12.29.2015

表層と深層

そういうわけで、東洋と西洋の思想の葛藤にずいぶん悩んだわけだけども、悩んでいる間にも、バイクのメンテナンスをしていたので、そういう作業を行っていたら、ずいぶん精神的に楽になった。

また、井筒センセーの「意識と本質」を読んでいると、おもしろい事実を確認できた。

たとえば、孔子―荘子や、プラトン―ニーチェのような対立構造がある(私はこれを、天と大地という対立で表したけども)。さて、そのような対立はどこからやってくるか?

その書籍によれば、「表層意識」と「潜在意識」の対立にあるのだという。たとえば、孔子―プラトンは表層意識的であり、荘子―ニーチェは潜在意識的なのである。

この記述によって、私は少し安心したのである。私は西洋を否定しなくていいし、東洋を肯定する必要もないと知ったからである。というのも、表層意識も、深層の意識も、ともに人間には備わっているものだからである。

そういうわけだから、私はまたパスカル流の哲学に確信を持つにいたったわけだ。それは、端的にいえば「矛盾こそ真なり」ということである。すなわち、真実とは静的でなく、動的であるということ。

私は、表層意識の世界にばかりいるわけではない。また、潜在意識の世界だけにいるわけでも、尚更ない。これと同じように、西洋を否定する必要はないというわけだ。

私はこれからも、西洋の偉大な思想と、東洋の偉大な思想を行き来するだろうし、そしてそのどちらにも行きつかないだろうが、私はその動的な営み自体を愛することはできるだろうと思う……というわけである。

12.27.2015

le Neant

「仏教を知ることなしに、私は虚無(le Neant)に到達した」「そして、この底知れぬ深淵が私を絶望にひきずりこむ」(マラルメの書簡)

何もしようという気がない。

何か一点に向かって努力していたときがあった。そのような情熱はいまは失われた。それは、どのようなことを意味するのか。私は怠惰に負けたのか。それとも、私は情熱を超越したのだろうか。

とがった、神経質な情熱、自分の趣味に合わないものを、はっきりノンと言い切る情熱、のようなものはなくなった。まあ同時に神経症も改善してきたのだが。

なにせ、なにが正しく、なにが間違っているか、など、人間には分かりえないことが分かったからだ。いま、目の前にマグカップがあるが、これが本当に存在するかどうかも私にはわからない。私はそれ持ち上げて、コーヒーの香りを楽しむことができる。けれど、マグカップが存在するかは、依然として未知である。

認識と呼ばれるものは、いずれも、直接になり間接になり生物学的に有益な心的体験である。反対に、そうでないことが確認される判断を、われわれは「誤謬」と呼び、意図的に誤謬に導こうといういっそう悪質なばあいには虚偽と呼ぶ。(マッハ『認識の分析』)

目の前のマグカップのようなことも私には確信が持てないのに、遠く未来のこととか、思想や趣味のことについて、情熱を持つことが可能だろうか。

線を引くことができなくなった。事象の核を見つけることができなくなった。大地の重力を失った。

まあ流れるように生きるしかないということだろう。老子はそんなことを言っていたのかもしれない。

やるべきことはある。今日はバイクのメンテ。部屋掃除。

12.24.2015

ZACKCAZ

スーパーへ行ったらガラガラだった。そういえば、今日はクリスマスイブか。

テレビを見なくなって、何年か経つ。ニュースもたいがいがくだらないように思える。プレミアム商品券とかいうものも、気づいたら終わっていた。私はそれが、いつ届くのかと待っていたが、結局来なかった。実家へ行ったのか、前の住所へ行ったのか知らないが、ともかくプレミアム商品券が私のもとに来ないように、私は世の中のいろんな出来事を通り過ぎて生きている。

そういうわけなので、クリスマスというよくわからない行事にも気づかなかった。そういえば、寂しそうな男性が多いものだ。

ニュースがくだらないし、Googleニュースも結局は日本のマスメディアの垂れ流しだから、しょうもないことばかりだ。それで、英語の勉強がてらTimesを購読しようとしたのだが、これがなかなか届かない。登録を間違えたかもしれない。シンガポールから発送というから、時間がかかってるかもしれない。

こういう買い物を、意に介さずにできるようになった。タイムズは、月3000円くらいの出費。そんなものは、大したことがないように思える。新しく買ったバイクが、私の生まれるより前に作られたせいで、部品代が高騰している。なんでもない金属部品に、8000円も払った。私はそれを、必要だから、買った。こんなことはなんでもない。

私はそれなりに裕福に生きている。第三のビールではなく、発泡酒を飲むことができる。それと、本はためらわず買っている。

安定した生活に対する渇望と、無軌道で刺激に満ちた人生に対する渇望の、ふたつが、まあだれにでもあるのだろうが、私にもある。それで、いまは安定という点では満足できる。私は世間的には恵まれている。この前、年収偏差値というサイトで自分の年収を調べたら、三桁の数字が出たので驚いた。そういうわけなので、私は世間的には成功者と言っていいと思う。

でも、田舎のしがないサラリーマンには変わりないし、本当の成功者は、いまは呻吟しているものだ。大企業のエリートだって、高級官僚だって、私と同じ年齢には、その辺のサラリーマンとさほど変わらない収入なのだろう。彼らのご褒美はあとにある。それに、地位や権力に対する報酬もあるのだろう。

私の生活は、だれにも誇れるものではない。ただまあ、金だけはある。金を貯めこんでるというわけだ。衣類はほとんど大学時代のもので済ませている。田舎で着飾ってもバカバカしい。それで、数万円のバイクを買って、30万円の軽自動車に乗っている。半額の惣菜を買って、実家から送られた米を炊いて食っている。

私は、贅沢に生きるということを知らない。せいぜい、本を買うくらい。あと、楽器にはそれなりに金をかけている。

友人もなく、恋人もいないが、まあ、こんなものなのかもしれない。

さいきん、オーストラリアをバイクで旅した人のブログを読んでいる。記事数は多いし、写真もたくさん載っているが、コメントはひとつもついていない。そのブログは、旅から帰国し、バイクを売却したところで、更新が止まっている。私はそのブログにひどく惹かれた。

あわよくば、旅行記を出版して一山当てようという淡い期待が私にもあったのだけど、それは無理であることがわかった。私の先のブログのように、独り言で終わるだろうと思う。

だいたい、旅行記が流行るような時代でもないだろうと思う。ひとびとは、安心を求めているものだ。「あなたはダメで無能だけど、それでいいんだよ」と言われたがっている。日本人の大部分は海外旅行などあえてしようとしないし、労働環境のせいでできないから、せいぜい無視されるか、こっぴどく酷評されるだけで終わるだろう。

来年度から、私が異動するという噂があった。それで、私はもっと暇な部署に移ることになった。歓迎すべきことだと思う。適材適所だ。私はもう十分働いた。たぶん、世間一般の1.5倍くらい働いている。残業などほとんどなくてもである。

この一年、学ぶことはあった。私は、「コミュニケーション能力」とかいう鼻白む能力を、滑稽だが、いまさら身につけた。私はいつも時機が悪く、早すぎるか、遅すぎる。

あとは単純に、日本的な労働観を見直すことができた。まあまあ悪くないなと。日本の全体主義的な労働環境は、たしかに気持ちよく、耽溺できる。これを知らない西洋人は不幸だとすら考える。もっとも、その反面としての、支配構造に辟易することも多々。

仕事中、バイクのメンテのことばかり考えている。なにか改善すべきことがあるとは、ありがたいことだ。構想すべき仕事があることは、ありがたいことだ。

今日はもう寝る。

12.23.2015

東洋への憧れ2

たぶん、一年前の私が今の私を見れば、こう思うだろう。私は、こうなることを望んでいない。何かのまちがいだ、と。

理想を追いかけていたが、理想を追い越してしまった。

酒飲みの幸福と、不幸と。しかし、酒飲みはただ酒飲みになるよう生まれているのであって、それが不幸とか幸福とか言えるものではない。

幸福とか、不幸という線引きは、だれによってもたらされるか。私はただ生きているだけなのに。

私の買ったバイクは、かなりひどいボロであった。初めは苛立ち、買ったことを後悔したが、数日で慣れた。いまは淡々とメンテの準備を進めている。

私が仮に不慮の事故で片腕を失うとする。私は、自分の不幸を呪うだろう。その期間は数日では足りず、数か月、数年に及ぶかもしれない。しかし、不幸に対する執着から離れれば、あとは生きていくだけである。

実際に、私の精神はジャンク品みたいなものだった。ただ、ジャンクなバイクを治そうという私がいるように、ジャンク品も無価値ではない。

ギリシャの哲学者も、幸福とはなにか、と考えた。なにが不幸でなにが幸福か。しかし、こうした「分類分け」の精神が、精神の病を生んだ。

生とは、一つである。同じようなことを、西洋人も考えた。「存在とは何か」と。西洋人はここで、存在という、未分化な領域に対する認識を初めてしたことになる。

存在の根源を辿ると、絶対的な「一」が浮かんでくる。それは定義不可能な領域、肯定も否定も不可能な領域。すべてが混在したカオス。無であり、有であるという矛盾。

これらを突き詰めていくと、結局は、東洋思想に帰らざるを得なくなる。

なぜというに、サルトルの実存主義がブームになったのが20世紀。この数千年前に、東洋思想はその領域を超越していたからである(有→無→有)。

こう考えると、西洋はたしかに科学技術では目覚ましい発展を遂げたけども、哲学においてはあまりにプラトニズムに縛られすぎたのだと思う(そしてそれを打破したのがニーチェ)。

仏教的価値観では、(私の理解では)プラトニズムは世俗的価値観として喝破されている。それは世界の真相を示しているわけではなく、迷妄、功利的なものだと。

そういうわけで、東洋思想をもっと突き詰めていきたいと思う。

正直、東洋思想はノーマークだった。西洋思想で何とかなると考えていた。なぜなら西洋思想は進歩的であり、権威的で華やかだったからである。東洋思想は、今、まるで進展していないように見える。この東洋の沈黙は、もしかしたら、行き着いた、語りつくしたからかもしれない。

そういうわけで東洋的な知の源泉で、得られるものがあればいいと思っている。もしかしたら、また別の失望があるだけかもしれないが

12.22.2015

右翼と左翼

昨日は小説にケチをつけてみた。小説とは近代的精神の産物でしかないと。私は、近代的なものを最近否定しはじめている。それは、個人主義とか、民主主義のようなものである。

大江健三郎がそうであるように、小説とは、左翼の分野である。一般的に、作家や教授のような知的インテリは左翼になりやすい。もっとも、右翼で小説家もいる。その例が三島由紀夫とか、石原慎太郎である。しかし、石原の絵に描いたような右翼的価値観と比べれば、三島由紀夫のそれは右翼という枠を超越しているように思う。そして石原はけっきょくは小説家というよりも政治家であり、そのように考えると、右翼と小説家は根本的に相容れないものと私は思っている。

というのも、小説家は極めて個人主義的であり、その個人主義的価値観は、根底で民主主義の肯定やリベラリズムと相通じる。小説は絵画などと同じくほぼ個人としての仕事であるから、民族主義・集団主義的な価値観とは自然に反発するわけだ。左翼的思想は、このように「自由な個人」を軸として出発する。

一方で、右翼思想は血縁的地縁的関係を重視する。親兄弟や、地域の住民がいて、私がいる、というわけだ。右翼がナショナリズムに陥りやすいのは、親兄弟から地域の住民と広げていくと、国家というひとつのシンボリックなメタファーに行き着くからである。(それにしても、「nation=国家」とはじつに日本的な訳語だ。「国の家」とは)

現今のような小説が生まれたのは、個人主義が誕生してからだった。個人主義も小説も、近代以降の産物である。

これもフーコーからの受け売りだと思うが、小説は、近代以前にもあったが、それは個人で楽しむものではなかった。朗読して、みなで楽しむものだった。たとえば、神話を語る老婆の声に、村の住民が楽しむように。

それが、個人でひそかに味わうものになった。たとえば、われわれは「人間失格」や「こころ」を朗読して読もうとは思わないわけである。そんなことをすれば台無しになる。だから、われわれは孤独のなかで、著者との対話を、ひっそりと楽しむわけである。

左翼的人間は、切り離された主体として生きる。それは必然、孤独を伴い、苦しい世界を生きることになる。左翼的人間は、こういう。私は苦痛によって研ぎ澄まされている。私は、認識者だ。私は聡い。

右翼的人間は、集団の血縁的関係のなかで生きる。当然、痴愚となる。私はバカだ、でも幸せだ。みな私を理解し、私もみなを理解している。私はバカだが、私は幸福である。

左翼か右翼か?とは、不幸か、バカか――という選択だけれども、結局左翼という存在が、近代以降のものであるということを考えると、それは一時的な痙攣に過ぎないとも言える。それは例えば、学生運動に明け暮れた学生諸氏が、いまでは大企業の重鎮として組織に組み込まれているのと同様である。

だから私は、右翼的価値観を多少肯定するようになった。少し前であれば、私はたしかに、個人主義や法治主義を肯定していた左翼的人間だった。だが次第に、私は自分の心中を深く探ると、他者が見えてくるように思えてきたのである。つまり、私は「個人」であることは不可能で、私のすべての思想や思惟には、他者が絡んでくることに気づいたのである。

ちなみに、この左翼・右翼という関係は、音楽にも似てくると思う。私はジャズが好きだが、ジャズも西洋的な音楽である。もちろん音楽のルーツとしてアフリカン・アメリカンの血筋もあるし、ほぼアフリカンな・あるいは東洋的なジャズもあると思うが、一般的な世間に流布しているジャズ音楽は、西洋的である。たぶん、宗教的な事情もあるのだと思うが。

で、私はだいたい外国人のジャズしか聴かない。日本人がやっても、それはなんだか無理を感じるからだ。上原ひろみとか、そういう、「海外で認められている一流プレイヤー」はいる。でも、やはり根底で、そぐわないように感じてしまう。「東洋人が無理して西洋音楽などやらねばよいのに」と。実のところ、私もジャズを演奏するから、このあたりの葛藤はずいぶん感じた。

私が知る、日系人で西洋音楽に卓越した人物と言えば内田光子がいる。彼女はクラシック畑のピアニストだが。やはりこういう人は、「私はイギリス人であり、日本人ではない」と言っている。私は、彼女はしっかりと芸術というものをわかっているのだと思う。彼女が日本人でありつつ、あのような演奏ができるものではないと思う。これはあくまで感覚だが。

上に述べたように、日本人が個人主義的な主張をすると、私は違和感を持つ。ありていに言えば、なんだか子どもの発言のように思えるのである。私が半年前には、同じ主張をしていたにも関わらず。

例えば、「私はサービス残業をしたくない」と新入社員が言う。それに対して、「お前は何もわかっていない」とベテラン社員が言う。私は後者の価値観を、身につけたというわけである。

世の中には、大きく分けると、東洋的な思想と西洋的な思想がある。私はなんだか、西洋的思想に限界を感じてしまうのである(科学にももうあまり魅力を感じない)。それで、東洋的思想に魅力を感じると、やはり、集団主義的、民族主義的な――非論理の世界に価値を見出してしまうのである。

このように、短期のうちに思想をころころ変える私は、たぶん影響されやすい性格なのだろうと思う。井筒センセーの本が、だいぶ良いのだ。

今日もだいぶ酔っぱらった。明日が休みなので、たくさん書いた。

12.21.2015

小説とは

両手に収まる程度の小さな幸福と小さな不幸をかかえて生きている。このような生活は安らかであるけど、女性的であるという気がする。

最近は丸山健二の自伝的な小説を読んでいる。彼の自伝は、私があと数歳わかければ、かなり惹かれていたと思う。情熱的、直截で、それくらいの魅力はある。けど、少し足りない気がした。何と比較してかというと、岡本太郎である。彼の文章は、岡本太郎とよく似ている。岡本太郎は、画家として有名だけども、エッセイや評論文もけっこう書いていた。芸術家はたいてい文章が得意なもので、三島由紀夫が朝日新聞社賞に太郎ちゃんを推したくらいである。

それで、丸山に太郎のなにが足りないか考えた。これは明白である。呪術的領域への信奉である。

絵画のような領域では、呪術の信仰のようなものが生きている。そして、小説という領域では、呪術は死んでいる。これは、私の狭い見識のせいかもしれないが、そのように思っている。

小説というジャンルができたのは比較的最近のことである。おそらくそれは、魔女狩りと関連する。魔女狩りが行われたのが17世紀だが、この時期に初めて代表的な小説「ドン・キホーテ」や「ロビンソン・クルーソー」が生まれたのである。

小説というのは、呪術的な要素をことごとくなくさなければ、成り立たないものだと思う。魔女が去ったあとに、勝ち誇った人間によるもの。

このあたりの説明は、かなりきわどく、難しい。実際、半狂人こそ作家業に適しているものはないのだから。私はフーコーの本を読んで上のような思想を持ったけど、もう少し自分で考えてみたい。今日はあまりに疲れて、文章が続かない。

12.20.2015

Zackyman

今日はバイクを引き取りにいってきた。電車で行ったのだが、片道6時間、小さな旅行になった。

かなりの距離を歩いた。二時間くらいは歩いたと思う。靴が合わなかったのか、途中、かかとが切れて出血し、また、拇指球のあたりがひりひりと痛んだ。

この感じは、海外旅行に行ったときと同じだ。とにかく、バックパッカーは、歩きっぱなしである。何年か前、東南アジアへの旅行は、サンダルで行ったけど、ちゃんと靴でないとすぐ足が切れてしまう。

旅行中に、足を痛めると、最悪だ。動こうという気がなくなる。

だから、足を鍛えておくのと、旅行用の靴を買っておくことが、大事だ――と思いながら、かかとの鋭い痛みを感じつつ、てくてく歩いていた。

私にバイクを譲ってくれたひとは、細身の、神経質そうな、感じのいい男性だった。嫁さんは美人だったし、車庫にはミニクーパーが止まっていた。

私は就職してからだいぶ経つから、初対面の人物に物怖じすることがなくなった。間持たせの言葉が、自然と出てくる。ただ、その男性は少し人嫌いの気がうかがえた。私がいざ発とうというとき、男性が感慨深げにバイクを見つめていた。なんとなく、気持ちはわかる。

引き取ったバイクは、機関部の程度は良さそうだった。ただ、操縦に関する部品がひどく痛んでいることがわかった。彼は乗ってて気になることはないといっていた。たぶん本当だとは思う。乗って1分で気づいたのだが、男性は気にならなかったのかもしれない。あの寂しげな目からして、初めてのバイクだったのかもしれない。

ともあれ、寒い中、何時間もかけて帰ってきた、山を越えたので、凍えそうだった。操縦部の劣化のせいで、コーナリングは怖かったが、エンジンの性能は楽しめた。

帰省までには、部品を取り寄せて、大がかりなメンテナンスが必要だ。たぶん、順調に進んで丸一日かかると思う。私はメンテが嫌いだ。順調に進むメンテなら好きだけど、たいていどこかで引っかかり、何時間も無駄にし、手を傷つけたり、血管が浮き出るほどいきんで、イライラして投げ出したい気持ちになるからだ。

しかし、バイク屋にバカ高い金を払うのも、嫌いだ。たぶん、部品代と工賃で3万円以下というところだろう。自分でやれば、部品代は3000円くらい、ただ専用工具とジャッキが必要だから、+1万円といったところ。

そんなわけで、微妙な気分で帰った。まあ、こんなものだろう。今日はただの日記。

12.19.2015

失敗と成功

私は成功しないということがわかった。



私は最近あたらしくバイクを買おうと思って、明日引き取りに行くのだけど、そのバイクは、写真で見る限りではボロボロで、私の生まれた年とたいして変わらない年に作られたバイクである。

それでも、今あるバイクよりは排気量も余裕があるから買った。というのも、以前200ccのバイクで実家に帰ったときに、あまりに辛かったからである。

私の実家も田舎であり、今住んでいるところも田舎だから、うまくすれば都市部の混雑を避けて帰省することができる。もとより世界一高い日本の高速道路に乗る気はないので、下道で帰ることになる。それでも、巡行速度は70~90km/hといったところで、60km/h以上の速度域で悲鳴をあげる今のバイクでは、私も辛いし、バイクも辛いだろうと思う。

なので、買った。このバイクは、私がさいきん購入したデンマーク製の中古デスクの3倍程度の値段であり、また、私が一週間で稼ぐ手取りの給料よりも安い。私はこのバイクの値段が安いのか高いのかわからない。私の一週間分の賃金には、大学の高い学費を払った分も加味しなければならないからである。ともあれ、世間的には、とても安いバイクということになるだろう。

それで、私は、バイクの写真を眺めていて、いろいろなことを考えた。私は、バイクを乗り始めて7年目になるから、ビギナーからベテランの間くらいになると思う。そして、バイク好きと言って間違いない部類の人間だと思う。そういう私が、そんなガラクタのようなバイクを買うことが、滑稽で、信じられないような気がしたのである。

なぜというに、私よりバイクの運転が下手で、メンテ技術も知らず、したがってバイクのメカニズム(literally)も知らない人間の方が、ぴかぴかの、百万円を超えるようなバイクを、ぽんと買ってしまうからである。

話をもとに戻せば、こういった新車を買えるような人間が、世間的な成功者ということで間違いないのだろうと思う。

私が成功できない理由は、私がボロなバイクを買うことと同じである。

そのことに、風呂に入っているときにきづいて、笑ってしまった。

私はボロなバイクを買う。それは、金がないからではない。金はある。そして、バイクが好きではないからではない。7年間、バイクに乗らないということがなかったから。だから、私が求める理想的なバイクとは、まさしくそのボロなバイクなのである。

「私が得られる成功=私が求める成功」とは、おんぼろで、傷だらけで、だれの目にも価値のないものである。それは、初めからくたびれているから、もうくたびれることがない。それは、私にとっても大した価値のないものだから、失っても痛くない。そういうものが、私の真に追い求める成功だということが、わかったのである(これはデンマーク製のデスクも同じ)。

だから、ナントカ賞とか、黄金とか、尊敬とか、そういうものが好きな人は大いにがんばって欲しい。私はそういうものに、関心がないのだ。「失うことが怖いものが欲しくない」という感情が、人にはあるのだ。

そういうわけなので、私がなにか思想家として成功したり、小説家としてヒットするというようなことは、今後起きないことを保証しておこう。なぜなら私はそれを求めていないから。そういう栄誉は、欲しい人に与えるべきだ。また、私のこのブログが大人気になるということもないだろう。そうなったら、私はこのブログを消して、またどこか違うところで始めるだろう。

そういう、成功への執着から離れたので、少し快適な土曜日になった。

東洋への憧れ

まどろんだような状態が続いている。痴呆老人のようでもある。環境に私は抵抗しなくなった。また、慣性を捻じまげるようなこともしなくなった。いったん、理性に限界があることを知ると、このようなアパシーに陥ってしまうものらしい。

なぜならば、書かれたもの、記述されたものに、そこまで価値があるわけではないからである。いわば、本当に大切なこと、真理に近しいことは記述不可能であり、その点、キリストもソクラテスもなにか執筆にいそしんだということがないことからもわかる。

ひとはある程度、智慧を身につけてしまえば、あとはもう本を読むことや書くことにも興味を引かないのかもしれない。私は、強迫的になにかを書いてきたけども、それらは何の意味もなかった。ただ私は心の空漠さを埋めるために、なんらかの記述で詰めこむ必要があったというわけである。

そういうわけで、もし心が充足してしまうのであれば、ひとは一個のリンゴを前にして、それに満足してしまうのだろう。べつに、哲学者の本とか、難解な学術書が必要なわけではない。リンゴ一個に、すべてが記述されているのである。

と、こういう禅じみたことを考えている。いったい、この科学全盛の時代において、東洋思想の奥深さは、底知れない。

読むことに倦んではいるけども、やはり直截に響いてくる文章というのはあるわけで、大部分の小説に心を惹かれないけど、詩的な表現に満ちた小説とかは、ぜひ読みたいと思っている。また、しばらく東洋思想について学びたいと思っている。



それにしても、私の日常は、うんざりする類のものだ。早く休みが、欲しい。本を読むことの意味は、じっと座って、精神を落ち着かせるためでもある。

私はおよそ今の仕事に向いているとは言えないが、それでも9か月も働けば、慣れてくる。労働に私は適応する。人間、どんな環境でも慣れてしまうものだ。

仕事それ自体に、高尚も何もない。が、たぶん工場のような労働は、ヴェイユの労働日記にあったように、非人間的で、過酷なものだと思う。また、残業が5時間とか平気であるような仕事は、私であれば潰れてしまうだろう。

一般的な仕事であれば、私はそつなくこなすことができると思う。私は、相変わらず、ミスが多く、また仕事への熱意もないが、そういう私に対して、周囲も「慣れてきた」ようで、別段悪意もなく、私をそういう人間として扱ってくれるので、やりやすい。

ただ、私はやはり、こういう仕事をして、一生を終えるという風にはあまり考えたくない。が、この九か月で、こういうふうな生活の繰り返しで終える人生の人の気持ちを少し理解した。それは思っていたよりも、悪いものではないと思う。悪くはないが、よくもない。そして快適であると思う。

おもしろみのない仕事でも、繰り返していけば、経験が蓄積すれば、そこに何かが見えてくる。それは、理性的にわかるものではない。それは、世界との親和とも言える。環境への肉薄であり、自己の溶出であり、理性の超越であり、主体の喪失である。だいたい、芸術でもスポーツでも、この領域に到達しなければならない。

だから、もともと理性の限界というのはあるわけで、そこで非理性としての狂気に、私は何年も興味・関心を持っていた。私が半狂人という理由もあったが。さいきんは、初めから人間には理性も狂気もあるのであり、理性だけを信奉するようになった西洋的思想が、人間に不幸をもたらしている、というふうに考えている。

理性的な世界とは、「AはAである」という定義づけが可能な世界である。東洋ではこれは否定される。「Aは無である」あるいは、「Aはすべてである」という解が可能になる。これは、西洋合理主義の否定であり、科学全般の否定でもある。

こういうおもしろい世界が、東洋思想である。


12.16.2015

不幸の発明

生活が、たいへんで、こうして静かに物を書くということができないでいる。

昨日はひさしぶり読書ができたので、それは良い体験だった。昔好きだった音楽を、Youtubeで聴いたら、当時の昂揚感や鋭い感覚のようなものを、取り戻すことができたように思う。

考えてみれば、学生時代は、一日4時間くらいは平気で読書していたし、土日などは、5,6冊の本を背負って大学へ向かい、情報室や空き講義室で一日読書という生活もしていた。

あの頃は、時間が潤沢にあったのだ。

いまでは、私の生活の工夫もいけないのかもしれないが、私の私生活は、少しずつボロボロになっていっているようで、その証拠に、せっかくの一戸建てが、荒れ果てて、部屋のなかもまったく汚い、ゴミ袋が溜まっているという状態だ。

なにせ、時間がない。忙しいのだ、私は。

生活の愚痴はこれくらいにとどめたい。



さいきん自分のなかで、「不幸とはなにか」という問題を考えているのだけど、おそらく不幸と、理性とは、セットであると考えている。従って理性的に世界を俯瞰してみれば、世界には不幸しかない。

われわれの生活を考えてみても、どんなバカな人間でも、不幸な状況に陥れば、とたんに理性的になる。がんになったとか、嫁が浮気したとか、権利が侵害されているとか。そういうときに、人間はのんびりと無思考に生きることを辞め、極度に理性的に物事を処理しはじめる。

もともと、人間の生活が充足しており、そこに危機的状況がなければ、ひとは理性的になどなりえない。理性とはひとつの道具でしかない。したがって、なんら支障なく生きている人間は、彼はたしかに痴愚なのだが、そうであることは当然なのである。

理性の限界とは、こういうところにある。理性に立脚している以上、人間は幸福にはなれないのである。幸福とは、理性を手放すことにあるからだ(理性では幸福を捉えられない。理性は、不幸をいくらでも数え上げることができる。しかし、幸福については、ただ「不幸の不在」と言うしかない)。

しかし、理性を手放すことは、ほとんどの西洋人には難しいことである。それは、サルトルの「嘔吐」に見られるように、それは吐き気を伴うもの、ひどいめまいを感じるものであり、生々しい無加工の生に対峙しなければならず、大なり小なり困難を伴うのである。

これが、西洋を支配したロゴスの呪いであると言えるのかもしれない。もっともこれは日本でも例外ではない。私も理性に見切りをつけたときに、上のような悪寒Nauseeを感じたからである。

で、上のような悪寒に最近あったのだけど、東洋思想はそこからさらに次の段階を用意しているらしい。いま、井筒センセーの東洋思想の本を読んでいるので、また勉強したいと思っている。


12.14.2015

解なし

とくに知的な喜びもなく生きている。すなわち東洋的怠惰のなかに私はある。

この世は不可知であるから、結局なにかを知った、なにかを学んだということに大した意味があるわけではない。

一般的な意味での「知識」とはプラグマティックなものでしかない。それはたしかに実用的であるから、人間にとって必要なものではあるけども、なにか超越的な役割を与えられるものではないのだろう。

「世界は認識可能である」という人間の倒錯的な思い上がりが、人間の不幸を生みだした。なにしろ、人間の理解と記述によれば、この世はどう考えても不幸そのものだからである。

ところが、「世界は認識不可能である」という態度をとると、生きていくことは、不幸ではなくなる。「私は不幸だ」という言表は、「世界は認識可能である」という前提から生まれている。なぜなら、世界が認識不可能であれば、「自分が幸福か不幸か」という幸福度の計算も不可能だからである。

そういうわけで、幸福・不幸という命題は、世人の大きな関心のもとであると同じに、哲学の主要なテーマでもあるのだけど、それは万人にとって「解なし」とすれば良いのではないかと思う。

「私は不幸だ」と嘆く人間も、「私は幸福だ」と喜んでいる人間も、嘘くさいものだ。この世でもっとも不幸な人間とはだれだろうか?また幸福な人間は?そんな人間が果たしてあるだろうか。その両方とも、痴愚ではないのか。

ギーターでは、「成功と失敗を同一のものとして、行為に専心せよ」というテーゼがいろいろな表現で展開されるけども、行為に専心している人間は決して、自分は幸福か、不幸かなどと悩まないものだろう。

人間はただ行為のなかにあるべきであり、自分の行為をどうこう考えてはならないということだろう。

12.13.2015

第九の効用

第九のコンサートが12月に行われるという風習は、日本だけのものである。もともとは交響楽団の金稼ぎと聞いたことがある。第九は合唱団が必要だから、その家族や知人が見に来るので、チケットが売れる。それで安定した収入を得られるという算段だ。

このように経済的理由により恒例となった第九だが、しかし一時間超という時間をただ音楽を聴いて過ごすというのは、年末の行事としては意外と合理的な面もあるのではないかと思う。

忙しい生活のなかで、ただ音楽だけを聴いて過ごすという時間は、なかなか取れないものである。時間があれば、あれをしたい、つぎにはこれをしたい、といろんな念慮が働いて、我々の生活は、つぎつぎ瞬間的に現れる目標に向かってつねにあくせくと動いてなければならない。

そうした一連の生活のなかで、コンサートという受動的に音楽を聴くという状況は、なにか寸断された、特異なものである。われわれの仕事は、ただじっとしているだけ。することというよりも、しないこと。音を立てないこと。身じろぎしないこと。

べつにベートーベンに興味がなくとも、良いのだと思う。こういう「何もしない一時間」で、一年を振り返る、という時間は、まことに貴重である。一時間という時間もちょうどよく、我慢できないほど長いというわけでもない。また十分に思考を逡巡させるには足りる時間である。

そういうわけで、日本で第九が流行る、ということは合目的的な理由もあるのだと思う。

12.11.2015

4年目の雑記

私が初めてブログを書いてから、4年の月日が経っているようだ。その間、考えることは変わってきた。私の世の中を見る目も、変わっていった。

Vilislava Boyadjieva

何が正しいのか、何が真理なのかといった問題については、以前の方がよく理解していたと思う。今の私は、相対主義に落ち込んでいるから、世界になにかすがるべき真理などないし、人間は寄る辺のない、漠然とした不安のなかで生きるしかないのだ、という事実を知った。

これは真実らしいという意味で真理であるけど、真理を否定する真理ということで、矛盾的真理である。そうして、矛盾真理とは、やはりふつうの真理とは次元を異にする。

一年を振り返ってみれば、私のなかで割と大きな思考の変遷はあったけども、現実世界の私としては、やはり評価されることもなく、大学内では浮いていたし、職場でも浮いており、根本的にアウトサイダーであることに変わりない。

ただ、去年に比べれば社会に対する不安や恐怖感といったものはだいぶ薄れた。それは、私の脂肪がついてきたことと、私の貯金が増えてきたことによるだろう。生活レベルがだいぶ上がったので、私は世間並の幸福を得ている気がする。

十分な金を得て、そのうえで金銭的幸福を否定するというのが、私が金を得ようと思った当初の目標だったけれども、そう簡単に金の欲望には打ち勝てるものではない。しかし、中庸という意味であれば、現在くらいの収入があれば、これ以上は望むこともないと考えている。

金銭的な欲望から離れるということは、「金が増えればそれにこしたことはないけれど、金がなくても、特段困らない」と言ったところが正解のようで、それはセネカがストア派のくせに金を貯めこんでいるのをひとびとに批判されたときに反論したのと同じようなことである。

金銭的な幸福を頑なに退けようというのも、金銭的な幸福に溺れてしまうのも、どちらも金に支配されているのである。人が生きていくには、金は必要ではあるが、必要というだけのことだ。ようは、ある程度の収入があっても、「私は金には興味ない」と言うことはできるのである。

最近の精神の安定は、月曜から金曜まで、しっかりと働いているからでもあるだろう。私は、大学ではほとんど授業に出ていなかった。授業はつまらなく、苦痛でしかたがなかった。それに友人もほとんどいなかった。それで、音楽ばかりやっていたものだから、私は自分が何をしているのかわからなく、私がなぜそこに存在しているのかもわからなかった。

それが、仕事というものをしてみると、これはやはり、強固なイデオロギー的な世界であって、浮き草のようだった私が、濃密な人間関係のなかで、しっかり根を張るということができた。もっとも、私はさっき述べたように、職場で浮いているから、そこに埋没してしまうわけではないが。私の半身は世間的な仕事に従事しており、私の半身はどこか遠くの夢を見ているといった具合だ。

仕事を辞められるかがわからない。私はあと一年くらい、働くかもしれない。まとまった金はすでにできているし、いますぐ辞めてもいいのだろうが。貯めた金は、旅に使いたいし、また山奥の小屋を買い取って、静かに余生を過ごすために使いたいと思っている。

12.09.2015

決定事項

かく、われにより、そなたには、秘中の秘なる知識語られたり。隈なく、それを反芻熟慮して、欲するがままになせ。(ギーター/鎧淳訳)
なにか明確な目標、絶対的な方向性があればよいのだが。ある賞を取りたいとか、ある地位にたどり着きたいとか、いくら稼ぎたい、とか。

今のところ、私は旅に出るということが、夢目標である。文章家になるということも、ひとつの目標ではあったが、いまではそれほど思わない。

私には文章に適性があると思っていた。しかし、それで食べていこうとはあまり思わなくなった。端的に言えば、世間に認められることに、価値を見いださなくなった。それに、そんなことは才能的にも不可能であると感じる。私が意欲を持たないことと、私に才能がないこととは、同じことを意味する。適性とはそういう類のものだと思う。

有名人になったり、勲章をもらったりすることに、価値を見いださなくなった。それらの「序列」は、私にとっては、何かひとつ下の次元の話に見える。指でつまんで持ち上げられる程度の、私には無害な、私には無関係なもの。

幸福も不幸も同一であり、失敗と成功も同一ならば、私の生のある瞬間が失敗ということはないし、今現在の田舎の半狂人としての私、世間一般の失敗者としての私は、同時に成功していることになる。

私も、生きることに慣れてきた。生きることに慣れてきたから、私はずいぶんうまくやっていくことができている。もはやどこまでが、私の精神で、どこまでが、私の肉体なのか、そういう垣根も、わからなくなってきた。私の血清カリウム値や、甲状腺ホルモンの値が、適性に保持されるのと同じように、私の精神も、私の知らないところで、勝手にうまくやっているらしい。

何もかも和合している。という気がする。梵我一如な感じ。


最近は、詩人気取りも、学者気取りも、辞めた。なんだか物を書くことが、私にとっての慰撫であるというよりも、もっと嫌なもの、倦怠、うんざりすること、書いたあとに、吐き気を催すもの、であるという気がする。

何か、まっとうなことをしたいと思うときがある、何かに全力で打ち込みたい、私を置き去りにして、ただ行為のなかに沈潜したい、と思うときがある。母親にとっての子どものように、何か作品を作ってみたいと思うときがある。

が、よくわからないが、私はそういう風にはできていないらしく、世間的な成功は望めず、あいまいな素体としての人間のまま、生きていくことが規定されているらしい。

12.08.2015

分裂

こうしてくだらないことばかり書いて死んでいくのがまあ妥当な人生だという気がする。

私の神経症を考えてみるとどうもこれは成功を妨げるものであるらしい。

普通、神経症は完璧主義と言われるが、私は完璧主義であるがゆえに物事を完成させらない。ふつうの人が80で良しとするところを、私は100を求めるがゆえに、かえって60で終了させるのである。

もしかすれば、私は90の仕事ができるのかもしれないのに、私は100を求めると終わりない苦しみが待っていることを知っているから、その適応として、反作用的にずぼらな成果をあげるという始末である。

こうして書かれている駄文も、もし100の注力をして、完全に練り上げたら、妙な哲学論考や、詩文になるかもしれないのだが、私はそういう努力をして「世間一般の評価を受ける」ことに対して、本能的な嫌悪と恐怖があるらしい。

ジジェクによれば、女性のヒステリー患者というのは、ある女性的な演出表現をするのだが、彼女の自己に対するまなざしは、男性的視点、多くの場合父親のものと同化しているのだと。このずれ。
強迫神経症者の場合、このずれは極大になる。「構成された」想像的・現象的次元では、彼はもちろん自分の強迫的行為のマゾヒスティックな論理に囚われており、彼は自分を辱め、自分の成功を妨げ、わざと自分が失敗するように仕向ける。だが、重要な問いはここでもこうだ――悪意ある超自我の眼差しはどこにあるのか。彼はそのために自分を辱め、それがあるがゆえにわざと失敗することが喜びをもたらすのだ。このずれをうまく表現するには、「対他」/「対自」というヘーゲル的な対の助けを借りるのがいいだろう。ヒステリー性神経症者は、自分は他者のために(対他的に)ある役割を演じているのだと感じている。想像的同一化は彼の「対他存在」である。そして、精神分析が達成しなければならない決定的な変化は、彼は他者のためにある役割を演じているが、その他者とは彼自身なのだということ、つまり彼の「対他存在」は「即自存在」なのだということを、彼に理解させることである。なぜなら、彼はあるまなざしのために自分の役割を演じているのだが、彼自身はすでにそのまなざしに象徴的に同一化しているのだから。(「イデオロギーの崇高な対象」)

わかったようなわからない文章を書くおっさんだと思う。

ヒステリー患者は、父親の視点に同化している。父親の視点で自己のふるまいを評価し、それを承認する。

神経症患者は、自分の視点に同化している(本人は、ある他者のためと感じていても)。自分の視点で自己のふるまいを評価し、それを承認する。

なんだかすごい世界だな、神経症者は。自己が自己のためにふるまい、自己が自己の基準で承認する。そのサイクルというわけだ。

ヒステリー発作は説明しやすい。例えば父親との関係がうまく行かず、それにトラウマがあるとすれば、自分が父親の視線に(無意識的にせよ)同化し、「ふるまう自己」と「まなざしとしての自己」が乖離し、このずれが病的なヒステリーを起こす、ということは感覚的に理解できる。

このとき、「ふるまう自己」は対象化され、「まなざしとしての自己」は父親と同一化しているのだから、なるほど病的な状態ではある。

しかし神経症者はだいぶひねくれている。「自己は他者のためにふるまう」のだが、その他者とは実は「自分自身」なのであり、象徴的な「他者」の顔をした自己が、自分にまなざしを向ける。

この関係はぞっとするようだ。父親と娘の関係がうまくいかないならよくある話としてわかるけど、神経症者は自己と自己が断絶しているのである。ある個人のなかで、自己と自己が分裂している。なるほどそんな人間を見れば、だれもがぞっとするに違いない(実際私はよく「ぞっと」されたが)。ある個人のなかで、ぐるぐると叱責と演技が連続しているのである。

神経症の病理の原因とは、自己が他者の顔をしはじめることにあるのだろう。「対他存在のためにふるまう自己」は、対他存在がまさか自己であるなどとは思っていない。

そうだから、神経症的な症状は消えないのである。それは他者に向けられていると思っていても、結局は他者にはまったく効果のない、不可解な行為にしか思われないからである。それゆえ、神経症者は救いがない。他者のためにふるまっているのにも関わらず、それは他者には決して届かず、そして他者の顔をした「まなざしとしての自己」は、「ふるまう自己」を決して許すことがないからである。

しかしまあ、私の過去の感覚的世界を俯瞰してみると、そんなものだったかもしれない、と思う。自己が自己を許せず、私はつねに演じてきたし、つねに他者のために行動してきたようにも思う。しかし、私に罰を与える他者もまた、自己だったのである。

というわけで、私はまたくだらない考えを述べた。私は永遠にくだらない失敗作を生み出すしかないという気がするし、それはそれでよいのだ、と考えたりする。

12.07.2015

ファミリア

仕事して、酒を飲んで、寝る。起きたら、ネットでニュースでも見て、仕事へ行く。仕事中は、もくもくと、仕事をする。

月火水木金土日と、何も引っかかりもなく一生を過ごすことができれば、それは幸せなのだけど。幸せに違いない。仕事ばかりして、疑問も持たず、生きていくことは、幸せだろう。

そういう人間は私はバカなのだと思っていた。バカゆえに悩みがないのだろうと。そのときの私にとって、生とは苦痛そのものだった。そして幸福は迷妄だったわけだ。

愛別離苦だのなんだの、四苦八苦が人生には用意されているのだと。目を開けば不幸が満ちているから、幸福とは瞬きの瞬間、あるいは意図的に目を閉じているに過ぎないのだと。

しかし考えてみれば、不幸と、幸福の境はなんだろうか。ひとは幸福を追い求める。不幸を嫌う。でも、その差はどこからくるのか。

こういう区分を、いったんないものと仮定してみると、生のままの生が、新しい認識が訪れる。いわば有でも無でもない領域、グロテスクでみだらな領域が見えてくる。

幸福も不幸もない。すべてはひとしく○○である――

すべては運命である。すべては神である。あるいは、すべては無である。いずれにあっても、人間が幸福か不幸かという問題に悩まされることはなくなるわけだ。

パスカルの言ったように、人間は矛盾存在である、と。偉大であり悲惨。幸福であり不幸だと。人間に人間や生は定義不可能といったところか。

我々のあらゆる認識は生に内包されているのだから、生を語ることは不可能だ。ロゴス主義の失敗は、こうした逆立ちにある。



私は西洋イデオロギーの下っ端になることを辞めて、東洋イデオロギーの下っ端として働いている。

かつて西洋イデオロギーのなかで働いていたときは、私は極端な個人主義に走り、論理主義に走り、たとえば車線を踏み越えるやつには容赦なくクラクションを鳴らしたし、毎日強いられるサービス残業には虫唾が走る思いであった。

東洋イデオロギーに移転した今では、すべては「家族的」になった。私はひとびとを許すことになったし、談話の際に笑うようになった。

私は、日本という社会は、ファミリーという言葉で理解できると思う。昔、冴えない社会学者がこの日本社会を「甘え」というタームで説明しようとしたことがあったが、私としては、ファミリーの方が適切だと感じる。

というのも、「甘え」という言葉では、日本人の時折見せる冷淡さ、狡猾さ、攻撃性などが説明できないと思うからだ。

ファミリー的なのは、トップから末端までに行きわたる日本の支配構造であり、皇室、政治、企業、学校など国内の社会的・集団的領域すべてにわたって、この血縁的空気感が生きていると感じる。

もともと日本がファミリー的であると感じたのは、ある外国人が「日本の政治はヤクザ的だ」と言ったことにある。

たしかに、ヤクザも血縁を重視する。実際に血がつながっているわけではないが、「杯を交わす」などの儀式は、まるで結婚式のようでもある。また日本の政治も、超法規的手段を(割とためらいなく)簡単に取るなど、ヤクザ的であるし……実際政治家とヤクザが蜜月であることは公然の秘密である。

現実には日本人は分断されていて、個人主義的だ、という意見も聞かれるかもしれないが、どんな人間でも、会社であったり、あるいは町内会であったり……そうした場で血縁的な(ときには排他的な)関係を持つことが事実上強いられている。

そこから排除された人間は、強制的に是正されるか、あるいは存在しないものとして扱われる。例えばムーミンのアニメでは、ムーミン一家のパーティで、輪に入らずにひとりで食事をとる「おしゃまさん」や「スナフキン」が描かれるが、サザエさんのような日本のアニメでは、そういう描写はない。個人主義は存在せず、すべてが家族的な繋がりのなかでどう役割を演じるかが描かれる。

個人主義とは、世界に個人が立脚するが、家族主義では、家族に主体が立脚するのである。

家族的な関係は、引きこもりにも可能である。今はネットという場が、そういうファミリー形成に役立っている。例えば、オタク趣味は、オタクというカテゴリーで家族的な慣れあいが見られる。それは、単なる有志の集団、コミュニティであるというよりは、血縁的関係であるように見える。

それは対外的な行動において顕著であるように思う。たとえば自己に不利益な法案とか、攻撃的な言論に対しては、狂信的とも思える攻撃的な行動をとる。その法案が正しいかとか、その言論が正しいかに関係なく、きわめてプリミティブに攻撃行動をとるのである。

この点も、ヤクザ=ファミリーとして理解できる。オタクはヤクザ的だと私は思う。

長々と書いたが、ぜんぜんまとまらないのでもう辞めたい。なんだかすべて中学生でも理解している当たり前のことを書いている気がする。「家族経営」なんて何度も語りつくされていることだし。

ともあれ、上の知識があることで私は生きやすくなった。私にとって日本人の行動はいろいろと不可解なのだけど、「ああ、この人は私のことを『他人』とは思っていないのだな。何か同族的、血縁的な関係だと考えているのだな」と推測することによって、ある程度理解可能になった。

それは、単に友好的な関係を求められたときだけでなく、例えば恫喝されたり、理不尽な要求をされたときにも、この人は、私を切り離された個人ではなく、血縁的存在だと思っているのだ、と、そう理解することができるようになった。

たとえば原発事故の責任をだれもとらなくても、それはよいのである。「まあ、いいじゃないか。」で済む。大企業の粉飾決算も、「いいじゃないか」。そして、国民も「まあいっか」と思っている。

このあたりの空気感は、たぶん西洋人にはまるで理解できないものだと思う。私も最近まで消化できずに苦しんだ。

しかし、日本は依然西洋国でなく、西洋国基準の「先進国」でもなく(つまり民主主義でもなく、法治国家でもなく)、そういう要素を外面的には取り入れながら、内面的なイデオロギーを保持している、複雑な国家なのだ、ということでいったんは理解した。

たぶん、こういう家族的な国家構造の方が、ばらばらの個人が集まった国より強いはずだ。日本の政治は一時の例外を除けば、ずっとアメリカのポチをやっているから、アメリカによってずいぶん弱体化されているけども、そうした障壁がなければアメリカよりも強い国になっていただろう、などと妄想する。

12.06.2015

ロゴス教

夜に記事を書くと、どうもダメな代物になる。

昨日のそれは生禅的なひらめきである。でも、やはり個人的には、大きな事件だった。合理主義から脱し切ったような。

ある宗教の洗脳から目覚めたような気分だ。それは、実際、恐ろしいことでもある。洗脳のなかにあることは、安心と快適をもたらすものだ。また答えのない世界に戻ってゆくということ。

ホーフマンスタールは27歳で精神的な危機を迎え、そこで作風をがらりと変えた。

「なにかを別のものと関連付けて考えたり話したりする能力がまったくなくなってしまった」「ある判断を表明するためにはいずれにせよ口に出さざるを得ない抽象的な言葉が、口の中で腐れ茸のように崩れてしまう」(「チャンドス卿の手紙」)

そうして、ホーフマンスタールは55歳で死んだ。ということは、ちょうど人生の半分のところで、彼は大きく転換したことになる。

実のところ私も上のような感情を持っている。何かを語るということの意味を、考えて、それが有意味なのかどうか、ということを考えて、躊躇してしまう。

ある哲学的命題を語るということ。何かを証明するということ。本質を前提にするということ。その前提となっているロゴスが、私にはなにか信じられないものになってしまった。

ある対象とある対象を区別するもの、例えばリンゴとみかんを区別するような働きが、私から失われた。もっとも、私にとってみかんはみかんであり、リンゴはリンゴだけれども。

しかし、みかんもリンゴも、「より大きい包括的な何か」に統合されてしまったのであり、私が「それはリンゴではなく、みかんだ」と言うときの真実性とは、その本質的には、「誤」であることになる。

もっとも、大方の人間にとって、みかんはリンゴではないのだから、私の発言は「真」であることになる。偏屈な人間や狂人でなければ、およそ万人が、それを認めてくれると思う。

しかしほとんどの人間に通じると言っても、私のなかでは、誤であるという確信がある。これは、論理ではなく、感覚的なレベルのことなのだが。

こういう「何かと何かを分かつ区分」のようなものが、白々しく見えてきているのが私の現状なのである。例えば幸福と不幸のような区分、善と悪のような区分、これらが「世俗的な迷妄」のように思えてきている。

このことが、私を深い孤独につき落とすと同時に、永続的ともいえる温かさを与える。一面では私は世間的な公理からつまはじきものになったアウトサイダーである。科学も、ある種の宗教も、およそそういった「確からしい認識」、大地的な基盤を失っている。

しかしリンゴとみかんが同一であるならば、世界と私という区分も、取り払われるかもしれない。この意味で、私は完全に世界と融和することができるのだから、私はもはや、孤独者であるなどありえないのである。


というわけで、ずいぶんアホくさいスピリチュアルを展開してしまった。

現実の私は、貯金が200万円を超えたので、なにかバイクを買おうと思っている。200㏄のバイクで、二日で1000kmを走ったことがあるが、もうそんな思いはしたくない。大型バイクの中古を検討中……。

貯金が増えていくにつれ、私の腹の脂肪も増えていった。まだ「痩せ型」の部類だが、常識的なレベルの脂肪がついてきたと言えるだろう。

貯金も脂肪も似たようなもので、あればあるほど、身動きは取りづらくなり、快適に、満足してしまうものだ。じっさい、去年に比べて冬場がだいぶ楽になった。

金はもういいから、何か熱中できるような仕事をしたいものだ。とりあえずの生活のためにしている仕事というのは、悲惨である。かといって、読書も、最近は飽きてきた。私は読書だけの生活で、何年も過ごせると思っていたが、読書体験を重ねるうちに、もっと重要なことがあるのではないかと思い始めた。

無心になってできること、といえば、こうやって何かを書いていくことと、楽器をやることと、昔であれば、絵を描くことが好きだったのだが、現状ではどれも中途半端だ。そもそもこういったことで、金を稼いだり賞を狙うということは、あまりしたくないという気がする。

私の生活におけるもっとも根本的な営みに、他人の介入を許したくないという、神経症的な感情がある。そうだから、コメントを書いてくれている人には悪いのだが、コメントはほとんど読んでいない。別にコメントの内容が嫌なのではなく、コメントそのものが私は嫌なのだ。

もっとも気が変わるときがあって、例えば本当に心細くなったときには、読んで慰められるということもあるけど。

私は生来臆病なので、他人の評価というものにひどく鋭敏なのである。だから、他人が見ているとそれだけで何もかも台無しになる、ということが私の人生の常だった。とくにそれは音楽で顕著だった。

無心になれることといえば、あとひとつ、バイクがあった。私はスポーツがことごとく苦手だったのだが、バイクのスポーツ走行は得意である。大部分の人よりもうまく走れるという自信がある。

ちなみにバイクのメンテナンスは本当に苦手で、いい加減であり、性急であるために、うまく行った試しがほとんどない。メンテナンス中はつねにいらだっているように思う。

性格としては神経質なのに、こういったところではいい加減なので、人からは奇異に思われるのだが、神経症の人間ならわかるだろうが――神経質も長く続くと、ある事柄についてはいい加減にする癖がついてくる。すべての事柄に神経質であっては、疲れて死んでしまうだろう。これも適応の一種だと思う。

私の本当に好きなことだけをしていきたいと思っている。

金儲けも、割と好きな方である。私は同年代と比べれば高収入な方だが、それというのも金に対する執着がひとよりも強いからである。好きというか、もともとが貧乏だったので、金を失う恐怖の方が強いかもしれない。貧乏ゆえの悲しい執着と言えるだろう。

私の大学の友人たちは、みな金持ちであったから、その金に対する執着のなさに、私は憧れたことがある。例えば彼らは、自動販売機で好きなだけジュースを買うことができたし、半額ではない弁当を買うことができたし、彼らにとって食堂とは豚汁とライスを注文するところではなく、ありとあらゆる食べ物が彼らを待ち受けている場だったのだ。

だから彼らに比べれば、私の現在の収入が高いということも、必然であると思う。彼らは好きな仕事に就くことができたのだ。金のためではなく、したいことを。

ただまあ最近は仕事に慣れてきて、ある程度楽しんで行うことができているので、それはそれでよいのかもしれない。

私はこうならなければならない、とか、こうすべきだ、という強迫的な感情は、あまり、なくなってしまった。それは上に述べたような「区分の消失」のせいでもある。たとえば高卒の同僚と談話するときも、東大名誉教授の哲学書を読むことも、大した差はないと最近は感じている。

生は生であり、生がないがしろにされることはないのであり、例えば芸術家にとって何も生み出せないスランプはつきものだが、そういう時期こそ彼の創作に必要な期間であったりする。そういうことと似ている。

だから私は東洋人的な楽観主義で、今後の人生をやりくりしていけばいいと思っている。父権的なセム系の信仰をもつ人々は、神に気に入られなければ地獄が待っているというような、強迫的感情を持っている。また、私も同様の感情を持っていた。

いまは、いろんなことがどうでもよいことのように思えてきている。休日の海沿いをバイクで走って、野良猫を撫でていると、それが世界であり、それが生のすべてであるというふうに感じる。


12.05.2015

La Nausée

最近の思想的な変化は私にとって事件であった。

私は物心がつきはじめた五歳児のように、世界に対する了解の作業を手探りで模索しなければならなかった。

大乗仏教的には理性的な物事は世俗的な世界に属するものであり、そうしたものは実態を伴わない迷妄なのだという。

やはり仏教はすごいと思う。キェルケゴール、ニーチェ、ハイデガー、サルトルのような実存主義者が到達した世界を、すでに記述している。やはり人間は進歩などしていなかったのだと思う。理性的世界で我々は理性的に進化しているものの、理性が迷妄ならば、進歩とはなんでもないことになる。

今日は暇だったが、とくに読書もせず一日を過ごした。読むべき本が溜まっている。ヘッセに、ホーフマンスタールに、井筒俊彦。

最近の私は理性的に生きることなく怠惰に生きている。怠惰に生きているといっても、世俗的な意味ではまじめそのものであり、私はよく働き、文句も言わずに、社会貢献している。

いわば生来のものだったクソまじめさを、取り払った。理性に対する信仰とか、理想に対する恋慕を、なくしてしまった。私は手放しのまま、あいまいで、みだらな生の世界にぶちあたって、やはりサルトル同様、「吐き気」に襲われている。

私がこれまで見てきたものは何だったのか。私にとっての世界は何だったか。そういうことを考える。というのも、これまで理性的に世界を見てきたのであり、そしてこれからは理性にすがることはできないのである。理性的に生きていたときもアウトサイダーだったが、今はもっとアウトサイダーだ。表面的ではなく、内的な意味での。なんだか、どんどん行ってはいけない世界に進んでる気がする。深い海に下るような怖さを感じる。

井筒によれば、大乗仏教では一切を無とし、なにか本質的なものを存在しないとしているが、ヴェーダ教では、一切を有とし、すべてを本質的なものとしているという。いずれにしても、東洋思想においては、何か超越的な存在(イデア、純粋形相、神、理性、精神)があって、それ以外の非超越的な存在がある――というような「区別」がない。

こうなると、善悪二元論も、天国も地獄(天と地)も、なにも区別がなくなってしまう。私はニーチェ流に東洋を大地・肉体の領域だと考えていたのだが、東洋思想は、大地的であるのではなかった。そもそも東洋的には、天と地がないのである。「汝それなり」の世界だ。

だから、大地という概念は、西洋的(理性的)世界から見た東洋でしかない。東洋には天国もなく、また地獄もないのである。なぜならそれはひとつであるからである。

考えてみれば西洋人の精神のルーツである古代ギリシャの哲人のテーマは、「徳」であったように思う。何が徳で、何が徳でないか。ここからスタートしているのだから、東洋的哲学とはまるで違う。「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神とあった。」。

つまり仏教的価値観では、西洋的な論理詰めの哲学者はまだ「世俗的」なのだと思う。また、科学者たちも世俗的である。そしてキリスト教も、世俗の宗教ということになる。

12.02.2015

空白と不安

認識も行き着いてしまえば、寄る辺のない不安だけが残る。

ある肯定的なものに憧れを抱き、飛び立とうとする瞬間、あるいはある誤謬を正そうと立ち上がった瞬間に、その「目的」は消えてしまい、踏ん張るための「地面」もまた、消えてしまった。

いままでは、目的が様変わりしたり、消えてしまったりということはあった。しかし、地面が消えてしまうことはなかった。いままでは、ある目的にたどり着いたあとも、帰る場所があった。それが、私はまったくの中空に放り出されてしまった。私はどうしていいかわからないでいる。

天でもなく、地でもなく、肯定でも否定でもない、宙ぶらりんの余白に、私は今立っている。

この漠然とした、不快感、居心地の悪さ――は、別段嘆くほどの絶望ではないのだが、ただ、たぶん永遠に続くだろうという予感はしている。不安感が永遠に続くだろうという確信があり、その確信は依然不安である。

そういうわけなので、もうあらゆる哲学とか神学は皮相的にしか感じられなくなる、かもしれない。たぶん科学とか、医学とか、政治とか、そういう雑多な物事も、私にとってはどこか遠くの事件や、外国の風習に近いものにしか感じられないだろうと思う。

私が求めるとすれば、私と同じような寄る辺のなさ、不安のなかにいる人々の思想に触れることである。それは真理探求でもなんでもなく、ただの慰撫、対症療法でしかないのだが――そうしなければ私は不安に押しつぶされてしまうだろう。

真理とか、正義のような概念がまだ個人のなかに生きていれば、ひとは拷問だろうと、孤独だろうと、いくらでも耐えられるだろう。しかしこれらの価値観がなくなってしまえば、真の不安のなかでは、ただ他者のみが救いになるのだと思う。

真の不安は、存在の悲劇ではなく、むしろ悲劇のないことにある。

12.01.2015

哲学療法

気が付けば、もうブログを初めてから、4年になろうとしているけども、私はといえば、何か直線的に進歩したというよりも、どちらかといえば何か漠然とした躓きのようなものに捕らえられている気がする。

元はと言えば、世界を変えるだの、そういうことが目標になっていた、そのときは、この世には正しいことがあり、それに向かって人びとを導かねばならない、そういう風に考えていた。世の中は間違っているから、正しい世界にしなければならないと思っていた。ところが、四年の年月の間に、いろいろなことを学び、いろいろなことを経験し、また記述していくうちに、結局は、「正しいもの」や「真理」などといったものは存在しない、ということが、次第に明らかになってきた。

また、一見間違っている人々も、間違っていて、彼らは正しいのだ、ということを知った。つまり
 彼らは間違っていることを行っていて
 時には自分が間違っていることを認識しているが
 それで尚かつ、彼らは正しいのだ
ということを、私は知った。

私は、学ぶことで、視界をクリアにしようと思ったのだが、この世の天才や賢人や偉人や文学者や名誉教授なんかの本を読んでいくうちに、生はどんどんとカオスに満ちていくようになった。ひとりの天才が「世界はかくなるものである」と、何か判然としたことを言われると、そうなのかもしれない、と思うが、10人の天才がてんでばらばらに「世界はこうだ」と言い始めたら、私のように天才でもない人間は、当惑するしかない。

すべてが、間違っていて、正しいのだ。それを知って、私は何にも反発できない、何にもすがることのない中空に放りこまれたような不安を覚える。

こうして世の中のことは、まるでわからずじまいで、おそらくこの現状はいくら勉強を重ねても改善不能だということはなんとなく理解している。ようは、理想などなく、真理などないのである。だから、われわれは進歩などなく、ただあるのは「今ココ」でしかない、ということになる。

四年を振り返ってみると、終始一貫して、私はニーチェを愛していたことになる。どれだけ私がニーチェに救われたかわからない。「真理は誤謬である」ということも、ニーチェに教わったのであった。

また、今日まで通じて、私の重要な特性は、精神疾患であることだった。私はなんども自分を神経症と語っていたが、最近は、西洋合理主義の相対化によって、少し改善してきたように思う。

まさか、哲学が病を癒やすとは!神経症とは、理想的自己を求める(それによって現在的な自己を否定する)というプロセスだから、理想という概念(プラトニズム)から解放されれば、自然と病は癒えるのである。

そういうわけなので、神経症の諸氏は、ニーチェを読むことをおすすめする。神経症とは、いわばプラトニズムの被害者なのである。

だから、「じょうろ、鍬、犬」なのである。我々はそういうところに真理を求めなければならない。すなわちゴッホのような芸術であり、そうして狂気的な世界である。「真理はない」という前提に立てば、必然的にその思考は、狂気じみてくる。私は哲学の次の段階に進んでみたいと思っている。ホーフマンスタールも55歳まで生きたし、狂死することはないだろうと思う。