7.31.2017

ネット化・世界はますます孤独に冷たくなる

日本人は冷たい個人主義者である、と書いたところ、「日本人ってクズですよね」というコメントがついた。しかし、私は日本人はクズだとは思わない。むしろ、先進的というか、世界でいちばん進んでいる種族だと思われる。

次第に世界の人々は日本人化するのだと私は思っている。今後はアメリカ人もドイツ人も中国人も、「集団主義的」であることをやめ、ネット時代的な分断された個人へとシフトしていくのではないかと私は考えている。

というのも我々の社会における「ネット化」は不可逆的なものだからだ。

不可逆的なネット化

私たちはもう「交通化(モータリゼーション)」以前の時代には戻れない。自動車のない生活が考えられるだろうか?電車のない生活、飛行機のない生活はどうか。

同様に、ネット化以前には戻ることができない。

インターネットはインフラ化された。つまり私たちはインターネットを「前提」として諸行為を行うようになった。買い物、レストランの予約、学習、動画閲覧、読書、ゲーム、そしてコミュニケーション。

交通化は人々を「速度」に依存させてゆく一方で、「歩く能力」を奪った。医療化は「自己(自然)治癒能力(または苦しむ能力)」を、学校化は「学ぶ能力」を奪った。これはイリイチの指摘したことである。

同様に、ネット化も人々から奪う性質を持っているのではないか。そしてネットが奪うもの、それは集団主義、コミュニティ的な性質であると私は考える。

月並みな表現になるが、私たちはインターネットによってコミュニケーション不全を来たす。つまりインターネットによってコミュニケーションを取ろうとすればするほど、コミュニケーション不能になってゆく。これが融和不可能な個人としての「個人主義者」である。

イワン・イリイチが指摘したことはまだある。進歩の持つパラドクスである。医療を受ければ受けるほど人々は健康を損なう。教育を受けるほどバカになる(岩波文庫一冊も自力で読めない受験エリート)。自動車化が進むほど慢性的な渋滞や満員電車を生み出した。

私たちは電車や自動車で「便利に快適に」なったのだろうか?いまや都心のサラリーマンは平均一時間かけて通勤している。ニューヨークのホワイトワーカーも同様の時間を自動車通勤で費やしている。モータリゼーションは環境破壊を引き起こし、人々の健康を蝕んだ。公害による健康被害、騒音、交通事故、生活習慣病。

世界中どんな国の人々であっても私たちのほとんどは、学校や医療、交通の諸制度を「進歩的」だと考えている。より多く「教育され」、「治療され」、「運ばれ」た方が「良い」と考えている。これら諸制度は神話化されており、ほとんどそのマイナス面の作用、副作用が認知されていない。多くの教育、医療、交通、ネットのインフラが充実している国家が「先進的」であり、それがないことを「後進的」と考えている。これはほとんど宗教的信条のレベルである。

私たちはインターネットにおいて、さまざまなコスト抜きでコミュニケーションがとれるようになった。部屋から一歩も出ずに他者と会話できる。自分のマイナス面を提示しなくてよい(不細工、低収入、低学歴など)、優位な面を強調することができる(友達が多い、リア充である、金持ちであるなどのペルソナ的自己)、相手にバカにされるなどのトラウマ的経験が回避しやすい、etc。

このように低コスト化したコミュニケーションの広がりが私たちを「ネット・コミュニケーション」依存にする一方で、逆説的な現象が起きる。つまり「コミュニケーションに満たされながらも充足感が決して得られない」という状況に陥る。

ネット化された社会においては、さまざまな疑問がインターネットを通じて一瞬で解決される。母親に進学相談をするよりも「知恵袋」で聞いた方が早く正しく、父親に釣りのコツを聞く必要もない。友人に本音を打ち明ける必要はない。

私たちは気の合う連中と一瞬で繋がることができる。賑やかにふざけ合うことができるし、時には人生の憂いを分かち合うことができる。しかしほんとうの疑問は解決されないし、ほんとうの孤独感が満たされることはない。私たちは限りなく繋がっていながら、限りなく孤独になるということである。

私たちはネット上では親友のようにふざけあい、戯れながらも、街ですれ違った人や電車や信号待ちで隣り合った人に対しては限りなく無人格的に認識し、決して目を合わせたり会話することがない(夏目漱石の小説には、電車内で喧々諤々の政治討論が起きる描写がある)。

その一方で、私たちはスマホやパソコンに釘付けになっている。


限りなく繋がっていながら、限りなく孤独な社会である。しかし本来的な、インターネット以前のコミュニケーション形態に戻ることは不可能である。ネット化は不可逆的だ。それが私の強調したかったことだ。

不可逆的ということは、世界中が今後個人主義化してゆくということである。一度モータリゼーションを受けいれた国家は、自動車を廃止するわけにはいかない。それと同じで、ネット化は人々を変質させる。

そして医療化や教育化の副作用に人々が無自覚であるのと同様、インターネットのコミュニティは好意的に受容され拡充されるだろうし、その結果、人々の孤独感の総和はかつてないほど大きなものになるのだと私は予想する。

追記

インターネットを「インフラ」と書いたが、具体的には「facebook」「知恵袋」や「2ちゃんねる」をインフラのモデルと考えた方がよいと思う。私たちはこれらのサイト(または似た形態のサイト)を使わずにはいられない。これらのサイトは広告によって収入を得ている。インターネット広告は我々に直接コストを強いるわけではないが、私たちを「消費者化」することによって収入を得ている。広告業とは人々を消費者化し、企業に売り渡すビジネスである。このようにして人間同士のコミュニケーションも「商品化」されたということになる。資本主義の成熟は人々の会話をも商品化するというわけだ。

企業の王者の変遷……トヨタ、マイクロソフト、Googleという流れは象徴的である。医療機構、教育機構という半ば国家制度化された産業も、そうとうに巨大なものである。インターネットの交流サイトもまた、巨大産業化するだろうと私は思っているし、現にそうなりつつあるのだと思われる。

ニート金持ちのはじまり

静かな南の島で過ごしている。



三つあるうちの、右端。

ああ、3億円くらいのお金があればな~とぼやいてしまう。お金があれば、いくらでもここで過ごせるのだけど。

今はハイ・シーズンで、宿代がけっこう高い。(と言っても、2~3000円出せば上等の宿があるのだけど^^)

実にcomfyなNEETlifeである。

タイで出会った実業家は40歳で引退していた。コンサルタント企業を経営し、その後売却。タワーマンションを所有するくらいだから、数億円の金を持っているのだろう。

仕事をしているときに知り合った人は、いつの間にか会社の社長になっていた。彼女も40歳くらいかな。資産家の娘で、以前はホテル経営をしていた。売却して6億円ほど入ったらしい。もう、働かなくても?……と思うけど、仕事が楽しいらしい。サプリメントに月10万円使う変な人だった。

私のいとこは三十歳くらいだが、某商事で年収1500万円……銀座で家賃20万円のところに住んでいる(が、最近また外国支社に転勤^^;)。ただ激務そうだし、ずっと「意識高い」状態をキープしなければいけないらしい。あまり羨ましくないけど、羽振りは良いようだ。

ネットを探せばお金持ち(というか資産家)のブログはいくつかある。例えば「年収8000万円の平凡な暮らし(仮)」というブログ……父親が不動産経営、なにもしなくても年収8000万円。家でゴロゴロしているらしい。で、その娘のブログの筆者は海外旅行やショッピング三昧(旅ブログの方が本家らしい)。でも、週に何日かは働いている。暇だから、らしい。「貧乏ではないけどセレブでもない」とあるけど、十分金持ちだと思うけどな~。



お金はあるところにはある。そして貧乏人はやっぱり貧乏人のままだし、金持ちは生まれたときからお金持ちみたいだ。

私たちは自由経済のなかに生きていると教わるけど、おおむね身分は固定されている。単に富が受け継がれるだけではなく、富裕層の文化資本が受け継がれる。

金持ちの家庭に生まれれば、金持ちとしてのドグマが教え込まれる。資産の守り方、弱者からの搾取や支配の方法、金の使い方、増やし方。直接的に教えられなくても、親の姿を見て自然に学ぶ機会が与えられている。

そういうもののない家庭では、おしなべて子どもは弱者のもとで、弱者として育てられる。蛙の子は蛙。私も20代前半までもろに被搾取側として育ったのだけど、いろんな本を読んで世の中の実相を知った(ビジネス書などの類ではなく、哲学書の方がずっと役にたった)。

私は思うのだけど、「今は年収400万円だけど、いつか年収1000万円になりたい!」という考え方は被搾取者的だと思う。

それよりも、三億円欲しい!十億円欲しい!という願いの方が、ずっと金持ちになるには良いのではないかと思う。

たぶん……100万円単位で物事を考えていると永遠に億単位の金は手に入らないのではないかな?人間が200年生きられるのであれば別だけど……ふつうに働いてふつうに貯金していればせいぜい退職時に一億円あるかどうか。

そういえば、私は去年の12月から……「2億円稼ぐ」という目標を掲げていたのだった。35歳になるまで。不思議と、なんだか簡単に稼げるような根拠のない自信が……。「ニートは金持ちのはじまり」と言うこともできるのではないか。労働者であるより無職でいる方が可能性はあるように思われる。アインシュタインもニートだったわけだし……^^;

私の資産はいまのところ0.06億円くらいなのだけど笑 これをどうやって2億円まで持っていくか。

タネ銭がぜんぜん足りていないので、まずは借金だろう。それから不動産投資をして、という段取りがベストであるように思う。

投資なんて、人生の早いうちに始めるにこしたことはない。「早期に」「大金を」いかにかけるかで今後の利潤が決まる。



今はインドネシアにいるけど、またタイへ行って不動産を視察してみよう(タイは外国人でもコンドミニアムの購入が可能。そして固定資産税がないのだ)。

7.29.2017

なにもしない旅行でなにもしない

想像すれば、私には見える。わざわざ旅などして、それ以上なにをするというのか。感じるために移動しなければならないのは、想像力が極度に脆弱な人間だけだろう。(ペソア「不穏の書・断章」)
バリの滞在10日目。

私のバリ旅行は旅行という体裁だけども、「滞在」に近い。今回の旅行のコンセプトは「避暑にいこう」というものなので、「おいしいものを食べよう」とか、「贅沢なホテルに泊まろう」とか、「アクティビティを楽しもう」「ゲストハウスで異文化交流しよう」なんてものではない。だから極端な話、北海道や軽井沢で安く過ごせるのであればそれでよかった。

今滞在しているAmedという街。バリ島東部。
飯屋はほとんどがツアリスト価格(ぼったくり)だ。

一泊1000円くらいの二つ星ホテルに泊まり、一食100円のローカルフードをビンタンビールと共にかきこんで、あとはだらだらしておしまい。最近は「Hello! どこから来たの?」から始まる国際交流がめんどくさくて、ドミトリーには行っていない。カプセルホテルタイプはその点最高で、プライバシーが尊重されるし、お一人様+貧乏の退廃的なムードが漂ってる。

ドイツ人カップルに「バリ楽しんでいる?」と言われて、「うーん、普通かな」「もうあちこち行くのは疲れたから、こうしてロビーでキンドル読んでるのが最高だよ。」というと、「まあ、そういうのもいいよねThat's also nice」と微妙な答えが返ってくる。私も微妙な笑顔を返す。

カップルはきっとこれからダイビングへ行くし、きっと寺院へ行って自画撮りするし、変な形のローカルフルーツを買うし、しょうもない安物ブレスレットを買って、パブでハイネケンでも飲んで、ひとしきり騒ぐのではないか。That's also nice.

私の旅って何なんだろう?つまんなくないの?と言われそうだ。いや、つまらなくはない。おもしろくもないが。

「旅」というものに過剰な期待を抱いていたときがあったけど、もう幻想はなくなった。幻想というのは……「旅へ行ってぼくは成長しました!」とか、「自分探しの放浪記」みたいなサブイボが出るたぐいのもの(ほら、よくダメな「ブロガー」が書いてる、自己紹介が長~い奴)。

たしかに初めて海外へ出たときやインドへ行ったときは妙な達成感があった。だけど、それから何回か旅へ出て、その単調さにうんざりするようになった。どの国へ行っても、金を払えば飯が食えて、タクシーに乗れて、ホテルに泊まれる。いまはGoogle Mapがあれば迷わない。そう、Booking.comやGoogle Mapがあれば、冒険なんてものはなくなるのである。

基本的な旅のスタイル。移動してチェックインして飯食って、観光地を巡って、のリピート。結局「消費」しているだけ。文化も、アクティビティも消費しておしまい。100人撮れば100枚同じになるような写真(上の写真も同様)を撮って、ダメな土産を買って帰る。で、帰ってきたらI'm somebodyのように振る舞う。「まだ国内旅行で消耗してるの?」なんて言いだす。

「金を払って、楽しんで」という労働者根性(消費者根性)のバケーションこそ、おもしろいのだろうか?とおっさんは訝しむ。

旅に出る前から書いていたことだけど、海外旅行なんてするよりも、たとえば東京に住んでいるなら、バイクでも借りて山梨県へ行って、県道を散策して、脇道に林道があるならそこへ入って、テントを広げて、川の水を浴び、焚き火をつけて、闇夜と野生動物の物音に怯えながら過ごすという方が冒険だと思う。

世界一周旅行なんて大したものではないと思う。かつてはすごいことだっただろう。それこそ「放浪者」、一流のツアリストがエベレストに挑むような気持ちで旅に出たのではないか。それは孤独で過酷だった、だから旅先の出会いも一生ものになったに違いない。しかしこれほど市場経済化(サービスの商品化)と情報化が行き渡ってしまえば、「だれでもどこへでも」行けるようになったのではないかな。
(消費者となった――)人々は物事を自らなすdoというよりもそれを得ようgetとする。自らが創造しうることではなく、購入されうるものに価値をおくように訓練される。自ら学び、自ら癒し、自分で道を進むよりも、教えられ、動かされ、治療され(取り扱われ)、ガイドされるのを欲する。人格でない諸制度が人格的な機能を割り当てられるのである。(イワン・イリイチ) 
まあおっさんは東南アジアとインドしか旅行したことがないから、偉そうなことは言えないのだけど。バリなんてもろに観光地だし。アフリカとか南米の旅行はまた違うんだろう。

結局、またコーヒーに酔ってしまった。

長くなったけど、ようは「消費」としての旅行が嫌なだけで、本来的な「旅」にはまだ憧れていると思う。すべてが予定調和に行かないような旅。

まあ、今回は旅ではなく「滞在」。気兼ねなくのんびりしよう。

7.27.2017

食べる人、食べられる人

もう私はある程度、熟達したというか……生きていく上で必要な知識に関しては、ある程度身につけたように思う。

本来ならそういった知識は親から子へと文化資本のかたちで継承されていくのだろうが、私の場合はちまちまと岩波文庫など読んで、少しずつ獲得していったということになる。

いったい学校教育や両親の教育が何だっただろうか?私の頭を無理矢理に抑えつける以外には。私はそのままで生長することができたはずなのに、余計なことばかり詰め込まれたお陰で、まずはそれらを一掃して、きちんと「人間向け」の教条を次に飲みこんでいかなければならなかった。

もっとも世の中のほとんどの人間は、「人間向け」の知識を授かるわけではない。彼らには一種の家畜としてのしつけを受けるにすぎないのではないか?

朝の8時には出社する、目上の者には決して歯向かわず、命令に忠実である、労働の技能を洗練させる、今ある境遇に満足し、幸福だと感じ、それより上の世界(例えば黙っていても月に5000万円入る生活)を望まぬようにする諸々のしつけが与えられており、彼は学校+家庭+職場の諸装置において、ほとんど寝ている間以外のすべての時間、耐えざる鞭打ちに晒されている。彼がついに労働に不能となるまでは。

もちろん彼は定年退職だとか、精神がイカれた、障害者となったなどで労働から解放された以降も、消費者として生きることが求められる。これが第二のディシプリンである。彼は多数の商品(ガラクタばかりだ!)、消費物のなかでも、特に医療を消費するよう強いられる。現代の日本の高齢者などは、きちんと蓄財して消費者として「活躍」できるよう教育されているではないか。まあ最後には労働者としても消費者としても機能しなくなれば、やさしい安楽死が待っている。

と……このような人生、鞭打たれ追いやられる悲愴な者たちというのが、二十一世紀の一般的な生き方であるらしい笑 牧人が導くのではない、群衆を動かすのは犬たちである。哀れな群衆は下賤で最低な者たちに蔑まれ蹴飛ばされながら……汗かき血反吐を吐きながらぐるぐる回っているというわけだ(もっとも、犬が畜群であり……畜群が同時に犬であるということも往々にある)。これが世の下層の仕組みであって、どことなくウロボロスを想起させる。もし私たちに智慧の翼が与えられたならば、このようなことは簡単に見てとることができるのである。

下層の仕組み(Steve Cutts)
前にも書いたことだが、智慧ある者は、彼ら群衆を踏みつけてその上に立たなければいけない。峻酷であること、それが智慧をつけた者の次の義務である。峻酷さとは、慈悲深さのそのまま反対である。
それぞれの力の中心から発するより強くなろうとする意志、これだけが唯一の実在である――自己保存ではなく、わがものにし、支配し、より大きくなり強くなろうと意志すること(Mehr-werden-, Starker-werden-wollen)(ニーチェ)
想念のみ豊かにし、行為せざるは暗愚なりと、ギーターにもあった。
行為を営まざるにより、ひと、至為にいたるにあらず。また、捨離のみによりて、成満に達するにもあらず。
そは、なんびとにあれ、一瞬たりとも、行為をなさずしてあることなければなり。といえるは、ひとみな、物質より生ずる素因ゆえ、あながちに行為をなさしめらるれば。
行為の器官を調伏し、心にて、五官の対象を想起しつつ坐す暗愚の徒輩は、偽善の徒といわる。
されど、内官により五官を調伏しつつ、アルジュナよ、行為の器官もて行為道を営み、無依無着なるひと、そは上機なり。
定められたる行為をば、そなたはなせ。行為は無為にまさる。そなた無為なるに、身体の維持すらも叶わざるべし。 
と……バリコーヒーを飲みながらニーチェを読んでいたら興奮してしまった。

ニートがニーチェを読んで興奮している。私はほんとうにコーヒーに「酔う」。だから紅茶や緑茶しか飲まないことにしてるのだけど、サービスでくれたので飲んでしまった。

ちなみにバリはヒンドゥー教が強い国(島)でマハーバーラタが人気だけど、あまりギーターの部分は読まれないようだ。ギーターはやはりインドの様子。

7.25.2017

日本人は冷たい個人主義者である

できることなら日本を離れて生活したいと思いつつも、やはり私は日本人だな、と思うことも多い。

「日本人は集団主義」という定説があるが、これは嘘であるらしい。日本人は欧米人などよりもずっと個人主義的である。

このことは、私個人をふりかえってもそう思う。

第一、いい年して一人で旅行しようという者は基本的に「変わり者」扱いだ。ドミトリーに一人旅をしているドイツ人女性がいたが、彼女は本国の家族とずっと連絡をとっていた。ドミトリーにいる間、ずっと電話をかけている。その間、私は電子書籍で本を読んでいた。

また基本的にドミトリーに引きこもっているのは日本人を含め東アジア人に多い。白人たちは現地人と仲良くなったり、白人同士で仲良くなったりする。

東南アジアで一人旅をしていると、現地人に「一人か?家族は?恋人は?」と聞かれる。「一人で旅をするのはよくない」とまで言われたこともある。

白人は結婚していれば夫婦で旅行するのが当たり前、高齢の夫婦であっても腕を組んで歩いていたり、食事も一緒、外出も一緒ということが多い。

こうして考えてみると、アングロサクソン系よりもずっと日本人は個人主義者なのではないか?と私は思う。単なる主観に過ぎないけど、アングロサクソン系の方が、心の底から他者と融和できているな、と感じることが多い。


それでそういうことを調べていると、ばっちり東大の発表が出ていた。「『日本人は集団主義的』という通説は誤り(高野陽太郎)」。
心理学的な研究では、異なった文化のあいだで、集団主義・個人主義の程度を直接比較することができる。そうした実証的研究の中から、「世界で最も個人主義的だ」と言われてきたアメリカ人と、「世界で最も集団主義的だ」と言われてきた日本人を比較した研究を集めた。集団主義・個人主義の程度を測定するための調査研究が11件。自分の意見を曲げて集団の意見に従うという「同調行動」に関する実験研究が(高野自身の研究も含めて)5件。自分の利益を犠牲にしてでも集団に献身するという「協力行動」に関する実験研究が6件。
これら計22件の研究の結果をみると(図を参照)、通説に反して、「日本人とアメリカ人とのあいだには明確な差はない」という結果を報告していた研究が16件、通説とは正反対に、「アメリカ人の方が日本人より集団主義的」という結果を報告していた研究が5件もあった。一方、通説どおり「日本人はアメリカ人より集団主義的」という結果を報告していた研究は、わずか1件(調査研究)しかなかった。すなわち、心理学的研究の結果は全体として、明らかに、「日本人は集団主義的、アメリカ人は個人主義的」という通説を支持していなかったのである。

高野氏によれば日本人の「集団主義神話」は「菊と刀」に始まったようである。で、当時「菊と刀」のような日本人観が強烈に海外に浸透していたのは、戦時中の日本人の姿が脳裏に焼きついていたからであり、その日本人の姿はまぎれもなく集団主義的であったにせよ、「外敵の脅威に直面したときに人間集団がとる普遍的な行動」でしかなく、とりたてて日本人の国民性を示すものではなかったらしい。

白人たちにとって、大戦中の日本人はよほど恐ろしかったに違いない。銃剣突撃、特攻など半ば狂気をもって襲いかかった日本人たちだが、実情としては窮地に陥っていたからそのような行為に出たに過ぎない。

ルース・ベネディクトなどの欧米の学者の視点を「輸入」した日本の学者が、日本人は集団主義だと主張し続けたのは容易に想像できる。「甘えの構造」とかそういう日本人論。

経済においても同様で、欧米の契約的な労使関係と違い、日本はあたたかみのある「家族経営」と言われているが、結局は家族的雰囲気を建前に、強固な抑圧と搾取を実現させていただけである。ようはそれが「金になる」からそういった環境をつくりあげていたというだけの話。高野氏が指摘するように、日本の「終身雇用」や「年功賃金」は特段のうまみがあったわけではない。

日本経済は「えげつない搾取」を実現していたから成功していたのである。新自由主義的な思想はアメリカから与えられたのではなく、むしろ日本から発信されていた。

現代のブラック企業の環境は、日本経済の体制が「変化してしまった」のではなく、搾取の構造はまったく変わらずに、経済成長の停滞によって全体のパイが減った状況と考えるべきである。

日本人は冷たい個人主義者

と考えてしまえば、いろいろなことが腑に落ちる。「俺が良ければそれでよい」という考え方をする日本人は(私を含めて)非常に多い。例えばシングルマザーや生活保護者、精神障害者などの社会的弱者に対する態度は、特異に辛辣であると思う。


また政治家や官僚などの日本の支配層の考え方も、個人主義的なエゴを原動力とした権力闘争であり、そこに「公益」「公共」と言った概念はどうしても見えてこない。

実は高野氏とまったく同じ指摘をしていた思想家がいたと思うのだが、思いだせない。多分坂口安吾だったと思うのだが、彼も日本人は江戸中期頃からこのような個人主義が浸透していたと言っていた。

なので、「日本人は冷たい」というのは今に始まったことではなく、そもそもそういう国民性だったということである。個人主義的な土壌があったからこそ、日本は西洋の文化・技術を大きな摩擦なく取り入れることを達成し、アジアでもっとも早く近代化を果たしたと言える。

どうも「和をもって尊しとなす」とか、「村社会」「おもてなし()」などの官製的日本人像が浸透しているので、我々はねばっこい人間関係の中に生きる没自我的存在である、と自分のことを考えてしまいがちだが、実はセム系一神教の人々よりずっと個人主義的である、ということである。

そのように考えると日本に自殺者が多いということも説明がつく。この国の人々は慢性的に孤独病なのではないか。もっとも、私は日本人のなかでもずっと「孤独な個人主義者」であるから、このような姿勢にある程度肯定的な側面を見出しているけれど。

「日本人は冷たい個人主義者」という視座がないと、なかなか日本人像の実態は見えてこないだろう。そういう意味で、今日はいい発見をした。いろいろすっきりとした。

そういう人間がいてもいい

朝の四時にはたと目醒む

ウブドの早朝はかなり冷え込む。

神経症治療の講演動画をYoutubeで見たが、次のような発言があった。
健康な人というのは、どんな小さなことでも他人に相談するんですよ。助言を求めるんですよ。で、何か言われたらそれをやるんです。ところが、神経質な人たちというのは、それは自分の欠点をさらけ出すとか、自分の弱点をさらけ出すと、そういう風に間違って考えてしまうので、人に相談できない。人に相談できないから、助言を得られない。
どの動画だったかは忘れてしまったが、これは私によくあてはまる傾向なのでメモをとっておいた。

これは赤面恐怖の症例発表だったと思う。たしかに私は神経症になって以来、同級生などには一度も相談していない。「その症状が外部に露呈している」にもかかわらず、それを具体的に客観視できる他者に助言を求めない……というのは、健常な考え方からすれば不自然ではある。このブログでも、神経症の症状を具体的に記すことを避けている。

その根底には、自分が変に思われるのではないか……という恐怖感があっただろうし、「自分の弱点をさらけだす」ということを恐れていたとも言える。

そもそも神経症以前から私にはスキゾな傾向があったと思う。以前書いたように家庭環境も異常だったのだが、根本的にひとと違う性質を持っていた。神経症はある意味具体的に生活に破綻をきたす「きっかけ」となっただけで、それ以前から私の友人関係はうまくいかなかったし、教師の指示を奇妙に歪めて捉えたり、特定のことに過剰な執着を見せたりといった傾向があった。

特に「人に受け容れられない自分」というコンプレックスは強大なものだったと思う。私は他者のどんなに小さな裏切りでも耐えられなかった。例えば私が好きな教師が私を注意すると、涙が溢れて止まらないということがあった。このコンプレックスは今でも続いており、継続的な人間関係がうまくいかない。おっさんとなった私はもはや「他者を受容する」ことを諦め、他者を突き放す方にシフトしている。

ヤスパースは、「自分を自分自身の上にだけ築く人間存在は地盤を喪失する」と語り、人間が「人間になるのは、いつも自己を他者にゆだねることによってである」という。

健全な対人関係を結べないということについてはやはり家庭環境が一番にあるのだろう。私の両親の仲は、私が物心つくころから悪かったと思うからだ。人は親を模倣するのだから、そんな親に育てば人間関係が歪になるのも自然である。しかしそれ以外に、私の生来の性質も大きいのだと思う。あまりに傷つきやすく、鋭敏なのだろう。

「賃金労働の搾取に我慢ならず仕事を辞める」とか、「日本の夏が嫌でたまらずに海外に避暑へ行く」とか、そこまで考えなくても?というような過剰な反応も、私の神経が過敏であることに由来している。以前は幅寄せしてきたトラックのミラーを叩き割ったり(警察に捕まった)、近所のうるさい犬に玉ねぎを与えて殺そうと思ったり(ギリギリで理性が勝って保健所に通報した)、そういう一種逸脱した行動をするのも、私にとって調和や安定が何よりも大切であり、それへの攻撃を自分への侵襲と捉える性質にあるのだと思う。

そういう「弱さ」を持っているから、他人というものに対する恐怖感もまた強くもっている。これはある意味で当然だろう。神経過敏でなくともひとは人間関係に悩むものだから。

赤面恐怖の症例では、他人に相談してゆくことである程度改善したようだ。私の症状の具体的な部分については……やはりまだ語る気にならない。赤面恐怖と比べるとかなり入り組んでいるし、フロイトやその弟子が取り組んだような古典的な症状ではない。これは現代の神父たる精神分析医に「告白」する類のものなのだろう。まあ、治ったら書いてみようと思う。

それにしても、神経症が治療されるべきものなのか、ということについては疑問を持っている。私は上に書いたように神経過敏だけれども、「そういう人間があってもいい」という気がしている。

私は神経症だったから、他者と打ち解けずに、哲学や文学にぶつかることができた。ニギニギしたリア充や、屈折したオタクではなく、私のような人間となるよう、「神経症によって」導かれた。神経症がなければ、私はさほど実存に疑いを持たず、人生の意義を深く考えることなく、ハイデガーの言う「世人」に近い存在だったのだろう。

神経症以前、発症してしばらくもそうだが、私は卑屈で自分は無能だと考えていたのだが、神経症が無知蒙昧から私を救った、と考えることもできる。神経症は極めて示唆に富んでいると思う。まだまだ汲み尽くせていないのだが。

結局のところ、また神経症である自己を肯定するような文章になってしまうのだが、やはりどう考えても、神経症は「治療すべき病」という気はしない。神経症はとても深い問題だと思う。今の認識レベルが5だとすれば、レベル10くらいにならないとこの病と「折り合いがつく」とは思えない。

まあ、この課題とじっくり取り組んでいこうと思う。

7.23.2017

私を殺そうとする声

バリ滞在5日目。特に何をするでもなく、だらだらと過ごしている。



日本で切るタイミングがなかったので、ウブドの床屋で髪を切ってもらうことにした。ウブドの中心地のbarber。しかしバリカンでばっさりやられてしまって、一日気分が憂鬱だった。東南アジア流のヘアスタイル……サイドを刈り上げる、スラムダンクのゴリのような感じ。すーすーして快適ではあるのだが。

髪型のせいか、濃い顔立ちのせいなのかわからないが、バリニーズたちにインドネシア語で話しかけられる。Sorry?と応じると「外国人だったのか!」といわれる。"You look like a local"とか言われて嬉しいやら悲しいやら。……いや、悲しい。



今回の旅はずっと憂鬱な気分だ。

この前次男のことを書いたけど、やっぱり神経症の原因にこの兄の存在があるようである。兄のことを書いて以来、抑圧化されてよくわからなかった規範が、直接的に響いてくるようになった。

「お前は何をやってもダメだ」「お前なんかに価値はない」というような「声」がするようになった。たとえば私がローカルな飲食店に入ろうとして、やっぱり入りにくいので立ち去ろうとする。そういうときに、「意気地なし」とか、「現地人がお前をバカだと思っているぞ」といった声が聞こえる。

バイクに乗って走っているときも、「お前は他のクルマの迷惑になっている」「お前は交通を妨げている」とかいう声が聴こえる。

この声は、かなりはっきりと私に命令してくる。そのたびに私はうんざりしてしまう。でも、少し嬉しいのであった。

それまでは、私を抑圧するものの正体がわからなかった。私はなんとなく、それが自分の意志だと思っていた。しかしそれは「他者の声」であることがわかったのだ。

以前は「私を殺すもの」は曖昧で掴みどころがなかった。私は怯えきっていた。いまはしっかり声が聴こえる。これは、嬉しいことと言っていいだろう。あとはこれをどうやって克服するか。



「私はそれに値しない」……愛にも、成功にも、一人前の仕事にも値しない……という強固な締め付けが、私の人生に常につきまとっていたと思う。

そのせいで私はまっとうに友人や異性と付き合うことがなかったし、実際的に何かにチャレンジすることがなかった。

例えば私は文章家になりたいとか書いているけれども、「自分の文章が認められるはずはない」と決めつけていた。

私は大学生のとき、音楽系の部活に入っていた。しかし「まともにライブで演奏できない」ひどい恥ずかしがり屋であった。ミスが怖くて、まともに進められないのである。これも根本的に「自分の演奏が認められない、認められるはずがない」という恐怖のせいだった。

同様のことはまだある。卒論発表のときに私の声はひどくうわずり、質疑応答もめちゃくちゃだった。

ただ、結果としては……私の文章もちゃんと読んでくれる人がいるようだし、私の音楽スキルも、なまじ10年近く続けているから、気がついたら人が驚くほどの技術が身についていた。そして卒論発表にしたって、他の研究室の教授が「君の研究はすごくおもしろい」と言ってくれたのだった。

いろんな人が私を認めてくれて(しかし強固な束縛のせいでそれらをほとんどすべて切り捨ててきたのだけど)、そろそろ自信を持ってもよいのかもしれない、と思うようになった。決して傲慢になってはならないと思いつつ。

……そういう段階になって振り返ると、「呪詛」の強固さに驚いてしまう。呪詛が人間の心の奥底に巣食い、その人生や生命を台無しにしてしまうことの恐ろしさ。

私の病気は医学的には「神経症」だが、どうも俯瞰して考えてみると次男や、あるいは家族の「呪い」と表現した方が近いような気がする。

「病」というと個人的・内在的なものという印象があるが、これはどうも外から降りかかる邪悪なものの結果という気がしているからだ。



私の兄はどういう存在だったのだろうか。

祖父の葬式のときに私が親族に言われたことは「お前がいちばん可愛がられた」ということだった。

しかし私自身は祖父に何かした記憶がない。私にとって祖父は無口で掴みどころがなく、正直なところあまり関わり合いになりたくない人物なのだった。むしろ次男の方が祖父母に対して献身的だった。荷物を代わりに持ったり、食事のときに料理を取ってあげるなどした(そしてそういったことをしないお前はダメだ、ということを言われた)。

しかし祖母が葬式の際に口にしたことは、驚くべきことだった。それは祖父が兄のことを「あいつは俺の舎弟だ」と言っていたということだった。孫を舎弟と表現することに私は驚いた。そうして兄弟のなかでもっとも祖父母に尽くした(ように思われた)のにもかかわらず、私をかわいがり、兄のことはどうでもいい、と思っていたようだった。

なぜかはわからない。次男は家族にとってなんだったのか。次男にとっては、家族は単なる憎悪の対象であるようだが。

私の家庭環境はかなり異常だったのだろう。しかしその家庭で育った者には、なかなかそれが理解できない。家庭の問題の難しさはそこにあるのだろう。私は家庭を離れて10年も経って、ようやく異常さに気づいた。しかし今でも十分には理解できていないのだろう。

過去を精算しなければ、この病は治らないという気がする。

私は14歳で神経症になり、今に至るまで「治療」は受けていない。ただ最近はしっかりとした治療を受けようかなと思っている。一般的な精神科は受診する気がしないが、一度ユング派の治療を受けてみたい。

ヘルマン・ヘッセが「デミアン」を書いたのは、ユング派の治療を受けた際のインスピレーションからだという。

私もユング派の精神分析を受けてみようと思っている。費用は高額だと思うのだが……。神経症ならフロイディアンの分析家がいいようだが、「フロイディアンの治療を受けると金持ちになれるが、ユンギアンの治療を受ければアーティスティックになれる」と昔からアメリカで言われているらしい。

なんとなくわかる気がする。
人というものは、自分自身がひとつにまとまっていないときにかぎって、不安があるのだ。かれらが不安なのは、公然と自己をみとめたことが一度もないからだよ。(デミアン)


今はウブドという街で過ごしている。「何もない街」、「芸術の街」だとか。私には海沿いより、この山のふもとの田園地域の方が落ち着くようだ(写真はキンタマーニ高原近く。冗談ではなく、ほんとうに「キンタマーニ」)。


7.20.2017

バリ島に滞在している

唐突だが、現在バリにいる。

予定していたチケットが取れていなかった→再検索したら、ずっと安い便を見つけた……というわけで、「明日の飛行機に乗る」という暴挙に出た。

出発一時間前に空港に到着するという一悶着がありながらも、無事バリへ到着した。いやほんと、成田の職員に「もう厳しいと思いますよ」と言われたときは焦った(全然余裕だったけど)。

ちなみに……料金は成田―バリ 15000円。これがどれくらい安いかというと、東京―大阪の新幹線料金と同じ。

「そうだ、バリへ行こう」で翌日にはバリに居る、というのは隔世の感。

バリのデンパサール空港。人が非常に多い。

バリへ着いて思ったこと。「涼しい!」日本の夏より快適である。もちろん気温は28℃程度はありそうなのだが、乾季ということもあり嫌な湿気がなく落ちついて過ごせている。

今はクタという空港近くの都市部のホテルに泊まっているのだが、日本人好きが多い。

タクシーでホテルまで行こうと思ったが、2000円とかふっかけられる。まあこの辺はどこの国でもよくあること。

歩くのが好きなので空港からホテルの距離(4km)を歩くことにした。成田空港なんかと違って、空港の規模が小さく、また都市部もたいして発展していないので、歩いていける距離にホテルがある。

だらだら歩いていると、道半ばで煙草を吸ったモンスターエナジーなちゃらそうな兄ちゃんに声をかけられる。

「日本人ですか?」「ぼくも日本人」「日本人の友達たくさんいるよー」「ぼくの名前はまっちゃん」

これがインドやタイだったら「ああはいはい」、となる。

海外旅行で「日本語で声をかけてくる奴」はほぼ100%詐欺師だからだ。私も何人もそういう詐欺師に声をかけられていたので、身構えていた。

しかし、話してみると詐欺師っぽくない。なんだろう、しつこくない感じ。

そんなわけで、「ホテルまでバイクで送ってやるよ」「俺は日本の友達にはいつもそうしてやるんだ」というので乗せてもらった。

タイで声をかけられて、同じように乗せてもらったことがあるが、降りるときに金を要求されるのが常だった。(今回も土産物屋に連れてかれたりするのかな~最悪路地裏でリンチかな~)と思ったが、すんなりホテルに到着。

ふつうにいい人だった。

疑ってごめん、まっちゃん。裏ピースがチャラい。

で、ホテルでシャワーなど浴びる。ここもパタヤと同じで、ファランが多い。パタヤと違うのは、アジア人が少ないということ。ちょっと疎外感。

あと、パタヤと比べるとだいぶ閑散としているなあ……と。リラックスできるからよいのだが、少し寂しい。たぶん、呼び込みが少ないからだろう。パタヤではマッサージ屋やバーから、「お兄さん~!」と黄色い声が飛んでくるので、なんとなくモテる気持ちになれる(気持ちだけ)。

晩ご飯はベジタブルナシゴレン。20Kルピア=160円くらい。

やはりナシゴレンはうまい。

帰り道、宴会中らしきツアー店のおっさんに「こんばんは」と声をかけられ、ワインを飲んでいけ、と言われる。やはり日本語が達者。

一杯だけもらうことにした。たぶん国産ワインなのだろう、濃厚な、妙な味がする。他の店員(日本語が通じない)もいて、あまり長居しても悪いだろうと思い、おっさんと仲良くなってお別れ。

インドネシア、タイよりずっと治安が悪いと思っていたがそうでもない気がする。親日家が多いのではないか?あれだけ日本語が上手なのは、よっぽど日本が好きではないと無理。

というか、邪推するとバリ島は日本人女性が買春することで有名で、そういう目当ての男が多いのかもしれない。海外でセックスおばけに豹変する日本女性は本当に多くって(買春する男も同じくらい多いが)、よほど日本人は性的に抑圧されているんだろうと思う。


ホテルは一泊100K=800円くらいのプール付きシングルルームを借りたのだが、ひどいところだった。まず、バスルームが臭い。そして、ダニと蚊が多い。エアコンがないので窓を開けなければならないが、網戸がないので蚊が入り放題。

プール付きなのはよいが、涼しいので入る気にならない^^;

それでも我慢して寝ていると、深夜一時くらい、女の泣く声が聞こえてくる。それも尋常ではない叫び声。現地人かと思ったが、ホテルのフロントでどうやら英語で絶叫しているようだった。現地人と口論している感じ。そんな状態が30分続いていた。

なんだ、この地獄のようなホテルは……バリってやっぱり治安が悪いのかなあ……。とぼんやり考えながら寝た。しかしあれほどの女の絶叫は初めて聞いた。何をされたのか……。

ちなみにインドネシアでがっかりしたのは、ビールが高いことだった……(一本2~300円)。イスラム系の国だから仕方がないのだろう。

朝目覚めると最高に気分がよろしい。というのも、空気が澄んでいて、さわやかだからである。とりあえずこの気候のためだけでも、バリにきてよかったと思う。

いろいろあったが、今日もだらだらしよう。

7.18.2017

やるせない家庭に生まれた

他者に対する恐怖が私を支配しているらしい。それが神経症としてあらわれているような気がしている。他人が怖い。恐ろしい。危害を加えてくるのではないか、という恐怖。

なぜここまで他者を怖れるのか。たぶんその前提には、歪な家庭環境があったのだろう。私はおそらく、「生きている価値はない」というようなことを言われ続けた。

私の兄弟仲は悪く、ほとんど口をきかない。特に次男とは話さない。次男とは、5,6歳頃までは非常に仲がよかったと思う。私はお兄ちゃん子であり、どこへ行くにもついてまわった。彼は私よりふたつ上で、ハンサムだったし、スポーツができ、ゲームもできたし、絵がうまかった。

しかし、母は私の方を愛した。まあ次男より末っ子の方がかわいいのは当然、できが悪ければなおさらなのかもしれない。しかし、母の私への愛はかなり偏執的なものだった。私の両親は私が15歳のときに離婚したのだが、思えばその頃から母は家庭に居場所がなかったように子供心に感じた。「おまえがすべてだ」「おまえが世界でいちばんかわいい」というようなことを言われたと思う。

そういう母の態度の関係もあったのだろうが、次男は次第に私をいじめるようになった。私をバカと罵ったり、無能とか、生きている価値がないとか、そういう言葉で罵った。両親の見ていないところで執拗に殴られたこともあった。実際、私は兄を自分よりあらゆる面で有能だと感じていたから、それらの言葉を受け容れた。

ほんとうに、こんな感じだった……
もっとも、日本は母権社会なので、聖書と事情は異なるが……

いまでも思い出す光景がある。小学6年生くらいの私は次男と、同じ部屋で寝ている。台所から、父が母を罵倒する声が聞こえてくる。母の声は聞こえない。黙って泣いているのだろう。私はその声を聞きながら、薄暗がりで見えない兄に「ねえ、離婚するのかなあ」と言った。兄は、「そんなわけないだろ」とだけ答えた。今考えると、次男も不安でたまらなかったのだと思う。

次男はフリーターになって、今は結婚している。嫁は年上で、少し性格が母に似ているようだった。

冠婚葬祭の際に兄弟が集まることがあるが、一言も交わさない。あるとき、次男が「俺には兄弟はいない」と言っているのを聞いたことがある。またあるときには、兄弟が三人実家に集まったときだったが、叔母が泣きながら私の部屋にやってきて、「お前たち仲直りしなさい」と説き伏せたことがあった。あのときも私は困惑したふりをしてみせるだけで、結局仲直りはしなかった。

別に、仲直りが嫌なのではない。正常な家族関係というものが、もはやわからないのである。言葉ではわかる。行為としてはわかる。しかし、感情としてどのような繋がりが本来的なのか、ということが、もはやわからない。

そういえば、この次男という存在があったのだ……ということを今日思い出したので書いくことにした。

これを読んだ人は、私の家庭は陰鬱でまったくやるせないものだ、と思うかもしれない。実際、そのとおりである。陰鬱でたまらなかった。



なぜ私は哲学するのだろうか。私は実際の世界から置き去りにされている。マルクスがこういった、ニーチェがこういった。そういう言葉を集めてどうするのだろう。もしもニーチェやマルクスが、なんていうことのない俗人だったらどうするのだろう。ニーチェ研究の清水真木とか、ラカン研究の松本卓也が私は好きだけれど、彼らも単なる教養俗物だったらどうしよう。彼らはその研究でおまんまが食べられて、偉い学者と褒められるからいいのだけど。私はそれらを楽しく読んで、気づいたら何も経験のない衒学的なおじいさんになっているのではないか。なにせ、読むという行為には時間がかかるのだ。カントも、ヘーゲルもまだ読んでないよ。なんで私が、哲学のお話の世界に首を突っ込んでいるのだろう。彼らはそれが「仕事」なのだ。私はなんのために?かっこいいからだろうか。知的に見えるからだろうか。ほんとうにそれらの源泉から、何かを汲み取っているのだろうか。

実際の世界に、沈潜したいと思いつつも、私にはそれはあまりに刺激が強すぎる。ゆえに、すべてが通り過ぎてゆく。ホンモノの恋愛、ホンモノの仕事、ホンモノの情熱、そういったものは、私のような存在には権利がないように思われる。

結局、生きるとは不幸に他ならないのだろうか。

グレートマザーを殺せ

人は意識のうえでは愛されないことを恐れているが、ほんとうは、無意識のなかで、愛することを恐れているのである。
愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛あらばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛することができない。(E.フロム「愛するということ」)

昨日はSと連絡をとった。ある程度近況報告をして、その後絶縁することに決めた。

仲良く連絡をしていたのだが、最終的に私はもう連絡を取らないことにして、その旨を伝えた。もう二度とSと関係を持つことはないと思う。

またいつもの病的反応、回避性パーソナリティなのかもしれないし、これが適切な対処なのかもしれなかった。

ただ私はSに対して初めて、少しきつい態度をとった。それは自分にもはや興味を持たない女性に対する憤怒のようなものだった。

ようは情けないことだが、Sにとって私は特別な存在でもないなんでもないということをやりとりを通じて感じたがために、Sに離別を突きつけたということになる。

彼女には彼女の人生があり、私ばかりにかまけるわけにはいかないだろう。それは理解している。ただ、それなら連絡にいちいち応じる必要はないのだ。曖昧な態度を取られるのが嫌だった……ので、責め立てるようなことを書いてしまった。

神経症の人間は、女性に対する異常な関係性を持つことが多い。セックスに対する異常性や障害をほとんどの神経症が持っている。

自分が子供じみた戯れを克服し、成熟した恋愛のようなものを達成できるかはわからないが、ひとまず今回のSとのやりとりは、それへの布石だと私は思っている。

つまり、勝手に連絡してきて勝手に文句を言う私は「身勝手」なのだろうが、「身勝手なことを言える」ということが重要なのである。

考えてみると私は生まれて此の方、女性に対して自分の意志を表明するということがなかった。それは女性に対して依存的傾向を生み出した。

私が女性に求めていたのは、抽象的な表現をすると、万能の母親にすべてを包み込まれること、自分の意志、個体の概念を消滅させてもらうことだった。それは胎内回帰の願望に近い。おそらく私の母親との歪んだ関係が原因だったのだろう。

私にとって「愛する」とはそういった胎児的な……自殺的な態度だったのである。そんなわけで、私は数々の恋愛に失敗していった。はなから女性を愛せていないのだ。

私は女性にひざまずき、恭順した。しかし、相手を「罵る」というような行為は、相手を自立した個人として認めるということである。

そのような次第で、Sにもう連絡しない、連絡をするな、というようなことを伝えたときに、一種の達成感を覚えた。壁を乗り越えたような。

Sは私にとって、もっともグレートマザーに近い女性だった(子どもを慈しみ育む一方で、束縛し飲みこむ「偉大な母」)。しかしこのグレートマザーは、儀礼的に殺されなければならない。そうしなければ子どもは自立できない。

グレートマザーは死んだ。理不尽な暴力と拒絶によって死んだ。もはや私の前には現れない。おっさんは、やっと乳離れできるんだろうか。

7.17.2017

インドネシア旅行 持ち物リスト

インドネシアに行くことになった。

基本はタイ旅行の持ち物と同じで良いと思うのだが、再度吟味したいと思っている。

ちなみに私のバッグはパタゴニアのMLC45。

収納性能は抜群によく堅牢な造りだが、バックパックとして使うには背中が蒸れるし、あまり背中にフィットしないのでバックパッカーはアウトドア用のを買った方がよいと感じた。

でもけっこういい値(2~3万円)するので、貧乏バックパッカーとは違うぜ!という気分だけ味わえる。

以下、持っていってよかったものと悪かったもの。



タイ旅行で意外と良かったもの
・パックタオル 手ぬぐいの進化版。これがあればバスタオルは不要。濡らして首に巻いても涼しい。
・爪切り 日本の爪切りは高品質。二週間旅行して二回使ったかな。
・折りたたみハサミ 現地購入。刃渡り6cm以内なら機内持ち込みOK。髭のカットに
・コンパクトダウン なぜかドミトリーに布団がなかったとき助かった。
・睡眠薬 機内でぐっすり眠りたいときに。5時間フライトが一瞬で終わっていた。
・ノイズキャンセリングフォン 機内やバス内、ドミトリーで眠るときに。
・水着 いらないかなと思ったがホテルのプール最高。

タイ旅行で意外といらなかったもの
・ツーリングネット。バッグをバイクにくくりつけなかった。すごく邪魔。
・バイク用グローブ。使わなかった。すごく邪魔。
・三脚。重いくせに一度も使わなかった。すごく邪魔。
・ドライバー、六角レンチのセット。使わなかった。
・コンセント用変換プラグ。使わなかった。日本のプラグで行ける。
・長ズボン。次第に半ズボンだけになった。暑い。
・ボールペン。使わなかった。
・ジップロック。雨天ツーリングを考慮し大量に持っていったが邪魔だった。
・ポケットティッシュ。出番なし。
・モバイルバッテリー二個。一個で十分だった。
・国際免許証。結果論的には不要だった。
・シークレットバッグ。現金やパスポートを隠す腹巻き。タイでは不要。暑くてつけられない。
・バッグ用レインカバー。雨が降らなかった。雨季なのに。バイクツーリングするなら必要かな。
・香水 タイのランドリーショップは強烈な匂いの柔軟剤を使うので香水いらず
・コンパクトウィンドブレーカー。長袖シャツがあれば出番なし。
・GoProと充電器。奮発して買ったが、ほとんど使わなかった。
 次回も持っていくかもしれないが、充電器は不要かな。
・航空券の印刷。チェックインはパスポートがあればOK
・MP3プレイヤー バイクツーリング用だったが、不要だった。

絶対必要なもの
・パスポート
・現金
・ノートPC
・スマホ
・Kindle
・シェーバー
・カミソリ
・Tシャツ四枚
・下着三枚
・短パン二枚
・長袖シャツ一枚(日よけ、フォーマルな場に、冷房のきつい場所の重ね着)
・アルコール除菌タオル あればあるほどよい。電子機器の清掃、ボディタオル代わりに
・歯ブラシ
・軟膏 痔対策
・葛根湯顆粒 エアコンで身体が冷えたとき飲むと著効
・USBコード二本
・カメラ
・カメラを包む毛布みたいな奴 カメラバッグはかさばるのでこれで十分

欲しかったもの
・鼻毛カッター 中途半端に伸びた鼻毛がかゆい。
・ちゃんとした半ズボン これは現地で購入。バンコクへ行ったらみんなオシャレで引いた
・ちゃんとした靴 薄汚いクロックスで行ったら同上。でもタイではクロックスは高級品だった……。
・ちゃんとしたスマホ 廉価モデルなのでGPSが繋がりにくくイライラ カメラの画質も悪い
・ちゃんとしたPC 廉価モデルなので画像処理に時間がかかりイライラ
・整腸剤 滞在中は毎日飲んだ方がいいと思う。
・ポータブルスピーカー ホテルでテンションをあげたいときに。ちょっとかさばるかな。
・日焼け止め すごく焼けた。

所感
とにかく三脚が重くてイライラした。なぜ俺は金属の塊を背負っているのか?
・シェーバーはT字髭剃りにすれば軽量化できるかも
・(旅ではなく滞在であれば)スマホは高性能の方がいい。ただしiPhoneはスられる可能性高し
・バイク関連は現地購入でよいと思った。
・RX-1Rはクソ高いくせに一見高く見えないので旅のお供には最適だと思う。ハイスペック軽量コンパクト。

・勘違いしてクッカーやバーナーを持っていかなくて本当によかった。
・タイはフォーマルな格好が好まれるけど、次回もクロックスで行くと思う。
 ビーサンよりはマシだし、水たまりも安心。
・日本から持ってきた荷物って、なんだか捨てにくいのはなぜだろう……。
 明らかに不要なのに、妙な愛着がわく。


国家のかつあげに涙するおじさん

役場から手紙が来ていたのをずっと放っておいたのだが、今日開封してみた。

内容は、「30万円払え。今すぐ」というものだった。住民税というものらしい。


おっさんは泣きながらコンビニで支払った。30万円かあ……。こんな大金を払ったのは車以外では初めてかもしれない。

30万円とはタイの安い娼婦を100回買える金額であり、下世話だが「ジキジキ(ブンブン)100回分」という言葉がアタマに浮かんでしまった。

しかし多分私の30万円は、道路をぺろっと剥がして元に戻しておしまいなのだろう。それだったら市のモテない不幸な男性たちに娼婦をあてがいたい。できれば私の税金をそのようにつかって欲しい……。

どんなことであっても大金を使うというのは精神衛生上良いことのようだ。30万円払うことにはまったく納得できないが、ATMで一万円札を30枚出してコンビニのおばちゃんに数えてもらうときに、一種のカタルシスを覚えた。

私は今、貯金を切り崩しながら生きている。実家で生活するだけなら何年も暮らせる金額だ(追い出されなければ)。

しかしそれだけに、目減りしていく貯金額に嫌気がさしていくのだった。追い立てられるようで。いっその事、貯金がなくなってしまえば……と考えないこともない。


 アントルプルヌールなわたくし

今日も日本の田舎のクソ(失礼)暑い中をクルマで走らせた。図書館で涼もうと思ったのだが、人でごった返している(実家にはクーラーがない)。

「静かに読書をしたいだけなのに、そのスペースがない」と私は思った。

しょうがないので、図書館の駐車場の陽の当たらないところに車を停めて、そこで読書をすることにした。

私は「ひとりで読書をする空間」にかけては拘りを持っている。

無音ではなく、かといってうるさすぎないこと。明るすぎず暗すぎないこと(日本は大概、明るすぎる)。カフェインを適度に摂取すること。美的質的に優れた空間であること。空気は乾燥しており、適度に循環のあること。

他にもたくさんあるのだが、私は最適な読書空間を提供できる自信がある。いわばコーヒーやワインのマイスターのように、読書空間に造詣が深いのである。

それで、私はあたらしいビジネスを考えた。名づけて「Thinking space」である。

これは「ただ考えるだけの空間」であって、読書、インターネット、勉強をするスペースになる(ただしパソコンは持ち込み)。広い部屋にパーティションで区切られたデスクが連なっている。床は無垢のウォルナット、間接照明が柔らかく照らす。大きなパキラやドラセナの観葉植物。静かにサティが流れる。ヴラマンクやセザンヌの絵画などを飾る。これが私好みの「A室」である。

「B室」は受験生やビジネスマン向けのスペースで、パーティションで区切られたデスク、床は大理石調、デスクは合成樹脂、昼白色のLEDライト、機能的なチェア、サンスベリアやケンチャヤシなどのシャープな観葉植物を。目を休ませるための大型水槽に熱帯魚など泳がせる。

基本料金は一時間300円、三時間なら700円。八時間なら1500円。B室はもっと安くしてもよいかな。

で、管理人のおっさんは基本A室の受付で座ったままのんびり読書しているわけ。ときどき熱帯魚に餌あげたり。うるさい奴を追い出したり(鼻をかまずにずるずるやってるやつは出禁)。飽きたら最低賃金でだれか雇う。あるいは監視カメラとICカードで無人化できるかも。

おっさんの蔵書は本棚にあって、自由に読むことができる(店内貸与であれば著作権関係は問題ないらしい)。だからちょっと高くて買えない新著の「人はみな妄想する」とか、中古で高騰している「タオ性科学」とかも無料で読める。

このビジネスっておいしくないだろうか?ランニング・コストは電気代、家賃、wifi、ドリンクサーバーくらい。人件費はおっさんが読書の傍らやればいいだけ。だれにでもできる仕事だから、嫌になったら最低賃金でバイトを雇えばよい。

そこそこ人気は出ると思うんだよな。都心の美術館なんかいくと、この「意識高い」「ハイソな」雰囲気のなかでカントでも読んだら捗るだろうな、と思うでしょう。まあメインは受験生や浪人生、他は居場所のない高齢者、落ちついてサボりたい営業マン、変に意識の高いおばさんになってしまうだろうけど。

本来その役割は喫茶店が担っていたのだろうが、地方の喫茶店は入りにくい。それにコーヒー一杯で600円くらいとるし、妙に落ち着かない。漫画喫茶でもよいのだが、不潔感と退廃ムードが否めない。まあ都心だと、似たようなサービスの自習スペースがあるけどね。こちらは田舎にあってちょっとモダンでハイソな読書スペースとして打ち出す。潜在的需要はあると思う。

ちょっと銀行で金借りてみようかな。

7.15.2017

奴隷の上に立つ者~食べちゃうおじさん

平等観とか、博愛主義のようなものをなくそうと思っている。

すなわち、私は峻酷になろうと思っている。

弱者は利用され尽くして死ねばよい……と考えようと思っている。

世の中には奴隷として生まれついた人がたくさんいる。彼らは解放を望んでいるのではない。解放や自由は彼らにとって、むしろ恐ろしいのである。なぜなら彼らは、私たちとは違った生き物だから。アリストテレスの言うような、生まれついての奴隷。

そういうふうに考えると、生きることがとても楽になる。

生来の性質があるものである。フィクションは常に嘘をつく。「どんな悪人でも改心することができる」とか、「抑圧された弱者は立ち上がることができる」とか(歴史もある意味でフィクションだ)。嘘ばっかりである。

この世にはサイコパス……人を喰らう習性の生き物が存在するように、奴隷……食われるだけの人も存在するのだろう。その性質は生涯変わらない。マルクスはこの点を誤解していた。

それでは私はサイコパスになろうというのか?そうではない。サイコパスは高貴な精神とは無縁である。最低の存在であるサイコパスが奴隷の上に立つ。これが逆転した世界である。

自然社会では、貴族―奴隷―サイコパスの順で社会が構築される。ところが現代ではサイコパスが台頭してきた。資本主義、自由主義、平等主義、民主主義といった現代のヘゲモニックな思想は、サイコパスに都合の良い要素だからである。

強大な人間になろうとするならば、容赦なく他者を食らいつくさなければならない。そのことを私は考えている。あらゆる宗教がこのことを否定するではないか?仏教もキリスト教もそうだ。独立せよ……孤独であれ、と。

しかし、あえてそうしなければならない。人を服従させ、搾取せねばならない。

弱者を喰らう。肉食獣に食われる人間は、意外にも恍惚とした気分のうちに死に絶えるらしい。食われることも、存外悪くないものかもしれない。むしろ、「食ってあげてるんだ」と言えるくらいになりたいと思う。



自分ほど理解しがたいものはない

神経症って全般的な態度の異常なのだな、と昨日思った。

昨日は少し二日酔いだったのだが、そのおかげか図書館へ行っても、スーパーへ行っても神経症が出なかった。これは良い兆候だと私は思った。

それからプールへ行って一時間は大丈夫だったのだけど、その後また再発した。

短い間だったが、神経症がない状態は、実に「自由で快適」なものだった。

もう何十年も神経症であることが当たり前だったので、私はつねに社会、他者といった存在に対して「不安」を抱いていて、あまりにも長いあいだそれを繰り返していたので、そのことに無自覚だったのだな、ということに気がつく。

他人、人の目といったものがまったく気にならない感覚……。私は他者があるときに、これまでどれほど強く身構えていたか、ということに驚いた。その態度は神経症が起きてから14年間、ずーっと、何百万回も繰り返していたものだった。あまりにも当たり前すぎて……それが自然な態度だと私は思い込んでいた。

その障壁がなくなると、ひとびとの間にあって何らストレスがないのであった。私が不快に思う場所……人の多いスーパー、人の多い図書館にあって、私は他人がまるで存在しないように振る舞うことができるようになった。私はスーパーのなかで、「目当ての商品を見つけて、買う」というだけの行為に専念することができた。

不安がなくなると……「世の中、マジで気楽だな」と私は感嘆した。世間の人々はこんなイージーに生きているのか……そりゃ哲学や心理学なんていらないな。あらためて神経症の持つ異常性と、苦悩の多さを理解した次第。

私の神経症はもっと「具体的」なものなのだが、根底には他者に対する恐怖、拒絶、嫌悪のようなものがあると思う。対人恐怖症に近いのかもしれない。たしかに私は……ひととコミュニケーションをとるのが苦手ではないものの、深い関係を築くことができない。

神経症の症状は難解である。ある症状が、何を意味しているのか。手を洗う、広場でパニックになる、ガスの元栓が気になる……その症状が本源的に何を意味しているのか、探り出すことは難しい。そこで精神分析やカウンセリングの役割があるのだろうが……。

一度心身症になったときは簡単だった。私は仕事中胸痛で動けなくなったのだが、それは過労を止めようとする無意識の働きだった。私は完全に気胸だと考えていたのだが、大病院でレントゲンを撮ってもらっても異常なし。「心臓神経症」と診断され、抗不安薬を処方されたのであった。結局、二三日寝たらよくなったのであった。

私の場合、神経症それ自体が問題なのではなく「他者に対する全般的恐怖」があったのかもしれない。それが凝縮され転化された形で神経症にあらわれる、と……。

他者に対する関係性を正常化すること、他者に対するトラウマを取り除くこと、これが私の神経症に重要なのかもしれない。

7.13.2017

おっさんの系譜

今日は市立図書館へ行って先祖のことを調べていた。

郷土史を開くと私の何代も前の先祖が載っている。といっても、ほとんど無名の存在であり、googleで検索しても数件しか出てこない。いちおう思想家、教育家ということになる。

天保の時代、十九世紀前半に活躍した。カメラなどない時代だから肖像画ということになるのだが、画家の作風なのか、そういう人物なのか、ずいぶん飄々としているように見える。


ちなみに私はこんな顔ではない。

原画は実家に飾られているのだが、あぐらをかいてだいぶラフな感じである。藩に重用されたとか、財を成した……そういう風格はない。老賢者といった具合。

思想は啓蒙主義的(日本もその頃すでに「近代化」されていたのである)で、勤勉を説いたのだという。勤勉……いまのニートな私をどう思っているのだろうか^^;

自分の血筋がわかるというのは、なんとなくありがたいことである。特に私のように両親ともB層だと、将来に絶望しかねない……。


「労働と思想」という本を買ってみた。

日本のさまざまな専門家が、グラムシやラカン、ほかジジェクやルソー、シェイクスピアなど多様な思想家を通して「労働」を読み解く、という本。

パラパラと読んでみたが、私には佐々木隆治氏のマルクスの項がもっとも鮮烈に響いてきた。

労働者が自分の労働力にたいしてそれを価値とするように関わり、労働力を商品として販売するだけでは、まだ賃労働とはならない。それにくわえ、賃労働者が資本家の指揮の下に入り、自分の労働行為を資本の機能として遂行しなければならない。そのような特定の形態の労働こそが、労働力の価値以上の価値、すなわち剰余価値を生み出し、自己増殖する価値としての資本の運動を成立させるのである。
それゆえ、ここで問題になるのは、たんなる所有の問題ではない。つまり、無所有のプロレタリアートと手段を排他的に所有する資本家が存在するだけではまだ賃労働は可能ではない。むしろ、重要なのは、資本家の指揮の下で賃労働者が遂行する労働がいかなる形態において遂行されているのか、ということだ。
(……)
では、賃労働者のどのような振る舞いが、賃労働者の労働を資本の機能とするのか。賃労働者が生産手段にたいしてそれを資本とするようにして関わることによってである。より具体的に言うならば、賃労働者は、奴隷制のような人格的従属関係がないにもかかわらず、労働契約を遂行するために、自分の「自由」な意志にもとづいて資本に従属し、生産手段を「有益」に消費することによってその価値を維持し移転しつつ、自分の労働の成果を絶えず資本に譲り渡し、剰余価値を産出する。賃労働者は、そのような関わりをつうじて、生産手段に資本としての形態を与えるとともに、翻って自らの労働自体にも資本の機能としての形態を与えているのである。資本家による生産手段の排他的所有、すなわち直接的生産者と生産手段の分離は、このような賃労働者の特異な振る舞いをつうじて、はじめて再生産される。(佐々木隆治)
資本主義は「主体的隷属」をエネルギーとして回転する。日本の「社畜」現象は決してガラパゴスな状況ではなく、典型的な資本主義的状態と言うことができる。日本が外国と比べて特異なのは、司法も労働組織もそれを黙殺するような状況である。
賃労働とは、たんに生産手段から切り離された労働者が労働力を販売することによってのみ労働過程に入ることができるということだけを意味するのではない。その労働過程において生産者が生産手段にたいしてそれを資本とするようにして関わり、自分の能動的行為を資本の機能としてしまうということを意味しているのである。自らの自由意志で労働しながら、その成果をすべて譲り渡してしまう、このような労働は、それ以前の社会には存在しえなかった極めて特異な形態での労働である。それゆえ、冒頭でみたように、このような生産者の生産手段に対する関わりの様態は、本源的には国家暴力による規律訓練によってはじめて創出することができる。(佐々木隆治)
国家暴力による規律訓練……。伝統的なマルクス主義では「国家」を目の敵にすることが多いが、現代の考え方では「教育」「マスメディア」「家族」という装置をあげることができるだろう。
奴隷はただ外的な恐怖に駆られて労働するだけで、彼の現存(彼に属してはいないが、保証されている)のために労働するのではない。これにたいして、自由な労働者は自分の必要に駆られて労働する。自由な自己決定、すなわち自由の意識(またはむしろ表象)やそれと結びついている責任の感情(意識)は、自由な労働者を奴隷よりもはるかにすぐれた労働者にする。なぜなら、彼はどの商品の売り手もそうであるように、彼の提供する商品に責任を負っており、また、同種の商品の他の販売者によって打ち負かされないようにするためには、一定の品質で商品を提供しなければならないからである。奴隷と奴隷保有者との関係の連続性は、奴隷が直接的強制に維持されているという関係である。これにたいして、自由な労働者は自らの関係の連続性を維持しなければならない。というのは、彼の現存も彼の家族の現存も、彼が絶えず繰り返し自分の労働能力を資本家に販売することに依存しているからである。(マルクス「諸結果」)

賃労働者であることが教条化される。構造は再生産される。日本であれば学校を出たら「正社員」となることが正解とされており、それ以外の目標は暗に排除される。私も祖母に、早く会社員になれ、と脅されている^^;
自由な労働者という概念のなかには、すでに、彼が貧民であること、先生的な貧民であるということが含まれている。(……)彼が労働者として生きていくことができるのは、ただ、彼の労働能力を資本のうちの労働ファンドをなす部分と交換する限りでしかない。この交換そのものが、彼にとっては偶然的な、彼の有機的存在にとってはどうでもよい諸条件と結びつけられている。だから彼は、潜勢的な貧民なのである。(マルクス『草稿集』)

南北戦争で奴隷が解放されたのは、「奴隷」よりも「労働者」の方が経済的だった、とする指摘がある。我々はより自由になった。少なくとも主観的には……でも、ずっと搾取され、貧しくなった。逆説的であるが、現実にはそうではないだろうか?


マヨネーズパンってどうなのか

私が今日セブンイレブンに行っておどろいたのは、「マヨネーズパン」なるものが売っていたことである。えっ!と目を疑ってしまった。

「マヨネーズパン」……それは単にコッペパンにマヨネーズを塗って焼いたもので、「ハム」とか「ツナ」といった「具」的なものは一切ない。

私がこれを見て第一に思い出したのは、松本人志の「放送室」で、学生時代の極貧の浜田が、食パンにマヨネーズを塗って食べるのを好んで、ドン引きする松本に「うまいぞこれ」とすすめた、という話である。

コンビニのパンは10年前に比べると恐ろしく小さくなっていて、具も貧弱になっている(原価なんてたかが知れているだろうに)。申し訳程度の具を乗せるくらいであればマヨネーズだけ、とは潔いと言えるのかもしれないが、「ハムマヨパン」「ツナマヨパン」などと比べると、「マヨネーズパン」というのはあまりに悲愴と言うほかない。せめてコーンを散りばめるか、パセリを振るとかしてほしかった……!(冷静に考えてみると、私は余計な具がない「塩パン」が大好きだから、もしかすれば具がないマヨネーズだけのマヨパンをあえて好む人がいるのかもしれない。)

私はセブンイレブンのような巨大資本の「底辺労働者はこれでも食ってろ」というような態度が透けて見えて、不快に思った、というか、ぎょっとしたのであった。

おそらく諸外国では、こんな食べ物は倫理的というか道義的というか、売ることができないのではないか。パンにマヨネーズを塗りたくって、これを食えというのでは、あまりに客をバカにしている気がしてならない。

もしかしたら違和感があるのは私だけで、人々は当たり前のようにマヨネーズパンを買っていくのかもしれないが。個人的には驚いたので書いておこう。


7.12.2017

インドネシアを見つめるおじさん

不動産会社の経営者のブログをふたつ購読している。実業的なブログをほとんど読まない私だけれども、このふたつはおもしろい。

素人さんの為の不動産学校」……ほとんどヤクザのような外見(性格もだけど)の名古屋の経営者、近藤利一氏。

榊 淳司オフィシャルサイト」早稲田卒の東京の経営者、榊淳司。ふたりとも良い文章を書く(榊氏は元コピーライター。テレビにも出ているらしい?)ので毎回読んでいる。

で、なぜそんなことを紹介したかというと、ふたりともインドネシアに行っているのである。

名古屋の方は投資のため、榊氏は休暇でとのことだが、ふたりともバリ島へ赴いている。

敏腕の不動産経営者が、ふたりともバリへ行っていることに、なんとなくピンときたおじさん。

私も行ってみようかな、と思った。

死ぬほどじめじめしているこの時期の日本と違って、今のインドネシアは乾季。榊氏は日本に帰って、「避暑地から帰ってきたみたいだ」と言っていたが、南半球のインドネシアは今が快適に過ごせる時期。



反対に、これからの日本は本当の酷暑^^; 私のように気候の変化に弱い人間にとって、とても不快な時期が続く。

失業保険の関係で月に一度は帰国しなければいけないのだが、とりあえずは3,4週間インドネシアで過ごそうかと思っている。


次に人口ボーナスが起こるのはインドネシアと言われている。


日本とはまるきり状況が違うことがわかると思う。





人口年齢グラフの比率としてもそうなのだが、あまり知られていないことだがインドネシアはインド、中国、アメリカに次ぐ人口世界四位の国で、2億5000万人ほどで日本の倍近くある。もっとも、インド・中国はそれぞれ13億人ほどの人口があり、桁違いに多いのだが……。



参考までにタイと比較してみると、インドネシアと比べればタイは「旬が過ぎた」感が否めない。無事発展途上国から先進国へ移行したとも言えるのだが。(たしかにタイはおじさんおばさんが多かった)

タイのおっさんは仕事しない


インドネシアの平均月収は約16,270円で、タイのそれより格段に低い。半分どころではなく、ヘタすれば1/10くらいかもしれない。

もっともインドネシアはイスラム教徒が多いという点、地政学的な点でタイより発展できるかは疑問なのだが、うまくすれば爆発的な成長が見込めそうである。



そういうわけで、来週あたりインドネシアに行ってみようと思った。視察+避暑ということで。

航空券は、関空→マレーシア→ジャカルタ→バリの手順で、それぞれ15000円、3000円、4000円程度の航空券で移動できることになる。トータルで22000円ほど。関空までの移動費を考えると往復で5万円以上か。

バンコクに比べると、バリまでの道のりはちょっと高い&時間コストが大きいかな。あまり手軽な感じはないか。滞在費は10万円ぐらいに抑えたいな~と思っている。

7.11.2017

語られぬもの、語りえぬもの

何度も書いては消している。



何かがつかえている感じ。

ラカンを勉強することで、何か変化があったのかもしれない。




私は何年もひたすら、

このブログに書きまくっていた。



書いている内容は、私の心情や精神のことが中心だった。

これだけ書き続けたということは、

裏を返すと「書きたくない」という欲求があったのだろうか。


実はそれこそが原動力だった?




本質的なこと。根本的なことについては決して書きたくないという欲求が、

私を文章に駆り立てた。

書かれぬために書き続ける。

積極的沈黙としての饒舌。

そういうことがあるのかもしれない。



私は何から逃げているのだろうか?

知りたい私と、知りたくない私とがぶつかっている。


7.08.2017

おじさんは妄想する

最近話題の松本卓也氏の「人はみな妄想する」を読んでいた。著者が1983年生まれ。33歳でこんな本が書けるのか~と才能の差にショックを覚える。

神経症に関してはラカンやフロイトの方が向いているようである。分裂病はユング派、神経症はフロイト派、ということは聞いたことがある。



この本を読んでみるとフロイト、ラカンは神経症をかなり的確に捉えられていると感じた。
精神病者はいわば無意識の殉教者といえるでしょう。殉教者という言葉に証人という意味をこめて、そういってよいでしょう。そこで問題になっているのは、明白な証言です。神経症者も無意識の存在を証言している人といえますが、彼らは覆い隠された証言をしているので、それを解読する必要があるのです。(ラカン)
最近、私も自分の無意識に関心を持っている。無意識は何を訴えたいのか。何が抑圧されているのか。それを発見することが治療に繋がると考えている。

とりあえずは無意識を「甘やかす」ことにしている。懐柔策である。神経症症状が起きそうなところはひたすら避ける。虐められてひねくれてしまったエスだが、優しくすれば素直になってくれるかもしれない。
神経症の症状には表象の心的加工が認められるのに対して、精神病の症状にはそのような加工が認められず、表象がそのまま出現している。
「神経症の場合には、かなり苦労して深層から掘り出さねばならないものの大半が、精神病ではおもてにあわれていて、誰の目にも明らか」フロイト「自らを語る」
精神病は、無意識(エス)がそのまま表出する。神経症は、複雑に、巧妙に加工されている。私自身にも何が原体験なのかわからない。
①神経症は、エスからやってくる欲動の要求に自我が耐えられなくなったときに、自我がエスを黙らせようとすることから生じる。
②精神病は、エスに自我が打ち負かされてしまったときに、自我が外的世界から引き剥がされることから生じる。(「神経症と精神病」フロイト)
エスからの欲動とはなんだろう?抑圧の代表的な例は、フロイトのエディプス・コンプレックスだ。つまり母親と姦淫したい、父親を殺したいという欲望である。フロイトによれば我々は幼少期、そう欲望しているとのことだ。

私の場合はなんなのだろう。実はホモだったとか。実はペドフィリアだったとか。うーん。

いろいろな感情を抑圧してきた。「自分は無価値だ」と思っていた。「自分は間違っている」と思っていた。そういう、割とだれにでもある抑圧によってでは神経症は起きないのだろうか。私は上のような抑圧から解放されることで、少し神経症は楽になった。もっと原体験的な、より大きな欲動があるのだろうか。あるのであれば、それを発見したい。
神経症における現実喪失は「現実生活からの逃避」である。それは、精神病における現実喪失のように単に現実を否定することではない。神経症者は、現実の外的世界のほかに、そこから隔離された空想世界をもっており、その空想世界のなかでは外的世界に生きていくために生じる様々な要求を直視せずにすますことができる。この空想世界への逃避が、神経症における現実喪失にあたる。神経症者は、空想世界から欲望の素材の提供を受け、そのなかで空想的な満足にふけることができる。ただし、空想世界はまったく外的世界と関係のないものではない。むしろ、空想世界は「好んで現実……のある一部に依托し、その部分にある特別な異議と、(……)象徴的とわれわれが呼ぶ、秘められた意味を与える」とされている(フロイト「神経症と精神病における現実喪失」)
この記述を読んで、私は妄想の世界にいるのかな、と思った。なんといっても、私は労働から逃避している、と見られてもおかしくない状況にある。いや、たしかに「逃避」している。逃避しているのだが、恐れているのは単なる「労働」ではないだろう。もしかすれば、自分が何か達成すること、自分が成熟や生長することを怖れるような気持ちがあるのかもしれない。

というか、このブログが空想世界なのではないか?と思わなくもない。このブログは私の逃避だったと……。

そういえば私は中学生の頃2ちゃんねるにハマっており、それからネット依存症的な生活になったのであった。ちょうどその頃神経症になったのだった。それからというもの、ずっと私はインターネットに常に居場所を求めるようになった。

フロイトの言う空想世界とインターネットの仮想空間はほとんど関係ないのだろうが、私の神経症にとってインターネットという存在がけっこう重要になるのかもしれない。

もう少しラカンとフロイトを勉強してみたいと思った。

7.06.2017

zacccccccCCky

神経症の女性のブログを読んでいる。

私のように神経症(系統は違うが、たぶん私より重度)で、本を二冊書いているらしい。とても文章が上手。なので、三日くらいかけて彼女のブログを読んでしまった(気持ち悪がられないといいが^^;)。

彼女のブログを読んでいると、神経症の症状を客観的に理解できるような気がする。そうして彼女がなぜ治らないか、という点も気づける。

それでいろいろ書いてみようと思うのだけど、精神分析の治療中ということだから、私などの文章を読まれたら治療の邪魔になるのでブログのURLは貼らない。



まず第一に、家庭環境。彼女の母親は「毒親」である。これは疑いがない……。そうして、母親がそうであるのと同じように父親もあまりよくない。父親は母親に怯えてしまって、母親の非人格化に対して子どもを守るという父親の義務を怠った。

彼女は母親を憎むべきか、愛するべきかで揺れている。彼女の母親は、彼女を強力にマインドコントロールしてきた。そのことは明白だけれども、彼女は依然母親の愛情を求めているし、母親がよい母親だと思いたいという執着が見受けられる。

彼女の記事によく書かれる、「精神分析を受けると調子が悪くなる」のは、母親を肯定する自己と母親を否定する無意識の自己が分裂するから。無意識の自己が、いわば不自然な洗脳された自己を攻撃している状態。

彼女の夫も、あまり良くないと思う。夫はたしかに彼女の治療を望んでいるけれど、それは「自分のため」であって、彼女のためを想ってではない。

夫が「早く治せ」とプレッシャーをかけることによって、彼女自身も「治らなければならない」と意識する。また娘がいるという状況も、精神的には過酷であると思う。母親としてのプレッシャーが彼女を追い込む。治療はますます遠のく。

彼女も自覚しているとおり、神経症は「このままでいい」と思わなければ治らない。というか、「治る」という考え方をやめた方がいいと思う。自分を取り戻すとか、癒しとか、悟るとか、ちょっとアホくさいけどそういう言葉の方が神経症には近い。

彼女の症状はパニック障害、外出恐怖だけれども、無理に外に出るトレーニングはしなくて良いと思う。外に出られない自分をまず肯定すべきだろう。別に、外に出なくても現状なんとかなっているのだから。夫に申し訳ないとか、子どもに変に思われるとか、考えてしまうかもしれないけど。

変ではない。外出できないということは、別に変ではないし、病的でもない。世の中にそういう人がいてもいいと思う。私は「外が怖くて出られない」という人がいれば、「たしかに外は怖いかもしれない」と思うだろう。

私の症状も似たようなもので、ふつうの人も感じるような不安が過剰に増幅されるといった症状。

最近は、そういう自分がいてもいいか、と思うようになった。結局、そういう不安を起こす状況が人にとって不自然な状況かもしれないのだから。

だから彼女も、外に出られないのは、外界が異常なのではないか……と発想を転換させればよいのではないかな。じっさい外界はいささか狂っているのだから、当たり前のように外出できる方が狂ってるのかもしれない。

そして、「自分を治す」のではなく、自分以外の他者や外界の方をモディファイしていく。田舎の方に、人の少ない自然の豊かなところに済む。「そんなことを夫に提案することは無理だ」、と思うかもしれないけど、たぶん治療にはいいはず。

彼女の原体験というか、もっとも楽しかったのは海外旅行でアフリカの動物たちと触れ合ったことと書いてあった。彼女の出身は、だいぶ田舎の方で、大の動物好きということだった。

おそらく彼女にとって、無機的な都市部の生活が向いていないのではないかと思う。そう考えてみると、外出恐怖は都市部恐怖とも言えるのかもしれない。そういった少し漠然とした恐怖症があっても良いと思う。外出恐怖というと病的だが、都市部を嫌うのは自然な感情だ。

いずれにせよ神経症は「とらわれ」の症状であって、自分が「病気だ」といったん思ってしまうと、自分を治すことにとらわれてしまう。客観的に自分の状況を見つめてみれば、簡単な改善策が浮かぶのかもしれない。

そして彼女は母親をまず思い切り否定すべきだと思う。もう関係は断絶していい。そして父親をこっぴどく叱責すべきだ。母親はおそらく人格障害なので改善の余地はないが、父親は謝罪してくれるだろう。「お前を守ってやれなくて済まなかった」と言わせること。それが彼女のエスにとって一種の精算の効果を生みだすと思う。

彼女は母親を理想化して育ってきた。今度は夫を理想化してしまっている。強力な他者に対して依存的に関係する癖がついている。現在の夫婦関係は対等とはいえない。彼女の母親が父親を罵り蔑視してきたことと関係しているだろう。夫婦関係が対等であるということが学習できなかった。彼女が悩んでいるセックスレスもそれと関係があるのではないかな。

精神分析の医師はかなり優れていると思う。……のだけど、限られた診療時間ではあまり改善は望めなさそう。ブログの記事にヒントがあるから、読ませてあげると良いかもしれない。10年来の付き合いならそれくらいしてくれるだろう。

そしてコーヒーは避けた方がよいと思う。動物好きなのであれば肉食も避けた方がいい。無意識様の機嫌を損ねるので……^^;

とこんなことを偉そうに書いて意味があるのかわからないが、つらつら書いてみた。神経症の解釈、分析は楽しいのですよ。自分を見ているようで。

ベッテルハイムが1977年に京大にて言ったそうである。「医者じゃないものもなるべきだ、精神分析家のキャリアは医学的知識が必要なんじゃなくて、哲学的、文学的知識なんだ」

自分のことより他人のことの方がずっとわかりやすい、という気がする。自分の神経症はだいぶ改善したけどまだ治っていない。まあどうせニートだし、もう治らなくてもいいのだが笑



昨日会った女とはそれなりに仲良くなった。ただやっぱり、女はわがままな方がいい。「私はそれに値する」と頑なに主張できる女は素敵だと思う。変に遠慮や謙遜する女というのはつまらない。男は追いかける方が好きなのだ。アッシーだメッシーだ言っていた時代の方が楽しかったのかもしれない。

女性とのアポをたくさんとるべく頑張っているのだけど、だんだん飽きてきた。大して気に入っていない女性を相手にしているからということもある。私の理想はなんとなくだが、上智大学文学部卒のやや小柄の陰気な女である。私は上智大学文学部フェチなのである。なぜかわからない。字面かな。



今日は久しぶりに音楽のセッションをした。初めてのメンツと。久しぶりなので錆びているが、まあまあいけた^^ 音楽はどう考えても楽しい。またがっつりと練習してみようかと思う。

学校はいらない

教育は新しい世界宗教になっている。支配階級から軍人、そして労働者階級にまで期待を抱かせる救済の宗教である。世界的宗教は偉大な文化が衰退するときに興る(アーノルド・トインビー)
学校は国家のイデオロギー装置で、賃金労働者は奴隷である……というテーゼは、現代日本の常識からするとだいぶぶっ飛んでいる。ロックである。

しかし考えてみると、私は学校が楽しいと思ったことはないし、労働についても就職する何年も前から同様のことを感じ取っていた。

これは無意識レベルで常に生じていた感覚なのだが、私は意識レベルで抑圧していた。そうしなければ親に怒られるだろうし、教師に怒られ、友達を失うことになったろうからだ。

イバン・イリイチもアルチュセールも、私がすでに知っていたことを提示してくれたということになる。知識は……あらかじめ知っていることしか認識できない。黒船の存在を江戸の町民が認識できなかったように。

教育はすばらしい……働くことは良いこと……と、心の底から思っている人もいる(そういう人の方が幸福だろう)。

哲学のお話など周囲に1ミクロンもなかった私は、きっちりと高校を卒業するまで学校へ通った。

学校へ行くのは死ぬほど嫌だった。私は中学二年生の頃から神経症だったから、なおさら拷問のようだった。神経症は私にとって厄介で難解でまったくわけがわからず、毎日私はへとへとにへばっていた。今考えても、当時が人生でいちばん辛かったと思う。大学に入ったら授業はほとんどサボれたから(比較的)楽だった。(私がアメリカに生まれていたら土下座でも賄賂でも駆使してホームスクーリングを希望しただろう^^;)

数十年前から、教育の内包する暴力が主張されていた。イリイチはすでに「教育は暴力である」と結論づけていた。暴力的な教育があるのではなく、教育は暴力なのである。それで、あくまでイリイチはそもそも教育を根絶すべきだと主張した。尾崎豊ではないが、学校をぶち壊せと主張したのである。

しかし現代の教育論では、すでに何十年も前にイリイチが主張したことを黙殺している。いまだに「なぜ教育の現場で暴力が起きるのか?」ととぼけた顔をしている。

それは教育を否定することが、あまりに強大なことなので、民衆はそれを認識できないのである。現代は奴隷一揆後の社会なので、識者やエリートたちはこれを黙殺した。そうして黒船はいつの間にか沈没した……。

7.05.2017

自身がまず灰となるのでなければ

神経症としての私は見事に社会不適合化している。

哲学的な解釈によれば、労働は一個の奴隷制であり、家族は国家イデオロギー装置である。

精神分析的に言えば私の神経症は病気とはいえず、エス(=イド 「それ」の意)そのものであり、私はエスを排除するよりも「私」の方を治療しなければならない、と思っている。

で……そのようなことを学んだ結果、労働意欲を削がれ、社会に対する適合能力が奪われ、家族を憎むニートのおじさんとなった。

ただ良かったことは、神経症はだんだん楽になっているということである。

これまでの私は特に電車内などがきつかったのである。しかし考えてみると「電車の中」という空間はどう考えても人間いや生物にとって不自然な環境であり、これに適合できないことが人間的欠陥であるとは私には思えないのである。

私の神経症が拒絶する空間はそれ以外にもたくさんあるが、結局のところ私はそういう場を避けた。どうしてもいなければならないときは、安定剤を飲むか、睡眠薬を飲んで寝てしまう。そうやって逃げることにした。

抑圧的な「世間」はこう言うだろう。自分を変えなければならない。自分を社会に合わせなければならない。標準的自己となるよう矯正しなければならない……。人は言うだろう。親を愛さなければならないとか、兎にも角にも働かねばならない、と。

私以外の存在の何もかもが私のエスを否定するので参ってしまう。

かつては、「私」もまた「エス」を否定していたのだ。これが神経症を生んだ。個人のなかで私とエスがぶつかるのである。前輪と後輪が互いに逆回転しようとするようなもので、当然のように病んだ。

神経症は治そうと思えばより悪くなるというが、病者にとっての「治療」とは「私」が「エス」を抹殺する、ということなのだからうまくいくはずがない。

しかし病者にとっての「理想」とはこのエスの抹殺なのである。なぜこんなへんてこりんな、屈折した「理想」が与えられたのだろう?自分で自分の半身を殺そうとするなんて。

それを教え込む場がイデオロギー装置としての家庭と、学校教育なのである。ようは個人成員をよりよく支配に適した存在にするためには、より「理性的」に教育しなければならない。感情を否定させなければならない。

なぜというに、つねに感情こそ正しいからである。感情をうまく肯定し、直感的に生きる人は、この世はどうも耐えられないようにできているらしい。理性的に考えると社会は整然に機能しているよう取り繕われている。しかし感情的には矛盾だらけで、強固に抑圧的な社会である。

我々は感情的な不満を理性的に解釈するよう教育を受けている。「私はこう思う」と表現することを義務付けられている。話し合わずにぶん殴ると罪になるし、政治的手続きを踏まずに国家改革を企むと罪となる。

しかし感情は理性化すると途端に装置に絡めとられ、処理されてしまう。それは定型的に処理される。結局のところ、私たちはこの巧みな装置によって感情を否定せざるを得ない。我々は学習する。無理矢理に感情を抑えつけることを。

話が長くなった。

で、現在の私の状態は、私の「エス」以外をすべて抹殺しようという試みなのである。社会や学校や労働やあらゆる人間集団を排除する。当然、私自身も火に焼かれなければならない。

まあ何ていうか過酷な状態にあるおっさんなのだが、自分がなぜこんな悲喜劇的な環境に置かれているのか考えてみると笑えてくる。なんでこんなにへんてこなのか。
我々が欲し求めているのは、根源的意識を土台にした人間であって、知的意識を土台にしている人間ではない。最終的に目的となるのは知ることではなくて、在ることである。汝自身を知れというモットー以上に危険なモットーはいまだかつてなかった。なるほど、人は自己自身をできる限り知らなければならない。しかし、それははっきり言って知ることを目的として知ることではない。遂に自己自身となることが可能となるように、自己自身を知らなければならないということである。汝自身となれが究極のモットーなのだ。(無意識の幻想/D. H. ロレンス)
ちなみにフロイトの概念である(起源はニーチェ)「エス」という言葉について深く理解しているわけではない。覚えたら使いたがるおっさんである。

今日はネットで知りあった女と食事をしてくる。

7.03.2017

冷たい、暗い、悲しい、死にたい

ブッダが言った。「弟子たちよ、病には二種類ある。肉体的な病と心的な病である。肉体的な病は、一年、二年……100年さらにはそれ以上にわたって、かからない幸せな人がいる。しかし弟子たちよ、心的な汚れから解放された者(すなわちアラハント)たちを除いて、この世の中で心的な病のない状態を一瞬たりとも享受できる人は稀である」(ブッダが説いたこと/ワール・ポララーフラ)

虐げられるばかりだった私の人生を振り返ると……とても悔しい気もするし、もはやバカバカしい、アホくさい、このクソくだらない現世など潰れてしまえばいい、という気もしてくるものである。

「冷たい、暗い、悲しい、死にたい」というフレーズは、私が学生だったときや、働いていてしんどいときに呟いたフレーズ。こういう言葉をぶつぶつつぶやきながら、スーパーでビールをカゴに入れたり、バイクを運転したり楽器を練習していた。

ここ最近、そう思うことはなかった。気楽なニートだったからである。ビールを好きなだけ飲んで、タイで好みの女を抱いた。

しかし、実家に戻ってしばらく過ごしてみると、置き去りにしてきた過去が蘇る。私はなんて、辛い人生を歩んできたのだろう!と、悲しくなる。私は……人生は苦痛で当たり前だと思っていた。でも、それが異常だということに最近気づいた。

私はとても、いじめられていた。思いつく限り……教師は最低だったし、同級生も根性の捻じ曲がった奴ばかりだった。私はいじめられているのが当たり前だから、自らすすんでいじめられにいくことさえした。私には救いがないのが当たり前だから、だれにも助けを求めなかった。

私は愚かだったと言えるだろうけど、小さな私はこう主張するだろう。「こうするしかなかった」

そう、私はこうするしかなかった。世の中は本当に嫌いだった。それでも私は生き延びなければならなかった。どこか私を受け入れる場所があるだろうと思い、結局、今にいたっても私はアウトサイダーである。

世の中が嫌いで、本当に憎い。私は小さい頃からそう思っていた。にもかかわらず、その感情を抑圧していた。当然の話である。小さな小学生や中学生にとって「世間」は絶対的なものであり、簡単に相対化できるものではない。

私は何もかもが嫌いだったのだ。できることなら、何人も何十人も殺したかったのだ。学校を爆破し、実家を破壊したかったのだ。その感情はことごとく抑圧されていた。肉体は怒りに燃えているのに、理性がそれを抑制した。――私は結局のところ、お利口さんだった。

今になって、怒りがふつふつと湧いてくる。私はさんざんいじめられてきた。私はいじめられっこだったのだ。自覚はなかったけれど。今となっては、私を侮辱してきた人々、軽んじた人々、私をないがしろにした人々に、極刑を与えたい!貴様らに生きている価値はない。私の怒りのために、貴様らは死ね。

大阪のゲストハウスのオーナーが言っていた。「この国は、最低だ。詐欺師ばかりだ」。たしかにそうかもしれない。ほんとうに、詐欺師や性根の悪い奴しかいない。人の良心につけこむ悪人ばかりだと思う。



感情で書きなぐってしまったが、山中湖の写真でも貼っておこう^^;



7.02.2017

不適格な親は死ぬべきだろう

子どもが親から受け継ぐものは、遺伝要素や富だけではない。

文化資本もまた受け継ぐ。これが案外重要である。

バッハ好きの親の息子はきっとピアノを習うだろうし、高学歴の子どもは早くから教育に力を入れられるだろう。ディズニーランドの代わりに美術館へ行くかもしれないし、アンパンマンのDVDを見せる代わりに世界中の絵本を見せてくれるかもしれない。
文化が資本であることを理解するためには次のようなことを想起すればよい。劇場やコンサートは入場料自体はほとんどの人々がアクセスできる範囲にある。にもかかわらず現実にこれらを享受するのは特定の人々に限られている。クラシック音楽や古典劇を理解可能にするコードがなければ楽しくないし、意味不明である。したがって文化財を理解可能にするコード所有者には富めるものがますます富むという文化資本の拡大が生じる。資本の拡大は貨幣や財産に限らない。しかもこのような文化資本は教育達成(学力、学歴)に有利なコードとなる。上層階級の家庭には「正統」文化が蓄積されているからである。正統文化とは高級で価値が高いと見なされる文化である。クラシック音楽や古典文学は正統文化であり、演歌や大衆小説は正統文化から距離がある。学校で教育されるのは文化一般で はなくこうした正統文化である。 “(竹内洋・京都大学教授『日本のメリトクラシー』東京大学出版会)”
文化資本が見えざる階級の再生産に与している。

美術館や演劇、クラシックコンサートなどはだれでもアクセスできる。しかしいわゆるB層的な親に育てられた子どもは、そういう場に無縁である。

図書館へ行くよりカラオケに行き、絵画を見るよりもスマホの画面を見、クラシックよりジャニーズを聴きたがる。



私の親はというと、何らそういう文化資本を持たなかった。B層そのままと行った具合で、私が彼らから学んだことは、ただ諦めよ、忍苦忍耐、受動的に、愚直に生きよ、といったことだった。それが私に与えられた貧弱な処世術だった。

彼らにはこの世の喜びといったものはほとんど用意されておらず、せいぜい酒を飲みテレビ番組を見て惚けた笑みを浮かべる程度であった。私から見ればほとんど価値のない人生である。

私はある程度の教養を身につけることができた。兄弟はともにB層的であるので、私はこの家庭に生まれた例外とも言えるだろう。私の親は何も教えてくれなかったのだが、書籍のなかの思想家や実業家の中に両親の代わりの存在を見つけたことによって、私は彼らの「文化資本」を受け取ることができたのである。

だから私が哲学や宗教や精神医学などを好んで読むのは、本来親が与えるべき教条を、一から学び直しているからだと言ってもいい。

名家やエリートの家に生まれた子どもはたっぷりと文化資本を受け取っており、この世で自由に楽しく生きる権限が与えられているように思われる。彼らは社会の上層にあって、自分がそこにあることに疑問を抱かない。すべてが自分のために用意されており、すべてが予定調和的である。

幸せとはこういう少数の人間に与えられている。私はこういう人を見ると、眩しくって見ていられない笑 両親を尊敬し……両親同士も互いを尊敬しあっているなど……私には別世界のお話である^^;

しかしその幸福者の足元には、無数の踏みにじられるB層が存在している。彼らはその存在を知りもしないのだろう。

数多くの芸術家が文化資本を受け取っているし、哲学者もまたそうである。ニーチェは神父の息子だった(当時神父はエリート)。岡本太郎は漫画家と詩人のハイブリッドだった。ジャコメッティの親も芸術家。

私の両親は、何も与えてくれなかった。与えないだけならいいが、彼らは惨めな暗い人生とは違う生き方がこの世にあることを教えてくれなかった。

私が良い大学へ行きたいと言っても予備校へ入れてくれなかったし、私が画家になりたいと言ったときも、習い事などさせずに無関心であった。私が死ぬほど学校へ行きたくなくて自傷行為さえしたときも、私の言い分は聞かずにただ学校へ行けと繰り返すばかり。

彼らの口癖は「金がない」「金がもったいない」であり、ただ子どもが自立し稼ぎ、経済的に楽になることのみを望んでいたように思う。

私は両親の子どもに生まれたことを不幸と考えている。いや、ないものねだりなのかもしれないが。

私が上等の家庭に生まれていたら……もっといい大学に入れていたかもしれない。芸術家や思想家になれていたかもしれない。神経症が長期化する前に治せたかもしれない。

そういうことを考える。

私にとって不幸だったことは、自分の両親の異常さに、自分の境遇の異常さに最近になるまで気づけなかったことだ。だから私は自分が本来あるべき姿というものを確認できないまま、おっさん化してきている。

親という存在をどう思うかは人それぞれだろう。両親はふたりとも健在だが、私としてはさっさと死んでもらいたいと思っている。いや、もう遅いだろうか。私は親がずっと早く死んでくれたなら、自分がもう少しましに生きられたと思っている。十歳のときに。十五歳のときに。二十歳のときに死んでくれたなら。

このように考える、考えなければならないことは紛れもなく不幸である。しかし子どもは親の死や不在は乗り越えられるとしても、愛情のない、父性や母性の喪失した親の存在には耐えられない。

こういう存在は子どもの視界から消え去ることが義務であると私は思う。


追記:
いろいろと検索しているとこんな記述を見つけた(発言小町:毒親が亡くなりました)。
こちらでは、毒親の子供は完全擁護されるようですが
親に何かされたとか焦点を当てるところはそこではなく、
自分の生があるのは、親のおかげだと考えることはできないのでしょうか。
あたかも自分一人で育ってきて毒親毒親と言っていますが、
生まれた瞬間から、その毒親と思い始める日まで
食べさせてもらい、おむつを変えてもらい、
何かあった時は病院に連れて行ってもらったから
今、そんなことが言えるまで育ってきたのでありませんか。
火葬されて形はなくなっても、その時何の感情が出なかったとしても
あなたの半分の血はその母親でしょう。
一生ついてまわりますよ。
あなたのその考え方も、好みも、体型も半分は母親の血。
いずれ嫌でもあなたはその毒親に似てきます。
毒親と思う自分をこんな場所で正当化するのはやめてください。
こういうことを言う人が……毒親との関係を克服したとは思えない^^;また、毒親の実体をつかめているとも思えない。

愛して欲しいと何万回も祈った願った子どもたち
決してその願いは叶えられなかった
生に絶望し 心を傷つけ それでも親にしがみついた

子どもたちは 少しずつ生長した
目を開き 立ち上がり ようやく自分を
世界が光に満ちていることを 発見した

子どもたちは今度は 親を愛さないと決めた 
そうしなければ 前に進めないから
愛せない存在は 愛せない それが子どもたちの答えだった

というようなイキフンのストーリーが、毒親の子どもにはあるのですよ(突然の詩だが)。

子が親を許し、愛することができるのは、毒親が過去を反省しドゲザでもしたときでしょう。しかしそんな機会はほとんどありえない。

「半分の血はその母親」とはその通りであって、それを踏まえた上で親を否定するということは、そうとうの覚悟が要ることである。痛みの伴う行為である。それでもあえてそうしなければならないという状況に子どもが置かれている。

恋敵としてのプーチン

夢日記。

Sとプーチンが出てきた。Sとは働いていたときに好きあっていた女で、私の神経症的とらわれを大きく治療してくれた、優れた女である。いまは別れているのだが……。

で、夢のなかで私はSと付き合っていた。それは幸せな生活であった。しかし、Sが突然別れを切り出す。その理由は、「プーチンと付き合うことになったから!」というものだった。

プーチン


はじめはSの裏切りが許せず、私はSを叱責したり、追いかけてひっぱたいたりしたのだが、結局はプーチンにSを取られてしまった。

しだいに私は冷静になって、「プーチンなら仕方ないか」「私が女だったとしても、うだつの上がらないニートよりも最高権力者であるプーチンを選ぶよなあ」と納得した。

どうせすぐ捨てられるに違いない、なにせプーチンはモテるだろうからな。と私は期待を抱いていたのだが、あんがい、プーチンはSを大事にしているようで、テレビにも新聞にもアツアツカップルとして交際が報じられていた。

まあ、幸福なら良かったな。プーチンは男前だし、エスコートが上手そうだった。そりゃ、ロシアのトップだものな。私も消されないように注意しないと……。




で、この夢の意味はなんだろう。

私がいまだにSにある執着を持っていることは間違いないだろう。

それに加えて、私が権勢へのあこがれを持っていることも指しているのだろう。私はヒエラルキーの外側にいる。あるいは、最底辺。

いまのところ種のなかのオスとして、トップを目指そうという気はない。通常、男はそういうところを目指すものだ。社長を目指したり、大富豪、ノーベル賞、ドンファン、あるいはオリンピックとか……。まあ、ヒエラルキーの頂点へのあこがれは、男を支配してやまない。

私はそういった領域への欲望を、あえて封じているようなところがある。当然ながら、私にも権勢への欲望はある。しかしそのための努力が……めんどくさい。私はもうおじさんなのだし、自分が何者にもなれるという期待をとうに失っている。

なにか頂点を目指すということが、すでに罠であるというような不安を抱いている。私は二年間会社員だったけど、これも罠だった。私は一生懸命勉強したのち、大学教育を受けたけど、これも罠だったという気がしている。この世は無知な人間を絡めとるトラップに満ちており、容易に動けないというのが私の実感。何もかも商品化されており、したがって何もかも搾取のツールとなっている。

そうだから私はヒエラルキーの外側に自分の居場所を求めるようにした。隠者としての生活。……もっともこれも別の形の権勢への衝動の結果ではあるだろう。

いずれにせよ私はプーチンのような権力者とは対極にある。トランプや安倍ではなく、プーチンというところが(我ながら)おもしろい。プーチンは不潔感がなく、肉体的に壮健で、求心力を持ち、また権謀術数に優れた怜悧な知性を持っている。マキャベリの理想としそうな君主らしい君主である。

おそらくSのような聡い女性は、プーチンのような権力者と結びつくのだろうし、それが正解だと私は思う。とにかく女性の幸福とは、妊娠、出産、子どもの成長であると私は思っている。不安定な精神を持つニートなど子育てに向いているはずがない。

私も別の人生があったらプーチンのようになっても良い気がする。それは平穏とは程遠いだろうけど。

……

ああ、それにしてもSは元気でやっているのだろうか?私も地元に帰ったので、いろいろと女探しをしている。けれど、S以上の女性は滅多にいるものではないな。

夢の暗示のもうひとつは、Sが運命の人と出会ったということなのかもしれない。まあ、それも良いことだろう。Sが与えてくれたものはとても大きい。思い出は美しいままの方が良いのかもしれない。


7.01.2017

日本人は賃金奴隷である

キケロは言った。「労働を金のために売るものはだれであろうと、自分を売り渡しているのであり、自分自身を奴隷に貶めているのである」

アメリカ南北戦争の時代には南部の奴隷擁護者(ときに奴隷自身)からこういうことが主張されていた。(北部の)労働者は自由だが、名ばかりの自由である。彼らは終りなき過酷な労役に苦しめられている。南部の奴隷の方がより豊かであり、自由に暮らしている。

これは事実であったのかもしれない。

もちろん労働者諸氏はこう叫ぶだろう。「私たちには自由が保障されている」、と。しかし労働者諸氏には次の自由が与えられていない。仕事を辞める権利=労働から解放される権利である。

もっとも、いわゆるニートがその権利を持っているとは言えない。彼らのほとんどには依然首輪が繋がれてるからである。彼らはその離脱によって首の締め付けにいっそう苦しんでいるというだけで、次には縊死するか、労働に復帰するしか道が残っていない(二重の阻害)。

さて一国の内戦に過ぎない南北戦争がきわめて重要なのは、一個のターニングポイントだったからである。それは数千年の歴史を持つ古典的奴隷から賃金奴隷への以降である。

まあだらだらとこのあたりを書いても仕方ないので、なぜ日本人は社畜化したかを考えてみよう。一億総活躍社会とは総労働者社会であり、つまるところ総奴隷社会である。ではそれほど総動員で働いた利益はどこへ行くのだろうか。アメリカであり、イスラエルであり、ユダヤ人といったところだろう。


私は考えるのだけど南部アメリカが勝利していたのなら、日本は植民地化され奴隷化されたと思う。しかし奴隷制より賃金奴隷性が好ましいところがいくつかある。それは彼らに「自由意志」で労働を行わせることができるということであり、そのことが限界以上の労働成果を生み出し、主人への忠誠を生み出し、謀反や一揆の可能性を奪ったのである。

日本の就職活動を見給え。「あなた方資本家に金儲けをさせるために、私たちを雇ってください!」とひざまずく就活生。これが現代の完成された奴隷制である。私はこれ以上に優れた支配を知らない。


結局、日本が植民地されなかったのは「その方が利益があがる」からであり、「安全だったから」に過ぎない。そしてその目論見どおり、日本人は世界一働き、すなわち世界一搾取される国民となったのである。おしまい。



おまけ

 これまで書いてきた、権力支配による「人間をダメにするシステム」が、何十年間も、女性たちの多数および男性たちの大多数を牛耳ってきた。人々が目を覚ましている時間の半分を、人生の大半の間、奪い続けるのである。特定の目的のためなら、我々のシステムを民主主義や資本主義 -あるいはもっとマシな- 産業主義と呼ぶことは、必ずしも間違いとは言えないかもしれない。しかしその本当の名前は、工場ファシズムやオフィス独裁なのだ。
 人々が「自由である」と言う奴はウソツキか大バカ者である。人は自分がしている通りの人間になる。もしあなたが、退屈で愚劣で単調な仕事をしているなら、あなた自身も最後には退屈・愚劣・単調な人に成り果てるだろう。我々の周りに忍び寄る白痴化現象は、テレビや教育のような顕著な精神薄弱化メカニズムよりも、労働から説明した方がはるかに説明がつく。人々は人生をまるまる支配され、学校から労働へと引渡される。初めは家族、終わりは養老院でくくられ、ヒエラルキーに慣らされ、心理的に奴隷化されてしまう。彼らの自律心は全く退化させられてしまっているので、自由への恐れは非理性的な恐怖症の一つにまでなってしまっている。労働における服従訓練は、家族に持ちこまれ、それからひとつならず様々な方法でそのシステムが複製されて、政治・文化・他のすべてにまで及ぶ。一度、労働者から活力を奪ってしまえば、万事においてヒエラルキーと専門知識に服従するようになるだろう。人々はそれに慣れきってしまうのだ。(ボブ・ブラックの労働廃絶論 れんだいこのHPより^^;)