12.29.2016

ヒモかタビか―2017に向けて

今、実家へと向かう夜行バスにゆられながらこれをタイプしている。

今年一年はろくなことがないまま終わってしまった。今年中に世界旅行に旅立つ予定だったが、結局実現しなかった。ほとんど出発を決意していたから、荷物は買い揃えるだけ揃えたのだった。バッグだけではなくて、防水ケースとか、積載用のゴムロープとか、海外用のコンセントとか、たぶん持っていかないだろうが、バーナーやコッヘルまで揃えた。それらは今は押し入れのなかに詰め込まれている。

労働者として二年目を過ごしているのだが、一日八時間、月火水木金、同じような日々を過ごしていると、一年があっという間だ、と感じる。とくに私は、何も出来事のない田舎に住んでいるし、読書と仕事の毎日だった。それだから金ばかり貯まった。

今日、地銀の口座からネット銀行に金を移すことにした。ネット銀行は振込手数料が安いし、一定金額以上の取引であれば、ATM手数料がいつでも無料だからだ。(いったいATM手数料など取るのは日本くらいのもので、ほんと日本人は食い物にされてばかりだな、と思う。) さて地銀の金は金額にして400万円だが、これをいったん現金で出金し、ATMで入金することにした。こうすると手数料なしで振りかえることができる。400万円という金を初めて手にしたのだが、手に取った瞬間心拍数が10くらいあがった。つまり私が一年八ヶ月間生命を費やした結果がこれなのだな、と思うと何か400万円の札束がとんでもないものに見えた。たかだか400万円、とは思うのだが……。

私はまだ金銭的な欲から抜け出せていない。十分な財産が必要だと思う。それで金稼ぎブログであるところのmanimaniというブログを作ってみた。私にとっては金稼ぎは将棋や麻雀と同じような知的ゲームであって、一種の享楽を感じるものである。

金の話ばかりになった。私は労働から離れるために金を得ようと思っている。悲しいかな私は資産家の息子ではないから、遊んで暮らすというにはいかず、金稼ぎもせめて楽しんでやろうと思っているのである。「労働を越える道は、労働を通じて以外にはありません。労働自体に価値があるのではなく、労働によって、労働をのりこえる……その自己否定のエネルギーこそ、真の労働の価値なのです」と安部公房の何かに書いてあった。

今の計画では、とりあえず4月までは仕事を続けることにして、それからは二つの道を考えている。一つはSがこちらへ帰ってくるというから、Sのヒモになる、というもの。「ヒモ」というか、生活費は自分で出すからヒモではないのだが、ようは生活コストを最低限に抑えるために、同棲あるいはルームシェアをするということである。家賃、食費、光熱費など、シェアした方が断然生活費は安くなる。それに、Sとの生活は絶対に楽しいだろう^^

Sが仕事に行っている間、私は図書館へ行き、ひたすら読書と執筆をする。あるいは事業を起こす。いわば「経済的な不安から離れて」、「潤沢な時間を自分に与えたとき」に、どういうことが起きるのか、それを確認してみたいと思っている。まったく漠然としており、明確な「これがしたい」という目標はないのだが、なにかが起こる、という予感がしている……。あるいは、単なる読書ニートになって終わるかもしれないが。

当然ながら、Sが「無理」といえばそれまでであり、こうなると私は第二の選択をしなければならなくなる。つまり「世界旅行」であり、これは前々から計画していたものをいよいよ実行というだけの話である。今年になって、「カメラ」が趣味になった。カメラとバイクと海外一人旅という組み合わせ、私にとってはヨダレが出てとまらないほどの好物である。さらに私の計画では、この旅は晴「走」雨読となる予定であり、雨の中バイクで走るのも苦痛なので、雨の日はホテルに篭って読書する、ということを考えている。ああ、まったくイヤになるほど素敵な計画だ!

いずれにせよ仕事は辞める。賃金労働はうんざりだ^^ 私は自分が事業家になるか、作家になるのかわからないが(もしかしたら音楽家かも?)、来年はいよいよ自己実現を果たしたいと思っている。

今年は、考えてみるとそこまで悪いものではなかったかもしれない。神経症がほとんどなくなったから。私を十四歳のときから、十四年間苦しめた神経症であった。しかし神経症とは結局、切除可能なあるものではなかった。それは自己そのものだった。人生は、ようやく色づいた。遅咲きの青春、というわけだ。

奴隷教育・去勢教育

資本主義社会では財界が教育に介入することは自然なことだ。たとえば「単純労働を厭わない労働者を作るための教育をしてくれ」、まあ別の言い方をすれば「忍耐力のある社会人」を教育によって作り上げてくれ、という要請は我々が思っている以上に当たり前になされている。

考えてみると子どもたちも「ブラック」な環境に置かれている。私の家の近所では高校生が夜の9時まで野球の練習をしている。また高校生たちは受験勉強のために一日12時間ほど勉強している。ブラック企業は根本を辿れば国家支配の矛盾に行きつく。

財界の要求はいらん教育をするなというものである。つまり少数のエリートと大多数の単純労働者があれば経済社会は成り立つのであり、だいたいこの比率を3%にしようということになった。それで単純労働者は大学などいかせずに、「黙って言うとおりに働く」効率の良い労働者に育てよう、という要求が80年代くらいにあった。(渡辺治)

人間性を育む、という意味での「教育」が虚像であるのは自然なことである。だれだって統制力のある「強い国」が良いのだ。だれもが主人になったらだれが泥臭い仕事をするのか。統治とは矛盾を孕むものだ。

私は最初この支配構造に吐き気を催したが国のあり方としては自然だな、と思い納得することにした。教育ってそういうものだよな。私の親戚は教師が多いが、まあろくでもない説教屋ばかりが教職につく。あるいは教師だからろくでもない説教屋になるのかもしれない。私は死んでも教職などなりたくなかったが、その理由は教員は統治システムの従事者であり、警察や自衛隊と変わらないからである。

また私個人の経験として、教育システムには嫌というほど辛酸をなめさせられた。私は何度殴られたか、精神的暴力を受けたかわからなかった。恫喝、恐喝は当たり前、顔をひっぱたかれたし、みぞおちを殴られたことがあるし、髪をつかんで引きずられたこともある。日本の教育現場は刑務所も真っ青の恐怖支配である。そしてそれは是正される気配がなく、学生は自己を作り直し、その縦構造をのみこんでしまうよう指導された。その環境の劣悪さはフォアグラ工場のようであった。

ちなみに私の通った中学と高校は低偏差値校である。ごみ溜のような学校だった。私は学校とは暴力の支配する場だと考えていたから、大学へ入ったときにすごいショックを覚えたものだった。まあ大学職員にもろくでもないのはいたが。

かといって教師が悪いわけではないし、財界や官僚が悪いわけでもないと思う。ドストエフスキーの言ったように、人間はどんな環境にも慣れてしまう。自分がしていることの意味を考えなくなってしまう。それが人間のサガなのだろう。盲人が盲人を手引きしているような国だな、と私は諦観したのである。


12.27.2016

働くことは立派なことではない

働くことが本当に嫌だ。

嫌だー!^^

働くことは立派ではない。そんなことはだれでもできる。いや、むしろこう言ってもいいだろう。労働者は働くことしかできないのである。だって、働かなくても生きていけるのであれば、ほとんどの人間が働くことを辞めてしまうでしょう。資産がない、才能がない、知恵がない、あとがない……そういう人間が生きていくために仕方なくするのが「労働」。これは大企業のエリートだろうと派遣社員だろうと同じ。

労働と統治。下層階級には、労働を課し、常に疲弊させよ。考える暇を与えるな。反抗する余力を残すな。わずかな賃金を報酬とし、財産を与えるな。
我々が憲法に書き込んだ人民の権利というのは幻夢的なもので決して実行のできるものではない。……というのはほとんど毎日働かなければならぬから憲法を使うことが出来ない。(シオン議定書)
想像してみてほしい。我々の労働時間が一日三時間になったら?我々の平均年収が2000万円になったら?下層階級が思考と健康を取り戻し、知恵と力をつけ、欺瞞を暴き、国家は崩壊するだろう。ゆえにこう言うことができる。国が豊かになることはあっても、国民が豊かになることはない。永遠にない。

すべての人間の緩慢なる自殺、それが「生きがい」と呼ばれるところ、それが国家である……ニーチェのこの発言は現代の労働者の価値観と見事に符合する^^

支配システムとしての労働がある。労働に駆り立てるために人間を道具にかえるのではない。人間を道具にかえるために労働がある。ここ、大事なところです。

フーコーが指摘したように、「監獄」へ入れられる人間は、精神異常者から「労働不適合者」へと変遷していった。働かない人間は、社会的な脅威となったのである。

私はそういう社会のカラクリが理解できるようになったので、もう働く気が霧散してしまった。

自分がバカな人間だと思う人は、労働を続ければよいでしょう。バカのままで微温的生活を続けられる。私は知識に生きることにした。

労働者一年八ヶ月のおじさんより

12.24.2016

五年目の雑記

気がつけばブログを初めて5年が経つ。

「世界を変えるため」はじめたブログであったがいまだ世界は変わらない^^ ただ内的な世界は大きく変わった。これは年齢による生理学的な変化なのか、思想の深化なのかわからないが。5年前のぼくと今のぼくでは世界が違って見える。

神経症的な性質はだいぶ転換した。ゲーテによれば長所にならぬ欠点はないとのことである。ぼくはかつて神経症だったしこれからも神経症であるだろう。しかしいまは神経症的な性質を愛している。神経症的潔癖、これは幾分か高貴の匂いがするからである。

思想的な深化はだいぶ遂げた。なにしろ読書ばかりしている生活なので……。今年も心理学や社会学、歴史学、精神医学、神学、哲学、脳神経学、呪術、密教、色とりどりの学問がぼくを楽しませてくれた。物事の道理というものがある程度わかってきた。ぼくの知性がどこまで到達したのかわからないが「庶民層」は脱していると思う^^かといって、社会的にはいまだ唖であり、米粒以下のぼくである。

これからどういう生活になるのかわからない。ぼくはサラリーマンを二年続けているけど、もう辞めになるかもしれない。赤の他人に経済的生命を依存させるというのは不気味なことである。

それでSのヒモになれればよいな、という考えが浮かんでいる……一年か、二年くらい……。ちょっとした計画を立てている。ぼくはとにかく、智慧を身につけたいのである。一日八時間も労働に費やすのは疲れた……それに、無意味だ。そういうのは、そういうことが好きな人がやればいい。
「技術的には、下層階級の労働時間を一日三、四時間にすることはしごく簡単なことだろう。しかし、それで彼らがちょっとでも幸福になれるだろうか。いや、そんなことにはならないよ。
――三時間半の余分な暇が幸福の源泉になるどころか、みんなはその暇から何とかして逃れようとせずにはいられない気持ちになったものだよ。」(「すばらしい新世界」ハクスレー)
とにかく、知識、知識、知識!この世の道理を知ること。色彩と感覚を楽しむこと。悪を見極め、遠ざけて生きること。それがぼくの目標である。
往々にして、高い知性をもった人は、自分の知性についてアンビバレントであり、時には、普通の人、あるいは「平均」人になろうとするあまり――いわば聖書のヨナがやったように、自分の運命から逃れようとして、知性をまったく拒みさえする。創造的な才能をもつ個人にとっては、自己の才能と折り合いをつけ、これを完全に受け入れ、発展させることのできるのは、つまり、自己の才能についてアンビバレントであることを超えるのは、往々にして、生涯の半ばを過ぎてからなのである。(「マズローの人間論」エドワード・ホフマン)
ブログは、まだまだ続けようと思っている。最近は煮物を作ったとか、金が欲しいとか、そういうだらしない記事ばかりで、アクセスは減ってきている。しかしそれくらいの方が居心地がよい^^ ほんとうのところ、最近はだれも読んでいないのだから、数少ない読者のみなさんは自分に希少価値を認めてよいと思う。

今年はSとの出会いが最良の出来事だった!それに、いろいろな出来事があった。ぼくは幸福だったし不幸でもあった。でも出来事はすべてぼくの血肉になった。

以下は昔のデザイン。昔は「御厨鉄」という名前だった。また戻そうかな?とも考えている^^





「剃刀の鋭き刃は渡り難し、と詩人は言いて、至上の智に至る行路の難きを嘆く」ウパニシャッド
「門は狭く、生命に至る道は細い。そしてそれを見出す者は少ない」マタイ福音書

12.22.2016

無職を目指すおじさん

衒学的なことを書くのは辞めようと思ったのだが、また小賢しい記事を書いてしまった^^

こういうことを書くのは、仕事のストレスが強いからである。いわば現実逃避の自慰行為に近い。「まあまあ高年収+楽な仕事」として今の職場を気に入っていたのだが、さいきん人手が足りなくって、あまりに疲れるし、私が高収入だとしても、経営者は絶対的に私より稼いでいるわけで、無教養で下品な糖尿病夫妻のために私の労働を捧げるのは「プライドが許せない」という気分になった。

具体的な金額を初めて打ち明けるのだが、私は今、年収650万円で働いている。家賃手当と通勤手当を合わせれば700万円は越える。「年収偏差値」というサイトで調べると、28歳で年収650万円は偏差値91.7と出る^^

ただ、ぜんぜん足りないのが実際である。私は年俸制なので、月に手取りで45万円くらい入る。これが多いかどうかは、人によるだろうが、私からすれば雀の涙。貯金数百万円で何ができるっていうんだろう。

労働者は奴隷である……。このことにしばらく気づかなかった。大学の研究は夜が明けるまで続けても楽しいのだけど、職場では18時になるとさっさと帰りたくなるのはなぜなのか、と考えることがあった。結局自主的に仕事をこなすか、他律的に動くかの違いだろう。人は自分のしたいこと、自分のためのことならいくらでもできる。あるいは困った人を助けることも夢中になれるだろう。しかし他人が儲けるために自己を犠牲にすることは、「魂を損なう」行為である。
労働が労働者にとって外的であること、すなわち、労働が労働者の本質に属していないこと、そのため彼は自分の労働において肯定されないでかえって否定され…(中略)…だから労働者は、労働の外部ではじめて自己のもとにあると感じ、そして労働の中では自己の外にあると感ずる。労働していないとき、彼は家庭にいるように安らぎ、労働しているとき、彼はそうした安らぎをもたない。だから彼の労働は、自発的なものではなくて強いられたものであり、強制労働である。…(中略)…外的な労働、人間がその中で自己を外化する労働は、自己犠牲の、自己を苦しめる労働である。(「経済学・哲学草稿」マルクス)
あまりにも当然の事実だと思うのだが、最近までこのことを認識できなかった。教育の洗脳が強かったのだろうし、飲酒や悪習慣の日々で頭が麻痺していたのだろう。
学校にいるときから、労働者は、行動を規制するいくつかの社会的規範――時間尊守、効率、服従、生産性、家族愛、あらゆる権威形式の承認――を実行するように「訓練されて」きているのです。
このような教育的訓練は支配的イデオロギーへ労働者を従属させることを目指しています。言い換えれば、労働者は支配的な――または支配的でない――イデオロギー、すなわち社会の――覇権を握るものであれ、副次的なものであれ――規範と価値に構造的に服従した主体なのです。(「哲学について」ルイ・アルチュセール)
昨日のことだが、いよいよストレスがピークに達し、机をなぐって指を怪我してしまった。自分でもおそろしい怒りで、ほとんど動物的な衝動だったのだが、止血しながらこの怒りの蓄積は何なのか、と考察した。仕事で疲れているのか、性的な欲求不満か、胃腸の具合が悪いのか……そうではなく、自分が隷属してあることに対する怒りであることがわかった。「労働者」はすべて、自己に対する裏切りをしているのである。このことに気づいた。目がさめる思いであった。

「自分がいちばんおいしくなったとき、ひとに食われつづけるのをやめよ」……ツァラトゥストラはかく語りき。まあ就職する前から「労働者=奴隷」ということに気づいていたんだけど、適応というのは恐ろしいもので、労働者のなかにあると、自然に「労働教」に染まってしまったようだ。

来年はぜったいに無職になるぞ、というのが私の目標である^^
私は高貴の生まれゆえ、他人の道具にはなれないし、
他人の命令に屈服するわけにもいきません。
世界のいかなる主権国家に対しても
重宝な召使になったり、手先になったりはできないのです(「ジョン王」シェイクスピア)

12.20.2016

構造における主人の透明化

現今の支配者層が「平等」を広めようとするのはなぜなのだろうと考えた。人種平等だとか男女平等、障害者の平等、ゲイやレズの平等。メディアや教育によってこれらは説かれるわけだ。

一見平等の概念は支配者層にとって不利に思われる。支配―非支配の関係は究極的な不平等関係だからである。

かつて権力は単純な三角形構造だった。上位に君主があり、最下層に領民がある。領民は、権威的象徴の存在を意識していた。領民と君主は共同体の構成単位としては同等のものだった。つまり領民がいなければ君主はなりたたないし、君主がいなければ領民は成り立たなかった。こういう共依存的な関係があった。

現代の権力構造はこういう封建モデルではなくなったようである。つまり君主が見えなくなった。我々の生活のどこを探しても、君主はいないように思われる。平等主義的市民社会においては、我々自身が君主である。我々は我々の「自由意志」によって、国家的改革をなし得ると考えている。国家権力を握るのは我々と同じ市民だし、我々が選出するのである。だれもがそういう風に学校で教えられる。

平等主義=民主主義的な世界構造では、支配者は存在しないかのように扱われる。ただ実際には、富を独占し我々を家畜のように扱う支配者層が存在するようである(ここの証明が、難しいのだけど)。

支配構造が視認できず、ひとびとの意識にのぼりもしないということと、非支配層と支配層の存在比が極度に偏ることが合わさると、そこに理想に極めて近い擬似的な「平等」が誕生する。つまり我々の99.99%は実のところ奴隷なのだが、そういう社会においては奴隷的な立場が「ふつうのライフスタイル」となる。

奴隷はひとつの階層にあるから平等である。このことの意味は、国会議員とニートが平等であり、大企業の役員とコジキが平等ということである。もちろん奴隷のなかで地位の上下はあるが、支配者層に従属するという奴隷の定義からすれば、彼らは「超えられない壁」によって非支配者層という区分にひとくくりにされる。

歴史とは、この支配構造の完成へ向かう道と考えることができるかもしれない。つまり奴隷制の完成である。奴隷が「私は奴隷ではなく主人だ」と考えるとしたら、これほど愉快なことはない。こういう奴隷は主人に反逆することなど間違っても考えないからである。そもそも奴隷からは、主人が見えていないのだが。

この世界において封建的な統治が撲滅されんとしているのは、旧来的な統治システムを、新規で洗練された統治システムが飲み込もうとしている過程と考えることができる。かつてナチスや日本がこれに反抗した。今はロシアや中国、中東諸国が抵抗しているのかもしれない?

いずれにせよ封建主義は「過去のもの」になり、全世界に「平等な社会」が誕生することは想像に難くない。支配者はますます少数になり、非支配者は莫大な富を彼らに献上するだろう。

かくして、奴隷は自由になり、平等となり、主人は不在となった。これが現代社会の支配構造と思われる。

12.17.2016

ズージャおじさんのジャズ・コレクション2016

今年一年でいちばん聞いた曲をあげてみたいと思った。

案外Youtubeにない曲が多かったので少し不本意だがだいたい以下の曲である。



シャイさんたまに日本来てる。
神経質すぎて寝てる人がいると演奏できないらしい。
「寝るのほんと辞めて」って怒られるみたい。



この曲、というか動画がすごく好きだ。



最近いいな、と思った。勢いって大事だな……。


今年いちばん好きだった曲。
"Ja ne sais quai"フランス語で「なんかいい」
フランスに行ったら使おう。


エンリコさんはこの曲も好きでイントロはダサいけど
憂愁感あるベースソロがすごくよい……
タイトルは「孤独の城」


Kurt Rosenwinkelの曲は基本的に好きだ。
この曲はヤケクソ気味な4ビートが交感神経を刺激する。


KurtさんはこのOrquestra Jazz de Matosinhosとやってる曲がすごくよい。
ワルツっていいな……ワルツとギターって柔らかくていい組み合わせ。
カメラワークと編集も一級品だね


テクノっぽいのも好きなんだよな。
無機的なのは苦手だけどこういうのはいい。
Frying lotus、たしかコルトレーンと血縁にあったはず。



Bilal、Robert Glasper繋がりで知った。
Tokyo Blue Noteにも来てた。
この曲は何度聞いてもいい。歌詞もいい。



はじめは大学生のライブ?と思ったが
クオリティ高すぎて椅子から落ちそうになった
リーダーのベーシスト、グラミー賞とか。反則的な気持ちよさ。


ピアノ、ベース、ドラムが好きだ。たぶん核戦争になってもこの三つの楽器は生き残ると思っている。少なくともジャズにおいては、音楽における核である。

自分の音楽の好みがだいたいわかってきた。

  • 三拍子
  • マイナー調
  • リズム変化
  • アップテンポ
  • ピアノトリオ


今年は実り多い一年だった。Googleの音楽サービスでなんでも聴き放題なのだ。ポルノ雑誌を手にした14歳少年の気分であった。



12.16.2016

マネーゲームとおじさん

ウォーレン・バフェットの本を読んでいる。たぶんこの人は、世界でもっとも有名な投資家だと思う。総資産は700億ドル。この金額はビル・ゲイツと変わらない。トランプの20倍。しかもウォーレン、一度資産の99%を寄付している。それでこの金額なのだからすごい。

経済の世界の良いところは、数字が事実であることである。哲学のようにソーカル事件で根っこの権威がぐらついたりはしないし、科学におけるSTAP細胞のように、実は再現不可能なデータを論文に載せたり、アポロ13号は月面着陸したのかしてないのかしていないのか、市井の人々がいまだに喧々諤々である……というようなことはない。

たしかなことは「ウォーレン・バフェットは投資で成功した」ということであり、マイクロソフトのドンくらいの資産を持っているということだ。だからこのおっさんの真似をすれば金を稼ぐことができるのかもしれない。

ウォーレンの言ってることはもっともなことばかりだ。結局「安く売ってるときに買え」ということだ。でも本を読んでいると、ゲーテや哲学者の引用をしたりして教養深い一面も見せる。金持ちってだいたい、教養深いものだと思う。

経済的成功と教養はあまり関わりないように思われるが、精神的に貧しい人間が一時的に大金を稼いでもすぐにくだらないことに濫費し、あっという間に破産するだろう。こういう人間は、新車を買ってみたり、しょぼい家を建ててみせたり、ブランド品の衣類を買ったり、ろくでもないことに金をつかってしまう。

経済の良いところは上に述べたように数字ではっきりわかるということであって、フロイトが正しいのかユングが正しいのかわからんとか、プラトンの影響は人類にとって功と罪どちらなのかとか、抽象的で煩雑なことを考える必要がないということである。100万円を200万円に増やしたやつの方が偉い。100万円を10万円にしたら失敗者。こういうわかりやすさが、人をマネーゲームに駆り立てるのではないかな。

私は現実には、金はほとんど必要ないという生活をしている。月に払う家賃は14000円だし、携帯代は月に1000円だし、自動車やバイクの整備は自分でするし、趣味の楽器は維持費がかからない。グルメもまったく興味がなく、旅行先でもコンビニのパンをかじる私である。もっとも大きな出費は、税金と書籍というような生活だ。

金をつかうことの楽しみがあまり思い浮かばないのだが、金があったらしたいことは、小ぶりな、しかしがっちりした造りの西洋風の家を建てること(防音室付き!)、輸入ものの中古家具を買い集めること、海外のあちこちを旅すること、あとは成功者気取りの小金持ち(特に意識高い系)を顔が真っ赤になるまでバカにすること。これがしてみたい。

金がなくても、本をたくさん読んで、仕事を習熟して、職場の人間と談笑して、という生活も楽しいのだけど、そういう生活って、何十年も続けられる気がしない。もっと自己を世界に拡充したい気分。

まあ、金を稼ごうと思っている。



これまで株に興味がなかったときは、株で失敗したひとのコピペが好きでよく読んでいた。会社を辞めて資産1000万円でデイトレーダーデビュー!とか言ってる人が、あっという間に破産し、3日で引退するようなのとか。そういう失敗者の情報ばかり調べていたわけだ。

この傾向はモーター・スポーツでもそうで、バイクがただ走っているだけの動画よりも、ウィリーをしようとしてズッコケた方がはるかに人気のある動画になるわけだ。

ただ、実際にウィリーの練習をしていて思うのは、そうそう失敗はしないし、失敗してもじきに上達するし、思ったよりも危険でなく、簡単だということだ。それに、楽しいものである。

この傾向は株にも当てはまるのではないかな。失敗者のマイナス情報ばかり集めても、しょうがない……。「失敗から学ぶ」と、うまくいえばそうなのだが、根っこは結局はルサンチマン的な逃避だったりする。株は怖い、辞めておこう。まあその選択が正しいことがある。でも、自分はよく自分に嘘をつくから……。



私のようなずぶの素人が相場に参入するということは、じきにバブル経済になるということである……。次の暴落で買いだから、いましばらく待とうと思う。



個人的な考えでは、「幻の桜」のMAHAOは相当の資産を持っているのではないかな。幻の桜って、当初は株ブログだったし、さんざん荒稼ぎしてそう。でも、想念を集められないからボロ屋の画像を見せているわけだ。まあ妄想だけど。

12.15.2016

賃金労働を忌む

会社をやめたいな、と思っている。賃金労働というのが気に食わない。年俸制だから、毎月決まった給料をもらうだけ。生活はできるし、貯金は貯まるけど、味気ない。

貯金を貯めるのも、最初のうちは楽しかった。はじめて100万円を超えたときは、嬉しかった。今、貯金が400万円くらいある。これくらい貯金が貯まってくると、毎月数十万円の給料が入ったところで、たいして総額は変わらないことになる。40万円が80万円になれば嬉しいけど、400万円が440万円になったところで、ぜんぜん嬉しくないものである。

だんだん白けてきて、「いつまで貯めなければならないのか?」というムードになる。多くの日本人が、「老後のために」必死に金を貯めているわけだが、馬鹿らしい話である。もっと楽しいことに金を使わないのだろうか?金がなくなれば生活保護でいいじゃないか。

フランスに移住したひとのブログを読んでいると、やはり西洋国はいいな、と思ってしまう。労働時間が週に35時間。年に8週間のバカンス休暇。最低賃金は1500円くらい?そりゃ移民も一生懸命国境を越えてくるだろう。

労働環境はおそらく世界最悪レベルの日本だが、これを是正しようという気概はあまりないらしい。なにせ日本人の大部分は昨今の官製メディア報道で「日本はすばらしい国だ~」と呆けているからだ……。

そういう阿呆労働者を安い賃金でこき使えば金持ちになれるのではないか?と思うのだが、日本の富裕層ってあまり金持ちに見えないんだよな。結局、日本の富って海外に流出しているんだろうな、と思う。そこは敗戦国だから仕方ないのだろう。敗戦国は骨の髄までしゃぶられるということ。

話がそれてしまったが、どうせなら金をがっつり稼ぎたいと思っている。賃金労働だとどうしても収入が限られる。一生をかけて働いて、得られる賃金が2億とか3億ぽっちじゃやるせない……。

生涯、完全に金銭にしばられている社会階級がある。それは賃金労働者である。……現代の主要なる社会的問題は、ある意味において、わが国の労働者も移民になったという事実に由来する。地理的にはおなじ場所にとどまっているとはいえ、彼らは精神的に根こぎにされ、追放され、その後あらためて、いわばお情けで、働く肉体という資格で容認されているのである。いうまでもなく、失業は根こぎの二乗である。(シモーヌ・ヴェイユ「根を持つこと」)
奴隷が略奪によってもたらされ、賃金労働者が商取引によってもたらされるという違いがあるにせよ、《賃金制度は奴隷制度のもうひとつの形態にほかなりません》。(シモーヌ・ヴェイユ「ヴェーユの哲学講義」)

12.13.2016

everyday★NIMONO


煮物。にんじん200円。大根100円。ごぼう150円。しいたけ150円。こんにゃく60円。揚げ豆腐100円。合計760円。

これを3日かけて食べる。一日あたり250円か。まあ、妥当かな。

ぶり大根。半額のぶりのあら200円。大根100円。しょうが1/4で50円。合計350円。

あらの処理が大変だ。骨、目玉、内臓、嫌気がさすアンモニア臭。生き物を食べるとはこういうことか。一晩おくと、大根もぶりも、信じられないくらいおいしくなる。

鯖の煮付け。半額の鯖150円。豆腐が50円。あわせて200円。

あんがいパサついておいしくない。調理の問題か?



バーチャル株。500万円投資して、いま利益が40万円くらい。昨今の相場であれば、だれでも得していることだろう。次の暴落で現実の投資をしようと考えている。

私はチャートは読めないから、上昇しそうな株をじっくり選ぶことにする。とりあえずは私の後輩の、ベース弾きの入社した会社に投資したい。彼は優秀であり、彼を採用した会社も将来有望だろうからだ。

私のいとこが勤める会社、平均年収が1400万円とある。どんな気分なのだろう?彼女は銀座で家賃20万円のところに住んでいる。

職場の女性はいとこと同じ年齢だが、田舎の工員と結婚し、妊娠して、日に日に腹が大きくなっている。女の幸せはやはりこちらにあるのではないかな。

年収が一億を超える人は、大部分が経営者・医者・弁護士であるらしい。



世界が不可解であると死んでいった藤村操。
悠々たる哉天壤、
遼々たる哉古今、
五尺の小躯を以て此大をはからむとす、
ホレーショの哲學竟(つい)に何等のオーソリチィーを價するものぞ、
萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巌頭に立つに及んで、
胸中何等の不安あるなし。
始めて知る、
大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを。
森田正馬はこれを喝破する。いわく、すべての真相が不可解であるならば、死ぬべきかどうかもわからぬではないか。また、悲観すべきかどうかも「不可解」なのではないのか。

神経症者にとって危険な三毒。すなわち精神主義、合理主義、主知主義。すべてを知りたいという願望は、神経症的である。世界が未知であることに、耐えられないのである。不安を不安のままに受け止めることができない。

眠ろうとすると、眠ることができない。忘れようとすると、忘れることができない。不安をなくそうとすれば、不安は増幅される。理性や意志のはたらきには限りがあることを、神経症者は悟らなければならない。

12.09.2016

任意保険に入らないおじさん

キュレーションサイトがやり玉に上がっている。

私はこの手のサイトを見ることはないのだが、たしかに検索で引っかかることが多くうっとおしい。なので基本的に検索は「ノイズレスサーチ」というサイトを使うようにしている。これを使うことで、まとめサイトやヤフー知恵袋のようなQ&Aサイトが消える。

もっとも良いのは、検索ワードに「PDF」を追加することだろう。論文や公的機関の資料を見つけることができる。まあ論文も玉石混交だけど……。

ちなみに私の記事もNAVERまとめに「キュレーション」されていることがあった。なんでもありなのだろう。

仕事柄学術的・科学的な情報をネットで探すことがあるけど、噴飯物の「まとめ」がたくさんある。でもたしかに、何ら前提知識がない人は「そういうものか」と思ってしまうのかもしれない。

狡猾な人間が、小銭をつかってバカな人間に記事を書かせ、バカな人間が読む。広告が読み込まれ、金が動く。ようやくバカな読者たちが、「俺はバカじゃないぞ」と吉本的なタイムラグで憤ったのがいまの状態。

結局バカを相手に商売するのがいちばん楽なのだろう。これは明白だ。極端な例は、麻薬や売春の商売。パチンコやソーシャルゲーム。でも、こういうビジネスって心が荒む。決して幸福にはなれない。組織化された大企業だと、こういう罪悪感はうまくマスクされるのだろう。タバコ会社の社員なんかは、けっこう罪悪感で苦しむものらしいが。

日本人は消費者としてまったく成熟していないように思われる。だから外資にとっては楽園なのではないかな。

先日年末調整の書類を書いているときに、生命保険に入っていないことを伝えると、別の社員が驚いていた。「自動車保険には入っているんだろう?自分自身にも保険をかけなきゃ」と言われた。私は納得した振りをしたけど、実は自動車保険にも入っていない。バイクの任意保険も入ったことがない。

私は自動車の任意保険を憎んでいる。たかだかビジネス用の商品にもかかわらず倫理的な価値があるように匂わせているからだ。おかげで「任意」保険に入っていないだけで犯罪者みたいな扱いを受ける。

私は人を轢き殺せば一生をかけて償う。だれかの車にぶつければ、法的な賠償金は支払う。償いは受ける。それと、任意保険に入るかどうかは別。

保険は基本的に払えば損になる。そうでなければ保険会社は利益をあげられない。ようは保険は宝くじのようなものだ。私はギャンブルをしないから、保険にも入らない。単に経済合理性に従っているだけだ。国から強制されるものは入るが……。

任意保険に入っていないことを伝えると、ひとびとがぎょっとする。私はキチガイか何かのように扱われる。ときどき、この強固な観念は呪術でつくられたのかと疑うことがある。ひとびとは自動車の任意保険を、実際のもの以上に感じている。

こういうビジネスって、すごいな、と思う。ほとんど洗脳と変わらない。勝ちが確定している。保険のビジネスと新興宗教って近いのではないかな。オウムの元信者の洗脳を解こうとした精神分析家がいたけど、「一度洗脳されたものは戻せない」と諦めたらしい。その点、「水素水」の罪のなさ……。

あと、日本人ってアホだなーと思うのは中古の自動車が異常に安いこと。新車信仰というか、中古車恐怖症というか、そういうものが伺える。600万円の車が10年落ちで60万円ってどうなんだ……。

貧乏人は「金がない」と言っておきながら、新車の軽自動車をぽんと買ったりする。不思議。私の今いる田舎は年収300万円が御の字の貧しい街だが、ピカピカの軽自動車が走っていたりする。

これも「消費者を洗脳する」結果なんだろうなーと感心する。「型落ちの高級車はかっこわるい」という意見もあるけど、全然みっともなくない。古いものを大事にするって良いことでしょう。それに今の車って、デザインが……。これは私の趣味かな。

まあいつの時代もマスは支配者によって都合よく作り変えられるわけだ。時代によって文句を言わない農民だったり、勇敢な兵隊サンだったり、アホな消費者であったりするわけだけれども。

共通して言えることは、マスってけっこう幸せなんだよな。いろんなことが支配者層によって用意されていて、その上を歩くだけだから楽だし、同じようなアホとわいわいガヤガヤすることができる。

疑わないことの楽しさと、知ることの孤独とがある。



金を稼ごうと思って、いろいろ勉強中。

12.08.2016

金か知識か

金が欲しいと思い。

金があれば仕事をこんなにしなくても済むし、旅に出てゆけるし、好きなだけ読書ができるし、地下スタジオを作って、そこで延々と生楽器を楽しむこともできる。

そういうわけで資産運用の本を読んでいる。NISAという制度があり、非課税で株式投資できるようである。これは「投資しなければ損」というものらしく、120万円の上限枠までさっさと買ってしまおうと思っている。

金を生みだそうと思うが株や外貨などの投機しか浮かんでこない。

電子書籍を出版して成功しよう、と思うこともあるのだけど、それよりも知識をたくさん身につけたいという思いがあり、読まなければいけない本がたくさんあるので、時間がそれにとられている。また最近、5000円超の本を買ってしまった。こういう高い本を買うと、かなり読書へとmotivateされる。

最近日常の生活行為に時間をおおくあてることにしている。とくに料理に凝っていて、昨日は鯖の煮付けを作った。おとといは煮物を一時間くらいかけて作った。一人暮らしはもう10年近くだが、いまさら料理に目覚めるとは……。まあそういうことをしているので、あまり時間がないということになる。

それに加えて、毎日仕事に8時間は時間を奪われているわけであり、いくら賃金が良いといえど、こういうことを続けている限り、何も成しえないのではないか、と少し不安になる。生活は楽しく、ストレスフリーではあるけど、これでいいのかという気もしてくる。

いっそ仕事を辞めて一年間図書館で本を読む生活をしてみようか、あるいは前々から言っているように海外バイク旅行を敢行しようか、と思うのだが、「安定した生活」の呪縛というのは極めて強いもののようで、だらだらと安楽な生活を続けている。

億単位の資産を獲得し、リタイア生活をしている人のブログを読んでいる。それによるとストレスはたしかになくなるのだがあまり楽しいこともないように見える。河原で日にあたりながら缶チューハイを飲むのが楽しいとか、そういうことを書いている。

あまり金を稼ぐことが主眼になっては良くないかもしれないな。

やはり一年間の読書生活というのが良いかもしれない。世界旅行よりも先に。最近知識を吸収できるピークを過ぎた、という実感があり、ちょっと焦っている。もうおじさんだからな。

#今日いちばんの驚き。パオロ・マッツァリーノって明治大の准教だったのか!

12.05.2016

三十五度の仰角

書かない間にいろいろなことがある。

例えば美容整形を受けてみた。

例えば西成のドヤに泊まった。

遊郭へ遊びに行った。

そんな様々な事柄がある。たぶんここを読んでいる人は、とても興味をそそられるのではないかな。でも、書いてみて辞めてしまった。

何かを犠牲にしなければならない……。大事を成すためには、それ以外のほとんどを犠牲にしなければならないのだろう。そういうわけなので、私は「よく書くために、書かない」をモットーにしてみた。ここ最近のことだけど、そうすることにしてみた。

読書はしっかりとしている。読書をすると、いろんな思いつきがあらわれる。頭の中で、ニーチェとフーコーとヴェイユが会話していたりする。

この三人が私は好きだけども、エイズで死んだホモと、梅毒で死んだ狂人と、(たぶん)処女で死んだカトリック信者というわけで、どうも人好きのしない連中である。

アドラーを読んでいたら、「仕事」「交友」「セックス」が十分満足であれば、人は精神病などにはならないというようなことが書いてある。ストレートなフーコー、ルー・ザロメと結婚したニーチェ、子持ちのヴェイユだったらどうなるのだろうか。

ゲイは精神的な歪みが原因であり治療可能であるという観念は1900年代前半には当然のように言われていた。それがいつしかゲイはひとつの人種のような扱いになった。私もゲイは歪み以外ではないと思う。ゲイを公認しようという昨今の流れには合意できないし多分シオニストの策略なのだと考えている。

大阪の書店に行ったらビジネス書が山ほどあった。資本社会に迎合しそのなかでがんばろうと思える盲目的人間は幸いだ。

ビジネス書のような本を書いている人間は死にたくならないのだろうか。超訳ニーチェだのアドラーの言葉だのを見ていると日本人の教養ってほんとうにだめだと思う。なんで直接ニーチェやアドラーを読まない……。ぜんぜん難しくないのに。

私の感覚では日本人はバカばかりだと思う。たとえば輸入して買えば8千円のコートが日本では3万円で売られていたりする。しかも輸入物より品質が落ちていたりする。それを平気で買って「俺は金持ち」「俺はオシャレ」とドヤ顔している連中の恥ずかしさ。

「オロビアンコ」とかいう、エセイタリア製革メーカーにつられるダメ日本人。

いつの時代も大衆は馬鹿だろうが日本人は輪をかけてバカだと思う。搾取されていることに気づかない。気づいても、まったく声をあげない。

たぶん教育のなかで、抑圧的条件を受容するように何万回もトレーニングされているのだろうと思う。これは日本の「伝統的文化」などではなく、国家統制のためのシステムだ。もっと言えば、日本という国自体をcontrollableにするための機構である。しょせん敗戦国とは、こういうもの。「過ちは繰り返しません」。

その結果が自殺だったり精神的、物質的貧困だったりするわけだけれども。しかしうまい統制だな、と私は感心してしまう。やっぱり日本は帝国主義的だと思う。国民の力を抑える方向に持っていくのが、帝国主義。抑圧が行きすぎると、去勢された国民ができあがる。日本人は世界一セックスをしない国民だ。

私自身のこと。女性恐怖を克服しなければならないと思う。女性との和合を果たさなければ……。このままではニーチェのようになってしまう。永遠を目指す人間は両極だ。片方は孤独に創造の世界を生きる。片方は子孫繁栄を追求する。

岡本太郎などは、子どもを作らないのかと言われて、「芸術とはそういう簡単な創造をしないことだ」と言っていた。真理なのだろうが、でもぜったい太郎ちゃんは後悔して煩悶することがあっただろうなと思う。子ども好きそうだし。

私はできることなら両方のいいところ取りがしたい。難しければやはり創造家の道なのだろう。
わたしの涙をたずさえて、あなたの孤独のなかに行きなさい。わが兄弟よ。わたしが愛するのは、自分自身を越えて創造しようとし、そのために破滅する者だ。――
 ツァラトゥストラはこう言った。
ちくま学芸から出ているニーチェの漫画(ではなくバンド・デシネというジャンルらしい)を立ち読みしたのだが大変良かった。買おうと思ったが立ち読みしている間に読み終えたのでやめた。やっぱり、ニーチェの生涯は良いものだと思う。

煮物が煮えたのでこれまで。



12.01.2016

禁酒後の体調変化

寿命、精力、活力と、健康、愉楽、愉悦を増し、味わいありて、口当たりよく、滋養あり、心爽快ならしむる食餌は、純性の人の愛づるところなり。(ギーター)
酒を飲まなくなった。飲まなくなって、もう三ヶ月経つ。この間、会社の忘年会があったので、ビールを三杯、梅酒を二杯、日本酒を一杯、家に帰ってから、ハイボールを一杯、水割りを一杯飲んだ。翌日は仕事だったが、へばってしまった。それでも、また禁酒を続けた。

私は自分にある条件をつけており、他人が施してくれるものは無条件でいただくことにしている。奢られれば酒は飲むし、肉も食らうが、自発的にはしない。

今日は初めて煮物を作った。にんじん、ごぼう、こんにゃく、揚げ豆腐で作った煮物である。これはたいへんおいしかったし、多少時間がかかるが、おもいのほか簡単だと思った(昆布だしは偉大である)。

酒をやめると、朝の目覚めがよくなる。なので会社に弁当を持っていくことになった。味噌汁の入る弁当箱で、ご飯、味噌汁、梅干しは毎回入れることにし、あとはおかずを適当に加える。梅干しは10円くらい、味噌汁は20円くらい、ご飯は実家から送られるのでタダ、惣菜はスーパーで半額のを買ってきて適当に詰める。たぶん100円もいかないのではないかと思う。これまで、会社まで配達してくれる弁当屋に頼んでいたが、毎日500円も取られるのだから結構な出費だった。

朝食は必ず、味噌汁と納豆とご飯にしている。これをひとつの椀に入れて食べるのである(納豆のタレ・からしは捨てる)。見た目はよくないが、簡単だし、健康的だし、安価だし、だいいちおいしい。私はこれをありがたがって「アムリタ」と呼んでいる。だいたい50円くらいで済む食事だ。ときどき海苔やネギ、梅干を加えてやる。

夜は煮物とか、魚の煮たやつを食べたりする。たまに酒が恋しくなると、ノンアルコールビールを飲むようにしている。これもあまりよくないだろうから、炭酸水にシフトするように心がけている。

こういう生活をしていると、ほとんど食費がかからなくなる。スーパーでは4~500円程度で抑えている。買い込んでも1000円いくかいかないかである。酒を飲み、ポテチやチョコレートを好んで食べていたときは、一回で2000円や3000円払うこともあった。

摂取カロリーが減るから当然だろうが、体重はどんどんと減っていった。BMIは18.5を切り、低体重ということになる。ただ、最近読んだ本では人間の脂肪量は遺伝でほとんど決まっているようである。
大半の文化圏では、食べ過ぎと肥満は意志の力が弱いせいだとされている(ダイエット業界もそう主張する)。しかし、遺伝学的には、その考え方に対する強力な反証がある。養子、双子や家系を対象とした研究データが示すところでは、体重の軽重は、八〇%遺伝的に決まっている。この比率は身長などの身体的特性の遺伝性と同じで、乳がんや統合失調症や心臓病といった、現在では遺伝的素因があることが明らかだと見なされる病気における遺伝性よりもはるかに高い。(「快感回路 なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか」/デイヴィッド・J・リンデン)
同窓会など行けばわかると思うが、太っちょだった子はあいかわらず太っちょである。私は子どもの頃から、どれだけ食べても太らない痩せ型の体質だった。酒やポテチでふくれていたのが、もとに戻ったと考えるべきだろう。肌ツヤや顔色はよく、この時期でも身体が冷えることはないので、健康なのだろう。

こうした食生活でたいへん好ましいと感じるのは、腸の具合がよいことである。酒を飲んでいたときは、ほとんど毎日下痢していた。今考えると、恐ろしいことだと思う。腸の具合が良いと、物事を肯定的にとらえることができ、勇気や活動力が湧いてくるもののようである。腸の具合が悪いと、抑うつや無気力感に襲われる。腸は第二の脳と言われる。それほど多くの神経叢が集まっているのである。われわれの感情や思考は思っているよりも腸の影響が強いように思われる。

腸内環境の改善の効果かわからないが、部屋をきれいに保つことができるようになった。部屋の快適さを向上させようと思い、模様替えをしたり、ソファを置くようになった(今もソファで書いている)。新しい楽器を買ったり、新しい人と知り合うようになった。台所のシンクもきれいになったし、冷蔵庫のなかに干からびた野菜が転がっていることもなくなった。適度にシャンプーをするようにし、香水をつけるようになり、口臭や虫歯に気をつけるようになった。生活全般が改善したようである。

生活が向上すると、社会的な成功を求めたくなる。女にモテたいし、金を稼ぎたいと思う。この感情はとても健全だ、と私は自分で評価する。性的な意味での成熟と、社会的な意味での成熟を示すからである。三十路前にしてようやく人生に向き合うようになったな、と思う。

とりあえず株でも始めようかと思っている。

11.27.2016

おじさんの沈黙

ここしばらく何も書いていなかった。ブログの更新はしなかったし、かといって書籍の執筆をしていたわけでもない。私の生活から「書く」という習慣がなくなることは、久しぶりのことだった。

別に怠惰でサボっていたわけではない。こう毎日書いていると、「書かない」ということがちょっとした挑戦になる。そわそわして落ち着かないし、知能が低下して馬鹿になるのではないか、という不安もわいてくる。それでも書かなかったのは、日常のちょっとした変化が必要だと思ったからだ。

行為のなかから離れて、遠くから吟味する。客観視と、反省が必要だったのだ。ちょっと勇気を出して、過去に自分の書いた文章を読んでみると、ひどい誤りと、逸脱だらけだというように感じた。それは着地したラグビーボールがあちこちに飛び跳ねるように無軌道だった。まあパトスのようなものはあるけど、勃起した陰茎のように落ち着きのない文章だな、というふうに感じる。エネルギーをどう使えばよいのかわからなかったのだろう。

しかし寛容に見れば、若さとは無軌道であるから、25,6の年齢でそういう文章ばかり書くことはある意味で正しいのかもしれない。私は人生の最盛期を終えて、もうおじさんとなっている。エネルギーは落ち着いてきた。秋がやってきたのである。

今読み返してみると、このような勃起した陰茎のような文章をさらけ出すことはほとんど犯罪に近いのではないかと思う。法が許さなくても倫理的にどうなのかという気がする。そういう逸脱が許される時代はたしかにあった。近代ぐらいに、人間の愚劣さ、卑俗さ、醜さをあけっぴろげにすることが楽しい時期があった。それは「小説」などの媒体によってちょっとしたブームになった。なぜだか陰茎を晒すことが実存的だと思われた時代があったのである。

しかしまあ現代ニッポンにおいても陰茎を見たいという人間がいるわけで、汚いもの、恐ろしいもの、そういうゲテモノ的な趣味を持つ人は、私のブログのような文章を好むのかもしれない。私のブログは、男性の股ぐらにある陰茎よりも優れて陰茎である。ようはグロテスクなのだと思う。それで、まどろっこしい。動揺させる、不快にさせる、未解決の存在である。愚かさと、生命力。

図らずもペニスの話ばかりになってしまった。

私のブログは、何も生み出していない。少なくとも、物質的・経済的な意味では生産的ではない。私はもっとお金が欲しいと思う。ブログをしばらく休んで、書籍を執筆しようと目論んだのはそういう事情による。



最近、また心理学の勉強をしている。アドラーの本を読んでいると、こういう記述があった。
人生の三つの課題は、なんとかしてすべての人間が解決しなければならないものである。個人の世界との関係は三重のものであり、だれも交友、仕事、セックスという課題に対して一定の答えをしないわけにはいかない。友人を作ることが出来、自信と勇気をもって有用な仕事をすることができ、さらに性生活をよき共同体感覚と一致したものにすることができるのであれば、神経症にならずに済む。しかし、これらの三つの課題のうち一つ、あるいは、それ以上の人生の要求に自分を適応させることができないときには、貶められたという感覚、および、それに伴う神経症に用心しなければならない。(「人はなぜ神経症になるのか」)
友情、仕事、性交、アドラーはこの3つを人生の求めるべき目標としている。

私は性交においては満足できていないが、友情や仕事については、最近ようやく満足いくものになってきた。とくに友情については、職場の人間と良好な関係を築けているから、不満がない(自分が持続的に他人と良好な関係を築くことは、少し前の私には信じられないことだった)。仕事は、少しルーチンで退屈だということを除けば、待遇は良いし、やりがいもそれなりにある。ありがたいことは労働時間が8時間ぽっきりということだ(これはほんとうに8時間ぽっきりで、私は出勤時間のたいてい2分前に出勤し、用事があれば退勤時間ぴったりに帰っている)。

仕事という面で、一定の収入があることは良いのだが、産業革命以降爆発的に広まった「雇用」という形態は、決して人間にとって自然なものではないと思う。トマトの種を植えて、育てて、収穫し、それを一個100円で売る。そういう金の稼ぎ方の方がずっと自然であるように思われる。これは農家になることを推奨しているのではない。結局、どうやっても利潤を得るのは経営者や役員であり、その意味では非雇用者は永遠に搾取される存在である(最近のスマホゲームの傾向が、冒険やロマンスではなく、農耕に近くなっているのはそういう事情のせいなのかもしれない)。

まあ非雇用者であることは気楽ではあるけれども、好ましくない、というふうに考えている。そうだから受動的な非雇用者でありつつも、金を主体的に獲得していきたいと私は思っているのである。

仕事の面を充実させることが、私の神経症をさらに治療していく上で重要だと思う。だからまあ、「著述家は不幸な天職」と言われるけれども、なんとか本を一冊仕上げてみたい、と思っているのである。

11.16.2016

ひとつにまとまる

すべてがひとつになった。

不思議な感覚だと思う。男と女がひとつになり、自己と他者がひとつになり、外と内がひとつになった。静けさと激しさがひとつとなり、孤独と調和がひとつとなり、哲学と神話がひとつになり、善と悪がひとつになった。

陰と陽が混淆し、なにも分断されることのない世界。

こ、これがアタラクシアか……(^ω^;)

と私はおののく。すべてが機能的であり、創造的であり、十全であり、何も過不足がない。静かに流れる「生そのもの」を私は感じる。

うーん気持ちがいい。この領域を維持したいと思う。

11.14.2016

街コン★boogie

先日、街コンへ行ってきた。なんどか行こうと思ったのだが、そのたびにドタキャンしていた。その日は少し乗り気になったので、行くことにしたのである。禁欲を何か月も続けているから、異性を求める衝動がそうとう強いのだろう。

会場では緊張して、まともに茶を注げないくらいだったが、思ったより、私はモテた。周りを見ると……田舎だからしかたないのだろうが、さえない男ばかりだった。私のような男はまるで相手にされないのではないかと心配だったが、杞憂だった。当然といえば当然だが、異性に困っている人が集まるのである。女性との会話も、職場は女性が多いから同じように話すことができた。

それで、会場でいちばん魅力的に感じた子と、見事カップル成立ということになった。便宜上街コン会場から「カップル成立」として送り出されただけで、まだ付き合っているわけではないが、「交際を前提とする」微妙な関係にある。

その子をAとしよう。

Aは、不思議な魅力をもっている女だ。極めて冷静というのが第一印象である。いたって静かだが、口を開けばウィットに富んだジョークで笑わせてくれる。頭の回転が速いことが伺える。芯が強く、簡単にはなびかないようだ。私に対する態度は、まだ淡白だ。距離感をうかがっているように思える。初対面なのだから当たり前だが。しかしその距離感が、深追いしたくなる衝動を呼ぶ。

身長はやや低め、髪は黒のセミロング、すとんと落ちたストレート。目は少し垂れ目だが、大きくて魅力的である(私は彼女の眼がとても気に入った)。丸顔に小ぶりな鼻と、小さな口から大きめの前歯がのぞく。幼げな、日本人的な美形だ。肌の色は白く、やや猫背のせいかあまり覇気がない印象を受ける。全体の雰囲気は、きわめて陰性。すこし人を拒絶するようなところがある。しかし高慢であるというよりはかなり常識人のようで、ふるまいに自然な気品と、知性を感じる。私と話していても、物怖じしない。

ここまで書いて、Sとはまるで逆なのではないかと思った。

S……ギリシャ人を思わせる彫の深い顔立ち、顔は少し大きめ、目はきわめて大きい、鼻は筋が通っており、鼻翼はすこし横に広がっている。口は大きく、濃いめのグロスが塗られている。やや身長は高く、骨格ががっしりとしている。髪はパーマをかけた茶髪。化粧は濃いが、色気のある顔立ちをしている。おそらく気弱な男であれば圧倒されてしまうと思われる(私も最初は圧倒された)。頭の回転はずば抜けて速い。記憶力も相当なもので、とくに社会性の面で彼女以上に優れる人を私は知らない。老若男女、だれとでも仲良くなる。極めて陰気な男であっても、意志疎通をこなす。たいへん饒舌で、とてもよく笑う。しかし相手の不正にはしっかりと憤る(よく怒られた)。よほど無分別でもないかぎり、彼女のことを嫌う人はいないだろう。天真爛漫な、力強い女性。

Sにはだいぶlovesickにさせられたのだが、今考えてみると、Aのような人間の方が私には合っているのではないかと思われた。もちろんSは成熟した人間で、「完成した人格」が存在するのだと初めて実感した女性だった。例えば……
世の中には生まれつきこの上なく美しい、神の恵みをふんだんに授かった天性というものがあって、そうした天性がいつか悪しき方向に変わるなどということはおよそ思いもよらない。そういう天性の持ち主は、いつも安心して見ていられる。私は今でもアリのことは心配していない。今彼はどこにいるのだろうか?(「死の家の記録」)
ドストエフスキーの上の記述を読んだときに、Sのことが描かれている、と思ったし、今でも思っている(アリは男だが)。彼女の生きることの巧みさ、力強さ、自然さは、天性のものだと言えるだろう。

しかし、そうだからこそ、私は彼女と人生を共に歩めない、というような気がした。私とSは、うまくやっていけない。たびたび実感したことだが、私は彼女のルックスがあまり好きではなかった。骨格、顔立ちがあまり好きではなかった。不美人ではなかったし、Sを抱きたいと思う男はいくらでもいるように思われた。

ただ私の好みは、Aのような小柄な、線の細い女性であった。好みというか、なんというのだろう。骨格の相性というか……。自然さというか。あるカップルや夫婦を見て、相性のいい、悪いを第一印象で判別できる。それは大部分は、骨格によるのだと思う。私と、Sは、ずいぶんアンバランスだった……。主観的な好みだけではなく、客観的に判断しても。

長らくSとの離別が私を苦しめたけど、いまはすっきりとした気分だ。彼女との恋は終わった。いまの実感としては、Sとは友人として(永遠の)、今後も付き合っていきたいと考えている。なんといっても、彼女が私を絶望から救い出したようなものだから。

私はAと仲良くなれればよいと思っている。ミステリアスな女性……深みのある女性……そっけない感じ、つきはなした感じ……Sが犬なら、Aは猫である。

深い青。静けさ。海、月、夜闇、深い霧、森林のような女。うーん、恋心が芽生えてきたかもしれない。身動きがとれなくなるから、この田舎で恋人はつくらないつもりだったが。

街コンが終わったあとに、Aとふたりで夜の公園を散歩した。天気のいい日で、オリオン座がきれいに見えた。私が「オリオン座が見えるよ」というと、「どれ?」とAは聞いた。私は三連星とそれをかこむ四つの星がオリオン座だ、と言った。砂時計の形をしている、と。彼女は関心した様子で、「私、星座は望遠鏡を使わなければ見えないと思ってた」と言ったので、私は大笑いしてしまった。Aはちょっと抜けているのかもしれない。



このブログ以外に、出版用の原稿を書いている。どんな本になるだろうか?楽しみだ。

調子よく書いていたのだが、ふとした拍子にファイルを喪失。何時間かの苦労が消えた。いまはワードプロセッサーを真剣に選んでいる。自動バックアップよりも、クラウド連携の方が便利そうだ。

ウィンドウズ、良いソフトはたくさんあるのだがとにかくフォントが汚い。Evernoteで書こうと思ったが、どう設定しても文字が汚くなってしまう。こういうときはマックユーザーがうらやましくなる。

まあ出足でつまづいたが、とにかくスタートだけはしたわけで、長丁場だろうから、気ままに書いていこうと思っている。

11.13.2016

酔っ払いおじさん

今日は職場のひとびとが私の誕生日を祝ってくれたので(実際の誕生日はかなりずれているが)、酒を飲むことになった。

酒を飲むと、音楽はより質量をもって感じられるし、ひととの会話も円滑になる。酒を飲むと、少しばかりの楽観と、自由が感じられる。そのあとには、苦悩とか、孤独とか、絶望の重苦しい感じが、じっと腹部を攻め立てるようだ。いわば人生の「ひだ」を感じられるような気がするのだが、そうではないだろうか。ざらざらとした質感。私は何度かこう言ってきた。「コーヒーは夢を与え、酒は現実を与える」。私にとって、酒が与えるものは蒙昧というよりは精細であって、重力による四肢の重みをよりいっそう引き立てる。人間にとって耐えがたいストレスは「苦痛」ではなく「無感覚」である。愛情の反対が無関心であるように、快楽の反対は無感覚なのである。バイロンは、「人は、合理的存在として、酔わずにはいられない。酩酊こそが人生の最良の部分である」と言った。酩酊が人間には必要なのかもしれない?それはある種の苦しみすら、人間は必要とするということである。

酒を飲むと、生命を消費している感じがある。生命を代償に何かを得る。われわれにとって、生命は目的か、手段か。「楽しみなくして、長生きして何になる」と人はいう。何かの作品を残すことは、永遠を意味する。芸術は、陶酔がなければなしえない。芸術は、生命の否定であるという気がする。

幸福を、果たして求めるべきなのだろうか。幸福者には、人生のひだは感じられない。重苦しい孤独の苦しみはないし、よく周囲を整備して、摩擦なく生きることを志向する。そこには感動がない。

酒を飲むと、自分が絶対の孤独であることを痛感する。孤独にある人間は、理想を追求する。理想とは、どこか遠く、ということだ。

陶酔は何かを見えなくするのだろうか?それとも見えない何かを見させるのだろうか?

自分にアルコールを禁じて三ヶ月、ひさびさに酒を飲んだ私の感想は、「酒は違う世界を見せてくれる」ということである。私はエタノールが血液脳関門を通過し大脳皮質に浸潤するに従って、昔のアル中のようだった私が、旧い友人のように挨拶するのを感じることができた。それはどこかへ置いてきた私の半身であった。ディオニュソス的な自己であった。

私は、この自己の半身を捨てるべきなのだろうか?彼は平常の私よりも、ずっと狂っているし、病んでいるし、強烈であるように思われた。彼は逸脱していた。なにかを組み立てるより、激情により破壊する方だった。

私のなかに、破滅的な自己があり、反対には、幸福を求める健康な自己がある。酒を飲むと、破滅的な自己があらわれる。幸福な自己は、破滅的な自己に拒絶感を抱くと同時に魅力を感じる。平凡な人間が、ゴッホの絵に並々ならぬ感心を抱くのと同様である。

酒をしばらく辞めれば、この半身は鳴りを潜める。私は健康な自己を楽しむ。他者と調和し、笑顔で、つやのある肌をしている。しかし、ディオニュソス的な半身は消えることがない。

酒との関わりをどうするべきだろうか?酒が私を破壊するとしても、それが不幸なのだろうか?私は健康人として陶酔なく生きていくとして、それが幸福なのだろうか。

まあ酔っ払った頭では飲酒に肯定的にならざるを得ないだろうとは思う。ひさしぶりの酒は、故郷へ導いてくれたような気分なのである。酒を飲まないことが、霊性を高めるのだろうか?仏陀は「肉食を禁じるからバラモンなのではない」と言った。

ともあれ、明日からまた禁酒しよう。

11.11.2016

PLAXIS

本を書いたらよいのでは、というコメントがあったので、電子書籍でも出そうかと思っている。神経症に関する本。私は専門家でもなんでもないので、小難しい本は書けない、と思っていたのだが、加藤諦三の本を読んでいると、たいへん雑な殴り書きであり、こんなテキトーな本でも出版できるのか、とハードルが下がった気分になった。文章が雑というだけでなく、彼の本はほとんどマズローやフロム、アドラー、フランクルのような第三勢力の心理学者の「要約」のようなものであり、その程度の本でいいんだ、そんなものが売れるのか、ということを学んだ。

それで昨日の夜、自動車を公園に停めて、毛布にくるまりながらノートパソコンで書いてみたのだけど、まあこういうブログの散文と違って、長い文章を書くことの難しいこと。1000字くらい書くと、疲れた、もういい、今日は寝よう、となってしまう。
ものを書くときの動機は人さまざまで、それは焦燥でも良いし、興奮でも希望でもいい。あるいは、心のうちにあるもののすべてを表白することはできないという絶望的な思いであってもいい(中略)動機は問わない。だが、いい加減な気持ちで書くことだけは許されない。繰り返す。いい加減な気持ちで原稿用紙に向かってはならない。(「書くということ」)
とスティーブン・キングは言ったけど、いい加減は「良い加減」なのだし、気張りすぎては前に進めないという気がする。

一冊の本はだいたい十万字くらい、仕事をしながらであれば一日千字程度と考えると、百日で一冊ということになる。そうしてできあがった本はおそらくまったく売れないので、時給換算すると100円もいかないはずである。ただ、こうしてブログを書くように執筆するのであれば、気楽な仕事ではある。

もともと私は文章家になることが夢だった。それを三十歳になるまでに達成しようと思っていた。なんとか間に合うのかな?しょぼい電子書籍なんてだれでも出せるだろうけど。

執筆活動(笑)に入るので、ここの更新はまばらになると思う。
人間の歴史を通じて、そのたびごとにより複雑に、そしてより豊かな形をとって周期的に繰り返される三つのそれぞれ異なった契機があることになる。1 人間は物の中で難破し、自己を失ったと感じる。これが自己疎外である。2ギリシア人たちのいう思索的生theoretikosbios、すなわち思索theoria である。3 人間は予定計画に従って世界に働きかけるため、ふたたび世界に没入する。これが行動であり、行動的生活であり、プラクシスplaxisである。 人間はエネルギッシュな努力を傾けて、自己の内面に引きこもり、こうして物について考え、それをできるだけ支配しようとする。これが自己沈潜であり、ローマ人たちのいう観想的生活vita contemplativaであり、したがって行動はそれに先立つところの観想によって律せられていないならば不可能であり、またその反対に、自己沈潜は未来の行動を立案する以外のなにものでもないのである。(個人と社会 / オルテガ・イ・ガセット)

11.09.2016

Happy Family

考えてみると、私の両親は未熟な人間だった。

彼らを尊敬することはできないし、愛することも難しい。いまはほとんど連絡を取っていない。あまり取ろうという気にもならない。もうこのまま、絶縁してしまった方が楽かもしれない。

ここで何度か書いたことだが、私の両親は私が十五歳のときに離婚した。理由はよくわからなかったが、よく耳にする「性格の不一致」という奴だろう。未熟な人間ほど、相手に完全性を求める。たがいに未熟な場合は、お互い虚空を見つめながら生活しているようなものだ。うまくいくわけがない。

ほんとうはもっと早く離婚したかったらしい。だが、末っ子である私が在る程度成長するまで我慢していたのだという。このまったく的外れの配慮によって、私の苦しみは無用に延長された。そうして、私が「成長」して人格が固定化される頃には、「この世には救いがない」ことをすっかり学習してしまった。

両親の離婚から10年後、フロムの以下の記述を読んだときはなんだかスカッとしたものである。
不幸な結婚に終止符を打つべきではないかという問題が生じたときも、子どもが投射の目的に使われる。そういう状況にある夫婦はよく、子どもから一家団欒の幸せを奪ってはならないから、離婚するわけにはいかない、と言う。しかし、「一家団欒」のなかにただよう緊張と不幸の雰囲気は、はっきり離婚するよりも、ずっと子どもに悪影響をおよぼす。すくなくとも、親が離婚することによって、子どもたちは、勇気をもって決断すれば、堪えがたい状況にも終止符が打てるということを、身をもって学ぶ。(E.フロム「愛するということ」)
私の両親は無能で、劣る人間であるように思う。悲しいことに、私は両親の影響を強く受けている。他人と持続的な関係が築けないということ。他人を愛することができないということ。依存的、幼児的な嗜癖を持つこと。そのおかげで、最愛の女性にも振られたのだろう。
「毒になる親」に育てられた子供は、愛情とは何なのか、人を愛したり愛されたりするというのはどういう気持ちになることなのか、ということについてよくわからず、混乱したまま成長する。(「毒になる親」スーザン・フォワード)
でも、私はなんとか無知の網から抜け出すことができた。愛情の概観をつかめたように思う。しかし私の兄ふたりは、両方とも、同じように不幸な人生を送っているように思われる。カエルノコハカエル。結婚式などで親戚が集まる機会には、私の家族だけ嫌に暗く、会話がなく、ぎこちなく、肉親に猜疑の眼を向けるような、「機能不全」ぶりをいかんなく発揮していた。少なくとも「結婚式」向きの家庭ではない。なんとなく、まがまがしい黒いオーラが出ているのである(私はこんな空間が嫌だから、ずっと叔母の家族にくっついている)。

そのような家庭でありながら、父はまったく悪びれることなく、私にぬけぬけと話しかけてくる。のんびりした口調で、まるで何もかも清算されたかのようだ。子ども三人を見事に育て上げた(とびきり不幸に!)この男は、酒の飲みすぎで脳シナプスをやられているに違いない。

暗い家庭で生まれることほど、悲しいことはない。そこで育つ子どもにとって、ほとんど暴力に近いことだ。家庭では苦しむばかりで、まるで救いがない。生きることは苦しみと不幸で塗りつぶされている。

愛情を知らないから、心のスキマを埋めるために奔走する。酒、ドラッグ、セックス……愛情を知らないから、病気に苦しむ。鬱病、神経症、対人恐怖、人格障害……。こういう空っぽの人間がいくら長生きしたところで、自殺した方がましなのかもしれない。じっさい、どうでもいいことで殺されたり、自殺するのはこういう人々である。生きる価値がない。救いがない限りは……。

このような家庭がどうして存在するのだろう?またどうしてこういう家庭は改善されないのだろうか?不幸はどこからやってくるのか。不幸の中にあった人が、そこから抜け出してしまうことはできるのか。そういうことを考える。

両親がバカだといっても、私にとってただ一人の父親、母親、であり、簡単に「絶縁」とか、「忘れる」とか、できるものではない。絶縁したところで、縁を切ることはできない。ダメな母親であっても、かつては私の世界のすべてだったのである。そのことに、どう折り合いをつければよいのか……。でも、つけなければ前に進めない。

世の中は、バカばっかりだ。年齢は関係ない。社会的地位も関係ない。バカばっかりで、うんざりする。尊敬できる人間はわずかしかいない。

無知は隷属だ。奴隷は死んだまま生きる。はじめから死んでいる。生きることのないまま死ぬ。それと同じように、生きることのない人間が、現代でも溢れかえっている。ほんとうに物事を考えることのできない人、なにかを感じることができない人。大切な何かをはじめから失っている人。

私はそういう人間にはなりたくないと思う。

11.06.2016

おじさんの余暇

どうも落ち着かない、妙な感じ。休日だし、自由ではあるのだが、何もする気が起きない。だらだら寝そべっている。本音を言えば、セックスがしたいし、酒を飲みたいし、金が欲しいという衝動はあるのだが、めんどくさいので、そのままで過ごしている。

金を稼ぐよりも、ずっと知識を身につけることが重要だという気がしているが、しかし知識を身につけたところで、行動しなければ意味がないというふうにも考える。それで、行動とは何なのか、というところでつまづいている。

思うままに行動すればよいのだろうけど、いかんせん田舎ではすることがない。退屈である。金はたくさんあるのだけど、使い道がない。これまでは、ちょっと高いワインを買ったり、良いチーズを買うという、楽しい消費活動があった。こういうものが一切ない。財布のなかの金が減らない。

高給取りになってよかったのは、本を買うときに一切躊躇しないということだ。二千円、三千円くらいでは、何も考えずに買ってしまう。私は古書や専門書は読まないので、高くても五、六千円くらいで済む。

大学生のときは、仕送りが月に家賃を入れて七万円しかなく、バイトも時給九百円程度だった。そういう自分にとって、世界は暗く冷たいものだった。服屋も、飯屋も、私をとことんしぼりとろうとする悪魔的なものにしか見えなかった。なぜこの不味い居酒屋が、私から四千円も収奪するのか?この何回か洗えばダメになってしまうTシャツが、三千円もするのか?ラーメンが一杯千円だと?

金がないということが、不幸であることには違いない。ただ、これも一面的な事実であって、金がなくても幸福な人間はたくさんいるだろう。私の通っていた大学は裕福な学生が多かったが、貧乏人もたくさんいた。私はそういう人間とばかりつるんでいた。月に三十万円の仕送りだとか、二十歳の誕生日に新車の外車をもらったとか、そういう話を聞く度に、学食で豚汁ライス(170円)の昼食をとっている自分は社会の縦構造を学んでいった。

金がないときは、金があることがうらやましくて仕方がなかった。金があればできることは山ほどあると思った。一回一万円のブルーノートのライブに頻繁にいったり、数十万円のヴィンテージ家具とか、かっこいい外車が買えるものと思っていた。

しかし、社会人になって、衣類はだんだん買わなくなったし、外食もほとんどしなくなった。あまりライブに行こうという気にはならないし、家具や車のようなものは、所有への忌避感から遠ざけてしまっている。

所有への忌避感……なんだか、高価なものを買うと、それが「もったいない」ような気持ちになってしまう。私はやはり、定住というより放浪が向いているように思う。部屋に数十万円のものがあったり、車庫に数百万円のものがあると、気になって眠りを害する。

ただ私は、いずれポルシェのケイマンを買おうと思っている。そしてそれを十年以上乗ろうと思っている。ベンツとかレクサスは、十年経てばデザインがすぐに陳腐化するが、ポルシェは飽きがこないという気がするからである。でも、日本は税金が高いから嫌だという気もしている。

金は貯まる一方であり、生活の不安はなくなった。この前、税金を滞納していたおかげで、通帳に「サシオサエ」という馴染みのない文字が入っていた。それで10万円以上持って行かれたのだが、そんなものか、という気分だった。「10万円程度」ではびくつかないのである。かつては二ヶ月分の生活費だったが……。

私は世間的に言えば、まずまずの成功者であり、二十代後半にしては、人に言えない給料をもらっていることになる。金はないよりあった方が良い、ということは確かだと思う。生活のゆとりが違うから。

神経症が治療されたのも、いくらかは生活のゆとりが生まれたことと関係しているのだと思う。もちろん、社会的に成功した人間のなかにも神経症者は多い……(普通のひとより多いかも知れない)。だから、一要因でしかないだろうとは思うのだが。

年収600万円以上であれば、幸福度はほとんど変わらないという調査があるらしい。世間一般で言えば、年収1000万円を超えるのは大企業の中間管理職であるから、高給取りはそれだけ責任と労務に追われることになる。逆に平社員が30~40歳になれば年収600万円くらいにはなるだろうから、そういう出世コースから外れた人間の幸福度と、エリートの幸福度はあまり変わらないということだろう。

あとは社会階層も関係しているのかもしれない。年収1000万円を越すと、上流の最下層になると思う。年収600万円は中流の上位に位置する。後者の方が気楽であることは想像できる。

仕事に充実を見いだすのは、悪いことではないと思う。単純に言って、ひとは何か作業をしたいと望む生き物であって、未完成の仕事を見つけると、それを完成させずにはいられない。私も、仕事をしている間はいい気晴らしになる、というように考えている。慣れてくると、子どものときに砂場で遊んでいたのと、仕事をこなすことは、あまり変わらなくなった。

なんといっても、仕事が八時間で終わるというのがありがたい。残業はたまに三十分程度あるが、めんどうであれば明日にまわして帰ってしまう、ということができる。残業があるような企業であれば、私は就職していなかっただろう。やはり余暇の時間が重要であって、生活のための金を稼ぐことよりも、知識を身につけることが私は好きなのである。

いまは仕事が終わって、二、三時間本を読むという生活だ。少し、読書の時間が少ないのかもしれない。昔のように、熱中して本を読むことがなくなった。難解な哲学書を読もうという気も、あまり起きない。

話がもどってきた。それだから、余暇の使い方という点で困っているのだった。あまり読書をしようという気がないから、何をしてよいかわからない。気ままに楽器の演奏をしたり、バイクを乗り回したり、というのも楽しいのだけど、もっと人と関わるようなことがしたい、と考えるようになってきている。酒を飲んだり、飯を食べたり……。友人とか、知人というような人間が欲しい。

私のような人間でも、いまさら「リア充」になるということがあるのかもしれない。「若干の者は、青春のはじめから老人だ。しかし、かれらが遅くなってから青春をつかめば、その青春は長持ちする」とツァラトゥストラが言っていたが。

いま思いついたのだが、あまり暇なので、近所の山にでも登ってみようと思う。

11.04.2016

鎖のない奴隷

神経症が解消されるとともに生きることが本当に楽になった。

私は自分自身を労り注意深く見守るということを知った。

いままで脈絡なく毒を摂取し続けていた。惰性でポテチや酒をむさぼっていた。マクロビオティックを知ったいまでは、自分の体の状態が「陽」なのか「陰」なのか考えるようになった。陽の場合……過剰な性的衝動、暴力への衝動、いらだち、怒り、不眠、熱感のような傾向がある場合には、陰性の食品を摂る。陰の場合……抑鬱、無力感、倦怠感、無感動、悪寒のような状態では、陽性の食品を摂る。

マクロビオティック、現代ではエセ科学のような扱いだろうけども(東洋医学全般がそうであるように)、下手な栄養学より効果があるように思われる。まあ病は気からというし、プラセボかもしれないけど。

知識は自由へ導くものであることを実感する。人間のほとんどが、自由ではないように思われる。私も二十七年間、不自由に生きていた。知識を積み重ねて、精神的な健康を取り戻した。病気になる原因は、この社会にいくらでもある。思うに、現代ほど病的な時代もないのではないかと思う。国家だとか、経済だとか、このようなものは人間に適切ではないのかもしれない。国家を維持するためには、人間が病気になる必要があり、人間が健康であれば、国家は破綻するのかもしれない。……ヒッピーのようなことを言った。

病的なシステムに依存する病人によって、システムは維持される。そのシステムは、新しい世代を積極的に取りこもうとする。マスメディア、学校教育を通じて、システムによる上意下達が行われる。そうして、奴隷と主人が生まれる。ただ、奴隷は不自由だから奴隷なのではない。自由を求めないから奴隷なのである。奴隷は主人を求める。

神経症者と奴隷の違いを考えると、あまり変わりはないように思われる。神経症者は束縛され、歪な世界観を構築されている。「お前は不適合だ」という烙印を押され、それが当たり前だと考えている。しかし、人間の内奥には、そのようなことを「間違っている」とする本能的衝動がある。「私は正しく、幸福になるべきである」というような、文化的に規制されない、まっとうな精神があるようである。この本能的な衝動と、うわっつらの被支配的な精神が、ぶつかりあって、奇妙な症状を発症する。これが神経症の構造であると思う。

奴隷もたまには一揆を起こしたり、脱走を企てる。しかしそのような試みは我々が思っているよりも少数であると思う。奴隷は、奴隷であることが当然だと考えているから。だから世の中の人々が、「奴隷はかわいそうだ」と言うけれど、奴隷自身にとってはそこまで不幸ではないかもしれない。彼の精神は、ほとんど殺されている。死人は痛みを感じないのである。

神経症者は病人というよりは、ある種の「犠牲者」だと私は考えている。そうでなければ、この病気は読み解けない。なんといっても、神経症者は健康である。健康な人間が、社会的、文化的抑圧によってゆがめられている状態だ。この意味で、神経症者は「鎖のない奴隷」なのである。

もちろん神経症になる素因はある。過敏な神経であれば、神経症になりやすいだろう。ただ、この素因を正しく成長させることが可能であれば、創造的な力は絶大であると思う。鋭敏な神経は、創造性と密接な関係がある。しかしそれがいったん抑圧されると、神経症になり、破滅的な結果となるようである。

本来的な人間に戻ること……生長を望む、一個の自然人に戻ること、これが神経症の治療には大切なのだと思う。

11.03.2016

奴隷の世界

「自己を失うことは、どうしてできるのだろうか。気づかれもせず、考えもおよばない変節は、小児期に、人知れず精神的死をもってはじまる――愛されもせず、われわれの自然の願望が妨げられたとしたら、そのときに。(考えても見よ。何が残されているのか。)だがまて――これは精神の単なる殺害ではない。それは帳消しになるかもしれない。ちっちゃな犠牲者はこれを『乗り越えて進み』さえする――だが、かれみずからもまた、次第次第にはからずして、加担するというまったく二重の罪を重ねることになる。かれは、ありのままの人となりとしては、人びとが受け容れてくれない。ええ、人は受け入れられない状態にあらざるを得ないのだ。かれは自分でそれを信ずるようになり、ついにはそれを当然のことと考えるようにさえなる。かれはまったく、自分を断念するようになってしまう。かれが人々にしたがうか、それとも、しがみつき、反抗し、逃避するかはもはや問題ではない。――かれの行動、かれの行為が問題のすべてである。かれの重心は『かれら』にあるのであって、かれ自身にはない――それにもかかわらず、かれが注目したかぎりでは、十分に自然なことだと思っている。すべての事態が、しごくもっともらしく、すべては目に見えず自動的で、責任所在不明である!
 これはまったくの矛盾である。あらゆる事柄が正常に見える。どんな罪も意図されていない。死骸もなければ罪もない。われわれの見るところまったく普通に太陽は昇り、沈んでゆく、だがどうしたのだろう。かれは人々によって拒否されただけではなく、みずから拒んできたのである(かれには事実、自己がない)。かれは、なにを失ったというのだろう。まさに自己のまともな本質的部分、すなわち、成長への能力そのものであり、根本体系であるかれ自身の肯定感情を失ったのである。しかし、ああ、かれは死ななかった。生命は続くし、またそうしなければならない。かれがみずからを断念した瞬間から、それに、そうした程度で疑似自己をつくり、もちつづけようとしはじめる。だが、これは一種の方便である――願望のない『自己』である。この人は軽蔑するところだが、愛さなければならない(おそれなければならない)。弱いところだが、強いとしなければならない。喜びや戯れからではなく、生きるためにはそういう様子をして見せなければならない(ああ、しかしそれは戯画だ!)単に動きたいからではなく、したがわねばならないからである。この必要性は、生活ではない――かれの生活といえない――それは死と闘う防衛の機制である。それはまた、死のからくりでもある。現在以後、かれは強迫的(無意識的)欲求により引き裂かれ、(無意識的葛藤)により麻痺に陥れられ、あらゆる運動、あらゆる瞬間は、かれの存在、かれの統合を打ち消してゆく。しかも終始、かれは正常人としてみせかけ、そのように行動することを期待される!
 一言にしていうと、われわれは一つの自己体系である疑似自己を求めたり、防衛したりする神経症になること、われわれが自己を失うかぎり神経症であることをわたくしは知ったのである。」(マズロー「完全なる人間」より 太字ママ)

マズローの記述は、神経症の病態をよく表現していると思う(読みづらいが)。神経症者は、「ありのまま」であることを否定される。自分は自分であってはならない。「利口な子」であったり、「明るい子」「強い男の子」「優しい女の子」でなければならない……。

自分は自分であってはならない、自然としての自己を否定されると、子どもは「生きるために」自分を作り替えるよう努力する。敏感な子どもが、明るい子どもの振りをする。人は自分を作り替える。そうしなければ、生きていけないからである。子どもにとって、大人に見放されることは、そのまま生命の危機を意味する。

「そのままであってはならない」と学習しつづけた子どもは、世界をそのように認識する。自分は「自分ではない何者か」でなければならない。エリートであったり、金持ちであったり、あたたかい家庭の父親であったり……。この呪縛は、ひどい場合には人生のすべてを支配することもある。

マズローの言うように、神経症者にとっても同じように太陽はのぼり、沈んでいく。世界はひずみなく構築されている。しかし、神経症者の世界認識は、病的である。健康者にとって世界は明るく、神経症者にとって世界は恐ろしく暗い。神経症者はつねに、「ここにあってはならない」と脅えている。どこにあっても、異端者であり、迫害を恐れている。

不思議なことに、神経症者の周りには、それを「合理化」するような人間が集まる。「私はやさしい人間でなければならない」と強迫的に思い込んでいるひとには、その「やさしさ」につけこむ人間が現れる。この関係が持続すると、神経症者は「やさしくなければならない」という強迫観念を強固にする。

神経症者は神経症的世界を安定化するような人間を求める。神経症者は、そのままの彼を認めてくれる人間が信じられない。愛される、認められる、関係を深めるためには、自分は何者かでなければならないと考える。だから、彼が血みどろになって達成した特性、「強さ」だとか、「知性」だとか、社会的地位や金銭を認めてくれる人間を求める。

そうすると、病気はいつまでも治らないことになる。

神経症の治療は、病的な世界を壊し、健康な世界を取り戻すことである。世界を壊すことは、並大抵のことではない。いままでのすべての事柄を見つめ直し、吟味批判し、正しい認識を身につけ、さらにこれからの未来にしっかりと目を据えるのである。このようなことは、普通の人間にはできることではない。でも、それをしなければならない。病気を治さないことは、自分をないがしろにすることである。

神経症者は、治りたいと願っていても、本心ではそうではなかったりする。治療から逃避して、病的な世界に安住したいと思っているのである。それはただ、世界を壊すことが怖いからである。そのような気持ちは、理解できないことではない。しかし、それを成し遂げなければ、一生だれかの奴隷となって生きていくことになる。それは不当なことだ。怒らなければならないし、悲しまなければならない。攻撃して、破壊して、自己を取り戻さなければならない。

すると、明るい世界が開ける。暗い世界を抜け出した人間には、その輝きは、ほんとうにすばらしいものである。

まあこのように私は実感している。


私は驚くほど健康になった。分別をわきまえて、温和な、力強い人間になった。いまでは「健常者」としてうらやんでいた他者が、さまざまな問題をかかえた病人に見えるほどである。病気だった頃は、なんだったのか、と思う。ただ、神経症に苦しんでいた時期も、必要な過程だったとは思うけど。

生きることがこんなに簡単だったとは……。という単純な驚きがある。今日はバイクで出かける。


11.01.2016

映画「セッション」は駄作なのか

阿月まりという人物が好きで、そのブログを読んでいたのだが、映画「セッション」がつまらなかった、という意見があり、さらに「こういう映画を良いと思う人は、佐村河内に騙されるタイプ」というような記述があり、個人的に思い入れのある映画なのでなんだかな、と思った(「映画『セッション』とゴーストライター事件」)。

ジャズドラマーを目指す主人公ニーマンに「音楽観」に関する描写がない、だからつまらない、ということだけど、正直いって、プロの音楽家になるためにはまず技術、精確さがすべてであって、「音楽観」なんてへっぽこアマの段階で持つべきではないと思う。

音楽家というのは、まず第一に技術屋であり、いくら崇高な音楽観を持っているとしても、人並みの演奏ができないようであれば「ゴミ」である。テンポがキープできない、ピッチが合わない、それだけで「二流」どころか使い物にならない「ゴミ」なのである。

私もしばらく音楽をやっていたけど、「私はこういう音楽をやりたい」なんて言ってるのは、技術も糞もないカラオケ気分のボーカルくらいなもんで、ろくなものではなかったように思う。黙々と技術を磨く人の方がはるかにまともだし、演奏も感動できる。だいたい、音楽観なんて、演奏に勝手に出てくるものだ。

そういう意味では、私はナマッチョロイ「思想」なんか持っていない、スポ根的な練習に没頭する主人公にたいへん好感が持てた。

映画的につまらない、と言う意見はわかる。ただ私は体裁よく大衆受けを狙ったような映画はそれこそ「つまらない」と思うので、現実的でよいと私は思う。まあ、ドラム叩きすぎて手から大量出血するくだりには笑ったけど。

あと、コンボジャズとビッグバンドの性格の違いが無視されているように思う。

トリオとか、クインテットのような少人数のコンボであれば、音楽性を表現したいという気はわかる。そこがコンボジャズの醍醐味ではある。コンボジャズは繊細な芸術家の領域だと思う。個人が思い思いの演奏をして、他の楽器と共鳴しあい、音楽性を高める。当然コンボでも、音楽として成立するためには一定レベルの技術は要求されるが。

ただ、大人数のオーケストラジャズ、ビッグバンドはほとんどむさくるしい体育会系の集団であり、まったく性格が異なる。もう、ほんとうに、ミスが許されない、軍隊的世界。マーチングに近いかも。作中でも演奏家が監督の言いなり、コマのようになってるけど、あんなもんだと思う。その意味でも、「音楽観」なんてない世界だ。だいたい、演奏家それぞれが「音楽観」なんて持ったらバラバラでしょう。「良い演奏をしたい」のであれば、自分の音楽観を捨てなければならない。それが嫌ならストリートミュージシャンにでもなればよい。ドラムはとくにバンドの心臓部だから、ここがミスればすべてが台無し。だから精確さはこの上なく要求される。

私がこの映画を気に入ったのは、ニーマンとフィッシャーの「狂気的」世界である。きわめて歪な関係だが、妙な均衡をもった関係のもつ、その緊張感にやられてしまった。

フィッシャーはほとんど狂人だし、ニーマンもそれに応じていかれてくるのだが、その二人のいかれっぷりが解消されないまま、イカレタママ終わった。私はそういう映画だから気に入ったのである。ああ、これは体裁を整えた「楽しい物語」ではなく、実体験に基づいた「リアル」なんだな、と。

そもそも、この映画の感想は、「フィッシャーとニーマンが和解してよかった」ではないと思うんだよな。和解してはならなかった。フィッシャーがコテンパンにやっつけられないといけなかった……人殺してるし。でも、ニーマンは狂っているから、音楽にとりつかれているから、悪魔のようなフィッシャーを受け入れた。そこが、憎い演出だったし、私の大好きな描写だった。

この映画はおもしろいです。たぶん、音楽に熱中したことのある人なら楽しくてしかたないと思う。「キキセン(演奏しないけど聞くのは好きな人)」は楽しくないかもしれない。

音楽って、ほとんど技術がすべての世界だ。良い演奏をするのに、思想だの音楽観は不要。まあ私が技術の領域で呻吟しているからそう思うだけかもしれない。よく中国人の英才教育を受けたピアニストに対して、「技術はあるけど、魂はない」という表現をすることがある。「ヘタウマ」という言葉もあるし、そういうのが楽しいこともある。

しかし、音楽はまず技術なのである。というか、芸術ってすべて技術でしょう。アートとテクネーは同一だったわけだし。芸術って、技術が99%だと思う。100%かもしれない。音楽でも、絵画や彫刻でもそうだと思うけど、おそろしく残酷に「技術」「精度」が要求される世界なのだと私は思っている。そういう泥臭い現実を知らずして、「主人公にもっと音楽性を持ってほしかった」というのは、少しお花畑のような気がする。

なにせ何か月も前に観た映画だから、的外れな指摘もあるかもしれない。ただ、映画をあまり見ない私としてはかなり気に入った映画だったので、つらつらと書いてしまった。

なお、作品中の音楽には、別に「すごい」とはあまり思わなかった。映画館で観たらまた感想が違うかもしれないけど、ラストのドラムソロもそこまで好きではない。演出はよかったけど、音楽はあまり。

悪の省察

今春の一時期、上司が自殺未遂を図ったり、たちの悪い人間に関わっていたときがあった。そのとき私は「悪」に直面し、これがどこからやってくるのか考えなければならなかった。悪は必然なのか。悪はなくせるのか。悪は増えるのか、減るのか。悪から身を守る方法はあるのか。私自身は、悪なのか?

上記のような問題を考えていた。私は反社会的な人間のことを調べた。私が興味をもったのは、反社会的な傾向を持つ人間には、二種類あることだった。それは劣悪な社会的状況、家庭環境などの要素によって悪行を成す人間、いわば「反応的な悪人」と、裕福で、恵まれた環境にあっても悪へ向かってしまうような「生来的な悪人」がいることだった。前者は人間の心を持っているが、後者は嗜虐性、残酷さ、良心の欠如という言葉で説明される。いわばサイコパスである。

反応的な悪人の反社会的行動は、単純である。金がないから強盗に入ったり、女に振られたから殺したりする。いささか自制心が欠如しているだけで、教育しだいで常人に戻る可能性がある。サイコパスはそうではない。彼らは他者を利用し、破滅に追い込む。だからサイコパスは、単純な犯罪よりも、もっと計画的な、綿密な、厄介なことに「合法的」な悪行を成すことが多い。このため、サイコパスは社会中枢に多く存在していると言われる。

反応的な悪人は、適切なカウンセリングによって善人になりうる。だがサイコパスは、少なくともカウンセリングでは絶対に治らない。扁桃体に器質的な異常があると考えられている(仮説の域だが)。
サイコパスの根本的原因は遺伝子異常であることが推測され、扁桃体機能全体が障害されるのではなく、おそらく扁桃体機能のある一部と関連するある特定の神経伝達物質の機能が阻害されることで、より選択的に障害されていることが示唆される。われわれは、サイコパスでは、ストレス/脅威刺激に対するノルアドレナリンの反応が障害されていると主張したい。(「サイコパス 冷淡な脳」James Blairら)
いわば悪の極点とは、このサイコパスにあるのではないか……ということを、また考えている。前にも書いたが。

悪はここからやってくる。おそらく脳の異常に生まれた個体によって悪はもたらされ、それが世の中にさまざまな悪をもたらしている。

反社会的行動をする人間以外にも、私の元上司のように自殺未遂をしたり、私のように依存症や神経症になる人間がいる。これらは悪なのか。少なくとも、性格上はサイコパスとは真逆だが(自己反省の過剰)、しかし善というわけではない。

結局、反応的悪人の悪の発露が殺人や強盗などのように「外へ向かう」か、神経症者や鬱病のように人生を台無しにしたり自分を傷つける、といったような「内に向かう」か、といった違いしかないのだろう。両方とも悪人であって、両方とも自分を救わなければならない。少なくとも、サイコパスと違って改善の余地があるからである。

反応的な犯罪者も、精神疾患も、悪性の人間であるという点では同一である。このことに私は気づいた。

それと、サイコパスは完全に別格である。私はサイコパスを、悪の極点であると考えている。もしもサイコパスの存在をこの世から消すことができたら、この世から悪が消えるのではないかとも考えている。

気になるのは、サイコパスは完全に陽性の悪だけれども、完全に陰性の悪というのもあるのではないかと考えている。これはいまいち、想像しづらいけども。

10.31.2016

断酒会依存症

肉体・精神ともに健康になったけれどもそれから何をしてよいのかわからない。奴隷は鎖を切られてもぽかんとしている。ニーチェは「何からの自由ではなく、何への自由か」と問うた。さてどこへ向かうのか……。

まずは、ゴミ掃除……。酒を飲んでいたときは、部屋の片付けと、朝にゴミを出すことが恐ろしく苦痛だった。「私に命令するな」「それはしたくない」という気分だった。当然、ゴミは溜まっていく。するともっと酒が飲みたくなる……。

部屋からゴミをなくすことが、私にとっては一大事業であった。それがいまは簡単に処理できている。単純に、ゴミが減った。酒やコーラを飲んでいたときや、ポテチを食べていたときは、ゴミが山ほど積み重なったものだった。それが、いまはスーパーへ行っても、せいぜい納豆や豆腐を買って、あとは野菜や卵を買うくらいだから、ゴミが溜まらない。自慰をしていた頃は、そこかしこにティッシュが転がっていたのだが(汚いな)、いまはルンバを走らせてもほとんど巻き込み事故がない。

やはり、肉料理や魚料理も生活にはよくないようだ。料理をすると、油が飛び散る。嫌な臭いがする(肉食をしないとわかるが、肉が焼ける臭いって、けっこう臭い)。ゴミが腐って、嫌な匂いを放つ。動物の死体を家に入れることは、あまりよくない効果がある気がする。

ただ、いまは健康上の理由で魚をたまに摂っている。ヴィーガンなんて絶対身体によくない。ああいうのは、神経症的、教条主義的なところがある。

「断酒会」のようなものも、教条主義的であって、「節酒は無理、一滴も飲んではならない」と決めつけている。私は「依存症」から抜け出すことができれば、飲み会などの機会飲酒くらいは許してもよいと思っている。

仏教でも実は肉食を禁じていない。俗人が与えてくれたものは、なんでも食べよと言っている。これは示唆に富んでいる。もちろん日本の坊主のように、好き勝手肉食をしてよいと言っているわけではない。ようは自分から望むな、むさぼるなと言っている。私も、冷蔵庫に酒があるけど、もう飲もうとは思わない。ただ、奢ってもらえるなら飲む。

酒を飲んだからって、だれでもアル中になるわけではない。ただ、依存傾向にある人間がアル中になる。だからこの依存傾向に注意深く目を見張っていれば、自由に生活することができる。

依存傾向にある人間は、酒だけでなく、何にでも依存している。他の食べ物だったり、人間関係でもそうだし、仕事や、特定の行為に依存することもある。だから、アル中が入院して、次に依存するのは「断酒会」だったりする。断酒会に依存性があることは間違いないと私は考える。私は断酒会に参加したことはないから、あてずっぽうだが。

だからアル中が禁酒に成功したとしても、必ずしも完治と言えないことがある。酒を飲まなければ良いのではなく、自分のなかの依存的傾向を見つめ、これを断ち切ることが必要なのだろう。

見えない鎖を見つけ出すこと。自分を不自由にしているものはなにか、はっきりとすること。鎖は意外と身近な人間関係だったりするし、会社組織だったり、宗教や思想だったりすることもあると思う。ともあれ、これを見つけ出すことは容易ではない……。私も、だいぶ楽になったけど、まだ切りがないなあと感じる次第。

話がだいぶ脱線した。なんだか、何かをしたいという気がするのだが、まだ何もできていない。漫然と生活するのも、嫌だな、と考えている。

10.30.2016

マクロビオティックとおじさん

さいきん、マクロビオティックという、陰陽学と食育を組み合わせたような思想を調べている。提唱者は桜沢如一で、二次大戦前に創始されたというから、なかなか歴史が古い。

桜沢如一は石塚左玄の影響を強く受けている。石塚は「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」と述べており、「何を食べるか」の重要性を指摘している。

マクロビオティックによれば、卵や四つ足は陽性、穀物や豆は中性、砂糖や合成薬剤は陰性となる。これは一例であって、すべての食品について陰陽は存在する。というか、世界のすべては陰陽で捉えることができ、男は陽、女は陰、豪傑は陽、聖者は陰、地球は陽、空は陰……まあ何でも陰陽に解釈できるわけで、桜沢はこれを「魔法のメガネ」と読んでいる。桜沢によれば、日本人は近代化でこの「メガネ」を失ってしまったが、本来は自然に陰陽を見分ける力を持っていたのだという。

基本的な陰陽の見分け方は以下の通りになる。
  • 色:紫が陰性、赤が陽性
  • 温度:熱い方が陰性、冷たい方が陰性
  • 硬度:堅い方が陽性、やわらかい方が陰性
  • 重量:重い方が陽性、軽い方が陰性
  • 水分量:水気がない方が陽性、多いほど陰性
  • 運動:上へのびるものは陰性、下へおりるものは陽性
  • 味:渋い、塩辛いものが陽性、甘いもの、酸っぱいものが陰性(「魔法のメガネ」桜沢如一)
しかし陰陽は相対的なものであり、さらに動的なものでもある。陽が極まって陰になる、ということがある。例えば陽性のくだものであるカキを熱すると(陽を加える)、たいへん甘く(陰性に変質する)ということがある。このあたり、太極図の形を思い出すとわかりやすい。(陰中に陽、陽中に陰)




私がマクロビオティックに惹かれた理由は、「自分がいかに陰性に傾いていたか」を知ることができたからである。陰性に傾きすぎても人は病気になるし、陽性でも然りである。陰性が進めば神経症や鬱病になり、陽性の極みはサイコパスということができるだろう(自己反省の欠如)。

たとえば、極めて陰性の飲食物をあげてみよう。アルコール、コーヒー、砂糖、コーラ、ポテト……いままで私が好んで食していたものが、すべて陰性であることに気づいたのである。ああ、これでは神経症にもなってしまうのだな、と思った。いまはこれらすべてを摂取しないようにしているが……。(コーヒーは覚醒作用を持つカフェインを含んでいるから、どうも陽性に感じられるのだが、産地が熱帯であり、身体を冷やす飲み物であることから、極陰性となっており、マクロビオティックではほとんど禁忌の扱いになるようである)。

しかし神経過敏の陰性である私がどうして陰性食品の虜になったのだろうか?これはどうも解せないのだが、どうやら陰性食品は依存性を持つらしい。それで私は陰性食品をひたすら取り込むことになった。結果、神経症はほとんどよくならなかったのだが、さもありなんということである。

ということは、神経症者を治療する、というと大げさだから、「改善」に導く方法は、陽性の食品を多くとる……にんじん、ごぼう、梅干し、たまねぎやかぼちゃなど……そういう生活を送っていれば、少しは楽になるのではないかと思う。

少なくとも、アルコール、コーヒーの摂取は御法度……。西洋薬の抗うつ剤や抗不安薬もどうなのか、ということになる。工業化学で精製される西洋薬もマクロビオティックでは極陰性ということらしいから……。

鬱病患者の「死にたい」という気持ちは、陰が極まって陽に転化したような状態と考えられる。なんとなれば自殺とは究極の能動行為だからである。そういった状態にある患者を、鎮静薬でひとまず落ち着かせるということは重要だと思う。また鬱病も軽度の状態では易怒や攻撃性を見せることがありこういうときにも効果的だろう。

抗うつ剤のなかでもパキシルなどは若年者に服用させるとかえって自殺率を上昇させるという報告があるが、陰性の人間に陰性のものを与えると過度の陽性に転化することがあるのだと思う。

精神疾患においても統合失調症の文字通り「陽性症状」であったり神経過活動が原因であるてんかん症などは薬が奏効するとは思う。ただ鬱病患者には基本的に西洋薬は禁忌であり、それが鬱病治療の決定的な薬が生まれない原因であるようにも考えられる。

だから鬱病患者には、薬を飲ませるよりもにんじんやかぼちゃを食べさせる方がずっとましだ、と言うこともできる……のかもしれない。乱暴か。

マクロビオティックはおもしろい思想である。この考え方が示唆することは、「病気にならなければ何を食べてもよい」という考えは間違っており(気づかないうちに精神や肉体に影響するから)、「人それぞれに合った適切な食品がある」ということである。自分の状態に合わせた最適な食物を選択することが賢く生きるコツなのだろう。

10.27.2016

神経症と「完全なる人間」

マズローの「完全なる人間」によると、健康人の特徴は次のようになる。
1.現実の優れた認知
2.自己、他人、自然のたかめられた受容
3.たかめられた自発性
4.問題中心性の増大
5.人間関係における独立分離の増大と、プライバシーに対するたかめられた欲求
6.たかめられた自律性と、文化没入に対する抵抗
7.非常に斬新な鑑賞眼と、豊かな情緒反応
8.非常に頻繁に生ずる至高体験
9.人類との一体感の増大
10.変化をとげた(臨床家は改善されたというだろう)対人関係
11.一段と民主化された性格構造
12.非常にたかめられた創造性
13.価値体系における特定の変化
(完全なる人間/A・H・マズロー)
ただマズローによれば、健康人はずっと「動的」な存在であり、上のような静的な定義に収まるものではないという。

驕りかもしれないが、私も神経症の治療を通じて、上のような「健康人」に近づいたな、としみじみ思う。自分がこのような人間になるとは思わなかった。

なんといっても、私は自分を屈折した、病んだ人間、集団に打ち解けず、御しがたく、対人恐怖、神経症であり、アルコール、煙草、薬物……あらゆる中毒にどっぷり漬かった人間だと自分を評価していた。私は自分を「freak」だと思っていたから、まさかそこから逆転して真人間になるなどとは思いもよらなかった。

神経症とはなんだったのか。私の苦しみとは何だったのか。というところに、マズローはこう言っている。
神経症は欠乏の病と見ることができる。したがって、治療のため根本的に必要なことは、欠けているものを与えるか、それとも、患者が自分でこれをみたすことができるようにすることである。これらの供給は、他人から生ずるものであるから、通常の療法は、対人的なものでなければならない。(同書)
神経症はある欠乏に対する反応である。もちろん、どんな人間であっても欠乏は生じる。だからといってだれしもが神経症者になるわけではない。困難や渇望を感じたときに、なぜ神経症となるのか?という問いに対しては、森田ダイセンセイは「ヒポコンドリー性基調仮説」のようなものを掲げている。

つまり、遺伝的に、あるいは胎内とか、産後しばらくの時期、「神経症的な性質」が作り上げられる。この要素は、一生変わることがない。

これはスーザン・ケインも指摘していることで、たとえば赤ん坊は無垢な状態で生まれるのではなく、その段階ですでに「個性」を持っている。少なくとも、外的刺激に対する反応性は画一ではない。

産後数日の胎児を見てみよう。森田センセーの言う「ヒポコンドリー基調」の子どもは、すこしの外的刺激で泣き出してしまう。ところが外向的性質をもった子どもはケロッとして、刺激に笑い出しさえする。

だから「三つ子の魂百まで」というけど、人格の大部分は生来的なものであり、この神経症的性向はほとんどuncontrollableということになる。

極端に鋭敏な神経を持った、神経症素因の人間がどうして神経症を発症するのか。神経症のもつ「意味」とはなんなのか。それは病的で無価値な反復なのだろうか。というところで、次のような記述を見つけた。
何人かの分析者、とりわけフロムやホーナイには、神経症でさえ、成長、発達の完成、人間における可能性の実現へと向かう衝動の、歪められた姿と考えないと、理解できないことがわかってきた。(同書)
歪められているにせよ、神経症は「生長」への衝動の形、と考えることもできるのだろう。

つまり、神経症というのは「病的」なプロセスではなく、反対に「健康」へ向かうためのものだったということだ。このことは、例えば風邪による発熱や咳、鼻水が、胎内の異常に対する免疫反応であり、健康へ向かうためのものであることと同様である。

以上をまとめてみると、私は神経症によって健康人になった、と言うことができると思う。
だれに人気があるのか、若者にとって近所の紳士気取りの俗物、カントリークラブの連中となら人気のない方がましである。なにに対して適応するというのか。堕落した文化に対してであるか。支配的な親に対してであるか、よく適応した奴隷をどう考えたらよいのか。よく適応した囚人はどうか。行動問題児でさえ、寛容の精神で見直されている。なぜ非行を犯すのだろうか。大部分は病的な動機からである。だが、ときにはよい動機から出ることもあり、この場合、少年は搾取、支配、無視、屈辱、蔑視に対して抵抗しているに過ぎないのである。(同書)
とあり、マズロー節だなあと。おもしろい良い本に出会った。まだ半分も読んでないが……。




10.25.2016

困学の人

健康とは、こういうことなのか、と思うことしきり。

これまでの私は、ひどい病気にかかっていた。毒物ばかりを摂って、精神・肉体が疲弊しきっていた。まちがった考え方をしていた。

まあそれを学べたのは良いことだけど、これまでの人生は何だったのか?となる。

孔子の言葉で、「孔子曰、生而知之者、上也。學而知之者、次也。困而學之、又其次也。困而不學、民斯爲下矣。」とある。生まれながら知っている人が最上であり、学んで知る人は次に良い。困って学ぶ人は、その次である。困ってなお学ばない人は、最低の人間である。

私は困って学んだわけだが、「困学」のないまま生きてきたら……と思うとぞっとする。それにしても、たぶんSなどは「生而知之者」であり、生まれ育った環境で、何も疑うことなく生きてきたのだと思う。

生きて行く上でほんとうに大切な智慧、というか、基盤となる智慧とは、愛情とか、自尊心とか、自立心とか、そういった感情であり、これが全人格をほとんど規定するのではないかと思う。これらの感情がきちんと育まれるかどうかは、ほとんど家庭に依るだろう。

愛情なく育った人間は、自分が何をしたいのかわからず、「だれかの目」に従って生きることになる。常に受験エリートになることを強要された人は、社会人として独立してもエリートを志向し、親に都合のよい人間を演じてきた人は、悪い人間につけこまれ、利用されて破滅することがある。

どのように生きてみても、こういう人間は不幸であるよう運命づけられる。エリートになっても空虚だし、形式的に友達が増えても、孤独であったりする。自分がほんとうにしたいことをしていないから、当然のことだ。

ある瞬間に、彼がおそろしい絶望感に全人的に襲われるときがくる(「底つき体験」)。そのときはじめて治療の準備が整うのだろう。この瞬間、親を含めて、自分を道具的に利用してきた人間に対する「NO」を突きつけることになる。ここで精神的な脱皮とも言える現象が起きる。すなわち、自分がだれにも支配されない、独立した存在であることを学ぶのである。いわば十代の反抗期の再体験というわけだ。

自分を道具のように利用してきた人間に対する「決別」、「脱依存」によって、ひとはほんとうに目を覚ますことができる。

この世に悪が存在するとすれば、やはり人間を「モノ」のように扱うことだろう。他者を尊重せず、感情を労らない人間は、死後地獄へ行くことは間違いない。こういう人間は、人間の姿をしていても、精神的には下等動物に近い。

そういう人間に悩まされることは、自分の人生に不要だということを、学び、次には、そういう人間を見分けるしっかりとした目を持たなければならない。この世には、善人の顔をした悪人がおり、またその逆もある。そこが生のおもしろいところでもある。

また説教臭くなったが、仕事の時間が近づいたのでここまで。

10.23.2016

性依存とおじさん

考えてみると、私は「性依存症」だったのかもしれない。今日気づいた。

魅力的な女性を見ると、性交したくなる……ということは、男であれば正常な反応だと思う。ただ私の場合、これが度を越していた。女性をそういった行為の対象としてばかり、見ていた。親しくなった女性が家に来たら、必ず性交を強要した。性交できないと、怒ったような態度を取ることがあった。単なるデートであっても、頻繁に身体を触るような真似をした。

ただ単に、私の性欲が強いということが言えるのかもしれないが、それ以上に、強迫的に性交を求めるようなところがあった。私は、セックスが「友人」と「恋人」の境だと考えていた。だから、親密な関係の証は、性交にあるのだと考えていた。

それでいて、内面の繋がりができることは、とても恐れていた。私は孤独を固守した。私が読んでいる本だとか、思想のことを、恋人に打ち明けることはしなかった。神経症だとか、両親が離婚していることも、相手に伝えることはしない。私が何を考えているかも、伝えない。ただ、セックスというゴールに向けて、酒を飲ませたり、笑わせたり、ということだけ。

私は自分のことをまるで相手に伝えられないでいたから、肉体的にだけは繋がりたかったのかもしれない。もっとも、女性からすればそれは単なるエゴだろう。セックスしたいだけなら、風俗でもいけばいい。私の身体を、慰みに使うな……というところだと思う。

でも、私は心と、愛情を求めていた。これはほんとうだ。でも、どうしても、うまくいかなかった。

Jasmine Le Nozac'h
そういうわけで、私が女性と長続きしなかったのは、半ば強要であるセックスと、頑なな心にあったのだと思う。上記のことは、とても書きづらいことなのだが、この際だから書いてしまおう。

もっと書きづらいことは、自慰をかなりの頻度でしていたということである。大学時代は一日だいたい二回はしていた。そのおかげで、慢性的な疲労に悩まされていた。私は女性と性交する機会があまりなかったから、セックス依存というよりは、自慰依存症と言ってもいいかもしれない。

セックスは、どのような形であれ、男性の女性に対する攻撃だ、と読んだことがある。私の心のなかに、女性に対する深い憎悪と不信があるのだと思う。考えられるエピソードは、たくさん……。私を攻撃する女性の顔を、たくさん思い浮かべることができる。私は、いまは女性にとても愛されているのだが、思春期の頃に、同じ学校の女性に攻撃されていた時期があった。

でも、やはり、私の母親が、愛情を十分に注がなかったことが、この性依存のもっとも深い原因だと思う。愛情を渇望していた。「私は愛されるに値するのか」と、つねに葛藤していた。

しかし、私が自分の女性への接し方が「異常」だとは、これまで気づかなかった。恋人同士がセックスするのは当たり前のことだ、と思っていた。だから女性が私に別れを告げても、よく理由が飲み込めなかった。そもそも、女性と心が通じることがほとんどなかったのだが。

私はこの性依存のおかげで、どれだけの魅力的な女性と別れてきたかわからない。すばらしい女性たちばかりだったのに、私が肉体ばかり求めるおかげで、ついには愛想を尽かされてしまう。女性が心を開いても、私は心を頑なに閉じ、手ひどいことをしてきた。私は女性を恐れていたし、女性に怒ってもいた。何より、母親に怒っていたのだと思う。「母の呪い」は本当に強固だった。私の人生が、めちゃくちゃになるところだった。

気づけてよかった。



フランスの画家、Jasmine Le Nozac'hが最近気になっている。1970年生まれ。

10.22.2016

カフェイン断ちに励むおじさん

ここのところカフェインフリーの生活をしている。

平均的な私の一日は、こうだった。朝食後に一杯のコーヒー。仕事中、眠たければエナジードリンク。昼休み、仮眠をとってから一杯のコーヒー。夕方、やっかいな仕事が残っていればコーヒー。仕事終わり、読書前にコーヒー。

というわけで、一日最大で四杯のコーヒー+エナジードリンクを飲んでいた。冷静に考えると、かなり量は多かったようである。だいたい300mg~500mgの量かな。

カフェインについて特にネガティブ・イメージがなかったため、抵抗なく摂取を続けていた。カフェインは中高生ぐらいの時期から飲み始めた。受験の時期は、ジョッキのようなマグカップでコーヒーを飲みつづけるなどバカげたことをしていた。

ただ、冷静に考えてみると、不安感を増強するカフェインが、神経症の私にとって毒にならないはずはない。はずはないのだが、コーヒーを飲まなければやる気が出ないし、あのコーヒーを飲んでから課題に取り組むときの集中力、万能感や陶酔感に完全に魅了されていた(こう書くとアッパー系のドラッグのようだな)。

それでたぶん十数年、毎日せっせとコーヒーを飲んでいた。特に事情がない限り、毎日コーヒーを飲んでいたと思う。というのも、飲まない日があると焦燥感に襲われるからである。なんだか具合が悪い、そういえばコーヒーを飲んでいなかった。そうして、コーヒーを啜ると、神経が鋭敏になり、脳が覚醒していくような感覚になった。身体が軽くなって、頭のなかでいろんなアイデアがくっついていく感じ。今考えると、この恍惚とした感じは、ほんとうにドラッグそのものだと思う。このブログの記事も、何百もあるけれど、99%はコーヒーとともに書いたものである。残りは、アルコールかな。だから少し、ラリったような記事がある。

それで、ポテチ依存、白糖依存を断とうとした次に、カフェインを断とうと考えた。

ただ、このカフェイン断ちが、あんがいつらいもので……。カフェインを断って二十四時間くらいから、前頭部に鈍痛。頭痛があるとは聞いていたから、すぐ治まると思っていた。

それで、咳や熱も出てきたから、不思議に思っていたら、風邪を引いてしまったようだった。体温は38℃を超える。のどのひどい痛み、寒気、そして頭痛。たぶん風邪と、カフェイン断ちが合わさって、かつてない頭痛の苦しみだった。

この風邪に数日間、苦しめられた。いまは熱が下がっているが、37℃付近の微熱であり、咽頭炎と頭痛が続いている。

酒を辞める離脱症状はほとんどなかったが、カフェイン断ちの方がきついとは思わなかった。まあ、たまたま風邪という要素が絡んだせいかもしれないが。

身体がある変化にさらされるとき、システムが脆弱になるのであり、そこに風邪のウィルスが入ってきたと考えることはできると思う。毒でも、日常的に摂取していればそれに身体が順応するわけで……「糖分は?」「カフェインは?」「アルコールは?」と細胞が渇望しているような状態か。

精神的には、数日でだいぶ改善した。夜、しっかり眠れる。朝の目覚めがよい。仕事にも、フラットな集中力が持続する。以前はコーヒーを飲めば集中力がぐんとあがるのだが、すぐにガス欠してしまった。それを繰りかえした。その山と谷がなくなって、安定して仕事に集中できるようになった。結果的には、仕事の能率はあがっているのではないかと思う。

カフェインによる妙な切迫感、不安感が、そのまま対人恐怖症にリンクしていることを知った。私はもうだれかとコミュニケーションをとるときに、不必要に緊張したりしないし……なんというか、大柄な草食動物になったように、のんびりと、自然と会話ができる。コーヒーを飲んでいたときは、小刻みにふるえる小動物のように、ちょろちょろと動き回り、少しの失敗があると逃げだしていたように思う。

最近、酒を断って、カフェインを断って、いろいろ依存の鎖を切る試みをしているのだけど、ひとつ切るたびに「こんなに自由なのか」と驚いてしまう。依存とは、自己の欠乏感からくるのだろう。これを埋めるために、なにかで穴埋めしようとする。この欠乏感がなくなれば、もう何もなしでも、快適なのである。

まあ対人恐怖にせよ、神経症にせよ、不安症にコーヒーは御法度と言えるだろうと思う。

食事に関してはほとんどあらゆるものを断っている。

獣肉、カフェイン、糖、酒、ポテチ……。こう並べるとわずかだが、スーパーへ行くと、買う物がまるでないことに驚く。だから私の食生活は、ご飯と味噌汁、穀物の類、野菜、たまの卵や魚介といった具合である。とくに、納豆は毎日摂るようにしている。安いし、飽きないし、身体に良い。

私はべつに、長寿を目指しているわけではなく、精神的な安定を目指しており、その意味では上記の禁欲的な食事はベターだと思う。これが、長寿を目指すとなると難しくなる。100歳超の高齢者が、健康の秘訣は「肉を食べること」「煙草を吸うこと」と一般的な通念と反することを言うことがある。100歳まで生きることと(量)、精神的な安定を目指すこと(質)はまた違うということだろう。

「食事は文化」と言われるとおり、われわれがイルカを食べようが、隣国が犬を食らおうが、それは否定されるべきものではないとされている。それは「自由」であり、侵害されるべきではない、と。大麻や酒を批判することは許されても、砂糖や酒を批判することは一種のタブーとされている。肉をしっかり食べる女性はときに賞賛される。

しかし思った以上に日常に「毒」は潜んでいるのだな、とおどろくばかり。カフェインだって、自発的に調べようと思うまではネガティブイメージがほとんどなかった。むしろ、コーヒーを習慣的に飲むことは健康的であり、成熟した大人の習慣だと……。小さい頃からからテレビ広告にさらされていると、こういう効果があるのだろうか。

コーヒーを飲まずに何かを書くのは、妙な気分だ……。もう少しカフェイン断ちを続けてみよう。

10.17.2016

ポテチに依存するおじさん

ここのところ、生活がまた「悪く」なっていた。酒や煙草は辞めたが、また別のものに依存してしまっていた。それは「ポテトチップス」と「コーラ」である。

精神的に大変不安定だったときは、ほとんどみそ汁と納豆とご飯のみ、という生活をしていた。それで満足していたのだが、精神的な緊張から解放されると、糖分や油を求めるようになった。

砂糖の害悪については、いまや広く知られている。「砂糖」は、実はアメリカが覇権を握ることになった最大の要因だった。大航海時代において、最大の資本をもった勝ち組は二種類。タバコ農家と、砂糖農家だった。しかし隆盛を極めたのは砂糖農家の方であった。
「タバコ貴族」という言葉がある。ヴァージニアなどのタバコのプランターがいかに豊かだったかを示す証拠である。彼らは植民地においてイギリスのジェントルマン階級を真似た生活様式を維持し、名士として活動した。しかし、タバコ・プランターたちが「貴族的」であったというなら、カリブ海の砂糖プランターたちは「王様」であった。じっさい、イギリス西南部で、不在化してイギリスに住み着いていた砂糖プランターの馬車とすれちがった国王ジョージ三世は、そのあまりの豪華さに憤慨して、「関税はどうした、関税は」と首相ピットをなじったというエピソードも残っている。(「世界システム論講義」川北稔)
アメリカの発展は、「砂糖」と「奴隷」の両輪で成し遂げられた、というのが川北氏の云いである。我々日本人は、そういう国に負けたのである(この本は、ときどき痛烈に英米を皮肉るのでおもしろい)。

煙草にせよ、砂糖にせよ、阿片にせよ――ひとを依存させるものは、強烈な影響力をもつ。ときにその影響力が、歴史を左右することもある。

依存性のある食品を扱う産業は強力であって、ほとんど盤石と言っていい資本力を持っている。たとえば国内の食品産業を売上高で並べてみると、JT、キリン、アサヒ、サントリーと並ぶ。さらに高順位にはヤマザキパンや、コカ・コーラがある。こういう産業は、市民を依存させることで成り立っている。

ところで、私は昨日、依存とは隷属であるというようなことを書いた。奴隷的な人間は、主人を「求めている」。奴隷は主人がいないと安心できないのである。そういうひとが、主人の代替としていろんなものに依存していく。

砂糖の快楽に溺れる人が、糖尿病になり、薬なしでは生きていけない体になる。そうなると、この人は砂糖に依存し、薬に依存して生きていくことになる。製薬企業としても、砂糖ビジネスの企業としても、たいへんありがたい存在であることには違いない。

アルコール中毒から肝硬変になり、塩分中毒から高血圧になり、油分中毒から高脂血症になり、ニコチン中毒から肺がんやCOPDになる。あるいは、「他人中毒」によって不安障害を抱える。

不思議なことに、「依存」はかならず種々の病気を生むようである。しかも慢性的な……。そうしてその依存は、二次的に製薬企業を儲けさせるようである。糖尿病、肝硬変、高血圧、高脂血症、がん、精神疾患……いずれも製薬企業(というか医療産業)にとっては「ドル箱」のような領域である。依存の状態が、奴隷的であるというのはそういうことである。

一次の慰めにと思って嗜んだものが、身を滅ぼし、さらなる依存へと導かれる。人は次第に不自由になり、不健康になり、身動きがとれなくなる。仏教では、あらゆる執着(しゅうじゃく)から離れよと解かれるのだが、こういう依存から離れ、独立して生きていくことが必要なのだと私は考える。

私自身を振り返ってみると、ここのところ毎日ポテチとコーラを摂取しており……まあ、酒を飲むよりはよいだろうと考えていたのだが……結局これも依存なのだろうと思った。どうも、ポテチを食べるようになってから、精神的に降下したような気分なのである。仕事中疲れやすいし、注意が散漫になる。今日も、職場で不用意な発言をしてしまって、同僚に不快な思いをさせてしまった……。

私は関心をもっていても、特定の宗教にいれこむことはないのだが、やはり人智の及ばぬ「魂」のようなものはあると考えている。そうしてそれは、高みに昇って雲を突きぬけることもあるし、だらしなく地べたでふやけていることもあるのだと思う。

そうなると、魂をしっかりと正すにはどうすればよいかということになる。私は酒や煙草をやめてから、だいぶマシになったと思う。つぎに自慰への依存をやめて、ほんとうにこれは効果があると思った。「霊性が高まる」のである。これは、神秘主義的な表現だけど、こう表現するのがぴったりなのである。

それで次には、ポテチ、コーラ依存を脱しようと努力してみようと思った。しかしまあ、ふつうの人は何ら依存せずに生きているようであって、そのことが不思議である。私の周りのひとは、酒にもたばこにも依存せず、という人がいる。そういう人はやはり人格的に優れていることが多い。ただそういう人でもやっぱり、仕事中毒だったりするのだが……。

依存=隷属を完璧に断つことは難しい。われわれは多かれ少なかれ、隷属しているのである。国家であったり、会社であったり、家庭だったり……。健康とは、独立であり、主人的であることだと思う。俗世にあってこれを達成するのは大変難しい。

あとはカフェインも断とうかな、と考えている。不健全な状態にあるから、目が覚めないのである。魂が健康であれば、ことさらカフェインで目覚めさせる必要もないはずだ。

さて……ここまでして私は何になろうとしているのか。しまいにはあらゆる食べ物を断って、仙人にでもなるというのか。私は、なんら高尚な要求を持っていない。最近は、飛躍した目標を持つことがなくなった。いまでは「楽しく暮らしたい」と考えているだけの、ただの小市民である。

ただ、この「楽しく暮らす」ということが難しい。健康であり、明朗であり、目が開かれており、死や苦痛を恐れず、困難を克服し、日々を充実させて生きる。そんなことはフィクションの中だけで可能だ、とふつう思われているが……。霊性を高めるとは、こういう領域を目指すことである。

最近、意外だったのは仏教は「楽しく暮らす」ことを目標としていることである。つまり、何かに依存することは楽しくないのである。欲情にかられて女を抱いても虚しいし、豪華な食事をしてみてもむなしい。高級車を買っても満たされない。本当に楽しいことは、知識を得たり、他人のために尽くしたり、おだやかに自然のなかで暮らすことだったりする。そういう、ある意味であたりまえのことを仏教は説いているわけだ。この点が、仏教は哲学であり、宗教ではないと言われる所以である(日本の仏教は99%宗教だが)。

私もこの仏教的な方向を目指しているに過ぎない。「楽しく暮らす」には、悟りのようなものが必要なのだと思う。人間というのは、ただ生きるということでも困難ばかりで、やっかいな存在だと思う。

10.16.2016

Coniine

学問的な知識と違って、もっと広く全般的な知識がある。それがどのように身につけられるのかわからない。教育によって身につく、と考えるのが自然だが、宗教的に考えれば「前世」ということになるのかもしれない。

その全般的な知識を身につけているひとは、何が正しく、何が間違っているかを知ることができる。それはニーチェが対比したところの、「よい悪い」と「善悪」の違いと似ている。「人間と人間の間にはひとつの位階秩序があり、したがって道徳と道徳のあいだにもそれが存する(「善悪の彼岸」)」。「よい悪い」と「善悪」の対比は、「主人道徳」と「奴隷道徳」がそれに対応する。

奴隷道徳とは、外から与えられるものであり、不健康さ、無力さ、受動性を肯定するものである。それは文字通り、よき奴隷を生みだすのに役立つ。

ニーチェはキリスト教を批判したけれども、本来的なキリスト教を批判したわけではない。宗教が政治に組み込まれると権力に都合よくゆがめられるというのは往々にしてあることである。そういう都合のいいドグマに、都合よく踊らされているキリスト者が、ニーチェには我慢できなかったのだと思う。国家神道を批判する人があっても、自然宗教としての神道を批判する人がいないのと同じ。

「よい悪い」を基準とする主人道徳は、まず前提に自己肯定がある。「自分は高貴であり、正しい存在」という芯があり、それがゆえに外から与えられる基準は不要である。だから「それは悪い」「それは良い」と、ほとんど無根拠に規定することができる。

ニーチェがソクラテス以前のギリシャ人を好んだのは、この「無根拠さ」にあるのだろう。つまり、ソクラテスはなんでも説明したがるのである。「それは間違っている。なぜなら~」といった風に。プラトンの本を読めばわかるが、まあ恐ろしく理屈っぽい。ほとんど詭弁のようなところもある。

ソフィストたちによって、ソクラテスは「悪い」と断罪された。青少年をたぶらかした罪で、ソクラテスはドクニンジンを飲まされた。それは、現代の価値観からすれば、非合理的ではある。「善悪」の基準からすれば、不当な罪を下した、ということになるのだろう。ただ私は「ソクラテスは死刑に値する」としたアテナイの500人の気持ちがなんとなくわかる気がする。それは「論破されたことの逆恨み」というよりも、やはりソクラテスは若者を論理の力によって、「よくない」方向へ導こうとしていた、と考えることができるからである。

論理は道具であるのだが、しだいに人間が論理の道具になっていく。無根拠の「良い」「悪い」は、論理的判断によって隅に追いやられてしまう。そうなると、無根拠の自己肯定もなくなっていく。ひとは主人的状態から、奴隷的状態に陥ってしまう。

現代においてもプラトンの影響は根強いのであって、「私はそれをする、それが良いと思われるから」というような、主人的な考え方ができる人は少数だと思われる。我々はふつう、何をするにしても「私はそれをする、なぜなら~~」と理由づけていると思う。これが理性主義である。

神経症者は、つねに後者の原理によって行動する。合理的、打算的なのである。たとえば私が高校生のとき、野球部の友人が高卒で働くことになったのを知ったときに、「あれほど大変な練習をしたにも関わらず、結局はなんの意味もなかったではないか」という風なことを別の友人に話したことがある。しかし少なくとも高校生活では、彼の方がずっと幸福な人生を歩んでいたのである。

このような合理的な判断をする神経症者だが、その症状はというと、反対にきわめて非合理的である。一度ガスの元栓を閉めたのに、仕事中にそれが気になってふたたび確認してしまう。ばい菌などほとんどいないだろうに、何度も手を洗ってしまう。

この非合理的行動は、「奴隷的自我」によって抑えつけられた、「主人的自我」の漏出というふうに考えられなくもないと思う。これは何度か指摘した、神経症者の内的な分裂ということになる。

まあここで上のことを繋げると、理性=奴隷=神経症ということになり、無根拠性=主人=健常者ということになる……少し無理がある気がするが、なんとなく正しいという気もする。

最初に述べたようにある個人が生育して主人的になるか、奴隷的になるか、という問題は、たぶん教育によるものなのだと思う。主人的な人間からは、主人的な人間が生まれ、奴隷的な家庭からは奴隷が生まれる。現代は何人も平等だとされるが、社会的階層は依然分かれているものである。それは単に年収や社会的地位を意味するのではなく、精神的な位階のレベルで。

奴隷的な人間は、つねに何かがないと生きていけない。奴隷は主人を必要とするのである。ただ現代では奴隷も「市民」であるので、残念ながら主人がいるわけではない。だから奴隷は偶像崇拝のように、主人を創造する。それは異性であったり、金だったり、アルコールだったり、上に述べたように「論理」が彼の主人だったりするのだが、ともあれ奴隷はそのようにして自己を満足させる。

神経症者に必要なのは、理性主義の解体ということができるかもしれない。まただいぶ飛躍したが……。

10.13.2016

「私はそれに値しない」

昨日は午後から休みだったのだが、特になにもしなかった。

なにをしてよいかわからず、少し疲労と眠気があったので、スーパーに行ってチョコレートを買い込み、それをひたすら食べて、あとは寝た。

Sが私の元にきて、去っていってから、私の生活はだいぶ変わったと思う。まあ人間が変わるということがあるのだと思う。

神経症が改善した、対人恐怖が改善した、酒をやめた、煙草をやめた、自慰をやめた、週に一回はシャンプーするようになった、香水を買った、コンタクトレンズを買った、高級カメラを買った……。



これまでの私はこの逆であり酒と淫欲に溺れていたし精神的にもだいぶ屈折していた。

それにシャンプーは身体に悪いと思い(いまでも悪いと思うが)ほとんど湯シャンしかしていなかった。ただ頭から異臭を放つ男などだれも好かないだろうと思い少し高めのシャンプーを買って、それで整えることにした。香水も同様である。

カメラはふたつ買ったが合わせて二〇万円以上した。さすがに良い代物だった。

「私はそれに値しない」という考えが、私をいろいろなものから遠ざけていた。上等な衣服とか、高級品は、私にはそぐわない。……私は身綺麗にしてはならない。装飾してはならない。なにかしたいことがあっても、その道具は与えられてはならない。私の趣味は、金を費やす価値がない。

「私はそれに値しない」という考えが、私の人生から彩りを損なっていたな、と思う。私はその女性に値しない。私は彼の友人のひとりとして値しない。私はその作品の賞賛を受けるに値しない。私は人に好かれる価値はない。私の存在は、他者に受け入れられない。その考え方が凝固して、対人恐怖症を生んだ。

「私はそれに値しない」という教条に、私の人生は支配されていた。いろんな侮辱や罵倒や叱責や暴力に、屈服した。そうでなければどうやって生きていけただろう。あいつはバカだ、キチガイだ、と言われればそのとおりだ、と頷いた。不当な扱いを受けても、嫌な顔ひとつしなかった。肉体と精神の痛みは怒りとなって、心の内にたまっていった。その結果が、自殺願望となって、絶望の底に私を引きずり込んだ。

お前は愛を受けるに値しない。お前は無価値だ。

うーん、おそろしいドグマ……。悪そのもの、生命の破壊、ほんとうの意味での殺人。人のこころを真空にしてしまう。いったいこんなひどい犯罪が、この世にあるだろうか。しかしそれは当たり前のように、いまもひとびとの間に広まっているのである。悪い親、悪い教師、悪い社会によって……。「お前はそれに値しない」と、洗脳のように、再三に繰りかえされる。この世における、もっとも悪い犯罪。

Sが私に教えてくれたことは、「お前には価値があり、それに値する」ということである。不思議なことに、Sが私に見切りをつけ、去っていったあとでも、その持続する効果を保っている(一時期はとても苦しんだが)。

たまに、素顔はとても美人なのに、髪の手入れや身繕いをきちんとしないから、魅力をほとんど損なっている人がいる。こういうひとは、きっと、子どもの頃に「お前はブスだ」「お前に価値はない」と言われ続けて生きてきたのだろう。こうした人は、自分の人生を生きずに、罵倒してきた人々に、人生を奪われている。こういう例は、ほんとうにたくさんある。だれもかれも、自分の人生を生きているわけではない。

サイコパスは、他人を道具化する。他人の道具化、これこそが悪である。強い立場にある人間が、弱い人間に、「お前は愛するに値しない」と言うことがある。自己が十分確立していない人間は、それを信じ込み、「どうすれば愛されるのか」と悩み苦しむ。悪人は、そこにつけこむ。すると、精神の奴隷ができあがる。このように、搾取、掠奪が行われる……。金品や労働力ではなく、人生の搾取である。いろんな社会、学校のグループだとか、会社組織だったり、親子関係において……このような不健全な人間関係は構築されている。弱者は使い捨てにされボロボロにされる。

この世に悪は広まっていて、ますます栄えているようである。それでは悪はどのように是正されなければならないのか。

10.11.2016

世界旅行への疑問

仕事が終わり、駐車場へ向かうと、同僚の女史が車から出てきて、私に「会社を辞めるんですか?」と聞いた。私は今のところその予定はない、と答えた。女史は「海外旅行に行くために、辞めてしまうと噂になっている」と。私は、「以前はその願望が強かったけど、最近ではあまりその気がない」と答えた。



ここ数年くらいずっと、海外に行くことが夢だった。私は生来、好奇心が強い方だったので、いろんなところへ行くのが好きだった。また定住とか、所有があまり好きではないので、「身軽にあちこちへ移動する」ということだけでも楽しいように思われた。それで、バイクによる世界旅行をたくらんでいた。

ただ、最近は旅に出ることに意味があるのかな?と思うことがある。

昨日、天気が良かったのでバイクで出かけた。荒れた細道とか、開けた海岸沿いを走った。それから、だれも通らないような山間の林道で、ウィリー走行の練習をした。それは何時間にも及んだ。だんだん、コツをつかんでいくのが楽しくて仕方がなかった。最初は前輪がぴくりとも浮かなかったのである。それが、今は自分の顔くらいまで前輪があがる。なんどもなんども繰り返した。エンジンが熱をもって、クラッチが焼けるような臭いがした。私も全身汗だくになって、筋肉が痛んだ。でもバイクはこんな風にも操れるのか、と楽しくなって、最後には歌いだしたりした。

ウィリーの練習が楽しい。とはいっても、このような練習にたいした意味があるわけではない。だれかに見せるわけではないし、だれかに褒められるわけではない。金を稼げるわけではないし、女にモテることもない。せいぜい、林道で倒木を乗り越えられるくらい。

しかし、単純に楽しい……こんなに楽しんだのは久しぶりだった。私は自分のしたいことを、ほんとうに久しぶりにしたような気がした。

海外旅行は、少しこうしたニュアンスとは違う。なんだかそれは、理性的な判断のように思われるのである。「俺は何十か国旅した」という事実は、一種の「資格」に近い。飲み会で話せばウケるだろうし、就職活動で役立つかもしれない(社風によるが)。女にも一目置かれるだろう(主にサブカル系の)。大学時代に行った旅行先では、そういった効果を狙って旅行している人が、たしかに多かった。必ずしもその旅を楽しんでいるわけではなかった。

バブル期の家族は、みな強迫的に「レジャー」を楽しんだ、と筒井康隆が書いていた。何時間も渋滞につかまり、わざわざ高い金を払って人のごった返すプールや遊園地やキャンプ場で遊び、そしてまた渋滞につかまりながら帰宅する。なにが彼らを駆り立てるのか?それは「この休日は○○へ行った」という事実なのである。

われわれが、「人に認められたい」「このような人間だと思われたい」と願うエネルギーは、すさまじいものがある。偉い人だとか、聡明だとか、優しい人、まじめ、いろいろあるだろうが、そのように思われたいがために、他人に見栄をはる。嘘をつく。そしてひどいときになると、自分にまで嘘をつく。先の例で言えば、くだらないレジャーで消耗している人間のほとんどは、「ああ、楽しい休日だった」と思っているのである。「自分はこのような人間なのだ」と思うことが、ぜんぜん違っていることがある。自分へのイメージ像が、「こうありたい」と願う自分だったりする。たちの悪い親は、「あなたのためを思っている」と言っても、ほんとうは自分のため、ということがある。

こうした自分への嘘は、無知、愚昧、迷妄であり、結局のところ不幸の原因としかならない。壁にぶちあたって苦しみもがくことができればまだ良いほうで(正しい認識に導かれるから)、一生牢獄のなかのように、世界を皮相的にしか認識することができないまま死ぬひともいる(むしろ多数派かも)。
無知は、空気すら入れない密閉された器のようなものである。魂は、無知の中に閉じ込められた鳥のようである。鳥はさえずることもできず、一本の羽すら動かせない。魂は無言の歌手のように黙々とたたずみ、無知に見切りをつけなければ死んでしまう。(「沈黙の声」ブラヴァツキー)
話が長くなったが、自分はほんとうに海外に出たいのか?と最近は疑問を持っている。もっとも、旅は純粋に魅力的だと思っている。ただ、今の生活を捨ててまでするのか?と考える。今の生活は、案外楽しいのである。

だれも知らないような田舎の小企業、社員も数十人で、あまり学歴の高い人はいないけど、レベルの高い仕事をこなす人や、まじめな人、やさしい人、さまざまおり、そうした人間と深く付き合っていくことと、世界のあちこちを旅行すること、どちらがよい智慧になるのか?ということを考えるのである。いくら海外旅行の経験を積んだひとでも、卑しく、くだらない人間はいる。「世界旅行者」なんて自称して、ただの見栄っぱりだったり、卑俗な楽しみしか知らない人はたくさんいるように思われる。

私の場合はとくに、旅をしたいという感情が強迫的だったと思う。世界中を旅行すれば、自分に箔がつく。いろんな知識、経験を得ることができる……切符の買い方、露店のTシャツの値切り方、安宿で荷物を守る方法、ドラッグ売買人のかわし方……。それに加えて、いろんな形での称賛……「大変だったろう」「すごい決断だね」「勇気があるね」「そんな経験がある人は、ぼくの周りにはいないよ」。しかしそんなものが何になるのかな、と思うこと多々。私は最近まで、ひととろくに心を開いて話すことができなかった。そんな人間が海外へ行って、何になっただろうか。ただ物見遊山して終わりである。

身近なところに世界はあって、宇宙もあるんではないかな、と考える。恋愛なんて特にそうで、たったひとりの女との関係が、宇宙全体を支配するということがある。

ペソアの一言が頭にずっと残っていて、結局これが正しかったのかな、と。
想像すれば、私には見える。わざわざ旅などして、それ以上なにをするというのか。感じるために移動しなければならないのは、想像力が極度に脆弱な人間だけだろう。(「不穏の書、断章」)
もちろん、自分の神経症的な性向が治っているいまだから旅行を楽しめるということはあると思うけど。女史がほとんど泣きそうな顔をしていたし、いろんな人間関係に折り合いがついてもいないので、もう少し待ってみようかな、と思っている。何より、いまの職場は待遇がいいし、少しハードな仕事も、もう慣れ切ってしまって、楽にこなせるのである……。安逸と言えば安逸で、昔の私がいまの自分を見たら、「満足した豚」に見えるのだろうが。


10.09.2016

神経症と愛情

いまになってふり返ってみると、神経症の病因は愛情不足にあるのではないかと思った。神経症の症状は雑多だが、その根底には「不安」がある。ここにいてはいけないのではないか、間違ったふるまいをしているのではないか、危害を加えられるのではないか……といった不安が、神経症者を倒錯した行為へ陥らせる。

この不安はどこからくるのか……というと、「自分は愛されるに値しない」というような感情に由来するのではないかな、と思う。たとえば、両親による愛情が限定的だった場合……。「よく言いつけを守れば」愛される、「勉強ができれば」愛される、というような、親の要求を満たせば愛情が得られる子どもだった場合……、無条件の愛が与えられる健全な家庭の子どもと比べて、「自分は正しいのだろうか」「自分は愛されるだろうか」ということに確信が持てずに、つねに自分の行為を再確認する習性がつく。

ゆえに……病的に手を洗うとか、ガスの元栓を確認するといった行為は、漠然とした不安感が、その行為に凝固されたと言ってもよいのではないかと思う。「人に嫌われたのではないか」と執着する対人恐怖症はより単純である。

ひとくちに「愛情」といっても、子どもにとって両親の愛というのは、生死にかかわる重要なものである。無力で他に頼るもののない子どもにとって、両親の愛が信頼できないことは、そのまま世界が不安定であることを意味する。愛情をそそがれた子どもは世界の認識を確固たるものにし、愛情の不十分な子どもには、世界はなにか危険なものとしてうつる。

神経症者にとって世界は不安と恐怖に満ちている。この価値観形成は、おそらく4,5歳くらいですでに達成されてしまっているのではないかと思う。こういう家庭に育って、ちいさな子どもが「俺をちゃんと愛せ」と両親に諭すことはありえないのだから、子どもが思春期を迎えるまでに、繰りかえし学習されるのだろう。神経症者は「世界は悲惨であり、恐怖と不安に満ちている」という絶望的な価値観を、くりかえし固定化される。

そうして神経症者は思春期頃から、神経症を発症する。それは本人がどう思っていようが、本人の生活を破壊する。

たぶん、ひとは学習されるもの以外に生来の感情というものがあるのだと思う。「親は無条件に子どもを愛するべきだ」という感情。もっといえば、「俺は愛されるべき存在だ」という感情がある。しかしこの感情は、生まれてからずっと否定されてきたものだ。だから、神経症者はこの内的な感情を無意識的に抑圧してしまう。

するとどうなるかと言えば、深刻な心理的な葛藤が生じる。精神のもっとも深いところで、自己が分裂しているような状態だ。その混乱が、神経症のような病的な人格を生み出す。

上記をまとめると、神経症者は幼少期に「世界は絶望的だ」ということを徹底的に学習させられる。そして思春期頃になると「世界に希望はあり、少なくとも絶望ではない」という内的感情が湧きでてくる。すると、世界認識そのものにゆがみが生じる。このぐらつきが、神経症の発症としてあらわれる。

たぶんこのあとには、神経症の克服がなされなければならないのだと思う。つまり、「世界に希望はある」という認識に確信を持つことである。

神経症の克服がたいへんむずかしいのは、世界認識、根本的な価値観をすべてくつがえす必要があるからである。いままで学習させられてきたことを捨て去って、より現実的な世界を認識しなければならない。

これを例えれば、「あなたが普段生活している世界はすべて仮想現実です。あなたはカプセルのなかで眠っていて、夢を見させられている」と言われて、それを信じられるか、というのと同じくらい難しい。いやそこまで難しくないかもしれないが、それと似たような状態に神経症者は置かれている。

「世界は危険に満ちている」「私は愛されない」という認識から、「私はそのままで、愛される」「世界は信頼に足る」という認識に移行することは、ふつうにはできることではない。一種の悟りに似た、膜をやぶるような経験が必要である。

私は患者を入院させ、えんえんと「草むしり」をさせる森田療法が、たしかに有効だと思う。これはたとえば、禅僧が弟子入りすると、何年間も掃除や使いなどの雑用をさせられることと似ている。これは都合良く使われているのではなく、精神修養のひとつなのである。

また、草むしりによって草や土に触れることは、現実認識を確固にする効果があるのではないかと思う。神経症者の世界認識は、基盤を失っているようなところがあるから、地面に触れるということは暗喩的な効果があるのではないかと思う。

話を戻そう。神経症者は愛情が欠乏している。ゆえにつねに深刻な不安をかかえて生活している。この治療にはより現実的な世界認識を持つことが必要である。あとは、両親や家庭が異常ではなかったかどうか、今一度ふり返る必要があるのではないかと思う。


10.07.2016

母のエピソード

アホなおじさんはまたSに連絡をして無視された。学習しないバカだなこのおっさんは。

別れとは他人に戻ることであると思う。男女の関係はそのように清算されなければならない。お互いが無関係になり、ばらばらの方向を向く。恋人は家族と違う。もともとが他人だったのだから、関係が壊れれば、他人に戻るのは自然なことだ。

それなのになんとなく寂しいのだからと連絡をするのは、実に失礼なことだと思う。エゴむき出しで醜い行為だ。エゴむき出しなところが嫌われて別れたのに、また連絡をとろうとするなんて、「私は底抜けのバカです」と伝えるようなものだ。Sは別れる決意をしたのだから、私も腹をくくらねばならない。なにも別れを告げられた私ばかりが被害者なのではない。恋愛においては、喜びも悲しみも痛み分けである。

Sが私と他人になろうと決意するまでには、たいへんな苦しみがあったはずである。私はそのことを察することができずに、Sを失望させ続けた。私は悪い人間だった。Sは私に母親のような慈愛をそそいだが、私はただそれに甘える赤ん坊でしかなかった。



ひきつづき、自分の人格的な問題をどうしようかと考えているのであり、「毒になる親」という有名な本を読んでみた。

この本に書かれているほど、私の親ではひどいものではなかったと思うが、しかし私が「神経症」で「対人恐怖気味」であり、他人とうまく信頼関係を築けないことは、その大部分は親や家庭環境に原因があることには違いない。

もっとも、日本では親の影響はアメリカより絶対的ではなくて、学校環境が大きなウェイトを占めているように思われる。思い出すと、ほんとうに私はろくでもない教師にばかり巡り合った。

私の叔母夫婦、祖父母も教師だが、やはり人格的にすこし歪なところがある。見え透いた偽善、凝り固まった教条主義。日本の学校教育は、たびたび指摘されるように不完全で未成熟であるように思われる。そういった硬直した画一的なシステムに組み込まれれば、教師もゆがんでいくのだろうか。あと、私の職場のサイコパス的傾向のある人間も、教職に転向していた。弱者を利用して自分を満足させたい人間が、教師には多いように思われる。

話が逸れてしまったが、私は自分が神経症である原因を、親に求めることにした。これはたぶん、不当なことではないと思われる。

私の家庭ははっきりした暴力や暴言はないものの、抑圧的な環境だった。私の家庭はたとえば、一家が揃う夕食中に、一切の会話がなかった。みなもくもくと食べ物を口に運ぶのだった。私はそれが嫌でたまらず、中学校くらいから丼に飯をよそい、その上に適当なおかずを乗せ、自室に引きこもって食べるようになった。両親は別に何も言わなかった。

その他のエピソード。私の母親は、分離不安が強かったのではないかと思う。何回か書いたことだが、私の母親は家庭内で孤立していた。祖父母との関係はうまくいっていなかったし、父は祖父母の肩をもった。そうしてふたりいる私の兄は、成長して反抗期を迎え、自立を望んでいた。残る希望は私しかいなかった。私は小さな体で母を背負わねばならなかった。

母親は私を強力に縛り付けようとした。私が自我を持つこと、成熟することを恐れていた。

私は自分の部屋を与えられていた。私はそこで、思春期の少年らしく、小説を書いたり、シュルレアリスムっぽい絵を書いたりしていた。エロ本やたばこや女の子からのラブレターをそこかしこにしまいこんでいた。私は当然、それを見られることを死ぬほど恐れた。しかし母親は、私の部屋に忍び込み、それらを覗き見ているようだった。部屋が汚いと、勝手に掃除したりした。

私はそれを知ると、半狂乱になって怒った。勝手に部屋に入るな、と叫んだ。母はそれにたいして、あいまいな返事しかしなかった。部屋が汚いから、とか、入ってない、と否定したりした。私が我慢の限界を迎えたとき、ドアの前にガムテープと段ボールでバリケードを張ったことがある。しかしそれは、すぐに撤去されてしまった!そうして私の部屋への侵入はやむことがなかったのである。

母は私がどれだけ自分ひとりの世界を望んでいるか、理解しなかった。いや、理解していたからこそ、力ずくに抑制した。私へのプライバシーの侵害は、両親が離婚する高校入学までずっと続いた。

今考えてみても、ほんとうに腹が立つことだった。私の内心は、こう叫んでいた。私の自立は、なぜ妨げられなければならないのか!私は自立してはいけないのか!つねに何を考えているか、何をしたいか、覗き見られなければならないのか?……たしかに、母親は私の自立と成長を拒んでいた。ひとりで生きていけない小さな子どもであるよう、私を縛り付けていた。

まあ子どもの部屋への侵入なんて、ありふれたものだと思うが、私がかなり傷ついたエピソードではある。私はいまでも、私の内面を母にpeepingされているような気がしてぞっとすることがある……(それが視線恐怖傾向の原因かもしれない?)



ここまで書いたところで、Sから返事が来てしまった。

10.05.2016

ここにいて良かったのか

ここにいて良かったのか。

と思うこと、多々。これは不思議な感覚だ。自分が自分でいて良いという感覚。

自分はもう独立しており、だれからも支配されないのであり、足かせは消えて、自由に歩ける。

もし私を傷つけるような人間があらわれれば、「やっつけてやる」と言える心理……不思議な感覚だと思う。

このような感覚、ある意味でひととしてあたり前の、ことさら意識することのない、アプリオリな感覚を私はどこかで見失ってしまっていたようだった。私の居場所は「いま」になかった。わたしは過去に縛られていたし、他人に縛られていた。私はひとから不当に傷つけられても、声をあげなかった。それどころか、私は自分をさらに責めたものだった。私は「いい子」でなければ、生存を認められないような気がしていた。

私は無条件に愛されることがあるのだということを知らなかった。私は、自分が何か才能や長所をもっていたり、他人に有益な作用をもたらすかぎりにおいて、存在が許容されるのだろうと思っていた。私は自然のままでは存在を許されず、お世辞をいったり、金品を渡したり、笑顔をふりまいたり、気の利いたことを言えるのでなければ、他人に愛されることはないのだろうと思っていた。

それだから、私は他人とまったくうまくいかなかった。私にとって、他者はひどい負担だった。つねに道化になって、気を遣わなければならなかった。そうして、私のような「いい子」であろうとする人間には、狡猾で冷酷な人間ばかりが近づいてきた。私の人心を支配し、おもちゃのように弄したり、道具のように利用しようという人間。私はそのとおりに、道具になったりおもちゃになった。そうして、私はなんども「世界はそのようなものだ」と学習し、世界観を固定化したのだった。世界には光がなくて、地獄そのものだった。もちろん同じクラスの別のグループとか、泊まりに行った別の家族とかには、健全で愛に満ちた世界もあったのだろうが、それは並行世界のように私とは無縁だった。それはテレビドラマのように演技と虚偽の世界なのだろうと思った。

今日仕事中に、私の人生において、私を道具のように利用してきた悪魔どものことを考えて、カッカとしてしまった。私のこころを愚弄した人間が許せなかった。「人をおちょくるな!」「俺を舐めるな!」と、怒ってしまった。職場の人間は驚いたと思う。私は自分がかわいそうでならなかった。愛情を知らずに自分を封殺してきた哀れな人間。しかし、怒ってもしょうがないのであった。結局ひとを道具的に扱うひとは、道具的に扱われてきた被害者でもある。

私をだいいちに利用してきたのは、たぶん両親だろう。私は長い間、自分の家族関係をまあまあ正常なものだと思っていた。しかし、いまある程度の観察力をもって考えてみると、とことん愛のない家庭だったと思う。そのような具体例をあげることは、寂しくなることだからやめておこう。異常で、閉鎖的で、救いのない家庭だった。

私は、もう少し自分をいたわろうと思った。そうして、過去に居場所がなかったから、未来につくってあげようと思った。私はずいぶんと自然で、素直なこころになったと思う。だから、だんぜんに生きやすい気分だ。私をまた利用する人間があらわれたら、そのときは「お前の言いなりにはならない」と突っぱねてやるつもりである。

「他人と違って自分には価値がない」──この自分についての感じ方に、私は何十年と悩まされつづけた。自分が他人に相手にしてもらえるためには、自分は他人と違って特別な才能が必要である、他人と違って特別に相手に尽くさなければならない、と心の底で私は感じつづけてきた。自分は他の人と同じようには扱ってもらえないという淋しさ、孤独感が、いつも心の底にあった。神経症からなおりかけてきて、人々は「他の人と同じように自分のことを感じてくれる」と知ったことは、信じられないような驚きであった。(加藤諦三)

10.02.2016

助けを求めること

前に書いた記事で、あれこれ理由を付けているけど、結局性欲が高まっているだけなのですよ、さびしいだけなのですよ、というようなコメントをもらって、確かにそうなのかもしれないと思った。

あれこれ理由をつけてもしょうがない、単刀直入にメッセージを伝えればよい……ということを、私は最近別の事実から知った。Sがいなくなって、自分の人格に失望し、ひどく落ち込んでいたとき、あれこれ方策を考えて、自分の人格の改善を試みたのだった。ただ、さいごには私は、自分の人格を自分で矯正できるものではないことを知った。他人や社会が自分の人格をゆがめたのだから、私はこう言うだけで良かったのだ。「助けてくれ」と。

それで、私は職場の女史にうなぎ弁当をもらい、中年女性の涙をもらい、体力と気力の回復をはたしたのだ。必要なときは、助けを求めなければならないということを私は知った。それだけで良かったのだ。

考えてみると、「助けてくれ」と訴えることが、たいへん難しい社会だと思う。それでいて、助けを求めているひとは、数知れずいるのだと思う。自分で何とかしようと思って、どうにもならない人。キリスト者は神に救いを求める。神のまなざしともに人生を歩むから、独立して生きていける。日本人はキリスト者のような西洋個人主義が浸透していて、それでいて頼りになる「絶対神」もいないから、袋小路のようだと思う。

自殺とはどういうことなのか、考えてみると、これは「自分を殺す」と書くのだが、どちらかといえば「すべての他者を殺す」という意図の方が強いのではないかと思う。他人からしてみれば一人の人間が死んだだけだが、自殺者本人からすれば、自分以外のすべてを殺す行為に等しい。自殺志願者は、自分の弱さや過ちを理由にして死んでいくのだが、ほんとうのところは、弱い自分を受け入れてくれない社会に絶望して、というか憎悪を溜めこんで、究極の傷害行為に及ぶのだと思う。

子どもの自殺はまたニュアンスが違ってくる。いじめを苦にして死ぬ場合、「だれだれにいじめられたので死ぬ」と遺書に書いていたりする。つまり苦しみから逃れられないから死ぬというよりも、自分の死をもってして、いじめっ子たちの一生を台無しにしてやろうというような復讐心が見えるときがある。

同じ自殺であっても、大人よりも子どもの方がずっと素直だ。つまり自分が憎悪の感情を持っていることを、理解しているのである。一般に自殺する人間は、そもそも憎悪を認知していないことがあり、生活苦だとか、事業の失敗とか、いろいろあるけれども、そういった事柄から通じて見えてくるのは、他者や社会に対する憎悪である。

憎悪や憤怒は身を滅ぼす、ということが、ここでも言えると思う。仏教でもさんざん怒りを持つなと説いている。それでは耐えがたい出来事が起きたときにわれわれはどうすればよいのか。これはもう、悲しむしかない。怒って他人を批判しても、しょうがない。耐えがたい出来事が起こった。そうしたら、もう、ぶっ倒れればよいのだと思う。道ばたで、だれかが倒れてたら助けるでしょう。だから、もう他人や社会を信頼して、ぶっ倒れるしかない。会社が嫌だったら、携帯の電源を切って寝てしまう。学校が嫌なら、もう親になんと言われようと学校へ行かない。そうすれば絶対にだれかが助けてくれるわけだ。まあ、だれかが助けてくれなくても、つっぷして寝っ転がっていれば、なんとなく気分が晴れてくる。

自殺傾向のある人は、この行為ができないで、他人に助けを求めてはならない、と意固地になる。「助けてくれ」と言うこと、たったこれだけのことが、できないで、破滅に向かう。意固地になって過労死するまで働いてみたりする。「こんなにボロボロになっているだろ、助けてくれ」という境地である。そんなことは必要なくて、「もうしんどいので、助けてくれ」と言えばいいのに。ほとんど確実に、自殺傾向のひとは、過去にトラウマがあるに違いない。それは、「助けを求めたが、無視された」とか、「弱さにつけこまれて利用された」とか、そういう経験が繰り返され、他者や社会に対する拒絶感が学習される。

そういうわけで、なんでもひとりで抱え込んで物事に対処しようとする。よく「鬱病のひとは責任感がある」などと言うことがあるけど、この責任感は病的なもので、あまりほめられたものではないと思う。社会は不寛容で攻撃的で、生は苦しみだ、というようなスティグマが、鬱病の人間を自殺に追い込むのだと思う。

もはや自分のことなど、だれも助けてくれないのだ、と鬱病の人間は思うかもしれないが、そう思うのであれば、少しひとの多いところへいって、「あっ」と叫んで倒れてみればいいのだと思う。みんな、一生懸命になってあなたを助けてくれるでしょう。どうしたのか、どこが痛むのか、いま救急車を呼ぶぞ、しっかりしろ、もう少しだ、がんばれ、と声をかけてくれるはずだ。

私もずいぶん意固地になって生きてきたけれども、他人に救いを求めてよいのだ、ということを知って、人生がすこし明るくなってきたと思う。

鬱病のひとを批判するようなことを書いたが、私もずっと似たような考えをしていた。私も自分のことはだれも助けてくれないと思っていたし、そもそも自分は十分に強いのであり、助けなど不要だと思っていた。そうして自分に怒りや憎悪の感情が蓄積していることに、自覚がなかった。

「助けてくれ」というメッセージが、加害感情や怨恨の形をとったりするから、厄介だ。自分が本当に何をしたいと思っているのか、何を求めているのか、これを知ることは、本当に難しい。完全にできている人などいないだろう。しかし地道な努力をして、聞き取る努力をしなければいけない。

一度、本当の愛情に触れてみないと、こういったことはわからないことなのかもしれない。私のがんじがらめになった精神をほどいてくれたのは、まぎれもなくSである。……元気かな、Sは。

9.29.2016

性欲とおじさん

精神的に「健康」になって、物欲や食欲を取り戻すと、それとおなじように性欲も高まってきて、これをどうしたものかと悩んでいる。昨日などは、ほとんど暴走しそうなエネルギーをもてあまして、深夜の繁華街(田舎なので大したことはないが)まで行き、えんえん歩くということで発散させた。

もうずっと禁欲生活をしているのだが、たとえば肉を食べた翌日とか、精神的・肉体的なストレスが溜まっているときに、途方もない性欲に襲われることがある。

こういうときは、きまって同時に喫煙欲求や、飲酒欲求にも襲われる。ようは、子どもがえりというか、甘えられるもの、自分を充足させるものに対する欲求が、全体的に高まっている状態と言えるだろう。喫煙はよく乳首を吸うことの代償的行為だといわれるが、そのとおりだと思う。喫煙が乳首を吸うことであれば、酒を飲むことは乳汁を飲むことである。そうした授乳に対する衝動と、女と交接したいという欲求は、同根と言ってもいいと思う。

それはたんにマザー・コンプレックス的な要求というよりも、もっと抽象的には、自己と他者との溶融を望む、絶望的な試みだと言ってもいい。原初、ひとはだれしも母胎と一体だった。産み落とされてもしばらくは、母親が世界そのものであり、そこには他者も、自己自身でさえも、存在しなかった。飲酒や喫煙、あるいはセックスへの「依存」というのは、たんに自己と母親の溶融願望を意味するのではなく、「自己存在以前への回帰」を要求していると考えてよいのかもしれない。自己存在というか、もっと適切には、自他分離以前というべきか?

メタファーとしては、天地が分かれる前というか、言語のような抽象概念以前というか、そういう未分化の状態への回帰を望む心情が、アルコール依存や、セックス依存の根本的な精神状態なのかもしれない。まあ女性のセックス依存となると話は違うだろうが……。

少なからぬ精神異常者が、女陰から膣を通り、子宮に還りたいと望んでいるらしい。たしか、「唯幻論」の岸田秀はそのような願望を持っていたと書いていたと思う。私は直接にそのような衝動にかられたことはないが、たぶんひとはだれでも子宮回帰を望む心理を持っているのだと思う。母親との分離がうまくいかなかった神経症患者などは、とくにその傾向が強いということだろう。

性欲は、生きることと切り離せない。生きている人間で、性欲を持たない人間は、ありえない(一般論的に)。では性欲をどう満たしていくのか?世間一般では、適度な自慰で発散させよ、とある。現代では、ときに小中学校でさえも、自慰は悪いことではないと教えられる。これが性犯罪の予防を狙った大衆向けの公益的な教えであることは違いない。ある程度知性のある人は、そのような習慣が悪影響を及ぼすことを知っていると思う。精は漏らすべきではないし、自慰行為は不浄であり、あたり前だが、褒められたことではない。

それでは、セックスによって性欲を解消することが、ただしい答えなのだろうか。当然ながら性欲とは異性に向かう衝動であり、一見それがゴールのように思われる。性欲が子孫繁栄、自己の繁殖率を他者よりも高める目的をもっているならば、多くの女性とセックスすることが終着点のように思われる。実際、男性の権力欲や金銭欲は、ほとんど「多くの女性との交合」ということで説明できる。

ただ私の最近の考えでは、性欲はそれ単体で欲望そのものから切り離せるものではないように思う。先に述べたように、性欲が昂ぶるときには、飲酒や喫煙の要求も伴うのであり、ひとつ根底に内的衝動のようなものがあると思われる。性欲によって女を獲得したとしても、あまり満たされない気持ちがするのはそのせいである。性欲イコール性交への願望とは私にはどうも考えられない。その説明として、さきほど自他分離以前への回帰願望といった言葉を持ち出した。回帰願望は、絶望的な試みであり、欲望の間違った方向であり、ここに陥ると、性欲が単なる交接への願望、幼稚で低次元の要求へと変貌してしまうらしい。ちょっとややこしくなって、わかりづらい説明になった。

性欲とは、生の衝動そのものであり、食欲とか、他の欲求と切り離せるものではない。故にその衝動を、交接で満たすことはできない。自慰はより一層間違っている。私はニーチェの言う「力への意志」が、それぞれの欲求を総合する言葉として正しいのではないかと思う。これはフロイトの快楽原則と逆である。よく広まっているマズローの稚拙な欲求段階説にも反する。心理学者としてのニーチェの後継は、アドラーということになるが……。

今日は知人の女性と会ってくる。ちょっとしたことで知り合った、二十歳そこそこの女。

9.26.2016

記録

昨日

朝、起きて、だいぶ自分が快復していることを知った。というのも、朝ご飯を食べようという気になるし、多少脂っこいものであっても食べてやろうという気になったのである。

食欲と同様に、物欲もわいてきて、一眼レフを買おうか、高級コンパクトカメラを買おうか、さんざん悩んで、朝から悩んでいるうちに、自分が驚くほど快復していることに気づいた。土曜日にもらったうなぎ弁当が良かったのかもしれない。私は明るく、活発になった。

ここ一週間ほどは、絶望に悩み、もう絶望がほとんど私を殺しかねないほどだった。私の体重はみるみる減っていったし、職場においても勝手に涙がこぼれてくるような、いささか異常な状態だった。そのあいだ、時間さえあれば、ほとんど強迫的に読書を続けていた。心理学とか、宗教とか、哲学に関する本を、起きている間はひたすらに読み続けるのだった。それが、「もうどうにもならない」ということを知った翌日には、回復したのだから、おもしろいことだ。

昼になると、バイクに乗って林道の先の広場でウィリーの練習をした。あまり上達することはできなかった。雨が降ってきたので帰った。そのあと、図書館へ行った。日本仏教に関する本を読んで、あとはデュルケームを少し読んだ。あまりに空腹になったので、弁当を買った。ちいさなハンバーグが入っていたが、気にせず食べることにした。久しぶりの牛肉だが、おいしいとは感じなかった。夜になっても、元気だった。図書館にいても、あまり読書しようという気にならないので、ノートパソコンを開いて、またカメラの検討をしていた。

家に帰ると、食事をした。ピザを半分と、牡蠣フライを食べた。そのあと、風呂のなかでヘッセを読んだ。最近ネットで、ヘッセが人格障害者のひとりとして数えられているのを見て、すこしぎょっとした。躁鬱病であることは間違いないだろうが、あまり人格障害という気はしていなかった。しかし私はあらゆる小説家のなかでヘッセがもっとも好きであり、人格的に共通するものがあるのかもしれない。最近は、成熟してまっすぐ育った人間など、例外的なのだと何となく考えている。

夜、二十二時頃就寝。寝る前に、中古で15000円の一眼レフのレンズキットを衝動買いしそうになる。だが、やめた。

今日

朝起きても、まだ気分は良い。仕事に行った。休み明けの仕事は、少し緊張した。別段、ひさしぶりということもないのだが。なんだか気分的に脱皮したような感じだったので、何もかもが新鮮だった(車の運転でさえも)。

ただ、ひととの関係構築はあいかわらず難しいな、と思う。仕事はほとんど慣れて、無意識的に行動できるから楽だ。ただ、人間関係だけは容易にはいかない。

別の部署のひとが辞めるらしい。その部署は、私が自己愛性人格障害と認めている女性がいる部署であり、ここだけは人がコロコロ変わっている。昨日スーパーへ行ったとき、そのジコアイさんがいるのを認めた。私は驚いて、棚のあいだからちらっと確認しただけで、逃げたのだが。友人と一緒であり、いつもの嘘くさい笑い声をあげていた。この人の笑い声は、不自然だ。この人の笑い声は、「私は幸福なの」「私の人生は充実している」と、自分にも他者にも認めさせたいというような意図を感じる。言うまでもなく、そういう笑い方をする人間は、不幸なのである。

辞める人は、最近入社して、私がよく面倒を見ていた。面倒を見るといっても、私より年上なのだが、すこし虚勢を張った、気の強い感じのする中年女性だった。このひとは、ジコアイさんにすぐ潰されるだろうと思った。

「克服不可能な存在」があるのであり、ひとの心が、少なくとも今の段階では修正不可能、ということがある。気の強い人は、そういうことが分からない。私が正しいのだから、私は認められなければならない、私が正しいことを忠告すれば、ひとは改心してくれる――などという考えは、ジコアイさんには通用しないのである。(人格障害気味の私が言うのはなんだが)

私はジコアイさんに対する適切な対応は、ジコアイさんを治療するのであれば、全面的な愛情、それこそ命をかけるような情熱を持って治療に取りくむか、それができないのであれば、できるかぎり距離をおくしかないと思っている。人格障害の治療は、そのひとにとっての世界をまるまるひとつ壊して、新しく再建することである。むろんそのようなことを、ジコアイさんは恐れるし、おおいに抵抗することだろうと思う。しかしそれを乗りこえた先にしか治癒はないのである。私はそんなことをする義理はないと思っているから、距離を置くことを選択している。

しかし――その女性が辞めることになったから、私はその部署に何回か行かなければいけないことになった。憂鬱だ……。

人間関係の難しさ。私は私にうなぎ弁当を与えてくれた女性(ここでは「女史」と呼ぼう)が、いつも穏やかな人格なのだが、今日はすこしぴりぴりしていることに気づいた。それとなく聞いてみると、娘さんが受験生なのだが、あまり勉強に熱が入らなく、見るに見かねて昨日、注意したらしい。娘さん、「そのことはわかっていた」と泣きながら。それで女史に抱き着いたのだという。女史、「私はもう眠いから寝る」と。まあそういうことがあったから、すこし女史はもやもやしていたらしい。

私は、適切なときに弁当を与えてくれた女史に、ほとんど正しい感謝をできていない。女史が精神的に不安定であることにも、よく勘付かなかった。女史をいらだたせてしまったかもしれない。もっと他人に目を向けねば……。

ひとの人生に、人格に、それぞれいろんな事柄が影響し合っていることは、考えてみると壮大なことである。それぞれに歴史がある。私が見えないところで、いろいろな問題を抱え、泣いて、笑っている。私自身も、私ひとりで成り立つものではない。S以外のひとびとにも、どれだけ支えられてきたのだろうか。当たり前だが、なかなか気づけなかったことである。

仕事が終わると、公園の駐車場に停め、これを書いている。あまり本を読もうという気にならない。仕事中、ぼんやりとSと結婚したいということを考えた。それはにぎやかで、快活で、健康的な、考えうるかぎり最高の結婚生活になると思われた。しかし、Sと結婚できなくても、それはそれで良いというふうに思われた。ぜんぶ、なるようにしかならないのだろう。

9.24.2016

他力本願のおじさん

今日のおじさん――
 5時頃目覚める。ここのところ、毎晩Sの夢を見ている。私は車を運転していて、Sは横に座っている。Sは、都会で出会った好きでもない男と、寝てしまった、というような話をしていた。「ぜんぜんかっこよくないの」とSは笑ったので、私も笑った。Sの両親に会って、お前は不適格だというようなことを言われた。それで目が覚めた。
 5時に起きてもすることはないので、職場の同僚にプレゼントしようとおもい、下読み用に買った、童話のような本を、ぼんやりと読んでいた。外は激しく雨が降っていた。読み終わると、二度寝した。
 土曜日でも仕事だったので、出勤した。Sともっとも仲の良かった同僚と一緒に、仕事をした。その同僚は中年女性だが、たいへん気立ての良い女性だった。私に二言三言、冗談を言った。私はたいした言葉を返せなかった。仕事は暇ではなかったが、捗らなかった。私は少し風邪気味だったし、身体のふしぶしが痛んだ。自分だけなぜこんなにうまく行かないのだろう、とふと考え、自分が哀れに思えてきて、涙が出てきた。だがこらえた。
 仕事が半分くらい終わると、その童話のような本をプレゼントした女性がやってきて、私の仕事を手伝ってくれた。勤務時間ではないから、無給でやってくれたのだ。それで、私にうなぎの弁当を与えてくれた。私が、日ごろろくに食べていないというので、くれたのである。そうして同僚の中年女性にも、あげていた。中年女性は、露骨に泣いていた。なぜ泣いたのかは、よくわからない。私も泣き出しそうになったが、やはりこらえた。ふたりとも、私が元気がないということを言った。私は、Sに対する感情をぜんぶ吐き出したい気持ちにかられた。だが、その衝動を殺した。
 昼になり、仕事が終わると、車を海の見える駐車場に停めた。そしてうなぎの弁当を食べた。食べ終わると、シートをさげて二時間ほど寝た。目覚めると、コンビニでコーヒーを買った。駐車場にもどり、車のなかで読書した。雨はあいかわらず振っている。飽きたので、図書館にいき、これを書く。



自分の人格をどうにかしようと考えたが、これはもうどうにもならないのだ、と諦めることにした。これは、私自身によっては改善不可能だ。

私の人格は、たぶん母親とか、父親によって歪められたのである。その人格を、私個人が内側から直そうと思ったって、どうしようもない。私には私が見えないからだ。それでも私はある程度、人格陶冶によって克服しようと試みた。禁欲禁酒禁煙、あとは仏典や心理学の勉強などで、多少は改善できている。しかし私はつぎのことを悟った。他人が歪めたものは、他人によって正されなければならない。

いまの私は、上のように救いの手が差し伸べられても、警戒して、打ち解けられない野良猫のような態度をとっている。その態度が不自然で、がんじがらめになった人格のあらわれであることを、私は自覚している。自覚しているが、私自身にはどうしようもないのだ。私は自分の内的意志がどうだろうと、「そうせざるをえない」。

私は行為から疎外されている。行為する自己と、本心の自己が切り離されている……私は不自由だ。不幸だ。こうなった原因が両親なのかわからないが、ともあれ私はがんじがらめになっている。私にできることは、助けてくれ、と、心の奥底から叫びを発すること。私は、不自然に歪められてしまった。私はそのことを知っている。私を見つけて、救い出してほしい。私を直してほしい。

助けてくれ

と訴えること。もう自分でどうにかできるような問題ではないのだ、とあきらめをつけた。

9.23.2016

おじさんの生活

昨日の記録
 朝起きて、部屋の掃除をすることにした。しかしその作業はすぐに、飽きた。
 バイクに乗ることにした。200ccのちいさなバイクで、高速道路を少し走った先にある、林道を目指した。風は冷たすぎず、雨上がりで湿気がひどかったが、快適だった。ここのところバイクに乗っていなかったから、ひさしぶりのカーゴパンツと、ウィンドブレーカーは、妙な着心地だった。そのふたつは、大学生の頃からバイクに乗るときには必ず身につけていたものだった。裾はすり切れているし、股のところが避けていた。ジャケットはヴィンテージ加工のように色あせていた。
林道では、すこしアクセルを開け気味にして楽しんだ。オフロード用のごつごつしたタイヤが、地面をえぐって走っていくのが楽しいのだ。林道走行は、アスファルトの走行と違って、とても味わい深い。リアタイヤを滑らせながらの走行は、繊細なバランス感覚と制動が要求されるし、路面はギャップや障害物など変化に富んでいるし、なにより景色はたいていすばらしく、草や土の匂いなど、自然をダイレクトに楽しむ感覚が、よい。
 林道を走らせた先には、何に使うのかわからないが、開けた空き地があった。高台であり、海が展望できた。そこで少し、ウィリー走行の練習をした。腕に体重をかけ、フロントフォークを収縮させる。バネが戻ってきてフロントの荷重が抜けたら、アクセルを煽って、クラッチをつなぐと、ふわっとフロントが浮く。実に難解な操作だが、フロントが浮く感覚は楽しい。まだフロントアップだけで、そこからウィリー走行はできていないのだが、いずれマスターしたいと思う。
 汗をかいてきたし、空腹感に襲われたので、地面に座って、休憩することにした。木の枝をもってぼんやりと土いじりをしていると、いろんな想念がわいてきた。どうせだれもいないのだから、声に出して、思ってることを口に出した。私は自分を笑ったり、自分を慰めたりした。だれかを讃えたり、だれかを罵ったりした。それから、つぎ来たときはここでキャンプをしようと思い、家に帰った。
 家に帰って、味噌汁と納豆とご飯を食べた。すぐに眠くなったので、夕方まで寝た。起きると、車で図書館へ向かった。そこで、さして読む気のしない本を読んだ。タントラに関する本。図書館は二十一時に閉まるので、公園に向かい、その駐車場で読書していた。0時頃、帰宅。寝た。

今日の記録
 朝、味噌汁とご飯と納豆を食べて、出勤した。仕事は、まあまあやる気が出た。ただ、暇をもてあました。私はだれかと話したい気分だったが、まわりの人はそうでないように思えた。私はもくもくと、ふだんしない掃除をした。なんだかいろいろと疲れてしまって、少し泣き出しそうな気分になった。
 退勤すると、その足で海沿いの公園に行った。その駐車場でまた読書をした。ドストエフスキーをぼんやりと読んだ。あとは、スッタニパータを読んだ。どちらも、私の求めている本ではなかった。でも、いずれにせよすることはないので、読んだ。
 読書に疲れると、海沿いを散歩した。夜の海は、深く、ぬらぬらして美しい。割と都市部にある公園なのだが、海はそんなことはおかまいなしに原初の光を湛えていた。
 四時間ほど読むと、飽きたので、帰宅してこれを書いた。

9.21.2016

愛することのできないおじさん

羞恥、羞恥、羞恥……。

自分への嫌悪が溜まっていく。私はつまるところ、最良の人間でさえ、愛することができなかったのだ。はじめ自分のことを愛してくれた人間に対して、それを便利な道具のように、都合よく利用し、いったん自分の言うことを聞かなくなると、すぐさま不機嫌になり、怒りだし、使い物にならなくなった道具を投げ捨てるような態度を、示した。

それだから初めに大変な絶望と失望を味わったのはSだと思うし、私が孤独でみじめに暮らすとしても、食事がとれずに痩せほそっていくにしても、毎晩眠れぬ夜を過ごすとしても、客観的には、まったく当然の報いのように思われる。私には、悲しむ資格すらなく、涙を流す資格もなく、私には自分を罰すること、灰にすること、そうして自分を再生させること、こうすることしか、Sへの贖罪にはならない。

私がどれだけ、Sの愛情をないがしろにしてきたか、考えるに寒気がする!私はなんて、厚顔無恥な、愚かな、屈折した、未熟な、下等の、醜悪な男だったか、考えるに、自分に刃を突きさしてやりたい気持ちになる。私はどうして、ひとを愛することができなかったのだろう!あれほど愛情をもって接してくれたひとに、私はどうしてあんなむごい仕打ちをしたんだろう!まったく、理解ができない。

私は、ひとを愛することができない。これが私の人格の根本問題のように思われる。どうしてこうなったのか。どうして、私はこんな人間なのか。私を救おうと手をさしのべたひとに対して、噛みついて、むさぼり喰らおうとするのか。自分の醜さに、吐き気がする。「かわいそうに、愛することを知らないのだ、あの人は」

愛情を、どのように獲得していくのだろうか。私のような愛のない家庭で育った人間にとって?


Aimee Mannの"Save me"の歌詞を思い出す。
"But can you save me/Come on and save me/If you could save me/From the ranks of the freaks/Who suspect they could never love anyone"(どうか私を救ってください。だれも愛せないのではないかと疑う奇妙な集団のなかから)


9.19.2016

最低なおじさん

あいかわらず……自分の人格の問題を考えていると……。私は本当に価値がないのではないかと思われる。私は、自分の執着や、エゴを、脱することができない。罠から抜けたら、また罠だ。こんな自分だから、私はSに見放されているということを、十分理解している。しかし、すべてあとから気づくことばかりで、まったくダメだ。私は、Sを傷つけているし、Sを苛立たせるし、Sにしてみれば私は、目の開いていない子どもそのものだ。

自分の人格は、なぜこんなにも歪になってしまったのか、考えていると、ほとんど狂おしいような、涙をもよおすような、何もかも台無しになってしまった、そうして、もう手遅れなのではないかと考えてしまう。私のゆがんだ歯車は戻るのだろうか?壊すことは簡単だが、治すことは大変だ。どんなことでも。たいてい治せないまま、うっちゃってしまうことがほとんどだ。

「未熟でもいいじゃないか」とひとは言うけど、そんなことはない。未熟さに肯定的側面を見つけようという気持ちはわかる。世界にひとつだけの花だとか、個性だとか、私が子どもの頃よく聞かされたものだ。ただ人格的な成熟とは、個性をなくしていく方向にある。成熟した人格はゆがみなく、真円のように整っているものだ。もちろん、世間的に見れば成熟したひとは世間では稀だから、強烈な個性を持っているように見える。だからといって未熟さを個性として肯定することは誤りである。

精神病は、ほとんど人格の未熟さによって生まれる。少なくとも神経症についてはそういうことができる。私はあの神経症に悩んでいた、アルコールに溺れていた十年のことを考えて、とてもあのような時代に戻りたいとは思わない。霧のなかにいるような気分だった。私は、生きているのか死んでいるのかわからなかった。おそろしい孤独と苦痛の時代だった。

自己への執着を離れたいと思う。私は自分のことしか考えていない。Sの気持ちなど、どうでもよいのだ。私はSが自分のためになにかをしてくれることばかり期待している。どうしてこうなってしまったのか?家庭が崩壊気味だったせいか?Sの家庭は、理想的なものだ。家族一丸となって、大いに楽しみ、大いに苦しみを克服している。幸福な……というか、健全な家庭とは、こういうものだったのだ。私の家庭は、てんでバラバラだ。未熟な人間が、人生の苦しみも楽しみも遠ざけて、もそもそと陰気にうごめいている。人生をあきらめている。なんて惨めなことだろう。醜い家庭だろう。

Sに連絡したのも、やはりまずかったのだと思う。「会いたい人間に会いたいと言って何が悪いのか」という人がある。これは一般論としてはそうなのだが、私とSとの関係にはあてはまらない。私がSに会いたいと言うときは、「私をはやく救い出せ」と命令しているのだ。「私の傷をいやせ」「私の心の空隙を埋めろ」と、子どものように与えられることばかり望んでいるのだ。初めの何回かは、救うこともしてくれる。ただSは、もう与えることに意味を感じず、うんざりしたのだから、さらに追求することは禁忌だった。

私が人的に成熟しSに与えられるようになるまでは、Sと対等の立場になるまでは、けっして連絡を取ってはいけなかったのだ。私ができる最良の選択は、Sからの連絡を待つことだった。私が人格的に成熟してゆけば、人づてにでもそれを知り、Sは蒔いた種の実りを確認するように、自然に私に会いにくるはずだった。それがどれだけ先のことかはわからないが、じっと耐えるべきだったのだ。Sとの関係を保つためには、それだけしか可能性がなかった。私は酒を辞めたし、神経症も劇的に改善したから、もっと自分を高めてゆけばよかった。それが少し抑鬱気味になって、Sにまた助けを求めた。安易な気持ちでだ。いまでは、関係性はほとんど断たれてしまった。愚かなことをした。



私はSの孤独を推測して、悲しい気持ちになる。とうの私がまた、Sを失望させ、孤独へ追いやったのだ。あれほど成熟した人格者に、対等なパートナーが現れるのだろうか?ほとんど想像がつかない。彼女はつねに腕のよい医師であり、まわりの人間がすべて病人に見えているに違いない。

私は、Sに治療された。Sは私を劇的に治療した。それなのに、快復の過程でちょっとつまづくと、病気のままでいさせてくれ、と懇願するような真似をした。このことほど、医師を失望させることはない。

私は、エゴを脱するために、いろいろ考えている。人格を向上させたい。ひいては、霊性を高めること。それしか、幸福になる道はない。とは言っても、近道はないのだから、極めて小さなことから始めなければならない。形式的な儀式に意味はない。部屋の掃除をすること……。他人のためになにかをすること……。仕事に集中すること……。

少なくとも、私には道がある……。この道が、私を救ってくれる。私は最低でありどん底だが、私の爆発しそうなエネルギーが自分を殺しにかかる前に、この道が、行為へと導いてくれる。