12.02.2017

学校はいつから監視装置となったか?

学校はいつから監視装置になったのか。


5年目の雑記

ブログをはじめて5年がたった。


11.29.2017

11.25.2017

日本社会と同調圧力

日本の社会構造は同調圧力によって維持されている、というお話。


11.24.2017

「日本死ね」の意義

いまさらながら、「日本死ね」について思うところを。

保育園落ちた 日本死ね!!!


11.18.2017

金持つ人が偉いのか

現代社会は金を持ってる人が偉い。

特に日本ではその傾向が大きいように思われる。「経済的成長」が、国政の第一のテーマとなっている。日経平均株価の上下に一喜一憂する。私たちは楽天の三木谷やソフトバンクの孫といった億万長者の一挙一動に注視している。成功した経営者たちの本がビジネス書として無数に出版されて、成功とは無縁の人びとがそれをありがたがって買う。女性たちは、年収を何よりも重視する。年収200万円の男などまっぴらごめんだ、と思っている。

このような社会が現代社会であることにだれが異論を唱えようか。

11.15.2017

広告は読者を金にかえる

前回霊長類に関する記述をした際に、アマゾンへのリンクを貼った。このブログを読んだ人が、あのページを辿って書籍を購入すると、私に広告料が入ることになる。

私は基本的に、アフィリエイトが嫌いだ。アフィリエイトというか、広告という媒体が嫌いである。したがってテレビやラジオも好きではない。新聞は読まない。ネットブラウザには広告を消すアドオンをつけている。

私自身が広告を消しているのに、私が広告をブログに貼り付けることによって儲けるのは卑劣である。だからこのブログには広告を貼らない。ただ、アマゾンへのリンクは読者にも一定の便益を生むだろうから、貼っている。そんで私が儲かればラッキーというわけだ。

今回、アフィリエイトの仕組みを整理したい。

11.13.2017

チンパンジーの戦争、人間の戦争

私は霊長類研究に詳しくないが、霊長類といえば、京大の研究が最先端のようである。

ボノボの性器をこすりつけあう同性愛的行動、「ホカホカ」の命名をしたのも京大グループらしい。「ほかほかしてあたたかそう」ということだが、なんだか素敵なネーミングである。

11.12.2017

私の兄が強制送還される

今日、父から連絡があった。

もう出ていってくれ」かと思ってひやひやしたが、以下の内容だった。

私の兄(次男)が、どうしようもないダメ人間になったと。
仕事を辞め、酒ばかり飲み、嫁に暴力をふるい……
兄嫁から父に助けを求める電話がきたようである。
で、兄を私の実家に強制送還するように、と……。
ようは、猛獣を引き取ってくれ、と頼まれたらしい。

強制送還の日はまだ先らしいが……。


11.10.2017

人間の凶暴さと超自我

「超自我」とは、フロイトに言わせれば「良心」になるが、ときに主体を殺すこともある危険なものである。
精神分析の用語。パーソナリティを構成する3つの精神機能の一つ。快楽追求的なイド (エス) と対立して道徳的禁止的役割をになうもの。5~6歳頃,両親の懲罰が内在化して,みずから自分を禁止するようになることと,その後の両親その他の価値観への同一視を通じて形成される。良心に近いがより無意識的に働くとされる。(ブリタニカ百科事典 小項目事典「超自我」)
たとえば鬱病は超自我の肥大化による自我・エスの支配という形で説明することができる。自殺もまた超自我の働きが大きい。

現代の日本は、殺人と、自殺の比率が1:100くらいなのである。このことは、日本人の超自我が極めて発達している、と推察することができる。日本人の習性である「列に並ぶ」とか、「時間を守る」といった規範も超自我のなす業である。


11.06.2017

「解釈だけが存在する」とはどういうことか

ニーチェの言葉「事実というものは存在しない。解釈だけが存在する。」とはどういうことですか?僕が仮に人を殺したら、僕が人を殺したという事実が存在すると思うのですが
という質問を見つけた。

 ニーチェがそんなこと言ってたか?という気もするが……


言いそうではある。


11.02.2017

いじめと自殺について


拙論「自殺とはなんぞや論」において、以下のように記述した。
いじめられる子どもが自殺するのはなぜなのだろうか。「いじめ」はふつう学校内に限られているのだから、転校や登校拒否によって解決しうる。いじめられただけで自殺するのは非合理的である。
これはあてずっぽうではなくて、事実いじめられて自殺する子どもは例外的であり、よほどのレアケースなのである。


10.31.2017

フーコーはえらいと思う

山形浩生のサイトが好きで、読んでいる。

翻訳者にふつう興味はわかないのだけど、「誰も教えてくれない聖書の読み方 」というケン・スミスという本を読んだときに、「このひとはただものではない訳者だ」と感じ、そこから一目おいているのである。経済学関連の訳書でもとてもお世話になった。

で、彼のサイトを見ていたらフーコー批判の翻訳が記載されていた。

歴史家としてのフーコー」というページ。

この著者「キース・ウィンドシャトル」の指摘は、半分くらいは同意できるが、半分くらいは山形のいうように「極端」だと思う。

10.26.2017

悩ましいエントロピーの問題。

こんな質問を見つけた。


エントロピーが大きいほど安定で、エネルギーは小さくなる。

しかし、物体の三相においては、

エントロピーは気体>液体>固体
エネルギーは気体>液体>固体

となり、矛盾が生じる。


なぜか?


10.24.2017

自殺とはなんぞや論を書きました。



なにが私たちを殺すのか? 

自殺とはなんぞや。
近代社会を相対化し、国家装置による
自殺の発生プロセスを暴く。
――自殺論の金字塔!




というのはで、


適当に書いたけど雑文レベルなのでアップしておきます。

すごく暇なときに読んでください↓


 

10.23.2017

やまなかこ

お天気がいい、ので

山中湖へ行ってきた。

10.17.2017

「社会不安障害」って、だれでも社会は怖いでしょ

「社会不安障害」とはなんぞや?

「社会に不安を感じること」が病的なのだろうか。

なんたる「社会」の高慢!

……ということはない。


10.14.2017

苦しみの私有化について

 苦しみや苦悩の原因となる「恐怖」と「不安」について考えている。

おそらく近代以前の人びとは、「恐怖」することはあれど、「不安」を抱くことはなかったのではないかと私は考える。

フロイトは「制止、症状、不安」において、不安は漠然としており、対象を持たないこと、不安が対象を見いだしたときそれは恐怖になると述べている。ナントカ恐怖症という症状は、本来は漠然とした「不安」を土台として、なんらかの対象に形象化されているということである。


10.12.2017

本を書きはじめて二ヶ月たつが

本を書きはじめて二ヶ月たつが、文章量としては2万字書けているといった具合。

一度7万字ほど書いたのだが、ある日読み返すとどうしようもない代物に思えたので、思い切ってお蔵入り。

「本を書く」という目標は遠くなりそうだが、この間に物事を考えに考えているため、得た知識は多い。

というか、調べ物をしていると、自分がいかに物事を知らないか……ということに驚く。なんせドイツがどこにあるかわからなかったのだ。これは我ながらショックだった。スペインはわかるけど、左横の小さい国はなに?なんて笑 ポルトガルですよ。詩人ペソアの国。もっと上にあると思ってた!


10.05.2017

記事を削除しましたよっと。

予告したとおり、ブログの記事をすべて削除した(最初の一記事は記念にとっておいた)。

1000記事書いたうち、コメントは自分のものを含めて365個あった。情緒的に非常に不安定なときは、コメントに救われることもありました。アクセス数は5年続けたブログとしては少ないが、少数の読者に支えられているようなブログだった。

今は本を書いている。3ヶ月もあれば1冊書けるだろうという見込みだったが、それなりの質のものを書こうとすると膨大な文献資料にあたらなければならず、何度も修正している。特に急ぐわけでもなし、のんびり書いていこうと思っている。

文章家になるという目標が5年ほど前からあった。この目標は達成できるような気がしている。当初から私は「作家になりたい」というよりも「作家になるだろう」という予感の方が強かったが、学校生活や労働生活に適応できない人間にも道はあるということだろう。

このブログの今後――更新は続けようと思っている。ただ本の執筆がメインになるので、更新は抑制気味にしなければならない。……のだけど、ちまちま更新しようと思っている。