9.29.2016

性欲とおじさん

精神的に「健康」になって、物欲や食欲を取り戻すと、それとおなじように性欲も高まってきて、これをどうしたものかと悩んでいる。昨日などは、ほとんど暴走しそうなエネルギーをもてあまして、深夜の繁華街(田舎なので大したことはないが)まで行き、えんえん歩くということで発散させた。

もうずっと禁欲生活をしているのだが、たとえば肉を食べた翌日とか、精神的・肉体的なストレスが溜まっているときに、途方もない性欲に襲われることがある。

こういうときは、きまって同時に喫煙欲求や、飲酒欲求にも襲われる。ようは、子どもがえりというか、甘えられるもの、自分を充足させるものに対する欲求が、全体的に高まっている状態と言えるだろう。喫煙はよく乳首を吸うことの代償的行為だといわれるが、そのとおりだと思う。喫煙が乳首を吸うことであれば、酒を飲むことは乳汁を飲むことである。そうした授乳に対する衝動と、女と交接したいという欲求は、同根と言ってもいいと思う。

それはたんにマザー・コンプレックス的な要求というよりも、もっと抽象的には、自己と他者との溶融を望む、絶望的な試みだと言ってもいい。原初、ひとはだれしも母胎と一体だった。産み落とされてもしばらくは、母親が世界そのものであり、そこには他者も、自己自身でさえも、存在しなかった。飲酒や喫煙、あるいはセックスへの「依存」というのは、たんに自己と母親の溶融願望を意味するのではなく、「自己存在以前への回帰」を要求していると考えてよいのかもしれない。自己存在というか、もっと適切には、自他分離以前というべきか?

メタファーとしては、天地が分かれる前というか、言語のような抽象概念以前というか、そういう未分化の状態への回帰を望む心情が、アルコール依存や、セックス依存の根本的な精神状態なのかもしれない。まあ女性のセックス依存となると話は違うだろうが……。

少なからぬ精神異常者が、女陰から膣を通り、子宮に還りたいと望んでいるらしい。たしか、「唯幻論」の岸田秀はそのような願望を持っていたと書いていたと思う。私は直接にそのような衝動にかられたことはないが、たぶんひとはだれでも子宮回帰を望む心理を持っているのだと思う。母親との分離がうまくいかなかった神経症患者などは、とくにその傾向が強いということだろう。

性欲は、生きることと切り離せない。生きている人間で、性欲を持たない人間は、ありえない(一般論的に)。では性欲をどう満たしていくのか?世間一般では、適度な自慰で発散させよ、とある。現代では、ときに小中学校でさえも、自慰は悪いことではないと教えられる。これが性犯罪の予防を狙った大衆向けの公益的な教えであることは違いない。ある程度知性のある人は、そのような習慣が悪影響を及ぼすことを知っていると思う。精は漏らすべきではないし、自慰行為は不浄であり、あたり前だが、褒められたことではない。

それでは、セックスによって性欲を解消することが、ただしい答えなのだろうか。当然ながら性欲とは異性に向かう衝動であり、一見それがゴールのように思われる。性欲が子孫繁栄、自己の繁殖率を他者よりも高める目的をもっているならば、多くの女性とセックスすることが終着点のように思われる。実際、男性の権力欲や金銭欲は、ほとんど「多くの女性との交合」ということで説明できる。

ただ私の最近の考えでは、性欲はそれ単体で欲望そのものから切り離せるものではないように思う。先に述べたように、性欲が昂ぶるときには、飲酒や喫煙の要求も伴うのであり、ひとつ根底に内的衝動のようなものがあると思われる。性欲によって女を獲得したとしても、あまり満たされない気持ちがするのはそのせいである。性欲イコール性交への願望とは私にはどうも考えられない。その説明として、さきほど自他分離以前への回帰願望といった言葉を持ち出した。回帰願望は、絶望的な試みであり、欲望の間違った方向であり、ここに陥ると、性欲が単なる交接への願望、幼稚で低次元の要求へと変貌してしまうらしい。ちょっとややこしくなって、わかりづらい説明になった。

性欲とは、生の衝動そのものであり、食欲とか、他の欲求と切り離せるものではない。故にその衝動を、交接で満たすことはできない。自慰はより一層間違っている。私はニーチェの言う「力への意志」が、それぞれの欲求を総合する言葉として正しいのではないかと思う。これはフロイトの快楽原則と逆である。よく広まっているマズローの稚拙な欲求段階説にも反する。心理学者としてのニーチェの後継は、アドラーということになるが……。

今日は知人の女性と会ってくる。ちょっとしたことで知り合った、二十歳そこそこの女。

9.26.2016

記録

昨日

朝、起きて、だいぶ自分が快復していることを知った。というのも、朝ご飯を食べようという気になるし、多少脂っこいものであっても食べてやろうという気になったのである。

食欲と同様に、物欲もわいてきて、一眼レフを買おうか、高級コンパクトカメラを買おうか、さんざん悩んで、朝から悩んでいるうちに、自分が驚くほど快復していることに気づいた。土曜日にもらったうなぎ弁当が良かったのかもしれない。私は明るく、活発になった。

ここ一週間ほどは、絶望に悩み、もう絶望がほとんど私を殺しかねないほどだった。私の体重はみるみる減っていったし、職場においても勝手に涙がこぼれてくるような、いささか異常な状態だった。そのあいだ、時間さえあれば、ほとんど強迫的に読書を続けていた。心理学とか、宗教とか、哲学に関する本を、起きている間はひたすらに読み続けるのだった。それが、「もうどうにもならない」ということを知った翌日には、回復したのだから、おもしろいことだ。

昼になると、バイクに乗って林道の先の広場でウィリーの練習をした。あまり上達することはできなかった。雨が降ってきたので帰った。そのあと、図書館へ行った。日本仏教に関する本を読んで、あとはデュルケームを少し読んだ。あまりに空腹になったので、弁当を買った。ちいさなハンバーグが入っていたが、気にせず食べることにした。久しぶりの牛肉だが、おいしいとは感じなかった。夜になっても、元気だった。図書館にいても、あまり読書しようという気にならないので、ノートパソコンを開いて、またカメラの検討をしていた。

家に帰ると、食事をした。ピザを半分と、牡蠣フライを食べた。そのあと、風呂のなかでヘッセを読んだ。最近ネットで、ヘッセが人格障害者のひとりとして数えられているのを見て、すこしぎょっとした。躁鬱病であることは間違いないだろうが、あまり人格障害という気はしていなかった。しかし私はあらゆる小説家のなかでヘッセがもっとも好きであり、人格的に共通するものがあるのかもしれない。最近は、成熟してまっすぐ育った人間など、例外的なのだと何となく考えている。

夜、二十二時頃就寝。寝る前に、中古で15000円の一眼レフのレンズキットを衝動買いしそうになる。だが、やめた。

今日

朝起きても、まだ気分は良い。仕事に行った。休み明けの仕事は、少し緊張した。別段、ひさしぶりということもないのだが。なんだか気分的に脱皮したような感じだったので、何もかもが新鮮だった(車の運転でさえも)。

ただ、ひととの関係構築はあいかわらず難しいな、と思う。仕事はほとんど慣れて、無意識的に行動できるから楽だ。ただ、人間関係だけは容易にはいかない。

別の部署のひとが辞めるらしい。その部署は、私が自己愛性人格障害と認めている女性がいる部署であり、ここだけは人がコロコロ変わっている。昨日スーパーへ行ったとき、そのジコアイさんがいるのを認めた。私は驚いて、棚のあいだからちらっと確認しただけで、逃げたのだが。友人と一緒であり、いつもの嘘くさい笑い声をあげていた。この人の笑い声は、不自然だ。この人の笑い声は、「私は幸福なの」「私の人生は充実している」と、自分にも他者にも認めさせたいというような意図を感じる。言うまでもなく、そういう笑い方をする人間は、不幸なのである。

辞める人は、最近入社して、私がよく面倒を見ていた。面倒を見るといっても、私より年上なのだが、すこし虚勢を張った、気の強い感じのする中年女性だった。このひとは、ジコアイさんにすぐ潰されるだろうと思った。

「克服不可能な存在」があるのであり、ひとの心が、少なくとも今の段階では修正不可能、ということがある。気の強い人は、そういうことが分からない。私が正しいのだから、私は認められなければならない、私が正しいことを忠告すれば、ひとは改心してくれる――などという考えは、ジコアイさんには通用しないのである。(人格障害気味の私が言うのはなんだが)

私はジコアイさんに対する適切な対応は、ジコアイさんを治療するのであれば、全面的な愛情、それこそ命をかけるような情熱を持って治療に取りくむか、それができないのであれば、できるかぎり距離をおくしかないと思っている。人格障害の治療は、そのひとにとっての世界をまるまるひとつ壊して、新しく再建することである。むろんそのようなことを、ジコアイさんは恐れるし、おおいに抵抗することだろうと思う。しかしそれを乗りこえた先にしか治癒はないのである。私はそんなことをする義理はないと思っているから、距離を置くことを選択している。

しかし――その女性が辞めることになったから、私はその部署に何回か行かなければいけないことになった。憂鬱だ……。

人間関係の難しさ。私は私にうなぎ弁当を与えてくれた女性(ここでは「女史」と呼ぼう)が、いつも穏やかな人格なのだが、今日はすこしぴりぴりしていることに気づいた。それとなく聞いてみると、娘さんが受験生なのだが、あまり勉強に熱が入らなく、見るに見かねて昨日、注意したらしい。娘さん、「そのことはわかっていた」と泣きながら。それで女史に抱き着いたのだという。女史、「私はもう眠いから寝る」と。まあそういうことがあったから、すこし女史はもやもやしていたらしい。

私は、適切なときに弁当を与えてくれた女史に、ほとんど正しい感謝をできていない。女史が精神的に不安定であることにも、よく勘付かなかった。女史をいらだたせてしまったかもしれない。もっと他人に目を向けねば……。

ひとの人生に、人格に、それぞれいろんな事柄が影響し合っていることは、考えてみると壮大なことである。それぞれに歴史がある。私が見えないところで、いろいろな問題を抱え、泣いて、笑っている。私自身も、私ひとりで成り立つものではない。S以外のひとびとにも、どれだけ支えられてきたのだろうか。当たり前だが、なかなか気づけなかったことである。

仕事が終わると、公園の駐車場に停め、これを書いている。あまり本を読もうという気にならない。仕事中、ぼんやりとSと結婚したいということを考えた。それはにぎやかで、快活で、健康的な、考えうるかぎり最高の結婚生活になると思われた。しかし、Sと結婚できなくても、それはそれで良いというふうに思われた。ぜんぶ、なるようにしかならないのだろう。

9.24.2016

他力本願のおじさん

今日のおじさん――
 5時頃目覚める。ここのところ、毎晩Sの夢を見ている。私は車を運転していて、Sは横に座っている。Sは、都会で出会った好きでもない男と、寝てしまった、というような話をしていた。「ぜんぜんかっこよくないの」とSは笑ったので、私も笑った。Sの両親に会って、お前は不適格だというようなことを言われた。それで目が覚めた。
 5時に起きてもすることはないので、職場の同僚にプレゼントしようとおもい、下読み用に買った、童話のような本を、ぼんやりと読んでいた。外は激しく雨が降っていた。読み終わると、二度寝した。
 土曜日でも仕事だったので、出勤した。Sともっとも仲の良かった同僚と一緒に、仕事をした。その同僚は中年女性だが、たいへん気立ての良い女性だった。私に二言三言、冗談を言った。私はたいした言葉を返せなかった。仕事は暇ではなかったが、捗らなかった。私は少し風邪気味だったし、身体のふしぶしが痛んだ。自分だけなぜこんなにうまく行かないのだろう、とふと考え、自分が哀れに思えてきて、涙が出てきた。だがこらえた。
 仕事が半分くらい終わると、その童話のような本をプレゼントした女性がやってきて、私の仕事を手伝ってくれた。勤務時間ではないから、無給でやってくれたのだ。それで、私にうなぎの弁当を与えてくれた。私が、日ごろろくに食べていないというので、くれたのである。そうして同僚の中年女性にも、あげていた。中年女性は、露骨に泣いていた。なぜ泣いたのかは、よくわからない。私も泣き出しそうになったが、やはりこらえた。ふたりとも、私が元気がないということを言った。私は、Sに対する感情をぜんぶ吐き出したい気持ちにかられた。だが、その衝動を殺した。
 昼になり、仕事が終わると、車を海の見える駐車場に停めた。そしてうなぎの弁当を食べた。食べ終わると、シートをさげて二時間ほど寝た。目覚めると、コンビニでコーヒーを買った。駐車場にもどり、車のなかで読書した。雨はあいかわらず振っている。飽きたので、図書館にいき、これを書く。



自分の人格をどうにかしようと考えたが、これはもうどうにもならないのだ、と諦めることにした。これは、私自身によっては改善不可能だ。

私の人格は、たぶん母親とか、父親によって歪められたのである。その人格を、私個人が内側から直そうと思ったって、どうしようもない。私には私が見えないからだ。それでも私はある程度、人格陶冶によって克服しようと試みた。禁欲禁酒禁煙、あとは仏典や心理学の勉強などで、多少は改善できている。しかし私はつぎのことを悟った。他人が歪めたものは、他人によって正されなければならない。

いまの私は、上のように救いの手が差し伸べられても、警戒して、打ち解けられない野良猫のような態度をとっている。その態度が不自然で、がんじがらめになった人格のあらわれであることを、私は自覚している。自覚しているが、私自身にはどうしようもないのだ。私は自分の内的意志がどうだろうと、「そうせざるをえない」。

私は行為から疎外されている。行為する自己と、本心の自己が切り離されている……私は不自由だ。不幸だ。こうなった原因が両親なのかわからないが、ともあれ私はがんじがらめになっている。私にできることは、助けてくれ、と、心の奥底から叫びを発すること。私は、不自然に歪められてしまった。私はそのことを知っている。私を見つけて、救い出してほしい。私を直してほしい。

助けてくれ

と訴えること。もう自分でどうにかできるような問題ではないのだ、とあきらめをつけた。

9.23.2016

おじさんの生活

昨日の記録
 朝起きて、部屋の掃除をすることにした。しかしその作業はすぐに、飽きた。
 バイクに乗ることにした。200ccのちいさなバイクで、高速道路を少し走った先にある、林道を目指した。風は冷たすぎず、雨上がりで湿気がひどかったが、快適だった。ここのところバイクに乗っていなかったから、ひさしぶりのカーゴパンツと、ウィンドブレーカーは、妙な着心地だった。そのふたつは、大学生の頃からバイクに乗るときには必ず身につけていたものだった。裾はすり切れているし、股のところが避けていた。ジャケットはヴィンテージ加工のように色あせていた。
林道では、すこしアクセルを開け気味にして楽しんだ。オフロード用のごつごつしたタイヤが、地面をえぐって走っていくのが楽しいのだ。林道走行は、アスファルトの走行と違って、とても味わい深い。リアタイヤを滑らせながらの走行は、繊細なバランス感覚と制動が要求されるし、路面はギャップや障害物など変化に富んでいるし、なにより景色はたいていすばらしく、草や土の匂いなど、自然をダイレクトに楽しむ感覚が、よい。
 林道を走らせた先には、何に使うのかわからないが、開けた空き地があった。高台であり、海が展望できた。そこで少し、ウィリー走行の練習をした。腕に体重をかけ、フロントフォークを収縮させる。バネが戻ってきてフロントの荷重が抜けたら、アクセルを煽って、クラッチをつなぐと、ふわっとフロントが浮く。実に難解な操作だが、フロントが浮く感覚は楽しい。まだフロントアップだけで、そこからウィリー走行はできていないのだが、いずれマスターしたいと思う。
 汗をかいてきたし、空腹感に襲われたので、地面に座って、休憩することにした。木の枝をもってぼんやりと土いじりをしていると、いろんな想念がわいてきた。どうせだれもいないのだから、声に出して、思ってることを口に出した。私は自分を笑ったり、自分を慰めたりした。だれかを讃えたり、だれかを罵ったりした。それから、つぎ来たときはここでキャンプをしようと思い、家に帰った。
 家に帰って、味噌汁と納豆とご飯を食べた。すぐに眠くなったので、夕方まで寝た。起きると、車で図書館へ向かった。そこで、さして読む気のしない本を読んだ。タントラに関する本。図書館は二十一時に閉まるので、公園に向かい、その駐車場で読書していた。0時頃、帰宅。寝た。

今日の記録
 朝、味噌汁とご飯と納豆を食べて、出勤した。仕事は、まあまあやる気が出た。ただ、暇をもてあました。私はだれかと話したい気分だったが、まわりの人はそうでないように思えた。私はもくもくと、ふだんしない掃除をした。なんだかいろいろと疲れてしまって、少し泣き出しそうな気分になった。
 退勤すると、その足で海沿いの公園に行った。その駐車場でまた読書をした。ドストエフスキーをぼんやりと読んだ。あとは、スッタニパータを読んだ。どちらも、私の求めている本ではなかった。でも、いずれにせよすることはないので、読んだ。
 読書に疲れると、海沿いを散歩した。夜の海は、深く、ぬらぬらして美しい。割と都市部にある公園なのだが、海はそんなことはおかまいなしに原初の光を湛えていた。
 四時間ほど読むと、飽きたので、帰宅してこれを書いた。

9.21.2016

愛することのできないおじさん

羞恥、羞恥、羞恥……。

自分への嫌悪が溜まっていく。私はつまるところ、最良の人間でさえ、愛することができなかったのだ。はじめ自分のことを愛してくれた人間に対して、それを便利な道具のように、都合よく利用し、いったん自分の言うことを聞かなくなると、すぐさま不機嫌になり、怒りだし、使い物にならなくなった道具を投げ捨てるような態度を、示した。

それだから初めに大変な絶望と失望を味わったのはSだと思うし、私が孤独でみじめに暮らすとしても、食事がとれずに痩せほそっていくにしても、毎晩眠れぬ夜を過ごすとしても、客観的には、まったく当然の報いのように思われる。私には、悲しむ資格すらなく、涙を流す資格もなく、私には自分を罰すること、灰にすること、そうして自分を再生させること、こうすることしか、Sへの贖罪にはならない。

私がどれだけ、Sの愛情をないがしろにしてきたか、考えるに寒気がする!私はなんて、厚顔無恥な、愚かな、屈折した、未熟な、下等の、醜悪な男だったか、考えるに、自分に刃を突きさしてやりたい気持ちになる。私はどうして、ひとを愛することができなかったのだろう!あれほど愛情をもって接してくれたひとに、私はどうしてあんなむごい仕打ちをしたんだろう!まったく、理解ができない。

私は、ひとを愛することができない。これが私の人格の根本問題のように思われる。どうしてこうなったのか。どうして、私はこんな人間なのか。私を救おうと手をさしのべたひとに対して、噛みついて、むさぼり喰らおうとするのか。自分の醜さに、吐き気がする。「かわいそうに、愛することを知らないのだ、あの人は」

愛情を、どのように獲得していくのだろうか。私のような愛のない家庭で育った人間にとって?


Aimee Mannの"Save me"の歌詞を思い出す。
"But can you save me/Come on and save me/If you could save me/From the ranks of the freaks/Who suspect they could never love anyone"(どうか私を救ってください。だれも愛せないのではないかと疑う奇妙な集団のなかから)


9.19.2016

最低なおじさん

あいかわらず……自分の人格の問題を考えていると……。私は本当に価値がないのではないかと思われる。私は、自分の執着や、エゴを、脱することができない。罠から抜けたら、また罠だ。こんな自分だから、私はSに見放されているということを、十分理解している。しかし、すべてあとから気づくことばかりで、まったくダメだ。私は、Sを傷つけているし、Sを苛立たせるし、Sにしてみれば私は、目の開いていない子どもそのものだ。

自分の人格は、なぜこんなにも歪になってしまったのか、考えていると、ほとんど狂おしいような、涙をもよおすような、何もかも台無しになってしまった、そうして、もう手遅れなのではないかと考えてしまう。私のゆがんだ歯車は戻るのだろうか?壊すことは簡単だが、治すことは大変だ。どんなことでも。たいてい治せないまま、うっちゃってしまうことがほとんどだ。

「未熟でもいいじゃないか」とひとは言うけど、そんなことはない。未熟さに肯定的側面を見つけようという気持ちはわかる。世界にひとつだけの花だとか、個性だとか、私が子どもの頃よく聞かされたものだ。ただ人格的な成熟とは、個性をなくしていく方向にある。成熟した人格はゆがみなく、真円のように整っているものだ。もちろん、世間的に見れば成熟したひとは世間では稀だから、強烈な個性を持っているように見える。だからといって未熟さを個性として肯定することは誤りである。

精神病は、ほとんど人格の未熟さによって生まれる。少なくとも神経症についてはそういうことができる。私はあの神経症に悩んでいた、アルコールに溺れていた十年のことを考えて、とてもあのような時代に戻りたいとは思わない。霧のなかにいるような気分だった。私は、生きているのか死んでいるのかわからなかった。おそろしい孤独と苦痛の時代だった。

自己への執着を離れたいと思う。私は自分のことしか考えていない。Sの気持ちなど、どうでもよいのだ。私はSが自分のためになにかをしてくれることばかり期待している。どうしてこうなってしまったのか?家庭が崩壊気味だったせいか?Sの家庭は、理想的なものだ。家族一丸となって、大いに楽しみ、大いに苦しみを克服している。幸福な……というか、健全な家庭とは、こういうものだったのだ。私の家庭は、てんでバラバラだ。未熟な人間が、人生の苦しみも楽しみも遠ざけて、もそもそと陰気にうごめいている。人生をあきらめている。なんて惨めなことだろう。醜い家庭だろう。

Sに連絡したのも、やはりまずかったのだと思う。「会いたい人間に会いたいと言って何が悪いのか」という人がある。これは一般論としてはそうなのだが、私とSとの関係にはあてはまらない。私がSに会いたいと言うときは、「私をはやく救い出せ」と命令しているのだ。「私の傷をいやせ」「私の心の空隙を埋めろ」と、子どものように与えられることばかり望んでいるのだ。初めの何回かは、救うこともしてくれる。ただSは、もう与えることに意味を感じず、うんざりしたのだから、さらに追求することは禁忌だった。

私が人的に成熟しSに与えられるようになるまでは、Sと対等の立場になるまでは、けっして連絡を取ってはいけなかったのだ。私ができる最良の選択は、Sからの連絡を待つことだった。私が人格的に成熟してゆけば、人づてにでもそれを知り、Sは蒔いた種の実りを確認するように、自然に私に会いにくるはずだった。それがどれだけ先のことかはわからないが、じっと耐えるべきだったのだ。Sとの関係を保つためには、それだけしか可能性がなかった。私は酒を辞めたし、神経症も劇的に改善したから、もっと自分を高めてゆけばよかった。それが少し抑鬱気味になって、Sにまた助けを求めた。安易な気持ちでだ。いまでは、関係性はほとんど断たれてしまった。愚かなことをした。



私はSの孤独を推測して、悲しい気持ちになる。とうの私がまた、Sを失望させ、孤独へ追いやったのだ。あれほど成熟した人格者に、対等なパートナーが現れるのだろうか?ほとんど想像がつかない。彼女はつねに腕のよい医師であり、まわりの人間がすべて病人に見えているに違いない。

私は、Sに治療された。Sは私を劇的に治療した。それなのに、快復の過程でちょっとつまづくと、病気のままでいさせてくれ、と懇願するような真似をした。このことほど、医師を失望させることはない。

私は、エゴを脱するために、いろいろ考えている。人格を向上させたい。ひいては、霊性を高めること。それしか、幸福になる道はない。とは言っても、近道はないのだから、極めて小さなことから始めなければならない。形式的な儀式に意味はない。部屋の掃除をすること……。他人のためになにかをすること……。仕事に集中すること……。

少なくとも、私には道がある……。この道が、私を救ってくれる。私は最低でありどん底だが、私の爆発しそうなエネルギーが自分を殺しにかかる前に、この道が、行為へと導いてくれる。


9.16.2016

頭を痛めるおじさん

馬鹿なことをした。

Sに会いに行きたいと連絡をとってしまった。そうして無下に断られてしまった。

結局のところ、自分のことしか私は考えていないのだろう。断られたことが残念というより、ただ恥ずかしい感情。取り消したいが、まあもう遅い。私はSに子どものようだと思われただろうな。

自分から連絡はしないつもりだったが、ここのところ抑鬱気味で、救いを求めるあまり、Sに連絡をとってしまった。ただ、それでSはいよいよ私に失望しただろうし、私も余計な傷を負うことになった。もちろん、Sは直接そんなことは言わないのだが、文言でなんとなくわかる。女ごころは多少なりとも理解している。賢明なひとならわかるだろうと思う。私は、やってはいけないことをした。もう遅いのである。

ああ、手痛い失敗だな。恥ずかしい。私はまた、孤独のどん底だ。私は自分が底に落ちそうになるのを、ひっしに食い止めようとしている。美しい絵画をネットで探して、美しい音楽をYoutubeで探して、自分がひとりではないことを、再確認しようとしてる。とりあえず、生きるためにもがく。眠れぬ夜を過ごす。つぎに、私は自分が前進することに努めなければならない。

恥ずかしい。私はなんて未熟なのか。私は、もののわからない子どものまま、大人になってしまった。私は、ほんとうに27歳なのだろうか?いい年をした大人なのだろうか?扇風機に頭突きしてみる。叫んでみる。それで少し落ち着く。

神経症のあいだの孤独が、私を子どものままにしておいたのかもしれない。私は、大人の世界に入ることができなかった。私の精神は、泥の上でのたうちまわっている。私はマージナル・マンだけど、その意味は大人になれなかった大人なのだ。精神の小人。

少しは、前進したいと思い、酒やたばこの類、抗不安薬や睡眠薬は手元にあるのだが、これに手を出さないようにしたい。そうすれば、また振り出しだからだ。ほんとうは、ひとり孤独を耐え忍ぶ予定だったが、こうしてブログに手を出してしまった。悪癖だ。

何にも執着したくない。私を悩ませるものすべてから、離れたい。私は静かなところで、幸福も不幸もないところで生きたい。

しかし、逃げてはならないのだ。逃げては、未熟のままだから。戦え。俺よ。幼子よ。肉体に、生命に執着するな。傷ついてでも、打ち勝て。がんばれ俺よ。

9.14.2016

最愛のものを殺せ

最愛のものを殺せ、という言葉が頭のなかから離れないのであり、なんの言葉だったかなと検索するとスティーブン・キングの「書くことについて」の一節だった。
最愛のものを殺せ。たとえ物書きとしての自尊心が傷ついたとしても、駄目なものは駄目なのだ。
もっと宗教や哲学関連の本だと思っていた。最愛のものを殺せ、最愛のものを殺せ……いいフレーズだと思う。私はここしばらく、酒やタバコを断った生活をしているけど、「最愛のものを殺す」行為に他ならないと思う。私は酒を愛していたことは事実だけど、殺したあとの方がすっきりしている。殺してよかったと思う。愛することと殺すことは不思議と相反しないようだ。ブログを書くことも愛していたけど、いったん殺してみたら、良い効果があったと思う。

つぎは金銭欲と性欲かな。

シュタイナーなど神智学を読んでいると精神に位階があるように思えてならない。オカルト界隈ではよくアストラル界とかエーテル界とかいう言葉が使われるけど私も魂には段階があるという気がしている。おおざっぱに言えばエーテル界や低次のアストラル界に着目したのがフロイトであり、メンタル界以上に言及した心理学者がマズローというふうに考えられなくもない。

私も神経症を脱したときに雲を抜けたような気分になったのであり、世界が自分のものになったのであり、人間が高まることがあるということを知った。それで私のいまの位置は世間のひとより少し高いくらい、アストラル界の少し上くらいだと認識している。これから断酒や禁欲を続けていけばもう少しあがっていくのかもしれない。

私はしばらく仏教をつまらない宗教だと思っていたがスッタニパータなど読んでみるとファンキーでおもしろいと感じるようになった。正直いって旧約聖書も新約聖書も退屈だったが仏典は宗教というより生き方ハウツー本のような感じでさくさく読んでいける。まあ中村元の訳が良いのだろう。同様に楽しく読めるのはバガヴァッド・ギーターなどの聖典であり私は唄うような詩的文章が好きなのだろう。両方とも説教臭くないし、辛気くさくないので楽しい。

今読んでいるのは仏典と密教に関する本である、怪僧ドルジェタクの生涯、おもしろいことこの上なし。

性に関するタオ関連の本を買ったが(6000円)たいしたことは書いていなかった。それはようは、射精せずにオルガスムに達せよ、という本であったが、あまり信用に足る本ではないように思う。他にグノーシス派に関する新書も買ったけど稚拙で読んでられない。やっぱりちくま学芸と岩波文庫が鉄板か。

9.11.2016

向上するおじさん

意図的にブログを書かないということをしてみた。ブログを書くということが神経症の治療となるのであれば、神経症が治療になった今、記述は必要ではないのかもしれないと考えた。

それで更新をやめてしまったら、それはそれで快適に生活できるようになった。朝の何十分かをかけて書いていたから、その習慣をやめてしまうと、仕事に集中できるようになり、疲労感もなくなった。また本を読む時間が、ずっと増えた。

禁欲は続けているのであり、酒、たばこ、匿名掲示板、ポルノ動画は断っている。あとは「猫背禁」もしている。とくに断酒の効果が大きく、飲酒と神経症によって私の十年近くはまるで無駄になってしまったな、と思うこと多々。

「神経症が治る」ということは全人的な変化が必要であり病巣の改善というよりも世界認識の変化が必要ということである。これを具体的に言葉で表現することは難しいけどまあ精神の病気というのは肉体の病気とはまったく違うプロセスが必要ということである。

神経症を治療した人の記録を調べると対人恐怖症が50歳近くでやっと治ったという人があれば、死恐怖症を22歳で克服したという人がいる。神経症は人生を停滞させる恐ろしい病気であるように思う。神経症は前進を不可能にする。ただ、神経症者は内心では前進を「恐れている」のであり、症状を求めているのであり、この倒錯が治療を困難にしている。

それで私は治ったのだからいろんなことに手を出そうとしている。そのひとつはセックスに対する忌避感の克服である。性というものに折り合いをつけなければならない。淫蕩にふけりたいということではなく、人的な成長のためには、性的成熟ということがどうしても必要だし、私にとって女とは「なにもかも謎」なのであり、その謎を克服せねばならないと思うようになった。

私は「セックスをしてこなかったおじさん」である。もっとも現代では童貞は珍しくなく、性生活など放棄してもやっていける時代ではあるのだが、たとえば十分に女性を満足させる技能とか、女性を喜ばせるような儀礼を身につけなければならないと考える。とくにSとのセックスで、私は醜態をさらすことが多く、これはみっともないことだと考えること多々。Sと結婚したいと望む私だけど、セックスで喜ばせられなければ生活がうまくいかないのは必定である……ので、「性の遍歴」をしてみようかと考えている。好きな人を喜ばせるためにセックスの旅に出るというのだから奇怪な話である……。

考えてみると、私が性行為をした女性はのべ七、八人くらいになるのだけど、そのいずれも性交の習慣が長続きすることはなく、ようは私のセックスが下手だったと言えるのではないかと思う。とりあえず房中術の本(六千円!)を買ってみたので勉強してみよう……。

性的な成熟を目指す理由は「神経症者はすべて性的障害を抱えている」というある精神医学者の言葉にあり、そもそも鬱病だろうと統合失調症だろうと性的障害はあるのだろうが、心身の健康の指標のひとつとして、性的な満足ということがどうしても必要だと考えるのである。それは単に適度な性交が必要ということではなく、男女間の「つながり」の構築が人間の生活に必要だと思うのである。その意味は、結局のところ、「母親以外の女との関係構築」ということであり、「性的障害」とはつまり「母親との歪な関係」が影響していることはほとんど疑いがなく、それを克服することが、精神的障害の治療にも関係してくると思うのである。

それでセックスばかり考えているのではなく、精神的な向上も目指しているのであり、仏教の古典を読んでいる。というか中村元ばかり読んでいる。あとは仏教が成熟した段階である、密教の関連も読んでいる。仏教、実におもしろく、聖書やコーランを読んでもぴんとこないのだが、仏教は「わかる、わかる」と共感を持って読めるのであり(日本人だから当然なのだが)、なぜキリスト教や西洋哲学より先に仏教を読まなかったのか、と悔やむことしばしば。


9.07.2016

性の問題

禁欲生活を続けているのであり、禁煙、禁酒、肉食の禁止、俗な世界に触れること(TVや匿名掲示板)の禁止、これらは苦もなく実行できている。あとは、背筋を伸ばして生活するとか、部屋を綺麗にするとか、まあ人間として向上するよう、いろいろ試している。

ただ重大な問題が「性」でありこの男のサガとどう向き合っていくかが難しい。禁欲してみようと思いたったが正直なところ五日経ったぐらいで崩壊した。あまり悔しいのでパソコンにあるポルノをあらかた削除した。実にすっきりした。

仏陀などはもうセックスやオナニーは最低な行為だから禁止!と言い切っている。とにかくそれに近づくな、芽をつめ、悪魔を殺せ、と教えている。ただ密教などでは「究極の快楽が悟りをもたらす」と教えられている。親鸞も妻帯していたことは有名である。

密教は少しクレイジーで糞尿や精液を食す修行もあるという。過激で邪教的とも思われるが私は真理探求の道としてそれほど間違っていないと思う。マクベスにあるように「きれいはきたない」のであり、聖女と娼婦は同等であり、いたずらに禁欲に走ることが果たして正しいのか?と信仰のある過程で疑問を抱くことは必要だと思う。ちなみに初期の密教はセックスを可とするも射精は禁止とありいちがいに放埒というわけではない。

しかし悟りに快楽を利用する密教は仏教の大筋とは齟齬があるわけでこの葛藤にずいぶん悩んだらしい。そりゃ神聖で幸福な人間になるためにうんこを食べなければならないのだから厳しい修行だ。先にあるように仏陀も禁欲しろと厳しくいっているし、どう折り合いをつけるのか。

一説には密教の「性」の教義は、ヒンドゥー教の優勢に危機感を抱いたチベット仏僧たちがあれこれ思案したあげく「こういうアピールポイントでいこう」と性の快楽を押し出した、これで信者が増えていった、まあ布教戦略、マーケティングのようなものとする説があるようである。

それでやはり仏教の大筋としてはあらゆる他の宗教と同じく禁欲を説いている。人間が高まるためには禁欲はほとんど確実に必要なものと思われる。「オナ禁」の効果はネットでだいぶ広まっているけど、フロイトもいっているとおり性のエネルギーを何らかの形で昇華することが必要のようである。私も禁欲5日くらいから、肌つやがよくなり、東京を歩き回ってもほとんど疲れない体力増進に驚いたものだった。

なにが正しくなにが間違っているのかということは通俗のものと少数のためのものは異なる。たとえば当たり前のように世間で行われている「肉食」や「飲酒」という行為が、どういうことなのか、あらためて吟味する人間は少数なのである。肉食はほとんど確実に身体に良いことはなく、倫理的にも容認しがたい。攻撃性や支配欲を高め、粗暴な人間をつくりあげる。

またテレビなどはある程度冷静な人間が見れば「人間の欲情をかき立てる装置」にしか見えない。世俗の人間をグルメやセックスに縛り付けるものでありだいぶディストピア的というかグロテスクである。まあ番組によるが……。

ひとにとって何が健全であり何が当たり前であり何が幸福に導いてくれるのか、を考えている。それを知るには難しい時代になったと思う。すくなくともポケモンGOやXVIDEOで幸せになることはないだろう。そんなぬるま湯に浸るくらいであれば糞便を食した方がましである。

原始仏教においても何が幸福をもたらすのかは宗派による。他者に奉仕することが良いとするものがあれば、究極の叡智を得、解脱し仏になることが良いとする宗派もあるのであり、さまざまだ。

まあ上のような「幸福とはなんぞや」ということを知るために旅に出るのが良いと思っている。おそらく都市部にはそういった幸福はないから、のんびり外国の地方をまわりたいと思っている。旅に出る決心をしてから半年くらい経ってしまい、今年中に出発は難しいと思われるが、来年には実現したいと思っている。

9.04.2016

世界を救うおじさん

思うところあり東京へ行ってきた。旧い友人とかつて過ごした場所を巡ってきた。友人たちは、何にも変わっていなかった。相性が悪い友人は、そのまま相性が悪かった。一緒にいて落ち着く人も、そのまま。友人たちは、私も変わっていないと言う。そうだろうか?

思ったよりも、東京へのアクセスは簡単だった。宿泊も楽なものだった。カプセルホテルに泊まったのだけど、一泊3000円程度で快適に過ごせた。別段目的はないので、美術館などを巡っていた。

おもしろかったのは、ルネサンスを代表とするボッティチェリ展(美術館)と古代ギリシャ展(博物館)を同じ日に見たのだけど、そのコントラストが強烈だったことだ。古代ギリシャ――天真爛漫な海と太陽の文化、女の美しい裸体、男の力強い裸体、健康そのものの文明から、キリスト教が支配的になって10数世紀が経つと、血や殺戮や嘆きや病人がテーマとなってくる。私にはそのまま生の崇拝から死の崇拝への転落のように思われた。私はニーチェと同じく、ソクラテス以前のギリシャが好きだ。そういえば、ギリシャ展でいちばん最後に見た肖像は、無残にも顔の大部分を砕かれ、キリスト者によって額に十字が乱暴に刻まれたギリシャ人のものだった。象徴的な終わり方ではある。

あとは靖国神社の横にある遊就館という博物館にも行ってきたが、市丸利之助中将の「ルーズベルトニ与フル書」に深く感じ入った。
只東洋ノ物ヲ東洋ニ帰スニ過ギザルニ非ズヤ。卿等何スレゾ斯クノ如ク貪慾ニシテ且ツ狭量ナル。
この一文は重たい。

とくに買い物には興味がないので、博物館や美術館を回り、夜は友人と酒を飲む(禁酒は二週間でいったんリセットされた)という三日間であった。都市には最低のものも、最高のものもあった。田舎にはないものがあるとすれば、その両極か。紀元前6000年のギリシャの彫像とか、ボッティチェリのフレスコ画なんてこの田舎にはこない。また一方では、情欲を充たすような風俗店、飲食店、誘惑する若い男女もいない。

都市の雑踏を歩く、すれ違う人々の顔をのぞいてみると、みな、何かを間違えて、悔恨しているように思えてならなかった。私は、この大量に押しあいへしあいしている若者や、老人や、金持ちやフリーターたちが、すべて間違えているのではないかと錯覚に陥り、深く感じるところがあった。だれもかれも、罠にかかっているのだ。私は田舎で生きていきたい。都会は、たまにいけばよい。

渋谷の書店で、中村元の「真理のことば・感興のことば」という仏陀の本があったので買った。さいきん宗教的なことに関心があり、神秘学や仏教を調べているのだが女との関係をどうすればよいのかわからなくなる。私はSとできることなら結婚したいと思っているのだが、たいていの密教的な宗教では妻帯が禁じられている。仏教以前からの宗教をまとめた「沈黙の声」では、「世界の救済者になれ」と書いてある。妻帯すれば救世主にはなれないらしい。一方で、ヒンドゥー教ではとりあえず家族をつくって一人前に育て上げてから隠遁生活をせよとある。まあヒンドゥー教は少し現実的だ。

東京にいる間も、Sのことばかり考えていた。古代ギリシャのニンフやアルテミスの像を見てはSを思い出し、精密な装飾のはいった金のネックレスを見ては、Sに似合うのではないかと思い、まあ憔悴するような執着心ではないのだけど、ささやかな恋慕と愛情が持続している。

自分が世界の救済者になろうなどと考えるとおこがましいのだが、とりあえず神経症の状態がいったんクリアになったから、自己を高められるよう努力しようと思っている。そのために、禁酒、禁煙、節度のある食事(食肉の禁止)、あとはネットで見るサイトも制限することにした(2ちゃんねるとか、その類は読まない)。まあ昨日のように友人と飲酒することはあるのだが、そういう機会は自分に許すことにしている。上記に加えて禁欲もしているのだが、これはいつまで続くかな。下の言葉が私には励みである。
情欲は、満たすことによって消せると信じるな。これは悪魔の謀略である。欲を満たせば悪はますます盛んとなり、その悪は花の芯を喰う虫のように大きく強くなる。(「沈黙の声」)