8.11.2017

日本人は昔も個人主義だった?

日本人は個人主義だったのか。

渡辺京二の本を読んでいると、16世紀頃の戦乱の日本人は相当な荒くれ者で、目は三角、非常に気性が荒かったという。言うなれば個人主義的だったのではないか。まあ、荒くれ者=個人主義というのもなんだが。

外国人の抱く昔の日本人像というのは江戸時代のそれで、人々は柔和で大人しく、幸せで安定した社会を構築していた。あの頃はなぜか身長も低くなったようで、「妖精の住まう国」なんて言われたりしていた。

で、東大のナントカ教授が「(現代の)日本人は個人主義だ」と言うので私もそれに倣っているのだが、その著書で以下のようなことを書いているようである。
特に興味深かったのは、日本人の集団主義的行動の極北ともいうべき、戦時下の実態の紹介です。
・1942年の「翼賛選挙」において、非翼賛系の候補者が85名当選している(203頁)。
・軍需工場でも無断欠勤があり、ひどいところでは、出勤率が65%のところもあった(つまり欠勤率35%)(204頁)。
・戦時中、しかも末期の1944年でも全く争議の件数は減少していなかった(204頁)。(アマゾンレビューより
軍需工場で無断欠勤というのには笑った。「だるい。ねむい。やってられねー」というわけである笑 なんだか平和だな~。

むしろ戦後の今の方が戦時中のようになっているわけで、これは皮肉なことである。

1944年でそんな有様では、私のなかの日本人像を刷新しなければならない。私は明治維新で日本人が「国民」に作り変えられたと思っていたので……。

まあ、日本人が「農耕民族」なんてのは国体思想のための捏造(天皇が稲を伝えたという神話があったから)で、実際には多様な社会が多様な文化を包容していた日本社会。画一的な国民ができあがるまでは時間がかかったのだろう。

私は教育の拡充した1960年以降に現代日本人像ができあがったのかな?と思っている。いま60歳くらいの人と、30歳くらいの人はほとんど精神性が変わらないのではないか。1960年というのは、山元哲士の以下の記述に由来する。
実質として(日本の学制)が確立したのは、やっと1960年代になってからです。いろいろな面から、それ以前に、学校教育が確立していたというようには、とてもみえません。就学率をみますと日本はかなり早い時期から高いのですが、それは形式的な確立です。……机もふくめて鉛筆もノートも椅子も全部個々のひとりの子どものものという形は、ほぼ1960年代に全国的に、確立されてくるのです。校舎も設備も十分ととのい、さらには教科もきちんと決まってくるのは、どうも1960年代なのです。(「学校の幻想 教育の幻想」)
教育が人をつくるとはよく言ったものである。良くも悪くも、現代の日本人の性格というのは教育によって「日本国民化」されているように思われる。その結果、賃労働者化/消費者化が加速していった。

一時はそのお陰で世界一生産的な国民になったわけだが、いまではその副作用に悩まされているのは周知の通り。行き過ぎた賃労働者化が生産性を落とす。よくある「求めれば求めるほど喪失する」国家の神経症的などん詰まり。

ともあれ……日本人は一枚岩ではいかない興味深い存在である。もう少し理解を深めたい。

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