理主義から離れていこうというのも、こうしたニーチェの批判と同様のものである。「結局、論理って絶対的なものじゃないよね」「論理もイデオロギーのひとつ」という相対主義的な帰結に至った。

相対主義は、実感として宙ぶらりんでつらいものである。こういう状態から、「楽になろうと」ある真理や、確信に落ち込むことは容易に想像できるものだ。

今日はもう会社に行くのでこれまで。

10.21.2015

脳機能障害者は何を夢見るか

また相変わらず生半可な知識で哲学を悟ったような気になるという取り組みをしている。この取り組みは大変おもしろく飽くことがない。

私は壮大な誤謬をおかす。根本的で破滅的な論理的な破綻、あるいは事実誤認を露呈する。私があまりにも当然のように誤りを犯すので、ひとは私を単なるバカだと思うに違いないし、おせっかいな人は一から私の誤りを正そうとするだろう。

私は絶対的に正しい、という確信が揺らぎつつある昨今である。しかし揺らいでいるのは私の認識だけではない。そもそもこの世に正しい認識などないのではないか?まあ、最近はそういった相対主義的な傾向に感化されているわけだ。

この世の到達可能な真理とはあるのか。ないのではないか。あるのはイデオロギーだけではないのか?イデオロギーを玉ねぎに例えたのはアルチュセールだったか。つまり、真理(前認識的なもの)を求めてイデオロギーを剥がしていくと、そこには「なにもない」。

最近町内会やPTAのような日本的な組織のもつ働きの原因が「イデオロギー」であることをしった。イデオロギーとはすなわち「私はそれを知らないが、それをやっている」というようなことである(とジジェクは言っている)。PTAや町内会はまさにそういった事象の端的な例である。

彼らは何も知らないが、ゴミ捨場の管理をする。その職務を怠る地域の住民を、苛め抜くことさえする。もちろん、ゴミ捨場は公共物だし、ゴミ捨て場の管理やゴミ回収は行政の義務である。

論理的には大半の町内会など不要だし、そもそも何の権限も持たない任意団体なのである。しかし、それが力を持っている。町内会のひとびとには、確信がある。何も知らないが――ときには、住民を引越させるほどの力を持つ。これが、私にはイデオロギーの端的な例に思えた。

また、イデオロギーのはたらき。騒音に対する無関心。

確かに、騒音は存在する。私はスマホのアプリの騒音計で測る。「人間が不快に感じる騒音レベル」と出る。しかし、周囲のひとびとは無関心だ。「車の騒音がうるさくないですか。窓を閉めましょう」。しかし、「言われてみればうるさいねえ」で、あとは無関心だ。

こういった例が続くと、私だけが真の人間であり、他は何か調子の狂った病人だと思うようになっても仕方ないだろう。しかし、彼らもまた知らないのである。つまり、日常を平然と受け取っているから、何の摩擦もなく日常を享受しているから、騒音に慣れ切ってしまっている。

イデオロギーとは、日常に対し摩擦がなくなり、「慣れ切った」状態なのかもしれない。つまり実際的、現実的な人々は、みなイデオロギーの虜ということか。

私は、なんとなくイデオロギーの玉ねぎの例がわかるという気がする。つまり、我々はイデオロギーなしでは現実を認識することが不可能なのである。我々は認識する前に信じなくてはならないのであり(つまり、世界は世界である、と)、そうして信じることは誤謬なのであり、その誤謬を正当化する緩衝材がイデオロギーなのである……。

だから、我々の認識はすべて誤っているのだが、しかし信じることが不可能となれば、我々にとって世界は霧散してしまう。我々が生きるということは、つねに誤謬であるということなのだ。

私の言いたいことは、認識の過程でイデオロギーがその情報をフィルタリングして補正するのではなくて、イデオロギーを土台として認識が行われるということである。

ここで生理学的な話になるが、やはり「脳が情報削減装置である」というある生理学者の話が、私には信じるに値するという気がする。あらゆる臓器が生存と生殖という目的のために存在するように、脳もまた生存を志向する。それがゆえに、我々は脳のはたらきによって、正しい認識ができないとも言えるだろう。

現代の脳科学は心理学のようにエセ科学的な要素が否めないのだけど、これから脳科学が正しく進展してゆけば、われわれは脳を何か神のように扱うことを辞めるだろうと思う。脳は我々が神の仲間ではなく、単なる動物であることを示す象徴に過ぎなくなるだろう。脳は忌々しい獣じみた産物(たとえば少女にとっての排せつ物のようなもの)に転落するだろう。

10.20.2015

ジジェクを読んでいる

私はオタク趣味がなぜ嫌いなのか?という点については一日仕事をしている間考えたがどうもわからなかった。

ジジェクを相変わらず読んでいる。マルクスとフロイトの共通項について述べているが私はマルクスをまともに読んだことがないので困っている。しかしマルクスは意外と先進的なことを述べているように思う。

私が近頃興味を持っているテーマは「支配と従属」なのだがそれに関する記述もあった。

我々の社会は「自由」と「平等」の社会である。我々個人は主従関係を持たないし、主体的な個として切り離されている。我々は功利的に振る舞う。メリットのない関係には従属しない。会社が嫌であれば退職し、パートナーが嫌であれば離婚する。そういう自由が我々にはある。

旧来私たちの社会とは永く封建社会であった。それは支配と従属の世界であった。人と人との間には明確な上下関係があった。そういう時代は、過去のものになったのだろうか?

そうではない、とマルクスは言ったわけだ。我々の社会は、人間関係においては主従の関係はなくなったが、その代わりに物と物の間に投影されている、と。これが物神化である。不思議なことに、我々が個人として平等になるにつれ、モノに対する執着、物神崇拝が強化されているのである。(生半可な知識だからたぶん間違っている。)



この感覚は、最近「論語」を読んでいて感じたことでもある。私が感じたのは、孔子は(老子などと違い)処世的な哲学が多いということである。論語は師や親に対する忠誠というか、忠孝の概念をいかにこなすか、という点に力点が置かれているのである。

私は、孔子がもし現代の西洋国や日本に生まれていたら、忠孝などに目もくれず、「いかに快楽を得るか」、「いかに富を得るか」ということを考えていたと思う。

現代における「富を得ること」も、封建社会における「忠誠を尽くす」ことも、どちらも「幸福の追及」ということは変わらない。ただ、物神崇拝の社会においては「富」や「快楽」が重要になるのだろう。



私は封建社会にノスタルジーを感じることがある。案外、日本の軍隊主義とか、集団主義、体育会系のあの関係は、悪いものではないという気がする。ブラック企業は例えば、封建主義的である。パワハラをかけてくる上司は、その暴力や人権侵害によって神格化される。

私は、日本に我慢ならないこともあるが、少しこの国を認めるようになってきた。日本という国は、西洋合理主義の強力な影響力に対抗しようと努力している国家なのではないか。

だから、私は日本の不合理な部分、わけのわからない部分も、受け止めて消化しようという気になった。私にとって理解できない「一般の日本人」の方々についても、なるべく理解しようと思うようになった。

日本での生活がストレスフルなのは相変わらずだ。しかし、私のなかで、西洋思想に対する信奉が消えつつある。そうだから、どこか理想的な思想を求めている。ひとまず、ジジェクはおもしろい思想家なのでもう少し読みたい。

#2chのジジェクスレを見たら、「現代思想界のオワコン」とあって笑った。「ジジェクはインチキ臭い」とも。たしかにけっこう胡散臭い人物だと思う。

10.19.2015

ジジェクがひとは夢のなかでイデオロギーから解放されると書いている。文字通り受け取れるとすれば興味深い話である。つまりラカンのテーゼ「夢と現実の対立において空想は現実の側にある」ということである。

そうならネットのスピリチュアル系の人々が夢の啓示を受ける(そして現実に適応する)ということも理解できる。私はスピリチュアル系をバカにしてはいない。ときには並々ならぬ知性を感じることがあるから。

哲学とスピリチュアルは深いところで繋がっている気がする。行き着くところは同じなのかもしれない。


私の職場に新しく入った21歳の女は、趣味がニコニコ生放送なのだという。彼女はニコ生で歌ったり踊ったりする。彼女は言う、「私は仲間たちと夢を追いかけている」と、もっともこれはニュアンスとしてだから、もっと控えめだが。

そういう、「夢」というものを聴いたときに、私はぞっとする思いであった。

私はオタク趣味は嫌いだ。空疎という気がするからだ。与えられるものを喜んでいるだけにしか見えないからだ。「与えられた趣味」という印象だからだ。

オタクは単なる消費者という批判があるが、これは半分誤っている。消費しているのは、フィギュアやDVDなどの商品ではなくって、「趣味」という商品である。つまり、何もない人間に、一個の趣味人の資格を与えるもの。

私にとって、声優オタクとか、アニメオタクはそういう生き物に見える。

私が彼女の発言にぞっとしたのは、彼女の「夢」もまた「与えられたもの」、商品であるというふうに見えたからだ。つまり彼女は自由に主体的にそういった夢を追及していると思っているが、私には彼女に主体性があるようには見えないのだ。

もっとも、私はオタク趣味ばかりを嫌悪しているわけではない。私が嫌いな「夢」はもっとたくさんある。例えば芸能界に入ることを夢見るとか、人脈を築き上げて金をたくさん稼ぐとか、そういうロールモデル的な夢を追いかけている人びとは、私は唾棄すべきものだと思っている。

ひとは自由に独創的に振る舞っているように見えて、実は市場経済の歯車の一個に落ち着いていたりする。

集団というのはおそろしいもので、みながそういう「夢」を追いかけているように振る舞うと、何かそれが教条のようなものになってしまう。それは信仰によって正当化される。実のところ、ある商品と信仰は変わるところはない。

だから人間は、まずもって世俗の関係を断ち切り、孤独に自己と向き合って、本当に自分がしたいことを見つめなければならない。

私にも趣味はある。例えば、オフロードバイクで山を登ったり、楽器で独奏してみたりする。また、読書もいちおう趣味と言っていいだろう。そういった趣味と、オタク趣味は根本的に違うのである。

と言い切ってみたが、根拠に乏しい。私は、オタク趣味が商品的であるということで批判するけども、それと楽器やバイクの何が違うのか……?これはうまく説明できないのだが。

ともあれ私は彼女が「夢」と語ったときにぞっとする思いがした。もっとも、21歳なんてそういう年なのだろう。私が21歳のときなんて、本当に目の開ききっていない子どもだったから、人のことなどとやかく言える立場にない。

10.18.2015

どん底

会社の集まりがあるので、私は日曜日の今日も家でのんびり読書というわけにはいかず、自転車を走らせなければならない。

私は私のために時間を使うよう、この田舎にきたのだけど、中小企業の現実というのは、そうもいかないらしい。仕事以外に頭を働かせない人々と一緒に暮らしていれば、しだいに私も同化してしまうのではないか?

環境に適合してしまえば、自己が阻害されるのだから、難しいものである。もともと、自己というのは、世界に調和することはできないようだ。だから、自己に閉じこもるか、世界の方へ行くか、その間で揺れ動くしかない。世界を疑うことを知らずに過ごし、自己を失うことも不幸だし、自己のなかで閉じこもることも、不幸だろう。

日常のささいなことが、私の精神に影響を与える。くだらない仕事ばかりしていれば、くだらないことしかできなくなってしまう。

孤独に、引きこもりたいものだ。読みたい本が溜まっている。自己がなおざりになっているように思う。私は、もっと自由に生きることができるはずだったのに。

10.16.2015

労働者の夢

成功とは失敗であり、生きることは死ぬことであるなら、もう執着する必要もないということだ。

なんだか慢性的に疲れてしまって、生活に倦む日が続いている、金はあるけど、それだけでは虚しい。

もっとも、私は数年の間金を稼ぎ、それから学問の道を歩もうと思っている。学問の道というのは、別に大学に再入学するわけではなくって、読書をしたり、音楽をしたり、放浪したりというだけなのだが、とにかくそういう密に生きる、真に生きるような期間を自分のために設けたいと思っている。

あるいは大学に入ってもいいという気がする、とにかく自由に活動できるのは無職であるよりは学生なので。しかしこの年齢で10代の連中のなかに飛び込むのは死ぬほど嫌だと思う。それなら孤独に読書すべきか。

とにかくこの賃金労働者としての生活は生を台無しにしているように思える。私は今日も労働時間の半分を終えた、3/4だ、あと10%だ、という風に、時間を計っている。このような生活は悲惨である。私はできるだけ労働時間を忘却しようとする。そうすれば、眠っているときと同じように、時間が早く進むからである。

毎日が同じようなことの繰り返しだが、労働者というのはそういうものだろうか?私は働きだしてちょうど半年だけれども(もう5年くらい働いたような気分だ)、もうこの退屈な日常はおしまいにしたいと思うのは、まことに、自然なことではないだろうか?人間にとって、自然な反応ではないだろうか?

世間のひとびとは、どのようにして自分の生涯にあきらめをつけて生きているのだろう。どのきっかけで、「私にはこの仕事が分相応だ」と思うのだろうか?だれでも初めは、仕事は、嫌なはずである。次第に順応してくるのだろうか。

もっとも、私も最近までは順応し始めていた。労働者としての喜びも、侮りがたいものだ。しかし、出勤するたびに、あと何か月、何年とこれを繰り返すのか、とつねに自問している。

私は、たまたま、仕事に向いていない人間だった、少なくとも、私はだれかに使われることには向いていないようだ。自意識が強すぎる。つまり私は自分が自分の主人でありたいと思うので、私の主人となろうとする人間がいると、本能的に反発してしまうのである。

一年か二年か前に、私は文筆家になろうと、文章家になろうとした。というか、なる、と宣言した。たしかあの宣言では、私が三十才になるまでに達成すべし、とされていた。そのようになれれば、本当に良いと思う。

私の労働者としての生活が夢に終わって、人間(じんかん)を離れた真な静謐のなかで、読書をし、文章を産み、ときに産まない、という本当の生活が送れるようであれば、それが望みである。

もっとも、文章家になったとしても、現実はそのようにはいかないだろうということはわかる。生きることは、結局のところ、苦痛に満ちている。この不味いパンでも、手放してしまえば、それが惜しくなるものだ。

10.15.2015

雑記

なにも為せず終わりそうな人生である。

この年齢にもなれば人生のいろいろなことにあきらめをつけて行かなければいけないのかもしれない。

私の友人は、それなりに楽しくやっているようである。やはり田舎での生活が不味かった?私は都会の生活において、自分は孤独だと感じていたが、それなりに人間との関わりはあったし、そこで影響を受けることもあった。

今この田舎に住んでいて、私が影響を受けることができる人間は、ネットの誰かだったり、書籍だったりするのだけど、そういう情報というのは、私を見ているわけではない。私は広範な「視聴者」「visitor」「読者」のなかのひとりである。

そして、私が個人的に影響を受けるような人間は、現実生活ではほとんどいない。私が心を閉ざしているだけなのかもしれないが、それにしても、田舎の人々はあまり興味を引かない。みな一様であるように思える。

私を引っ張り上げて、叩きなおしてくれる人間を望むことがある。人間、孤独にあって真理をつかむことは難しい。ほんとうの真理というのは、一般に認識されるものではないからだ。プレゼンだの、書籍だの、テレビだので開陳されることは稀だし、開陳されているとしても、人々にそれは認識できない。それは実際、「秘伝」なのである。見込みのある弟子にだけ伝えられるものだ。

私は、そういう意味での「師匠」なんてものはないし、これから得られる見込みもないから、ひどいハンディを抱えている。私が影響を受けた人物というのは、あるとすればニーチェとか、ヴェイユということになる。ふつうの人は、「父親」とか、「サークルの先輩」とか、「会社の上司」と答えることだろう。ただ私には故人との希薄な繋がりしかないのである。

田舎のすばらしいところがあるとすれば、それは人間ではなく、自然だろう。バイクでトコトコと走っていると、海、山、川、はっとするような美しい情景が眼前に広がることがある。これは少しの救いである。

私は、世間での成功とか、失敗とか、そういうものから離れて、私独自の価値観を身につけなければいけないのかもしれない。それは、人々の間で見つけられるものでなく、私と、自然との関係において見つけられる気がする。

10.14.2015

ego

我を信ずるところに音楽がある。最近の弛緩は音楽をしていないからだろうか。

自己と世界とはまことに対立するものらしい。というのも、私は長く健常の世界を望んできたけれども、いざ健常に近い世界に辿りついてみると、今度は自己が恐ろしくなってきたのである。いままで拠り所にしていたところの自我が、何か得体のしれないもの、恐怖を与えるものに変容した。

会社員としての私は、凡庸そのもの、当たり障りなく生きている。仕事をしながら、思索にふけることはなくなった。さて、今日は何の酒を飲むか?何を食べるか?私の貯蓄、そして私の消費。せいぜい未来のことといったらその程度しか関心がなくなっていたのだ。

世界に適応すれば我が置き去りになる。自我に執着すれば生きることが恐ろしくなる。

私は凡庸な平和な痴愚化したあまりにも多数の人々を、幸福だと考えていた。無思考は幸せだと。しかし彼らは実のところ、「捨ててきたもの」に常に追われているのである。それはすなわち自己である。

だから、世界を捨て去ってただ自我のみに生きている人々を見ると、彼らは恐れおののく。異端だ!彼らは執拗に攻撃する。彼らの目はいきいきと輝き始める。これが彼らの本能の表れである。

つまり、彼らにとって自己の阻害は日常毎だから、内面世界を見つめる他者への攻撃もまた、慣れ切った作業のように自然にできるということだ。似たような構造は、あらゆるところで見受けられる。

処世の術
平野の上にとどまるな!
あまりに高くも登るまい!
半分ぐらいの高さから
この世を見れば、いちばん美しい。
(「華やぐ知慧」ニーチェ)
私の見解では、精神の内向、外向というのは、たとえば飛行機を見ようとして空ばかり見て駆け出し、つまずいて倒れるようなのを外向的といい、自分の足元ばかりを気にして、飛行機を見失うようなのを内向的という。(「神経質の本態と療法」森田正馬)
野生人と文明人の違いを作りだしている根本的な原因は、まさにここにある。野生人はみずからのうちで生きている。社会で生きる人間は、つねにみずからの外で生きており、他人の評価によってしか生きることがない。(「人間不平等起源論」ルソー)
ああ俺の胸には二つの魂が住んでいる
その二つが折り合うことなく、互いに空いてから離れようとしている
一方の魂は荒々しい情念の支配に身を任せて
現世にしがみついて離れない
もう一つの魂は、無理にも埃っぽい下界から飛び立って
至高の先人達の住む精神の世界へ昇っていこうとする
(「ファウスト」一部)
 

10.13.2015

days

最近はどうもダメだ。どういう変化のせいでこうなったのかは知らないが、とくに書く気がしないし、書く必要もないと思っている。

この三連休は、本を一冊も読まなかった。ジジェクを少し読んだが、やめた。二次大戦の歴史書を読んでいる。歴史書は、簡単に読めるからいい。

かつての自分は異常だった、今の私は少し正常だ。私はある意味「大人になった」のであり、それは「分別をわきまえる」ようになったということでもある。

神経症者が哲学を学ぶとしてもそれは必要からであり、彼が治療されればもう哲学しようという気はなくなるという。

神経症は少し軽減された。

神経症の原因を考えてみると、それは世界に対する恐怖だった。世界は私を常に何らかの形で排斥しようとするもの、という皮膚感覚があった。私はこの世界において、不安と緊張をかかえながら生きねばならないと思っていた。

しかし環境は変わった。私は田舎の牧歌的な空気のなかで、孤独に過ごした。これが治療には良かったらしい。とにかく、人間が少ないということが、私には良かったように思う。世界との距離感が広まったということ。結局世界とは他者なのだから。私を知る人間はわずかだし、私が知る人間も、職場の数十人だけである。

また、ある程度の財を蓄えるようになったこと。学生時代のような、劣悪な環境、経済状況で日々を過ごす必要がなくなったということ(学生時代にもう少し金があったのなら!私は3年も同じコートを着なくてよかったのに。今新しいコートを買うだけの金があっても、大学のあの相互承認の中に私はもういないのだ)。

田舎には競争がない。知の追及がない。富や権力への欲求もまた、ないように思う。犯罪もたかが知れている。ある意味、ひとびとは痴愚だけれども、彼らの姿を見るに、そこそこ幸せなのだと思う。

私はこれまで、強迫的に知を追及してきた。本やネットの情報。哲学、宗教、思想、科学。何かが得られると思ったけども、何も得られなかったのかもしれない。ひとより多くの知を身につけ、ひとよりも真理に近づくことを目的としていたが、こういった知というものは、まったく価値がない。

一度東京に遊びに行きたいという気がする。あの雰囲気をもう一度確かめてみたい。

10.12.2015

外縁より

国家がどうのと考えることは子供じみている。私が述べていることは、正しいのかもしれないし、また、誤っているのかもしれないが、結局は無責任な子どもの戯言に過ぎず、どうでもいいという気がしている。

私には、山河があればそれでいい、という風に思う。世界は、解きがたく錯綜している、私の理解を越えている。一個の人間でさえ、私の手に負えない。そういうわけだから、私が自然のなかに隠遁を望むとしてもそれは無理のないことである。

金さえあれば、乾燥した、だれもいない広々とした平原に家を建てて、それでもう畑暮らしで生きていくのだが。我々はみな、金や必要に縛られて生きているわけだ。

我々のだれしもが卑俗な生活の必要に追われているのであり、それから解放されたはずの貴族階級でもまた、サロンの人間関係に思い煩い、富や名誉といったことに思考を支配されてしまう。

不要なことは述べるべきではない、わからないことを、わかったように口にすべきではない、とは思うが、私がもしも自己を滅却してある表出の媒介となること、これを辞めたら、つまり「理性的」になってしまったら、もはや何も価値のあるものは産めないという気がする。

私は一個の人間である、それは人間のうちでも、変質的なものかもしれない。あるいは、私こそが真の人間であるのかもしれない。この時代に、真の人間などわずかかもしれないからだ。

私が外縁に位置し、境界人であることは、世界から阻害されてることをただ意味するだけではなく、世界の外側に片足をつっ込んでいるということになる。もちろん、私はそれがこれまで苦痛だったけども。

片や狂気、片や理性というふうに、揺れ動くけども、なにも私だけが狂気を独り占めしているわけではない。凡者であっても、狂気にときおり戯れに触れることはある。

最近は、私も、そういった凡者に近づこうとしている気がする。私のこれまで記述してきたことは、一厘の価値もないように思えるから。もっとも私は長くそれを望んでいた。私は自分の狂気が死ぬほど嫌だった。

不幸と、陶酔と。幸福と、退屈と。この間で揺れ動くところの或る者である。

まあ最近同じことばかり管巻いている気がする。今日もバイクで出かける。最近、ほんとうにバイクが楽しい。

10.10.2015

精神戦争

我々は支配・統治されている。

それなのに、その認識がひとびとに浮かばず、言表すれば即「狂気」となるのは、不思議なことである。(これこそが権力のはたらきか?)

民主主義的な教義がある。即ち「我々(大衆)こそが支配者なのだ。我々が政府を管理し、国を治めるのだ」。こんな安っぽいプラスチックのような教条を、ひとびとは本気で信じているらしい。

少しでも聡き人であれば、「アホかーバカバカしー」となるだろう。まことに教科書は嘘ばかりである。

政府が我々にもたらす結果の多くが、大衆の意志など反映していないことは、まずもってこれは事実である。不思議なことは、それを大衆は受け入れていることである。大衆は、政府広報の意のままにこれを飲み込み、なおかつ先の誤謬、民主主義的な誤謬を受け入れているのである。

まずここに、国家と民主主義との矛盾は、社会構造の中というよりも、大衆の内部に深く組み込まれていることがわかるのである。

日本の大衆はなぜ矛盾を飲み込むことができるのか?

西洋的な大衆は矛盾を受け入れることができないだろう。彼らは少なくとも合理主義だから。こういった矛盾を矛盾のまま飲み込むのは、おそらく東洋人だけだと私は考える。

だから、法治の概念も、個人主義の概念も、その基礎的な部分ではまったく根付いていないといえるだろう(私などは、学生時代中にもろに個人主義の精神を身につけたので、日本社会で生きていくことに難儀した)。

おそらくここに、理想主義と現実主義の文化的違いがあるのだと思う。西洋理想主義と、東洋現実主義である。犬は西洋人にとって機械だが、東洋人にとっては一個の魂があるのである。

ところで文化というのは国際関係の場においてどのようなはたらきをするのか?我々は文化を何か平和の象徴のように考えるけども、その実、文化ほど排他的なものもないのではないか。

最近、西洋文化と東洋文化の戦いという風に、歴史を解釈しようという試みをしている。宗教、セム系の一神教と、それに対する土着精神、アニミズム。

先の大戦の宗教事情が気になる。ムッソリーニ曰く、「宗教を信じる人間が頼るべきは教会ではなく精神科であり、キリスト教は人を怠惰にしただけだ」。ヒトラーの反キリスト主義も有名。

第二次世界大戦は宗教戦争だった?あるいは文化、思想、精神の戦争。もっとも、私はほとんど歴史に疎いのでただの思い付きだが。

現在支配的なイデオロギーに対して、噛みついているのは現在ロシア・プーチンくらいのものだけど、日本も対米従属しているように見えて、その実、反旗を翻すときを待っているのかもしれない。

以上歴史を精神イデオロギーの観点で考えると容易に紐解けるのでは……。結局またシオニズムが絡んでくるので陰謀論くさくなる。

#調べてみると、ナチスとシオニズムは協力関係にあったとか?歴史はおもしろい。

10.09.2015

私と日本国家 2

私はどうやら、国家というものに対して理解を得たような気がする。

国家とは、あまりにも複雑で巨大な概念だけれども、いままで得てきたような誤謬に満ちた概念をひとつずつ取り除いていけば、すなわち「権力」や「統治」といった要素を使って考えると、一挙にシンプルになる。

それは国家という構造の一面的な解釈なのかもしれないが、私は生活のいろいろな出来事を、国家に結びつけることによって、不可解な現実を理解することができるようになった。

例えば、町内会やPTA、税金、警察、公共機関、労働環境、人間関係のささいなこと。それに、あの不可解な原発事故対応。

ex:私がゼミで放射能を避けるようプレゼンしたら、質疑応答において執拗な攻撃を受けた。

フーコーは権力とは上から押しつけられるものではなく、横や下からひそかにはたらくものだとしたように、こういった卑近な日常的な出来事の間に、権力はよりよく潜んでいるようである。



国家構造を知ると、私のような人間が国家集団の間からつまはじきものにされるということが、必然のように思えてくる。私は中学校や高校のクラスで排斥された。わずかな理解者と友人しか持たなかった。独学で入った大学でも、私は排除の憂き目にあっていた。

そうして、大企業の面接でも私は受け入れられることなく、田舎の小さな企業で細々と生活を営んでいる。このように、私はある権力構造からはじき出されたわけだ。

私がなぜ異端なのかといえば、それは精神的な同調性に欠くからである。つまり私は鋭敏な神経を持っていたし、また実際神経症だったからである。このような人間は、権力と親和性が低い。潔癖症なのである。それだから少なくとも日本の国家構造においては排除され苦しむことが必然となっている。

日本社会のつまはじきものは私だけではなくたくさんいる。こうした人はオーストラリアやイギリスに移住して、帰ってこないようだ。だいたい、ある程度の教養があるインテリで、語学力があり、留学経験が豊富なようだ。ただ彼らでさえ、日本に対する執着は捨てがたく持っているようである。まあ母国だから当然なのだが。

日本が私を排斥する。それは必然であり自然だ。それなら私はどうすればよいのか。海外にでも行けばいいのか?あるいは、日本国家の私に対する攻撃を、笑ってうけながせばよいのか。権力と個人の間のじゃれあいとして。

ある個人が私を攻撃するとしても、私はその個人に恨みを持つことはないだろう。それは、処刑場に赴く人間が、処刑人を恨むことがないのと同様である。

私は日本の国家構造を受容した。支配と統治の構造を理解した。

この理解は、ほとんどがフーコーの助けによるものだ。上のような文章はほとんど錯乱・狂気に近い、つまり統合失調症的である。例えば狂人の叫び。「国家権力が私を排除している!」。これと内容的には寸分変わらない。

フーコーが権力の正体をつきとめるだけでなく、狂気を問い直したのは、そういった事情によるのだろうと思う。すなわち、狂気とは、権力の認識といえるかもしれない?また少し勉強してみたい。

10.08.2015

私と日本国家

あれほど毛嫌いしていたファシズムを「受容」しつつある自分に驚いている。私の性格はどうも、変わったらしい。

私は日本という国を長い間嫌いだった。できそこないの半端国だと感じていた。そこに住んでいる人々は、呪術やまやかしを信じているような土人であり、私とまったく相容れない秩序に従って生きている人々だと感じた。

私は自分を文明的な人物だと思っていた。私は法律や、自由や、民主主義の概念を理解していたから。正しく機能した国家とは、聡き大衆によって、自由と平等が保障された国家であると認識していた。

しかし、民主主義は成功したことがあるのだろうか。私にはどうもそのようには思えない。民主主義はつねに機能不全だった。

私は、よき統治とは、君主制か寡頭制にあると今では感じている。だから、他国の民主化運動などを見ると鼻白む。彼らは子供じみた幻想を追い求めているようにしか見えないからだ(ところで、私は日本を民主主義だとは一切考えなくなった。私はすでにそのことを受容している。)

私が日本のことを嫌いだったのは、端的に、私のことを排斥するからである。「論理的」には正しい私をこの社会が排除するからである。

例えばサービス残業に異を唱える社員は「法的には正しい」のだが、結果として排除される。同じようなことが私の人生には数知れずあった。そのせいで、私はまったく理解できないおとぎ話の世界にいるかのようだった。なぜ正しいはずの私が疎んじられ阻害されるのか?

してはいけないことはたくさんあったが、それは見ることができなかった。しかし、周りのひとびとは当たり前のようにそれを回避し、まるで自由を謳歌しているように見える。私は明言化されない強制力によってしばしば鞭打たれた。そういう理不尽な目にあってきたから、私がこの国を疎んじるようになったとしても無理はないだろう。

では、最近になってどうしてそのような状況を肯定的に捉えることができるようになったか。理不尽さを肯定できるようになったか。それはその「明言化されない強制力」の構造を、理解することができたからである。

それは、日本という国家が成り立つための必要だった。無数にある柱のうちの一本だった。ある個人あるいは集団が私を排除しようとするとき、彼らは私が憎いのではなかった。彼は権力の手によって動かされている。彼は権力の末端として、その機能を果たしたのだ。

そういうわけなので、この国に働く支配、統治、権力などの諸要素を、私は理解した。私が社会的に排除されてきたのは、すなわち、正しいが故だった。私は個人としての論理に従い生きてきた。孤独に自己の要求にしたがって生きる人間だった。このような人間は、権力の影響を受けにくい。したがって、私は国家に楯突くようになる。いわば私は国家反逆者だった。

しかし私が正しいとすれば、国家は間違っているのか?西洋論理であればそうなる。しかし、ここ日本の統治では、国家もまた国体の維持の機能として、正しいことをしたことになる。

私はこのように理解した。個人としての私は常に正しい。そして、正しい個人を排除する国家もまた常に正しいのだと。私個人と、日本国家がある以上、私が排除されることは、水と油が分離するくらい、自然なことであった。

私がこの国の支配構造を肯定するようになったのは、それだけの理由である。国家は自然であり、私もまた自然であった。それに「気づいた」だけである。

ファシズムを問い直す


私は、日本的な統治が劣っているとは思わない。忠孝の概念とか、年功序列とか、過剰なまでの儀礼とか、町内会やPTAに表れる集団主義的な権力構造は、私は悪いシステムではないと思う(私はそういったことに関わるのはごめんだが)。

考えるに、一個の国家が強力な力を持つためには、優れたシステムであると思う。現にこの国では、だれしも勤勉に働くし、高額な税金を納め、悪行を働かず、国家に楯突くこともない。

西洋などは、逆に力を失っていると思う。すなわち個人主義、民主主義などといったもので、統治がうまく行くと考えることは、実際逆立ちした考えである。理屈の上ではうまくいくが、これもまたプラトニズムの弊害で、あくまで理想における話である。

人間が何千年もそうしてきたように、優れた君主が国を統治するというシステムこそ、強力な国家集合体を生むのだろう。それは長く中国が世界を支配してきた事実と通じる。(私は現在の首相は考慮していない)

日本やドイツがファシズムに傾倒したのも、民主主義や個人主義の波による国家弱体化を懸念し、それに対する反発だったという気がしなくもない。ファシズムとは、考えてみれば、人間の旧来からある自然な統治様式だったのである。我々は歴史の特異的な産物、一個の集団狂気だと思わされているけども、民主主義が最高のイデオロギーとされる現今が実のところ、狂気なのかもしれない。

ファシズムとは、「団結」という意味である。

ミクロな視点では、我々は個人として切り離されている。我々の財産は個人で切り離されているし、私の生と死は、私だけの生と死だと思っている。私たちの思想は、私個人に帰属される、という風に考えている。

しかし、このような状態で力が生まれるだろうか?充実した生が得られるだろうか?ここに民主主義の弊害がある。人はふつう、だれかのために働くときこそ、強大な力を発揮する生き物だからである。

我々はある集団のために機能するときに、より大きな力を生じる。だから、(切り離された)個人はつねに集団に劣るのである。ファシズム(=団結)とは、だから、現代における禁忌なのである。それは各々が個人というくびきをかなぐり捨て、集団に帰属したときに、アンコントローラブルな力が生じるからである。

そういうわけだから、我々がある権力によって、細かく裁断され(それは一個の家庭においてもみられることだ)、集団としての力を持つことが損なわれていることになる。このことは、統治に便利だからである。

民主主義や個人主義とは、民衆の弱体化である。ファシズムの肯定とは、反シオニズム的な思想、したがってオカルトや陰謀論に通じてしまうのだけど、私はそこまで間違ったものではないと思う。


以下日記

日常は特筆すべきこともなく過ぎていく。

平安と言えば平安だが、このような日々の生活は偽りであると考える。このような生活に満足できる男があるだろうか?

生活に対する不安の消失という、私が長く求めてきた(そのために青春を費やしてきたと言ってもいい)目標に、ついに行き着いてしまえば、そんなものはただ価値のないガラクタでしかないようである。

私は「足るを知る」べきなのだろうか。人は到底満足することはできない生き物であるのだし、賢人であれば、満足することを求めないものである。日常のささやかなことに笑い、自然に生きていけるのであればそれで十分なのでは?

私の知らない世界があるのかもしれず、そこでは人々は生を思うがまま充溢させているのかもしれない?私のような空漠な人生を知ることもなく、日々重要な職務につき、有能な仲間たちとともに、生きがいを得ているのかもしれない。

私のしている仕事は、ほとんど一分の価値もないという気がする。私は商売というものに、ほとんど価値を見いだせない。それでも富の重要性はわかっているから、どうにか商売から離れるために、それだけの富が欲しいと思う。

人間は、道徳や生といった抽象的な問題よりも、目先の数字に騙されてしまいがちだ。数字というのは、ほんとうによく人を騙すものだ。

偏差値とか、点数とか、順番とか、そういった「数字」による序列は、われわれは教育によって繰り返し刷り込まれているから、そのことに疑問さえ抱かないけども、大人になってもこの呪縛は続く。年収とか、貯蓄や、出世競争などにより。


10.07.2015

隷属と自由

とくに観察するに、他者の存在こそが隷従をもたらす唯一の本質的な因子である。人間のみが人間をよく隷従せしめる。(「自由と社会的抑圧」ヴェイユ)

人間に自由意志などなく、あるのは自然意志のみであるとすれば、「あれをしたい」という感情は、ふつう、ただ外部から与えられるだけであるのかもしれない。

ex:テレビCMに騙される人々。

しかし、「騙される人々」は「騙される」ことを意志しているとも言える。この共犯関係は、ある社会的な要求に対する儀礼である。

「社会的な人間である」と扱われるためには、ある能力を示す必要があるというよりも、ある能力の欠如を示さなければならない。

ex:人生の根本的な問題については、無思考であること。

すなわち、人は明日死ぬとなれば、今手をつけている仕事など馬鹿らしくてできなくなる。社会的な人間は、自分のしていることの意味を考えない。与えられた仕事を、黙々とこなすということ。


このように、我々は自由意志を持っていると思っている。西洋人であれば、より一層そう思っていることだろう。しかし実際のところ、我々は「騙されて」いるのであるし、また「騙されたがっている」。我々は確かに意志することができるが、我々に意志できることは、ひどく限られているということ。

「強い信念」「努力」といったものを、よくよく見直さなければならない。というのも、それは大概が内発的な要求というよりも、外部から押しつけられたものだからである。

ex:「努力すれば、富が手に入る」。

なるほど、これは事実かもしれないが、さて富を得ることが果たして重要なのか?

かえって芸術では、努力は慎重に排除しなければならない要素である。ある意志、例えば世間に認められたいとか、あの賞をとりたいとか、あるいは「良い作品を生みだしたい」という意志までが、逆に作品を損なうことは、よくあることである。

よき芸術は、生のありのままの姿を表出しているものである。それは、外的な要求に歪められなかったものであるから、美しい。というのも、外的な要求に歪められた醜い諸産物などは、世間にこれでもかというほど溢れかえっているからである。

我々の生は、社会の権力によって歪められることがありうる。そういうわけだから、人間には孤独になり、自己の声に耳を傾けることが重要なのだろう。だから一個の人間が成熟するには、自己と自己以外にだれもいない状況に沈潜することが、どうしても必要なのである。

そうでなければ、我々は自分の意志だと思っていても、ただ流されるだけの人間でしかないのである。これを欲せと言われたものを、欲することしかできない、一個の道具と化してしまう。

現実には、「ありのままの生」などというものは不可能である。孤独者とは、ある母体となる社会集団から、一個の理想を求めてその輪から飛び出ただけに過ぎないからである。我々の生はつねに歪められており、常に不自由である。我々が自由を渇望したところで、到達できるところはより自由な不自由でしかない。だからこそ、我々には芸術が必要だ、ともいえるだろう。

10.06.2015

孤独のおわり

十分な生活、潤沢な生活を送っていれば、ひとはもう考える必要などなくなる。中程度の収入と、中程度の支出さえあれば、人は鋭敏な神経を持つ必要はない。

「君主は民に腹いっぱい食べさせろ。そうすれば、厄介な賢者はいなくなる。」と老子が言っていた。そうして、孔子はこうも言う。「君子は良い家に住むことも贅沢なものを食べることもない」と。

最近自分の生活の誤りに気付いてきた。つまり、自分はいい環境に住み贅沢なものを食べている。私の生活の変化が、私の精神に影響を与えていると考えることは、自然のことだ。精神は切り離せるものではなく、生活のそこかしこにあるものだ。

弛緩した日々にあれば、人生は意義を失う。かえって深い苦しみと絶望のなかに光があるものだ。私が求めてきたものは、ただ最大効率で富を得るということに終始していたと思う。たしかに、人は金のために働くのだけど、それだけなのか。

金は必要だし、ある程度の資産があれば、人は金の執着から離れられる。だから、我々は貧困を避けねばならないし、また十分にある資産をもっと増やそうなどとは思わないことが必要だ。そうすれば、もっと重要なことを考える余裕ができる――と、古代ギリシャのひとびとは考えた。

人生の意義を問い直したく思う。それは数年先では遅すぎると考える。とにかく私に必要なのは、自由な時間、学問をしたり、旅をする時間なのだけど、精神世界の浮遊も、地理的な浮遊も、日常の必要にしばられている以上は不可能だ。

あるいは、不可能だと思い込んでいるだけなんかもしれない?少なくとも、18時に仕事が終わるのだし、そこから酒を飲みさえしなければ、一日は豊かに使えるのだ。

最近の私が極めて弛緩しておりもう「自己を省みようとしない」ような状況にあるのだがその居心地よさを感じるとともに、こんなことは間違っている、と思うことがある。しかし健常な人間とはつねに自己に対し漠然とした確信のようなものを持っているのだろう。

私の青春が終わったのかもしれないし、私の神経症的な性格がようやく治療に向かっていると言えるのかもしれない。私は治療されつつあるのか。田舎のゆっくりとした空気と孤独が、私を治療した。あるいはやはり年齢とともに自然寛解か。私と同じ病気の人は、年をとれば楽になる、と言っていたけど。

さて、治療された次はどうすればよいのか。私は治療されたが悪魔も天使もいない人間世界に落ち込んだといえるのかもしれない。ユング派の逸話?
ふたりの永遠の少年タイプが、フロイト派とユング派の分析治療をたがいに別々に受けてみた。
やがて、再会したふたりはおたがいの経過について会話する。フロイト派の治療を受けた青年は、すっかり社会に適応し始め、自分の幼児性も克服し順調にいきつつあるという。これからどうするのかと尋ねると、いずれお金をかせいで結婚するつもりだ。と言う。
ひきかえ、ユング派の治療を受けていた青年はさっぱり変化がみられない。未だに方向が見えない。
しかしフロイト派の治療を受けていた青年は、こう言う。
「なんてことだ ! 分析家たちは悪魔も追い払ってくれたけれど、一緒にぼくのなかの天使まで追い払ってしまった!

自分が健常人であるという感覚は、10年以上得ることができなかったから、今少しそれを感じるときは、不思議な気持ちになる。考えてみれば、この病気になる前、小学生の頃などはこういった感覚だった。

自分がもはや絶対の孤独ではなく、その苦しみや喜びも他者と「共有」しなければいけない。私が軽蔑してきた「大衆」と融和しなければならない。自分だけの喜びも、悲しみもないのだ。私の激烈な孤独の期間は終わったのか?さて、私はどうすればよいのか。そればかり問うているけども……。

10.04.2015

自然意志

自分が特段優れているという風に思えない。自分が何らかの技能を身に着けているように思えない。自分に適した資格や職業などあるように思えない。自分が何らかの「強い意志」を持っているように思えない。自分に正しい道などあるように思えない。

相変わらず一個の人間であり、それ以上のこともそれ未満であることもないことに少し驚きを覚える。相変わらず私は一個の人間だった。高みに昇り、冷たい空気のなか孤独を愉しんだこともあれば、低みに落下し、その安逸の重力にもがき苦しんだこともある。しかしそれはあくまで「気分」だ。現実ではない。

私が一個の人間であるという事実に少し肯定的な感性を持つことができる昨今である。つまり私は別にノーベル賞だの文学賞だの資産だの博士号だの美人な嫁だの、そういったものに対する要求がもはやほとんどないということ。

私は神やイデアに近づくことを辞めて、人間を信仰するようになった。人間への信仰とは、生を肯定的に捉えること、したがって死をも肯定的に捉えることである。私は理想を捨てた。私は眼前にある現実を見つめることにした。

やはり中庸であることが、人間を健康に導くものであるらしい。適度に食べ、適度に稼ぎ、適度に学問し、適度に運動する――。というのも、我々は金銭に対する欲はあるし、学問する欲もあるからである。また、労働する要求さえある。われわれはそれを「意志」するものではない。われわれは、それを意志しているように誤認しているというわけだ。

内発的な要求に素直になるということ、自分を歪めてしまわないということ。よく理性=ロゴスこそ人間を歪めるということ。自然であることと、主体的であることは相容れない。自然であるとき、人は宇宙を認識することができるが、主体的であるとき、ひとはありのままの事実を見ることができなくなる。簡単に欺かれる。

外部の敵もまた多いものだ。我々を惑わし、合目的的に導くような権力の存在。ヨハネ福音書にはこうある。「ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくないところへ連れて行くだろう。」

人間を歪める悪というものがどうしてもこの世にはあるらしいが、それに対して我々はどのように敵を見定め、受容するべきか。いわば、飲み込み、さらに消化することができるか。それについて私は今学問している。

私の自然意志のうち、どこまでが私で、どこまでが「外部の悪」なのか?あるいは、人間は悪から切り離せないものかもしれないが。このあたりは、もう少し勉強してみよう。

10.03.2015

青春のおわり

私個人のなかの出来事として、西洋思想の限界を感じてきたので、東洋思想の勉強をしてみようと思っている。そんなわけで、図書館にいき、岩波文庫の「論語」と「老子」を借りてきた。ついでに、ラーゲルクヴィストの「巫女」も衝動借り。

最近は、ロマン主義的な憂鬱がなくなって、ある種の軽やかさを感じている。私はひとつに留まり、緻密な作業を行うよりも、体を動かし、技能を身に着けるということに喜びを見出している。(例えば、バイクでの河原遊び)

自分でもわからなかったことだが、最近では私の神経症的な傾向は少しずつ軽快しているようだ。以前であれば、騒音に対して我慢ならず、家の中であればイヤホンでホワイトノイズを流しながら、射撃用のイヤーマフをつけるのが標準的な生活であったが、ここしばらくは、そういった狂気的な偏執は私から離れて、少なくともイヤーマフはあまり使う機会はなくなった。

同時に離れていったものがある、それは音楽である。私はこの田舎に越してきて、思うまま楽器の練習をするつもりだった。学生時代は、毎日1~2時間は費やしていたこの習慣は、こちらにきてから30分になり、しだいに毎日というわけにもいかなくなった。

いろいろな原因がある、例えば仕事で疲れているからでもあるし、音楽仲間と離れてしまい、バンド活動でのライブの見込みがない、という事情もある。生楽器ではなく電子楽器になったという理由も大きいだろう。

ただ、私の生活の中で音楽的な要求が消えていっていることと、いくらか「生きやすく」なっていることとは同じことなのだろう。芸術は生の絶望、というかニヒリズムの底の底で、初めて輝くものだからである。肉薄した生と、芸術は密接に結びついている。

科学も、ロゴスも、生の目的とはなりはしない。だからソクラテスは晩年音楽を習得する必要にかられたというわけだ。

人間が生そのものを問うほどの絶望に陥ったときに必要なものは、論理ではないことは明白である。憂鬱なときに「悩む必要はない、なぜなら――」などと言われたところで、症状が悪化するのと同じである。そういうときに救いになるのは芸術あるいは宗教である。

私は少し健康になったけども、健康であるということは生を希薄化していることに他ならない。そのことを感じる。あるいは、私は元からまともなのかもしれない。青春がもっとも苦しい季節であることは、考えてみれば当たり前である。そうであれば、青春のときに悩むこともなく笑っているあの連中こそが病気なのである。

ともあれ、私の青春は終わった(私が天才であれば、また青春が再来するかもしれないが)。最近、髪がよく抜けるのだ。私は苦しみの時代を終えた。次に待っているのは何だろうか。

10.02.2015

個人を問い直す

私は自分に執着することを辞めた。西洋的な、理想から離れることにした。そうして、自己と他者との境界を漏出させた。論理的、アポロン的な理想主義から離れることになった。

「私はいつか死ぬ」という論理的帰結は、たいへん西洋的であると思う、ハイデガーが認めたように、それは西洋思想の原動力であっただろう。ダス・マン=大衆は、自分がいつか死ぬということを知らない。死への自覚に欠けるから、のほほんと無思考に、流され、生きていけるというわけだ。

私はハイデガーの考えとは逆に、この「大衆」は、かえって評価すべきものであると最近は思っている。「私はいつか死ぬ」という考えは、あくまで論理的帰結である。これは、他者と自己と厳密に切り離し、死は自分だけのものであり、生もまたそうであるという前提に拠る。

ところでこの「個人」という概念がもしも迷妄であるとしたらどうだろう。人々は実のところ個人に切り離せるものでないとしたら?一匹のイワシが、群れの中のイワシ以上ではないように。そうなれば、「私だけの死」や「私だけの生」というものも、ありえなくなる。

構造主義によれば、我々は群れの中のイワシに過ぎないということになる。そもそも、「一個の切り離された個人」という概念はどこからやってきたのだろうか?

フーコーはこの近代以降のあらゆる思想のひな形となる支配的な思想、自由意志的な思想を人文主義として批判した。人間が自由であり、主体的に行動できるという迷妄。フーコーに言わせれば実のところ、人間はつねに権力の監視にさらされ(しかも我々は権力の姿を見ることができない=パノプティコン)、日常は事細かに管理されているというわけだ。

ニーチェは「個人とはまことに近代の産物である」としたが、我々の歴史において、我々が「個人」であった時代はほとんど僅かである。それは、フロイトがある民族を研究していて、彼らには「社会」があっても「個人」が存在しないことに驚愕した事実からもわかることだ。

結局のところ、我々が「個人」であった方が、何らかの目的に適うという、合目的的であるという、それだけのことなのだろう。まず第一に、「個人」が否定されるべきものであれば、民主主義というのは正立しないし、法の支配も機能せず、自由主義もまた迷妄ということになる。しかし明白な事実として、法治・民主・自由こそ現代世界の支配的なイデオロギーなのである。

陰謀論風に言えば、ある支配勢力が、大衆の力を奪うためにそうしていると考えることもできるし、そういう明白な意図はなくて、西洋キリスト=プラトン思想のヘゲモニックな浸潤と考えることもできる。

ともあれ我々は個人というものを問い直さなければならないと思う。我々は個人として思考し個人として行動していると考えている。主体というものを信じている。しかしそれが信ずるに値するものなのか?