6.28.2017

目で鼻で耳で舌で皮で肉で骨で

"whatever does not spring from a man's free choice, or is only the result of instruction and guidance, does not enter into his very nature; he does not perform it with truly human energies, but merely with mechanical exactness" and so when the labourer works under external control, "we may admire what he does, but we despise what he is."
そうそう。プロテスタンティズムは実行の倫理。人間を原子のひとつにしてしまって、肉体や精神の個別性を無視する。大切なのは「何をしたか」。原子には属性が付与される。東大を出たとか嫁が若いとか貧乏人だとか。そういう属性が付与されるのであって、彼の「人格」はそういった属性の集まりだと判断される。もはや面接官や判事は彼の肉や骨、目や指を見ない。そこにあるのは装飾された原子なのである。そして個性というものの正体はこの装飾に過ぎない。

それは私たちが労働者を見ないのと同じである。工場の労働者は原子となる。彼はただ何の部品の担当か、何の工程の担当かということで区別される。労働者は白い作業着によって視覚的にも原子化される。彼は単なる機械とみなされるため、特別の故障や問題なく作業することができれば機械と一体化する。彼は道具であるが、それだけでは無価値である。ハンマーが無人島に置かれたところで価値がないように、使われなければならない。しかし使い手は機械であるので、彼の肉がどのようについているか、いかり肩かなで肩かなどは問われない。他の機械との一体化こそ、彼の存在を許すゆいいつの道なのである。そこで評価されるのは「何をしたか」であって彼自身ではない。



私たちは強迫的に行為を求めている。何かをしなければならないと思っている。仕事をしなければならない子どもの世話をしなければならないとか大学に通わなければならないと思っている。そうでないと価値がないとされるからである。行為を放棄し属性を身に着けない存在は赤んぼうと同じで無価値である。中卒のニートのひきこもり。無価値どころかそういった「大人子供」は、何か嫌悪感を抱かせるものらしく迫害の対象になる。それは軽蔑の形をとるけれど本当のところ恐怖である。ひとは軽蔑する対象は迫害しない。ひとは恐れによって行動する。明治政府は高等遊民をとにかく排除したかった。貴族的精神に知性と時間が合わさるとろくなことがないのである。

ただ在るということを自分に許すことが難しくなっている。SNSでたくさんコメントをもらったりブログの読者が増えたりカントを読んだりゲーテを諳んじてみたり年収2000万円を目指してみたりうまいものを食ったり高級車を買ってみたり、ということで自己肯定する。自分はまともな存在なのだと考えるようになる。

何をするかが思考の限界領域になっておりもはや「自分が何者か」は問われなくなった。自分が何者かは考えられないし考えたくもないということで、自分が何をしたかが自分が何者かであるかを規定するようになった。これは自分を客観的に見つめるということである。自分は何者か、と考えるときに履歴書一枚で済むような人がいる。

現実には学歴なんて意味がないのである。もちろん親の財力や社会階層を知る上では役に立つかもしれない。だがそれよりも私が見たいのは肉であり骨である。骨と骨は共鳴する。皮膚よりも肉が深く、肉よりも骨が深い。皮膚感覚で相性がよくても長続きはせず、離別してずっと経ってから思い出すのは骨の相性のよかった人間である。

私たちのコミュニケーションは目を介すだの言語を介すだの言われているが脳みその機能が私たちには未知であるようにコミュニケーションの実体も解体され得ない。私はひととひととの間は共鳴だと考えている。だから人間を原子として見、属性化するような社会制度はアホらしいものである。それは人間を見るためのものではなく道具を評価するための基準である。が、これは広く一般化され私たちも属性によってひとを評価するように教育されている。だからツイッターやフェイスブックなどが大衆ウケするのである。あれは原子たちの饗宴なのである。

人間はそのような属性から見えてこない。私はそんなものより骨と肉をずっと見ていたい。骨と肉の密な暗い領域に憧れる。目で鼻で耳で舌で皮で肉で骨で、肉と骨を感じたい。



6.27.2017

労働はイカれている

ニートになって一ヶ月になる。オメデトウ。

これまで私は自分のことをマージナル・マン=境界人だと思っていた。それはコップのフチ子さん的な絶妙な均衡だったのだが、転落!転落である。今は完全に異界の人となってしまった。ときどき、世間のひとびととの価値観の乖離に驚くことがある。少し沖に出過ぎたのかもしれない。でも、もう遅いのだ。

私は働くことが嫌いなのではないよ。むしろ好きだと思う。ただ誰かのパシリになるのが嫌なだけで。つまり精神的には高貴なおじさんなのだと思う。つまりは、潔癖。
主人の言説の時代には、能力のあるものは、他者の欲望に奉仕することを恥じた(例外はある。だが神経症者は一般的に大他者の道具となることに堪えられない。彼は他者に食い物にされていると感じる)。(何処かのブログより)
今日は「風来のシレン」というゲームを6時間ばかり。専門用語になって申し訳ないのだが、「掛け軸裏」をクリアし、今は「食神」を攻略しているところだ。まったく楽しい。

楽しいが……これではご飯が食べていけないというのも峻厳な事実である。




かつて労働と遊びは区別されていなかった。人はわざわざ遊ぶ必要はなかった。日々の労働が遊びのようなものだったからである。狩猟をし、釣りをし、山菜を摘み、栽培し、焼き物を造り、編み物をする。ときに政治があり、呪術と祈祷があり、ときに戦争があった。それもお祭りのようなものだったろう。

私たちは今日、こういった営みを剥奪されている。そういったことは「趣味」とされ、「暇な時間にやれ」と言われる。(暇な時間など、ほとんどないのだが)

私たちの手からは石斧も竹竿も剥奪され、代わりにモニターとキーボードが与えられている。現代では生活の営みは破壊され、その欠片の中から労働と遊びが区別された。

遊びが許されるのは人間性の回復のためであり、発狂を免れるためだが、それが許される理由というのも労働効率をあげるためである。どんなバカな経営者でも労働者を24時間も働かせないが、それが労働者への「慈悲」ではないのと同じである。

私たちは労働によって生活の営みから解放されたが、同時に奇妙な分裂を生みだすことになった。労働の時間においては我々は自己をどこかへ追放し、遊びの時間には自己を呼び戻すようになった。つまり私たちは労働の時間において、自らを他者に貸し出す必要が生じたのである。

この分裂が営みの開裂をますます加速化させた。つまり労働はますます退屈にやるせないものになり、遊びはずっと刺激的で快適になったのである(偽物の釣り、偽物の戦争、偽物のセックス)。まるで芸術アートと技術テクネーが近縁だったにもかかわらずいまではよそよそしいように、遊びと労働も我々にはまったく無関係な存在に感じられるのである。

営みが解体され、遊びと労働が誕生した。そのときおそらく苦しみや懐疑といったものが生まれ、果ては現代まで続く「理性」が誕生したのだろう。私はそのように考えている。歴史を学ぶほど、私は古代へのあこがれを強くする。



労働と遊びがひとつだったとき、人間は満ち足りていたのである。彼ら古代人は私たちが考えているよりずっと精神的に落ちついており、大人びていた。彼らは現代人がどれだけ哲学を学んでも到達できないくらい、生と死について達観しており、高次の認識を持っていた。彼らには理性というものが乏しかったが、それだけに自然と自己とが未分化であり、したがって自然の叡智をほとんどすべて身につけていたのである。

6.26.2017

zacky-ojisan

ニートのくせに何もしないのはアレなので、日記を書いておこう。

今日はお腹が痛かった。昨日祖母の料理を食べたからだと思う。私の家の冷蔵庫を開けて、食材を手にとってみてほしい(床が傷んでいるから気をつけ給え)。賞味期限が2013年とか、2015年とか、年代物ばかりだ。そういったものが捨てられずに冷蔵庫に詰めこまれている。

「一回冷蔵庫の中身全部捨ててしまいたい」と思うのだが、無駄なのだろう。これは習性なのだ。もはや彼らは、自分のしていることに自覚がない。認知機能の低下は一種の不可逆的狂気である。

東京や大阪は違うのだろうが、私の住んでいる地元はとても高齢化が進んでいる。これはタイと日本の大きな違いである。まあ、タイも若干高齢化が進んでいて、40代がピークとなっているらしい(マッサージ屋もおばちゃん化が進んでいた)。

とはいっても、日本のように60代が突出して多いということはなく、街なかを歩いていれば20代のかわいい女の子が歩いている(というかタイ人は基本的に歩かずにバイクに乗っている)。

日本はこれがない。これがないからつまらない。日本の田舎町にいるのは若作りしたおばちゃんか女子中高生くらいで、まあ女子中高生でもいいのだが、20代前半くらいの女性がいないというのは、まことにつまらない。私はこんな国は嫌だと思う。何かが間違っている。グロテスクな国家構造だ。奇形の国だと思う。いくら日本がいい国だとしても、こんな歪な国は御免だ。

ともあれ今日はお腹がぐるぐるとして痛かったのだが、陰鬱な実家にいる気もしないので図書館へ行った。地元の図書館は建物や設備は古いものの、蔵書はセンスがよい。そして自習室は一人二人しかいない。いつも思うのだが、ネット関係の仕事で東京や大阪のレンタルオフィスなど借りるくらいなら、田舎のこういうところでやればいいと思う。無料だし、wifiがあるところもある。

それで読書をした。フロイト関連の書籍と、日本の民俗学的な本を読んだ。私は稲作以外の日本人像を掴みたいと思っている。

日本人が稲作農民だった――というイメージは、明治政府のおしつけた歴史観に過ぎないようである。
とくに、いわゆる明治維新以後、近代国民国家が成立し、単一の国民文化の形成がはかられると、それに伴い日本文化を単一・同室の稲作文化だとする考え方が普及しました。その過程で稲を祖先伝来の聖なる作物とする稲作農民の思想と、天皇の先祖が天上でつくった聖なる稲をたずさえて地上に天降ったという神話が結びつき、我が国を天皇が統治する豊かな稲作国家だとする瑞穂国史観が形成されたという反省すべき思想史の流れも認められます。(「日本文化の多様性」佐々木高明)
弥生時代、朝鮮半島から天皇家の先祖(天照大神)がやってきて米を伝えた……というふうにすれば統治上は非常に都合がよろしい。なぜって米は日本人のソウルフード、「食わせてくれた人」には決して逆らわないのが人間の習性である。(私の実家でも米を作ってるけど、思想的には天皇べったり)

ただ原田信男の「歴史の中の米と肉」によれば、以下の通りらしい。
近世の初期、十七世紀頃を中心にして大規模な新田開発がすすめられ、それによって水田の面積が日本全体で急激に増加した。また秀吉の全国統一を契機に、兵農分離を伴う形で太閤検地が実施され、それによって中央政権が全国の耕地面積を精確に把握するようになった。その結果、都市に集住する武士が村落の農民から米を御許する年貢を収奪するという中央集権的な国家体制、いわゆる幕藩体制が作りだされた。そうした状況を背景にして、全国のすべての生産力を米を基準とした石高で表示するようになり、米が政治・経済の基礎となる、いわゆる「石高制=米社会」が確立したというのです。(同著)
米がいわば「標準化」されたのは近世以降。とにかく明治政府(~現政権までの系譜)ってのは日本史をねじまげるね。



私の興味を引くのはサンカという存在で、山ぐらしをしていた人々。こういう人々は、竹細工の農具などを売りながら村々を転々と歩いた。

意外なことにサンカは穢多非人よりも差別されていたらしい。戸籍も家も持たないからだそうだ。私は差別といえば「穢多非人」という言葉が頭に浮かぶが、現実にはそれよりずっと差別されていた存在があったのである。

穢多非人はかえって特権的な職権を与えられており、穢多の食肉加工や革製品の製造の他にも、非人の警察の末端機構として働くこともあったとか(つまり非人が農民を取り締まる)。明治政府に穢多非人を「平民化」したら、かえって窮したという話もおもしろい。

被差別者が生き残るのは、ほんとうには差別されていないからなのだろう。ほんとうに憎まれ疎まれていたのであれば、消されている。ナチスがユダヤ人を抹殺しようとしたように、明治政府はサンカを殺した?(ついでにアイヌ人もほとんど抹殺させている……ちなみにアイヌ人が縄文人の末裔ということは遺伝的に否定されているらしい)

私はなんとなく、明治以降の日本政府はサンカを恐れているのではないか、という気がしている。

で、話がすっ飛ぶようだが、日本の異常とも言える杉植林への執着(いまや森林の半分以上は杉植林済み)は農水省(林野庁)の利権や官僚特有の暴走などではなく、サンカ撲滅の一環なのではないか……と考えてみたり。おそらく杉林にはサンカは住めないだろう。木の実も野生の動物にも乏しいからである。

杉林

ブナ林
ちょっと恣意的な画像かも^^;

なぜ政府はサンカを怖れるのか。それは単純に明治以降の国体思想に反するからでもあるだろうし、戸籍を持たない存在をどうにかしたい行政の都合でもあるのだろう(犯罪など起きたらどうしようもない)。あるいは歴史的な確執があるのかもしれない(私は日本史に詳しくない)。

加えてオカルト的には、たぶん天皇家や支配者層と呪術的な対立があるのではないかと私は妄想している。サンカは山の神と扱われることもある。山姥だの天狗の正体はサンカという説もある。どこかこう、霊的呪術的に「強い」というイメージがある。平野の中心にある天皇と、山の神を信奉するサンカ。

まあ、所詮妄想である。

いずれにせよ、杉植林は森を殺し山を殺す(地すべりなど土砂災害の原因は杉植林?:参考 私が目にした地すべりはほとんどすべて植林地)。加えて花粉症などという嫌らしいアレルギー疾患もあるのだから、国は杉植林からさっさと手を引いて欲しいものである。

プールおじさん

それで読書は数時間で終えて家に帰った。が、陰鬱で臭い実家に居る気はおきず、また外出した。プールへ行ったのである。

近所にある大型の市民プールで、はじめて行ったのだがなかなか快適なところだった。仕事で行っていた田舎のジムのプールは800円くらいしたと思うのだが、こちらは500円。二時間ばかり泳いだ。

驚いたことに、平泳ぎの感覚が突然つかめていた。私はそれまで、クロールしか泳げないと思っていた。平泳ぎではぜんぜん前に進まない……と思っていたのである。それが、試しに平泳ぎで泳いだら……泳げた!

平泳ぎのコツとは、とにかくキックで進むということである。で、キックしたらケノビのように身体をまっすぐにする。ここで距離を稼ぐ。手カキは、小さなアクションでいいらしい。キック→スイーっと進む→手カキ(息継ぎ)こういう手順だったんだな~。そんなわけで平泳ぎって楽に進むなあ!と感心したのである。

クロールは相変わらず楽しい^^ クロールも全身で泳ぐということが大切だと思う。手でかくだけではない。体幹が抵抗にならないよう、しっかりと水に浮かせなければならない。手先は指が開かないように意識する程度、体幹の筋肉をうまく使いたい。

あとはドルフィンキックもうまくなった気がする。これもオーバーなアクションはかえって抵抗になり、少しの動きの方がスムーズに進めることを学んだ。

水泳は長く続けているけど、いい運動になる。身体が水冷式に冷やされるし^^ 間接を痛めることもない。私はスポーツ全般が嫌いだし、軽蔑さえしてるけど、水泳は良いものである。

といっても私の水泳は完全に自己流である。スポーツ選手じゃあるまいし、コーチングはいらないと思っている。結局、水泳は水との対話だ。どう泳ぐかは水に聞けばよろしい。そんなわけで私はまあまあうまく泳げている。

ヘタクソな人を見ていると、「手をかく」、「バタ足をする」、と頭で考えてしまうから泳げないのではないかと思っている。大事なことは「前に進みたい」という意志である。プールを見ていると、「いちおうクロールの形になっているけど、果たして前に進む気があるのか?」と疑うような人が多い。前に進みたい、と思わなければ前に進まないのである。

まあ私もヘタクソなので、戯言である。プールでスカッとしたので今日は酒飲んで寝よう。

6.25.2017

おっさんはどうなるか

どうやって今後生活していくのだろう。

おじさんは孤独なニートである。

文章家になりたい!と宣言して4年くらい経つのかな?目標は30歳までであった。それまでに達成できるのか。

自分の書く文章が、客観的にどうなのか……カネになるのか、賞になるのか。褒めてもらえるのか、人気が出るのか。そういうことを考えずに書いている。

文章を商品化することに長けている人がいる。小説家やコピーライター。いまはブロガーとして財をなす人も珍しくない。私はというとただ日課というか、書かないと気持ちが悪いので書いている。これはもう、何年も同じである。

最初は小説家になるぞ~みたいなテンションだったので、割合素敵な文章を書いていたと思う。いまはそんな意気込みはあまりない。だけどなんとなく、自分が文章家になるだろうという気はしている。だから特別努力することなく、いまのペースでのらくらやっていればよいのだろう。

つまらない会社員を辞めて、ニートライフを過ごしているのもその布石だと思う。私は会社を辞めたけれど、それは私が「意志」したことではなく、水が低きに流れるように自然なことだと思っている。

だいたい、自分が「意志する」という考え方がおこがましいのである。クリシュナムルティは「事実に直面しているのに、どうして選択があるのか」と言った。天職というものがあるとすれば、それはもう意志とは関係なしに勝手になってしまうのだろう。

サラリーマンが天職という人はサラリーマンになればよいし、芸術家が向いていれば芸術家になればよろしい。私は警察とか、軍隊とか、そういう組織には死んでも入りたくないが、世の中にはそういう職業が向いている人もいる。これはもう、生まれつきでしょう。

私は自分が文章家になっても、ならなくても、楽しければなんでもいいと思っている。つまらないのはもう嫌なんですよ。

そんなことを考えている。

6.23.2017

税金や年金や保険……

帰国して二日目。

日本はとても涼しい(^ω^)
パタヤの突き刺すような紫外線がないのはすばらしい。

手続きをいろいろとしてきた。

住民票を移す。
そして免許の住所変更。
ハローワークで失業保険の手続き。
あと図書館カードの発行。……これでやっと本が借りられる。

なんだか年金だの健康保険がでたらめな状態になっていたらしく……とても時間がかかった。私は保険とか、年金とか、そういう制度にまるきり関心がなく、基本的に役所からの封筒は開かずに捨てるライフスタイルなのでややこしい状態になっていたらしい。なんかベテランっぽい職員と、見習いみたいな人もついてきて、大学病院のオペみたいになってた。

まあ、どうとでもなる。自動車税も1年と半年払わなかったけど何もなかったし(ネットバンクから振り込みできると知って払ったけど)。

「文書のとおり」とは、会社に給与調査するよ、という意味。好きなだけしてください……。

日本には自分が思っている以上にダメな人がたくさんいるのであって、税金を滞納した、水道を停められた、免停になった、履修登録を忘れて留年したとか、そんな程度で自己嫌悪に陥る必要はない。ダメ人間界ではひよっこレベルだ。私なんて器物破損で会社の駐車場で逮捕されかけたしね。



はじめて行ったハローワークはおそろしくドヨンとしたムードだった。死と停滞の灰色の場所である。あれはメタファーとして、ろくなキャリアを積まない無職者が処罰される場なのだろう。羞恥と屈辱の刑罰。労働のレールから脱落した異常者、異端者としての烙印。精神病院、刑務所と並ぶ訓育のシステムである。

職員の対応は別に悪くない、むしろとても親切と言っていいくらいなのだが、それが逆に無職者のメンタルを侵害する気がする。すごく気を遣われている感じ。なんと言えばよいのか。「大丈夫、あなたはダメじゃないよ」という優しさを感じて、それが心に刺さる感じ。

異様と言ってもいいあの沈鬱としたムードはサティのジムノペディでも流せばだいぶ変わると思うのだが、「ハローワークが居心地良くなってはまずい」という事情もあるのだろう。失業者救済というのは建前で、失業者を罰するための場としてハローワークは機能しているのだと思う。

離職票が退職一ヶ月、まだ届かないので、仮登録だけしておいた。会社の総務に電話したけど、手続きの関係で来月になるとはどういうことだ。ハロワのおばちゃんがびっくりしていたぞ。私はタイに行っている間に届いてるだろうと思っていた。だから帰国したのだ。まあ、仮登録ということで手続きはできたからいいのだけど。

そんなわけで久しぶりに仕事っぽいことをしたので疲れてしまった私である(^ω^)



昨日高速バスに揺られながら考えていたのだが、パタヤに店舗を開くか、パタヤからの輸出ビジネスを始めようか……というアイデアが頭に浮かんだ。私のアントルプルヌールentrepreneur精神がメラメラ燃えだしたのである。

輸出ビジネスって、注文があってから買い付ければよいのだからゼロリスクだ。滞在費は、女遊びさえしなければ安いもの。……もちろん同じようなことをしている業者はあるのだけど、ホームページを見る限りレベルが低い(^ω^;)私が入り込む余地も若干ありそうな感じ。

熱心に金稼ぎをしたい!とか仕事を通じて成長したい!といったプロテスタント的エンスーではなく……「できるだけ働かずに毎日を過ごしたい」という消極的な起業になると思うのだが、こんな精神でどうにかなるのか。どうにかならないのではないか、と人は思うだろう。私もそう思う。

でも起業資金なんてたかだか数百万円、失敗したって命が奪われるわけではない。私は金がなくとも図書館で本を読めれば毎日ハッピーなのである。逆に金があっても本が読めなければsuckである。

私は人に使われるのも使うのも嫌だし、週40時間働くことは拷問だと思っている。だからほそぼそとした自営に憧れるのである。やってみる価値はあるのかもしれないな。

とりあえずはまた訪タイして、考えを煮詰めてみよう。おっさんには時間が山ほどあるからね。灰色の時間泥棒はやっつけてしまったよ。

6.22.2017

タイ旅行終了 日本に対する所感

帰国した。

タイの滞在は二週間だった。税関の日本人女性に、「けっこういましたね!」と言われた。そう、けっこういた。もう少しいる予定だったが、航空券が安かったので……。

すぐ地元に帰るのも嫌なので、大阪のゲストハウスで一泊した。ゲストハウスはフランス人が二人、イタリア人が一人、タイ人が一人、中国人が一人、日本人が四人いた。

フランス人は世界一周中らしく。東へ東へ進んでいるらしい。日本人とは逆だな。次は一気に飛んで、メキシコから南米へと。タイには一ヶ月いたらしい。英語が達者だった。

ゲストハウスのオーナーと話したが、日本は終わる。経済的に破綻して中国に攻め込まれる、と言っていた。うちの子どもは有名企業に勤めている!それなのに親に感謝もしない!ほとんど絶縁ですよ。こんな子どもばかりでは日本はおしまいだ、というようなことを言っていた。子どもに相手にされないからゲストハウスを経営しているのかな?と少しさびしい気持ちになった。

日本人の少し陰気な感じの女性と日本史や世界史の話をした。宗教や哲学のことなどまともに話したことはないので良い経験だった。

それにしても中国人の若い女性、北京出身、日本に留学していたそうで日本語ペラペラだった。なんだか健気でかわいくて嫁にしたくなった。嫁は外国人がいいな~とぼんやり思った。

久しぶりの日本だけど、あまりタイと距離があるようには感じなかった。またタイには行きたいと思っている。居心地のよい、快適な場所を知っておくことは、精神衛生上すばらしいことである。いざとなれば日本をぬけだしてタイで過ごせばよい。

今回の帰国は失業保険などの手続きのためと、あとは落ちついて読書がしたくなったため。ホテル暮らしもいいのだけど、何日も滞在すると飽きてくるし、かといって移動すると手続きだのホテル探しがしんどい。次くるときはマンスリーで借りようかな。

パタヤに長期滞在している日本人と会えたことはよかった。なんというか、みんな明るい。大多数の日本人が持っているあの沈鬱な空気感とか、緊張感がない。いいところに住んで、うまいもの食べて、性的なフラストレーションなど溜まることもないのだからストレスフリーなのかな。

在タイ日本人やタイ人を見ていると、「人生は楽しむべきもの」という感覚が伝わってくる。コンビニ店員とか賑やかに雑談してて、私なんて無視されるのだけどそれでいいんだよ。日本のコンビニ店員見てるとほんと悲しくなる。あんな過剰サービスいらない。うっとおしいし。下僕かお前らは。

「人生は辛く苦しいもの」というドグマが日本人を縛りつけていると思う。生きていくことは大変、だから精一杯働かなきゃいけないと日本人は考えている。

日本人って、みんな承認欲求が強い。見捨てられ不安みたいなものがあるのかもしれない。親に認められたい子どものように見えることがある。

帰国したときに思ったこと。「日本人はマゾの自意識過剰だ!」と。日本の若者はオシャレだけど、その姿からは「見てくれ」「センスの良い/おしゃれな/モテそうな/明るそうな……俺の存在を認めてくれ」という言外のメッセージがむんむんと出ている。

日本のサラリーマンはバリバリ仕事ができそうだけど、彼らからも「見てくれ」「仕事のできる/有能そうな/誠実そうな/仕事だけでなく趣味も充実してそうな……俺の存在を認めてくれ」という悲痛な声が聞こえてくる。

だれもが自分の存在に確固たるものを持っていない、と私は大阪の街を見て思った。これはヴェイユの「根こぎ」の状態と言ってもいいかもしれない。

何者でもない自己は肯定されるに値しない。何かをgetしなければいけないと考えている。大衆の心の深いところに欠乏が植えつけられている。無理矢理与えられた欠乏が無理矢理に社会を回転させている。欠乏が増加するにつれ社会が加速化していく。遠心力に耐えられずふっとぶ人もいる。そのなかのひとりが私。

私は日本の底辺労働者もにぎにぎ楽しく過ごせばよいと思う。底辺は楽しく生き、苦しむのはトップエリートだけでよろしい。政治形態問わずそれがコミュニティの自然な姿だろう。今はそれが逆立ちしている。

まあいずれにせよ、こんな国は一回潰れなければならない、と私は思った。

6.19.2017

タイのタワマンですき焼き食べおじさん

マンション経営をしている実業家のお宅を訪問。

アメリカの大学卒業後、アメリカの金融機関で仕事をし、日本で起業して、10年働いてリタイア。今はタイで不動産の事業や食料をしているらしい。40歳の人。カレー屋さんいわく、「私たちの金銭感覚よりゼロが二つか三つくらい大きい人」だとか。

他、元シェフ(70代)、元日本の大手企業の部長職(70代)、カレー屋さん(元クラブのママ40代)、日本企業の駐在員(40代)などといったメンツですき焼きを食べた。パタヤ永住をめざす人がいれば、パタヤと日本を往復する人も。

私が最年少。すこし緊張したが年上の人々に囲まれるのは苦手ではない。面倒見て貰えるからね。

「パタヤは長いの?」とか言われるが、私は一介の旅行者なのですよ。


すき焼き、おいしかった。牛肉食は私にとってはタブーなのだけど、いただきものなら食べる。

実業家の人はやっぱりオーラがある。只者じゃない感。意識高い系の大学生なら興奮して嬉ションしそうなステータスであった。

タワマンからの展望。カメラ持ってくればよかったな。

そのあと、カレー屋に移動してまたビールを飲む。お酒好きが多すぎるよ。また二日酔いになってしまった。

今後どうするのか、いろいろ考えている。

私はあまりお金を稼ぐことには興味がない。無論金はあればあるほどいいに決まっている。だが私がしたいことは、やはり思想的なこと、精神的なこと、芸術的なこと。

富是一生財 身滅即共滅 富は是一生の財。身滅すれば即ち共に滅す。
智是万代財 命終即随行 智は是万代の財。命終われば即ち随って行く。(実語教)
私が不動産投資や株に手をだすのを指して「金儲けが好きじゃないか」と思う人がいるかもしれない。私からすれば、大部分の人が従事する「賃金労働」という行為は金儲け以外の何物でもない。

従って、一日8時間以上も金儲けに費やすことができる人は私からすれば金満家だ。

私が欲しいのは高さではなく深さ。



今日から安いゲストハウスに戻る。1泊200Bのゲストハウス。

一階のエアコンの効いたロビーで涼みながら、ノートパスコンでこの日記を書いたり、ニーチェを読んだりして過ごす。もはやこれは旅ではなくなった。日本にいるのと大して変わらない。

しかしこの物価の安いパタヤで、日本と同じように過ごせるということが気づけただけでも大きな収穫だろう。日本で収入を得て、パタヤで過ごす。この方法を考えてみたい。

6.17.2017

タイに沈没おじさん

タイ11日目。



自分でも驚くほど怠惰に過ごしている。

今日したこと……ホテルを11時30分にチェックアウト。屋台で焼き鳥だの焼きおにぎりをつまみながら別のホテルまで酷暑のなか歩く。


シーフード酸辣湯。見てわかると思うが、うまい。だがぬるい。熱ければperfect. 60B


13時別のホテルにチェックイン。シャワーを浴びて、あとは音楽聞きながらネットをだらだらと過ごす。ニーチェ読んだり。
世の人は勤勉な者を賞讃する。勤勉さのせいで、その人は目を悪くして、精神の深さと新鮮さを失うというのに。世の人は「ぼろぼろになるまで働いた」若者を褒め讃え、愛惜する。それというのも人びとはこう考えるからだ──「最良の個人を失ったとしても、社会全体のためにはわずかな犠牲にすぎない! こうした犠牲が必要だというのは残念だ。しかし、個人がそう考えないで、自己保身と自己の発展を社会のための奉仕よりも優先するようなことがあれば、そのほうがはるかに残念なことだ!」と。世の人がこの若者を哀悼するのは、彼自身のことを思って悲しんでいるのではなく、従順で滅私奉公に励む道具──いわゆる「実直な人間」──が、死によって社会から失われたことを嘆いているのである。加えて世の人はおそらく、その若者がもう少し自分をいたわりながら働いて、長生きしてくれたら、さらに社会のためになったのではないかとも考えるだろう。……徳が褒め讃えられる場合、本当に賞讃されるのは、まさにこの道具としての性質なのであり、個人にとっての一切の利益の枠を越え、あらゆる徳を左右する盲目的な衝動──要するに、個体を全体にとっての一機能に変えてしまうもの、つまり徳における非理性なのだ。徳の讃美とは、私的には有害なものの礼讃であり、人間から最も高貴な自己愛と自己に対する最高の配慮の力を奪うものの礼讃なのである。(「喜ばしき知恵」河出文庫)
そういえばウェーバーもニーチェリアンだったな。 

これからの予定は何もない。適当な店で晩飯を食べ、youtubeを見ながら酒を飲んで終り。

もう日本に帰れよ!……と言われそうなのだが、日本にいるより金がかからないし、快適に過ごせるし、もう少しいてしまおうかな……と考えてしまう。今いる三ツ星ホテルは、プール付きで1700円。

Cocco resort. ちょっとボロいホテルだが、全体的にセンスがよい。画像はネット検索から。

立地はよくないのでレンタルバイクは必須。でも静か。

ドミトリーでもいいんだけどね。ドミ800円、三ツ星ホテルが1700円だったら三ツ星を選んでしまう。

実のところ、おじさんもタイからどこかへ行こうと散々悩んだのだよ。候補はオーストラリア、キルギス、エジプト、ネパール、香港、ラオス、インド、メヒコ(メキシコ)、フィリピン。刺激的な国が山ほどじゃないですか。

でも、「6月」という時機がとても良くないことに気がついた。

灼熱地獄……インド、ラオス、エジプト
雷雨地獄……ネパール
物価地獄(通年)……オーストラリア、香港
航空費地獄(通年)……メヒコ、キルギス

当たり前の話かもしれないが、オーストラリアのような南半球の国やメヒコ・ネパールのような高地を除けば、6月は雨季あるいは暑期である。エジプトは気温40℃の世界。だから世界一周しようと思うのなら、11月くらいからが良いと思う。物価の安い国は暑い法則。ほんとうに暑い。やってられない。

もちろんヨーロッパ諸国は温暖な時期でハイ・シーズンだろう。ただ、おじさんが気づいたことには……ヨーロッパは遠い。タイからだとなんだかすごく遠い国のように感じられる。ドミトリーが最安で一泊2500円とか、外食で1000円とかね。そういう点がすごく遠い。香港も信じられないくらい物価が高くて唖然とした。そういえば不動産価格が世界一なのが香港だった。

タイからメヒコも非常に遠い。航空費は10万円近くする。南米orアフリカは一度行ってみたいものの、なんとかなく乗り気にならない^^;

インドネシアはタイやラオスと逆で、今の時期が乾季。ただ、頭の中でこんな声が響く。「どうせタイと変わらないだろう。治安もタイよりずっと悪いし、タイでいいんじゃないか?」と。

そんなわけで今日もチャーンビールを飲みながら一日を終えるのだろう。ほんと、どうするんだろうこれから。

市場へ足を伸ばす。
RX-1Rはとってもいいカメラ。



タピオカ入りフローズンドリンク(Ice tea味)。30円ですよ、これが。
日本の縁日で売ったら400円はいけるね。

6.15.2017

パタヤ・ザ・パタヤ

タイ旅行9日目。

タイでの洗濯は……クリーニング屋か、コインランドリーとなる。

クリーニング屋は乾燥までしてくれて、私の場合ズボン+Tシャツ二枚+下着+靴下で60B~80B程度。コインランドリーは乾燥機能はないものの、洗濯機のサイズに応じて20B~40B程度。バンコクではもっと高くなるし、田舎では安くなると思う。

当初はホテルの洗面所で洗濯しようと思ったが、朝になっても乾いていないことが多く、生乾きがひどいことがあるので、クリーニング屋に任せることにした。

私の知るかぎり、クリーニング屋は愛想がいいことが多い。ホテルの近くのクリーニング屋へ行ったら、一緒に飯を食わないかと言われた。日本人が好きなんだとか。「こんにちは~」だの「元気ですか~」など声をかけられる。

それでゲイの男性二人、(多分)ノーマルの男性一人、女性二人のタイ人と酒を飲み飯を食った。


みなイサーン(タイ東北部の田舎)の出身で、友達同士であるらしい。写真下の男性はあからさまなゲイで、賑やかで楽しいお調子者といった具合だが、もうひとりのゲイはクールでオシャレだった。というか、小奇麗で痩身の男性は総じてゲイ扱いされるらしい。日本の大学生がタイへ行ったらほぼゲイ扱いだと思う。

上の女性がたぶん店主で、このクリーニング屋を始めたのは6日前だという。日本の札幌にもいたらしい。札幌はめちゃ寒かった、と言っていた。

彼らは英語が達者だった。教養がありそうな感じ。ビールを飲んで、イサーン地方の料理を食べた。オムレツはおいしかったけど、唐辛子漬けの料理が死ぬほど辛かった。ペヤングの激辛やきそばより辛い食べ物がこの世に在るとは驚きである。

ただ……だんだん私のコミュ障っぷりが発揮されてしまい^^;

なんだか微妙な雰囲気になったので帰ってきた(私は一対一ならなんとかなるけど、多数のなかで発言するのが本当に苦手)。タダ酒を飲んでしまったが、返すものもないので(お金は失礼だろう)でもまたビールを持っていってやりたいな。

このとき初めてドリアンを食べた。「ビールとドリアンの組み合わせはよくないよ。少しなら大丈夫だけど。この前もファランが死んだ」とまことしやかなことを警告される。

ドリアンはよく言われるような臭気はそんなに気にならなかった。味は蛋白だがとにかくこってりしてまろやかだな、という印象。まずくはないけど、積極的に食べようとは思わないかな~。ココナッツとかマンゴーの方が好み。世の中には熱狂的なドリアンフリークがいるらしい。

で、そのあと近くにある日本人カレー屋にハシゴした。日本人の駐在員がひとりいて、一緒に酒を飲んだ。とにかくパタヤの日本人は酒好きだ。

やっぱり日本人同士は楽しいな、と思う。「日本の住宅コストは異常に高い」「日本ではただのサラリーマンだけど、タイにいればエグゼクティブ。運転手がついているし、家の中を自分で掃除したことがない」「でも日本の飯は安くてうまい」などの話を聞く。「タイは居心地がいい。もう日本には帰らない」と。

たしかに日本のホテルやマンションは高いよなー。パタヤの中心街では、マンスリーで10000B。郊外だと5000B。カレー屋の日本人女性は、2500Bのコンドミニアムに住んでいるらしい。で、水道代電気代は200Bくらいなんだとか。

イサーン地方へ行ってみたいと計画しているのだが、「日曜日に日本人の集まるすき焼きパーティーがあるからこないか」というような話を聞き、行ってみたい気がちょっとある。リタイアして不動産収入を得ている超金持ちが集まるらしい。

とりあえず、今日は二日酔いなので……ホテルを移して、またパタヤで過ごすことにした。今度はパタヤ中心部で、一泊1700円。なんだか高く感じてしまう不思議。カレー屋の女性に「円換算してはいけない。タイ基準で考えよ」と注意された。

でも日本感覚だと1700円は爆安だよな~。漫画喫茶の方が高いよ。

ホテルは1700円、マッサージは一時間600円、食事は屋台で100円~300円、水は30円、ポテチは60円。タクシーは初乗り100円。相乗りトラックは30円~60円。性的サービスはピンきりだけど、handjobで1000円、本番行為は2100円から(1B=3円計算)。

シーフードチャーハン、70B。ボリューム満点。

しかも至るところにコンビニがあってまったく不便しない。

治安はとてもよろしい。そこかしこ外国人だらけなので、逆に外国人目当ての犯罪に遭う可能性も少ない。昨日もほろ酔い気分で午前1時頃帰宅。泥棒より野良犬が怖い。

こんなすばらしいところがあったのか!……というのが、おっさんの正直な感想。日本で稼いで、パタヤで生活するというのがbest wayな気がしてきた。

パタヤの不動産投資も検討している。というのも、今後絶対にパタヤの不動産需要はあがっていくだろうからだ。ここ5,6年で、パタヤの不動産価格は1.5~2倍程度上昇しているらしい。「リタイアして移住したい」という高齢の日本人相手に商売したらたぶん間違いなく成功すると思う。

私の手持ちの資金は、日本で不動産投資なんてとてもできない微々たるものだが、タイの物価事情を考えると十分なのではないかという気がしている。

まあ、じっくり考えてみよう。

6.13.2017

タイ旅行7日目 謎の日本人カレー屋さん

カキを食べたいと思いパタヤのウォーキングストリートを巡ったが、高級店しかなかった。カキ一個が80Bはちょっと高い。

ウォーキングストリートは初めて行ったのだが、日本人が見てもわかるようなあからさまなチンピラが多いな、と感じた。風俗街でもチンピラみたいな人は少なかったけど、ここには多い。ただ治安の悪さはあまり感じない。

中国人観光客が溢れんばかりに多かった。ストリップ小屋やバービアもあるところを、中国人カップルやおばちゃんたちがツアリストの旗を目印にして歩いている。タイの娼婦たちはぼんやりとその群生を眺めている。

ウォーキングストリート

さて飯を探さなければいけないのだがウォーキングストリート周辺は高すぎるし、前食べた店に行こうと思ったがそこは遠い。屋台や店にもなんとなく入りづらく、結局ホテルに帰る頃にはセブンイレブンで買ったポテトチップスだけ。

しかしホテルで飢えるのも馬鹿らしいので、ふたたび外出し、ホテル周辺で開いている飯屋を歩いて探すと一件あった。椅子に店員の男女が座っている。「OK? NO?」とテキトーな英語で確認すると、まだやっているとのこと。

「日本人ですかー?」と女性の方に聞かれた。そうだと答えると、「私も日本人です」。暗がりなのでよくわからなかったが、たしかに日本人女性であった。「VISAの関係で、この人と結婚しているの。もうタイに住んで10年」。

あまり人に知られたくないようだったので、名前は伏せて料理の画像だけ。何も知らずに入った店だったが、日本風カレーを出してくれる店だったらしい。

カレー80Bとサービスのおひたし

その女性(Bさん)と、タイ人男性(A男)とビールを飲みながらぺちゃくちゃ喋り倒した。A男は10年間寺に篭っていた。そんで次の10年は、月に一回働く程度のニート生活。40歳近くになって最近やっと毎日働くようになったと。

仏教の話をさせるととても長い説教を英語でしてくれる。仏性はこころに宿るのだよなどと言われた。Bさんはというと無宗教、仏教は胡散臭くて嫌いだそうでいつもA男と喧嘩してるらしい。別段A男が信仰深いというわけではなくって、タイの人は悩みがあると寺に何年か篭もるのが普通なんだとか。A男は修行で森の中をひたすら歩き倒したとか。

Bさんはとにかく寒いのが嫌でタイに着たという。あとはゴルフ好きで、毎日していた。あの手この手でタイへの滞在期間を伸ばしている。曰く、タイは賄賂でどうにでもなる国。

だらだら好きな音楽を流したりバイクの話をしたりしているとあっという間に閉店時間を過ぎて午前1時に。遅くまで話し込んで、悪いことをした。ビールを5,6本飲んだのだが250Bだけでよかった。酔っ払っていたので気が回らなかったが、今考えるとチップをたくさん払っておけばよかった^^;

パタヤに移住する日本人は割りと多い様子。ただしビザのとりやすい高齢者が多いらしい。リタイアした高齢者、あとはゲイが日本からやってくるそうである。

なんでタイにはゲイやレディボーイが多いのかBさんに聞いてみると、男ががっつり稼ぐにはそれが良いのだとか。いまでこそ工業的に発展しているが、それくらいしか金を稼ぐ方法がなかったのかもしれない。

私もA男に何度も「お前はゲイではないのか?」と聞かれた。たしかにタイに着てから複数人に「お前はレディボーイみたいだ」「ゲイみたいだ」と言われた。たぶん痩せていて髪が(タイ的には)長いからなのだろうが。私はノーマルだけど、ゲイに寛容であることは良いことだと思う。フーコーもパタヤにくればよかったのではないかな。

ああ、それにしてもパタヤで二日酔いになることになるとは!ホテルにもう一泊することにした。今日もだらだら過ごそう^^;

6.12.2017

comfy NEETlifeはパタヤにあった

パタヤ四日目。タイ六日目。

まずいことになった。パタヤの居心地がよい。

ほんとうはタイからあちこちに移動する予定だったのだが……。なんとなく、安いホテルを見つけたので今夜もパタヤに宿泊することに。

お腹の不調は改善してきたのだが、痔が深刻に悪化しているので療養したいというのがひとつの理由。イボ痔が普段の3倍増しくらいになっている。ステロイド軟膏を塗って応急処置。でも歩いていると、何かの拍子にイボが飛び出てくる。悲惨である。

今日したことといえば、アメリカンブレックファスト(120B)を食べたことと、タイマッサージ(200B)を受けたこと。そして珍しいおばちゃんバイタクに乗ったこと(60B)。

正午に食べるブレックファスト。

目玉焼きは意外にも半熟で、トーストに塗るのはちゃんとバターだった。

日本人はアホみたいに働きながら、ちゃんとしたビールやバターを食べることもできないなんて気の毒だな~と思いながらぼんやり食べていたら一時間経っていた。

それで、あとはエアコンの効いたホテルでだらだら。

一泊1700円のホテル「Bonkai resort」。プール付き。ハイ・シーズンは一泊3600円くらいらしい。

はじめは雨季に来たことを後悔したが(蒸し暑いので)、ホテル代が安いのは助かる。ちなみにタイのベストシーズンは12月~2月の乾季で、今の時期の3℃ほど気温が下がるようである。

さてホテルについたはいいものの、することがない。ノートパソコンのデバイスの調子が悪いので再インストールをしたりとか、写真を数千枚wifiでGoogle photoにアップロードしたりとか、実にどうでもいいことをして日々が過ぎる。

日が暮れたらまたカキを食べに行こうと思っている。

実にどうでもいい日々である。何もしていない。恐ろしくストレスフリーの生活である。これでいいのか、ということを考える。

まあ、シッダールタも金儲けや女遊びに溺れたことだし、こういう享楽的な日々も大事なのだろう^^; 
「詩人と賢者にとっては、あらゆるものが親しく、神聖であり、あらゆる体験が有益である。どの日も聖なるものであり、あらゆる人間が神的である」 (エマソン)(「悦ばしき知識」)

 箴言に曰く
鋭利なること柔和なること、粗野なること繊細なること
親密なること疎遠なること、汚穢なること清浄なること
道化と賢者の巡り合い
私はこうしたもののすべてであり、こうしたもののすべてでありたい、
鳩にして、蛇にして、豚でありたい! (「悦ばしき知識」)

このニーチェさんの箴言はよくわかる。

人間は不断に揺れ動く存在であるとパスカルは言った。ホリエモンみたいに成り上がる奴がいれば、アシジのフランシスのように富を手放す人がいる。人間は行きつくことが苦手なのだ、と言ったのはドストエフスキー。

「出家とその弟子」では、もっとも清浄なる僧侶が、もっとも不浄な娼婦に恋をする。マクベスには、「きれいはきたない」。

だから貧者でも富者でもいいけれど、いちばんよくないのはだらだら働いて気づいたら人生終わってるパターンだね。「大多数の人間は、泳げるようにならないうちは、泳ごうとしない」ノヴァーリス。カフカのなんとかの門。

そろそろカキを食べに行くか。

6.11.2017

タイ5日目@パタヤ だらだら旅

タイ5日目。

だんだん慣れてきて、旅というより滞在という感じになってきた。

レンタルバイクを借りようと思ったが、バンコクでは店舗が全然ない。とりあえずゴミゴミしたバンコクを離れたいと思い、パタヤへ移動。初日は歓楽街近くのカプセルホテルに泊まったのだが、ちょっと雰囲気が悪いホテルなので移動。

中華系のユースホテル「Qinglian Youth Hostel」に泊まったら、スタッフがみんな親切だし、笑顔だし、ランドリーも無料だし、wifiも繋がるのでとても快適(以前のホテルはいずれもwifiがあってないようなものだった)。しかも裏庭には猫が寄ってきて、お腹を見せてくれる。

ガリガリで毛並みの悪い猫。
いちおうキャットフードを与えられているようだったけど。

中華系なので中国人の若者が多いが、よぼよぼのファランとか、日本人風の四十路くらいのおっさんとかもステイしている。一泊700円程度。ただゲストハウスによくあるような「仲良くなって国際交流」みたいな雰囲気はない。だいたい、パタヤにくる男は性風俗目的が多いので、後ろめたいところがあるのかもしれない。

腹の具合は相変わらず悪い。食べているものがよくないのかも。

タイ初日 コンビニのパン
二日目 グリーンカレー 
三日目 屋台の蒸鶏定食 コンビニのパン ケバブ 野菜サラダ
四日目 チキンバーガー コンビニのパン

と、そんな食事ばかりなので昨日は初めてレストランへ行くことに。レストランといっても、庶民的なところだけれど。(そういえば、獣肉を食べないようにしていたのにケバブを食べてしまった。)

ビールの大瓶、カキのチーズ焼き、シーフードミックス
カキはソースにつけないで食べた方がうまかった。

しめて399Bだったので、1200円。シーフードは正直冷凍食品のシーフードミックスを食べているようで不味かったのだが、カキがうますぎた。ほんとうまい。カキだけなら150B、450円くらい。

おじさんは気づいたのだが……やはりたまには美味しいものを食べなければいけない。カキをほおばりながらビールで流し込むと、一気に元気になった。

旅の目的があいまいmoco

タイ5日目、だんだん慣れてきた。

学生時代の旅とは違う。時間がたっぷりあるので、「どこかへ行かなきゃ」という強迫観念がない。これまで、観光地はどこにも行っていない。汚いパタヤビーチを見たくらいか(ボートと)。ワット・ポーも、ジム・トンプソンの家も、歩いて通り過ぎてしまった。

観光地も行かずマッサージも受けずショッピングもしない謎のタイ旅行。良いものである。

学生時代と違う、もうひとつのことは「旅」というテーマにしばられなくなった。当時と違って、今はsimもあるし、googlemapのGPS機能もある。Booking.comで予約すればチェックインもスムーズ。ホテルを交渉しながらまわったり、地図を片手に散策し、現地人に道を聞いたり……といった、旧来的な旅の形式はなくなった。楽で、失敗がないのである。

学生のときは海外へ一人旅で行った……と言えばそれなりに自慢できたのが、情報の溢れた今となっては大したことではないのかもしれない(国によるけど)。インターネットが何もかも変えた。かつてはゲストハウスで友達ができたり、現地人に親切にされたり、そういう思い出があったのだが……まあ、いい年して仕事にも就かずにだらだらしているジャパニーズのおっさんなど誰も興味はないだろう。

タイに没落する

日本と比べればタイは生きやすい。物価が安い。なんといっても生ビールが安いのが嬉しいところ。コンビニで60Bで瓶ビールが飲める。お店だと100Bくらい。

私は旅に出る前に、海外旅行をしようか、日本の田舎で別荘を買ってひっそり暮らそうか迷ったのだが、タイでだらだら過ごす方がコスパが良いのかもしれない。

別荘は40万円程度、改修で100万円はかかるだろう。タイであれば、一泊700円。一日の滞在費は2000円もあれば十分だ。となると一ヶ月で6万円あればよいことになる。720万円あれば10年生活できる。毎日ユースホテルということになるが^^;

しかし5日目にもなると、そろそろ「観光地」らしいところへ行きたくなってきた。今日はパタヤでぶらぶらしよう。明日は東北部のイサーンへ移動する予定。

ちなみに当初の目的はレンタルバイクであちこち移動することだったのだが、二時間だけ借りてやめてしまった。なんだか強烈に、「これではない」という感じになったのである。バイパスを延々走って楽しいわけがないね。

契約違反だと言われて、二時間のレンタルで400Bも払ってしまった。アホくさ。まあ、日本のレンタルバイクに比べたらそれでも安いのだが^^;

イサーンへ着いたらまた借りてみようと思う。

6.10.2017

タイは階級社会である

朝5時頃、ファラン(白人)の叫び声があがる。

「まだ夜だぞ!だれが電気をつけた?」
「だれかがいびきをするせいで眠れない!」

たしかに電気がついたのは謎だけど、そんなに文句あるならシングルルームに泊まれよ!というかお前のせいで眠れねーよ!

……とカプセルホテルに蜂の巣状に詰めこまれた10人の異邦人全員が思っただろう。


なんとなく平和そうだな~物価安そうだな~ということでタイへ来たので、タブーのようなものを知らなかった。

タイでいちばん偉いのは王族、次に仏僧で、このふたつは雲の上の存在。女性が仏僧に触ると重大犯罪や、国際問題に発展することもあるので注意……。上座部はエリートの仏教であり、厳しい義務と戒律があるのである。肉食セックスなんでもござれの日本仏教とは違うという。

大衆クラスでもエリート層と貧困層は明確に区別されており、身なり、整った髪型などで判断される。とくに身なりは大切で、よれよれのTシャツ、短パンで過ごすことは階級的に下と見られ、デパートなんかは入っていけない(入ったけど)。このよれよれ短パンが許されるのはタイではファランのみである。

そう、タイではファランは白人というだけで人種的な強者となっている。

広くアジアの国々(というか世界の陸地という陸地)は、ヨーロッパ諸国に支配された歴史がある。

タイは東南アジアにおいてその唯一の例外であって、西はイギリス系のマレーシア、ミャンマー、さらにインドに、東はフランス系のカンボジア、ラオス、ベトナムに囲まれている。

ヨーロッパ諸国に支配されていた国。
青がフランス系、赤がイギリス系。日本とタイは支配されたことがない。

が、これは別段タイが強硬的抵抗したとか、軍事的に強い国だったというわけではなさそうである。タイがフランス・イギリス、いずれの領地になったとしても、なんとなく「アンバランス」になることは地図を見ればわかると思う。


英仏の二大勢力に対する「緩衝地帯」という見方が一般的であるらしい。

まあ長々と書いてみたのだが、タイにおいて白人が上位階級に置かれているのは歴史的経緯があるようだということ。

アホみたいに日系企業が進出しているタイではあるが、日本人の地位はそんなに高いわけではなくて、タイ人よりちょっと上程度ということらしい。第二次大戦でタイは日本帝国と協力的な枢軸国であったものの、日本軍の駐兵・進駐を認めていた程度であり、植民地支配を受けていたわけではない。


白人アルビノ説について考えている。彼らは黒人に差別され、追放された歴史を持つ。その怨恨が現今の人種差別につながっているのではないかということである。トンデモな話だけど、神経症でフロイト学者である岸田秀がこの説を熱烈に支持しているのでなんとなく私もそうなのかと思ってしまう。
 「(ヨーロッパ人は)差別され追っ払われた連中に違いないんですよ。黒人たちのあいだにアルビノの白い子たちができて、みんなに気味悪がられて嫌われて、北方へ追われたとしか考えられないですね」(「一神教vs多神教)
つまりアフリカからヨーロッパに追放されたのが白人たちだったと。

宇宙の根本原理であるところの「作用反作用の法則」がここで成り立つのだろうか。「まぼさく」風に言えば「やったことはかえる」ということである。まず黒人が白人差別をした。次に白人が黒人(有色人種)差別をした。と、こう考えると数千年の壮大な歴史がシンプルに説明できる気もする。

彼らはこのタイの歓楽街において、王者のようである。白人というだけで、そう扱われるのである。この地は白人たちが数千年の間思い描いていた理想郷なのかもしれないな、ということを考える。

6.09.2017

おっさん旅行@バンコク 1日目~3日目

・バスにお弁当を忘れた。
・搭乗予約の性と名を逆にしていた。(今回はいいけど乗れないこともあるよ、と怒られた)
・手荷物検査で午後ティーを入れっぱなしだった。
・イミグレーションカードなしで入国審査の列に並んでいた。
・現地のホテルの予約がとれていなかった。



まあアホなことばかりしているが特に問題なし。
タイ着。

カオサン周辺。
かつてはバックパッカーで賑わったが、今では頭の悪そうな外国人が多い。

久々にタイにきて思うこと。外国人は怖い。アジア人も怖いのだが、白人はもっと怖い。白人は黒人から生まれたアルビノだった……という説がなんとなく理解できる。まあ、黒人も怖いんだけどな。島国生まれなんだから、外国人が怖いのは当たり前だ。今回の旅でそれが克服できればいいと思う。

今回持参したカメラはRX-1R。やっぱり画質がいい。

外国に行って困るのは、どういうのが輩(チンピラ)のコードなのかわからないということ。日本だったら入れ墨とかピアス、眉毛とかで判断できるのだけど。上のおっさんはちょっと輩っぽい。

もともと都市部が嫌いだから、首都にいてもつまらないと感じる。空気が汚い。飯が高い。タイ東北部の、イサーンという地方(そのまま「東北部」を意味する)はまだ古きよきタイの雰囲気を残しているらしい。

イサーンまでバイクでぶらぶら行くのか、飛行機で1時間、さっさと行ってしまうのかは考えどころ。

二日目。

次のホテルをさっさと決めてしまうことにした。今度は500B(1600円くらい)のホテル。日本だと前日予約は高くなるが、タイでは直前のセールしていることもある。まあ、その方が合理的だ。

そんなわけでホテルまで4kmほどをひた歩いた。バイタクやトゥクトゥクの便利なタイなのだが、私は外国で歩くことが好きなのでてくてく歩いた。


路地裏を歩くと面白い。下町的な、コンビビアルな共生関係を見ることができる。


おもしろいことに、3年前と同じところに行きつく。あ~こんなところあったな、という場所。帰巣本能か?

変わっているようで変わっていない。物価は感覚的に3年前の1.5倍なのだが。日本よりは全然まし。

私の大好物、グリーンカレー。40B(120円ほど)。
やはりグリーンカレーにはパラパラしたタイ米が合う。
巨大なエリンギ、生姜が入っている。

ホテルまで歩いていく予定だったが、熱中症気味になってきたのでバイタクを頼むことに。80Bだった。公認バイタクだったので値切ることはしなかったが、今考えるとぼったくりだったかな。

バイタク乗車中。

バイタクの運転手は、そうとうすごい。私は10年近くバイクに乗っているが、彼らのような運転はできないと思う。後ろに人を乗せて、50cmほどの隙間を縫うようにすり抜けていく。よくコケないものだな、と。

ホテルに着く頃には、バックパックが肩に食い込んで相当痛くなっていた。とりあえずシャワーを浴びる。

夜、タイにきたのだからとバンコク最大の風俗街、ナナプラザへ行く。何をするでもなし、かわいい女の子といまいち盛り上がらない会話をして、コーラ代とビール代500B払っておしまい。

タイに20日ほどいる予定だ、と言ったら驚かれた。私には時間がいくらでもあるのだよ。なぜってNEETだからね。

ナナプラザへ行く途中。

私はキャバクラとかそういうのが苦手だ。なんというか……無邪気になって楽しむことができない。気をつかってしまうというか……多分そういう職業の女性にとっては、扱いにくい、いちばん嫌な客だと思う。まあ、彼女たちはキャバ嬢ではなく身体を売っているのだが。

レディボーイ(おかま)は相変わらず多かった。3年前もナナプラザをひととおりまわったのだけど、そのときより盛り上がりは欠けているように感じられる。

21時頃、ホテルへ戻る。なんだか風邪っぽいので早めに寝る。

三日目

朝。エアコンの強烈な音で目覚める。なぜか温度設定が17℃になっている。風邪っぽくてふらふらする。三日も経つと、タイに慣れてくる。やっぱり治安はいい。犯罪の臭いが何もしない。

とりあえず朝食とミルクコーヒーを買いにいった。ミルクティーが欲しかったのだけど、コンビニにも売っていない。緑茶とウーロン茶はあるのだけど。

衝動買いした焼き鳥。5B。おいしくて笑顔になってしまった。

照り焼きチキンのハンバーガー、25B。ミルクコーヒー、29B。やっぱり物価があがってるな~。ミルクコーヒーも3年前はこれでもかというくらい練乳が入っていたのだが、今は割りとスマートな味になっている。

ミルク(練乳?)はきっちり目盛りで入れられる。
几帳面なのか、クレーム対策なのか。

量はやたら多い。
半分で良かったかな。

ハンバーガーは画像がないのだが、レタス・ケチャップが別包されていて、シャキシャキのレタスが味わえるようになっている。

コーヒー同様、バンコク全体もスマートな感じになっている気がする。

とにかく目に着くのは日本製品である。自動車、バイク、ファミマやセブンイレブンなどのコンビニ、家電製品。


日本の百均の商品が、スーパーで60B(180円)で売られている。

なんだかアメリカが日本にしてきたような文化侵略を、日本がタイにしてきているようにも思われる。グローバル化とはそういうものなのだろうが、日本の覇権国的な一面を見たような気がする。人によっては誇りに思うのだろうが、私はあまりいい気はしなかった。

托鉢僧がいた。
これでもかというくらい大量のお布施されていた。
お布施するときは、こちら側が「ありがとうございました」と礼をする。

敬虔な仏教徒が多い。

まあ、今日はバイクのレンタルを探してみよう。それで、とりあえずタイをぶらぶらしてまわってみようと思う。都市部はあまり好きではないな。


またインドでも行くか……

エアアジアのサイトを見ていると、バンコク――インドのコーチ行きの航空券が12000円くらいで安い。直通で4時間。ただ、現地には0時に着くのだが……。

コーチに行ってもいいかな~と思っている。インドは以前、バラナシ~コルカタに行ったことがあるのだが、南部は行ったことがない。タイのカオサンも沈没者(現地に留まって長期間だらだら過ごしている廃人)が多かったというが、インド南部(ゴアなど)もヒッピー崩れの沈没者が多いとか。コルカタよりは快適に過ごせそうである。

意外なことに、私が旅行したときよりルピーが下落している。私がいたときは1ルピー2円程度だったが、今は1.7円。これなら長期滞在できそうだな。インドで快適ニート生活……?

インド入国にはVISAが必要なのだが、バンコクではインドVISAが入手できない。かつては取れたみたいだが、いまは外国人のVISA申請を受け付けていないようだ。コーチ空港でもアライバルビザを取ることができるのだが、帰りの航空券も入手しておかなければいけないみたい。ちょっと計画を立てなければいけないな~。コーチからどこへ行くのか。帰国するのか。またどこかへ行くのか。

googleフライトでコーチ発の航空券を適当に調べる。

オーストラリアのバースに、17000円くらいだそうだ。インドもタイも雨季であり、カラッとした国へ行きたいという気がする。

イタリアはミラノに40000円。ヨーロッパ……行ってみたいな~。でも、ヨーロッパって怖い。なぜかインドより怖い不思議。物価も死ぬほど高そうだ。

クウェートまで15000円。クウェートへ行って、何をするのか?何があるのか?まったくわからない。

お隣さんが怖い国だが、治安は良いらしい。

まあもう、どこでもいいや。時間と金はいくらでもある。気の向くまま、風の向くままに旅行してみようかな。

6.06.2017

ジャイナ教に感心するおじさん

ジャイナ教の托鉢僧ってすごい。

ジャイナ教の教義は無所有である。金を持たない。着替えを持たない。持ち物は、托鉢と、手織りの布だけ。それで徒歩で何千キロも旅をする。靴すら履かないのである(大地に暮らす生き物を殺さないため)。



それでどうやって生きていけるのか?世人たちの家や、食事を分け与えてもらって生きるのである。もし民家がなくとも、数日は断食しながら過ごす。

倉田百三の「出家とその弟子」でも、親鸞が凍えながら宿泊を求めるシーンがある。日本の場合は裸足というわけにはいかないので、下駄や草履を履く。よく笠をかぶった托鉢僧が新宿駅などにいるけれど、ジャイナ教徒のように布切れ一枚というわけにはいかないようである(寒いし)。

辛子色の法衣がオシャレ。

ジャイナ教の教祖はマハーヴィーラだが、釈迦と同時代に生まれており、また釈迦と共通の聖地を持つことから、同一人物説もある。教義も似通っている部分が多い。

極端というか、ストイックなジャイナ教徒は裸行派(ディガンバラ)と呼ばれ、托鉢や布切れすら持たずにすっぽんぽんである。

ディガンバラの聖者

孔雀の羽は小さな虫を殺さずに払うためのもの。すっぽんぽんでもメガネはかける。ちんちんを傷つけないように仰向けに寝なければいけないらしい。過酷である。

インドのような暑い国だから可能なのだろうけど、果たして日本では実践可能なのだろうか。沖縄の西表の無人島に全裸で暮らすおっさんがいるらしいけど。

私はジャイナ教の教義に賛成である。生き物を殺さずに生きていくべきだし、自然と協調しながら生きていくことが大切だと思う。……と言いつつも、魚は喜んで食べてしまう私だが。

ジャイナ教のアヒンサーの実践は難しい。菜食主義であることは確かなのだが、植物を殺してもいけない。どういうことかと言うと、その収穫によって植物や地中の生き物を殺してしまうものは食べられない。トマトやナスはいいけれど、人参や、じゃがいも、玉ねぎは食べてはいけない。さらにスイカなどの種は捨ててはいけなくて、丁寧に取り除いて庭に撒かなければならない。

よく「動物を殺すのはかわいそうで、植物を殺すのはよいのか?」というベジタリアン批判があるけど、ジャイナ教はこの点をクリアしている。さすがである。

まあここまで極端にせずとも、我々は自然と協調して生きるべきだろう。釈迦は菩提樹の下で悟りを開いた。彼もまた木に教わっていたのである。木は仏陀より賢かった。



なぜいきなりジャイナ教?ということなのだが……明日からタイへ行くのだが、その準備をしていると、なんだかアホくさいな~と思えてくるのである。ガラクタばかりを「必要だ」とつめこんで行くのだから。

タイへ行ったらバイクを借りて方々を巡る予定。楽しいのだろうけど、ジャイナ教徒の巡礼よりも実り多いとは思えない。まあ世人が聖人の真似をしようったって、限度があるものだ。

それにしても、ジャイナ教徒のようなストイックな聖者がいれば、少しは日本も良くなると思うのだが。カルト宗教の跋扈、伝統宗教の形骸化、政治との癒着など、宗教界の腐敗が日本をダメにしている大きな要因という気がする。

6.04.2017

不幸の源泉としての父親

人間の不幸は、内面的な「性質」の腐敗堕落によって生じるよりも十倍も多く外面的な意見や習慣の束縛から生じる。わたしたちを縛り付け、盲目にさせるのはわたしたちの両親の血よりも、むしろ両親の生活なのである。トラハーン
ダメな親を持つことは辛い。

私の父親を見ていると、母に逃げられ、子どもからも逃げられる理由がわかる気がする。一家バラバラの原因はこいつだ。

一見善良で優しい父親なのだが、その根底にあるのは臆病と逃避と未熟である。男らしさがない。父親らしさがない。たぶん、彼には父親であることが耐えられないのだろう。永遠の子どもでいたいのだと思う。十歳児が突然父親にさせられたような、当惑、逃避、拒否といったものを感じる。

端的に言えば、「父性がない」ということである。肉体的には壮健なのだが、精神的には女の腐ったような、うじうじ、はっきりしない、なんとも頼りがいのない男であった。

家長という感じはしない。自分の意志を持たない。黙って辛抱していれば、いつかなんとかなるだろう……。じっと耐えていればよい。母が泣いても、離婚されても、子どもが反抗しても、じっと耐えていればなんとかなる。そういう、抑圧された奴隷根性の人間であった。

子どもは父親に父性を求めるのである。母には母性があったが、父には父性がなかった。今もっても、なよなよして、子どもに媚びるような態度を取る。まあ、もう父とは関わろうという気はないのだから、実家に居候している間は我慢しよう。……しかし子ども時代は地獄であった。私にとって父は世界の半分だったのだから。

ロレンスの「無意識の幻想」を読んでいると、父のことが書かれているようだった。男は、優しくて善良なだけじゃダメなんだよ。

男女はそれぞれ相手を自意識過剰から脱け出させるように闘わなければならない。男女の慣れ親しむような関係維持のために、実践するよう教え込まれている、不治の病のような辛抱ではなくて、この上なく激烈な公然たる対立状態が生じるべきである。あなたの妻が他の男たちといちゃついているのが気に入らなかったら、みんなの前で、妻、男、その他のみんなの前で、そういうことは気に入らない、そういうことは許さないと言うがよい。もしあなたの妻が、どのような状況においてであれ、嘘をついていると思われたら、お前は嘘をついているな、と怒りや激怒を込めて言い放ち、嘘を言うのを止めさせるがよい。自分の怒りが正当化できるかどうかなど全く気にするな。あなたの妻の行為があなたの憎悪を掻き立てるようなら、激怒を込めて妻に向き直れ。本物の熱い憤怒があなたの内部に沸き立っている限り、妻を苦しめろ、地獄のような生活を送らせろ。黙って憎むな。黙って耐えるな。そんなのはひどく卑しくて狭量で不潔な、恥ずべきやり方だ。腹からの激しい怒りを覚えたら、叱りつけろ。決して悔いるな。そういうことをすれば、十中八九、彼女が傷つくよりも、あなたが遥かに傷つくことになろう。しかし本物の熱い憤怒は、「正当化」できようができまいが、これを後悔するようなことは決してするな。妻を愛する気持ちがごくわずかでもあれば、そして、彼女があなたに、もう我慢できないと思わせたら、ぶて、頬に黒いあざや青いあざができるまでぶて。そして、あなたの心が後に血の涙を流すようになっても、彼女にこう言え、一度っきりのこととしてお前をぶてて、非常に嬉しい、お前はもっと烈しくぶたれた方がよかったのではないかと思っている、と。
同様のことは妻たちの夫との関係にも当てはまる。夫が神経に障るようなことをしたら、夫を叱りつけるべきである。夫が他人に度が過ぎて優しく、へつらうような振る舞い方をしていると思われたら、夫の鼻のあたりを思い切りぶん殴るべきだ。夫には単調で惨めな生活を遅らせるべきだ。癇癪を決して抑えるな。
妻であれ、夫であれ、我慢してはいけない。そんなことをすれば、内面が全くおかしくなる。常に激しい言葉で必死になって食ってかかれ。どんなにひどい印象を与えようとも、決して後悔するな。

私はSと好き合っているとき(付き合ってはないのだが)、いろいろあってSにひどく怒られたことがあった。そのときの私の態度は、父とそっくりであった。「あなたはそう思う。私はそう思わないけど、それほど言うのだったら、あなたに合わせてあげよう」という態度。あれほどひどい態度はないと今になってわかる。というか、自分がやられたらこの上なくムカつく。他人だったらいいけど、特別な関係にある相手にこの態度はない。Sは「どうしてそんななの?」と泣きそうな顔になっていた。どうしてこんななのか。父親が原因だった。

Sは私に全身で体当たりしてほしかったのだと思う。私が思うことをすべてぶつけて、いっそロレンスの言うようにぶん殴ってもよいのだから、人間と人間のぶつかりあい、深い関係が当然持つそういった闘争を実行して欲しいと思っていたのだろう。今考えてみても、そうした方が二人の関係が一時的には傷ついたとしても、ずっと分かちがたい関係になったと思う。(まあDVだなんだって言われるだろうが)

私は父に死ねだのムカつくだのと衝動的に毒づくのだが、まるで暖簾に筆押しだ。いっそ私をぶん殴ってくれればよいのだが、父は突然私の父親にさせられた十歳児なのだから、「おりこうなちちおや」の振りをして、うまくかわすことしかできない。「おりこうなちちおや」である限り父は無敵である。自分に対するどんな攻撃も、惨めな不遇な生活も「相手が悪い」で済ませられる。父にとって私は不可解な不思議な他人であり、他人であるから逃げればよいと思っている。

これで表向きは善良な父親なのだから、タチが悪い。たしかに一般的な「ダメ親」ではない。暴力をふるったり、金をせしめるとか、そういうわかりやすい悪行はしない。だからこそかえって、私の精神に深い傷を与えた。私は最近になるまで、父親がいかにダメなぼんくらか、気づけなかったのだから。

ああ、私の精神のなかに巣食うこのダメ人間を浄化してくれ!願わくば私の記憶からこの男を消してくれ!そう思いたくなる存在だ。

ちなみに、私が読書funboyになったきっかけは、大学4年頃に読んだ「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」というキングスレイ・ウォードの本であった。この本を貪るようにして読んだ。そこには本物の父性があったのである。厳格で、力強く、思慮に富む、人生を豊かで楽しみに満ちたものにする積極性を持つ……そういった父性である。

その後数年に及ぶ私の読書体験は、父親探しだったと言えるのかもしれない。ニーチェはショーペンハウエルに父性を感じていたようだが、私はニーチェに父性のようなものを感じている。

父性のない父親を持つことは辛い。ダメな両親を持つことは辛い。善良な振りをしている、また、善良だと思い込んでいる両親はなおタチが悪い。子どもをある種のマインドコントロールにかけるからだ。子どもは両親の洗脳から解かれなければならない。人生は楽しく豊かで、自由に生きるべきだと学ばなければならない。そうでなければ、私のように無意識を抑圧し、神経症になってしまうだろう。



私の家庭環境の全体像は、父性の欠乏した父親と、代償的に子どもに異性を求める母親、といった構図で完成している。ロレンスの記述を見てみよう。
情欲に深く身を浸すことに充足を求め、自意識と性で頭をいっぱいにして病んだ状態になり、夫、すなわち己の内面に退いて、己一己の平静と単独性を確保して、妻を己の決断と実行の魔力の下に置く勇気をもたぬ夫に挫折させられて、不幸せになった妻は、飽くことを知らないといった風に、満足を求めてあさり歩き、貪り食うことのできるものを捜し求める。そして通常、彼女の目は自分の子どもの方へ向けられるのだ。この場合、彼女は自分の欲しているものを、刺激を通じて生ぜしめようとしている。この場合彼女は、自分に属している、自分の産んだ息子の内部に、自分が渇望しているものに対する最後の完璧な答えを見出すように思われる。息子は彼女にとっては一個の媒体であり、彼女は息子の内部に彼女が求めている答えを、刺激を通じて生ぜしめるのである。そこで彼女は、息子への最後の大いなる愛に、息子への最終的、決定的な献身に、身を投げ出すのである。この献身は、もしも夫へ向けられていたなら、夫にとって心の豊かさ、力の源泉になっていただろう。息子に向けられている今の場合、息子にとっては毒となっている。夫、すなわち優柔不断で、己の一段と高い責任を決して受け容れない夫は、屈服と甘受に明け暮れる。そして、内向性と「コンプレックス」の致命的な過程がいま一度始まることになる。夫が己の存在の究極性、己の決定的な孤独性、生に対する己の責任の究極性を全く受け容れようとしないなら、妻が、根を喪失し、抑制を欠いたまま、災厄から災厄へと突っ走るのを覚悟しなければならない。

そんなわけで、ロレンスが100年前に危惧したアメリカ的な家庭崩壊、それを日本の田舎で実行していたのが私の両親というわけだったのである。

6.01.2017

ルサンチマン・ハウス

昨日退去し、そのまま実家に帰宅。560kmの道のり。下道で帰る。11時間のロングドライブだが、もう慣れてきた。

長距離ドライブのコツは……

  • 基本的に右車線を走ること→単純にスムーズなので
  • 集団の先頭を走らないこと→速度に頭を使う
  • 姿勢が大事→背筋を伸ばすと楽に
  • 暑くても長袖を着る→エアコンの風で疲れるため
  • ルームミラーを見ないこと(ずらしておく)→煽る奴や車間を保てない奴にイライラすることがなくなる

そんなわけで、後ろを気にせず走っていた。法的にも、直進走行中に後方確認する義務はないのである。(まあ右車線を延々と走るのは違法だが)ノリノリで放送大学の公共論を聞きながら(SEALs?のなんとかクンがゲスト出演していた。緊張しすぎで初々しかった……)8時間ほどドライブしたところ、車高短の型落ちクラウンがすごい勢いで私の前にやってきて、急ブレーキ。

ただでさえブレーキ甘々なのに荷物がぱんぱんに詰まったティアナちゃん、あやうく追突というところだがギリギリ止まった。なにかが荷崩れしてガシャンと音を立てた。

幹線道路で100km/hで流れているような道路、危ないぞとクラクション。中から短パンの男がでてきてこちらに向かっている。なんだこいつ?と思いながらクラウンの右から回避。

そんでまた100km/h程度で走っていたのだが、またクラウンがやってきた。ただ、今度はぶち抜いてどこかへ去っていった。

後ろを確認していないからわからないのだが、もしかしたら延々とビタづけされていたのかもしれない。それで反応しないのにイライラして、説教してやろうと思ったのかもしれない……。いや、想像なのだが……。

言っておくが、片側二車線の道路で、前方50mほどの軽自動車に合わせて、100km/h走行をしていたのである。左から抜けよ!とおじさんは思った。いや、正直言うと怖かった。後から怖くなった。YoutubeのRoad rageみたいなことあるんだ!と。

それにしても、放送大学は最近バラエティが富んでいる。コントまがいのことをしてみたり、最近話題のゲストを出してみたり。基本的に、音楽を聞くよりもラジオを聞く方が疲れにくい。適度に運転から気が紛れるからだろう。



そんなわけで実家に帰ったのだが、自室がひどいことになっていた。あまりにかび臭く、埃が舞うので眠れなかった。というか物置化していて、自分が寝るスペースぐらいしかなかった。代わりの広間で寝ようと思ったら、そこはかびに加えて犬の小便の臭いがした

なので庭にテントを張って、そこで寝た。アホくさいが、自宅で寝るより遥かに快適だった。

翌日あまりにムカついたので、部屋に父親が置いていたものをすべて放り出して、掃除をすることにした。俺の部屋はゴミ捨て場じゃないんだよ!

まったく自宅がこんな有様になっているとは思わなかった!私の実家には、父親と、祖母が住んでいる。母親は離婚して家にいない。母親がいたときはまだ清潔感が保たれていたのだが、父親が犬を拾ってきてから、床は傷だらけ、毛だらけ、犬の小便の匂いが家に全体にこびりついている。

兄もふたりとも出ていってしまっているので、私がこの困難を克服しなければならない。父親と祖母は、ニーチェの言うルサンチマンそのもので、カビと犬の小便だらけの家に住むことを「受け入れてしまっている」。病気になってもしょうがない、臭いに耐えよう、不潔に耐えよう、というわけだ。

いったいこの父親からなぜ私が生まれたのかわからない。まあ、祖父がかなり高圧的強権的だったらしく(私には好々爺だったが)ふたりとも被支配者として屈従する癖が性根に染みついているのだろう。ちなみに私の兄二人もルサンチマン的で、ぱっとしない存在である。

勝ち誇った王者ぶっているのは私のいとこで、有名商社だの大使館だのでバリバリ働いている。私のずたぼろの家庭など、鼻くそ以下にしか考えていないだろう。

ルサンチマンに必要なのは、鞭打つ君主である。彼らが望むのであって、君主にルサンチマンが必要なわけではない。祖母、父の両名は、私の配下にならなければならない、私の手となり足とならなければならない。有無を言わせぬ。私が主人であり、家主である。

と言っても、旅行まであと5日しかないから、何もできないのだが^^;
克服し難い父親を持った子どもは生涯コンプレックスを抱くというが、あまり克服しやすい親というのも災いだな。